仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

20 / 37
人は正反対の人間に惹かれるものだ


Person feels 『Magnetism』 to a reverse person

 ◇

 

 

 

「──はっ!」

 

 のどに詰まっていた空気を吐き出すように、フィリップの意識が戻る。

 

「ぼくは……?」

 

 目を覚ましたフィリップは誰もいないオフィスの床に倒れていた。

 体を起こして時計を見ると、短針は二文字分進んでいた。およそ2時間、意識を失っていたことになる。

 

「…………」

 

 ヘルサレムズ・ロットについて『地球(ほし)の本棚』で検索したところまでは覚えているのだが、そこから先が思い出せない。

 

(いったい何が……?)

 

 思考を巡らせつつ立ち上がるフィリップ。その時、なぜかやたらに体が軽く、意識がスッキリしていることに気づいた。

 この感覚には覚えがある。何日か夜も眠らず何かに没頭した後で、ベッドに沈みぐっすり眠ったような、あの心地いい爽快感だ。

 検索の途中で意識を失い、目覚めてスッキリなのだから、つまりそういうことなのだろう。

 自分は寝落ちしてしまったのだ、とフィリップは結論づけた。

 確かに昨日はマイペースなフィリップにしても怒涛の一日であったし、夜は一晩中街を眺めていたのだから、それなりに疲労がたまっていてもおかしくはない。

 

「さすがに検索の途中で、というのは初めてのパターンだな……ふぁあ……」

 

 仮説を証明するように口から出てきた軽いあくび。それと一緒に背伸びをして、フィリップはその腰についているものに気づいた。

 

「ダブルドライバー……?」

 

 ということは。

 

「翔太郎?」

(フィリィイイイップ!!)

 

 呼びかけと同時に飛んできた大声(といっても頭の中の会話なのだが)に思わず体が斜めに傾く。

 

(お前何してたんだよ!?)

「……すまない。少し居眠りをしていたようだ」

(だあー! そんなことじゃねえかと思ってたけどよ!)

 

 かなり慌てた、というより怒っているような様子の翔太郎に、フィリップは少し申し訳なくなった。

 自分が寝ている間に、相棒はよっぽど大変な目にあったらしい。

 

(相棒が緊急事態だってのに寝落ちってアリか!?)

「その点に関しては後でちゃんと謝罪させてもらうよ翔太郎。だが、今は一刻も早い現状把握のために、落ち着いて状況の説明をしてくれたまえ」

 

 失態は働きで取り戻すさ、とフィリップは付け加えた。もっとも、「自分のミスは今の自分ができることで取り返す」という意識は翔太郎から教えられたことなのだが。

 

「それで、何があったんだい?」

(……看守の一人がドーパントになってるらしい。今そいつを探してるとこだ)

 

 翔太郎はそれ以上フィリップへの恨み言は言わなかった。

 情には厚いが感情論だけで動かず、優先すべきことはしっかりと理解してくれている。そんなところも相棒として自慢できる、左翔太郎の器量である。

 さすがに自分が責められるべき今それを言うのは、いささか調子が良すぎるとフィリップ自身も思うのだが。

 

「ふふ……」

 

 思わず苦笑する。

 

(おいフィリップ? 聞いてんのか?)

「もちろん聞いているとも。続けてくれたまえ」

 

 翔太郎は「ったく……」とふてくされたようにつぶやきつつ、状況の説明を再開した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

(ふむ。MかWのメモリで、背中に輪のついたゴツゴツのドーパント、か。さすがにそれだけでは特定できないな)

「ま、さすがにそうだよな。やっぱりそいつを見つけなきゃ話にならねえか」

 

 おおかたの説明を終えた翔太郎は走るペースを上げた。

 フィリップとの交信が始まってからも足は止めていない。高い天井に足音を響かせながら、薄暗い監獄の通路を駆け続けている。

 

(さっきから走り続けだが、大丈夫かい?)

