仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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ようこそ混沌の街ヘルサレムズロットへ


第一話 「魔都Hの洗礼」
Welcome to the chaotic city 『HL』


 ◇

 

 

 

 この街で飲み歩く時、新参者(ニュービー)がよくやるミスってなぁイロイロある。バーに偽装したハエトリ幻縛術式につかまったり、色気につられて人狼との飲み勝負を受けちまったりな。

 そん中でもリットマン時計店からガナモスク死霊ショップまでの3ブロックで泥酔すんのはマジでおすすめしない。目が覚めた時に内臓(なかみ)を半分以上持ってかれてたってヤツらを山ほど見てきたからな。

 

 ――ヌェガルブ・ギギモヌェ 著「HLの歩き方 初級編」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……よし。……よし! 落ち着け、左翔太郎(ひだりしょうたろう)! ハードボイルドは慌てねえ! 冷静に……クールに……って無理だろおおおーー!!」

 

 往来のど真ん中で再び翔太郎が絶叫した。

 真っ昼間に悶絶しながら空に向かって叫ぶスタイリッシュな若者はとてつもなく目立つ。だが翔太郎には周囲の目を気にする余裕など無かった。なにせ「なんかヤバイやつがいる」という目を向けてくる通行人の大半が、翔太郎にしてみれば「めちゃくちゃヤバイやつ」なのだ。

 すぐ横を顔をしかめて通り過ぎていったのは「目が8つある宙に浮いた大根みたいなヤツ」だった。

 見ちゃいけません、と言わんばかりに足早に離れていったのは、「半分に割ったカピバラで伊勢エビをサンドイッチにしたような親子」だった。

 通りの向こうでこっちを見ながらヒソヒソ話しているのはどう見ても、「二足歩行のナナフシ」と「もずくの集合体」だ。

 今、車道を走っていったタクシーは、屋根の上に「長い首が3つある骸骨」がくっついていた。

 その他にも、なんとも形容しがたい異形たちがスタスタと翔太郎のまわりを歩いていく。

 

「だあああ……! んああああ……!」

 

 どうにかこの状況について誰かに聞かなければならないと、それはわかっていた。だが、この人外魔境で誰に話しかけていいものか。それがわからない。

 いちおう普通の人間らしき通行人もそれなりにいた。実際、少し前にカジュアルスーツの白人男性に声をかけようとしたのだ。が、翔太郎が声をかけようとした瞬間、男性はいきなり3つに裂けて、中空を飛んでいたプロペラ付き水風船のような鳥を捕食した。

 こうなるともう何も信用できない。英語圏の怪物ランドで翔太郎はただひとりである。

 

「……いや、まてよ……?」

 

 ここで翔太郎、ようやく思い出す。

 

「……そうだ! フィリップ!!」

 

 そう、自分はひとりではない。あの時、ガイアメモリを追って裂け目に手を伸ばした時、フィリップは確かに翔太郎の服をつかんでいた。ということは――

 

「フィリップもここに居るかもしれねえ!!」

 

 翔太郎の目が輝きを取り戻した。自分一人では無理でも二人ならきっとなんとかできる。翔太郎とフィリップは、これまでも数々の苦難を共に乗り越えてきた、二人で一人の探偵なのだから。

 

「よぉし……!」

 

 急速に元気を取り戻した翔太郎は、懐から赤いバックルのベルト『ダブルドライバー』を取り出した。

 

 これは翔太郎とフィリップが変身する時に使うベルトだ。そのスロットにそれぞれ専用のガイアメモリを装填することで、二人はドーパントと戦う超人『仮面ライダーW』に変身できる。

 だが、このベルトにはもう一つの使い方がある。翔太郎がベルトを装着すると、フィリップの方にも同じベルトが現れるのだが、ベルトを通じて二人は意識を共有することができるのだ。早い話がテレパシーのようなもの。あくまで変身のための副産物的な効果だが、お互いの状態がわからない、こういう時には非常に役に立つ。欠点としては、オリジナルのドライバーを持つ翔太郎からでないと、ドライバーは使えないという点か。

