仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』 作:津田 謡繭
◇
レオが事務所に呼ばれたのは、翌日の昼頃だった。
(あれ……?)
扉を開けて最初に感じたのは、ちょっとした不足感だった。漠然と、足りない気が。
その要因はすぐにわかった。
「あの……クラウスさんは?」
「例の女占い師の家だ。桐谷氏と直接話がしたいんだと」
答えたのはスティーブンだった。
すでにオフィスには、スティーブンを始めとしたライブラの主要メンバーがそろっていた。そして、偶然にもK・Kから依頼を受けたという、翔太郎とフィリップの姿もあった。
レオが不足を感じたのは、この顔ぶれの中にクラウスがいなかったためだ。もちろん、クラウスだって常にオフィスにいるわけではないのだが、こういうミーティングの場にいないのは珍しい。
それだけユキトシの不貞が信じられなかったのだろう。ミーティングをスティーブンに任せて、ユキトシの元へ直接乗り込むくらいだ。相当に憂悶したに違いない。
「これで全員だな。じゃ、始めるとしよう」
スティーブンの嘆息を皮切りに、ライブラでも前代未聞の会議が始まった。
衝撃的すぎる報告から時間を置いたのは、各方面からの情報を精査し、信憑性を確認するためだろう。
信じがたい、というより信じたくない結果であったために、念入りに擦り合わせを行ったクラウス達だったが。しかし半日経って得られたのは、疑惑を覆す反証どころか、完璧に近い裏付けだった。
翔太郎の体験談。レオの目撃証言。チェインら人狼局の調査結果。
「つまり……彼は『浮気』をしていて、その、愛人と暮らすために家を出た……と」
頬に一筋、汗を垂らしながら、スティーブンがまとめた。まとめたはいいが、その後に誰も何も続けない。オフィスに並ぶ面々は、安息香酸デナトニウムでも口に突っ込まれたような苦々しい顔で突っ立っているだけだ。
本来、主要メンバーにはK・Kも含まれているのだが、さすがに彼女はここにはいない。クラウスもスティーブンも、議題が議題だけに連絡はしなかった。ことの真偽は置いておくにしても、こんな話をK・Kに聞かせれば発狂しかねない。
ついでに、さして関係ないのだがザップもいなかった。こちらは連絡したにも関わらず、反応がなかったのだ。ただの寝坊か酔い潰れているのか、はたまた倫理的によろしくない気のやり方をしているのか。とにかくザップは盛大に遅刻していた。いつもならスティーブンが、ピシピシと空気が凍りそうな笑顔を見せるところなのだが、今日ばかりはそんなことにかまってはいられない。
「……で。その愛人の元には、年齢も種族も様々の男達が、他に10人いたって?」
ザップの俗悪に負けず劣らず、倫理的によろしくない事実を再確認する。
話を投げられた翔太郎に全員の視線が集中した。翔太郎は「ああ」とうなずいた後、言いにくそうに話を始めた。
「正直、驚きが過ぎてよく覚えてねえが」
そう前置きして、昨日の夜の体験を語る。
タマラと名乗った女のこと。出迎えた11人の男達のこと。そして、ユキトシの口から直接聞いた、彼の言い分。
「ずっと重荷だったそうだ。妻の、K・Kさんの仕事のことがな」
ライブラの極秘性、危険性、不定期な任務。その全てが負担になって、積み重なって、精神的にまいっていた。そんな時、彼女に出会った。
「後はまあ、よくある話の通りに進んだらしいぜ」
「いや、でも……11股ですよね。普通続けます? その関係……」
レオが口を挟んだ。
当然のその疑問に、翔太郎は肩をすくめただけであっさり答えた。
「もちろん、自分の他に10人も男がいるって知った時にゃ驚いたそうだが、それに納得しちまうぐらいにはタマラを愛してたってよ」
そう言われてしまえばそこまでだ。レオは沈黙し、翔太郎も口を閉じた。再び湿った沈黙が覆う。
現在、オフィスで苦い苦い表情を浮かべつつ、視線を泳がせている人間は、翔太郎とフィリップ、スティーブン、チェイン、そしてレオの五人だけだ。
だが、『人間の数』ではなく『人数』で数えるならば、ここにはもう一人いた。