「何言ってんだよ。まだまだ余裕たっぷりだぜ」

 

 フィリップの声に調子よく返す翔太郎。かなりの長距離を走っているが、その言葉通りスピードは全く落ちていない。それどころか温まってきたと言わんばかりに速さを増していた。

 翔太郎は体力には自信がある。依頼のたびに風都を(主に猫を追いかけて)走り回っているので、かなり鍛えられているのだ。

 風都で毎年開催される恒例行事の『風とともに駆けろ! 大マラソン大会』にも欠かさず出場し、ほとんど完走している。過去に何度か表彰台にも上ったほどである。

 もちろん、翔太郎は体力が自慢であることはフィリップも知っている。声をかけたのは、なお確認のためだろう。

 

(ならいいんだが。もちろん、行く先の見当もつけているんだろう?)

「ああ。今向かってるのはS級囚人の収容棟だ。独房に来る途中で横を通ったからな。道は覚えてる」

(その口ぶりだと、ある程度の根拠があるようだね)

「当然!」

 

 自信ありげに答える翔太郎。その足がまた少し早くなる。

 

「例の看守はメーゾンを捕まえようと自らメモリを使ったらしい。つまり、そいつはドーパントになっても看守としての仕事を放棄してねえってことだ」

(なるほど。その見立てが正しければ当然、ドーパントは解放された囚人たちであふれかえる収容棟にいるはず、ということだね)

「ああ。そんでもって、一番手を焼くのはもちろんS級犯罪者(スペシャルクリミナーズ)ってわけさ」

(なるほど、理にかなっている)

 

 納得するフィリップに翔太郎は言葉をつづけた。

 

「お前には今のうちに頼んどきたいことがある」

(言わなくてもいい。収容棟までのセキュリティの解除方法を調べておけばいいんだろう。了解した)

 

 返事を受けてすぐに、フィリップが『地球(ほし)の本棚』へと入ったのがわかった。普通ならどうあがいても調べられない情報も簡単に手にできるのが、フィリップの桁外れなところだ。

 説明しなくてもやるべきことをわかってくれている相棒に向け、翔太郎はニヤリと笑った。

 

「さすがだぜ、相棒」

 

 こういう時、フィリップは本当に頼りになる。もちろん『地球(ほし)の本棚』の存在だけが理由ではない。

 今のように一冊の本の中から必要な情報をすばやく得なければならない時、日頃からこの作業に慣れているフィリップの仕事は非常に正確なのだ。それは翔太郎にない技能だ。

 逆に複数のキーワードから一つの事象を絞り込む時、要となるキーワードを見つけ出すには様々な視点から物事を捉える柔軟さが必要だ。それについては人々との関わりを通じて経験を積んできた翔太郎に一日の長がある。

 二人が互いに足りないものを補い合うことで、『地球(ほし)の本棚』はその真価を発揮できるのである。

 

(問題ない。君が最初のセキュリティにたどり着くまでに、必要な情報はすべて手に入るだろう)

「まかせたぜ」

 

 フィリップの頼もしい言葉に、翔太郎はまた走るスピードを上げた。もうほとんど全力疾走に近い。さしもの体力自慢も息が荒くなる。

 翔太郎の中で、早くドーパントを見つけなければという焦りが徐々に大きくなり始めていた。

 

 自らを超人へと変えてくれるガイアメモリ。ランゲージメモリに魅入られたオッドと同様に、その看守も力を求めたのだろう。その力を、看守は自らの責務を果たすために使っているのだ。

 

 ──パンドラム超異常犯罪者保護拘束施設(アサイラム)はこの混沌の街における唯一の監獄。我々は司法にたくされた秩序の番人だ。

 

 獄長の言葉が脳裏をよぎる。あの言葉は獄長だけでなく、この施設の職員すべてが胸に刻んでいる言葉ではないだろうか。

 

 パンドラム・アサイラムの空気に直に触れ、理解を超えた実感として翔太郎は感じていた。

 

 この街の犯罪は日々激化し、多様化し、肥大化している。どれほど丹念にその芽を摘んでも、湧き出す悪意はとどまるところを知らない。影の側からにじみ出す腐敗と崩壊の血だまりは確実に広がり続けている。