 

「……?」

 

 そのダブルドライバーを懐から取り出した時、翔太郎はふと軽い違和感を感じた。いつもとなにかがちがうような。

 だが翔太郎はその違和感をあえて無視した。今はとにかく、フィリップの状況を知らなければならない。ドライバーを装着し、翔太郎はフィリップに呼びかけた。

 

「フィリップ……! 返事できるなら応えてくれ、フィリップ!」

 

 すると――

 

(やあ、翔太郎。気がついたようで何よりだ)

 

 意外なほどすんなりと反応が得られた。もし返事がなかったら、とヒヤヒヤしていた翔太郎はひとまず胸をなでおろす。

 

「フィリップ! 今どこだ?」

(その声。そうとう焦っているね? 翔太郎)

「当たり前だろ! お前は……」

 

 と、「なんでそんな落ち着いてるんだ」と言いかけて、翔太郎は言葉を飲み込んだ。

 確かにこの状況、翔太郎にとっては、口から飛び出した心臓が笑顔で4回転トウループをキメてもおかしくないほどの異常事態である。だが、この変わり者の相棒にとってはそこまでの驚愕でもないのかもしれない。

 というのも、()()()()からフィリップは非常に世事に疎い人間だった。風都での生活を経てかなりマシにはなったものの、突然「翔太郎! キミは『おでん』という食べ物を知っているか?」などと言ってくるのである。

 普通の人間に比べて圧倒的に少ない『常識』。それは言い換えれば、固定観念や先入観が少ない、ということだ。生まれたての赤ん坊が『リンゴ』と『拳銃』に同じような興味を示すのに似て、フィリップは未知の世界に対して限りなく平等な知識欲をもって臨む。それこそ「美味しいおでんの作り方」に対しても、「ナビエ・ストークス方程式の解の存在とその明らかさの証明」に対しても、ほとんど同じ姿勢で取り組むのだ。

 もしかすると、彼はこの大事件も「かなり変わった海外旅行」ぐらいにしか感じていないのかもしれない。

 

「……ふう」

 

 軽く深呼吸をして、翔太郎はフィリップにたずねた。

 

「で? どうやって合流する?」

(まわりになにか目印になるような建物や店は? キミの居場所がわかればそこに迎えに行こう)

「迎えにって……お前ここの土地勘なんてあんのかよ」

(詳しいことは後で話す。とにかく今は翔太郎がどこにいるのかを早く知らないといけないんだ)

「ったく、えーっと……」

 

 フィリップのせかすような態度を気にしながらも、翔太郎は言われた通りに周囲を確認した。

 

「あー、『リットマン』って看板出した店がある。……たぶん時計屋だ」

 

 時計屋の前に「たぶん」と付けたのは、店の中で巨大な鳩時計と牙を生やした目覚まし時計がケンカをしていたからだ。もしかしたらペットショップの可能性もある。

 

(わかった。……『リットマンという時計屋があるそうだ』)

「フィリップ?」

 

 翔太郎は首をかしげた。後半、フィリップは誰かに話しかけているようだった。

 

(……『わかった。そう伝える』……翔太郎、そこなら20分程度で到着できるそうだ)

 

 その言い方で翔太郎は確信した。

 

「フィリップ、お前誰かと一緒なのか?」

(ああ。運の良いことに、目が覚めてすぐ親切な人と知り合えてね。実は彼に教えてもらって、すでにぼくらの置かれている状況をある程度は把握してある)

「おいおい……!」

 

 こちらとはずいぶん状況が違う。翔太郎は驚きつつも、思わずニヤリと笑った。

 

「やるじゃねえか! さすがだぜ、相棒」

(ぼくも伊達に数年間、キミの相棒をやっているわけじゃない)

「へっ、言うじゃねえの」

 

