仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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その思いは鋼にも似て……


Their minds are firm like the 『Metal』

 ◇

 

 

 

 パンドラムアサイラム看守長マイルズ・エッジコムは厳格な人間であった。

 

 他人の思考を覗けるという特異性を早くに自覚した彼は、周囲の誰よりも厳格であろうとした。それが力を持つ人間の責務だと、幼少の頃から理解していた。故にむやみに力を使うことなく、両親と一部の人間以外には力の存在すらも悟らせず、マイルズは周囲に溶け込み生きていた。

 

 そんなマイルズが人生の岐路に立ったのが、ちょうど三年前だった。力を使うことなく生きてきた彼が、その力を与えられた理由を考え始めた頃、あのNY大崩落が起きた。大多数の人々と同じように、マイルズも突如として訪れた崩壊を、固唾をのんで見守っていた。

 その中でヘルサレムズ・ロット誕生を知った時、マイルズは自分の力の存在意義を見つけた気がした。

 異界と現世の交わる街において、何よりも困難であるのが治安の維持だと、彼は早々に見抜き、また確信したのだ。犯罪者の思考を読めるこの力は、平和のため必ず役に立つと。

 

 そして降り立ったヘルサレムズ・ロットで、マイルズはアリス・ネバーヘイワーズと出会い、パンドラムアサイラムの存在を知った。自分以上に厳格な長のもと、マイルズは自身のすべてをこの職務に捧げようと決めた。

 

(だが、その時の私はまだ本当の意味で理解をしてはいなかった。この街で法の番人としてあり続けるために、真に必要なのものが何だったのか)

 

 ソレハ()()()ダッタ

 

(そうだ。純粋な強さ、力だ)

 

 ワタシハ ノゾンダ

 

(秩序のために! 平和のために!)

 

 ダカラ アタエタ

 

(ならばなぜ、私は──)

 

 

 

 その瞬間、強烈な一撃がマイルズの体を打ち飛ばした。

 

「ガアッ……!」

 

 灼けつくような熱量で襲い来る強固な鋼の塊。それがマイルズの、いやマグネティズムドーパントの体を砕いていく。

 

「ナゼだあっ!?」

 

 思わず叫んだ。叫びとともに、霧に覆われていた自我が再びマイルズのものとして噴き出した。

 

「なぜ邪魔をするっ! 私には力が必要なのだ! 秩序のために、平和のために! 私は──」

「同じさ。アンタと」

「っ……?」

 

 答えたのは、若い男の声だった。どこかキザで、かっこつけていて、しかし純粋で強い声。心を覗き見なくてもわかってしまうほど、嘘偽りのない、まっすぐな精神を感じた。

 

「この力を誰かのために使いてえって、その根っこは同じなんだよマイルズ。けどな、だからこそ俺達はお前を止めなきゃならねえのさ。力に呑まれて、その思いが消えちまう前に!」

「思いがなんだ……私は知った! 力なき思いなどただ無力なだけだ!」

「だが、思いなき力はただの暴力だ」

 

 別の声が静かに告げた。

 

「力があっても、そこに優しさがなければ強さとは呼べない。きみが本当に欲したものは、そんなものではないはずだ!」

 

 力のあり方に悩み、そして答えを見つけた者達の声。その呼びかけが失っていた何かを思い出させようとする。

 

「私が……私が本当に欲しかったものは……」

 

 だが、マイルズがそれを思い出すよりも早く、あの声がマイルズにささやいた。

 

 マチガッテナドイナイ ウケイレロ

 

 浮かび上がりかけていた精神が再び蝕まれていくような感覚に、マイルズは恐怖した。薄れゆく自我で、最後につぶやいていた。

 

「たすけてくれ……仮面ライダー……」

 

 その言葉が相対する彼らに届いたのかどうか、マイルズにはわからなかった。しかし、意識が完全に呑み込まれる直前、彼が確かに感じ取った『光』があった。

 

(ああ……きっとこれなのだな……私が本当に欲しかった強さは……)

 

