仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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引かれた二つの引き金と、引かれなかったもう一つの引き金


Two 『Triggers』 were pulled and another one wasn't

 ◇

 

 

 ザップとツェッド。

 クラウスとスティーブン。

 それぞれの戦いが、それに相応しい鮮烈さで幕を閉じた一方で、戦闘から100mほど離れた場所では、また別の戦いがあっけなく終わっていた。

 

「あづあ熱ちゃぢゃ痛ぢゃだだ……!」

 

 調子に乗って使いすぎた両眼を押さえ地面をのたうち回るレオと、それを呆れた顔で見下ろすチェイン。

 のらりくらりと存在を薄めるチェインに誘われるがまま、かなりの深度で眼を酷使した結果である。この状態(オーバーヒート)になってしまったら、神々の義眼はしばらく使い物にはならない。

 腕を組み、「はぁ」とチェインがため息を吐いた。

 

「もうちょっとやるかと思ってたんだけどね……まだまだ修行が足りんか、スーパー義眼保持者(ホルダー)レオナルド・ウォッチ!」

「おおおお……ちょ、タ、タンマ……」

「却下。ま、せめて符牒(ふちょう)使わせるレベルになってから出直してきな」

 

 格の違いを見せつける形で。

 不可視領域の戦いは、400万ボルトのスタンガンを鳴らすバチンという音で決着した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 K・Kの狙撃で気絶させられたザップとスティーブン、そして限界を迎えたツェッドを建物の陰へと運び終え、クラウスは浅く息をついた。と言ってもそれは安堵のため息ではなく、身体に力を入れるための気のようなものだった。

 胸の高さで右から左へ、拳を水平に薙ぐ。ナックルダスターから溢れた血流が二本の十字架になってアスファルトに突き立った。

 そこには気絶したザップとスティーブンが(はりつけ)にされている。簡易的ではあるが一応の拘束というわけだ。

 

「……こっちも終わりました」

 

 背後の声にクラウスが振り返ると、そこには疲れ切った顔のチェインがいた。

 

「ご苦労。……ここまで引きずってきたのかね」

 

 チェインがこくんと頷く。

 その足元には痙攣しながら泡を噴いているレオが転がっていた。まあ無事と言えなくもない。地面の凹凸で擦られて全身ボロボロだったが、これも無傷のようなものだ。

 

「置いてこようかとも思ったんですが、やはり全員まとめておいた方が無難かな、と」

「ふむ。力仕事をさせてしまったな。すまない」

 

 軽く労った後、同じ要領でレオも磔にした。もっとも彼に関しては体を拘束する意味はあまり無く、どちらかと言えば下手に動き回ってこれからの戦闘の巻き添えを食わないように、との配慮だった。

 一番の障害だったスティーブン達はなんとか無力化できたが、ただそれだけで実は何も終わっていない。根源であるテンプテーションはまだ野放しだ。

 

「よう。やっと超人ストファイが終わりやがったか」

 

 と、そこにふらりと現れてけだるそうに話しかけてきたのはトレンチコートの痩せた男、ロウだった。

 

「…………」

「……なんだオイ」

「いえ、お疲れ様です警部」

 

 返事が一瞬だけ遅れたのは、ロウの長い前髪がチリチリに焦げてマリモのような塊になっていたからだ。ちょうど前頭部に小さなアフロをくっつけた状態である。

 クラウスでなければ耐え切れず吹き出していただろう。鋼の精神力と、極まった礼節のなせる業。実際、傍らのチェインはプーッと霧を吹いた後、そっぽを向いて小刻みに震えていた。

 ロウ本人もその滑稽さは自覚しているようだった。短くなったタバコを忌々しそうに吐き捨てる。

 

「……あのなあ、言っとくがコイツはテメエんとこのウスラバカの仕業だ。この騒ぎと合わせて落とし前はキッチリ付けさせるからな」

 

 詰め寄るロウに、クラウスは深々と頭を下げた。

 

「此度の騒ぎ、並びに警部への御迷惑、まことに申し訳ない。この償いはいずれ必ず。しかし、どうか今しばらくの看過をお願い致したく……」

 

 顔を上げたクラウス。浮かんだ冷や汗が「無理を通そうとしています」と主張していた。横車を言っている自覚が顔に出るタイプなのだ。交渉事に向かないと評される原因である。

 ロウは新しく取り出したタバコを口にくわえる。

 

「やっぱりワケありか。ま、単なる内ゲバなはずねえとは思っていたが」

「あまり詳しい説明をしている時間も無いのです。事態は急を要します」

「そらそうだろうよ。お前ら(ライブラ)が動くのは、大抵世界の命運がかかってる時だ。……フン、好きにすりゃいい。こっちはこっちでやることやるだけだ」

「協力に感謝します。では」

 

 クラウスはもう一度軽く頭を下げて歩き出した。チェインもそれに続く。ロウの横をすり抜け、二人が足早にその場を去ろうとした、その時。

 

「まあ、そのやることってのはテメエらをしょっ引くことなんだがな」

 