 この数年、共に探偵として、仮面ライダーとして戦ってきた相棒。そんな彼が探偵らしく独自に調査を始めていたことが素直に嬉しかった。フィリップは相棒であり、翔太郎は別に彼の保護者というわけではないが、なぜか時たま、我が子の成長を喜ぶ父親のような奇妙な感慨を覚えることがある。

 そういえば以前、フィリップが翔太郎の名を借りて一人で依頼を受けたことがあった。あの時も同じような気分になったなと思い出し、翔太郎はまた笑みをこぼした。

 

(では時計店の前で会おう)

「ああ」

 

 そう返事をした時だった。

 

「オイ、コイツまだ寝てやがるな」

「ひょひひひ! ちょうどいいや、早いとこ()っちまおう」

 

 背後から聞こえてきた会話に翔太郎がすばやく振り返った。

 見ると、巨大な肉団子のような青白い怪物とダイオウグソクムシを擬人化したような怪物が下品に笑っていた。

 

(いかにもな悪漢(サグ)だな)

 

 と翔太郎は直感する。

 二人(さすがに二匹とは言えない)の悪漢の前には、浮浪者のような風体の男が酔いつぶれて転がっていた。今の言葉からして、この肉団子とグソクムシは浮浪者から財布でもスるつもりなのだろう。

 

(……ったく)

 

 舌打ちをして声をかけようとした、その時だった。

 

「ひょひっ!」

 

 グソクムシの伸ばした腕が、ガパシャンと音をたてて割れ、機械の触手のようなものが大量に飛び出した。その先端では鋭い刃物や注射器、奇妙な形状のハサミなどがぎらついている。どう考えても財布を盗むなどという生やさしい犯罪ではなさそうだ。

 

「なっ、なんだありゃ……!」

 

 一瞬たじろいだ翔太郎。だが直後に、あの親切なクワガタナメクジ人間の言葉を思い出した。

 

 ――そんなとこで寝てっと、臓器がいくつあっても足りねえぞ

 

 まさか。

 

「そういう意味かよ!」

 

 間違いない。あいつらは酔いつぶれている人間を、()()()()()()()()()()()()()()()気だ。止めなければ。だが、おそらく生身では厳しい。

 

「フィリップ!」

(なんだい?)

「急で悪いが変身だ!」

(翔太郎? なにかあったのか?)

「いま目の前で酔っ払いが解剖されそうになってんだよ! 止めるぞ!」

 

 Wへの変身をうながす翔太郎。だが、なぜかフィリップは押し黙ってしまった。

 

(……)

「おいフィリップ?」

(すまない翔太郎。変身はできない)

「な……」

 

 予想外の返答に戸惑う。

 

「まさか見殺しにしろとは言わねえだろうな! いくらこの街が常識外れだからって……」

(違う! 変身したくてもできないんだ! ……ぼくは今、ガイアメモリを持ってない!)

 

 ぞわり。

 翔太郎の背筋をなでるように悪寒が走った。

 ドライバーを取り出した時の違和感がよみがえる。

 翔太郎はベストの内ポケットに手を突っ込み、青ざめた。

 ガイアメモリが――

 

 ――ない!

 

 

 

 ◇

 

 

 

(マズい)

 

 フィリップは青ざめた。

 沈黙が物語っている。今、翔太郎もメモリを持ってはいない。だがフィリップが心配したのはガイアメモリのことではなかった。

 

 左翔太郎という人間の性格は嫌というほどよく知っている。

 彼は助けようとするだろう。名も知らない酔っ払いを、凶悪な異形の犯罪者から。

 たとえ戦う力を失っていたとしても、彼がそれを理由に誰かを見捨てることはない。到底かなわない相手だとしても、立ち向かい、抗い、かじりつく。そして守ると決めた相手を、信念を、必ず守り抜く。

 それはきっと、人の命など髪の毛よりも軽いこの街でも変わらないだろう。それが左翔太郎という、フィリップの相棒だ。

 

「翔太郎が危ない! すまないが急いでくれたまえ!」

 

