仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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世界の危機でも愛を叫んだ……()()()()()


The beast shouted 『Love』 even in the crisis

 ◇

 

 

 

 予期せぬ事態にあっても常に冷静であること。

 言わずと知れた非常時に生き残るための心構えである。

 この街に比べれば随分と平和な『外』の世界でもそうなのだ。ならば当然、日常がすでに非常時と言えるこのヘルサレムズ・ロットにおいても、冷静でいることは生存への絶対条件であると言えよう。

 無論、冷静でいようが半狂乱になっていようが、どうしようもないこともHL(ここ)には多い。むしろそんな理不尽な危険の方が圧倒的に多い。

 それでもやはり、いざという時に適切な対応ができれば、それだけで生存率は大幅に上がるものである。

 故に。世界を守るライブラたるもの常に冷静でいなければならない。

 例えジュラルミンケースに入った生首(生きてる)が部屋に飛びこんでこようと、頭に人喰い生物をくっつけられて高高度から放り出されようと。けして慌ててはいけないのだ。

 もちろん、とつぜん部屋中の人間が様々な動物の鳴き声で騒ぎ始め、オフィスがサファリパークの様相を呈したとしても、である。

 

 混乱の中。いち早く冷静になったのは、やはりクラウスとスティーブンだった。

 自分以外の言葉がすべて動物の鳴き声に聞こえるというなかなかの異常事態。そこにおいても二人は状況を素早く受け入れ、数秒とかからずに今やるべきことを判断した。

 それはとりあえず黙ること。状況から察すれば当然、自分の言葉も他にとっては獣の声だろう。ならば何を喋ろうとも無駄。場を落ち着かせるためにも、二人はひとまず沈黙に徹する。

 次にそれを察したチェインとフィリップが落ち着きを取り戻した。

 ついで翔太郎が、クラウスの人差し指を口に当てるジェスチャーを見て口をつぐむ。

 最後に、レオとザップが刺すように冷たいスティーブンの視線に気づき、向かい合ったまま口を閉じた。

 動物園と化していたライブラのオフィスに再び沈黙が訪れる。全員が輪のように立ち並び、横頬に冷や汗をうかべて互いの顔を見合う。

 

 静寂を持て余す中、フィリップは頭の中で誰がどの声を発していたのかを思い返していた。

 ここでフィリップの悪癖が顔をのぞかせる。それは一種の高揚感とも言える感情だった。端的に言えば、好奇心。そんな場合ではないと自分で思いつつも、おもしろいと思わずにいられなかった。

 クラウスが象の声、ザップが猿の声、とわかった時点で「なかなか的を射た割り当てだ」とフィリップは変に感心してしまったのだ。

 聡明さと強靭さを兼ね備えたクラウスを動物に例えるならば、まっさきに思い浮かぶのが象だろう。峻厳の裏に時折のぞく優しさも、そのイメージを強くする。

 ザップに関してはもう言わずもがなである。

 そうやって思い返してみれば。あてがわれた鳴き声はかなり納得のいく『配役』ではないだろうか。

 非常に興味深い、とフィリップは考察を進める。

 スティーブンはカラスだった。なるほど、スマートな風貌とどこか漂う狡猾さ、知的な雰囲気がぴったりだ。

 チェインは猫らしい。ザップには「犬」と呼ばれていたが、軽い身のこなしや飄々とした態度はどちらかというと猫に近い。これも得心がいく。

 レオについてははっきりと判別できたわけではないが、「チィ、チィ」とか「チュウ」と鳴いていたのでネズミやハムスターの類だろう。混乱した時の慌てっぷりも見るからに小動物系だ。

 そして、翔太郎。これは実にわかりやすい。ハードボイルドの象徴が、孤独と哀愁の月に高く吠える狼ならば、ハーフボイルドの象徴は間違いなく犬だ。それもひたむきで人間(ともだち)が大好きな、柴犬。以前調べてみたところによると、柴犬には義に厚く頑固な面もあるそうで、ますます翔太郎のイメージと重なる。

