ここは、どこにあるのか誰も知らない不思議な世界。晴れ渡る青空の下、明治の代の雰囲気が漂う宿場町には多くの者が行きかっていた。あるものは店で客寄せをし、またある者はその店で買い物をし、またある者は茶屋で茶をすすり菓子を食べて休息をとり、町はそんな人たちの笑顔で溢れ賑わいを見せていた。
そんな街道を北にまっすぐ進んだ先には鳥居が建ち二つの桜並木に挟まれた石段があった。その道の上は桜の花びらが敷き詰められ左右に生えた桜の枝が天上を覆いピンク色の道を作り上げていた。その石段を登り切った先には宿場町を見下ろすかのように大きな7階建ての書院造の建物が建っていた。
そして、その玄関前の掃き掃除をする人影があった。長く伸びた睫毛、ぱっちりと見開き金色の瞳をした目に薄い桜色に色づいた唇と整った顔立ちをして背中まで伸びた銀髪を紙縒りでまとめており、茜色の作務衣を着て白足袋に草履を履いていた。ぱっと見の年齢は十代後半といったところで、見るものすべてを魅了させてしまうようなその姿はまさに美少女そのものであった。しかし、見る者はその美しい容姿よりも目を奪われてしまうものがその人物にはあった。それは頭の上で時折ぴくぴくと動く銀色の耳と腰から生え、ゆらゆらと揺れ動く銀色の狐の尻尾だった。
そして何より、見た目美少女そのもののこの人物は実際はれっきとした男である。
「さてと、ここも綺麗になったし次の仕事に移るかな」
箒を掃く手を止めてそう言うと少年は懐に手を入れそこから盤に数字の代わりに十二支の名が刻まれた金の懐中時計を取り出した。時間を確認すると短針は未と申の間を、長針は午の少し手前を指していた。
「おっと、予定より少し遅れてる。はやく次の仕事に移らなくちゃ姐さんに叱られる」
想念は懐に懐中時計をしまうと箒を片付けて建物の中へと入っていった。青年が入っていった入口のにはに墨で大きく文字が書かれた大きな木の板が掛けられていた。季璃風停と。
此処は季璃風停、人だけでなく神様に妖怪、多くの癒しを求めるものがやってくる不思議な旅館
此処には今日もお客様がやってくる。自らの疲れをとるために癒しを求めて
これはそんな季璃風停で働く者達とお客様の間で巻き起こるちょっと愉快でちょっと心温まる
不思議な日常のお話
ーいらっしゃいませお客様、季璃風停にようこそ。心からおもてなし致しますー
今日もそんな明るい声がこの季璃風停に響くのだった。