「しかし、やはり信じられない」
発言者の名前は、ツェッド・オブライエン。
腕組みをしたまま、困惑しつつも冷静な声を出した彼は、『人間』ではなかった。
人型ではあるものの、その外見は陸上生物というよりは水生生物に近い。ノースリーブパーカーのような上着から露出した肌は冷めやかな翡翠色で、表面は乾燥を防ぐためだろうか、半透明の皮膜で覆われている。初見で、ザップはその質感を「ジャパニーズスイーツくず餅」と表現したが、割と言い得て妙かもしれない。本人にはとても言えないが。
なお見た目だけでなく生態も水生寄りだ。首元のヘッドホンのような機器『エアギルス』は、エラ呼吸の彼が地上で活動するための必須アイテム。言わば、逆アクアラングである。
「本人と接触しなくても、子供の育ち方を見れば、親の倫理観はある程度わかります。そんな倒錯的な関係に堕ちるような人物とは、とても思えない」
水かきのついた手をあごに当て、考え込む。
特徴的な外見とは裏腹に、ツェッドはそこいらの人間よりもよっぽど知識人で常識人だ。怪物のイメージで半魚人と呼ぶには、いささかスマートすぎるし、そんな自分をラフなボトムスとスニーカーでコーディネートできるくらいには、街に馴染んでいる。
物腰も柔らかく、接してみれば礼儀正しい好青年。その清々しい性格は、翔太郎とフィリップにもすぐに伝わった。初対面は紹介ついでに翔太郎の見舞いに行った時だ。最初こそ、見た目の異質さに衝撃を受けていた二人だったが、その距離もすぐに縮まった。とくにフィリップとは、(気の毒なことに)遠慮ゼロの質問攻めに合うくらいには打ち解けていた。
外見と、内面。そして、彼を語るにあたってもう一つ。
「これが、低俗下劣の代名詞のような兄弟子の話ならば、何もおかしくはないんですが」
と最後にぽつり、低俗下劣の代名詞──ザップを弄したセリフの通り、ツェッドはザップと同門『
いずれにせよ、彼もまた常識外れの戦闘力を有する、ライブラの主力構成員だった。
そんなツェッドの意見に、レオも頷いた。頷いたがしかし、こうまで状況証拠がそろっている以上、その矛盾にただ頭を悩ますしかなかった。
「とりあえず」
口を開いたのは翔太郎だ。
「K・Kさんになんて言うか、だな」
このまま黙っていられることでもないし、黙ってやり過ごせる相手でもない。かと言って、不用意に事実を伝えればどうなることやら予想もつかない。
その意見にレオも同意し、この結末をどうK・Kに伝えるかに意識を向け始めた時だった。
「その前に。これがホントに彼の意思なのかを明確にしておくべきじゃない?」
軽く手を上げたのはチェインだった。
「あの姐さんが見初めた人だよ。ツェッドの言う通り、あの脳下半身直結モンキーとはDNAから違う人種なんだし」
この場に居ないのをいいことに、好き勝手言われるザップ。いや本人が居たとしても、チェインは同じセリフを言うのだろうが。
結局、違いは話をさえぎるヤジが飛ぶかどうかだ。今は声をあげる脳下半身直結モンキーがいないので、チェインはそのまま言葉を続けた。
「他人の色恋事情に口挟む気はないけどさ、状況からしてどう考えても異常でしょ。もう少しキッチリ調べた方がいいって。姐さんに伝えるのは尚早」
「そんなこと言ったって、ユキトシさんの意思じゃなけりゃ何だって言うんだよ」
「例えば……マインドコントロールの類ですか」
ツェッドの答えに、チェインはこくりと頷く。
なるほど考えられないことではない。むしろ、あの状況に甘んじている男達が、全員まともな思考だと考える方が、やはり無理がある。
だが、我らが組織のツートップが、その可能性を考慮してないことがあるだろうか。当然、そんなはずもなく。
「もちろん、それも考えたが」
口元に手を当てて、スティーブン。
「そうなると敵の目的がわからない。わざわざ桐谷氏を洗脳して、不貞を強制して、それでどうなる。何を狙っているにしても、もっと直接的な手段がいくらでもある。情報漏洩がない以上、K・Kの心的負荷を狙ったものではないだろうし……」
確かにその通りだ。