 ガシャガシャと金属のぶつかる音と共に、4人の重武装ポリスーツが行く手を遮った。直後に後方からも4人。挟み込むようにクラウスとチェインを包囲する。

 巨大なポリスーツの陰で、背を向けたままのロウがポケットからライターを取り出した。

 

「警部──」

「なに、はなから勝てるなんて思っちゃいねえよ。ただ命懸けで1秒でも多く時間を稼げってのが()()()()()()()()()なもんでな」

 

 クラウスの目が見開かれた。反射的に驚愕し、同時に状況を理解し、悔恨に心を焦がしながらも拳を固く握りしめる。

 ロウがライターの火をつけた。

 

「撃て」

 

 ドラムロールのような銃声が響き渡った。硝煙と土埃で濁った空間に、大量のマズルフラッシュがうっすら瞬く。発射されているのは一発一発が自動車を爆散させる威力の弾だ。それを秒間20発のペースで8人が撃ち続けた。

 次の瞬間、5人が吹き飛んだ。セラミック、チタン、強化プラスチックの複合装甲が、まるで発泡スチロールのようにバラバラと宙を舞う。

 砂塵の中から無傷のクラウスが姿を現したのはその後だった。上半身を半回転させながら拳を地面に叩きつけると、巻いた旋風に砂塵が消し飛んだ。直後に、足元から突き出した十字架に残りの3人も空を舞った。

 8人の重武装機動装甲警官は、あっという間に8人の身動きできない怪我人になった。

 

「……8人がかりで3秒か。もった方だが──」

 

 そこでロウの言葉が途切れた。まだ煙すら上がってないタバコが足元に落ちる。左胸に、細い腕がずぶりと突き刺さっていた。正確に言えば、その腕は突き刺さっていたのではなく、ロウの体をすり抜けて心臓だけを握っていた。

 空中に浮かんだ猟犬のように鋭い双眸が、瞬きする間にチェインになった。心筋をつまんだ指にわずかに力が込められる。ロウは「かっ……」と小さく呼吸を詰まらせた後、無言でその場に倒れた。

 

 ──『症例 心臓発作』

 

 技と呼ぶにはあまりに捻りのない名前と仕組みだが、一応チェインの数少ない攻撃技である。防御も反撃もすべて無視しながら相手の心臓を鷲掴みにするという、不可視の人狼ならではの(えげつない)戦い方だ。

 もちろん今回は限界まで手加減した、言わば『超軽症』バージョンなのでロウは死んではいないが。

 

「…………」

 

 チェインの横顔に冷や汗がつたった。

 別に彼女は、ロウ警部達がテンプテーションの手に落ちていたことに困惑したわけでも、そんな彼らを叩きのめしたことに罪悪感を感じていたわけでもない。

 問題はクラウスとチェインが見つめる視線の先。土煙をまきあげながら向かってくる波のような大集団だった。

 

「うわぁ……アレ全部か……」

()()だろう」

 

 思わずこぼれたチェインの呟きに、クラウスが律義に返事をした。

 拳を振り上げ、刃物を突き上げ、鈍器を担ぎ、銃を構え、何やらよくわからないが大きくてゴチャゴチャした火器で武装し、何やらよくわからないがとにかく危険そうな生態器官を振り回し、雄叫びを上げつつ迫り来る暴徒の群れは、パッと確認した限り全員が男、もしくは雄だった。

 クラウスは傍らのチェインに視線を向けた。

 

「チェイン、ここは私が引き受ける。君はミス・サローヤンの元へ。K・Kも空から捜索し向かっているはずだ」

 

 チェインが頷いた。おそらく、この暴徒の波の発生源にテンプテーションはいる。消えたまま逆走していけば見つけ出すのはそう難しくないだろう。

 姿を消す前に、ひとつだけチェインは尋ねた。

 

「……もし()()が来なかった場合、私と姐さんだけで戦っても?」

 

 質問の意味は明確だ。メモリブレイクできるWがいないなら、ドーパントを止める方法は一つしかない。

 

「やむをえまい」

 

 クラウスの答えに揺らぎは無かった。

 ライブラのリーダーとして、世界の均衡を保つ組織の長として、すべてを呑み込んで許諾した。

 

 世界の秩序のため。

 人界の存続のため。

 掲げるのはこの上なく強力な大義名分。

 故にライブラに禁じ手は無い。

 尋問も拷問も、必要ならば虐殺でさえ。

 故に犠牲はなくならない。

 一人や二人ですめば奇跡に近い。

 それは悪人に限った話ではなく、時に罪なき命も数えきれないほど巻き添えとなる。

 

 それでもクラウスは止まらない。

 立ち止まることを彼自身が許さない。

 非道も犠牲も全てを背負い歩き続けるのだ。

 血で編み骨で飾られた十字架を、その手に固く握りしめて。

 

 

 

「だが──」

 

 

 

 だが──

 その歩みを止めないのと同じように、希望を忘れ諦めることを決してしないのも、また自身で定めたクラウスの生き方だ。

 と言うより順序が逆なのか。極限まで光を信じられるからこそ、クラウスは歩き続けることができるのかもしれない。

 故にクラウスは信じている。いや、そこに微塵の疑いすら無いのだからこう言うべきだろう。

 