 フィリップは目の前でスクーターのハンドルを握っている青年をせかした。すると、青年は風よけのゴーグルの奥でだらだらと汗をかきながら叫んだ。

 

「あのぉ! フィリップさぁん! その人が心配なのはわかるんですけど!」

 

 青年が振り返る。

 

「コレ僕らもかなり危ない状況なんですけどぉお!?」

 

 その瞬間、後方から飛んできた機動警察暴徒鎮圧用強化外骨格(HLPDストライカーポリススーツ)が二人の乗ったスクーターをかすめて2m先の道路にめり込んだ。

 

「うわおおおわぉわわわわ!!」

 

 ギリギリでハンドルをきり、どうにかクラッシュを回避したスクーター。その後ろからは――

 

 ゴリバリゴギャギャギャベギゴリゴリ

 

 とアスファルトを砕きながら、巨大な()()()()が迫っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 フィリップの予想はそのまま現実のものとなっていた。

 

「よう怪物共(フリークス)。お前ら医者にゃ見えねえが、こんな往来で緊急オペかい?」

 

 翔太郎は止めに入っていた。自分がなんの力もない、ただの人間であることを承知で。それでも目の前の命を救おうと行動を起こした。

 

「あん? 何だテメエは?」

「ただの通りすがりの私立探偵さ」

 

 その顔にはもうこの世界への戸惑いはない。

 あるのはただ一つ。守ると決めた、信念を貫く覚悟のみだ。

 

「ああ、もしかしてコイツの知り合いか?」

 

 青白い肉団子が、ぶに、と浮浪者を蹴った。

 

「いや……別に知り合いじゃねえが」

「ハア? じゃ、なんでわざわざ俺らにケンカ売ってんだ?」

「当たり前だろ! 目の前で人間が解剖(バラ)されようとしてたら普通止めるだろうが!」

 

 その言葉を聞いた肉団子とグソクムシは顔を見合わせ――

 

「ぎゃあははっはーーははは!」

「ひょひひょひょひょひょひょー!」

 

 いきなり爆笑した。

 

「何がおかしいんだよ!」

「いやいやいやバカかテメェ!?」

「ここがどういう場所なのか、ちっともわかってないらしいぜ、この甘ちゃん!」

 

 その通り。翔太郎は何も知らない。この街では臓器のスリや脳のカツアゲが日常茶飯事であるということも。場合によっては、命の価値など1セント硬貨にさえ届かないということも。

 だが、それでも――

 

「ここがどんなとこでも関係ねえ……! たとえ赤の他人でも、目の前でむざむざ殺させるかよ!」

 

 翔太郎はトレードマークの帽子を片手で押さえ、高らかに言い放った。

 肉団子の額にピシッと青筋が浮かぶ。

 

「ああそうかい。んじゃあテメエからぶっ殺してやるよ」

 

 次の瞬間、肉団子の腕が勢いよく伸び、岩のような拳が翔太郎の腹にめり込んだ。

 

「う……っごぁっ……!!」

 

 突き抜けた鈍い痛みに、うずくまるように翔太郎が地面に伏せる。

 

「そら立て!」

 

 伸びた腕が翔太郎の胸倉をつかみ、強引に吊り上げた。そして今度は腕を縮ませ、翔太郎の体を自分の方へと引き寄せる。

 

「ほぉら謝れよ。『デュッザ様ぁ、お仕事の邪魔してごめんなぁさい』ってよ」

「……へっ……誰が……」

 

 まったく効かない、とばかりにニヤリと笑い、強がる翔太郎。その顔を再び青白い腕が殴りつける。

 

「がっ……」

「けっ。ヒューマーのくせにアホみてえな正義感カマしてんじゃねえ、ザコが。おいピトロエ、こいつから先にバラしちまおうぜ」

「ヒヒヒヒ。あいよ、デュッザ」

 

 グソクムシが耳障りな声で笑い、翔太郎に向けた触手を蠢かせた。

 

(ちっくしょう……)

 

 抵抗しようにも力が違いすぎた。万力のような力で締め上げられ、今にも意識が飛びそうだ。

 