 それは磨き上げられた玉鋼の輝くような、鮮烈で力強い光だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 完全に自我を失ったマグネティズムに対し、Wとブローディ&ハマーは攻撃の手をさらに加速させた。それが唯一、マイルズを救い出す方法だと理解して。

 

「やあああっ!!」

 

 ハマーの咆哮と共に、Wがマグネティズムへと打ちつけられる。一見、Wをめちゃくちゃに振り回しているだけに見える攻撃は、その実、的確にマグネティズムの戦力を削いでいた。

 マグネティズムが鉄紛による攻撃や防御を行おうとすれば、先にそれを打ち払い、熱で溶かし固めて無力化した。距離を取ろうとすれば足元を、エネルギー弾を撃とうとすればその腕先を狙う。おそらくは本能的に、反射的に、ブローディ&ハマーは瞬時に状況を判断し、最適解とも言える戦闘を行っていた。

 やはり彼らも『ライブラ』である。否、だからこそ『ライブラ』たりえるのか。

 超大なパワーだけでなく、歴戦の獣のような鋭い戦闘センスも併せ持ったブローディ&ハマーに、翔太郎もフィリップもそう思わざるを得なかった。

 

「グ……グ……ガッ……」

 

 脅威の防御力を持つマグネティズムの体表も、苛烈極まる猛攻にさらされる内に徐々に破壊されていく。一撃でひしゃげ、二撃で割れ、三撃で粉々に砕かれる。

 形勢はすでに逆転を許さず、戦闘の終わりが近づく。そして、ついにWとブローディ&ハマーはトドメの体勢に入った。

 

「さぁてと、そろそろ幕引きといくか」

「頃合いだね。ではドグ・ハマー、すまないが打ち合わせ通りに」

「了解!」

 

 動けないWの代わりにハマーが血を操り、メタルメモリをマキシマムスロットに装填した。

 

 《メタルマキシマムドライブ》

 

「これでいい?」

「ありがとう。さあ、準備は整った」

「ああ、決めるぜ。俺達四人の力を合わせた、ドデカい一撃でな!」

「ハッハァ、手加減はいらねえってか。……おいハマー!」

「ん?」

「いろいろ溜まってるからなァ。一発ぐらい本気でぶっ叩くとするか?」

「オッケー!」

 

 元気のいい返事を合図に、ブローディ&ハマーがマグネティズムに向かって駆けだした。同時に、Wの構えた鋼の棍(メタルシャフト)が煌めく炎に包まれる。

 

「デルドロ、本気の一撃ならアレでいこう!」

「ああ? ……おお、ああ。だが生身は出させねえぞ。後でまたクソ年増がウルセエからな」

「んーじゃあ、適度なカンジで!」

 

 ハマーが言い終えた途端、ブローディ&ハマーの纏う闘気が一気に増大した。そして、その右腕が瞬く間に5倍ほどの大きさに膨れ上がった。筋繊維の密度はまさしく鉄なみになり、表層も隙間なく締まった鋼と化す。余分な場所の血液をすべて右腕に集め強化したその姿は、ひたすら一撃特化の撃滅形態(バタリングラム)だ。

 

「ちょっ……! なんだそりゃ!」

 

 Wを掴んだまま巨大化した腕を見て、翔太郎がぎょっとした声を出した。

 

「そんなの聞いてねえぞ!」

「翔太郎、それは亜樹ちゃんの口癖だよ」

「言ってる場合か! 大丈夫かコレ!?」

「マグネティズムの防御力を考えれば、これぐらいでちょうどいいかもしれない。それにそもそも……」

 

 時すでに遅しである。

 

「せえええのっ!!」

 

 いっさいの慈悲なく──いや、救済という意味ではむしろ最大の慈悲を伴って──振り下ろされる

 

「僕たちの合体技!!」

 

 まさしく、究極の一撃。

 

「Wバットスウィング!! with(ウィィィズ)──」

「「メタルブランディング!!」」

 

