仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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月下の乙女は紅く消えゆく


The maiden under the 『Luna』 disappears red

 ◇

 

 

 

「あなた達はコイツの、っていうかこの子の? 正体は知ってたってことだよね?」

 

 チェインが身をかがめ、Wの腕の中の白猫に目線を合わせる。

 

「わざわざコーヒー入りの水筒持ってこさせたんだから」

 

 猫にとってカフェインは中毒を引き起こす危険物だ。そのため猫、特に野生の猫はカフェインの香りを嫌う。

 翔太郎とフィリップはそれを利用してオッドの動きを止めたのだ。

 

「まあな。よくよく考えてみりゃ、ヒントはけっこうあった」

 

 Wの手が猫の背を撫でる。

 戦闘が終わっても変身は解除していない。フィリップの体が事務所にあるためだ。詳しい説明はをする時は、やはり二人の方が都合がいい。

 

「戦闘特化じゃねえメモリであそこまで強いドーパントになったのは、もともと身体能力の高い猫だったから、とかな」

「以前にも猫がメモリを使ってドーパント化した事例はあったからね。翔太郎がその可能性に気づいてくれたおかげで、本棚を使って彼の縄張り(ホームテリトリー)を調べられた」

「不可解な事実から逆算して真実を暴き出す推理。これぞスマァートでハァードボイルドな探偵の本領だぜ!」

 

 ビシリと決めた翔太郎に、フィリップが「やれやれ」とため息をつく。

 

「よく言うねぇ、翔太郎。気づいたのは猫の動きを見慣れていたからだろう? 君に来る依頼はメモリ関連以外じゃ、8割以上が迷子の猫探しだからね」

「うっ……ひ、否定しきれねえ……」

 

 ひとつの体で交互に会話するWを、チェインは珍獣でも見るような目で眺めていた。

 W自体もなかなか異質な見た目だが、この程度ならヘルサレムズ・ロットでは珍しくないだろう。が、Wが体の左右で別々の仕草をしつつ二人分の会話をする様子は、やはりシュールと感じるらしい。

 

「ん? なんだよ」

 

 視線に気づいた翔太郎。

 チェインはフッと微笑んで答える。

 

「いや、別に。続けて探偵さん」

 

 かがんでいるチェインは図らずも上目遣いになっていた。そのせいか、二人にはチェインがやたらと妖艶に見えた。

 これは確かに男を惹きつける、とフィリップは再認識する。

 もちろん美人なのは見てわかる通りだが、どちらかというとサバサバした面が印象に残りやすいために、いざ仕草を伴った(つや)を出された時の破壊力が凄いのだ。

 その微笑みにまた見惚れそうになった翔太郎は、慌てて目をそらして咳ばらいをする。そしてなんとか平静を装うと(あまり装えていなかったが)、説明を再開した。

 

「一番の鍵は、オッドのガイアメモリへの固執だ。そもそも猫と人間じゃ、ランゲージメモリの力がないと会話ができねえからな」

「思えばチェインさんの言葉が猫の声に変換されていたのもオッドの正体への手がかりだった」

「は!? あたし猫の鳴き声になってたの!?」

 

 一転して慌てた声を出したチェインに、二人は「ああ、本人にはわからないんだっけ」と思い出す。

 

「ありゃどう聞いても猫だったぜ。なあフィリップ」

「ああ。論理的にも猫で間違いない。彼は君に告白をしたいという意識から力を発動させたんだろう。ザップと猿の一件から会話が可能なのは立証済みだ」

「もっとも、力を制御しきれなかったせいで影響がオフィス全体に出ちまったんだな」

「それに結局、自分が英語を話したほうが早いと思ったようだね。思い返せばそれらしい発言もいくつかあった」

 

 ここまで言って。

 

「ハアァ……猫、か……」

 

 と、いまだ頭に手を当ててうなっているチェインに、フィリップが不思議そうな声でたずねた。

 

「わからないんだが、なぜそんなに気にするんだい? 翔太郎は犬だったし、ぼくはイルカだったらしいし、条件は全員同じだろう」

「そりゃお前、女心ってやつさ」

 

 答えたのは翔太郎だった。

 

「女心? ふむ……」

 

 考え込むフィリップ。

 

「ああ、もしかして。彼女は恥ずかしいと思ってると、そういうことかい? つまり、オフィスにいた人間の中に自分が猫語で喋っているのを見られたくない誰かが──」

「だああ! バカよせフィリッ──」

 

 余計なことを喋り始めたフィリップをとっさに翔太郎が止めるも、すでに遅く。立ち上がったチェインは「黙れ」という目でWを睨んでいた。正確には「黙らないと殺す」という修羅の目だ。

 

「……とりあえず、うかつに女心について詮索しない方がいい、ということだけはわかった……」

 

 さすがの暴走特急もその眼力に気圧されたらしい。

 翔太郎が「言わんこっちゃねえ」と深いため息をついた。

 チェインはWから、再びその腕の中のオッドへと視線を落とす。

 