 ──クラウスは『知っている』のだ。誓いを抱く人間の強さを。その可能性を。

 

「彼らは来る。救うと誓ったものがあるからだ」

 

 その言葉にも揺らぎは皆無。

 チェインは力強く頷いた。本人すら気づかないうちに、口元に笑みが浮かんでいた。

 

「征きたまえ」

「はい」

 

 簡素な返事を置いてチェインが消える。

 場に残されたクラウスは迫る群衆に向かい一歩進んだ。

 

「ブレングリード流血闘術──」

 

 拳を構える。

 いつものように揺るぎなく。

 

「──推して参る」

 

 

 

 愛する女の命令で押し寄せた無数の暴徒。

 その前に立つのは一人の男だけだった。

 だが彼らは程なく、身をもって知ることとなる。

 拳を構え立ちはだかっているのは、威容を誇り(そび)え立つ修羅の城塞であるということを。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 クラウス・V・ラインヘルツは誰かを信じるのに根拠や理由を必要としない。この底無しのお人好しは、信じてくれと言われれば信じるし、助けてくれと言われれば助ける。そこに迷いは一切生じない。性善説を唱えた孟子だってここまで人間を信じてはいなかっただろうレベルの、妄信。

 当然、なんの根拠もなく人を信じ続ければ、それはもう多々裏切られる。この常識と非常識が入れ替わったような街ではなおのことだ。信頼を前提にした相互理解ではなく、悪意を根底とする暴力によって解決せねばならなかった事例の方が遥かに多い。

 

 しかし、信頼とはただ裏切られるだけのものでは決してない。

 裏切られる度に大きく傷つき、心を痛め、それでも変わらず他人を信じ続けるクラウスへ、朽ちることのない確かな『応え』を返し続ける者達がいる。

 そして今、クラウスが全身全霊で信じている探偵たちもまた、そういった『応える者達』であった。

 その証拠に──

 

「やはり暴徒を生み出していたのは彼女だったね」

「ああ。ちょっとばかし悪女が過ぎたなタマラ」

 

 その証拠に、誰よりも早くテンプテーションへと辿り着いたのがWだった。

 続々と、一定の方角へ流れる男達の波。建物の屋根や壁をつたってその源へと遡り、円形に舗装された広場へと辿り着いたWは、奴隷を増やし続けているテンプテーションの背後に降り立つ。

 

「……アタシノジャマヲシニキタノ?」

 

 テンプテーションが振り返った。その動きに合わせるように、周囲の私兵(おとこ)達の目もWに向いた。

 

「敵……?」

「タマラの敵……?」

「邪魔者……?」

 

 虚ろに揺れる彼らの口からは、声とも呼べないさざめきだけが漏れ出ている。隷従。それ以外の思考はまったく見えない。

 翔太郎はゾッとした。これでは愛の奴隷どころか心のない人形だ。

 

「これは……かなりメモリの侵蝕が進んでいるようだ。見たまえ翔太郎」

 

 フィリップに促された視線の先。「いったいなんの集まりだ?」と現れた野次馬が、次の瞬間にはWを見つめる人形の一体に変わった。テンプテーションはそちらを見てもいない。

 

「一定範囲の男を自動で隷属させている。同時に彼女が望んでいることを意識に植え付けられているようだ。これはもう誘惑と言うより……翔太郎?」

「……悪い、また頭がぼーっとしてきやがった。こりゃ早いうちになんとかしねえと、本格的にヤバいことになりそうだぜ」

「了解した。この人数が相手となると、パワーとリーチが必要だ」

「ああ、コイツだな」

 

 Wが銀色のメモリを取り出した。

 

 《メタル》

 

 ボディサイドのメモリをジョーカーからメタルへ入れ替える。黒い半身が一瞬で銀に変わり、金色の月光と共鳴するように輝いた。

 

 《ルナメタル》

 

 幻想の闘士へと姿を変えたWが、背からメタルシャフトを抜き払った。

 

「「さあ、お前の罪を数えろ!」」

 

 戦闘態勢のW。それに対するテンプテーションの返答は、小さく呟いた一言だけだった。

 

「イキナサイ」

 

 周囲で蠢く大勢の恋人たちにはその一言で十分だったようだ。(せき)を切ったようにWへの猛攻が始まった。

 

 

 

 厳しい戦いになる。

 翔太郎もフィリップも覚悟していた。だが実際には想像よりも遥かに不利な状況だった。その最たる要因が、戦いの舞台となったこの広場だった。

 

 かつてユニオン・スクエアと呼ばれていたこの広場は、NY大崩落の後も元のまま存在している数少ない憩いの場だ。

 むせび泣く石像も乱立していないし、滞在時間の半分のペースで寿命が減るわけでもないし、5分ごとに偽ゼグパモリギャドルが出現することもない。多少位置がずれ、面積が倍に引き伸ばされただけだ。広くなったのはむしろ良いことだろう。