簡易でお手軽なものから、緻密で本格的なものまで。洗脳の方法など、この街には豊富すぎるほど存在している。
しかしだからこそ、その先で得られる利をもっと簡単に手に入れる手段も、また潤沢なのだ。敵の目的がなんであれ、こんなに回りくどいやり方を選択する意味は皆無に等しい。
合理性なんぞ豚のエサ、というスタンスの壊滅的愉快犯もいるにはいるのだが、それなら事件の規模が小さすぎる。大概が、隕石を落としたクレーターを巨大鍋にして、チーズフォンデュパーティーを始めるような連中だ。
「その女占い師も調べたが、目立つ組織との繋がりは出てこなかった。いまいち、辻褄が合わん」
と。そのやり取りを聞いていて、レオはふと思いついたことがあった。
「手段じゃないのかも?」
その言葉に、全員が「え?」と反応する。
「と、言うと?」
「偽装とか組織とかじゃなくって、もっとくだらない感じで。単に、好みの男達に囲まれたかっただけ。ってこと、ないですかね」
「それはつまり……男を洗脳してハーレムを作るのが、そもそもの目的だったってことか。対象がライブラの身内だったのは、まったくの偶然で」
「ええ。よくある煩悩に従っただけの、実は小変、みたいな」
盲点、というほど意外な発想ではない。むしろ一番最初に考えて、さすがにない、と切り捨てるような。
どちらかといえば、レオよりもザップが挙げそうな意見だった。それをすんなり思いつけるくらいには、ザップの発想を理解し始めているということか。別段、進んで同期したいような上等な思考でもないのだが。
「しかし、仮に11人全員に施術となると、けっして安くはない投資だな」
「稼ぎを何に使うかは個人の裁量ですし」
「ふぅむ……」
「ない……ですかね」
言っておいて自信が無くなってきたレオだったが、スティーブンはその可能性を酌んだ。
「一応そっちの線も当たってみるか。個人で依頼できる業者となるとそこそこ限られてくるが……」
「身分証不要ならボウギリア・ロイコじゃないですか? 送料割高でちょっとコスパ悪いですけど」
「コストパフォーマンスを考えるなら、レゾフスキ呪術パーラーという線もありますね。年間会員なら値段的にも手が出しやすいでしょう」
「女だし、ウィルハドソン兄弟じゃない? あいつら美人に激甘だから80%OFFとかで仕事するわよ」
「なるほど……ズヴォレッピル系ですか。確かに高精度ですね」
「いや、確か今は兄の方が服役中じゃなかったか……」
方向性が決まり、流れだした議論。
しかし、その流れを翔太郎が止めた。
「俺はその可能性は無いと思ってる」
どことなく落ち着かない様子で、帽子を取り、テーブルに置く。
翔太郎に視線が集中した。言うまでもなく、「理由を」と促す視線だ。
その視線に応え、翔太郎は言葉を続けた。
「昨夜、俺は直に男達と話した。ユキトシさんも含めて、言葉が通じるやつとは全員な。洗脳されてるとか、強制されてるとか、そういう雰囲気は一切なかったぜ」
ポケットに手を入れ、ふうっと息を吐く。
「そもそも、タマラがそういうことを企てるような女とも思えない」
「妻子持ちの男たぶらかしてるのに?」
「いや、もちろん俺も最初は嫌悪感を持ってたんだが……うーん、なんつうかなぁ。男を弄んでるっていうより、むしろ尽くしてる感じなんだよ。俺がこういうこと言うと、また相棒にいろいろ言われそうなんだが……」
ちらりと隣を見る。
翔太郎の視線に、フィリップは目を閉じたまま肩をすくめた。
ここまで、フィリップは一切発言していない。ミーティングが始まった時から目を閉じて、ただ聞きに徹していた。まるで何かを確認しているように。
「正直、イイ女だ。大勢の男が惚れるのもわかる」
そう言って、翔太郎は強がるように口をすぼめた。顔が紅潮して見えるのは気のせいではなさそうだ。
なぜか、レオは胸騒ぎがした。フィリップから女性に弱いとは聞いていたが、果たしてこれはそういう類の表情か?
「とくに今の家庭環境に疲れてる奴ほど、タマラのさっぱりした温もりは効くと思うぜ」
つらつらと、タマラを擁護する翔太郎。
違う。明らかに、様子がおかしい。
(ちょ……あれ……え……?)
