仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』 作:津田 謡繭
◇
先制攻撃に出たのはWだった。
長く伸ばした右腕を鞭のように振るい、マグネティズムに打ちつける。しかし、その攻撃をマグネティズムは仁王立ちのまま受け止めた。
「くっ……!」
掴まれた右腕を収縮させる勢いを利用し、今度は左腕で殴りかかる。が、これも鉱物を素手で叩くような痛々しい音をたてて弾かれた。
「いっ……てえ!」
拳に走る激痛に思わず声を上げる翔太郎。
「ダメか! やっぱルナジョーカーじゃダメージになんねえぞ!」
「わかっている。だが、今メタルになってもまた振り回されるだけだ」
Wは伸ばした右足でマグネティズムを蹴りつけ、どうにか腕を振りほどく。同時に左足で素早くバックステップ。ルナジョーカーの射程ギリギリの位置まで後退した。
「信頼してねえわけじゃねえけどよ……ほんとに何とかなるのか?」
「ああ、必ずうまくいくと保証しよう。しかしまだ必要なピースがそろっていない。とにかく、今は時間を稼ぐんだ!」
今度はマグネティズムが攻撃を始めた。腕から伸びたU字型の突起、その間に磁気エネルギーを溜め撃ちだした。
Wは素早く身をひるがえし、かわす。
エネルギー弾は浅く床をえぐり、わずかな瓦礫と粉塵を巻き上げた。威力はさほどのものでもないらしい。
「幸い、敵の操れる鉄はここにはない。こちらもダメージを与えられないが、向こうにも決め手はないはずだ」
「よーし……! なら、全力の時間稼ぎといくか!」
Wが再び右腕を長く伸ばした。今度は打撃には使わない。伸ばした腕をぐるぐるとマグネティズムのまわりに巡らせ、一気に縛り上げた。
もがくマグネティズム。しかし拘束は解けない。
確かにマグネティズムの能力と防御力は驚異的だ。しかし逆に、メモリの力をその二つだけにつぎ込んでいるとも言える。スピードならWの圧勝、単純なパワーでもルナジョーカーとほぼ互角だ。
翔太郎がふうっと息をつく。
「どうだ、これでちったぁ大人しく──」
が、言いかけたその一息を吹き飛ばすようにマグネティズムが咆哮した。
「ウオオオオオオ!!」
縛り付けられ真下を向いたままの両腕から、狂ったようにエネルギー弾を撃ちまくる。マグネティズムの足元の床が砕け散り、舞い上がった砂礫であっという間に視界が効かなくなった。
「うおっ! なんだ悪あがきか!?」
視界を奪いその隙に拘束を解くつもりか。しかし粉塵で姿が見えなくとも、まだ拘束したままなのは感覚でわかっている。吹き付ける砂煙を左手でかばいつつ、Wは捕らえたマグネティズムを逃がさぬよう右腕に力を入れた。
その時だった。
「しまった!」
引きつったような叫びをあげて、いきなりフィリップがWの右半身の主導権を奪った。強引に拘束を解き右腕を引き戻す。
「っ!? フィリッ──ぐうっ……!!」
翔太郎の言葉が苦痛にうめく声に変わった。
同時にフィリップも激痛に声を歪めた。
「うっ……!!」
引き戻したWの右腕が、まるで鋭利な刃物で斬りつけられたようなダメージを負っていた。
「すまない翔太郎……見落としていた」
舞い上がっていた土煙が吹き飛んだ。再び姿を現したマグネティズムが両手を振り上げた。
「奴が操れるものが、この場にも一つだけあった」
マグネティズムの周囲で何かが蠢いていた。真っ黒な煙のようなそれはマグネティズムの手の動きに合わせ、呼吸するようにゆっくりと形を変えながら空中を漂う。
「この施設の床や壁に含まれている鉄の粒子だ!」
マグネティズムは、マイルズは知っていたのだ。この廊下の建材に微量の鉄が含まれていることを。それを自分の武器とするため、エネルギー弾で床材を粉々に砕き粒子状にして取り出したのだ。
