仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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最悪の事態、衝撃は雷のごとく


The shock of the worst was like the 『Thunder』

 ◇

 

 

 

 コードネーム──K・K。

 ライブラの一員にして、凄腕のスナイパーにして、銃格闘戦闘術『954(ナインファイブフォー)血弾格闘技(ブラッドバレットアーツ)』の使い手にして、二児の母。

 本名非公開。

 出身地非公開。

 年齢非公開。

 現在──

 

「ああああーーーん! う あ あ あ あ あ ん!!」

 

 ──『超』困窮中。

 

 

 四日前。

 その日は別段いつもと変わらない一日だった。特筆することといえば、飛翔型肉食機獣兵器の不正取引をライブラ主体で潰したことぐらいだが、それも大した作戦でもなかった。

 K・Kはいつも通りに帰宅して、いつも通りに団欒(だんらん)して。いつも通りに、さてそろそろ夕飯にしようか、と旦那(ユキトシ)は台所に向かった。大きな仕事があった日は、彼はいつも日本の家庭料理で労ってくれる。

 

「ありゃ」

 

 買っておいた肉や野菜を並べ始めた時、ユキトシが声を出した。

 空になっていた醤油のボトルを不燃ゴミのボックスに放り込み

 

「んー今夜は肉じゃがにしようかと思ってたんだけどなぁ」

 

 と頭をかくユキトシに、リビングの子供たちから不満の声が上がった。彼の作る日本料理はマークとケインも大好きだった。

 

「アタシ買ってこようか?」

「いや僕が行くよ。スガキ屋ならすぐそこだ。君は休んでて」

 

 子供たちと一緒にテレビゲームをしていたK・Kに微笑んで、ユキトシはコートを羽織った。

 

「15分くらいで戻るよ」

 

 だが、そう言って買い出しに行った愛する夫は、どれだけ待っても帰ってこなかった。

 

 

 

「──そのご主人、桐谷ユキトシ氏を探して欲しい、というのが依頼だね」

 

 まとめたのはフィリップだった。

 翔太郎はゲホゲホと咳込みながら喉を押さえている。話の途中で取り乱したK・Kにまた首を絞められたからだ。

 そのK・Kは箱ティッシュを怒涛の勢いで消費しながら、涙と鼻水を同時にふき取っていた。すでに新事務所の床はティッシュでいっぱいだ。

 

「……なんで一人で行かせちゃったんだろ……危険は誰よりもわかってたのに……」

 

 またボロボロと泣いてソファに突っ伏し倒れこむ。二年近く放置されていた年代物のソファから、ぼふっと埃が舞い上がった。

 翔太郎とフィリップは、延々と嘆き続けるK・Kになんと言葉をかけていいかわからなかった。

 人を探して欲しいという依頼は、風都にいた頃からよくあった。そんな依頼人をどう励ませばいいのか、どう接すれば少しでも気が軽くなるのか、翔太郎はある程度知ってはいたが、これはそんな普通の失踪事件とは違う。いや、違うのは街だ。ここは風都ではなくHLなのだから。

 愛する者の無事を信じ願って。それでもなお、この街を知っているからこそ、ずっとずっと鮮明に考えてしまう最悪の結末。

 その葛藤が、後悔が、K・Kをここまで追い詰めた。それがわかってしまうから、なんと声をかけるべきかわからない。

 だが、だからといって悲しみに暮れる女性を前に黙っていられる翔太郎でもなかった。

 机の上に置いた帽子を少し見つめ、それから誓うように口を開いた。

 

「事情はわかった。その依頼、引き受けたぜ」

 

 風都と違って土地勘はない。依頼を手伝ってくれる協力者(イレギュラーズ)もいない。探す相手が無事だという保証もない。

 それでも、どんな無理難題でも、依頼人が涙を流したから。

 翔太郎は笑顔で言った。

 

「安心してくれ。俺が必ず、ユキトシさんを探し出す」

「翔太郎。そこは『俺たち』だろう?」

 

 フィリップも片目を閉じ、微笑んだ。

 

「っと、だな。俺たちに任せてくれ。俺も相棒も、探し物は得意なんだ」

 

 ソファから起き上がったK・Kに、二人で手を差し伸べる。

 