 レネラエンドパークと名を変えた今も、この広場は常に多くの人で賑わっていた。さらに今日は土曜日で、週に3回開かれるマーケットの最盛況日で、おまけに月に2回あるメンズ用品全品半額セールの日だった。

 すなわち、兵隊(おとこ)はいくらでも補充できるということ。テンプテーションが偶然ここに来たというよりは、男の多い方へ多い方へと移動した結果ここに辿り着いたのだろう。

 野次馬だけでなく、この騒ぎをマーケットの賑わいと勘違いした市民や観光客が続々とやってくる。そして彼らはここが危険だと気づく前にテンプテーションの手に落ち、片っ端から従順な特攻兵となってWに襲いかかるのだ。

 

「くそっ、キリがねえ!」

 

 Wは鞭のように伸ばしたメタルシャフトで襲ってくる男達を薙ぎ払うが、押し寄せる奴隷の波は途切れない。

 圧倒的な物量差に加えて、マーケットの傾向からその多くが人間であるということも厄介だった。人類(ヒューマー)よりも屈強な異界存在ではなく、大半が武器も持っていないようなただの人間だ。Wは全力で戦えない。だが向こうは死に物狂いで襲ってくる。

 そして時折、異常な威力の攻撃が飛んでくるのだ。

 

「がっ……!」

「うっぐ……」

 

 脇腹に重い一撃を食らい、Wは並んでいた屋台に突っ込んだ。

 いまWを吹き飛ばしたのは、タコの足のような触手だった。吸盤の代わりに牙が生えたそれが、もう一撃入れようと迫る。

 Wは間一髪で攻撃をかわし、その触手をメタルシャフトでからめとって力づくで放り投げた。宙を舞ったのはミイラ化した鮫のような異界存在で、触手は彼の()だった。

 どう考えても本体より大きな舌を普段どうやって口に収めているのか、そんなことを考える暇もなく次の攻撃がWを襲う。

 そして、そういった攻撃をしてくるのは異界存在だけではなかった。

 ランニングウェアの青年が取り出した護身用と思しきハンドガン。それに気づいた翔太郎はメタルシャフトで弾丸を弾こうと身構える。

 

「ダメだ翔太郎! 避けろ!」

「は!?」

 

 フィリップの叫びに反応して、翔太郎はギリギリで回避に切り替えた。弾丸はWのすぐ横を通り過ぎ10m後ろの屋台の残骸に命中した。と思った次の瞬間、屋台の残骸は地面もろとも球状にえぐり取られ消滅した。

 

「なんだよありゃ!?」

「ワイスゴー空間掘削弾頭……要するにこの街の武器は見た目と火力が釣り合ってない場合が多いということだ!」

「ったく、ちょっと油断するとコレだ!」

 

 対応を間違えば即死の攻撃が、無力な人間の盾から繰り出される。驚異的な集中力を発揮していた翔太郎も、際限なく襲ってくる敵に次第に動きが鈍くなっていく。限界が近かった。

 

 右から掴みかかる3人をいなす。

 投げられた手榴弾を高く打ち上げる。

 続けて針つきの触手の群れを回避。

 メタルシャフトで本体を吹っ飛ばす。

 正面の男5人を軽く掃って気絶させる。

 一瞬の隙を突き可愛いタマラを攻撃。

 が、盾となった植物人間に弾かれる。

 足にしがみついた男を振りほどく。

 同時にヤバそうな弾丸に瓦礫を投げて防御。

 今度は左から2人が襲いかかる。

 タマラを愛した後、男達を蹴り飛ばす。

 振りかぶったメタルシャフトで──

 

「翔太郎っ!!」

 

 フィリップの声で我に返り、翔太郎は背筋が凍った。自分の思考にねじ込まれた異物に吐きそうになる。

 だが敵は休ませてはくれない。際限なく増え続けるテンプテーションの奴隷と戦いつつ、隙あらば心に入り込もうとするテンプテーションの能力にも必死で抵抗し続ける。

 

「……クソ。缶詰の効果も薄れてきたってことか」

「すまない……彼女の力がここまで強力になっていると予想できなかった……!」

「気にすんな。相手はわからないことだらけのT-0ガイアメモリだ。それに、怖さを感じるだけまだマシだぜ」

 

 ふうっと大きく息を吐き、メタルシャフトを構えなおしたW。どんなに劣勢でも諦めるわけにはいかない。

 だが人の波を蹴散らしながら現れた新たな敵に、翔太郎とフィリップは戦慄した。

 

 身の丈4、5mはありそうな筋骨の塊。ドラム缶ほど太い首からはもう一対の腕が生え、大きく裂けた口が熱気を吐く。斧のような歯をガチガチと鳴らす巨大な口の上には、さらに小さな顔がくっ付いていた。

 腕や背中から生えた白い羽翼と、頭上に浮かぶ丸い輪を見た瞬間、何の冗談だと笑いたくなった。まさかこのバケモノが天の御使いだとでもいうのか。

 

 直感で理解する。

 この怪物もクラウスよりは確かに弱い。が、今の自分達よりは遥かに強い。

 人間にもわずかに残った動物としての本能で、逃れられない死を覚悟した。

 だが──

 