「つまり砂鉄か……!」
「いや、厳密には違う。砂鉄というのは酸化鉄の一種であり組成は磁鉄鉱と同じものだ。あれはたぶん純粋な鉄の粒子だから鉄粉と呼ぶべき──」
「だああ! んなトコこだわってる場合かよ!」
翔太郎が怒鳴った時には、すでにマグネティズムは攻撃の体勢に入っていた。
黒い煙が収束し、薄く広い三角形の刃へと姿を変えた。
「さっきはあれで斬りつけてきたのか。しっかし、どう考えても鉄を固めただけの切れ味じゃなかったぞ」
「おそらく磁界を細かく変化させて粒子を高速で振動させているんだろう。疑似的な超振動ブレードだ。うかつに触れないよう気を付けないと」
「とんでもねえな……いよいよピンチか、こりゃ」
そうこう言っているうちに鉄の刃が飛んできた。
首を狙って飛んできた刃を、のけぞるようにして避ける。たが刃は直角にターンして戻ってきた。
「うおおお!」
走り、跳び、必死でかわすW。
「どうにかできねえのかよフィリップ!?」
たまらず翔太郎が叫んだ。
フィリップも対抗策を考えてはいたが、とっさには思いつかなかった。
ヒートジョーカーで刃を焼けばマグネティズムには操れなくなる。しかし直接触れることができない超振動刃では、キュリー温度の770℃に達する前にWが斬り裂かれてしまう可能性の方が高いのだ。
「とにかく避け続けるんだ!」
「ま! じ! かよ!」
翔太郎が声をあげている間に刃が二往復した。
敵が鉄の操作に慣れてきたのか、刃の方向転換が次第に早くなってきた。
しかしマグネティズムが一緒に攻撃を仕掛けてくる様子はない。思えば、最初に戦った時も鉄材や鉄くずでの攻撃だけで、エネルギー弾は使わなかった。磁力で鉄を動かすにはそれなりの集中が必要なのだろう。能力を使っている間はそれ以外の行動が制限されるらしい。
「ピンチには違いないが、攻撃が刃のみで単調なのが救いだ! 一応、時間稼ぎはできている!」
「そうは! 言ったって! なあ! ……あん?」
突然、刃の攻撃が止まった。
二人をとてつもなく嫌な予感が襲う。そして、それは概ね予想通りの形で現実になった。
マグネティズムが呼び戻した鉄の刃を煙状に戻した。今度はそれらをまるで竜巻のように高速回転させ、周囲の床や壁を削り始めた。渦巻く鉄粉はドリルのようにたやすく壁を砕いていく。
敵がやろうとしていることは明白だった。
だが、Wは次第に大きさを増していく黒い竜巻をなすすべなく見つめるしかできなかった。むやみに突っ込むことはできない。巨大なフードプロセッサーに身を投げるようなものだ。
「……おいフィリップ、ありゃホントに暴走か? 俺にはずいぶんと頭つかった戦い方に見えるぜ」
翔太郎が絶望的な声でつぶやく。Wになっているので表情は変わらないが、生身なら顔が思い切り引きつっていただろう。
答えるフィリップの声もまた、冷静だが暗いものだった。
「トライセラトプスやヘアのような単純な意味での暴走ではないよ。より適した言葉を選ぶなら『侵蝕』だ。自我を失っていても、知識や思考力はそのまま戦闘に組み込まれてる。ランゲージのようにね。メモリとの適合率が上がってる分、能力もより強化されているんだろう」
フィリップは絞り出すようにつぶやいた。
「まさに戦闘マシンだ」
「厄介だな……」
翔太郎の言葉。それは敵の強さに対してではなかった。
目の前のドーパントが猶予のない危険な状態なのだと、あらためて痛感した、その胸苦しさの表れだった。
「まだかかるのか、フィリップ……?」
「もう間もなくのはずなんだが──」
二人の会話が途切れる。