「だからしゃんとしな。アンタ母親なんだろ? 不安はわかるが、子供たちも心細いはずだぜ」

「こういう時こそ、あなたが泰然と構えていなくては」

 

 その言葉にK・Kの瞳に、出会ってから初めて、光が灯った。

 

「……そうよね。そう。私がしっかりしなきゃ。母親だもの」

 

 ずずっと鼻をすすりながら、コートの袖でぐしぐし涙を拭く。

 

「私たちは家族(チーム)だもの……!」

 

 何かを振り払うようにティッシュを5、6枚ちぎり取り、大きく鼻をかんだ。そして、正面の二人をがっしりと抱きしめた。

 

「サンキュー、二人とも……!」

 

 母は強し。子供を思う気持ちを自覚さえすれば、何も怖くない。

 K・Kはもう平気だ。そう確信して、翔太郎はふっと息をついた。

 

「まだ早えぜ。礼を言うのはユキトシさんを見つけた後だ」

 

 そう言って、女性とは思えない力強さで抱きしめるK・Kから逃れ、翔太郎は仕事にかかった。

 

「さて、と。とにかく詳しい情報がないとどうにもならないな。とりあえず、旦那さんの写真とか持ってないか?」

「? 顔写真なら、配ってたビラに印刷してるけど……」

「いや、こういう時は全身が写ってるやつがいいんだ。顔だけ見ても覚えてるやつは少ないが、背格好も込みなら意外と思い出す場合が多い」

「はあーなるほどねえ」

 

 さっすが、という表情で、K・Kは懐からスマホを取り出した。

 ちょこちょこと操作し、写真フォルダを開く。

 

「これは? 他にもあるけど。8GBぐらい」

「あー写真データはなあ……」

 

 頭をかきながらフィリップの方を見ると、フィリップは首を横に振っていた。

 実はこちらの世界に来る際、翔太郎たちが失くしたものはガイアメモリだけではなかった。翔太郎たちが捜査や戦闘に使っているサポートツール、『メモリガジェット』も全て失くしていた。

 ヘルサレムズ・ロットで目を覚ましたばかりの翔太郎が、携帯電話型のツール『スタッグフォン』ではなく、ダブルドライバーでフィリップにコンタクトを取ったのも、それが理由だった。

 今もスタッグフォンが無いので、K・Kから写真データを受け取ることができないのだ。

 ガジェットの設計図はフィリップが全て記憶しているので、材料さえあればまた作れるのだが、首を振るフィリップを見るにまだ新しいガジェットはできていないらしい。

 もちろん、スマホのデータでもどこかでプリントアウトすればいい話ではあるが。

 

「写真の現物があれば一番手っ取り早いんだがな」

「あ、だったら」

 

 K・Kが取り出したのは、ご丁寧にガラスフィルムで保護加工されたスナップだった。

 自由の女神の前で、寄り添い、満面の笑みで微笑むK・Kとユキトシ、そして二人の子供たち。

 セントラルパークに勝手に生えてきたという植物性の女神像も気になったが、それ以上に一家の仲睦まじさが印象的だった。

 いつでも手元に持っていられるよう、汚れないよう傷つかないよう、大事に保護された家族の写真。それだけで、K・Kの愛情がありありと伝わる。

 

「いい写真だな」

 

 受け取って、翔太郎はそう言った。

 この家族の笑顔を必ず取り戻そうと、強く思った。

 

「私と子供たちも写ってるけど、いいの?」

「いや、最高の手がかりになる。しばらく借りるぜ」

 

 立ち上がり、机の上の帽子を手に取った。

 翔太郎の捜査方針はいつも変わらない。情報は足で稼ぎ、決断は直感でする。そのやり方しか知らないし、そのやり方に絶対の自信がある。

 安楽椅子探偵はフィリップに任せて、とにもかくにも街へ出るのだ。

 

「一人で大丈夫かい?」

「何かあったらすぐに呼ぶ。ドライバーにだけ気を付けといてくれ」

「了解した」

「あ、ねえちょっと、私どうしたらいいの?」

 

 不安げな顔で自分を指さしたK・Kに、翔太郎は帽子のつばをくいと上げ、安心させるように笑った。

 

「K・Kさんはここに残って、相棒の情報収集に協力してくれ」

「でも……」

「心配いらねえよ。外回りは俺の仕事だ」

 