「それが諦める理由にはならないよなフィリップ!!」

「ああ、その通りだ翔太郎!!」

 

 Wは一歩も退かなかった。

 近づいて来る怪物を見据え、メタルシャフトのマキシマムスロットへとメモリを装填する。

 

 《メタルマキシマムドライブ》

 

 一層しなやかさと長さを増し、鞭のように大きく振り回されるメタルシャフトの流麗な煌き。それが幾筋もの軌跡となって空中に光輪を描いていく。

 

「「メタルイリュージョン!!」」

 

 Wの周囲に輝く6つの光のリングが、最後の薙ぎ払いで次々と撃ち出された。

 神秘(ルナ)の力でリングは自在に空中を舞い、怪物を翻弄してその足を止めさせる。そして一瞬の隙も与えず、一斉に襲いかかった。

 閃光の月輪。華麗に重なる六奏の輪舞曲(ロンド)

 

 怪物は、それを片手で払いのけた。

 

 光の輪はたやすく弾け、軽やかな破裂音だけが沈黙に消えた。それをWが認識した時にはすでに、目の前に巨大な拳が迫っていた。

 

「──!?」

 

 反射的にメタルシャフトを滑り込ませ防御しようとする。が、そんなとっさの防御などまるで問題にしない威力のアッパーカットで、Wは空へと打ち上げられた。

 あまりの衝撃に声も出ない。メタルメモリの防御力のおかげで変身解除には至らなかったが、それでも首の皮一枚で耐えただけだ。もう一発食らえば今度こそやられる。

 落下地点で待ち受けられないよう、伸ばしたメタルシャフトをどこかに巻き付けて距離をとらなければならない。

 だが、その考えすら甘かった。落下を始めたWの前に白い羽がふわりと舞った。

 怪物はすでに()()()()

 

(飛──べんのかよ……!?)

 

 翔太郎が驚愕したのも無理はない。翔太郎もフィリップも、この巨体が飾りのような華奢な翼だけで飛べるはずはないと思い込んでいたのだ。

 いや、単に筋力に任せてジャンプしただけだろうか。それでも十分に驚異的だが、まだ力学的にはありえそうだ。

 しかしすぐに、そんなことは今どうでもいいと気づいた。どちらにせよ、空中で身動きがとれないWとそこへ岩のような拳を振り下ろす怪物、という図式は変わらないのだ。

 

(くっ、ヒートメタルなら耐えられるか……!?)

(可能性がある程度だが、それしかない!)

 

 共有された意識で素早く対抗策を練る。答えを出すのは一瞬だったが、果たして実行が間に合うか。

 やるしかないと覚悟を決め、ドライバーからルナメモリを引き抜こうとした、その時だった。

 

「954B・B・A(ブラッドバレットアーツ)──」

 

 真上から、聞き覚えのある声がした。

 空中にワインレッドのロングコートがはためき、まばゆく爆ぜる雷光が降り注いだ。

 

「ガギャギャギャギャ……!!」

 

 稲妻に貫かれた怪物が、痙攣するような断末魔を放って動かなくなる。その巨体を蹴りつけて地面へ叩き落し、空中で身をひるがえしたのは。

 

 コードネーム──K・K。

 ライブラの一員にして、凄腕のスナイパーにして、銃格闘戦闘術『954(ナインファイブフォー)血弾格闘技(ブラッドバレットアーツ)』の使い手にして、二児の母。

 本名非公開。

 出身地非公開。

 年齢非公開。

 現在──

 

Levin Ballet(レヴィンバレエ)10000(テンサウザント)!!」

 

 ──『電撃』強襲中。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 蹴りつけられた怪物が地に堕ちる。その衝撃で周りの男達が十人ほど吹っ飛んだ。何が起こったのかを男達が認識するよりも早く、空中のK・Kは引き金を引いていた。

 左目だけで素早く狙いをつけ、落下しながら撃ちまくる。大きく広げた両腕の先で、バレルに髑髏(どくろ)をあしらった頑強な二挺拳銃が雷を吹く。

 乱射に等しい精密射撃。めちゃくちゃに撃ちまくっているようでも、その雷光は一閃一閃がK・Kの鋭い視線に沿って走り、確実に標的を貫いていた。

 雷を付与したK・Kの技の前では、圧倒的な物量がむしろ仇となっていた。弾丸が撃ちこまれた人外から隣の人間へ。その人間からまた隣へ。密集した男達に超高圧の電流がたやすく伝播していく。

 

 雷鳴轟咆──荒れ狂う霹靂は龍の如く。

 紫電百閃──(ほとばし)る光が人の波を砕く。

 

 ストン、とK・Kが地に降りた。

 まるでそれが合図だったかのように、広場を埋め尽くしていたテンプテーションの奴隷達は、一様に口から煙を吐いてバタバタと倒れ転がった。

 制圧完了である。

 

「……すごい」

「ああ」

 

