仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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三叉に分かちて一騎討、そしてただ愛されたい女


The battle changes to 『Triple』 fight plus one want to be loved

 ◇

 

 

 

 《テンプテーション》

 

 ガイアメモリのスイッチをタマラが押したのと同時に、その正面に巨大な氷柱が湧き出した。直後、防壁となった氷柱に紅い十字架が突き刺さった。

 間髪を入れず、クラウスの拳が走る。亀裂が入った氷にもう一打、押し込むように撃ち込まれた二本目の十字架。瞬間に氷壁は砕け散り、無数の欠片が降り注ぐ。

 光を乱反射し輝く氷粒のヴェール。その奥から、テンプテーションドーパントが姿を現した。

 蓮華(れんげ)のごとき嬌艶(きょうえん)か。あるいは吐き気を催す醜怪か。見る者によって印象を変えるテンプテーションは、クラウスの目にどう映っているのだろう。

 

(どちらでも同じだろうな。この男からすれば)

 

 スティーブンは断じた。

 魅了が効いても効いていなくても関係ないのだ。クラウス・V・ラインヘルツという人間にとっては。その証拠に彼の目が語っている。「自分がやるべきことは、何一つ変わっていない」と。

 案の定、クラウスは一瞬の惑いも見せずテンプテーションへと拳を撃ち出した。素早く間に割り込んだスティーブンが、生成した氷塊で受け止める。再びの衝撃。駐車場に散らばっていた缶やら瓶やらが、その余波だけで彼方に吹き飛ぶ。

 

「──!」

 

 薄膜一枚ほどのギリギリで耐え残った氷が、次の瞬間にはクラウスの拳を覆い凍りついた。同時に、鋭い氷柱の剣が次々と伸び迫る。

 それをまた別の十字架が止める。クラウスの右手のグローブから発生した、赤く輝く小型の防壁だ。続けざまに計38刺、瞬きする間に襲った氷柱をすべてピンポイントで防ぎきる。

 並行して、クラウスは腕を覆う氷を内側から血杭で砕き割り、強引に拳を引き抜いていた。左腕が自由になったことで、またも攻守が逆転する。

 上段に構えたナックルダスターを中心に鮮血が渦巻いた。滑らかな血流が凝縮し、刹那に紅く、十字に爆ぜる。

 応じて、スティーブンの周囲が一瞬で真白に染まった。纏う冷気は音すら凍らせ、静寂(しじま)を結んで蒼く咲く。

 

「──十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)!!」

「──絶対零度の盾(エスクードデルセロアブソルート)!!」

 

 絶対に防げない矛と、絶対に貫けない盾。『矛盾』という言葉の、まさに再現と言える激突。

 結果、厚さ2m近い氷の盾が、巨大な十字の矛をなんとか受け止めた。──ように見えた、が。

 

「くっ……!」

 

 まだ、どちらに転ぶかわからない。パキパキと音をたてながら、十字の槍は少しずつ氷を砕き、徐々に盾を抉りつつある。

 スティーブンは全神経を集中させ氷を増強していたが、それでもやや不利な膠着状態を保つので精一杯だ。

 反撃の余裕はない。わずかでも防御を緩めれば、その瞬間、クラウスの十字架は間違いなく氷壁を粉砕する。

 

「そ……そんな……どうしてまだ私を攻撃するの!?」

 

 背後でテンプテーションが叫んだ。何が起こったのか、ようやく理解したようだった。無理もない。初撃からここまで、わずか3秒足らずの攻防だ。

 

「クラウスには効かないよ……!」

 

 ギリギリのスティーブンが声だけを後ろに投げた。同時に、バキン、と大きく氷が抉れる。

 

「せっかく変身してくれたところ申し訳ないが、君は下がっていた方がいい!」

「そんなはず……!」

 

 まさか、と頭を振るテンプテーション。しかし自分を見据えるクラウスの眼光の鋭さに気づき、変わらぬ戦意にたじろいだ。

 

「……ぐっ」

 

 全身の肉を紅潮させながら後ずさる。体のあちこちから突き出た柔らかな塊がわなわなと震える。

 男に能力が効かなかったのはこれで二度目だ。噂の秘密結社をボディーガードにしてやろうと、ライブラの事務所へと足を運んだ時。ただ一人、あのフィリップとかいう男だけは追従しなかった。