 そして起こったのは、バカバカしいという形容詞がよく似合う、常軌を逸した大破壊。

 その惨状を無理に言葉で表すならば、『戦術兵器の爆心地』という表現が最も適していただろう。もしくは、『フルーツグラノーラでいっぱいのミキサーのスイッチを入れた瞬間』。

 衝撃が、熱波が、風圧が、爆音が。すべてが渦巻き、荒れ狂う奔流となって一気に広がった。何もかもが瞬く間もなく木っ端微塵になり、ごちゃまぜの瓦礫の波に変わって爆散した。

 その中心で、ドーパントの体は風に吹かれる塵灰のように崩れ去った。マイルズから引き剥がされたガイアメモリはあっけなく消し炭となって空中に散った。

 メモリブレイク──完了。と、まあ、ここまでは概ねの予想通りだったのだが。

 

「あれ?」

 

 施設へのダメージは予想をはるかに上回っていたらしい。ブローディ&ハマーの着地と同時に、かろうじて残っていた床にピキピキと亀裂が走り、次の瞬間、限界とばかりに崩れ落ちた。

 

「ああああ~」

 

 足元にぱっくりと開いた大穴に、ブローディ&ハマーが間の抜けた声をあげながら落ちて行く。その両腕にはマイルズと、変身の解けた翔太郎が抱えられていた。

 

「まあでも、結果オーライ、かな?」

「……ケッ」

 

 ハマーのあっけらかんとした総評に返事をしたのは、デルドロの舌打ちだけだった。まあ、当然といえば当然である。マイルズはもちろん、翔太郎もインパクトの瞬間には気絶していたのだから。

 

 こうして、パンドラムアサイラムに前代未聞の被害を与えつつ、マグネティズム事件は幕を閉じた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 翔太郎が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。

 

「やあ、ご苦労ご苦労。かなりの被害が出たっていうから心配してたんだが、無事でよかった」

 

 目の前で診断書をめくりながらホクホクと笑うスティーブンの言葉に、翔太郎は全身包帯ぐるぐるのミイラ男と化している自分の惨状を再確認しながら、無事ってどういう意味だっけとフィリップに検索を頼みたくなった。

 

「ガイアメモリも破壊できたんだろう? なら結果オーライ、万々歳じゃないか」

 

 それは確かにそうなのだが。

 

「何か言いたそうな顔だな」

 

 スティーブンが首をひねる。

 

「ま、ブローディ&ハマー(あいつら)の巻き添えを食ってそうなったんなら、愚痴の一つも言いたくなるか。その気持ちはわからんでもないがね」

 

 もちろん、翔太郎には一つどころか十や二十は言いたいことがある。しかし悲しいかな、翔太郎の口には重症患者用の呼吸器がくっついているせいで、もごもごむぐむぐと言葉にならない呻き声しか出てこない。

 加えて、スティーブンのあまりに平然とした態度に「HL(ここ)ではこの程度のケガは軽傷の部類なのではないか」とも思えてきて、文句を言う気力もなくなりそうだった。

 思わず、呼吸器ごしに「ヒューー」とため息をついた。

 

「安心しろ探偵。お前はヘルサレムズ・ロットでもまだ重症の部類だ。ギリギリだがな」

 

 翔太郎に微妙な慰めを投げたのは、すぐ隣のベッドで寝ているマイルズだった。こちらも翔太郎と同様のミイラ男であるが、呼吸器をつけるほどではないようで、普通に会話ができる状態だ。

 なぜブローディ&ハマーに保護されていたはずの二人がこんな有様で入院しているのかと言えば、推定420mから落下したブローディ&ハマーが着地を失敗したからだ。着地の瞬間、巨大な怪物は思いっきり前方につんのめり、地面に叩きつけられた。もちろんハマーは無傷だったが、生身の二人は()()()()()()()病院へと運ばれたのだ。気絶していて良かったかもしれない。その時の痛みを覚えていないのだから。

 

「失礼。貴方が今回の事件でドーパントになっていた、マイルズ・エッジコム氏で間違いないでしょうか?」

 

 マイルズに話しかけたのは、スティーブンの隣で花束を抱え突っ立っていたクラウスだった。

 