目の前のマグネティズムが吠え声をあげたのだ。
それに合わせ大量の鉄紛が三つの塊に分かれた。そしてそれぞれが、先ほどの比ではない大きさの巨大な刃となった。
じりっと足を踏み出し、Wが身構えた。
「グウアアア!」
咆哮とともに刃が飛んだ。
受け止めるのは不可能。
かわしきるのも不可能。
超振動のうなりをあげながら、三枚の黒い刃がWに迫る。
そこに──巨大な影が落ちた。
瞬間、世界が揺れた。
パンドラム・アサイラムが、堅牢を誇り屹立するこの弩級の
立ちはだかったのは紅蓮の怪物。
鉄血の鎧に身を固め。
鉄塊のごとき四肢を広げ。
刹那、Wの盾となったその体に刃が食い込んだ。チェーンソーが岩肌を齧るような耳障りな音がギャリギャリと響く。
「「……!」」
しかし彼らは一歩も引かなかった。
より深く体をえぐろうとする刃を膂力だけで押しとどめ、掌が裂けるのもいとわずに両の手で叩き潰した。
力任せに。ただ無理矢理に。
だが、それで十分だった。
バアン、と盛大な音とともに、黒い刃は三枚すべてが粉微塵に吹き飛んだ。
「グウウ……!」
ビリビリと震える大気に押されるように、マグネティズムが一歩後ろへと下った。
そして、その衝撃は背後のWにも届いていた。
「間に合った……!」
フィリップの口から安堵の声が漏れた。目の前にそびえる巨大な背中がこれ以上ないほど頼もしく見える。
「おまたせ!」
明るい声を出しながら肩越しに浅く振り返るブローディ&ハマー。
頭部は表情のない怪物のそれだが、中のハマーはパカッと口を開けて笑っていることだろう。
「助かった! この借りは必ずまとめて返すからな」
感謝を伝える翔太郎の言葉にも熱が入っていた。彼らに絶体絶命のピンチを救われたのは、これで実に三度目だ。
「グ……」
逆転した形勢にマグネティズムは動きを止めた。
だが今度は引き下がるつもりはないらしい。低くうなりながら両手を上げ、霧散した鉄粉を再び集め始めた。
もちろん翔太郎たちも逃がすつもりはない。
仮面ライダーWとブローディ&ハマー。各々が二人で一人という、似た境遇の超人が二体。横並びでマグネティズムに向かい立つ。
「頼みがある」
ブローディ&ハマーに向け、フィリップが口を開いた。
「少しの間、敵の意識を引き付けておいて欲しい」
「どれくらい?」
「約……三分!」
「うん、わかった」
快諾するハマー。
一方、デルドロはめんどくさそうに鼻を鳴らした。
「フン、面倒事ばかり押し付けやがって。お前らアレだ。後で謝礼に紙巻の
「んなことできるか! お前囚人だろ!」
「葉っぱ? なぜそんなものを欲しがるんだい?」
「
「……冗談に決まってんだろバカが」
「あー、差し入れなら久しぶりにジャック&ロケッツのバーガー食べたいなあ。オニオンフライトッピングしたやつ」
嵐の前の静けさ、とは少し違うだろうが。戦いの最中だとは思えないほどの、のんきなやり取りだった。
ハマーとデルドロが来たことで、翔太郎とフィリップの心にも余裕が生まれていた。戦うための自然体。いい意味で緊張が抜けた。
「じゃ、それでいくか。これが終わったら四人でハンバーガーパーティーだな」
「いいねえ翔太郎。この街のジャンクフードがどんなものか、がぜん興味が湧いてきたよ」
「だってさ。良かったねぇデルドロ」
「ちっともよくねえ。ガキじゃねえんだぞ」
「あはは。なんかお腹すいてきちゃった」
「お前さっきたらふく食ってきたじゃねえかハマー! 満腹中枢までノーテンキかよオイ!」
軽い口調でとりとめのない言葉を口にしながらも、視線はマグネティズムから外さず、四人は戦いの始まりをうかがっていた。
そして、その時が来た。
「ガアアアアアア!!」