 まあ、こんなことを本人に言えば「うるせえ!」と鼻を鳴らして拗ねてしまいそうなのだが。

 その様を想像してくすりと笑いつつ、フィリップは隣に目をやる。すると「なんだよ」とでも言いたげに翔太郎が

 

「ワン!」

 

 と吠えた。

 フィリップは思わず吹き出す。

 それに対し、翔太郎がさらに吠えかかる。どうやら心の内でからかわれていたのに気づいたらしい。

 ワウワウと不満をあらわにする翔太郎を横目で見つつ、フィリップは口を押さえて笑うのを我慢する。

 その一方で。レオとチェインもまた、口を塞ぎ体をプルプルと震わせて笑いをこらえていた。原因は明白。そんな二人を睨みつつ「ウキ〜」とうめいているザップである。

 これまでのやり取りを見れば、常日頃からザップが、猿、猿とチェインに言われ続けていたのは想像に難くない。そんなザップが本当に猿の言葉を話し始めたのだから、これを笑うなと言う方が無理な話だろう。

 ザップの方は自分が猿語になっていると知らないのでわけがわからない様子だ。とはいえ、さすがにバカにされているというのは理解しているようで。

 

「ウキャアッ!」

 

 その視線に耐えかねたザップは不機嫌極まった顔で叫び、チェインに向けて腕を振るう。

 だがチェインは拳が当たる直前、余裕の表情で空気に溶け、消えた。ザップの拳は虚しく空を切る。

 その光景を見て、フィリップはこれまた好奇心をくすぐられた。

 拳が突き抜けたということは、チェインの能力はただ透明になるという単純なものでもないらしい。透明人間と言うよりは幽霊だ。まるでそこに存在しているという事実そのものを操っているような。

 考察を進めるフィリップだったが、それを邪魔するかのように、突然ザップが両拳を頭とあごに当てるいわゆるお猿さんのポーズで

 

「キィー!! キャッキャ、ウキャー!!」

 

 と高らかにわめいた。

 おそらくチェインが後ろから無理矢理ポーズをとらせたのだろうが、その様子はどう見ても怒れるチンパンジーである。これは強烈だった。

 翔太郎はもちろん、フィリップも再び吹き出し、レオに至ってはうずくまって床を叩きながら声も出せずに震えている。

 と、そんなレオの頭の上に、ヒュッ、と何か小さな生き物が飛び乗った。見ればどうやら本物の猿のようだ。だが落書きから飛び出してきたような丸っこいその猿は、フィリップのまったく知らない種類だった。

 レオが「チュウッチュ!」と呼んで猿を手に乗せる。猿もレオに身を預けているのを見るに、まったくの野生というわけでもなく、レオとはよく見知った友達のようである。

 猿は虚空に向かって暴れるザップをじいっと見つめていたが、ふと何かを確かめるように

 

「ウキ? キャウッキャァ、ウキィ」

 

 と鳴いて首を傾げた。

 その瞬間。ザップが硬直し、錆びた人形のようにギギギギと振り返った。そして恐る恐る声を出す。

 

「……ウキャア?」

 

 それに猿が応える。

 

「キキーイ。キャキャッホゥ」

 

 みるみるザップの顔が青ざめ、この世の終わりのような表情に変わっていく。

 なんとこの男。驚くべきことに本物の猿との会話に成功してしまったらしい。

 翔太郎が崩れ落ち、ばしばしとカーペットを叩きながら犬語で爆笑する。

 レオは腹を抱えて床を転がりながら、笑いすぎてゲホゲホチュウチュウとむせ込んでいる。

 そしてチェインは満面に歓喜の笑みをたたえ、放心状態で猿と会話するザップをスマホで撮影していた。

 