 理由はわからない。戦力にはならないと聞いて安心はしたが、心は大きく傷ついた。自分を愛してくれない男がいるなんて、耐えられない。

 そして、二度目だ。今度はあろうことか、目の前の男は自分を打ち倒そうと拳を振るっている。

 

「ふ……ふざけないでっ! そんなの認めない! この私に敵意を向ける男なんて! 私は……私は()()()()()()()()()!!」

 

 がちがちと歯を鳴らし、半狂乱で叫び散らした。

 

「ザップ! レオ! 何をしているの!? あなた達も役に立ちなさい! 愛する私のために働きなさい!!」

 

 絶叫に、即座に反応したのはザップだった。

 もちろん、彼も今までただ傍観していたわけではない。早々に姿を消したチェインに対して全方位に警戒を維持しつつ、槍を構えたツェッドとの間合いを測りにじり寄る、という神業の最中だったのだ。

 だが、愛する人に役立たずとなじられては、動かざるを得ない。いいところを見せて自分の愛を証明しなくては。悪手と分かっていたが、やるしかなかった。瞬時に形成した刀を振りかぶり、クラウスへ躍りかかる。

 が、当然、その刃は届かなかった。ギィンと硬い打音が響くに終わる。

 

「させるわけないでしょう!」

「……っんのクソ魚類!」

 

 ツェッドが構えた三叉の槍がザップの刀を受け止めていた。そうなることはわかっていたが、とりあえず条件反射で悪態はついておく。

 

「オゥオゥオゥオゥオゥオゥオゥ。水産物の分際で人間様の恋路ジャマしてんじゃねえぞ。馬に蹴られて海へ帰れ」

「鳴き声だけなら貴方の方がよっぽど海の生物ですけどね。なんですその海獣リスペクト。アシカですかオットセイですか」

「上ぅっ等じゃねえか(えら)呼吸! タマラのために旦那を倒すためにテメエは切り身にして焼き魚だ!」

「いつにも増して頭の悪い構文の啖呵ですね。もとより、貴方に聡明さは期待していませんが!」

 

 目にもとまらぬ迅さで数度斬り結び、打ち弾き、再び得物をからませる。かち合う視線。

 擦れ合う(ひきつぼし)の刃──紅刀一振、朱槍一挺。

 

 たっぷり5秒──回数にして百合(ひゃくごう)ほど打ち合ったあたりで、ザップの口元がわずかに(きし)んだ。対して、ツェッドの表情にはいくらか余裕があった。

 同じ師に学んだ者同士とはいえ、異なる属性の継承者。互いの技を知り尽くしているわけではない。

 が、やはり攻撃の前兆やとっさの動きはわかるものだ。お互い、敵に回してこれほど戦いにくい相手もいない。勝敗はどうあれ、戦いが長引くことは必至だった。

 早くタマラの助太刀に行きたいザップにとっては都合が悪く、できるだけ時間を稼ぎたいツェッドにとっては都合がいい。

 

「「(ひきつぼし)流血法──」」

 

 時ならず、ザップとツェッドの声が重なった。

 そこから二つに分かれる。未練なく、袂を分かち、その銘を真空に刻む。

 

「──カグツチ!」

「──シナトベ!」

 

 両者の声に添うように、刃を擦り合わせるだけでは終わらなくなってきた、いや元より終わるはずもなかった同士討ちが、一気に温度と勢いを増した。

 

 

 

 吹きつけた熱風に、テンプテーションが小さく悲鳴をあげた。

 

「っ……あの、役立たず!」

 

 ザップの救援はしばらく期待できない。そう判断したテンプテーションが吐き捨てるのと同時に、ついに氷の盾が砕けた。

 

「──!」

 

 弾き飛ばされたスティーブンは瞬時に体勢を立て直したが、クラウスの拳を止める時間はもう無かった。

 真紅の十字架がテンプテーションめがけ、容赦なく叩きつけられた。

 

「タマラ!!」

 

 最愛の人が挽き肉となって惨死した可能性に、スティーブンが焦りを見せる。

 だが、吹き飛んだのは大量のアスファルトと土塊(つちくれ)だけだった。テンプテーションの白く柔らかな肌には一筋、大きな裂傷ができていたが、爆散した地面に比べればかすり傷にも入らない。

 クラウスの攻撃は目標を大きく逸れていた。それが人為的に引き起こされたものだと、クラウスとスティーブンは同時に理解した。

 

 

 