「しっかし、さすがに思わなかったなぁ……猫だったとはねえ」

 

 頬杖をつきながらつぶやいたチェインは、もう片方の手でオッドの首をつまんでWの腕から持ち上げた。

 オッドはなんともしょぼくれた表情でされるがまま。持ち上げられると、申し訳なさそうに小さな声で「ミャア……」と鳴いた。

 見るからに落ち込んでいるオッドにいたたまれなくなったのか、翔太郎が声をかける。

 

「……なあ。コイツのこと、許してやっちゃくれねえか」

「え?」

「確かにコイツは無茶苦茶だったけどよ、半分以上はメモリの力にあてられた暴走だ。それに──って、おわっ!?」

 

 翔太郎の言葉をさえぎって、チェインはつまみ上げていたオッドをWの方へと放り投げた。

 さすがに猫なのでうまく着地はしただろうが、Wは反射的にオッドを受け止めてしまう。

 

「あのねえ」

 

 チェインが額に手を当て、心底あきれた顔で天を仰ぐ。

 

「人間相手ならともかく、いくらなんでも猫に許すも許さないもないって。いいよ、別に。それなりに面白い動画(もん)も撮れたしね」

 

 ひらひらと手を振るチェイン。

 それを見て、翔太郎はオッドに向かってフッと微笑む。

 

「だとよ。良かったじゃねえか」

「ナァウ……」

「元気出せって。いつまでもしょげてちゃ明日はやってこねえぞ」

 

 オッドを地面に下ろし、しゃがんで話しかける。

 もちろんメモリの力を失った今、猫に英語がわかるはずもないのだが。

 それでも不思議と、オッドは翔太郎の言葉に耳を傾けているように見えた。

 

「イイ男ってのは別れのたびに磨かれてくもんだ。いつまでも下向いてちゃいけねえ。過去は心の奥にしまって、まっすぐ前向いて生きろよ、オッド。それがハードボイルドだぜ」

 

 何が何でもハードボイルドにこだわる翔太郎に、フィリップとチェインから冷ややかな言葉が飛ぶ。

 

「さすが、女性関係でことごとく痛い目を見てきた人間の言葉は説得力があるね。経験者は語る、というやつかい?」

「そのやたらに恰好つけるのやめたら? 若干イタいよ」

「うるせえ! 二人して余計なことばっかり言いやがって!」

 

 冷めた目のチェイン。

 からかうフィリップ。

 文句を言う翔太郎。

 その朗らかな雰囲気に元気をもらったのか、オッドも「ニャア」と明るく鳴いた。

 

 こうして、長いようで短かったオッドの恋は終わりを告げた。

 もしここが風都ならば、事件は無事解決。翔太郎はいそいそとローマ字打ちの報告書を作り始めるところだ。

 しかし、そうはいかないのがこのヘルサレムズ・ロットである。

 むしろここからが本番だった。

 もっとも、今この路地にいる人間は全員、()()をすっかり忘れていたわけだが──

 

 突如、轟音とともに地面が揺れた。

 何事かとWは通りへ飛び出した。

 爆発音の聞こえる方へと目を向けると、数ブロック先で自動車がおがくずのように空を舞っていた。

 次の瞬間、遠くにそびえていた背の高いビルが、何かにまるごと切断され崩れ落ちた。

 沸き上がった悲鳴と怒号が、遅れてきた地響きと破壊音にかき消される。

 

「あ、やばい、忘れてた」

 

 チェインのつぶやきでようやく思い出す。

 時刻は夜の7時。外ならば、いい具合に月がのぼり始めた頃だろう。

 

「あの辺がちょうど、例の虫の産卵予測地てん──」

 

 その言葉を聞き終える前に、Wは走りだしていた。

 わざわざ言葉にする必要もなかった。翔太郎とフィリップはほとんど反射的に、同時に地面を蹴っていた。

 チカチカと消えかける街灯がストロボのようにWを映し出し、赤と黒の体が夜に閃く。

 その場から逃げ去る人々と、その場に押しかける野次馬たちの間を縫って。

 少しでも早く、わずかでも多く。そこにある命に手を伸ばすため。

 仮面ライダーは街を駆けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 チェインは走り去ったWを()()()()()()()()見つめていた。

 走り出したWが起こした風。それに煽られた黒髪が元に戻る前に我に返る。

 

「……すっごいな」

 

 レオから聞いていた通り、あの二人はクラウスによく似ている。

 誰かの悲鳴が聞こえれば、勝てるとか負けるとか、そういうことを考える前に体が動くタイプの人間だ。

 一見して無茶無謀。しかし、そこには揺るがぬ芯がある。そう感じた。

 

(特に帽子の方、翔太郎はホント似てるね。我らがリーダーに)

 

