俺の日常に妹が追加されるようです   作:Damy

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兄妹と幼馴染

いつもはきつく睨みつけてくるそのツリ目に今は、感じたことの無いほどの優しさが存在していた。しかし、その優しさの裏にはかなでらしく、1本の頑丈な芯がある。

 

「──じゃあ、あたしも妹としての役目を果たすよ」

 

発せられた声にもいつもの棘は無い。ましてや、将棋や勉強──俺以外の何かに向けられた声でもなく、他でもない俺に向けられた言の葉。

目頭が熱くなる。体中になんとも言い難いむず痒さが走り回る。

何故か涙を流そうとする目元を必死に堪え、鼻をすする。

かなではまだ俺のことを真剣な優しい瞳で見つめている。それを再度確認しただけで涙腺が決壊した──

悟られないようにと、右手で顔を覆い真正面から見えないようにした。こんなことをした時点で俺がとういう状況なのか、かなでは理解してしまうだろうがそれでも構わない、と。

先程、滑稽にも妹に八つ当たりをした兄でも──真面目だと妹に笑われた兄でも、無様に妹に泣かされたというその姿を惜しげも無く晒したくはなかった。

無駄に大量の空気を吸い込むこの音も。それに付随して鳴る汚い音も。同調するように上下するこの肩も。俯き手で覆うこの姿も。

それら全てが露呈しても、涙に濡れるこの顔を見せたくはなかった。

 

落ち着いてから覆う手を外すと、そこにはティッシュの箱がいつの間にか置かれていた。

涙を拭き鼻水をかんだティッシュでゴミ箱に山ができる。……これをお母さんが見たらなんと思うだろうか……

顔を上げると未だにかなでが真剣な瞳を俺へと向けている。涙腺が刺激されるが、なんとか堪える。

 

「……なぁ、かな──」

「兄貴は、」

 

掠れる声で話しかけると勢いよく遮られてしまった。うじうじ泣いていた男がウザかったのかな……誰だよそいつ。

 

「兄貴は、笑い方とか話し方とか顔とか色々キモいし、将棋の戦略とか似ててうざいしムカつくけど」

 

なにその唐突な罵倒……さっきまで泣いていた人間を更にいじめて楽しいのかコンチクショウメェ!

だけど、とかなではその一言で思考を遮る。

 

「色々とめんどうとか?気を使ってくれてたし……頼んでもないのに。……だから?無様で滑稽にむせび泣いてあたしに助けを求めた兄貴に、常識人なあたしは応えてあげようかな、って」

 

自分。もう人泣き良いっすか……?そういって涙腺に新たな涙を装填するよりも早く、かなでは、

 

「だから、あたしに任せて──」

 

そういって足早に部屋を出ていった。見間違えでなければ、耳を朱に染め口を抑えながら。

 

──────────────────────

 

その日の夜。

閑静なこの空間にカラララ、と聞き慣れた音がなった。

思わずビクッと肩が上がる。恐る恐ると窓から外を見やると、予想どうりに那由多が向かいのベランダに立っている。

正直に言うと──怖かった。

自分も同じように──いつものように──窓を開けてベランダへと降り立つことに。

しかし、机に置かれた携帯が振動し、画面に赤城 那由多の文字が表示されたのならば、勇気を振り絞り外へと出なければならないだろう。

 

「──こんばんは。朱羅」

 

夜を背にして立つ那由多は、一言で言うならば美しかった。

一般的な一軒家の何の変哲もないベランダ。そこに夜の闇に溶けるかのような黒髪を携えた那由多がいるだけで、いくつもの物語が想起されるかのような──そんな感慨に襲われる。

しかし、同様を悟られないように平然に幼馴染として声をかける。

さしあたって、携帯を掲げて、

 

「どした?急に呼び出して」

「……この前、朱羅に相談できないって言った事ね……言うね」

 

心臓が大きく跳ねたのがわかる。気づけば右手が服を鷲掴んでいた。

 

「かなでちゃんに、ね。さっき色々と聞かれちゃって」

 

良い妹じゃん。と、俺をからかってくる。

そういえば、かなでがうちに来た時もこうして俺が那由多に相談を持ちかけたんだったな。

……ん?まてよ……かなでのやつ、ナニをドコまで話したんだ……?

直感にも似た確信が脳内を駆け巡りメガホン片手に喚き散らす。絶対にやばいことまでいいやがった──と。

 

「まさか朱羅がそんなに悩んでいたなんて……ね。エヘヘ」

 

可愛くはにかむ那由多。エヘヘ、脳内エマージェンシーが鳴り止まないよォ……

 

「実は、ね。朱羅には言えなかったんだけどね……」

「いや、ちょまっ──」

「お母さんに料理教室を反対されちゃって」

 

──は?え、なに、料理教室?何それ美味しいの?いや美味しいわ。

 

「いやー、やっぱりさ。最低限食べられるものを作れなきゃダメでしょ、ってお母さんに言われちゃってさー。『見た目食べ物のナニカを錬成いている内は料理教室なんて行かせられません』ってさぁ……ほら、勧めてくれた朱羅にも悪かったし……料理食べちゃったかなでちゃんにも申し訳なくて言えなくてねぇ……いやでもまさか、それでそこまで朱羅が追い込まれてるなんて思わなかったよォー」

 

恐らくこの数日間のあいだに溜め込んでいたのであろう言葉が、ダムの放水のように次々と口から出てくる。

 

「それからもいっぱい練習してるんだけどさ?もうぜんっぜん駄目で。弁当作ろうとしたけど、それのせいで遅れちゃったりさぁー?あ、でも、私の料理って何故か匂いと見た目だけはいいから、匂いにつられてやってきた猫と戯れたのは唯一良かったことかなぁ……」

「……え?な、悩みってそれだけ?」

「だけって心外だなぁ……私にとっては生涯立ち塞がっている大問題なんだけど?」

 

じゃあ何か?普段の会話に違和感を覚えていたのも、那由多と視線があった時のこととかも、遠回りしていたこととかも、全部が全部俺の自意識過剰……?

なにそれ素直に恥ずいな!っておい!?かなでにこのこと相談しちまったじゃねぇか俺さん!?どうすんだよ、絶対隣の部屋で笑い転げてるぜ今あいつ!

ぬぉぉぉぉ、と悶えている俺を全く無視した那由多が、ものをねだるかのように上目遣いで聞いてきた。

 

「最近はさ、ちょっと上手くなったんだけど……また食べてくれる?」

「ん?あ、あぁ。いいぞ」

「ほんと!やった」

 

その瞬間に向かいの家の電気が消えた。何となくここでお開き、という空気が流れ、どっちつかずに「おやすみ」と言って部屋へと戻った。

 

「あれ……?那由多の料理でちょっとって……それもう誤差じゃない?」

 

ベットに入ってから自分の犯した過ちに気づいたのでした。まる。

 

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