蒸し暑さを感じて身を捩り瞼を開いた。
時刻は8時。朝だ。
それを確認するとほぼ同時に携帯電話がなり始めた。昨日と同じ失態を犯さぬよう、寝る前にセットしていたのだ。
モゾモゾとベットから降りて軽く首を鳴らす。ゴキっ、という心地よい快感だ。朝はこれをやらなくちゃ迎えられないとすら思える。なるほど、昨日はこれを忘れていたからあんな大失態をしたわけか、納得だ。
かなでが家に来た頃は、パジャマ姿でリビングまで降りて良いものか、などと考えていたがそんな考えは今や霧散している。だってあいつもパジャマ姿だもん。しかも短パンとかいうめっちゃ短いヤツ。
いや、妹の生足にドキッとしてしまったり、やっぱりこいつも女なんだな、何ていうベタな反応はしてないからな!
リビングに降りると誰もいなかった。
そう言えば、両親は昨日のあの勢いのまま今日はデートに行くとか言ってたな……ほんとお暑いことで。普通は息子と娘の距離を縮めてあげるために家族で出かけたりするもんじゃないの?そもそもお父さん昨日休みだったじゃん、家族旅行でも行こうぜ……。
ちなみに、かなでは部活関係で今日は学校に行くそうだ。昨日詰将棋している時にポロッと言っていた。
「つまり……今日は家にずっと1人でいられるってわけか!」
そうとなればやりたいことは沢山ある。ラノベ読んだりーラノベ読んだりーラノベ読んだりーラノベ読んだりーラノベ読んだりーピンポーン──。
「ん?誰だ」
階段を上がりかけていた足が止まり玄関を振り向く。宅配便かな?
「はいー」
「こんにちはー。あ、朱羅先輩」
「麻那ちゃん?どうしたの」
そこには宅配便の人ではなく、小さな女の子──星井 麻那ちゃんがいた。かなでのクラスメイトで同じく将棋部員らしい。
茶髪のショートカットが少し波打っている。……女子の髪型にはあまり詳しくないがこれは多分天然でこうなっている感じだ。あと、表情も妙におっとりとしていて、一緒にいると和む雰囲気の持ち主。かなでと身長はほぼ同じでどちらも美人であるが、持っている雰囲気がまるで違う。
「今日はどうしたの?かなでならもう行った──」
そこまで言って気がついた。かなでの靴が玄関にある。……もしかして、
「かなでのお迎え?」
「はいー、そうです。……もしかしてまだ寝てます?」
確認してくる。そう言って俺は2階へと上がった。
麻那ちゃんには玄関で待っててもらうのも失礼だと思ったので、リビングに上がってもらった。……お茶とか出すの忘れてたよ。麻那ちゃんといるとこっちの気も抜けてしまうらしい。
「おーい、かなでー」
コンコン、と扉を叩きながら声をかけるが返事はない。トイレも確認してきたが特に反応もなかったため、恐らく……
「あー……入……るぞ?」
そーっと扉を開けながらそう言ったがやはり返事はない。
「……ん……ふぅ……」
ドアの対面にある壁、その隅でかなでは眠っていた。薄目の掛け布団を抱き寄せ、その顔は普段俺に向けるような険しいものでは無い。顔全体から力が抜けきられ、口元にはヨダレがたれている。
俺はかなでのその様に愛玩動物のような親しみを覚えた。普段からそうしていれば可愛いだろうに。かなでは本当にそんをしていると思う。この前那由多が言っていたのだがかなでには彼氏、至っては好きな人すらできたことがないらしい。
……この寝姿を写真に収め、男子に見せればイチコロ……そう思ったがそんなことはしない。これは俺がシスコンとか「妹に近寄るやつは誰だろうと容赦しねえ」とかそういうのではなく、ただ単にバレたら俺が殺される。もちろんかなでに。もしかしたら那由多もここに加わるかもしれないが。
「って何考えてんだか……」
かなでを起こすためその華奢な肩や、柔らかい頬を揺らしたりつまんだり軽く叩いたりする。……が、一向に起きる気配がない。
「……おい、かなで!ヤバい起きろ!遅刻する!」
「ふぇ……!え、ええ、なに……ち、遅刻!」
おぉ……効果的面……。学舎の偉大さを今、初めて痛感したかもしれん。
「っておい!何やってんだよ──!」
俺がしょうもないことを考えていると目の前は異様なことになっていた。「遅刻、遅刻」と呟きながらかなでが──ふ、服を──!
「にゃにって、学校……の準備……」
こいつ、寝惚けてやがる!なんで……。
「か、かなで、学校は今日休……」
「ほらぁ、あにゅきもしたきゅしなきゃ、ちふぉくひひゃうお?」
ほら、兄貴も支度しなきゃ、遅刻しちゃうよ?……兄貴!?
「お、おま……今兄貴って」
「あに……あにき……兄貴ぃ!」
なんっで!ここにいんのよ!この変態!その声と同時に俺は廊下へと蹴り飛ばされた。いや、俺が全面的に悪いからこれは仕方ない、うん。
俺が背中の痛みと戦うこと数十秒。緋扇高校の制服を纏ったかなでが部屋から出てきた。
部屋の前で背中をさすっている兄には一瞥もくれずに階段を降りていった。……少し傷つく。
「あれ!?麻那?」
「あ、やっときたー。おはよー」
「あ、うん。おはよ。じゃなくて!早く行かないと遅刻!」
「ふぇえ?か、かなでちゃんー」
という会話がしたから聞こえてきた。その後には駆ける足音がふたつ聞こえ、次第に遠くなって言った。
それから俺は朝食と昼食を食べる以外は読書に耽っていた。読書中は携帯をマナーモードにしているため、昼飯の時に気づいたのだがかなでからの着信がどえらい事になっていた。それも丁寧に通話だけ、留守電はひとつも残っていなかった。
かなでが帰ってきてからはずっとお叱りを受けていた。何故か那由多にも叱られたのだが……。
そんな俺達を微笑ましそうにデートから帰ってきた両親は見つめていたが……見てないで助けてくれよォ!