「次からちょっかい出す相手は選ぶんだな! おっと、もう次はねえか!」

「最期にちょっぴり賢くなれて良かったじゃん、ボクぅ!」

「ぎゃはははははは!!」

「ひーひひょひょひょ!」

 

 薄れる意識に下卑た笑い声が響く。

 

(くそ……フィリップ……)

 

 鋭い刃の付いた機械の触手が翔太郎の体に伸びた。

 そして――

 

「あでっ!」

 

 翔太郎は尻もちをついた。

 

「……は?」

 

 手を離されてはいなかった。青白い腕はまだ翔太郎の胸倉をつかんだままだ。わけがわからないまま顔をあげる。そして息を呑んだ。

 

「……な……あ……」

「ひょ……ひぃ……」

 

 切断されていたのだ。

 肉団子の腕も、グソクムシの触手も、中ほどのところでキレイになくなっていた。

 

「ぎゃあああああ!!」

「ひいいいいい!!」

 

 青白い腕の断面から黄色い血が噴き出したのと同時に、二人が悲鳴をあげた。

 

(な、なにが起こった!? 誰がやった!?)

 

 慌てて周囲を見渡す。だが新たに誰かが来た様子はない。今この場にいるのは変わらず、翔太郎と、肉団子と、グソクムシと――

 

「……おぅおぅおぅおぅ……やっかましいんっだよテメエら……ヒトのうえでギャアギャアギャアギャア……」

 

 ゆらり、と立ち上がったのは全員が存在を忘れていた人物。

 

二日酔い(アタマ)に響くだろぅがチクショウ!!」

 

 今まで地面に転がっていた浮浪者のような酔っ払いだった。

 

「なっ……」

 

 翔太郎は男の纏う空気の、その変わりように驚いた。

 

 浅黒い肌にぎらつく銀髪、すらりと引き締まった体を覆う白い服。

 視線の先にあるものすべてを刺し貫かんばかりに鋭い、研がれた刃を連想させる眼光。

 不機嫌そうにゆがめられた口からは獣のように吐息がもれる。

 腐りかけのぞうきんのようにアスファルトにへばりついていた今までとは打って変わり、男は全身に燃え盛る覇気をまとっていた。

 

(こいつがやったのか? ……あの刀で)

 

 男の右手には一振りの刀が握られていた。

 ただの刀ではない。

 刃から柄まで一様に、深紅。

 色鮮やかな柘榴石(ガーネット)からまるごと削り出したかのごとく、継ぎ目も留め具も存在しない。

 

(あんなもんどこに持ってたんだ!?)

 

 突然の事態に翔太郎は言葉を失った。

 かわりに声をあげたのは腕を斬られた二人組だった。

 

「あ、あああ! テ、テメエ……ザップ・レンフロおおお!?」

 

 肉団子が無い腕をばたつかせながら叫んだ。

 

「んだからウルセエっつんてんだろがあああ!!」

 

 ザップと呼ばれたその男は一番大きな声で叫びながら肉団子を蹴りつける。

 

「ゲボアァ!」

「ぎゃひい!」

 

 どう見ても300kgはありそうな巨体が宙を舞い、グソクムシを巻き込んで時計店のショーウィンドウに突っ込んだ。

 ザップは(おそらく自分の大声が原因の)頭痛に顔をしかめながら、翔太郎の方へと向き直った。

 

「……ア、アンタは――」

 

 言いかけた翔太郎の目の前に、ピタリと刀が突き付けられた。その切っ先の鋭さたるや、わずかでも触れれば刃と同じ色の鮮血が噴水のように噴き出すだろう。

 言葉を失った翔太郎にザップが質問する。

 

「オイ、テメエもあのバカどもの仲間ままぎぎょおおおおああぴいいい!!」

 

 後半が奇声に変わったのは翔太郎のせいではない。リットマン時計店から逃げ出した『目覚まし時計』が頭にかぶりついたせいである。

 