「ええ。いまいち記憶がはっきりとしませんが、どうやらそのようですな。……貴方は?」

「クラウス・V・ラインヘルツと申します。現在、そこの左翔太郎を含む二名の専門家と協力し、ガイアメモリについて調査、対処を行っている『ライブラ』という組織のメンバーです」

「ああ、貴方が。獄長から聞いています」

 

 丁寧に自己紹介をしたクラウスとギプス越しの握手を交わすマイルズ。

 その会話を聞きながら翔太郎は、どうせ苛立ち混じった愚痴みたいな説明だろうな、とネバーヘイワーズのしかめっ面を想像する。

 その思考を読んでしまったのか。マイルズは軽く笑い、しかしすぐに咳ばらいをひとつしてクラウスに視線を戻した。

 

「それで、私に何を?」

「よろしければ、ガイアメモリとの接触時やドーパントとなっていた時のことについて、いくつかお伺いしたいのです。……本来ならば十分な療養の後に訪ねるべきところを、このように慌ただしく押しかけてしまったことはお詫びします。ですが我々としても早急に詳細の把握が必要な状態。非礼をどうか、お許し頂きたい」

 

 謝罪し頭を下げるクラウスに、マイルズは面食らっていた。自分は事件の加害者なのだからどういう扱いを受けても仕方がない。そう思っていたのだろう。

 しかし二人は前提からして見方が違う。彼にとっては、マイルズもまたガイアメモリ事件の被害者なのだ。

 

(でけえ器だぜ)

 

 翔太郎は包帯の下で微笑んだ。罪を憎んで人を憎まず。鳴海荘吉から継いだ翔太郎の信条、それと同じ高潔さを垣間(かいま)見た気がした。

 

「ではさっそくだが──」

「ああ、その前にひとついいかな?」

 

 割って入ったのはスティーブンだ。

 

「聞けば、君は第三級(サードクラス)読心能力者(サイコメトラー)なんだろ? なぜわざわざクラウスの自己紹介を待ったんだ?」

 

 一見、ちょっとした好奇心のような質問。しかし翔太郎はその意図をすぐに理解した。

 クラウスに隠す気があるのかはさておき、一応ライブラは情報秘匿が最重要事項の秘密結社だ。外部には決して()れてはいけない情報もあるだろう。質疑の中でクラウスやスティーブンの思考が読まれ、そうした機密が流出してはまずい。マイルズはどこまで読めるのか。それを確かめておく必要があるのだ。

 マイルズもそういった意図の問いには慣れているらしい。とくに何かを考える様子もなく、淡々と答えた。

 

「心配しなくてもけっこう。本人が隠したがっている思考を探るのにはかなりの集中を必要とします。病院のような人の多い場所で、それも会話しながら思考を探るのは不可能と思ってもらってかまいません」

「フム、なるほど」

「……それに、私は職務以外でこの能力を使うことをあまり好んでおりませんので」

 

(にしちゃあ、さっきから俺の思考読みまくってねえか!?)

 

 殊勝な顔で言うマイルズに思わず脳内でツッコむ翔太郎。するとマイルズは翔太郎を振り返りながら、ため息まじりにこう答えた。

 

「お前の思考は特別読みやすいのだ。単純というわけではないが、あまり抵抗がない。そういう体質かもしれんな。加えて私自身、お前の考えを覗いてからかうことに不思議と嫌悪感がない」

「もががががもが!」

「そう言うな。気を張らなくていいという意味だ。私の周囲には、そういう人間はあまり多くは無かったからな」

 

 フッと笑みをこぼすマイルズ。さすがにそう言われると、翔太郎もそれ以上何も言えなかった。

 マイルズは再びクラウスとスティーブンに向き直り、口を開いた。

 

「そういうわけで、私としては貴方がたの心配するようなことは無いと考えます。ただ、それをどうすれば証明できるかと言われると……」

「いや、十分だよ」

 

 軽く手を振り、スティーブンはマイルズをさえぎった。

 

「信じようじゃないか」

 