 巻き込まれないよう戦闘域から離れていた──もっとも、戦っているのがライブラの面々ではほとんど意味のない距離だが──レオがつぶやいた。

 

「ま、間に合った……!」

 

 神々の義眼を煌々と開いたまま、袖口で額の汗を拭ぐう。すんでのところでクラウスの視界を操作し、攻撃をずらすことができた。

 が、ほっと息をつくヒマは無かった。突如として虚空から突き出されたのはスティック型のスタンガンだ。

 

「ぃいっ!?」

 

 思いきり体をねじり、紙一重でかわす。青光りする電流の波が鼻先をかすめる。

 

「っっぅあっぶなっ!」

「……チッ、避けるか」

 

 何もない空間から舌打ちが聴こえた。

 言葉通り、レオ以外の一般人なら避けようがなかっただろう。透明人間どころか、実在と虚無の隙間から攻撃を仕掛けてくる相手だ。強力に展開した義眼があったからこそ、真上から奇襲したチェインに気づくことができた。

 チェインは空中で一回転し、並んだ自動車の上に降り立った。着地は完全に無音だったが、代わりと言わんばかりに、ゴツいスタン警棒がバチバチと凶悪な音をたてた。恐ろしいことに、持ち手のラベルには「400万V」と記載されている。アンペアがどれくらいかは知らないが、食らえば終わりなのは間違いない。

 

「やっぱり色々と厄介だなぁ……その眼」

 

 チェインは言外にこう言っていた。「厄介だから、悪いけど早めに潰させてもらう」と。もしかしたら「悪いけど」の部分は無いかもしれない。

 しかし、レオとてすんなり落とされるつもりは毛頭なかった。戦闘の余波だけで蒸発させられそうな化物級のライバル二人に先んじて、タマラにいいところを見せられたのだ。スーパー義眼保持者(ホルダー)レオナルド・ウォッチの活躍はまだまだこれからではないか。

 

「い、いくらチェインさんでも、そう簡単にはやられませんよ!」

「へえ。ずいぶん張りきるじゃん。無駄だと思うけど──ね」

 

 薄らに笑ってまたチェインの姿が消えた。いきなりの消失にわずかに反応が遅れたが、すぐに義眼を発動させる。

 周囲360度、だけでなく頭上も同時に見渡す。視るのは消えたチェインの残滓、淡くたなびくオーラの軌跡だ。

 

「……いける!」

 

 思わず、浅くガッツポーズを決める。見えないはずのチェインの位置を、神々の義眼はしっかりと捕捉できた。相手がそれに気づいて希釈(ディルート)を強めれば、合わせてさらに視界を深くする。

 少なくとも見失うことは無さそうだ。不意打ちがないだけで随分楽に立ち回れる。

 

「そこだああ!」

「──うっ、わっ」

 

 接近してきたチェインに対し、一瞬だけ視覚の誘導を行う。スタンガンの先端がレオを外れ、背後の自動車のボンネットにスパークが起きた。

 

「……チッ」

 

 チェインがまた小さく舌打ちをして距離を取った。むやみに近づいて視界を滅茶苦茶にされるよりは、索敵に義眼のリソースを使わせた方がいいと判断したのか。

 冷や汗と一緒に、レオの顔に強張った笑みが浮かんだ。

 善戦できている。あのチェイン相手に。いや、もしかしたらあり得るのか。善戦では終わらず、もしかしたら──

 

(勝てるかも……?)

 

 むくむくと湧いてきた全能感じみた高揚に、レオは体が熱くなるのを感じた。しかしそのせいか、さらに濃度を薄めたチェインの瞳がスッと冷たさを帯び始めていたことに、レオは気づけずにいた。

 

 

 

 一方、クラウスとスティーブンの方でも戦いは再開されていた。

 火花よろしく氷の砕片が舞う激闘は、絢爛(けんらん)美しく見応えがある。だがそれを目にするのが余人ならば、吹き荒れる覇気と異常な密度に、怖気(おぞけ)を通り越し狂気すら感じるだろう。

 そんな戦いのさなか、スティーブンがぽつりとつぶやいた。

 

「──不思議と、クラウス。君とこうやって本気でぶつかり合ってみたかったって気がするよ。君が俺の氷を砕く様を、ずっと見てみたかったような……いや、気がする、というだけだけどね」

 