 一拍遅れてWも着地する。フィリップが思わず漏らした感嘆に、翔太郎もそれしか返す言葉がなかった。

 あの魂が抜けたようにビラを配っていたK・Kと本当に同一人物なのか、にわかに信じられなかった。

 マキシマムドライブすら通じなかった相手を、そしてあれほど苦戦した群衆を、ほんの数秒のうちに片づけてしまったのだ。

 恐るべきはその()()()()()()。生半可では効かなそうな強化サイボーグや、怪物(クラス)相手には銃弾を手足に直撃させて確実に戦闘不能にし、その一方で、人間や、人外でも脆弱な者たちは余剰の放電だけで全身を麻痺させていた。

 

「ソンナ……ソンナ……アアアアアアアアア!!」

 

 テンプテーションが震える声で叫んだ。

 ただ一人立っていることを許されたのは恩情などであるはずもなく。単にK・Kが手加減しなくていい状況を作っただけと理解して。

 そして、およそ戦闘力など皆無である自分には、向けられた銃口から逃れるすべもないと諦めて。

 

「…………」

 

 K・Kが引き金を引く。

 その時、彼女は小さく舌打ちをした。

 発射されたのは実弾ではなく、非殺傷の血液梱包弾(シムニッション)だった。

 K・Kの血液によって超高圧の電撃が付与された弾丸は、テンプテーションの脳天に命中しても致命傷とはならず、その意識だけを一瞬で刈り取った。

 男達同様に地面に転がったテンプテーションを一瞥して、K・Kはダシダシと思いっきり地団駄を踏んだ。

 

「あーもー最っ悪!」

 

 振り返ったK・Kはあからさまに不機嫌だった。拗ねた子供のような眼でWを睨みつける。

 と次の瞬間、今度はWに銃口が向けられた。

 翔太郎とフィリップが状況を理解したのは、引き金が引かれた後だった。

 

「コケェッ……!」

 

 Wの背後で、起き上がっていた金属光沢をもつ異形が鶏のような声をあげてひっくり返った。まだ立ち上がろうとしているところを見ると、どうも電気に耐性のある種族らしい。

 が、だからといって勝てるわけでもない。

 

「えっ、ちょっ、まっ、コケケケケケッコウ!!」

 

 つかつかと歩いてきて、遠慮なく手足に12連射。これでは意識があっても立ち上がれないだろう。ヘタに耐性があったのが彼の不運だ。

 だが、それが逆に翔太郎とフィリップにとっては幸運だった。今のでK・Kの憂さもちょっぴり晴れたらしい。

 フン、と軽く鼻を鳴らして。

 

「ゴッメン手加減しすぎて討ち漏らしちゃったわ」

 

 大根買い忘れちゃったわ、くらいのノリで謝る。

 それに対し、どういう反応が正解なのかわからず固まるW。

 若干の沈黙の後。一連の流れがなんとなく空回りっぽかったのに気付いたのか。K・Kは気恥ずかしさをごまかすように、口をとがらせて絡んできた。

 

「ちょっとちょっと何か言いなさいよ。ピンチだったんでしょー。助けてあげたんだからお礼くらい言いなさいってのヨ」

「おわわわわわ! あ、ありがとうございました助かりましたK・Kさん!」

 

 ヘッドロックしたWの頭へ銃のグリップをぐりぐり押し付けてくるK・Kに、翔太郎は慌てて礼を言った。

 メタルボディなので別に痛くはないが、Wの時にこの距離感でこられるとやはり戸惑ってしまう。まあ変身していようがいまいがお構いなしにスリッパで叩いてくるような人間もいるのだが。

 

「固いわー距離感じるわー。もうちょっとフレンドリーにさぁ、ザップっちみたいに姐さんって呼んでもらっていいのよ。翔っち」

「しょ、翔っち!?」

「フィリっちにもそう伝えといてよ。あ、『仮面ライダー』ってことはフィリっちも中にいるの?」

「ええ、ハイ……翔太郎が翔っちでぼくはフィリっちか……」

 

 フィリップが返事をすると、K・Kは興味深げに頷いた。

 

「フーン。ヘエー。話は聞いてたけど相当変わってるわねアンタ達。……うぇッ、ところでなんか変な匂いしない? ナニコレ?」

 

 無遠慮にぺたぺたと撫でまわしたせいでシュールストレミングの臭いが移ってしまった手のひらをスンスンと嗅ぎながら異臭に顔をしかめる。

 たまらず、翔太郎が口を挟んだ。

 

「あ、あのK……姐さん」

「ん?」

「今はこんなことしてる場合じゃ……まだタマラのメモリブレイクもしてねえし──」

 

 ギシリ、とWの肩に置かれた手が音をたてた。

 メタルボディなのでやはり痛くはないのだが、痛くないはずなのだが、目の前のK・Kが発する殺気にあるはずのない激痛を想像してしまう。

 焦点の定まってない濁った瞳が、硬直したWを映す。

 

「いーい二人とも。私が私の旦那に手を出したあの〇〇〇(ピーー)のことを忘れていると思ってるなら大間違いよ。むしろ逆だから。なんとか頑張って視界に入れないように考えないようにしてるの。でないとアンタ達やクラっちが助けたいと思ってるガイアメモリのせいでおかしくなってるだけのあの女に今すぐありったけの鉛玉ぶち込んで殺しちゃいそうだから!! わかったかしら(アンダースタァァン)!?」