 と、その時。

 再びうるさくなり始めたオフィスに鋭い咳払いが響いた。若干のイラつきを含んだ眼差しで空気を引き締めたのはスティーブンだ。その「いい加減にしろお前ら」という無言の威圧が、キィンとオフィスの室温を下げる。

 ザップとレオがぐっと口を閉じ、チェインが叱られた子供のような羞恥の表情でうなだれた。翔太郎とフィリップも、ふざけすぎた、と反省して真面目な態度に戻る。

 全員が落ち着きを取り戻し、視線が集中したのを確認して。スティーブンは手に持ったA4サイズの紙を持ち上げた。おそらくは先ほど見ていた書類の一枚だろう。その裏側にはキレイな筆記体で短い英文が書かれていた。

 

『ここに書いてあることがわかるか?』

 

 全員がうなずく。どうやら筆談での意思疎通は可能なようだ。それがわかり、場の面々はひとまず安堵の息を吐いた。

 が、ここでフィリップはハッと気づく。翔太郎のことだ。合流してすぐ、会話はできても読み書きは怪しいと言っていたではないか。

 どうしようか、と不安そうに隣を見る。だが翔太郎はすでに解決策を見つけていた。

 

(心配すんな。こうすりゃお前越しに会話に参加できる)

 

 フィリップの頭に翔太郎の声が響く。

 ニヤリと笑う翔太郎の腰にはすでにダブルドライバーが装着されていた。

 なるほど。筆談が可能ならば、ドライバーでの意識共有も当然可能だろう。

 

(さすがだ。翔太郎)

 

 とっさの機転が利く相棒に素直な賞賛の言葉を送るフィリップ。

 

(通訳頼むぜ)

(わかった)

 

 軽くうなずき合い、二人は目線をスティーブンに戻した。

 

『コレに心当たりのあるやつは?』

 

 そう書いて見せるスティーブン。

 皆が首を横に振る中。

 

(フィリップ。お前何か感じたんじゃねえか?)

 

 翔太郎が問いかけた。

 

(……なぜだい?)

(ん、いや。クラウスの旦那が喋る直前、一瞬様子が変だったからよ)

 

 再びフィリップは感心する。まったく、よく見ているものだ。

 そう。たしかにフィリップの中には確信があった。

 ついさっき自分が感じた、言わば『場』の変化。勘と呼ぶにはあまりにハッキリとした何かの気配。それがこの事態を引き起こしているという確信。

 そしてその正体も、なぜかフィリップにはわかっていた。

 本来、こういった直感的な結論は翔太郎の得意とするところだ。いつもなら翔太郎の勘を起点にして事件の捜査を始めるのが、二人のお決まりのパターンである。

 だが今、何かを感じたのはフィリップだけのようだった。

 誰よりも深く()()に関わってきたフィリップだからこそ、その確信を得たというのだろうか。もしそうだとしたら、その事実が自分に与えられたある種の責務のようにも思えた。まるで誰かが「決着をつけろ」とフィリップに告げているような。

 フィリップは静かに息を吐き、ゆっくりと手を挙げた。

 スティーブンがペンを渡す。

 

『ガイアメモリだ』

 

 白紙に綴られたその文字を見て、レオがごくりと唾を飲み込んだ。

 スティーブンが厳しい表情でペンを走らせる。

 

『確証は?』

『ない』

『なら、なぜ言い切れる?』

『わからない』

 

 フィリップ自身、信憑性に欠ける受け答えだとは思っている。だが何度自分に問い直してもその確信は揺らがない。

 釈然としないフィリップの答えに、スティーブンは鼻を鳴らしながら顔に手を当てた。

 と、その肩をクラウスが軽く叩いた。そして全員に向けてゆっくりとうなずく。

 

「彼を信じよう」

 

 そう言っているのだ。

 スティーブンはため息混じりに「カア」と鳴くと、フィリップに向き直って筆談を再開した。

 

『意見を聞こう』

『メモリの正体。そして犯人の目的。共に不明だが、おそらく犯人は近くにいるはずだ』

『それも勘かい?』

『いいや、これは経験から導き出した合理的な結論さ』

 