思えば最初からだ。このミーティングが始まった時から、翔太郎は明らかに結論を誘導していた。
そして、気づいたのはレオだけではなかった。百戦錬磨のライブラ全員が一斉に、キン──と意識を張った。
「K・Kさんにゃ悪いが、見込みを間違えたと思って、ユキトシさんのことはスッパリ諦めて──」
そこで翔太郎の言葉が止まった。
代わりに響いたのは、鋭く、重い、一打の拳の音だった。
レオを含め、全員が息を呑んだ。
翔太郎を殴り飛ばした、他でもないフィリップの迫力に。
「な、なにすんだフィリ──」
「もう十分だ。これ以上、ぼくを失望させるようなセリフを吐かないでくれたまえ」
冷たく言い放ち、ツェッドに向かった。
「拘束してくれ」
その一言でツェッドが我に返った。その動きはさすが、素早かった。手先から紡いだ血の糸で、瞬く間に翔太郎を拘束する。
手足を一瞬でまとめられた翔太郎は、そのまま床に転がった。
「おいフィリップ!?」
「口の方もお願いしたい」
言われるまま、ツェッドはもう一筋、血を放った。今度は帯のように幅を広げ、翔太郎の口に巻き付き、言葉を封じる。
「むううぐうむ!!」
数秒、言葉にならない叫びをあげていた翔太郎だったが、無駄と分かり、すぐに大人しくなった。
そんな翔太郎をじろりと睥睨しつつ、スティーブンが口を開いた。
「これはつまり、
「ああ。全員、想像している通り」
ごくり、とレオはもう一度息を呑んだ。
あろうことか、すでに。
「翔太郎は敵の洗脳下にあるようだ」
◇
いったい、いつから。
そう訊こうとして、レオはすぐにとどまった。聞かずとも決まっている。昨夜、翔太郎がタマラの家を訪れた時だ。
代わりに別の質問をした。
「フィリップさんは、気づいてたんですか?」
「翔太郎が帰ってきてから、薄々様子がおかしいとは思っていたよ。ただ確証がなかった。これが果たして洗脳状態なのか、それともいつもの病気なのか」
「それで、さっきからずっと翔太郎さんの観察を?」
「ああ。おかげで完璧に確信できた」
フィリップは軽く唇をかむような苦い表情で、床に転がる翔太郎を見やった。
「翔太郎は確かに女性に甘いところがある。しかし、何があっても依頼人の気持ちを踏みにじるようなことは言わない。それが彼の、ぼくの相棒の、探偵として譲れない矜持だからね」
言いながらフィリップは、少し不自然に右手を後ろに隠した。そのわずかな動きに、レオの眼が無意識に反応してしまう。
見えてしまったのは、痛々しく腫れあがった指。おそらく、きちんと拳をつくる前に殴りかかって、痛めてしまったのだろう。仮面ライダーとして戦ってきたフィリップが、拳の握り方を知らないはずがない。
(それだけ……聞きたくなかったセリフってことだ。翔太郎さんの口からは、絶対に)
深い悔恨を感じた。
相棒に自分の矜持を汚すような言葉を許した、それを防げなかったことへの悔しさ。
しかし、フィリップはすぐさま表情を変えた。
この事件の犯人を絶対に許さない。そう誓うような、険しい顔つきになった。
「さて、ほぼ間違いなくタマラ・サローヤンは黒。かつ手口も洗脳系と決まったわけだけれど、ぼくらはどう動けばいいのかな。スティーブンさん」
「ああ。なに。やることはいつもとそう変わらない」
問われるまでもなく、スティーブンはすでに思索を終わらせていたようだった。
「チェイン、君はタマラの監視を」
「了解。追加のカモがいた場合、手口の見極め優先でも?」
「その方向で頼む。ツェッドはめぼしい業者を回ってくれ。まず吐かんだろうが当たりが出れば御の字だ。五分でリストアップさせる」
「先月の、アガマママール教集団洗脳の時のリストならそのまま使いまわせますね。潰した分は覚えてますから」
「よし、じゃあそっちは任せる。俺は下に潜ってる連中を当たろう。ああ、グリベット29番街はこっちでやるよ。デミケットシーもどきにはいい思い出がないだろう?」
「ええ。助かります。どうも彼らには食料としか認識されてないようで……憤懣やるかたない」
「まあそう言うな。我々だって、道端をルークスのロブスターロールが歩いてたら、なんとなく美味そうだと思うし。それと同じ感覚なんだろうさ」