 どうしてそんなことを言おうと思ったのか、彼自身にもよくわからなかった。いま戦っているのは愛するタマラのため。それだけのはずが、それだけではないように思えた。

 

「君がそうしたいと言うのなら、後々にいくらでも手合わせしよう」

 

 戦いが始まって初めて、クラウスが返事をした。

 互いに動きを止めたわけではない。広がる衝撃も、響く破砕音も、むしろ苛烈さを増している。その中でも、クラウスの静かな声はよく通った。

 

「だが、今のこの闘いを君が望んだものとして数えるつもりはない」

「なぜ?」

「こうして闘ったことを明日の君は必ず後悔するからだ」

「ははっ、言い切ったな。君は俺という人間をすべてわかっている、とでも?」

 

 スティーブンはそう言って、その言葉に自分で驚いた。クラウスに対してそんなセリフを吐こうとは、思ってもいなかった。

 

「まさか」

 

 クラウスも驚いたようだった。

 しかし、その表情も、拳の疾さも、微塵と変えることなく、彼は再び言い切った。

 

「ただ、自分がそう信じたいというだけの、私の傲慢にすぎない」

 

 聞いた瞬間、()もありなん、と。

 スティーブンはあっさり納得してしまった。闘いの最中でなかったら、きょとんとした顔でフリーズしたことだろう。

 

(ああ、そりゃあそうだ。何を今更)

 

 出会った時から今の今まで寸刻と違わず、クラウスはこういう男だったではないか。だからついて来たのだし──

 

(だから君を心から信頼できるんだ)

 

 踏み鳴らした足から突き出した氷塊。その表面に映った自分は、和やかな笑みを浮かべていた。愛する人(タマラ)の危機だというのに、まったく状況にそぐわない表情だ。しかし何故か、そのことに驚きはなかった。

 

(しかし……クラウス。俺はやっぱりタマラを裏切れない)

 

 なぜクラウスを信頼しているのかは思い出せた。

 なぜタマラを愛しているのかはよくわからない。

 

 それでもまだ、スティーブンが優先したのはテンプテーションの守護だった。

 馬鹿げているのはわかっているが、どうしても是正できない。奇妙に食い違う事実と意思。矛盾した思考にじくじくと頭痛がし、吐きそうになる。

 まったく、いったいどの面で「裏切れない」などと。

 

(……最悪の気分だな)

 

 戦闘中にそれを表に出すスティーブンではないが、クラウスはきっと気づいているだろう。それでも姿勢を崩そうとしないのは、やはり戦いきる(そうする)と決めたからか。

 だが、その方がありがたかった。目の前の戦いに集中すれば、この不気味な違和感に苦しめられずに済みそうだ。クラウスがそこまで意図しているのかはわからないが。

 氷の反射で今度は背後を確認する。すでにテンプテーションの姿はない。さすがに下がってくれたようだ。ならば──

 

「ここからは全力だ」

「……応えよう」

 

 間合いを空けたクラウスとスティーブン。

 一呼吸の後、構える。

 両者とも堅く、そして深く。

 

 防御の右腕を前面に下げ置き、攻撃の左拳を上段に引き絞る。

 攻防一体に動けるよう重心を退き、半身に右脚を踏み出す。

 

「ブレングリード流血闘術──」

「エスメラルダ式血凍道──」

 

 瞬息の間。

 

「「──推して参る」」

 

 二人の目が重なった。

 

 

 

 互いに最も信頼し合う、クラウスとスティーブン。

 共に(ひきつぼし)の名を継ぐ、ザップとツェッド。

 不可視の領域で競う、レオとチェイン。

 

 図らずしも──いや、必然として、と言うべきだろう。3対3で始まった戦闘は集団戦ではなく、一騎討ち三組へと分かれ、激化していった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……なんなの……コイツら」

 

 瞬きするごとに苛烈さを増していく戦闘に反比例するように、テンプテーションドーパントは──タマラは、背筋に針金を通すような悪寒を感じ始めていた。

 彼女もヘルサレムズ・ロットの住人だ。常識が通用しない超人たちも、天変地異のような災厄も、街のいたるところに存在すると知っている。しかしそれらの脅威は、タマラにとって避けて生活するものだった。わざわざ近づかなければいい。迫ってくれば逃げればいい。

 だからこそ、翔太郎やザップからライブラのことを聞いた時、名高い秘密結社を自分のボディーガードにしようなどと考えてしまったのだ。

 

(当然じゃない! 得た力で自分を守って何が悪いの?)