 そのとっさの判断と行動力は素直に称賛しつつ、チェインも後を追うことにした。

 正直に言って力仕事(たたかい)は得意ではないし、なお言うと趣味ではないのだが、そうも言っていられない。

 なぜなら相手は異界存在の巨大人食い昆虫。虫というより魔獣に近い。産卵期の成虫ならば下位の魔神と同レベルとも言われている。

 そんな化け物、スティーブンが総力戦必須と判断した相手に、Wが一人で(二人で?)勝てるはずもない。

 

(連絡が無いってことは、まだ向こう(ガルガンビーノ)の疑似幻獣は片付いてないんだろうし……ちょっとは時間稼ぎになりゃいいケド)

 

 すばやく確認したスマホをポケットにしまい、自分の質量を希釈する。

 これで文字通り、()()()動ける。

 軽すぎて風に煽られそうにもなるが、風は存在希釈ですり抜ければいい。

 チェインにとっては慣れたものだ。

 いつも通り、地面を軽く蹴って跳び上がる──はずだったのだが。

 

「んん!?」

 

 がくん、と足を何かに引っ張られた。

 足元を見れば、なんとオッドがスーツのすそに噛みついて引っ張っていた。

 

「ちょっ……アンタねぇ、今そんな場合じゃ──」

 

 そう言いかけて気づいた。

 何かを訴えるようなオッドの目。

 そして、タシタシと地面を叩く前足の、その下にあったもの。

 

「……これって」

 

 それを拾い上げ、チェインはオッドを見つめる。

 

「ナアァウ」

 

 力強く鳴いたオッドを抱きかかえ。

 

「サンキュー」

 

 微笑みと一緒に、額に軽くキスをする。

 

「アンタなかなかいい男じゃない。きっとそのうち、ちゃんと猫の恋人ができるよ」

 

 そう笑ってチェインは跳んだ。

 

 空へと駆け上がる彼女は、オッドにどう見えていただろう。

 人の言葉を話せない彼の心を知ることはできない。

 だが、彼女の消えた夜空を見上げたオッドはもう──

 

「ニャアォ!」

 

 うつむくことをやめていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 座り込んで泣く子供を、降り注ぐ瓦礫からかばい。

 足を痛めた女性を、すれ違った人面バイクに乗せて逃がし。

 群がる野次馬を、ケガしない程度に吹き飛ばして人だかりを後退させ。

 

 どうにか救助を行いながら前進していたWの前に、それは立ちはだかった。

 

「シャアアアアァ!」

 

 全体を見れば巨大なカマキリに見えなくもない。

 だがディテールの邪悪さはまさしく異界のそれである。

 振り上げた脚はまるで大鎌にノコギリを合成したような凶悪な刃。

 一つ一つの関節で光のない目がぎょろぎょろと動き、Wを捉えては不気味に瞬く。

 脚や体が時折ブレて見えるのは、おそらく音速を超えた速度で動かしているせいだろう。その証拠に、脚の一本が揺らぐたびに近くの瓦礫が粉微塵に弾け飛んでいる。

 

「……なあフィリップ、コイツの名前なんつったっけ……?」

「ツェバイバ爆卵蟲、女王(クイーン)亜種、彩月翅(ツァイユェチー)、であってるはずだ」

「……バケモンだな」

「この街じゃ、ありふれた表現だねぇ」

 

 勘のようなもので、目の前のWが産卵を邪魔しに来た敵だ、と感じ取ったのだろう。

 彩月翅(ツァイユェチー)は巨大な6枚の翅をいっぱいに広げ、威嚇姿勢をとった。

 Wも拳を構え、臨戦態勢をとる。

 気を抜けばライブラでも死にかねないというバケモノ相手にどこまでできるか。それはわからないが、ここで引くことはできない。

 

「くるぞ、フィリッ──」

 

 

 

 その瞬間──Wの体からメキメキと耳障りな音が鳴り、二人の意識が宙を舞った。

 

 

 

 スローモーションで吹き飛ぶ景色の中、玉虫色に透き通った翅に浮かぶ三日月形の模様が見え、翔太郎は「ああ、これが名前の由来か」と、どうでもいいことを考えてしまった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

(……ろう…………翔太郎!)

「っ……ハ……ァ……!」

 

 フィリップの呼ぶ声で意識が戻った。

 全身がバラバラになってしまいそうな痛みに耐えながら、なんとか瓦礫の中で体を起こす。

 土の味がする空気で深呼吸し、翔太郎はようやく気づいた。自分がWではなくなっていることに。

 ランゲージ戦での消耗があったとはいえ、たったの一撃で変身解除までもっていかれたのだ。

 

「ぐぅ……うっ……フィ、フィリップ、大丈夫か……?」

(何を言っているんだ! どう考えてもぼくより君の方が危険だ!)

 

 二人の精神が合わさったWだが、体はあくまで翔太郎のものだ。

 精神体のフィリップにもフィードバックが来るとは言え、当然、過剰なダメージを受ければ翔太郎の負担の方が遥かに上回る。

 

(翔太郎、さすがにぼくたちだけじゃ無理だ! 悔しいがドーパントとは格が違う。クラウスさん達が到着するまで様子を──)

「そいつはできねえな……」

 

 ダブルドライバーを通じて、翔太郎にフィリップの焦りが伝わってきた。そして、大きな恐怖も。

 

(どうして……!)