 それでも、平穏を望む人々がいる。理性にすがる弱者がいる。

 ならば司法は負けてはならない。秩序が死んではならない。

 例え勝ち目の薄い戦いであろうと、終わることのない堂々巡りであろうと、圧倒的な武力を不敗の剣とし、時には恐怖すら不破の盾とし、戦い続けなければならないのだ。

 力を持たぬ彼らの安息が、わずかでも長く、固く、続くようにと。

 

 もしも、看守がその信念のためにメモリに手を伸ばしたのだとしたら、それは咎められるような罪ではないはずだ。かつての翔太郎達も、まさしくそうであったのだから。

 だからこそ救いたい。メモリの力に飲まれてただの怪物となる前に。メモリに命まで食い尽くされる前に。

 

「急がねえと」

(ああ)

 

 翔太郎の焦りとその理由を感じ取ったのだろう。フィリップの返事は短く、しかし強いものだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方、そのころ。

 最深下層極秘要塞、内部。サッカーコートぐらいはありそうな広い部屋。

 その中央に、二足歩行の紅い怪物がぽつんと立っていた。

 

「デルドロ……ここはどこだろう?」

「知るか。お前が勝手にここまで来たんだろうが」

 

 完全に迷子になったブローディ&ハマーはその巨大な図体でキョロキョロとあたりを見回す。

 ひんやりした空調の部屋には山のように積み上げられたダンボール箱。なにかの保管倉庫のようだ。

 

「翔太郎はいないみたいだし、戻ろうか」

 

 そう言ってUターンしようとした時。

 

「お! ちょっと待て!」

「ん?」

 

 デルドロが牙の突き出た頭をフンフンと動かし始める。

 

「デルドロ?」

 

 ズボッ、とハマーが怪物のみぞおちのあたりから顔を出す。そして同じようにフンフンと辺りの匂いをかぎ、「あ」と声をあげた。

 

「気づいたみてえだな、ドグ・ハマー」

 

 そこは食糧庫だった。積み上げられた箱にはレトルトの料理やら缶詰やらが詰まっていた。二人はその匂いを嗅ぎ取ったのだ。

 

「ダメだよデルドロ」

「固えこと言うな。昼飯直前にこの騒ぎだぜ。腹減ってんだよ」

「わかってるさ。一心同体なんだから。でも勝手に食べちゃうのはよくない」

「ちょっとぐらいバレやしねえって。だいたいここ最近、デロデロのマッシュポテトばっかで飽き飽きしてんだよナァ。お、見ろよあそこの缶詰! ビーフシチューだってよ!」

 

 デルドロの誘惑には負けず、ハマーは「ダメだ」と答えるべく口を開いた。だが、のどの代わりに声を出したのはハマーの胃であった。

 キュルルゥ~と間の抜けた音が誰もいない食糧庫に響く。

 黙り込むハマーに、デルドロはクククッとほくそ笑んだ。

 

「オオォーイ見てみろよォ、ドォグ・ハマァー! あっちの段ボール、チキンブリトーだぜ! お前の大好物じゃねえか、オイ!」

「……」

「なあ、ちょっとばかし腹ごしらえしてから行こうぜ相棒」

 

 なんとかご馳走にありつこうと、いつにない饒舌さで喋りまくるデルドロに、ハマーは目の前の段ボール箱を見ながら「うーん」と悩む。

 たしかにお腹はすいている。メーゾンを殴り飛ばしたり独房のドアを壊したり、それなりに運動もしたのでなおさらだ。

 

「……そのかわり、いざという時は頼むよデルドロ」

「イイヤッハァ! いいねえ!」

 

 お人好しで善良な好青年だが、聖人君子というわけではないのだ。

 ほんのちょっぴりぐらい、悪友というには悪すぎる相棒の誘いに乗っかって、悪事(つまみ食い)に手を染めることもあるのである。

 

「腹が減ってはケンカはできねえってな、ハハァ」

「何それ?」

「日本にあんだよ、そういう言葉が」

「へえー」

 

 のんきな会話とともに始まったちょっと遅めのランチタイム。

 手始めにと開封されたのは、陽気なアラブ人が描かれたシャワルマの包み紙であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「着いたぜフィリップ」

 

 足を止めた翔太郎。

 目の前の通路はぶ厚いシャッターで塞がれていた。

 