と、チェインとツェッドの配置を一息に伝え終わり。最後に、スティーブンはレオとフィリップに向いた。
「君らはここに残って、翔太郎の見張りとさらなる情報収集を。とくにレオナルド。翔太郎の眼球から、彼の見たものを読み取れるか?」
「うぅん……直前に見た景色ならまだしも、一晩経ってるので難しいかもです。何か視えたとしても、断片的すぎて当てになるかどうか……」
「かまわん。やってくれ。今は僅かでも手がかりが欲しい。新しく何かわかれば、些末なことでもすぐに連絡を」
「わ、わかりました」
レオの返事に頷いた後、スティーブンはミーティングのまとめに入った。
「とにもかくにも敵の手法を知るのが第一だ。魔術、手術、呪い、寄生虫、催眠術。なんであれ、洗脳のやり方がわからんと解放のしようがない。因果律系や不可逆術式でないことを祈ろう。では──」
「あ、あのぅ……」
レオが声をあげたのは、また思い出したことがあったからで。
正直、わざわざ言ってスティーブンを不機嫌にさせる必要もないかと思ったが、しかし一応聞いておくか、という話題。
「えっと、もしザップさんが遅れてここに来た場合、どうします?」
「はははは何を言ってるんだレオ。うちには緊急招集を無視してどこぞで寝くたばってる天下一品級ボンクラのザップなんていないだろう?」
「ははははそっすねそうでした」
「しっかりしてくれよレオナルド」
「やーすいません」
茶番が終わったところで、今度はフィリップが手を上げた。
「ザップは置いておくとして、ぼくも気になっていることが一つ」
「なんだ?」
「洗脳の方法について、考えておいた方がいい可能性があるんじゃないか、と」
フィリップの口ぶりから、全員が言いたいことを理解した。
「ガイアメモリ……だな」
フィリップが頷く。
「わかった。チェイン。一応、気を付けておいてくれ」
「わかりました」
「ん、じゃあ……もう全員何もないな?」
と、スティーブンが確認してゴーサインを出そうとした、まさにその時だった。
ガッチャアーン、と遠慮のかけらもないドアの開け方で、オフィスに入って来た男がいた。
「いやーいやいやいや! マジすんません!! ホンっト反省してます!」
低俗下劣の代名詞で、脳下半身直結モンキーで、天下一品級ボンクラの、ザップだった。
緊急招集に無断で大遅刻という、あまりにもな大ポカをし、あまつさえ態度がまったく反省していないザップに、オフィスにいた全員が殺気を放った。
「い、いや違うんですよ! じ、事情が! ちゃんと事情があって! マジに証人もちゃんといるんスよ! なあ──」
大げさに手を振り回した後。
スッと静かに、身を横にどかしたザップの後ろから現れたのは。
「────タマラ」
それはザップの失態以上の大失態だった。あろうことか、全員がザップへのイラつきに気を取られ、タマラの存在に数秒気づかなかったのだ。
そして、すでにガイアメモリを準備していたタマラには、その数秒で充分だった。
「ハァイ、ライブラの皆さん。あいさつ代わりに占ってあげましょうか」
手から滑り落ちたガイアメモリが、胸元へと吸い込まれていく。
《テンプテーション》
レオの眼がタマラの変化を細かにとらえた。
人間ではなくなった。否、人間を超えた。そう、人間を超えた、美しさとなった。
元から放っていた怪しげな色気が、さらに淫らに膨れ、淫靡に広がり、淫猥に溶け、淫蕩に甘く漂った。
はりを増し、しかし一層のやわらかさを帯びた肢体に目を奪われ、呼吸を忘れるほど見入った。
耳孔をくすぐるような、艶やかに響く声が聴こえた。
「男は全員最高の運勢よ。人生で一番の魅力的な女性に出会えるわ。──あら?」
妖艶に、それでいて可愛らしく、首をかしげたタマラの視線の先。
鋭く研いだ血槍で、ツェッドが攻撃を仕掛けているのが見えた。
刹那、響いた撃音。ザップが攻撃を受け止めた音だった。
ハッと我に返る。
そうだ。
敵だ!
自分は何をしているのか!
戦わなければ!
守らなければ!
あれ?
誰を守るのか?
決まっている!
レオは眼を発動させ、叫んだ。
姫君に忠誠を誓う騎士のように。
雌に武功を誇る雄のように。
「
そして──
鬼門とか女難とか、もうそういうレベルじゃないような気もしてきたけど、がんばれ翔ちゃん!