 

 敵と戦うことへの恐怖ではない。相棒を、翔太郎を危険にさらしてしまう、という恐怖だ。

 だがそれを理解してなお、翔太郎は決意していた。

 

「確かに……お前の言う通りだ。あのバケモンはドーパントとは格が違う……」

(だったら!)

「待ってる間に何人死ぬ……?」

(っ……!)

 

 フィリップが言葉を詰まらせる。

 

「ここで俺たちが背を向けたら、どうなるか……お前もわかってんだろ……」

 

 当然わかっている。フィリップにも、そんなことは。

 ドーパントを凌駕する怪物が本能のままに暴れれば、どうなるか。

 

「なぁに……俺だって死ぬ気はねえよ……旦那たちが来るまで、あのバケモンの気を引いて、時間を稼ぐだけさ」

 

 そう言って翔太郎は笑ったが、どう取り繕っても自殺行為に変わりはない。

 翔太郎の意思と、彼を失う恐怖との間で、フィリップは揺れていた。

 そんなフィリップに翔太郎は静かに目を閉じ語りかけた。

 

「……フィリップ。お前、あの時聞いたよな。『悪魔と相乗りする勇気はあるか』ってよ」

(翔太郎……)

 

 それはすべての始まりの言葉。

 二人で一人の仮面ライダーが生まれた、始まりの夜(ビギンズナイト)の。

 

「今度は俺が聞いてやる……!」

 

 かたわらに転がっていた帽子を拾い上げ、深くかぶり目を開ける。

 決して光を失わない、その目がまっすぐに前を見つめる。

 

「俺は悪魔と相乗りする勇気のある男だ……! フィリップ! お前はこのイカれた街で、俺と相乗りする覚悟はあるか!?」

 

 もう、フィリップに迷いはなかった。

 翔太郎とフィリップの眼差しが重なる。

 

(ああ、翔太郎! 君とWになった時から覚悟はできていた! 君があきらめない限り、ぼくは君の相棒であり続ける!)

「だったらいつも通り……半分、力貸せよ! 相棒!」

 

 瓦礫の中から立ち上がる。

 

 《ヒート》

 《ジョーカー》

 

 その心に闘志(ヒート)を燃やし、その手に切り札(ジョーカー)を握り締め。

 

「「変身!!」」

 

 《ヒートジョーカー》

 

 立ち昇る熱気とともに現れた戦士の姿に、遠巻きの野次馬たちがどよめく。

 吹き付けた熱風に振り返った彩月翅(ツァイユェチー)に、Wが鋭く指を突きつけた。

 

「さあ、かかってきなカマキリのバケモン!」

「お前の相手はぼくたちだ!」

 

 奇しくも霧の覆う夜。

 まさに今夜が、ヘルサレムズ・ロットの仮面ライダーの、新たなはじまりの夜(ビギンズナイト)だ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 吹き飛ばされても、なぎ倒されても。何度でも、炎とともに向かっていくW。

 見えない速度の攻撃を経験で予測し、どうにか直撃を避ける。

 しかし、重すぎる一撃はかすめただけでもWを吹き飛ばす。

 積み重なる疲労とダメージ。一瞬でも気を抜けば、もう二度と立ち上がれないだろう。

 

「くっ……翔太郎っ……もう限界が近いっ……!」

「だからって……倒れるわけにはいかねえだろ!」

 

 枯れ果てそうな闘志をヒートの力で無理矢理に振り絞り、Wは首の皮一枚で戦っていた。

 だが、それに対して彩月翅(ツァイユェチー)にはまだ戯れのような余裕すら感じられた。

 

 そう。世界は理不尽と絶望に満ちている。

 この蟲もまた、時間稼ぎをしていたにすぎなかった。

 そこそこ骨のあるエサ。

 生まれた子たちが狩りを覚えるにはちょうど良い獲物だ。

 そのためにわざわざ手を抜いていた。

 向かってくる小さなエサを殺さないようにあしらいながら、地中に産み付けた卵たちが空へと昇る、その時を待つ。

 

 そして、ついにその時が来た。

 地響きとともにアスファルトがめくれかえり、地面から巨大な肉塊がせり出した。膨れ上がり、脈打ち、空に打ちあがる瞬間を待っていた。

 

「こいつが……卵か!」

「まずいっ……!」

 

 打ち上げを阻止しなければ。なんとしても。

 だが、駆けだしたWを成虫の大鎌が弾き飛ばす。

 

「シャキャアア!」

 

 成虫が歓喜の声をあげた。

 同時に肉塊はずぶりと持ち上がり、浮かび上がった。

 花火の打ち上げというより、まるでその場だけ重力がなくなったような、不気味な光景だった。

 