前触れなくあがったマグネティズムの雄叫びとともに、止まっていた戦闘が再び動き出した。
マグネティズムが腕を振った。集合した鉄粉が空中で二つの塊に分かれた。磁力で操る遠隔操作の拳だ。確かにこれなら本体にパワーがなくとも関係ないだろう。
同時にブローディ&ハマーも動いた。両腕を大きく後ろに引き絞り、ズン、と床を砕きながら飛び掛かった。
「「 お お あ あ あ !!」」
ブローディ&ハマーの巨大な両拳と、マグネティズムの操る鉄の塊がぶつかり合った。その衝撃だけで辺りに散らばっていた瓦礫が吹き飛んだ。
打力は互角。両者は互いに弾かれ、わずかに上体がのけぞった。が、どちらもすぐさま体勢を立て直す。
紅い剛拳と黒い鉄塊が、今度はがっちり組み合った。ミシミシギシギシと音が鳴る。血と鉄を軋ませながらの壮絶な力比べが始まった。
ブローディ&ハマーが床を蹴ったのと同時に、Wも動いていた。
「今のうちだ翔太郎!」
「ああ!」
ダブルドライバーを素早く閉じ、左右のメモリを同時に入れ替える。
《ヒート》
《メタル》
右半身は黄から赤へ。左半身は黒から銀へ。
纏うは月光から炎熱へ。スタイルは徒手から棒術へ。
《ヒートメタル》
Wは灼熱の闘士へと姿を変えた。
背中にマウントしていた鋼の棍メタルシャフトを正面に構える。
するといきなり、フィリップがWの右手を使いメタルシャフトのマキシマムスロットにメモリを装填した。
「フィ、フィリップ!?」
翔太郎が驚いたのも無理はない。
フィリップがメタルシャフトに装填したのは、ヒートメモリでもメタルメモリでもなく、
《ルナマキシマムドライブ》
まばゆく輝いたメタルシャフトからルナメモリのエネルギーが伝播し、Wの体が光に包まれた。
それは逆転の発想。
キュリー温度までの加熱に耐えられないのなら、
そのために使ったのがルナメモリの神秘の力だった。
左右のメモリの組み合わせで臨機応変に戦うWだが、やはりその中にも相性が悪い組み合わせは存在する。特にルナとメタルの相性はあまり良くない。頑丈さが強みであるメタルに、ルナメモリが柔軟性を付与してしまうからだ。
しかし、フィリップはそれを逆手に取った。
マキシマムドライブでルナの神秘の力を限界まで引き出し、メタルの組成を無理矢理つくり変えたのだ。
「ガドリニウムという金属のキュリー温度は約20℃だそうだ。今、ルナメモリを使って、メタルボディを構成する粒子の合成スピン角運動量をガドリニウムと同じに──」
「あー、詳しい説明は後でいいや。とにかく、これでヒートメタルでも戦えるんだな」
「ああ。これでもう、Wが磁力に囚われることはない」
Wはルナメモリを抜き取り、メタルシャフトを構えなおした。
「よーし、早いとこハマーたちの援護に──」
そう言って駆けだそうとした時だった。
ゴオッという音をたてて、Wの体が炎に包まれた。
「う、うおっ……!?」
「落ち着いてくれ翔太郎。ぼくがヒートの出力を最大まで上げた」
何が起こったかわからない翔太郎にフィリップが答える。
「ルナでの組成変化には一つ欠点がある。この方法ではメタルが本来持つ硬度が失われてしまうんだ。これではマグネティズムに有効打を与えられない。……その硬度を、今から取り戻す」
フィリップの言葉と同時に、Wの表面温度がさらに上がった。
1000℃……2000℃……。
その時、翔太郎とフィリップが同時に苦悶の声をあげた。
「ぐうっ……う……お……なんだ……!?」
「くっ……た、耐えてくれ翔太郎……!」
Wの装甲は赤熱し、全身からシュウシュウと湯気が上がる。
限界を超えてヒートをマキシマムドライブで使うよりは遥かに負担の少ない方法であったが、それでも耐久力の下ったメタルボディにヒートの最大火力は