 状況から考えてこの事態を引き起こしたのは特殊能力に重きを置いたタイプのドーパントだろう。そういうドーパントが能力を使う時、その方法は大きく分けて二種類である。

 ひとつは特定の人間や物体に『針』や『刻印』などで一種のマーキングを行い、それを通して能力を発動させるタイプ。

 そしてもうひとつはエネルギーを放ち作り出した『干渉波』を通して、空間や人間に影響を及ぼすタイプだ。

 今回のドーパントは後者だとフィリップは推測していた。

 というのも、フィリップやレオにならともかくとして、ザップやクラウスに気づかれないようマーキングを行うのは不可能に近いと言えるからだ。

 ヘアドーパントの一件から彼らが非常に高い戦闘力を有していることは明らかだった。重ねてライブラという組織の性質上、いつ何時に命を狙われてもおかしくはないだろう。

 であれば。なりたてのドーパントが簡単に何かを仕掛けられるほどの隙があるはずもない。もしそれに気づかないようであれば、おそらくとうに死んでいるはずだ。

 わずかな時間だがこの街を見て、そして彼らを見て。フィリップの出した論理的な答えである。

 口頭ではなく文章での説明だったためかなり時間がかかったが、これについては全員が納得してくれたようだった。

 

『チェイン、とりあえず周辺を捜索してそれらしき輩がいないか探ってくれ』

 

 スティーブンの指示にチェインがこくんとうなずき、その場で跳躍した。そしてそのまま天井をすり抜け屋外へと消える。

 同時にクラウスも、風体に似合わない繊細な文字でレオに指示を出す。

 

『レオ、周辺を視てガイアメモリのオーラを探せるだろうか?』

 

 レオは「やってみます」という顔でうなずいて、その眼を開いた。

 発動した『神々の義眼』を間近に、フィリップは思わず息を呑んだ。

 淡いアクアマリンのような眼の表面に円型の幾何学模様が幾重にも重なり、その精緻な輪がまるでピントを合わせるかのようにゆっくりと回転しながら輝きを増していく。

 その様はまさしく神のつくりたもうた芸術品。人の業では到底たどり着くことのできないその美しさに、フィリップはそれがレオの眼であることを忘れてしまいそうになる。

 と──

 

「チュウッ!?」

 

 突然レオの体が跳ねた。

 何かを見つけたのか。空気が張り詰め、全員の意識がレオに集中する。

 次の瞬間。

 レオが弾かれるように立ち上がり青い顔でバルコニーを指さすのと、そこめがけてザップが血刃を放ったのがほぼ同時だった。

 バルコニーへと続くガラス扉が砕け散る。光を乱反射するガラス片の向こうに、そのドーパントは立っていた。

 ドーパントは自分を狙い飛んできた紅の刃を紙一重でかわし、こちらに向き直る。

 

 わかりやすい能力のメモリでもないだろうと思っていたが、その見た目も能力と同様に正体不明なドーパントだった。

 細かな針金細工のようなものをおびただしい数より集め、押し固めて人型にしたような姿をしていた。そして体の各部には無数の『口』があった。人間はもちろん、犬、猫、猿、烏、鼠、わかりにくいが象とおぼしき口も。それ以外にも様々な動物の口が体中に散りばめられていた。

 

 その異様な見た目にまったく気圧されることもなく。クラウスとザップ、そしてスティーブンが前に出る。

 もちろん翔太郎とフィリップもただ見ているつもりは毛頭ない。

 

(フィリップ、変身だ!)

(ああ!)

