ひどく頭が痛い……それに吐き気と腹痛……胃に至っては裏返って身体中に胃液が充満している感じだ……やばい俺死んでる。
「はぁ……」
「うぅ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「あぁもういいから!謝んなっての!」
今朝から那由多はずっとこんな調子だ。
なぜかと言うと……まぁ料理がくっそまずかったから……だな。そりゃもう人の意識を狩りとるレベルのマズさ。
昨日の晩飯、那由多が作った料理をみんなで食べみんな撃沈。那由多に至っては自爆。
元々那由多は自分が料理下手なのを知っていたそうなのだ。元料理部なんだしそれは知っていて当然だとは思うんだが………
「なんでお前料理部入れたんだよ……」
「……料理部はお菓子ばっかり作ってたし……それ以外の時は盛りつけしかさせてもらえなかったから……」
部員からも危険視されてんじゃねえか……まぁ当然だろうけれど。
「はぁ……じゃあ何で今回料理なんてしたんだよ」
俺がそう言うと那由多がうっ、と言葉を詰まらせた。言うか言わないかで葛藤しているような顔をしている。
「……かなでちゃんが期待してくれたから……それともしかしたら上手になっているかもって」
「……ふぅーん」
俺はかなでに流し目をやった。お腹を抱え前傾姿勢でテレビを見ている。那由多の手料理はたとえ一晩たとうともその効力が潰えないのだ。ついでに言うと俺も今かなり痛い、こいつらの倍は食べたからな。
「……ごめんなさい、もう料理しません」
「いや、もう過ぎたことだしいいんだけどよ……」
そこで俺は少し思案する。果たして料理部にまで入って治らなかったこの料理下手な奴にこれを言うべきかどうか……。朱石家以外に被害が広まってしまうのは少々胸が痛むところではある。
「料理教室にでも通えばいいんじゃねぇの?ほら、料理自体は嫌いではないんだろ?」
結局言ってしまった。ったく、俺ってやつはつくづく幼馴染に甘いらしい。
「ふぇ?き、嫌いではないけど……むしろ大好きだけど。でもそんな所に行ったらみんなに迷惑かけちゃう」
「料理教室ってのはそもそも料理が出来ない人間が行くところなんだろ?だったらお前にぴったりじゃねぇか。それに料理、上手くなったらまた食わせてくれよ俺とかかなでに」
「……うん、ありがと。朱羅」
「どういたしまして」
そういったっきり那由多は顔を伏せてしまった。
かなではまだ腹痛が収まらないのか、顔を歪ませていた。
あのあと、那由多はお父さんとお母さんに何度もしつこく謝ってから自宅──隣の家へと帰った。
那由多と両親の付き合いももちろん長いのだ。死をもたらす食事を提供されようとも、那由多を怒るようなことはしなかった。
もし、両親が那由多を怒っていたならば俺は意義立てしていただろう「大人のくせに情ねぇ」と。ついこの前知り合ったばかりのかなでが文句一つも言わずに腹痛に耐えているんだ。それぐらいは言ってもいいだろう。
まぁ、こんな危惧は俺の取り越し苦労だった訳だが……
「母さんも昔は料理下手だったもんなぁ」
「あんたいっつも美味しい美味しいって食べてくれてたじゃない」
「疲れて仕事から帰ってきてからのあれはトドメでしかなかったなぁ……。それに母さんの褒めて褒めてっていう眩しい瞳が……」
に始まる痴話喧嘩(惚気とも言う)がリビングで勃発し、居所を失った俺とかなでは現在詰将棋の早解き勝負をかなでの部屋で行っている。
将棋や勉強絡みであれば部屋にはあげてくれるそうだ。
「それにしてもお父さんとお母さん。初めて……?物心ついてから初めて会った時から思ってたけど、ラブラブよね」
「たまにな。ああなるんだよ。……はっ!どこまで解いたか忘れっちまったァ……」
「情けないわねぇ……あっ」
「お前も忘れてんじゃねえか」
「うっさいわね……なんであたしの部屋にいるのよ!」
えぇ……。お前が詰将棋やろうって言ったんじゃないか。腹痛を紛らわすためとかなんとかで。
かなでの部屋から追い出されてしまった俺は仕方なく自室へと戻る。唯一の安寧の場。俺の安全地帯。
やることもないのでライトノベルを読んでいた。ピンクブロンドの髪をツインテールにしてガバンメト2丁に日本刀を二刀装備したちっちゃな女の子がヒロインのあれだ。今度28巻が出るってんで読み返しているのだが……