「よ……よし……」
体が十分に熱されたのを確認して、フィリップは加熱を止めた。
Wは大きく肩で息をしながら、がっくりと膝をついた。
「はあ……はあ……さ、さっき説明はいいって言ったけどよ……これについてはちょっと説明が欲しいぜフィリップ……」
翔太郎の言葉にフィリップが答えるより早く、Wの体に変化が起こった。
赤熱していたボディが空気に触れ冷やされていくにつれ、その表面がギチギチと硬化を始めたのだ。
「こ、これは……」
「『焼き入れ』というのを知っているかい。高温になった鋼鉄を急速に冷やすことによって、その硬度を飛躍的に上げる技法のことだ」
「ああ、刀鍛冶とかのアレか。なるほどな」
翔太郎もフィリップの狙いに気づいた。
ルナメモリのデメリットとして低下した防御力を、強引な『焼き入れ』で装甲を硬化させることで補ったのだ。
メタルの磁性をルナで変化させ、失った防御力をヒートで補完する。これがフィリップの見つけた答えだった。
「互いの足りない部分を助け合う。昔、君が教えてくれたことだよ翔太郎」
「にしたって強引すぎるぜフィリップ。もう二度と俺のこと無茶だとは言わせねえからな!」
「なに、君のいつもの無茶に比べればかわいいものさ。考えうる限りもっともリスクの少ない方法を選択したつもりだよ。ハーフボイルドの君が
フフッと微笑むフィリップ。
「なんか俺をからかう時の言い口が巧妙になってきてねえか……相棒?」
「さて誰に似てきたんだろうねえ」
「……まあとにかく、これでやっと遠慮なく戦えるってことだな!」
だが、息巻く翔太郎にフィリップはまた遮るように声をかけた。
「いや、その前に──」
「まだなんかあんのかよ!?」
「メタルシャフトを構えなおそう。早くしないと
「……あん?」
何のことだ、と疑問に思ったのもつかの間。
言われた通りに腕を上げようとして気づいた『Wの異常』に、翔太郎は驚愕した。
「う……お、おお……!? どうなってんだ!?」
「別形態のメモリを使ったマキシマムドライブは、本来Wのシステムとしては想定されていないものだ。当然、いろいろと問題がでてくる」
予定通りという口調で説明を始めたフィリップだったが、翔太郎にはその説明を聞いている余裕はなかった。
「ふっんんぎいい……!」
渾身の力で
「ルナで無理矢理に組成を変えた後の、ヒートを使った加熱処理。それによって、Wのボディは巨大な鋼の塊として再加工された、という状態になってしまったんだ。つまり──」
なんと、Wはゆっくりと
どうにかメタルシャフトを振り上げた形で構えを取ったが、それが限界だった。
そのうちに空冷が完了してしまった。Wの体は銅像のように硬直し、どれだけ力を込めてもピクリとも動かなくなった。
「う、嘘ぉお!」
「ボディが冷えてしまえばもう動けない」
「いや何考えてんだフィリップ!! 動けなくてどうやって戦うんだよ!?」
翔太郎の切羽詰まった叫び。
それに対してフィリップは、しかし微笑みで答えた。
「もちろん、これも想定内さ」
フィリップの語った『いいアイデア』に、翔太郎は「げえっ」と小さく呻いた。むんずと掴まれたカエルのような、なんとも情けない声だった。
◇
「あー、やばいな。これ」
マグネティズムの操る
押し合いでは互角。いや、ブローディ&ハマーの方が優勢だ。
が、それとは別の部分でハマーはピンチだった。
「何やってんだ、とっとと離れろ! もうすぐ
侵蝕だった。
組み合っている拳は一見して巨大な鉄の塊に見えるが、その正体は小麦粉ほどに微細な鉄の粉の集合体なのだ。