 卵の詰まった肉塊はみるみる高度を上げていく。

 もうWのジャンプ力でも届かない。

 間に合わなかったのか。

 

 そう。世界は理不尽と絶望に満ちている。

 だが、だからこそ、希望も必ずそこにある。

 

「「っ!?」」

 

 何かがWめがけて飛んできた。

 いや、投げ渡された。

 反射的に右手でつかみ取った、それは──

 

「──ルナメモリッ!!」

 

 振り返った先にチェインがいた。

 フィリップが叫ぶ。

 

「メモリをどこで!?」

あの猫(オッド)が持ってきてくれたんだけど……。で? アンタ達はそれ、使えるの?」

「ああ、もちろん!」

「今一番欲しかったメモリだ!」

「まったく、配達屋(デリバリー)じゃないっての」

 

 ニヤリと笑ったチェインに背を向け。

 

 《ルナ》

 

 ドライバーのヒートメモリをルナメモリと入れ替える。

 

 《ルナジョーカー》

 

 炎は消え、その右半身は鮮やかな黄色に変わる。

 夜の闇にふさわしい神秘的な輝きがWに宿った。

 チェインがヒョウッと口笛を吹き、駆けだした。

 すれ違う瞬間の耳打ち。

 

「あのミートボールを止められる、なんかいい()はあるわけ?」

「もちろんだ! いい()なら──」

()()()()()()()ぜっ!!」

 

 叫ぶと同時にWは渾身の力で右腕を振った。

 その瞬間、神秘と狂気の力を得た右腕が一気に伸びた。鞭のようにしなり、蛇のようにうねり、ぐんぐんと距離を伸ばしていく。

 

「「はあああ!!」」

 

 伸びた右腕は駆けるチェインを抜き去り、空に浮かぶ卵塊へと到達する。

 それでもまだ止まらず、そのまま伸ばした右腕で卵を掴み、きつく縛り上げた。

 

「オーケー、そのまま!」

 

 その腕を目掛けてチェインが地面を蹴りつける。

 

質量希釈(マスディルート)!」

 

 空中で能力を発動させ、いっさいの衝撃なくWの腕に飛び乗った。

 夜空を裂き続く、黄色く輝く一本道。その上を卵塊へ向け駆ける。

 

「くっ……う……」

「うおおお!!」」

 

 Wは体ごと持っていかれそうになるのを必死に堪えていた。

 今のWの形態『ルナジョーカー』は、ルナメモリの力でトリッキーな戦い方ができる反面、パワーは最低レベルだ。

 それでも、掴んだ手を絶対に離すまいと踏ん張り続ける。

 チェインが卵にたどり着けば、何か勝機が生まれるはずだ。

 

 だが、当然それを黙って見ている成虫ではない。

 我が子の誕生を妨げるそれを引き裂こうと、鋭い脚を振り上げた。

 目前に迫る大鎌。それを見てチェインは──

 

 ──笑った。

 

 

 

(ひきつぼし)流血法──」

 

 刹那、躍り上がった白い影。

 滑らかに弧を描く、紅の流線。

 空間にピシリと(せん)が入り。

 

「──焔丸ゥア!!」

 

 彩月翅(ツァイユェチー)の脚が十数の破片に斬り裂かれた。

 

「ザップ!!」

 

 翔太郎が思わず声をあげた。

 駆け抜けるチェインと紅蓮の刀を振るうザップ。その姿が一瞬だけ交差した。

 

「よくやった! アホ猿!」

「黙って走れ! クソ犬!」

 

 目を合わせることもなく、自分の標的だけをしっかりと見据えて。

 次の瞬間には意識を前へと加速させる。

 チェインは卵塊へ。ザップは成虫へ。

 

「シャアアア!!」

 

 脚を斬り落とされ、彩月翅(ツァイユェチー)は怒りの咆哮をあげた。

 着地したザップは金属の擦れるようなその声に剣先を向け、ニヤリと笑った。

 

「オウオウ、虫けらの分際で人間様に逆ギレたぁイイ度胸じゃ……」

 

 が、そのセリフが終わる前に、彩月翅(ツァイユェチー)はいきなり巨体をひるがえし、ザップに背を向けた。

 

「っておいコラ! 無視か! 虫だけにガン無視ってか!」

 

 もちろん、そんなシャレを狙ったわけもなく。

 狙いは卵を縛り付ける根本のWだった。

 今度はいっさい手加減なし。全力で襲い掛かる。

 

「おいおい、こっち来たぞ!」

「まずい! ザップの位置からじゃ、間に合わ……!」

 

 身動きのできない状況で迫る彩月翅(ツァイユェチー)の巨体に、焦る翔太郎とフィリップ。

 だが、それも杞憂。

 なぜならば──

 

「やれやれ、所詮は虫だな。僕らがそれを許すとでも?」

 

 ザップが間に合ったということは、すなわち彼らも間に合ったということ。

 

「スティーブンさん!」

 