 柔らかに言って、口元だけで薄く笑った。

 その瞬間、なぜか翔太郎は背筋が凍りつくような嫌な感覚に襲われた。

 クラウスは、と視線を振る。しかしクラウスはとくに変わった様子もなく、マイルズへと質問を始めていた。

 

「では、メモリを入手した経緯を──」

 

 二人の会話を聞きながら、しかし翔太郎はまだ別のことに気を取られていた。

 あの説明だけで「信じよう」とスティーブンが答えたことに翔太郎は違和感を覚えていた。彼は常に最悪の事態を想定して動き、根拠のない安心は絶対にしないタイプだと思っていたからだ。それが組織の命運に関わるような重大な要素なら、尚のこと慎重になるはずだと。

 そしてまた考える。スティーブンの見せたあの薄く冷ややかな笑みは何だったのか。クラウスがなんの素振りも見せなかったのは、あの悪寒がただ自分の気のせいであったからなのか、それとも──

 だが、すぐに考えるのをやめた。おそらく答えは出ない。ならばやはり、今考えるべきことではない。そう自分に言い聞かせ、翔太郎はマイルズの話に耳を傾けた。

 

 

 

 実のところ、翔太郎の認識は間違っていなかった。いや、むしろ甘かったとさえ言える。

 翔太郎は知らない。スティーブンが「わずかでもマイルズが動揺を見せたなら、即座に始末しよう」と本気で考えていたことを。そのための布石をすでに仕込んでおいたことも。

 必殺技と呼ぶにはあまりに密やかな技──エスメラルダ式血凍道『絶対零度の小針(アグハデルセロアブソルート)』。相手に撃ち込まれた文字通りの小さな氷の針が、スティーブンの意思ひとつで全身を内側から凍結させる。冷酷にして静謐。ある意味では、スティーブンにとって最も使い勝手のいい技である。

 その小針がすでにマイルズの体内に撃ち込まれていた。しかしそれを知るのはスティーブンただ一人。もしマイルズがその事実を知り動揺したならば、それがそのまま心を読まれたことの証明となる。

 こんな試し方をクラウスが良しとしないのは、もちろんスティーブンもわかっていた。それでも、これがスティーブンのやり方だった。必要ならば徹底的に情を捨てる。道を外れることすら躊躇しない。

 他人を信じすぎる友が、自責に傷ついてしまわぬよう。自分が黒く堕ちることでその傷がわずかでも浅く済むのならば、彼は犠牲を厭わない。友のために、友の信頼を裏切るという大きな矛盾。

 スティーブン・A・スターフェイズは自嘲する。

 ただのエゴだと自覚してなお、後戻りできずに堕ち続ける自分の姿を、薄氷の笑顔で嘲笑う。

 その微笑みの裏に、冷たく光を反射する(くろがね)のような決意を秘めて。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 驚くべきことに、あれほどの大怪我を負っていた翔太郎は、わずか一週間で退院となった。

 さすがは異界と現世の交わる街。両者の技術をハイブリッドしながら進歩した医療はかなり高レベルである。その恩恵を受けるためだけに大金を払ってヘルサレムズ・ロットを訪れる人間も少なくはない。

 もっとも、約20%の確率で粘菌的な半液状生物になってしまう手術やら、暴走して宿主を肉塊にする恐れのある寄生虫を埋め込む施術やら、普通では考えられないような危険を孕んだ治療も多いのだが。

 なお、そのあたりの得体の知れない治療をすべて拒否し続けた翔太郎は、完治までかなり時間がかかった方らしい。しかしいくら早く治ると勧められても、スンギュギベウラルムンアオダイショウ風生物の酢漬け(生きてる)を呑めと言われれば誰だって全力で拒否するだろう。

 

「無害だから。これ呑めば一発だから」

 

 と妙にびるびるした青黒い生物を手に追いかけてくる医者から逃げ回ったり。

 

「スンギュギベウラルムンアオダイショウ風生物の酢漬け!? 興味深い! ぜひ呑んでくれたまえ!」

 