それらは植物が地中に根を伸ばすようにゆっくりと、だが確実に、血で編んだ筋肉の隙間に潜り込み侵蝕を進めていた。紅い怪物の中心へ、ドグ・ハマーへと向かって。
それでもハマーは塵芥ほどの迷いもなく、その両腕に力を込めていた。
「まだダメだ。いま退いたら翔太郎たちがやられる」
だが、そうするうちにも針金のような鉄の糸がどんどん伸びてきていた。
それがハマーまで届けばどうなるかは明白だ。強固な
(……チッ)
デルドロは焦っていた。いつもポカンとしているハマーがこういう時だけやたらに頑固なのは知っている。
だからこそ、冷酷に言い放った。
「……ならいっそ叩き潰せドグ・ハマー。マジで死ぬぞ、お前」
「ダメだ! 翔太郎はこの人を助けるって言ってた!」
「ああ、そうだよな。お前はそうだ。そういう馬鹿だ」
冷ややかに、駄々をこねる子供を見下ろすように。
「だから俺がやる」
「っ! デル──」
ハマーの制止を引きちぎった。
紅黒い怪物の腕が倍ほどの大きさに膨れ上がった。
押し返そうとする鉄の塊をメキメキと握り潰しながら、その腕をマグネティズムに向け伸ばしていく。ゆっくりと、巨大な掌で挟み込むように。
「ガガ……ギ……!」
マグネティズムは死に物狂いで抵抗していたが、次第に怪物の手は狭まっていく。
殺すつもりだった。このまま圧し潰すつもりだった。
だが、マグネティズムに触れるか触れないかのところでその腕は止まった。
「……!」
ハマーだ。
見る者の背にぞわりと悪寒が走るような虚ろな表情で、ハマーは抗っていた。
「……っ!」
意識がそちらに集中したせいで血の密度はわずかに緩み、結果さらなる鉄の侵入を許していた。あと数センチでハマーに届く、そんな距離まで。
「ッ馬鹿野郎!」
思わず声を荒らげた。そういう奴だとわかっていても、怒鳴らずにはいられなかった。
「俺達が命かける必要なんざねえんだぞハマー! 仕方ねえだろうがよ! 良く知る相手でもねえ! なんでそんな危険を冒してまで守る!? あの帽子のガキに共感したか!? いい加減にもうちっと利口になれ!!」
叫び散らすデルドロに、ハマーはつぶやくように答えた。
「あきらめないからだよ──クラウス兄ちゃんなら」
その言葉に、デルドロの激昂は凍りついた。
クラウス・V・ラインヘルツの名を聞いて、デルドロの脳裏によぎったのは、忘れることなどないあの日の記憶だった。
偏執狂の元から逃げ出した日。
二人でともに征くと誓った日。
彼らが初めて怪物になった日。
力に呑まれ人をやめかけた日。
曇天に響く鐘の音を聞いた日。
そして、ライブラになった日。
瞬間、デルドロは理解した。
「お前……」
ハマーは重ねていたのだ。
あの日、ただ暴れるだけの
それを重ねていた。
目の前で唸り声をあげるマグネティズムと、あの日の自分たちを。
そんな彼を救おうと立ち上がった翔太郎と、あの日のクラウスを。
「馬鹿が……だったらなァ」
ハマーの襟首を掴むように、強い言葉で。
「だったら、そんなうすら寒い
デルドロが叫んだ。
「ああわかったよ! 乗ってやるこの極大コンコンチキが!!」
ハマーの瞳に光が戻った。パッと咲いたような、いつもの人懐っこい顔でデルドロに微笑みかけた。
「うん、一緒にやろう! デルドロ!」
その時、背後から翔太郎の声が飛んできた。準備ができたと、そう言った。
「了っ解っ!」
その声を聞いた瞬間、ブローディ&ハマーは真後ろに跳んだ。
マグネティズムが作り出していた磁気の塊はその瞬発力についていけなかった。一拍の後、虚空を鉄の針が刺し貫いた。
跳んでから、Wの隣に着地するまでのわずかな時間。
ドグ・ハマーとデルドロ・ブローディは刹那に意思を交わしていた。
「デルドロ」