 

 だが、それは軽率ではなかったか。本当に自分が手を出していい領域だったのか。タマラはわからなくなり、恐怖していた。

 それほどまでにライブラの戦闘は凄まじかった。強いとか、速いとか、そんな陳腐な言葉では及びもつかない、次元の違う灼熱だった。

 もし、今の自分がただの野次馬だったならいい。それこそ、月一で勃発する超越神級の大破壊をバドワイザー片手に見物するみたいに、ものすごい喧嘩をしているな、と遠巻きに笑っていられる。

 だがこれは違う。これはタマラが引き起こした戦いだ。血肉を炭化させ、四肢を切り刻み、骨髄を内から凍らせ、命を潰れた挽き肉へと変える、あの戦いの中心にいるのは自分なのだ。

 強烈な吐き気に、タマラはその場でひざをついた。

 数分前についた裂傷に、細かに震える手を這わせる。

 

(どうして……?)

 

 歪な肉塊が突き出た色欲のバケモノ。なんておぞましいのだろう。なぜ、こうなってしまったのだろう。

 

(私はただ……)

 

 ただ、自分を満たしてくれる愛が欲しかっただけなのに。

 

 

 

(いつからだろう。私に穴が空いたのは)

 

 スクール時代から、タマラは男に不自由したことはなかった。容姿がいいのはもちろん、男を虜にする色気があった。占いが得意でよく当たるというのも、ミステリアスな魅力になっていたのだろう。カーストの上位にいたわけではないが、タマラにアプローチする男は途切れなかった。

 数えきれない男と付き合ってきた。アメフト部のキャプテン、虐められていたオタク、親子ほど年の離れた実業家、キスを覚えたての少年、有名なメンズモデル、一文無しの画家。親友の恋人を奪ったこともあった。

 だが、どんな男に愛されても、タマラの心が満たされることは無かった。虚しさに凍えた。自分を甘く包み、心を満たしてくれる愛に焦がれた。

 

(私は愛されたかった……)

 

 だから娼婦になった。

 次々入れ替わる男達に愛されていれば、いつの日か心の隙間を埋められると思った。しかし空虚を抱えたまま、月日だけが過ぎていった。

 NY(ニューヨーク)HL(ヘルサレムズ・ロット)に変わっても、タマラは変わらなかった。

 ただ、自分を愛してくれる男達が、人間(ヒューマー)とは限らなくなった。それでもやはり、タマラは満たされなかった。

 

(どうして? 私は愛が欲しいだけ)

 

 ナノニドウシテ ダレモアイシテクレナイノ?

 

(私が欲しい愛を誰も与えてくれない)

 

 ダカラモットモット タクサンアイサレナイト

 

(そうすれば私は満たされるの? 本当に……?)

 

 マチガッテナンカイナイ ウケイレルノヨ

 

 

 

「な、なぁ、あんた!」

 

 男に声をかけられて、タマラは我に返った。目の前には数人の、いや数体の異界人が並んでいた。

 騒ぎを聞きつけていち早く見物にやって来た野次馬だろう。だが彼らの興味はもう、超人達の激闘から別のものへと移っていた。荒い息遣いと、蕩けた表情。彼らの求めているものはすぐにわかった。

 

「な、名前を! 名前を教えてくれ!」

「お願いだ……俺の愛を受け取ってほしい!」

「私は君のためなら死んでもいいよ……」

 

 タマラは微笑んだ。

 ああ、何を怖がることがある。

 自分は愛されるべき存在なのだ。

 だったら、そのために男が戦うのなんて当たり前じゃないか。

 

「アナタ達も愛する私のために戦ってくれるのね」

 

 もっと、もっと、もっと

 もっともっともっともっともっともっと

 

「ワタシヲ アイシテ!!」

 

 立ち上がったタマラは──テンプテーションドーパントは恍惚に喉を震わせ、高らかに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はいつにも増して疲れました……。ライブラメンバーの戦闘シーンを書くのは、ホント超大変ですね。ただその分、自分でもいい表現ができた、と納得できればこれ以上の満足感もそうはありません! 小説を書いてて一番楽しいとこです。

それに加えて、頂く感想も楽しんでもらえてる旨のものばかりで、本当に幸せに書かせてもらってます。毛も生えてないような素人ですが、これからもお付き合いいただければ嬉しい限りです。

では、次回もお楽しみに!

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