俺の当初の予定では、元料理部だったのにも関わらず料理ができないと思われる那由多。その那由多と一緒にお菓子作りをすることによって、料理下手を露呈し、晒すことによって今朝の屈辱を仕返ししてやろうと思っていたのだ。
なのに───
「ふわぁぁぁ、こ、これ美味しいです!こんなに美味しいクッキー食べたことありませんよ!」
という、かなでの那由多の手作りクッキーへの感想と同じで俺もこれを絶賛してやりたい気分ではあるのだが………
「納得いかねぇ……」
「ん?何がかなぁ?朱羅くん」
ちくしょう……!那由多がめっちゃニヤニヤした顔つきでこっちを見てきやがる。
「お前、料理下手何じゃねぇのかよ」
「元料理部なんだから下手なわけないでしょう?」
「じゃあ、中学の調理実習で失敗したってやつは」
「………たまたま失敗しちゃっただけよ」
「俺がお前の手料理を食べたことないのは?」
「なんで朱羅に私が料理作ってあげなきゃならないのよ」
……それは流石にひどくねぇっすかねぇ……那由多さん。仮にも幼馴染なんですしやさしくしてくださいよぉ……
そうやって俺が項垂れているとリビング入口からもの音が聞こえた。
そっちに目をやるとそこでは石のように固まってしまったお母さんがいた。お母さんは先程まで買い出しに行っていて両手に荷物を持っていたのだが……どうやら先程の物音はそれを落としたものだったようだ。袋から白い液体が流れ出てきちゃってるよ……何買ってきてんの?お母さん…
「ちょ、お母さん!牛乳、牛乳こぼれてる!」
あぁ、ナニかと思えば牛乳だったのね、白い液体の正体……って、やべぇ!タオル持ってこなきゃ。
俺はタオルを2枚持っていき1枚をかなでに渡してから、せっせと2人で床と食べ物を拭いていった。
「うわ、牛乳くさっ……あーあ、野菜全滅かよ……」
「あ!卵割れちゃってるよ…」
うわー……最悪だ、これは。
それにしても、もう少し人手が欲しいな……2人じゃちょっと足りないぞ。那由多は……後ろの方で何をしていいのかわからなくてオドオドしてるな……まぁ一応客人だし手伝わせるのは野暮か。
ってかお母さん。いつまで石化してんだよ。と、文句を言いつけようと上を見あげ、俺は驚いてしまう。
「お母さん!?何泣いてんの!」
え?なに、そんなに落としたのがショックだったの!?いや、俺とかなでが文句言いながら拭いてたからショック受けちゃったのかな?
と、どうしていいか分からず後ろにいる那由多並にオドオドしていると
「……あんた達……一緒に料理してたの……?」
「え?うん。そうだけど……ってか昼飯のあとにお菓子作りするって言ったじゃん」
そこでかなでもようやくお母さんの異常状態に気づいたらしく手を止めた。いや、止めんなよ。食べ物がダメになっちまうだろうが。
「……ずっと仲が悪かったのに……すっかり仲良しになったのね……」
「な、仲良くなんてなってかないから!」
「お母さんもお父さんも……かなでが朱羅と仲良くできるかすごい心配してたのよ……」
「お母さん……あたし、お母さんのためにこんなやつとでも仲良く……なってみせるよ…」
「ごめんね、かなで。こんなお兄ちゃんで…」
ちょっとぉ?最後のほうはいらなくないですかねぇ?親にまでそんなこと言われたら俺死んじゃうよ?
「えーっと……御3方?」
先程までオドオドしていた那由多が弱々しく手を挙げた。
「いい雰囲気のところ悪いんだけど……それ」
と、食材たちを指さす那由多。ってか全然いい雰囲気じゃねぇだろ。俺の悪口言ってただけだろ。
「うわっ!?な、なにこれ!」
「お母さんがやったんでしょーが……」
ってか今気づいたのかよ……どんだけ俺達が料理作ってたことにショック受けてるんだよ。
「これはもうダメねぇ……よし!かなで、朱羅。今日の晩御飯は豪勢になるわよ」
つまり、牛乳まみれの食材は今日使い切るというわけですか。食いきれんの?これ。
「那由多ちゃんもどお?今日は食べていかない?」
那由多がいれば食いきれるかもしれんな……よし
「そうだな、食ってけよ」
「お昼ご飯の時は、家隣なんだから自分の家で食べろよ。とか言ったくせに……」
「今回は例外だ」
「はぁ……じゃあ、お言葉に甘えてご飯食べさせてもらいます」
「やったー!じゃあ那由多さん、ご飯まであたしの部屋で遊びませんか?」
おぉ……かなでの那由多へとのなつき度合いハンパねぇな……やっぱかなで百合せ(以下略。
「あ、かなで。今晩は豪勢にするって言ったでしょ?遊んでる暇なんてないわよ?」
「え?」
「ご飯の支度、手伝ってちょうだいね。あと那由多ちゃんも」
あぁ……那由多を晩飯に誘った理由はそれか。確かに那由多は元料理部。それにさっきのお菓子も美味しかったしいい戦力になるだろう。
そう思っていると。
「……遠慮しておきますよ。ひ、久しぶりにおばさんの手料理食べたいなぁー」
すごい棒読みだな……
「なんでだよ、手伝ってやれよ。お前料理上手いんだし」
「い、いやぁー……それとこれとは別っていうか」
??よく分からんやつだな……はっ!もしかしてそこまでして俺に手料理を食べさせたくないということか……!