 

 一分前の絨毯雷撃の迫力が霞んでしまうほどの、凄まじい剣幕だった。

 Wは赤べこのように首を縦に振った。あとわずかでも機嫌を損ねれば、自分達が蜂の巣にされそうな気がした。

 会津の民芸品と化したWを見て我に返ったのか、K・Kはかぶりを振ってため息を吐いた。狭くなった眉間に手を当てて、天を仰ぐ。

 

「そういうわけだけら、さっさとアンタ達でブチのめしてきて。今回はそれで我慢するわ」

 

 そう言って不機嫌さを残したまま、ポケットから取り出したものをWに押し付けた。

 拳銃を模したアルファベットの『T』が刻まれた青いガイアメモリ──

 

「トリガーメモリ……姐さんが持ってたのか」

 

 驚いて顔を上げ、その瞬間K・Kの目に凍り付いた。冷ややかで鋭利な眼光。

 

「──ホント救いようのないクソったれね」

 

 振り向きざまに右手の銃を二発撃つ。

 一直線に走った銃弾はまるで引き寄せられるように、立ち上がって逃げようとしていたテンプテーションの両脚を狙った。

 だが、命中したのは新しく傀儡になった二人の男にだった。身を挺して、というには乾いた光景。男の自由意思がない以上、これは単なる肉の壁だ。

 テンプテーションは脱兎のごとく走り去ろうとしていた。

 

 ここまで来て逃がしてたまるか、と。

 タン、と跳ねるように地を蹴って、K・Kはテンプテーションを追って駆けだした。もちろんWもそれに続く。

 

「こっちにまで手加減した覚えはなかったんだけど。なんで効いてなかったのかしら」

 

 問いかけと言うよりは、自責に近い呟き。

 それにフィリップが反応した。

 

「テンプテーションドーパントは戦闘能力がほとんどない代わりに、かなりの自己修復能力を有している。すぐに意識が戻ったのはそのせいだろう。……すみません、先に伝えておくべきでした」

「アナタが謝ることじゃないわ。ホント、自分の甘さに反吐が出そう」

 

 小さく歯を軋ませたK・K。

 その隣を駆けながらWが──翔太郎が言った。

 

「いや、姐さんのせいじゃねえ。誰よりも傷ついてたはずなのに、自分の怒りを押し殺して俺達のために加減してくれたんだ。それは甘さじゃなくて優しさだ。昔おやっさんが──俺の師匠が言ってたぜ。『甘さを捨てないと一流とは呼べない。だが優しさまで捨ててしまったら、そいつはもう三流とも呼べない』ってな」

「さすが、いい言葉だ」

 

 感心するようなフィリップの言葉と共にWの右目が点滅する。それがまるで、Wがウィンクをしたように見えた。

 

「レディにそこまでさせといて、それでしくじるなんざハードボイルドじゃねえ! いくぜフィリップ!」

 

 そう吠えて、Wはメタルシャフトを一気に伸ばした。そして先端を曲げて地面に食い込ませ、調整した弾性を利用して棒高跳びのように躍り上がった。

 空中で身をひるがえしながら、受け取ったばかりのトリガーメモリをドライバーに装填する。

 

 《トリガー》

 

 銀色だった左サイドが青に変わり、メタルシャフトの代わりにトリガーマグナムを握り締める。

 

 《ルナトリガー》

 

 幻想の射手が空を舞い、輝く蒼銃の引き金を引いた。撃ち出された光弾は意志を持っているかのように曲線軌道を描いて進み、テンプテーションの足元に突き刺さった。

 

「ギャァッ──!?」

 

 足を止めたテンプテーションの前にWが降り立つ。

 後ろではすでにK・Kが銃を構えている。

 もう逃げられない。震えるテンプテーションにWが告げた。

 

「ラブゲームもここまでだな。さあ、お仕置きの時間だぜプレイガール」

「ウッ……クッ……」

 

 WとK・Kが、テンプテーションを挟んで同時にトドメの態勢をとった。

 異界の技術を融合させた超火力の拳銃に血液で雷を付与した銃弾のマガジンを装填する。バチヂッ、と帯電した銃身が鳴く。

 マグナムのマキシマムスロットにドライバーから引き抜いたトリガーメモリを装填する。カシャン、と変形した銃身が輝く。

 

「954B・B・A(ブラッドバレットアーツ)──」

《トリガーマキシマムドライブ》

 

 写し取ったかのような同じ姿勢、同じ距離。

 半身に構えピンと伸ばした右手の先。

 同じ標的を対角から狙う二つの銃口。

 ワインレッドのコートが風に揺れて。

 コバルトブルーのボディが輝いた。

 

Rapid Impulse(ラピッドインパルス)300(スリーハンドレッド)!!」

「「トリガーフルバースト!!」」

 