 Wの前に歩み出たのは、目つき鋭く笑うスティーブンだった。

 浅い前屈姿勢から空気を裂くように、長い脚を大きく振り上げる。

 ザップの刀ともクラウスの拳とも異なる戦闘スタイル。『蹴り』だ。

 

「エスメラルダ式血凍道──」

 

 その瞬間、キンッと音を立て、周囲の空気が凍てついた。

 振り下ろされた蹴り脚。

 吹き荒れる風が零下に白く染まり、渦巻く。

 靴底から滴ったわずかの血雫が空気中の水分を巻き込み、一瞬で巨大な氷塊へと成長した。

 

「──絶対零度の盾(エスクードデルセロアブソルート)

 

 白く輝く吐息がスティーブンの口から漏れる。

 銀より透き通り、蒼より清らかな氷の壁が、彩月翅(ツァイユェチー)の攻撃を受け止めていた。

 そして、それだけでは終わらない。

 氷漬けになった彩月翅(ツァイユェチー)の脚をさらに冷気が這い登っていく。

 

「シャアア!」

 

 危険を感じた彩月翅(ツァイユェチー)が別の脚で凍り付いた脚を自切した。

 切り落とされた脚は瞬く間に透き通る氷に覆われ、彩月翅(ツァイユェチー)が後ずさった振動だけで粉々に砕けた。

 

「チェイン! 起爆器官を!」

 

 スティーブンが空へと叫ぶ。

 

「了解っ!」

 

 その声が届いたチェインはさらにスピードを上げてWの右腕を駆けのぼり、卵塊へと跳躍した。

 表皮をすり抜け、卵塊の内部へと侵入する。

 そして、ほんの数秒で反対側から飛び出した。

 右手にはグロテスクに膨らんだラグビーボール大の肉塊を掴んでいる。

 

「切除完了!」

「でかしたチェイン!」

 

 スティーブンの称賛に微笑みで返し、チェインは起爆器官を放り投げる。

 その先には、まるでパスを受け取るレシーバーのように身構えたクラウスがいた。

 

「──十字血棺掩壕(ディバンカーフォンクロイツザーグ)!」

 

 その拳の先に、髑髏(どくろ)に飾られた十字架型の棺が現れる。

 落ちてきた起爆器官が棺の中に閉じ込められ、次の瞬間、その内部でゴオンという衝撃とともに爆発した。

 衝撃波だけがビリビリと広がり、棺のあちこちから煙が漏れる。だが周囲への被害はゼロだ。

 本来はその中に自分が入り、全方位からの攻撃を防ぐ技。クラウスはその内部に起爆器官を閉じ込めることで、巨大な幼虫を数km先まで飛ばす大爆発を完全に無効化したのだ。

 

 そしてそれとほぼ同時に、ザップは起爆器官を失った卵塊めがけ、焔丸を投げ上げていた。

 滑らかな刃がほとんど抵抗なく表皮に突き刺さる。

 例によって、その柄からは一本の血糸がザップの手の中へと伸びている。

 ジッポライターの蓋を開け、ザップはWに向かって叫んだ。

 

「もういいぜ。 手ぇはなせ、黄色と黒色(チーズ&ペッパー)のハーフ×2!」

「ピザみたいな呼び方すんな!」

 

 縛り上げていたWの右手がほどけると同時に。

 

穿(うが)()──七獄!」

 

 ザップがジッポーに火をつけた瞬間、炎が血糸を辿り駆け上がった。

 火炎が焔丸の刃を通して内部から卵塊を焼き尽くす。醜悪な肉袋は一瞬で火だるまになり、中の卵ごとグズグズに焼けただれて崩壊した。

 

「……すげえ」

「ああ、驚異的だ」

 

 わずか数十秒で行われた卵塊の完全排除。それは「手際が良い」などという言葉では到底表せない、まさしく規格外の(わざ)だった。

 

 ()をつくるWの護衛。

 卵塊の起爆部の剥離。

 被害を最小に抑える処理。

 そして、爆発しなくなった卵の焼却。

 

 各自が自分に最も適した役割を選択し、同時に行動した。それも、ランゲージの騒動でろくに会話もできていなかったのにもかかわらず、だ。

 互いの能力を熟知し、しくじることなどないと信頼し、はじめて実現する驚異的な連携。

 

「……これがライブラか」

 

 途切れることなく襲う世界の危機を相手に戦い続けてきた、彼らの力をまざまざと見せつけられた。

 圧倒されるWに、スティーブンが振り返る。

 

「なるほど、それが『仮面ライダー』か。想像していたよりスマートだな。もっとおどろおどろしい姿を想像していたが……。ああ、いや、そんなことよりも。本当にご苦労! 我々が来るまでよく耐えてくれた」

 

 にこやかに微笑むスティーブン。

 だが、その後ろでは。

 

「おおおおい! 後ろ! スティーブンさん後ろォォ!!」

「ギギギシャアアアアッ!!」

 

