近所にある大型のショッピングモールは雑多に埋め尽くされている。喧騒に耳は正常に働かず、不正確な音として会話が聞こえてくる。ショッピングモールに複数人で来訪している客は一様に会話を楽しんでいたが、こと俺に限ってはそうではなかった。
俺は今、ある少女とショッピングモールに来ていた。赤に近い茶髪を携えた彼女は俺の横で不機嫌そうに顔を歪めて立っていた。制服に身を包み、髪は二つに括られている。背格好は低く、頭は俺の肩くらいに位置している。
……そして、俺の実の妹だ。かなでだ。
「……じゃあどこから行く?」と俺はできる限りの笑顔で言った。
「……なんで」
ショッピングモールの騒音に紛れてかなでの声が聞こえる。それは聞こえるか聞こえないかの声量だった。俺に向けられた言葉ではなく、つぶやきのようにも聞こえた。
「……那由多さんにふられたから?」
「え?」かなでの意味不明な発言に少し裏返った声で返す。
「それで妹に手を出そうとしてんの?」
「いや、え?」
俯いていたかなでが厳しく俺を睨む。
「那由多さんにふられてやけになってんの? って聞いてんの!」
「……」かなでが言った内容が聞いたことの無い言語のように聞こえた。少ししてそれが日本語だと気づく。「俺が妹に──かなでに手を出すわけないだろ。それに、那由多にはふられてない。そもそも那由多はそういうのじゃない」
俺は慌ててかなでの誤解をとこうとした。早口で一気にまくし立てる。
するとかなでが疑いの目で俺を見る。目を細めて俺の本当の所を見つけ出そうとしているように見えた。
かなでは身体こそ小さいが迫力、というよりかは気迫のようなものがあった。かなでのその双眸に心の内を覗かれているような気分になり、思わず目をそらす。それが、良くなかった。
はぁ。かなでが短いため息をつく。それは俺にやましい事があるんでしょ、と咎めているようだった。
「じゃあなんで、那由多さんがあんたなんかをす、好き、だなんて誤解してたの?」
周りにいる人達が、俺たちを遠くから笑っているのが見える。喧嘩か。別れ話か。修羅場か。なんて言って面白おかしく話のネタにしているのが分かる。
その視線は皮膚の下にうねるように入ってくる。気持ち悪い。全身が痒い。動物園に飼育されている彼らは毎日こんな気分になっているのだろうな。
「そりゃ、那由多が誤解されるような行動してたからだ。それより、なんか飲みに行こう。喉乾いちゃったよ」
俺は自分の首に手を当ててかなでにおどけて見せた。「うん」とか「奢りならね」とかいう返事が来る前に俺は歩き出す。
後ろを確認する前にかなでが横に並んで歩いてきた。その顔は先程までよりも不機嫌で、かなでも俺と同じことを感じていたのだろうか、と思う。もしくはしっかりと答えない兄に腹を立てているのかも。
フードコートに着き、マックでシェイクのバニラを二つを買い、スマイルをもらった。それが接客のために作られた紛い物だと知っていても、俺の気持ちはその笑顔で少し軽くなった。
かなでが先に座っていたテーブルにトレイをもって座る。
バニラシェイクをかなでに渡すと小さくありがと、と返ってきた。どういたしまして。
俺もバニラシェイクに口をつける。バニラにチョコのような味が混じって不思議な味がしたが不味くはなかった。
「……俺は那由多のことが好きだよ。でもそれは恋愛とかそういうのではない」
かなでがバニラシェイクをチュウチュウと吸いながらも、こちらの様子を時折伺ってくるので俺はそれに耐えかねて話し始めた。
「今回、那由多から遠ざけられたり微妙な雰囲気になったりするとすごく苦しくて辛かった。あいつは俺にとって、いて当たり前な、それこそ兄妹みたいな関係だったから急に変わってしまったのを見て驚いたし、怖かった」
バニラシェイクを一口含む。ゆっくりと喉にまとわりつかせるように胃に流し込む。
「なんで俺があんな勘違いをしたのか。もちろん那由多が紛らわしい言動とか態度をとったのもあるだろうけど、本当のところはきっと違う。と俺は考えているんだ。実を言うと、俺は那由多との幼馴染という関係が死ぬまで続くと思ってる。那由多との関係はそれ以上にもそれ以下にもならない、とも思ってる。けれども今回、“いつもの幼馴染”という関係が崩れそうになった時に直感的に──これは直感的にという以外に表し方がない──恋愛が絡んでるんじゃないかと考えた。きっと俺と那由多の関係は恋愛とかそういう、人間関係を根底からひっくり返すみたいなことが無いと変わらない、どこかで俺がそう思っているからだ」
昔から説明というのが苦手だった。那由多相手にはあれ、とかわかるじゃん? この感じ、みたいなフィーリングで説明ができたし、それで通じたから。
「要するに」かなでが静かに言った。「あんたが那由多さんを好きってことでしょ」
「いや、なんでそうなる。違うって話を今──」
してたじゃん。と言い切る前にかなでが話始める。
「兄貴はすごい悩んでたじゃん。それこそ、あたしに相談するくらい。それは那由多さんとの今の関係がなくなるのが怖かったからでしょ? 那由多さんがどっかに行っちゃいそうな気がしたからでしょ? そこまで那由多さんを大切に思っているのに、好きじゃないなんて嘘だよ」
かなでの言っていることはわかるような気がした。けれども、俺と那由多の関係というのは女友達とかカップルとかそういう誰かが作った言葉では、表せない……表したくない関係だ。それは俺も那由多も同じ心だ。はっきり言える。
けれどもそれは俺と那由多以外には理解されずらい感覚だ。だから、かなでに無理にわかってもらおうとは思わない。
俺はバニラシェイクの残りを一気に飲み干して立ち上がった。かなでが怪訝な視線を送ってくる。
「今日はかなでへのお礼の日だ。兄妹らしくデートと行こうぜ」
かなでは呆気に取られたような顔をしてから、バニラシェイクを一気に飲み立ち上がった。
「普通、兄妹でデートとかしないから。……あと大声でそういうこと言うのやめて……恥ずかしい」
……え、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』では兄妹で普通にデートしてたのに……あれって違うのん?
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