 

 翔太郎の呼びかけに合わせてフィリップはヒートメモリを取り出した。隣で翔太郎も同じようにジョーカーメモリを構える。

 

 《ヒート》

 《ジョーカー》

 

「ワオォン!!」

「変身!!」

 

 翔太郎の声が犬語に聞こえるせいでいまいち決まらないが、そんなことを言っている場合でもない。それに翔太郎からすればフィリップも動物の声なのだ。

 

 《ヒートジョーカー》

 

 意識を失ったフィリップの体を、レオがどうにか受け止めてクラウスの陰に隠す。

 一陣の熱気をあたりに放ち。変身したWはレオに向かって「サンキュー」と手をあげ、クラウスの隣に並んだ。

 Wの実物を初めて見るスティーブンが一瞬だけ動転した表情を見せる。が、さすがにプロというべきか。すぐにドーパントへと注意を戻し、臨戦態勢に入った。

 これでこちらの戦闘要員は四人。いかにT-0ガイアメモリのドーパントといえど、戦力的にはこちらが遥かに上だろう。おまけに敵は能力重視のタイプ。直接の戦闘力は高くないはずだ。

 

(それでも油断はするなよフィリップ。メモリの正体がわからない以上、どんな手を使ってくるかわからねえぞ)

(わかってる)

 

 そうフィリップがうなずいた瞬間。

 ドーパントが体中の口をいっせいに開いた。何十種類もの動物の鳴き声がオフィスにあふれ、部屋全体ががビリビリと揺れる。

 だがその雄叫びは敵意の表れではなかった。もしもその咆哮が殺気と共に放たれたものであったなら、クラウス達だけでなくWも瞬時に攻撃を加えていただろう。だがそうはならず、全員が耳を塞ぐにとどめた。百戦錬磨の彼らが下したその判断がそのまま、ドーパントに敵対心がないことを証明していた。

 やがて開いていた全身の口がひとつずつ閉じはじめた。それに合わせて濁流のような声が次第に収束していく。そして最後に残った、胸の中央についている人間の口が、英語で話し始めた。

 

「……あ、ああ。うん、これか。この言葉だね。ああ、ごめんよ。まだこの体に慣れていなくて」

 

 若い男の声だった。それも拍子抜けしそうなほど、細く頼りない声だ。

 

「にしたって、いきなり攻撃してくることはないじゃないか。確かに勝手に建物に上って来たのは僕が悪かったけど……」

 

 全員があっけにとられていた。

 確かに直接攻撃を受けたわけではないが、相手がドーパントということもあってかなり警戒していたのだ。ここまで融和的な態度をとられると、逆にどうしていいかわからなくなる。

 そんな中で、真っ先に和解に乗り出したのはやはりこの男だった。

 

「プォオオン。プァオオオ」

 

 構えを解いたクラウスがドーパントに向かって話しかける。

 それに対し、ドーパントが顔に並んだ二つの『口』でゆっくりと()()()()をしながら答えた。

 

「ああ、安心してほしい。僕に敵対の意思はないよ」

 

 フィリップにはクラウスが何を言っているかは皆目わからないが、さすがにドーパントには問題なく伝わるようだった。その返答から、ある程度は会話の内容を知ることができそうだ。

 

「プファオオ。プアァンフォンパオオオン」

「これはご丁寧にどうも。僕のことはオッドと呼んで。みんなそう呼ぶから」

 

 どうやら二人は自己紹介から始めたらしい。数十秒前の緊張感はどこへやら。あたりがなんとも緩い空気に包まれる。

 

「プアァ、パファオオン?」

「ああ。僕の能力のようだね。もっとも、最初からこうしていれば使う必要はなかった力だけど……」

「パオオオン」

「それが……そうしたいのは山々なんだけど、僕にも解き方がわからないんだ」

 

 その言葉にフィリップは耳を疑った。

 言うまでもなく、これは今起こっている異常事態についての会話のはずだ。これがオッドの力であると確認して、当然クラウスは解除を求めたに違いない。それに対する答えが「解き方がわからない」なのだろう。

 

(おいおいマジかよ……!)