「やっぱ妹ってのはこういうんじゃないのかねぇ……?」
主人公の実の妹。妹の存在すら知らなかった主人公の目の前に突然現れた妹。周囲に我こそがお兄ちゃんの妹なんだと見せつける。兄を誘惑しキスやら混浴やら求婚やら……。
別にかなでにそこまでをお止めている訳では無い。
ただ、今よりかは愛想良くしてくれてもいいんじゃないか?ってだけだ。
そりゃ、勉強や将棋に夢中になっている時は割と普通に接してきてくれる。だが、少しでも正気に戻った時はさっきみたいな対応をされる。
何が言いたいかというと、俺はまだかなでにだいぶ嫌われているってことだ。
将棋が好きっていうプラスな気持ちから俺が嫌いっていう気持ちを引いた時、以前は答えはマイナスになっていたが、現在はプラスになっている。
まぁ、本当に僅か。1とか2ぐらいだろうが……
そんなことを考えていると、自然、ラノベの内容もうまく入ってこない。
仕方なしに俺は悩み事をするいつもの癖でベランダへと出た。
4月とはいえ、暗くなるのはまだ早いようだ。東から夜が迫ってくるのに対して、太陽が西から最後の抵抗だと言わんばかりに強い光を放っている。周囲はオレンジに輝き網膜を刺激してくる。
そんな光の中、俺の向かいには一人の少女が佇んでいた。
長く綺麗な黒髪を風にたなびかせ顔にかかる髪の毛を右手で抑えている。風に耐えるために閉じた瞼から伸びるまつ毛は、夕日によってキラキラと瞬いている。背景は何の変哲もない一軒家のベランダだと言うのに妙に映えるその少女は──赤城 那由多だ。
「お前が先にいるなんて珍しいな。なんだ、黄昏ていたのか?」
そう声をかけるまで俺の存在に気づいていなかったらしい那由多は全身を弾ませた。……女の子として弾むべきところが弾んでないのはいかがなものか──おっと寒気がした。この話題はやめておこう。
「いっつも黄昏てるのは朱羅でしょ?」
「俺は考え事をしてるだけだ。それに、黄昏れるなんて行為は美少年と美少女しかできないんだよ」
俺がいつもの軽口でそんなことを言うと珍しく那由多が赤くなる。夕日に照らされ元々赤く見える那由多の白い肌が。
自他ともに認める美少女様がこんなことで赤くなるなよ。なんですか?ピュアアピールですか?現代ではそんなことしてると女友達が消滅するぞ。
「わ、私も考え事……悩み事よ。別に黄昏てたわけじゃないのよ」
「悩み事?」
いつも俺の悩みを聞いてくれている礼として聞いてやるよ。と言外に主張して言う。
「……」
「……」
俺は那由多が話しやすいように、と黙っているのだが那由多はいつになっても話し出さない。俺の方をチラチラと盗み見るだけだ。
「な、なんか言いなさいよ」
「……だから、聞いてやるって言ってるだろ」
「言ってないじゃない!」
いや、厳密には言ってないけどよ……察しろよ、幼馴染なんだしさ。
「汝の悩み聞いてやろうぞ」
「……」
「……」
再び沈黙が流れる。
「いや、早く言えよ!」
「いや……朱羅には言わない」
なんだ、それ。
俺がベランダに出た時は那由多も出てきて俺の話を聞いてくれた。それと同様に那由多がベランダに出た時は俺が出たんだ。そして、お互いに悩みや考えを相手に伝える。それが俺たちの間での暗黙の了解にいつの間にかなっていた。
那由多から悩みを持ちかけてくることは多くはなかったが、ベランダに出てきた時は必ず俺に話してくれたんだ。
言わない、なんてこと初めてだ。
「なん……でだ……」
だからだろうか。どんな事でも軽い口調で話してきた那由多に対して、こんな絞り出すかのような声が出てしまったのは。
「あわわ……ち、違うの!朱羅に言いたくないわけじゃなくて、朱羅だから言えないの!」
「グハッ……!」
きゅうしょにあたった!朱石 朱羅はちからつきた。
「ち、ちがくて!えぇと、その……」
そんな俺にトレーナー那由多は必死に回復薬を飲ませようと四苦八苦している。ポケ⚪ンセンターへ連れてってくれー……
「……まぁ俺に言えないなら……かなで辺りに相談してくれ……」
瀕死状態の俺はその言葉を残してモンスターボール、もといマイホームへと戻る。
「かなでちゃんにも……言えないよ……」という那由多の声は春の風にかき消され、俺の耳には届かなかった。
次回からは順調に投稿できるよう、獅子奮迅して参ろうと思う所存でありまする。
何故学生のため時間が……(言い訳)m(_ _)m