 脚の二本を失い、卵は焼かれ、怒りに満ちた彩月翅(ツァイユェチー)が、このちっぽけな生き物どもを何があっても八つ裂きにしてやると、その脚を振り上げていた。

 だが、スティーブンめがけて振り下ろされたはずの脚は、大きく外れた場所に突き刺さる。

 何が起こったのか、Wがそれを理解するより早く。

 彩月翅(ツァイユェチー)が突然酔っ払ったようにぐるぐると目を回し、倒れた。

 

「ホラ。だから言っただろう。君の力が必要だと」

 

 スティーブンが微笑んだのはWの背後に向けて。

 Wが振り返ると、そこにいたのは神々の義眼を発動させたレオだった。

 

「いや、今のは絶対スティーブンさんだけでなんとかできましたよね……」

 

 両眼を蒼く輝かせながら不満を口にするレオ。

 その隣にチェインがスタッと着地する。

 ついでザップとクラウスが合流し、Wとライブラ全員が並び立って彩月翅(ツァイユェチー)を見上げた。

 

「もう新しい脚が生え始めてる。すごい回復力ね」

「レオナルド君。奴が立ち上がったら、再び視界の撹乱を頼む」

「わかりました。ただ、なにぶん目が多くて。たぶん次は5秒ももたないです」

「ハッ! 舐めてんのかクソ陰毛。虫一匹ぐれえ2秒で標本にしてやらあ」

「油断するなザップ。で、君らはどうだ? まだやれるかい?」

「当然。ここでへばってられるかよ。なあ、フィリップ」

「やりかけた仕事は最後まで。それがハァードボイルド、だろう? 翔太郎」

 

 全員が構える。

 チェインとレオは後方へ。

 クラウス、スティーブン、ザップ、そしてWは前に出る。

 

「俺とザップで左右の脚を6本ずつ、君たち二人は前の2本と再生を始めた2本を頼む」

「ああ」

「了解した」

 

 スティーブンの言葉にうなずくW。

 多少悔しくはあるが、現状の戦闘力を鑑みて最適な割り振りだと言えよう。

 

「それじゃあ、さっさと片付けよう!」

 

 スティーブンの言葉を引き金とするように、彩月翅(ツァイユェチー)が立ち上がった。

 

「シャアア!!」

 

 同時にレオが再び眼を開いた。

 

視野混交(シャッフル)!」

 

 二重に展開された幾何学模様が輝く。

 その瞬間、彩月翅(ツァイユェチー)の複眼、そして関節の目のすべてに同じ幾何学模様が浮かび上がった。彩月翅(ツァイユェチー)のすべての視界が、神々の義眼の支配下に置かれた証拠だ。

 神の造りし眼の王。なすすべなく平伏すヒラ眼球。

 レオはその視野をめちゃくちゃに入れ替えた。

 見える景色と意識と感覚、それらをすべて乱雑に混ぜ返され、まともに立っていられるはずもなく。

 

「ギ……」

 

 再び倒れた彩月翅(ツァイユェチー)

 そこに躍りかかる、三つの影。

 

(ひきつぼし)流血法カグツチ──」

「エスメラルダ式血凍道──」

 《ジョーカーマキシマムドライブ》

 

 紅蓮にたなびく炎の刃。斬り裂いた刃が燃え上がり、すべてを焼き尽くす獄炎が包む。

 麗華に咲き広がった氷柱。ガラスのような氷の槍が、貫いた空間ごと残骸を閉じ込め凍り付く。

 そして、神秘にきらめく月光。分裂した右半身が腕を鞭のように振るい、同時に左の手刀が打ち砕く。

 

大蛇薙(おろちな)ぎ・七獄!!」

絶対零度の槍(ランサデルセロアブソルート)!!」

「「ジョーカーストレンジ!!」」

 

 一斉に放たれた必殺技。

 その威力たるや凄まじく、鋼鉄のごとき外骨格も無力に砕け散った。

 すべての脚を破壊されなすすべのなくなった彩月翅(ツァイユェチー)に、空からトドメの一撃が降ろうとしていた。

 

「ブレングリード流血闘術111式──」

 

 どんな命にも敬意をささげる高潔の男、クラウス・(フォン)・ラインヘルツ。その心に、人界がために善悪なき命を絶つ大きな自責を負い。なれど、その瞳にわずかの逡巡、迷いは無し。

 引き絞った左拳に紅黒の血が渦巻き、巨大な十字架を結ぶ。

 

十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)!!」

 

 打ち下ろされた十字架が彩月翅(ツァイユェチー)の体を貫いた。

 地面には放射状の亀裂が走り、砕けたアスファルトが空を舞う。

 

 土煙が晴れた後、その光景にザップがぽつりとつぶやいた。

 

「こりゃホントに標本だな」

 

 串刺しの巨大な虫のそば。大きく陥没した大地の中心で。

 クラウスは静かに(こうべ)を垂れた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 激闘の現場から少し離れたネオン街。

 数ブロック先の騒ぎなどはどこ吹く風。むしろその話を(さかな)に酒が進むのか。夜の街はいつもと変わらぬ賑わいを見せていた。

 