(翔太郎、僕には彼が嘘をついているようには見えない)

(ああ、俺も同意見だぜ)

(ということは……)

 

 すなわち、ドーパントであるオッド自身にもメモリの力を制御できていないということだ。

 これではいくらオッドに敵意がないとしても問題の解決にはならない。

 オッドがメモリを使いこなせるようになるまで悠長に待っているわけにはいかない。T-0ガイアメモリには常に暴走の危険が伴う。オッドの自我がいつまでもつかもわからない。

 そうでなくとも、数時間後にはツェバイバ爆卵蟲との死闘が控えているのだ。いくらなんでも仲間同士の意思疎通ができない状態で、気を抜けば死ぬような相手と戦うのは無茶である。

 となればもう方法は一つしか残されていなかった。

 そして、その考えに至ったのは翔太郎とフィリップだけではなかった。

 

「キャーキキィ、ウキャキャホッウキィ!」

 

 声をあげたのはザップだった。

 相変わらず笑いを誘う声ではあるが、鋭くなった目つきは真剣そのものである。その表情から、ザップが力づくの解決法(メモリブレイク)を示していることは明白だった。

 

「ずいぶんと乱暴なことを言い出すんだね」

 

 オッドはあからさまな嫌悪の声を出した。いくつかの口が不機嫌そうに歪む。

 

「ウキャアァキー」

 

 対し、ザップは取り出したジッポーをパチンと鳴らし、再び臨戦態勢をとる。

 と──

 

「プァオオオ!」

 

 剣呑とし始めたザップとオッドの間に、クラウスが割って入った。甲高い声でオッドに何かを訴えるクラウス。おそらく、自分たちの状況とガイアメモリの危険性について必死に説明しているのだろう。

 だがそれを聞き終えてなお、オッドは首を横に振った。

 

「そっちの都合はわかった。この力のリスクも理解したよ。だけど僕にもやらなきゃいけないことがある。それを終えるまで、この力を手放すわけにはいかない」

「やらなければいけないこと? それはいったい何だい?」

 

 フィリップの問いかけにオッドは拳を握り締めた。

 

「……伝えなきゃいけないんだ。彼女に……僕の気持ちを!」

「彼女?」

「ああ、そうさ。そもそもここに来たのだって彼女に会うためだ。もっとも、今はいないみたいだけどね」

 

 あたりを見回して残念そうにうつむくオッド。

 

「確かにここに入っていくのを見たのに……」

「アア、カアア?」

 

 今度はスティーブンが何かをたずねる。

 するとうつむき気味だったオッドは目を見開き(口なのだが)、うっとりとした様子で天を仰いだ。

 

「……チェイン……そうか彼女の名前はチェインっていうのか……! いい名前だ。いい名前に違いない!」

 

 この時、場の全員がこう思った。「もしかしたらコイツはヤバいやつかもしれない」と。

 チェインチェインと憑りつかれたようにつぶやいているオッドに、おそらく一番怖いもの知らずなフィリップが声をかける。

 

「つまり、キミはチェインさんに伝えたいことがあるがために、世界の危機を無視して、命を危険にさらして、ドーパントの力を使い続けると言うのかい?」

「ああその通りだよ」

「……わからない。いったい何がキミをそこまで駆り立てるんだ」

「何が? 決まってるだろ!」

 

 オッドはキッとWをにらみつけ、高らかに叫んだ。

 

「愛だよ!!」

 

 その絶叫で何か頭のネジ的なモノが壊れたのか。オッドは全身の口をパクパクと開閉させながら叫び続ける。

 

「彼女は天使なんだ! 光なんだ花なんだ歌なんだ美なんだ! 彼女を一目見た時から僕の世界は極彩色だ!」

 

 この時、場の全員がこう思っていた。「どうやらコイツはヤバいやつのようだ」と。

 

「空を駆ける彼女を僕は毎日見ていた! 名前も知らなかったけれど、断言できる! 僕はこの街で一番! 世界で一番! 異界も含めてとにかく一番! 彼女を愛しているんだ!!」

 

 止まることのない喚声にレオの頭の上に乗った猿までドン引きしていた。

 ただただこの場にチェインがいなくて良かったと、翔太郎とフィリップは謎の安堵を覚える。

 

(翔太郎。相手に対し一方的な愛情を抱き偏執する、これはいわゆるストーカーというやつじゃないのかい?)