「おおおテメ! いいでえ! はなっ……はなせっ! とっ……!」

 

 見るからに痛そうだ。そして痛いだけならまだしも相手は目覚まし時計である。本来の目的を果たそうと、頭の上でジリリリリリリとわめき散らされるのは二日酔いにはキツいだろう。

 

「とおお! とれ! だっ……取ってくださいいい!!」

 

 だらだらと頭から血を流しながら懇願してきたザップに、翔太郎はとまどいながらも手を貸すのであった。

 

 

 

 ひとしきり目覚まし時計と格闘した後。ゼエゼエと息を切らしながら、翔太郎とザップは腰を下ろした。

 

「た、助かったぜ……。これに免じてお前だけはゆるしてやらあ……」

 

 消え入りそうな声で言うザップの頭からはピューッと血が噴き出ている。痛みと疲労と二日酔いでヘロヘロになったザップの覇気は、すでにぞうきん並に戻っていた。不思議なことに、持っていた深紅の刀もいつのまにか消えていた。

 

「なあ、ザップっつったか? アンタ、ここがどういう場所なのか知ってんだろ?」

「ああん?」

「わけわかんねえんだよ! あいつらみたいな怪物がそこら中にいるのはなんなんだ!? ここどこなんだよ!」

 

 ザップはぽかんとした顔で翔太郎を凝視した。

 

「お前……何言ってんだ……?」

「だから! ここがなんなのか教えてくれよ!? 気がついたらここで伸びてたんだよ!」

「なんだぁ? 知らねえうちに拉致られてきたのかよ。はっ、どーりで! こんなトコうろついてるなんざ危機感のねえ野郎だと思ったぜ」

 

 同じ場所で酔いつぶれていた自分のことを棚に上げ、ザップが翔太郎をバカにする。

 

「お前が世の中のコトをなーんも知らねえ、ウンコ幼稚園バカ帽子野郎だってのはよおーーくわかった」

 

 うんうんとうなずきながら肩を叩いてくるザップ。そのあまりに幼稚な悪口に「どっちが幼稚園児だ!」と翔太郎は心の中でツッコむ。

 

「が、そんなベストオブあんぽんたんでも聞いたことぐらいはあるだろ」

 

 ザップがニヤリと笑う。

 

「ここがかの有名な――」

 

 と、その時だった。

 

「翔太郎―!!」

 

 ザップの言葉をさえぎって飛んできた聞き覚えのある声。それを聞くなり翔太郎はバッと立ち上がり、歓喜を込めてその名を呼んだ。

 

「フィリップ!!」

 

 そしてもう一度その名を呼んだ。今度は疑念を込めて。

 

「……フィリップ?」

 

 こちらに向かって手を振るフィリップ。彼を後ろに乗せたクリーム色のスクーターが通りを走ってくる。

 そして、その後ろでは巨大なヤドカリが対向車線の車をはね飛ばしながら爆走していた。当然、フィリップの乗るスクーターと同じく翔太郎達に向かってである。

 

「翔太郎! 遅くなってすまない!」

「いやもっと謝るべきことがあるだろおおおお!」

 

 フィリップのズレた謝罪に翔太郎が叫んだ。

 

「おおおおお!! なんじゃありゃああ!?」 

 

 隣ではザップも叫んでいた。

 

「ああああ!! ザップさあああん!?」

 

 スクーターを運転していた人間も叫んだ。どうやらザップの知り合いらしい。

 

「ザップさああん助けてくださいいい!!」

「どおおおい、なんつーもん引き連れてきてやがんだ陰毛あたまあああ!!」

「知りませんよなんか追っかけてくるんですよおお! あと誰が陰毛だああ!」

 

 どうすんだよコレ!と翔太郎の頭が真っ白になった時。

 

「あのモジャ助、後でぜってえ殺してやる!」

 

 苛立ちを地面に吐き捨てながら、ザップが前に立ちはだかった。

 

「お、おい、どうする気だ!?」

「うるせえ軟弱クソ帽子! 黙って見てろ」

 

 ザップが翔太郎を一喝し、流れるような所作で何かを取り出した。武器としては小さい、その得物を手の中でパチンと鳴らす。

 

(なんだ……銀の……ライター?)