(では右側のキーパッドに『xhyE8s6aXB7Y』と入力してくれ。Eと8の間は6秒以上あけること。逆にBと7は2秒以内に)

「ややこしいな」

 

 顔をしかめながらフィリップの指示に従う翔太郎。

 

「ちなみに左のキーパッドは?」

(ダミーだ。触った瞬間、体がバターみたいにとろけてしまうから注意してくれ)

「ったく、さっきからそんなんばっかだな……よし、開いたぜ」

 

 短い電子音とともに上がり始めたシャッターの下をもどかしいと潜り抜け、また走り出す。

 これで12個目だった。

 

「あといくつだフィリップ!」

(21個、あ、いや増えた。22個だ)

「まだそんなにあんのかよ!」

(加えて次からは生体認証も入る。正攻法はここまでのようだよ)

「オーケー。なら、こっからは強行突破だ」

 

 前方に見えた次のシャッター。

 翔太郎の目が帽子の影でキラリと光る。

 足を止めることなく、ベストの内側から取り出したのはジョーカーメモリだ。

 

(ソウルはルナでいく。動きが少々ややこしい。変身後は右半身をぼくに任せてくれ)

「了解! いくぜ!」

 

 《ルナ》

 《ジョーカー》

 

 ガイダンスボイスとともに、フィリップの精神を乗せてルナメモリが転送されてきた。それをドライバーに押し込み、同時にジョーカーメモリを装填する。

 

 《ルナジョーカー》

 

 二つのメモリが輝き、翔太郎の体が神秘の光に包まれた。

 光の中から現れたWはぐんとスピードを上げ、そのまま道を塞ぐセキュリティシャッターへと突っ込んだ。

 

「「はあっ!」」

 

 勢い良く伸ばした右足でシャッターを蹴破る。予想していた抵抗はなく、意外なほどあっさりとWはセキュリティを突破した。

 その瞬間、()()()()()()()()()

 シャッターというより結界のようなものだったのだろう。許可なく通る不届き者をぶつ切りにするべく、空間断裂がヒビ割れのように伸びてきた。

 だが、それもフィリップには予想通り。

 宣言通りに右半身の制御を翔太郎から受け取り、伸縮する手足の反動をフルに使って空間断裂をかわす。どのタイミングで、どの角度から亀裂が襲うのか、フィリップはすでに知っているのだ。

 

「ふっ!」

 

 空中で身をひねった後、腕を伸ばして天井の(はり)を掴み、体を引き上げる。

 亀裂の発生が止んだのを確認して、Wは床へと降りてきた。

 

「ふう、なんとか突破できたな」

 

 翔太郎が内心で冷や汗を拭った、その時。

 遠くで微かに聞こえた銃声。そして爆音。

 

「方向は間違ってなかったようだね」

「ああ。いくぞ」

 

 Wは再び駆けだした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 徐々に近づく銃声。大きくなる怒号と振動。

 幾多の壁や罠を越え、その中心にようやくたどり着いたW。

 そんな彼らに向かって、最初に飛んできたのは巨大なロボットのような何かしらだった。

 

「う、うおおおっ!」

 

 とっさにのけぞって、それをかわした。

 Wの触覚をかすめて飛んで行ったそれが看守用のパワードスーツとわかった時には、すでに次の攻撃が迫っていた。

 檻の一部なのか、もしくはどこかからちぎり取ってきた建材なのか。何本もの鉄の棒がWめがけて降り注いだ。

 

「くそっ!」

 

 伸ばした腕であらかた弾いたものの、やはり鉄材相手ではルナジョーカーではパワー不足だった。さばききれなかった数本が直撃する。

 ダメージにひざをついたWの視線の先。床に倒れ積み重なった囚人たちの上に、そのドーパントはたたずんでいた。

 

 背中に輪のあるゴツゴツしたドーパント。話の通りの見た目だった。

 全身は黒く光沢を帯び、質感は鉱物のようだ。ところどころ突き出した部分は正八面体の結晶体。両腕にはU字型の突起が生えており、一部が赤くなっている。

 背面の輪は四重に重なったひしゃげた楕円。さらに輪だけでなく、数本の細長く伸びた突起がカーブを描いて背中から生えていた。

 