 と話を聞いたフィリップに興奮されて泣きたくなったり。

 ダイジェストとすればそのあたりがピックアップされるが、とかくいろいろあった一週間だった。

 そして退院の日、スンギュギベ(以下略)をぶら下げたまま残念そうな顔をする医者に勝ち誇った笑みで手を振りつつ、翔太郎はフィリップと共に病院を後にした。

 

 

 

「そういえば翔太郎」

 

 相も変わらず奇天烈(カオス)な景色を見せる大通りを歩きながら、フィリップが声をかけた。

 

「マイルズのこと、聞いたかい?」

「いや、三日目か四日目には退院しちまったからな。どうなったって?」

「諸々の事情を考慮して逮捕こそされなかったけれど、さすがに看守の仕事は続けられなくなったらしい」

「そうか……まあ、仕方ねえよなあ。どっちにしろ、あいつならクビになんなくても自分で辞めてたか」

「それがねえ翔太郎。彼、獄中の囚人用食堂に再就職したそうだよ」

「はい?」

 

 思いがけない展開に、翔太郎の足が止まった。

 

「食堂? なんで?」

「獄長の取り計らいでね。表向きの処分はキッチリしつつ、サイコメトラーが見張っているという環境はそのままにしておきたかったのさ。大人数の思考は読めないことを囚人たちは知らないわけだから、抑止力としては十分だろう」

「なるほどな……やるじゃねえのアリスちゃん」

 

 二人は同じタイミングでククッと笑い、再び歩き出した。

 

「ぃよおーし! どうだ相棒? エプロン着たマイルズの見物がてら、ハマーとデルドロの面会にでも行くってのは」

「そう言うと思って」

 

 フィリップが右手の紙袋を持ち上げた。

 

「ジャック&ロケッツのオニオンリングトッピングスペシャルバーガーセット×4。すでに購入済みだ」

 

 にっこりと微笑むフィリップと呆気にとられる翔太郎。二人は一瞬顔を見合わせた後、またクククッと笑って大通りを歩いていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「フーンフーフフーン……フーンフーンフフーン」

 

 独房の中にはハマーの鼻歌が響いていた。

 マグネティズム事件から一週間。パンドラムアサイラムのセキュリティは完全に元に、いや以前にも増して強固なものへと進化していた。亜空間積層防壁やら距離センサー付き体内爆弾やら、ハマーの周辺にも物騒な仕掛けが増えていたが、彼は別段気にすることもなくマイペースに刑期を過ごしていた。

 

「フーンフーン──」

「なんだハマー。最近えらく機嫌がいいじゃねえか」

「んー?」

 

 声をかけてきたデルドロに、目を閉じたまま答える。

 

「翔太郎がさあ、一緒に戦ってる友達のこと『相棒』って呼んでたじゃん」

「ああ、言ってたなそういや」

「僕とデルドロも『相棒』かなって考えてると、なんか胸のあたりがイイ感じなんだよね」

「…………ケッ。くだらねえ」

 

 デルドロはつまらなそうに言い捨てた。

 それからしばらく、どちらも何も言わなかった。

 と、ふっとハマーが思い出したように目を開けた。

 

「ねえデルドロ」

「なんだ」

「どうしてあの時、あの人を助けるの協力してくれたの?」

「…………」

 

 押し黙ってしまったデルドロの答えを待つように、ハマーはまた目を閉じた。

 

「…………」

「…………」

 

 そして、長い長い沈黙が流れた後。

 

「……お前がやるっつったからだ」

 

 小さくつぶやいたデルドロは、目を閉じたハマーが寝息を立てていることに気づき

 

「ケッ……くだらねえ」

 

 と、またつまらなそうに吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回更新から約二か月……ずいぶん間が空きました。
お待たせしちゃって申し訳ありません!
いやでも何が嬉しいって、こんなに待たせてしまったというのに、みなさんお気に入りしてくれたままで……ありがたいかぎりです。

さて、またまた長くなってしまった第三話もこれにて完結です。
次こそ……次こそもう少し短くまとめたいッ!



次回、設定集③をはさんで第四話へと続きます。
それではお楽しみに!


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