 

 伸ばした右手の先で煌めいたのは、鋭い針のような装飾が付いたジッポーだった。

 

「俺を舐めてっと……承知しねえぞ」

 

 ザップがニヤリと笑う。

 

「なんのこたあねえ。偏執王のモンスターマシンに比べりゃあ、144分の1サイズのプラモデルだ」

 

 そしてなぜか、ジッポーの鋭い装飾部分を強く握りしめた。当然のように浅黒い肌は裂け、手のひらから大量の血が噴き出す。

 瞬間、翔太郎は理解した。

 

(ひきつぼし)流血法──」

 

 なぜザップがわざわざ血を流したのか。

 あの深紅の刀はなんだったのか。

 

「刃身の四 紅蓮骨喰(ぐれんほねばみ)!」

 

 ザップの手から噴き出した血が空中で渦巻き、凝固し、一瞬で刃を形作った。

 現れたのは弩級の一振り。重く、厚く、身の丈ほどの刃渡りをもつ巨大な剣。

 大鎌にも鉈にも似た形状はひどく禍々しく、透明感のある紅の色はこの上なく美しい。

 

「おおおらああ!」

 

 ザップはその大剣──紅蓮骨喰を斜め下に構えたまま駆け出した。そしてスクーターを軽々と飛び越え、巨大なヤドカリの前に着地した。

 

「ギギギギギギイ」

 

 いきなり目の前に現れた男を轢き殺そうと、ヤドカリが脚を振り上げた。

 

「あんましお利口じゃねえなあ、カニ野郎」

 

 ザップの目がギラリと光る。

 ヤドカリはそこでようやく自らに迫る脅威を感じ取った。ビクッと震え、鈍すぎた野生の勘を恨みながら、どうにか止まろうとした。

 だが、もう遅かった。

 

大蛇薙(おろちなぎ)──」

 

 下段に構えられた紅蓮骨喰の背側が燃え上がり、爆発が起こった。

 噴き出す爆炎が推進力となり、巨大な刃が残像を置いてかき消える。

 振りぬかれた一閃。

 下から上に。

 目で追うことすらできない神速の斬り上げ。

 切っ先が描いた炎の弧が衝撃波(ソニックブーム)に乗って空間を裂く。

 

轟迅焼炙(ごうじんしょうしゃ)!!」

 

 ゴオッと熱波が噴き上がり、斬撃の余波でアスファルトが焦げ付いた。

 振り上げた紅蓮骨喰がピタリと静止した時、ヤドカリは二つに割れ絶命していた。

 左右に割れたヤドカリはわずかな慣性に従いザップの両側を数メートル進んだ後、ようやく止まった。

 一拍の間をおいて、断面から煙が立ち上る。じゅわああ、という音がして、サザエの網焼きを彷彿とさせる美味しそうな匂いがあたりに満ちた。

 

「いっちょあがりィ!」

 

 真っ二つになったヤドカリの間で、得意げなキメ顔で振り返ったザップ。直後、その頭の上からヤドカリエキスがざばざぼざぶと降り注いだ。

 

「お……おおぉ……」

 

 あっけに取られてその様子を見ていた翔太郎。その肩をフィリップが叩いた。

 

「やあ、翔太郎。お互い無事でなによりだ」

 

 翔太郎が振り返るとフィリップはにこりと笑い、後ろへ視線を流した。

 視線の先に立っていたのは、あのスクーターを運転していた、人懐っこい笑顔の青年だった。

 

「あ、あなたが翔太郎さんですか? あ、えっと、たぶん今言うことじゃないと思うんですケド……」

 

 口を開いた青年は細い目をさらに細め、頭をかきながらはにかんだ。

 

「よ、ようこそ……HL(ヘルサレムズロット)へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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