「あたしも那由多さんの料理食べたいなー……」
「ふ、ふぐぅ…」
かなでにまでお願いされ少し悩む那由多。ってか女子がそんな声を出しちゃいけませんよ!
「わかったわよ、作ればいいんでしょ!作れば!」
おぉ……那由多がかなでに怒鳴ったのなんて初めて聞いたぞ……え?なに、そんなに俺に手料理食べられるの嫌なの……(泣)
「じゃあ那由多ちゃん。量も量だしもう作り始めるわよ」
「……はーい」
とぼとぼとお母さんに続いて台所へと向かっていく那由多。まぁこの量だしな、その気持ちわからなくもないぞ。
さて、飯ができるまでラノベでも読んでようかなー。
そう思い2階へ行こうとしたらかなでに服の裾をひかれた。え?何その行動、萌える行動ランキングベストスリーには入りますよ?
「ちょっと……約束」
と思ったがかなではすごいしかめっ面をしていたので萌はしなかった……そもそも実妹に萌えるわけねぇしー。ほ、ホントに萌ないんだからね!
「……約束?」
「将棋!一局付き合うっていった」
あ、あぁー。そうだった。お菓子作りに付き合ってもらう代わりにそんなこと言ったっけな。
「えーっと……どこでやる?」
一昨日物置から出てきた将棋盤は玄関にあるし、俺の部屋には将棋盤ないし……
「は?あたしの部屋で指すに決まってんでしょ」
─────は?
え?なに、今「あたしの部屋」とか言った?つまりかなでの部屋に俺が上がるってことですかね?
いやいや、それはないだろーハハハ。だってかなでは男が嫌いなんだぜ?そして俺は男。いくら俺が兄だとはいえかなでが男を自分の部屋に誘うとは考えずらい…………
ってことはこれは聞き間違いだな、なんだそういうことか。
なんてことを考えていたら俺は既にかなでの部屋で腰を下ろしていた。マジかよ……
当のかなではせっせと対局の準備をしていらっしゃる。それもかなり本格的に。対局時計まで用意しちゃってるよ。
それを見て俺はさっきの謎がすんなりと解けた。
こいつは──かなではただただ将棋が好きなだけなんだ。それこそ男が嫌いという事を差し置くことが出来る程に。
「この前はあたしが先手だったから今回はあんたが先手でいいわよ」
「そりゃどーも」
基本的に将棋は先手の方が勝率が高い。先手の方が一手多く指せるからな。
俺がお言葉に甘えて一手目を指そうとした時
「あ、平手でもいいの?」
と、かなでが挑発的なことを言ってきた。
平手と言うのは相手と自分の駒数が同じであること。つまりかなでは今、「ハンデはなしでいいの?」と言ってきたことになる。
これは一種の盤外戦術。挑発などにより相手の挑発を狂わせるのだ。
「え、うん。あ、駒落とした方がいいか?」
なのでここは冷静に返しとく。それより俺はかなでのお子ちゃまレベルの挑発に笑わないように耐えるので精一杯なんだけどね。
「は、はあぁ!?駒落ちとかいらないし!」
「ぶふぉっ!」
自分から仕掛けた挑発に自分が乗ってどうするよ。
思わず吹き出しっちまったじゃねぇか。
「うわ、きったな……」
「……すまん」
本心から汚いと言われてしまって落ち込んでしまう俺氏……はっ!これもかなでによる盤外戦術か(違う)。
「ほら、さっさと始めてくれない?」
と言いながら対局時計をスタートさせてしまうかなで。
対局時計には2つのボタンと時間が設置、表示されている。これはそれぞれの持ち時間でこれが切れてしまうと自動的に負け、もしくは一手1分で指すなどの時間制限がかけられる。
今回はお互いに持ち時間は30分、持ち時間が無くなったら負け。という設定になっているようだ。
一局目はあっけなく勝負がついた。勝者は俺。
四間飛車に展開した俺に対しかなでは一昨日と同じように矢倉。そこで俺が藤井システムを起用し、上手く捌ききれなかったかなでの敗北とい形だ。
「あぁ〜………ここ完全に悪手だったじゃん……うわー、ここもやらかしてるし……」
と1人で今の対局について振り返り始めるかなで。
「ってか、藤井システムって矢倉に有効だったんだね。知らなかった」
「まぁな」
と言っても俺もこれは最近知ったばっかりなんですけどね……藤井システムは基本的に居飛車穴熊や、右美濃などに有効とされている戦法とされていて、矢倉にも有効なのは意外と知られていないのだ。
例のごとくそれを知らなかったかなではそのまま俺に押し切られて大ポカを連発、そして敗北。ハーッハッハ!いい気味だ!