「任務完了、被害は最小。お疲れ! 皆、よくやった!」

 

 色とりどりの看板が光る通りの前で、スティーブンは笑顔で皆をねぎらった。

 他のメンバーは(クラウス以外)心底疲れ果てた顔で立っていたが、そんな彼らをおいてスティーブンはホクホクと笑う。

 

「特に翔太郎とフィリップ。今回の君たちの活躍はすばらしかった。たった一人で……ああ二人で? あの怪物に立ち向かった勇気と根性、僕はおおいに評価したいね。実際、あそこまで君らが粘ってくれなきゃ、手遅れになっていた可能性もある」

「うむ。どうだろう、スティーブン。彼らの力を借りることに対し、懐疑的になる必要ももうないと考えるのだが」

 

 クラウスの言葉にうなずくスティーブン。

 

「ああ、もちろんだ。いや、すまなかった。これからも協力を頼むよ翔太郎、フィリップ。我々もガイアメモリの捜索には力を入れさせてもらおう。今回の件で、その脅威は十二分に感じたからな」

 

 そう言ってチェインを振り返り。

 

「チェイン、君もお疲れ。ドーパントに関する報告はまた明日にでも詳しく聞かせてくれ」

「は、はい!」

 

 いきなり話を振られて驚いたのか、わずかに顔を赤らめながら答えるチェイン。

 その様子を見て、ふと、フィリップの頭にある推測が浮かんだ。

 

「ねえ、翔太郎」

「ん? なんだよ」

 

 翔太郎に小声で話しかける。

 

「もしかしたら、彼女が猫の声を聞かれたくなかった相手というのは、スティーブンさんではないだろうか?」

「ほーう、どうしてそう思ったんだ?」

「……いや、なんとなくそう感じただけだ。あまり、ぼくらしくはないが……」

 

 再び考え込んだフィリップに、翔太郎が笑いかける。

 

「ま、お前もそういうのが、なかなかわかってきだしたっつうことだな」

 

 微笑む翔太郎。

 だが──

 

「そこで、ぼくなりにチェインさんにちょっとしたお礼をしてあげようと思うんだ。なにせ、オッドやルナメモリの件でかなり協力してもらったからね」

 

 翔太郎の微笑みがピタリと止まる。

 今の話からどうそこにつながったのか、まったくわからない。

 だが、どうしようもなく嫌な予感だけが、翔太郎の胸の中でむくむくと膨んでいく。

 

「お、おい、フィリ──」

 

 言いかけたが、もう遅かった。

 クラウスやザップに続いて歩き出したスティーブンを呼び止める。

 

「スティーブンさん」

「ん、なんだい? ええっと、その声はフィリップの方か。どうした?」

「今回の件、ぼくはそれぞれ割り当てられた動物の声が非常にピッタリの声だったと興味深く感じたのですが、あなたはどう感じましたか?」

「……? なんでそんなことを聞くんだ?」

 

 不思議そうに首をかしげるスティーブン。

 その瞬間に翔太郎は、フィリップが何をしようとしているのか察して、青ざめた。

 

「純粋に興味があって。特にチェインさんの猫の声に関して──」

「どああああ!! フィリッ、馬鹿、おま!!」

 

 慌ててさえぎったがもう遅かった。

 視界の端でチェインが総毛だってこちらに見たことのない形相を向けていた。

 が、それに背を向けていたスティーブンはまったく気づいてないらしく。

 

「ああ、そうだな。そういう趣味があるわけじゃあないが」

 

 振り返り、チェインに向けてにっこりと笑う。

 

「なかなか、かわいらしかったよ」

 

 

 

 後に翔太郎は語る。

 なんというか、本当に申し訳ないことをした。クラウスの旦那とレオと、ザップのやつに聞かれてなかったのがせめてもの救いだったが、いくらなんでもアレはなかった。なんならフィリップはぶちのめされたっておかしくはなかったが、意識のないフィリップの体を縛り上げてバルコニーから一晩ぶら下げる程度で済ませてもらったのは感謝している、と。

 

 

 

「…………!!」

 

 チカチカと点滅するネオンの三日月の下で、絶句とともに耳まで真っ赤に染まったチェインは、そのまま闇夜に消えてしまった。

 後に残ったのは、キョトンとした顔のスティーブン。そして、大きな大きな、なんなら今日一番大きな、翔太郎のため息だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回のあとがきで「次回は短い」と言ったな。あれは嘘だ。

てなわけで、説明回ということもあり、伸びに伸びた第二話もこれにて終了です。
ふう。えらく長くなっちまったなあ。
次回、また軽い設定集を挟んで第三話へと続きます。
実は第三話への導入はすでに出てきていたり。また心の中で予想してみてください。

さて、気づけば皆様に大きな評価と支持をいただいて。短いものではありますが、活動報告欄にて感謝の言葉をつづっておりますので、よろしければご一読どうぞ。

それでは!

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