 二つの引き金が引かれたのは、ピタリと重なった同じ一瞬。しかし描いた弾道の違いが時間差での二段階攻撃を生む。

 K・Kが放った10発の銃弾は空間を裂くように直進し、テンプテーションの全身に着弾、次々と炸裂した。電流は体表から筋肉を貫き、神経に入り込んでさらに弾けた。

 激痛に硬直したテンプテーションに、次いで6発の光弾が襲いかかった。曲折し渦巻く神秘の光が、体内のメモリの位置を正確に、そして一気に撃ち抜いた。

 布を引き裂くような悲鳴をあげてテンプテーションが爆炎に包まれる。排出されたメモリはアスファルトに転がり、バチッと断末魔めいた放電を最後に砕け散った。

 

「フゥ……メモリブレイク完了だ」

 

 息をつき、Wはトリガーマグナムを下ろした。

 だがK・Kは警戒を解かなかった。銃を向けたまま地面に倒れたタマラに近づく。

 

「う……う……」

 

 タマラが呻き声をあげた。いや、呻き声というよりは泣き声だった。嗚咽の混じった声で泣き、そして嘲笑した。

 最初から忍ばせていたのか、それともどさくさに紛れどこかで手に入れたのか。タマラの手には小さな拳銃が握られていた。

 

「なっ!?」

「タマラっ!」

 

 駆け寄ろうとするWを、K・Kが片手で制した。任せなさい、と無言で言っていた。

 タマラの頭に銃を押し付け、警告する。

 

「動かないで。今度は実弾よ」

「……撃ちたければ撃てばいいわ。……どうせ最初から……こうするつもりで持っていたんだもの」

 

 小さな銃の銃口は、タマラの手で自分のこめかみに当てられた。引き金にかかった震える指に力が込められる──直前、拳銃がもぎ取られて空中に浮かんだ。

 何が起こったのかをタマラが理解する前に、何もない場所から声が聞こえた。

 

「悲劇のヒロインになりきったまんまで勝手に死なないでくれる? メモリの入手経緯とか、いろいろと聞かなくちゃいけないことあるんだよね」

 

 姿を現したチェインが奪った拳銃をくるくると遊ばせながら冷たい視線を投げる。

 これで本当に何もなくなった。完全に決着した。

 タマラは呆然と自分の手を見つめて呟いた。

 

「死なせてもくれないのね……」

 

 瞬間、見えない速度でK・Kの平手が振り抜かれた。鞭打つような鋭い音が響く。タマラ本人でさえ、頬をぶたれたと気づくのに少しかかった。

 

「フザケないで! あそこにいる二人がどんな覚悟でアンタを助けたと思ってるワケ!? 倒すだけなら、殺すだけなら簡単! 2キロ離れてドタマぶち抜けばそれで終わってんのよ! それを! アンタが手を出したガイアメモリには自分たちも関わってたからって責任しょって! 化物がうじゃうじゃいる中で命懸けでアンタを救うために戦ったんじゃない! そうじゃなかったら……そうじゃなかったら誰が手加減なんかするかっての!」

 

 胸ぐらを掴み、頭突きしそうな勢いでタマラを怒鳴りつける。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 ぶつけられた感情剥き出しの言葉。思わず、タマラも怒鳴り返していた。

 

「……じゃあ私はどうすればよかったのよ! 誰に愛されても、どう愛されても満足できない! その理由もわからないまま、永遠に満たされないまま死ぬまで凍えていれば良かったっていうの!?」

 

(あっ……)

 

 翔太郎は、タマラという人物を誤解していたと気づいた。妖艶な娼婦でも、蠱惑の悪女でもない。彼女の本質はもっとずっと──幼かった。

 タマラを睨みつけていたK・Kの表情が、見つめるように優しくなる。

 

「……アナタ、誰かを愛したことがないのね」

「……え?」

「満たして欲しい。愛して欲しい。ええ、わかるわよ。でも、アナタのそれはただのわがまま。まるで生まれたばかりの子供みたい」

 

 K・Kはフッと微笑んだ。

 

「もっと大人になりなさい。満たされたいなら痺れるような恋をなさい。愛が欲しいなら一人と決めて愛しなさい。それが大人の女になるってことよ」

 

 タマラの瞳から涙が落ちた。一粒こぼれたと思ったら、もう歯止めが効かなくなっていた。

 胸の奥から何かがこみ上げてきた。熱くて、悲しくて、辛くて、痛くて、苦しくて──そしてとても温かい、何か。

 

「うぁ……あぁ……ごめんなさいぃ……ごめんなさいいぃ……!!」

 

 ぼろぼろとあふれ出る涙にまかせて。まるで親に叱られた子供のように、タマラは泣きじゃくった。

 

 

 

 こうして──

 依頼人の涙から始まり、ライブラ崩壊の危機を経て、テンプテーション事件は犯人の涙と共に幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なっがい……
まさか一話で15000字近くいくとは。
いや二つに分けようかとも思ったんですが、それだとお待たせしたのにボリューム不足になっちゃうかなぁ、と。

さて。というわけでテンプテーション事件、決着です。次回、最後に締めの話をもう一話はさんで第四話は終了。その次が設定集④になり、第五話に続く予定です。

それでは!次回もお楽しみに!
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