「ずいぶんゴツイ見た目だな……この野郎。ちくしょう、ものの見事に不意打ち食らっちまった」

 

 ドーパントはかざしていた手をゆっくりと下ろした。力を込めていた様子はない。ただ腕力で投げつけたわけではなく、念力のように物体を操った攻撃だったのだろう。

 

「何者だ貴様ら」

 

 無機質な顔を向け、ドーパントはWに話しかけた。

 

「おいおい、問答無用で攻撃した後に聞くのかよ」

 

 あきれ声で返しながら立ち上がるW。

 ドーパントはフンと鼻を鳴らして再び手をかざした。

 

「見たところ囚人ではなさそうだな。だが、我が職務の邪魔をするつもりなら、貴様らにも囚人たちと同じ目にあってもらうことになるぞ」

 

 脅しをかけるドーパントに対し、Wは帽子のつばを撫でるように触覚を擦り、不敵に構える。

 

「そういうわけにはいかねえな。仕事熱心なのはけっこうだが、メモリは使わせねえ。アンタ自身のためにも、な」

 

 指をつきつけ言う翔太郎に、フィリップも合わせる。

 

「それに、きみを倒してメモリを破壊するのが、ある意味でぼくたちの仕事みたいなものだ」

「っつうわけだ、看守さん。意地でもメモリブレイクさせてもらうぜ!」

「そうか。では仕方がない」

 

 ドーパントはWを完全な敵とみなしたようだった。両手をWに向け、臨戦態勢をとる。

 

「我が職務と貴様らの意地。通るはどちらか、試してみようではないか!」

 

 その瞬間、床に転がっていた鉄材がいっせいに振動し、宙に浮きあがった。言うまでもなくドーパントの攻撃だ。無数の鉄の槍がWへと狙いを定め、周囲をぐるりと取り囲む。

 だが、Wもすでに動いていた。

 

 《ヒート》

 

 ルナメモリを素早くヒートメモリに入れ替え、属性を変える。

 

 《ヒートジョーカー》

 

 Wの右半身が赤く染まり周囲に熱波を放つ。

 同時に鉄材が一気に襲い掛かった。

 しかし、今のWは格闘戦に特化したヒートジョーカー。

 

「ふっ!」

 

 今度は一撃も食らうことなく、燃える拳がそのすべてを叩き落した。落ちた鉄材はすぐさま宙を舞うが、やはりWに向かうそばから打ち落される。さながらオーケストラの指揮者のように腕を振るうドーパントと、そのたびに襲い来る鉄材を迎撃するWの攻防はしばらく続いた。

 距離を空けられ防戦一方のWだったが、次第に襲い来る鉄材は少なくなっていく。一撃一撃に込められた熱量によって鉄が赤熱し、床に溶接されてしまったのだ。

 最後の一本を床に突き立て、どうにか猛攻をしのいだW。

 

「はあ、はあ、マラソンの後にボクシングは、き、きついな」

「ふうぅ、そんなことを言ってる場合ではないよ」

 

 フィリップの言葉通り、休む時間など与えられるはずもなく。

 

「ほう、少しはやるようだ。ならば次はどうしのぐ?」

 

 ドーパントが最後の一音を引き締めるように腕を振り上げる。それに呼応して重たい金属が床を擦る耳障りな音がWの後方から聞こえた。

 まさか、と振り返ったWの視界が再び巨大な金属塊で埋まった。最初に飛んできた巨大パワードスーツだった。ざっと見積もっても重さは1tを超えている。正面から迎え撃つのは不可能だ。

 

「翔太郎、マキシマムドライブだ!」

「しかねえか!」

 

 まさに刹那のタイミング。激突のギリギリで、Wはジョーカーメモリをマキシマムスロットに装填した。

 

 《ジョーカーマキシマムドライブ》

 

 Wの体が左右に大きく分かれた。その間を鉄塊がすり抜ける。

 

「かわしついでだ!」

 

 通り過ぎた鉄塊に素早くこぶしを向け、反転した左右の体で同時に叫ぶ。

 

「「ジョーカーグレネード!!」」

 