「……あ?」
「ありがとう」
「やかましい!!」
短い言葉と微笑みに、デルドロは喚くような怒号で返した。
ずいぶんと丸くなったもんだ。そう自分で思ってしまい、小さく「げえっ」と呻いた。
◇
仕留め損なった。その結果にイラ立つように、マグネティズムはまた低く唸り声をあげた。
「グ……グ……」
ブローディ&ハマーが本気でなかったことには気づいていた。磁力の操作に集中していたため具体的な思考を探ることこそできなかったが、それくらいは粗いサイコメトリーだけで十分読み取れる。
そしてその後ろで、Wが何か策を弄していたこともわかっていた。
故に、できればWが何かを仕掛けてくる前に、ブローディ&ハマーだけでも片づけておきたいと考えていたのだ。
結局それは失敗したが、すでにマグネティズムは素早く次の攻撃にと移っていた。
距離を取ったブローディ&ハマーがWの隣に着地し、両者が二言三言、何かを言いあった。その隙を狙った。
突き出した両手からエネルギー弾を乱射する。これは目くらましだ。弾が命中した場所がえぐれ、粉塵が舞い上がる。
「ググ……」
満足げな声をあげ腕を振る。動きに合わせ、マグネティズムの周囲で鉄粉の塊が鋭く伸びた。本命はこちらだ。磁気操作で超振動を付与した黒い槍。それを十数本、一斉に射出した。
立ち込める粉塵でマグネティズムにも敵の姿は見えない。だから音を聞いた。マグネティズムが期待したのは、槍が標的の肉を貫く水気のある音だった。
だが──
響いたのは鋭く硬い金属音だった。
鋼鉄が石つぶてを打ち払うような、高く澄んだ音だった。
「ギ……?」
次の瞬間、舞い上がっていた粉塵が何かに薙ぎ払われた。
吹き荒れる暴風。視界が一気にクリアになる。
そこに現れた敵の姿に、虚を突かれたマグネティズムは思わず一歩後ずさった。
「よぉし。これならいけそうだなフィリップ!」
「ああ、いい感じだ。それでは頼んだよ、ドグ・ハマー」
「了解! いくよデルドロ!」
「……お前らがここまでイカれてるとは思わなかったな」
仮面ライダーWヒートメタルはメタルシャフトを構えたまま、直立状態で固まっていた。
そして、ブローディ&ハマーが
「よい……しょっと!」
巨大な紅い怪物は、赤と銀のツートンカラーのバットの使い勝手を確かめるように、ブウゥンッと大きくスイングした。
「おわわわわ!」
翔太郎の悲鳴があがる。
凄まじい風圧。吹き飛ぶ瓦礫。そしてジリジリと空気を焼く熱波。
軽く振っただけで巻き起こったそれらが、その驚異的破壊力の証明であった。
メタルの磁性をルナで変化させ、失った防御力をヒートで補完する。そして動けなくなったW自体をブローディ&ハマーの武器とすることで、マグネティズムを確実にメモリブレイクできる圧倒的な攻撃力を手に入れた。
これが、これこそが、フィリップの見つけた真の答えだった。
事情を知らない人間からすれば、「お前らふざけているのか」と叱咤したくなる光景。だが、彼らはけっしてふざけてなどいない。
マイルズを救うため、信念を貫くため、なりふり構わず戦うことを決めた彼らの誇り高い戦闘スタイルなのだ。
「どうだ! 仮面ライダーWとブローディ&ハマーの合体必殺技だぜ!」
「必殺技には名前が必要じゃないかい、翔太郎?」
「お、だったらこういうのはどうだフィリップ。
「──『一本だけどWバット』!!」
「だからどういうネーミングセンスしてんだお前は!」
「……ここにはアホしかいねえのかオイ」
重ねるが、彼らはけっしてふざけているわけではないのだ。
ついにその全貌が明らかとなった驚異の合体必殺技!
『
君はこの展開を予想できたか!?
ハイ、えー、次回もお楽しみに笑!