 それだけ言って、翔太郎は出て行った。

 閉じた扉を見つめるK・Kの背中に向かって、フィリップはふふっと笑いながら言った。

 

「気づいていると思うけれど、彼が残るよう言ったのは──」

「私を心配して……ってとこかしらね」

「ご名答。顔を見れば夜の目も寝ずにご主人を探し回っていたのだとわかる。まあ、そういう顔は見慣れているのさ」

 

 その不眠不休の顔というのが、検索に没頭した後の自分の顔だとは、さすがにわざわざ言わなかったが。

 それを聞いてK・Kは、なお何かを思うように指を組んだ。

 

「やはりどこか重なるかい? ミスタークラウスと」

「あら。あなた達クラっちの知り合いなの?」

 

 少し驚いたような顔で尋ねたK・Kだったが、そこからフィリップを見る表情がどんどん変わっていった。具体的に言えば、目が丸くなり、口は三角になった。

 

「あああ! アンタ達! 左翔太郎とフィリップじゃなーい!」

 

 じゃなーい、と言われても、最初からそう自己紹介していたはずなのだが。

 

「ええと……ええ、はい」

 

 当然と言えば当然のことで、やはり新規加入の二人やガイアメモリについての連絡はあったらしい。翔太郎とフィリップの方もK・Kのことは聞いていたので、てっきりお互いに既知だと思っていたのだが。

 まあ、それに気づかない程に気を詰めていたのだろうし、それに気づけるぐらいには気を持ち直したということだろう。

 

「やー世間って狭いわー」

「同意見だね」

 

 調子を取り戻してきたK・Kの、主婦っぽい井戸端会議みたいなセリフに軽い相槌を打った後。

 

「さて、ではこちらも捜査を始めよう」

 

 そう言って、フィリップは白紙の本を開いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ライブラの本部では、相変わらず険しい顔のクラウスと、やはり厳しい顔つきのスティーブンが連絡を待っていた。

 人狼局の協力も取り付け、チェインを始めとした諜報のプロたちが捜索を始めていた。同時に今、ギルベルトの運転でレオが街中を駆け巡っている。

 見つかるのも時間の問題、のはずだ。少なくとも、対象がヒトの形を保っているのならば。

 

「クラウス」

 

 日も暮れ始め、暗くなりつつあるオフィスの中で、暗い目をしたスティーブンが口を開いた。

 

「覚悟しておくべきかもしれないな……最悪の事態も」

「……」

 

 クラウスは無言で街を見ていた。

 彼も覚悟しているのか。どこかで諦めているのか。

 否、違った。

 その顔は、夕暮れに陰を増すスティーブンの表情とは対照的に、差し込む黄金の夕陽に照らされていた。

 

「覚悟するべきものではない。最悪の事態とは、全てを賭して阻止すべきものだ」

 

 光失わぬ瞳でそう言って、踵を返し、クラウスは扉の方へと歩き出した。

 

「君も行くのか」

「ただ待つよりは」

「当てはあるのかい」

「無いわけではない」

「……例のゲーム狂か?」

「……うむ」

 

 そこまでの危険を冒すことか、とはスティーブンは言わなかった。

 訊くまでもなく、考えるまでもなく、クラウスにとっては当然のように、これは命を懸けるべき事態なのだ。

 クラウスがそう決めた以上、止めようとは思わなかったし、言って止まるような相手でないこともわかっていた。

 

「後を頼む」

 

 そう言って出ていこうとするクラウスの背を見ながら。

 

(──俺も動かすべき……か?)

 

 もうすぐ訪れる夜の、その夜闇に跳梁する極秘部隊をはたして使うべきか、スティーブンは思案した。

 クラウスが決して許さない、許されない私設部隊の存在が露見するリスクと、最悪の事態が引き起こすK・Kの戦力低下を天秤にかけ、冷徹に考えた。考えながら、そんな自分のどうしようもない冷血を呪ってしまった。

 と、クラウスがドアノブに手をかけたのと同時に、スティーブンの端末が鳴る。かけてきたのはレオだった。

 

「スターフェイズだ」

 

 一回目のコールが終わる前に通話ボタンを押した。

 そしてレオの第一声を聞いた瞬間、跳ね上がるようにソファから立ち上がった。

 

「見つかった!? 本当か!?」

 