(……みたいだな)

(個人的な意見を言わせてもらうと、彼がチェインさんと接触する前に無力化したほうがいいと思うんだが)

(……ああ、賛成だ。もしかしたらメモリの影響でどっかおかしくなってるだけかもしれねえし……)

(そう願いたいものだね)

 

 翔太郎とフィリップは結論を出す。

 隣を確認するように目をやると、クラウス達も一様にうなずいた。彼らも同じ結論に至ったらしい。「極力、手荒なことはしたくない」と話し合いでの解決を信じていたクラウスも、ここまでくるとさすがに擁護しきれないようだ。

 

「翔太郎、メモリブレイクだ」

「ワン!」

 

 ジョーカーメモリをマキシマムスロットに装填し、いまだ自分の世界で叫び続けるオッドに、いやドーパントに向かう。

 

 《ジョーカーマキシマムドライブ》

 

 Wの全身から湧きあがった熱に陽炎が揺らめいた。黒と紅、それぞれの炎を両の拳に集中させWは床を蹴る。

 

「ガウワウアオオォーン!」

「ジョーカーグレネード!」

 

 完全な不意打ちだった。オッドには申し訳ないが、何かしら能力を使われる前に片を付けなければならない。

 なにせ今夜待ち受けるのは紛うことなき世界の危機。その時までにドーパントの能力を絶たなければ、冗談抜きで世界が終わりかねない。

 

 豪炎とともにWの体が二つに分かれた。燃え盛る左右の拳がドーパントを吹き飛ばし、体内のメモリを粉砕する。

 

 

 

 ──はずだった。

 

「まだ僕が喋ってるじゃないか」

 

 真上から。トーンを落としたその声にフィリップの背筋が凍る。

 ドーパントはWの攻撃を跳躍でかわしていたのだ。命中したと錯覚するほどギリギリのタイミングで。驚異的な反射神経と瞬発力で。

 

「話は最後まで聞くもんだろ? じゃないと会話が成り立たない。『言語』が意味をなさない」

 

 あきれたような言葉とともに、空中のドーパントが身を捻り、Wの背に鋭いパンチを撃ち込んだ。

 

「「っ!!」」

 

 撃ち落とされるようにバルコニーの床に叩きつけられるW。

 全身に走った激痛によろめきながらなんとか立ち上がるも、そこに再びドーパントの拳が襲った。

 

「「がっ……!」」

「プァオオ!!」

 

 吹き飛ばされたWの体をとっさにクラウスが受け止めた。その衝撃でクラウスの巨体が一歩後ずさる。

 後ろから見ていたレオが絶句する。鋼鉄のごとく鍛えられたクラウスの膂力すら揺るがす、ドーパントの攻撃の重さに。

 予想外の反撃に対し、いっせいに構えをとるライブラのメンバーに向かって。ドーパントは体中の口を大きく開き、ため息とともに言い放った。

 

「君らも僕の言葉を聞きはしないのか。まったく……僕の愛を邪魔する人間ばかりなんだね」

 

 そして響き渡る、何重にも重なる咆哮。はじめと違い敵意に満ちたその声を聞きながら。

 この時、場の全員がこう思いなおしていた。「もう疑う余地なくコイツはヤバいやつだ」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たいへんお待たせしました!
サブタイの元ネタはエヴァでもおなじみ、ハーラン・エリスンの「世界の中心で愛を叫んだけもの」です。
プロットではオッドの性格は普通の恋する青年だったのに。どうしてこうなった。
まあサル語のザップを思うがまま書けたので個人的に好きな回になりそうですが笑。
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