 叩き込まれた二発の拳が対怪物用の強化外骨格をバラバラに粉砕する。今度はその破片が雨のようにドーパントに降り注いだ。

 

「フン!」

 

 だがドーパントは避けるそぶりをいっさい見せず、再び前に手を押し出した。すると鋼鉄の散弾はほとんどがその場でピタリと静止した。いくつかの破片はそのまま黒い石のような体にぶつかったが、鈍い金属音をたてて弾かれただけでドーパントは微動だにしなかった。

 

「この程度──」

 

 言いかけたドーパントの言葉が止まった。

 小さな舌打ちとともに、突き出していた腕を開く。それに合わせて左右に分かれ吹き飛ぶ砕片。

 その向こうからはWが拳を構え迫っていた。砕いたパワードスーツの破片でドーパントの視界を塞ぎ、距離を詰めていたのだ。

 

「小賢しい真似を……!」

「言ったろ、意地でもってな!」

 

 がら空きのボディに拳を打ち込む。

 だが──

 

 響いたのはドーパントが吹き飛ぶ音ではなく、鋼の鎧が岩を弾いたような反射音だった。

 

「……ハッ、こんなものか貴様らの意地は」

「ぐっ……!」

 

 ドーパントの体表は二人の予想以上に強固であった。逆に右手から突き抜けた鈍い痛みに、Wの動きが一瞬止まった。

 そこに左右から大量の鉄くずが襲い掛かる。

 

「しまった!」

「くっ……動けねえ!」

 

 あっという間にWは鉄くずに包まれ身動きができなくなる。

 なすすべなく空中に固定されたWに向け、ドーパントは両手を振った。

 その瞬間、床に転がっていた重火器が浮き上がり、その銃口をWへと向けた。

 

「じゅ、銃まで操れるのかよ!」

 

 もともとあの巨大なパワードスーツが携帯していただろう火器の数々は、知識のない者でも容易にその威力が想像できるほど凶悪なものばかりだ。それらがいっせいに火を噴けば、狙われたWの結末はまさに火を見るよりも明らかだろう。

 

「さらばだ」

 

 絶体絶命。

 銃殺刑の号を出す指揮官のようにドーパントがその手を振り下ろした、まさにその時だった。

 

「翔  太  郎ーー!!」

 

 真横からの叫び声は次の瞬間には壁が砕け散る轟音で聞こえなくなり、さらに次の瞬間には粉々になった壁が津波のようにWとドーパントを分断した。

 

「ぐぅっ!」

 

 突然の横やりにドーパントが怯む。

 鉄くずの呪縛が解け自由を取り戻したWは素早く態勢を立て直し、壁に大穴を開けた何者かに振り返った。もっとも、そんなことができるのは彼しか、いや彼らしかいないだろうが。

 

「ハマー!! デルドロ!!」

 

 叫んだ翔太郎に紅の怪物が振り返った。同時に胸からハマーの顔が飛び出す。

 

「翔太郎、探したよー!」

「助かったぜ! ナイスタイミングだ!」

 

 ドーパントの方は警戒しつつ、ブローディ&ハマーに駆け寄るW。

 

「お前らなんでここに?」

「あ、翔太郎に渡すものがあって」

 

 そう言ってハマーが血の鎧の中からズボッと取り出したのは。

 

「……なんでシャワルマ?」

「差し入れだよ。腹が減ってはケンカはできぬ、でしょ」

「お、おう……?」

 

 とりあえず、陽気なアラブ人が印刷されたシャワルマのパックを受け取るも、わけがわからない翔太郎。もちろんフィリップもだ。

 

「おいドグ、そっちじゃねえ方だろうが」

「ああ、そうそうこっちこっち」

 

 見かねたデルドロに言われて、巨大な手でつまむようにあらためて渡されたもの。それは銀色の鈍い輝きを放つMのガイアメモリ、メタルメモリだった。

 

「おいおい、どう考えてもこっち優先だろ! だがまあ、感謝するぜブローディ&ハマー!」

 

 文句を言いつつも翔太郎の声は明るい。

 

「いけそうだな、フィリップ」

「ああ、メタルのパワーなら奴にも有効なはずだ」

 

 《メタル》

 