相手に圧勝した時の快感は異常。
「にしても俺なんかに負けて大丈夫かよ?現役将棋部員様。いやでも中学生にしてはいい線いってたかもな──あ、いやかなでは今高校生だったっけか?HAHAHA」
と調子にのって挑発しまくった俺を待っていたものは2連続圧敗という悲惨で無慈悲な結果だった……しかもかなでのやつ持ち時間10分ずつしか使ってなかったし……なに?そんなに中学生って言われたの嫌だった?
最初は一局という約束だったのに、勢いで3局もやってしまった俺とかなでは時間が晩飯の時間になっていることにようやく気がついた。
「やべ、遅刻だ遅刻」
と、今朝と似たようなことを言う俺と
「那由多さんの料理楽しみだなー」
と、ルンルンと階段を降りるかなで。
リビングの扉を開けると既に食卓テーブルには料理が騒然と並んでいた。
「あ、朱羅、かなで。……ご飯………ちょうど出来たわよ」
……え、何今の間……怖いんですけど。ってかお母さん頬コケてないか?昼と比べて。なんかいいダイエット方法でも見つけたのかな……?
「お母さん?どうしたの?」
と言って自分の頬を指さすかなで。
かなでも俺と同じところが気になったようだ。やっぱり女子だからね!ダイエット方法とかは気になるよね!
「…食べ物は大切よね…ちゃんと…食べなきゃ……」
ボソボソと言っていたためよく聞こえなかったが………なんか嫌な予感がする……
「あ、二人共。運ぶの手伝ってー」
台所から出てきた那由多にそう声をかけられたため1度お母さんをその場に置き、食べ物を運んでいく。
「やっぱお前、料理上手いんだな。匂いとか見た目とかすごく美味そうだよ」
「私、味見とかしてないから美味しくなくても文句言わないでね」
「なんでだよ、こんなに美味そうなのに」
『いただきまーす』
朱石家4人プラス那由多の5人は各々に料理を食べ始める──始めたのだが………え?なにこれ俺今何食べてるんだ──?
「……ん?あれ、俺いつ間に寝て──」
うおっ!なんでか知らんが俺以外の4人がみんな机に突っ伏してる……
ってかなんか口の中がすごく不快な味に支配されている?
「あれ?今何時……」
壁に掛かっている時計に目をやると7時になっていた。確か食べ始めたのが6時だったから1時間ぐらい寝ていた……のか?
ってかなんで食べながら寝てたんだ?5人揃って……
「睡眠薬……?」
いや、それはないか。そもそもそんなことをする理由がわからん。
とにかく、飯が冷えて美味しくなくなっても勿体ないし、食べてしまうか。それに今なら独り占めできる。
俺は目の前にあったオムライス(卵が大量に割れてしまったため卵多め)をスプーンですくう。
1時間経って冷えてしまってはいるが、香ばしい匂いもするし、ケチャップライスを包んでいる卵もいい柔らかさだ。見るからにうまそう。ジュルルル。
「じゃあ、改めていただきまーす」
ぱくっ。そんな効果音が聞こえるような食べ方をした俺は次に目を見開いた。
「不味っ!!!」
え?うそ、まって。俺は今オムライスを食べた。そう、オムライスを食べた。
おかしい、オムライスはこんなに辛い食べ物でもなければこんなに苦い食べ物でもないはずだ。そこにさっきまでの香ばしい香りが混ざりもうカオス……そう言えばカオスは正しくはケイオスって発音するんだってな。
そんなどうでもいい思考とともに俺の意識はオムライスという死神に刈り取られた。