 様々なことに同時に安堵しながら、振り返ったクラウスに笑顔を向ける。

 

「生きてるんだな? 人間のままか? 五体満足? よし……よし!」

 

 朗報の中の朗報だ。全身の力が抜けて、またソファに座り込んでしまった。

 だが、その後レオが話した内容にスティーブンの表情が変わった。

 

「……いやスマン。もう一回頼む。何だって?」

 

 思わず聞き直す。

 

「はっはっは、冗談だろ?」

 

 繰り返された同じ内容の報告に、乾いた笑いをこぼし

 

「……冗談だろ?」

 

 スティーブンは真顔で同じ言葉を繰り返した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 スティーブンがレオの報告を受けたのとほぼ同じ頃。

 歩き疲れたわけではなかったが、翔太郎は立ち止まり、空を見上げた。そろそろ夕暮れが本格的な夜に変わる。

 

(予想はしてたが……こいつはキビシいな……)

 

 ユキトシが買い物に行ったというスガキ屋の周辺から、徐々に範囲を広げつつ、聞き込みを続けていった翔太郎。しかし、すでに何十人という人間に話を聞いているが、とくにめぼしい情報は無かった。もちろん、そんなに簡単にいくとも思ってはいなかったが。

 一度フィリップの報告も聞いたが、そちらもあまり進展はなかった。

 

(一人でも協力者がいたら、少しは違うんだがなあ)

 

 弱音というよりは、風都を懐古するような心のつぶやき。わかりきっていたことではあるがやはり、情報通な友人たちの存在は探偵にとって大きかった。

 まあそんな理由で弱気になる翔太郎でもなく、また歩き出した時だった。

 

「……お? この辺は……」

 

 見覚えのある通りだ。そこで翔太郎は、ふと心当たりを思い出した。

 誰かを探すように、もちろんユキトシを探している最中なのだが、それとは別に辺りを見回し、目当ての人物を見つけた。

 

「居た居た! おーい!」

 

 友人ではなく、知り合いと呼ぶにも浅すぎる相手だが、この辺の情報には間違いなく詳しいだろう人物だ。

 

「あらぁ、帽子のお兄さん。なあに? やっぱり気が変わってくれたの?」

 

 あの不吉な予言をしてきた占い師の女だった。

 翔太郎のジャケットやズボンがボロボロになっているのを一瞥して、くすっと笑う。

 

「その様子じゃ占いは当たったみたいね」

「ああ、大当たりだぜまったく。不幸なんてもんじゃなかった」

「で、するの? 運気改善。もう夜料金だからちょっと高くなるケド」

「ああ、イヤイヤイヤ違う違う! その用じゃねえんだ!」

 

 大慌てで両手を振る翔太郎をまたクスクスと笑いつつ、「じゃあ何?」と首をかしげた占い師。

 

「ちょっと人を探してるんだ。四日前の夜、この辺で見てねえか?」

 

 ポケットから取り出した写真を見せた。

 占い師は写真をチラリと見た後、首を横に振った。

 

「四日前も一日ここに居たわ。けど、見てないわね」

「……そうか」

 

 その答えを聞いた翔太郎は、帽子を深く押さえつけ、長い息を吐いた。

 

「用ってそれだけ? ごめんなさいねお役に立てなくて」

「いや……大きな進展があった」

「……?」

 

 顔を上げた翔太郎の、帽子の下から覗いた目は、街灯の灯りに鋭く光っていた。

 

「今まで何十人ってやつに同じ質問をしてきたけどな。アンタみたいに即答したやつはいなかったぜ」

「……」

「全員、最初にこう訊き返すのさ。『探してるのはこの中の誰?』ってな」

 

 そう。翔太郎が見せたのは、子供を含めれば四人が写った写真だ。探しているのがユキトシだとわかるはずがないのだ。

 一握りの例外、ユキトシの失踪に関わっている人間以外は。

 

「質問が増えたな。……ユキトシさんはどこだ?」

 

 それまでとは明らかに雰囲気を変えた翔太郎に、占い師が「うっ……」と怯んだ。怯みつつも、釈明した。

 