 右はヒートのまま、左のメモリをメタルに入れ替える。

 

 《ヒートメタル》

 

 噴き上がる熱によって空気が揺らぐ。その蜃気楼の向こうで炎を反射する銀色が煌めいた。

 ヒートメタル。力と防御に優れた灼熱のウォリアーだ。

 

「色が変わった」

「おもしれえな、コイツ」

 

 後ろでおもしろがるブローディ&ハマーに、翔太郎が声をかけた。

 

「ついでにって言うと厚かましいが、手伝ってくれねえか、ハマー、デルドロ。念力みたいなのを使う、強敵だ」

 

 Wの視線の先でドーパントが瓦礫の海から立ち上がった。

 

「ブローディ&ハマー……なぜ貴様らがここにいる……!?」

 

 その感情は怒りだった。

 先ほどまでのドーパントにはなかった、沸き立つような怒りが感じ取れた。

 

「あれが翔太郎の探してた人か」

「なるほど、確かにありゃヤバそうだな。ギャハハハ」

「約束だからねデルドロ。やるよ」

「わぁってるよ」

 

 戦いの意思を確認して、血の装甲に力を込めるブローディ&ハマー。その様子を見たフィリップが感嘆の声をあげた。

 

「聞いていた通り興味深い構造だねぇ。後でぜひ詳しく聞かせて──」

「今言ってる場合かよ! いくぜ!」

「ああ、わかった」

「オッケー!」

「……ケッ、仕方ねえ」

 

 臨戦態勢になる四人二組。

 

 最初に飛び掛かったのはWだった。

 襲う破片を鋼鉄の棍メタルシャフトで薙ぎ払いながら、ドーパントへと突っ込んでいく。

 自分の攻撃をものともせず向かってくるWにドーパントは後ずさった。

 フィリップが高らかに叫ぶ。

 

「そんな攻撃は今のぼくらには通じない。メタルメモリの力で鋼鉄のボディとなったWにはね!」

 

 頭上で回転させたメタルシャフトをドーパントへと振り下ろす。

 どんな強靭な鎧でも粉砕する渾身の一撃。

 しかし。

 

「……クックック」

 

 その攻撃はドーパントに届かなかった。

 メタルシャフトを叩き込む寸前、Wの体が動かなくなったのだ。

 

「な……に……!」

「ククク、ハーハッハッハッ!! 馬鹿め! 貴様らは今、自分で敗北を選択したのだ!!」

 

 その瞬間、Wが吹き飛んだ。

 ドーパントが動かしたのは片手だけだった。攻撃ではなく、何の衝撃もなく、だが凄まじい勢いでWの体は宙を舞った。まるであの鉄材やパワードスーツのように。

 

「あぶなーいっ!」

 

 そのまま壁に叩きつけられそうになったWをブローディ&ハマーが受け止めた。しかし次の瞬間、Wは今度はものすごい力で何かに引っ張られた。

 離すまい、と必死に押さえつけるブローディ&ハマー。

 剛腕に支えられたまま、それでも冷静にフィリップがつぶやく。

 

「……そうか、わかった」

「わかったって何がだ!?」

「敵のメモリの正体だ。黒い正八面体の結晶、重なった輪、奴が操作していたもの……間違いない。ヤツのメモリは磁気を操る『マグネティズム』!」 

 

 フィリップの声は苦渋に満ちていた。

 磁気を操作し空中に強力な磁力を発生させることで、鉄を自在に操作できるドーパント。

 つまり──

 

「メタルメモリの天敵だ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




みなさま、いつも応援や感想ありがとうございます!
いただける感想、評価、本当に本当にエネルギーになっています!
さてそこで一つ謝罪があります。本来ならばいただいた感想のすべてに返信をしなければならない、したいところなのですが、最近きちんと返信できていません。ごめんなさい!
しかし、皆さんのお声はすべてしっかり読ませてもらっています。メールが届くとそわそわしながら開いてます。なんなら寝る前に読み返してにやけたりしてます。
それくらい楽しみにさせてもらっているのがみなさまの感想なのです!
反応がないとつまらんと思われるかもしれませんが、どうかこれからも本作への応援よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。