「……断定するには早いんじゃない?」

「弁解があるかい?」

「写真の四人、全員見たことが無かったわ」

「そういうやつも訊き返した。絶対にな」

「ここはヘルサレムズ・ロットよ。アタシは他人の心が読めるのかも……!」

「だったら俺の意図を読んで、不用意な回答はしねえ」

「レネラ・アベニューでこの男を探してる女を見たわ! それで決めつけただけよ!」

「ああ、それなら一応の矛盾はねえが……」

 

 次第に語気を強めた占い師に対し、翔太郎は冷静にとどめを刺した。

 

「前二つみたいな無意味な言い訳はしねえよな?」

 

 もう占い師の弁明はなかった。あったとしても、翔太郎はすでに彼女を疑っていた。直感で決断する翔太郎がそう決めた以上、確実な反証が出るまでその判断を覆すことは無い。

 逃げ場がないと悟ったのか、占い師の女はふっと息を吐いて体の力を抜いた。

 

「……そう。バレちゃったのならしかたないわね」

 

 いやにあっさりと白状し、そして路地の方へ歩き出した。

 

「ついてくれば? 案内してあげる」

「あ、案内って……」

 

 そのもの言いに翔太郎はひっかかるものを感じた。拉致監禁しているようなニュアンスとは明らかに違う。

 まさか? いや、そんなはずはない。

 考えそうになった、今までとは違う『最悪の事態』を、慌てて頭から追い出した。

 

「タマラ・サローヤンよ。職業はまあ、見ての通り」

「あ、ああ、左翔太郎だ。私立探偵をしてる」

 

 道行きながらの自己紹介に翔太郎も応じたが、会話は続かなかった。いや、続けるのが怖かったのかもしれない。

 連れてこられたのは裏町の古いアパートの前だった。階段を上がり、並んだドアのひとつの前で、タマラは足を止めた。

 それを見て、そこに来るまでのタマラの足取りを見て、翔太郎はここがタマラの自宅なのだと直感した。

 

「ただいまぁ」

 

 出まかせを言って翔太郎を連れ込み、『仕事』を始める気かも、とも考えた。いや、むしろそうであって欲しいとも思ったが、それも違うのだとわかってしまった。完全に気を抜いた、明らかに『同居人』に向けた「ただいま」を聞いて。

 膨らみ続ける嫌な予感は、ついに振り払えないほど大きくなった。

 そして、ドアを開け、出迎えた人物は──

 

「やあ、おかえりタマラ。今日は早かったね」

「えっ……?」

 

 顔を出した男を見て、思わず声が出た。だが、それは喜ばしい意外だった。

 出迎えたのは──ユキトシではなかった。

 探している彼とは似ても似つかない、ひげの生えたラテン系の男だった。

 

「えっと……彼は?」

「ロドリゴよ。あたしの恋人」

 

 その言葉を聞いて、翔太郎は思い描いた最悪の結末を免れたことに、ほっと安心して息をついた。

 のだが──

 

「タマラ、彼は? ああ、()()()()()()?」

「違うわよ。連れ戻しに来たんだって」

 

 というやり取りに「……ん?」と首を傾げた。

 

「ねえ、ちょっと出てきてくれなーい?」

 

 そこからのことはよく覚えていない。まるで雷に打たれたような、わけのわからない衝撃だけは、イヤに鮮明に覚えている。

 

「どうしたんだよ、タマラ」

「何かあったのか、タマラ」

「こいつは誰だい、タマラ」

「ぎらザぷ#$%、タマラ」

 

 なんだなんだ、とドアから生えてくるように次々顔を出した、人種も年齢も様々な男達。彼らに引きずられるように部屋へと連れこまれ、あっという間に謎の集会が始まった。

 驚くべきはその内訳。女ひとりに対し、翔太郎を除外した男がなんと11人。

 その中のひとりが、この数時間で見飽きた顔の日本人が、まじめな顔で口を開いた。

 

「翔太郎君と言ったね。彼女に伝えてほしい」

 

 なんたることか。隣のタマラとべったりと腕を組んだ彼はまぎれもなく

 

「僕は自分の意思でここに居るんだ。もう君の元には帰らない、と」

 

 桐谷ユキトシ、その人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




日系人の可能性もある桐谷ユキトシさんですが、この小説では純日本人という設定でお送りしております。
あ、気になるのはそんなことじゃない、ですか。
そのあたりは、まあ次回もお楽しみに!ということで!
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