仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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熱き道を駆け抜けろ


Run straight on the 『Heat』 way

 ◇

 

 

 

 男の服装だけを見るならば、彼はまごうことなき『紳士』であった。

 知的な印象を与えるスクエアタイプの縁なし眼鏡は男の聡明さを。白いシャツに黒のベストという礼節ある装いは育ちの良さを。そしてきっちりと締められたネクタイは男の生真面目さを物語っている。

 だがその容姿、そして纏うオーラを形容するならば『鬼』という言葉が最も適しているだろう。

 2mはあろうかという巨躯、その全身から放出される熱気。見るものすべてを震え上がらせる凄絶な眼光。猪の牙のように口から覗く犬歯。ギシギシと音がしそうなほどに鍛え上げられたその身体は、強大な鋼の城のようにも思えた。

 

「申し遅れた。私の名はクラウス・(フォン)・ラインヘルツ」

 

 男が口を開いた。

 クラウスという名には聞き覚えがある。確かザップが旦那と呼んでいた電話の相手の名だ。ということは、この男がザップとレオの上司ということか。

 

「君の名を教えてほしいのだが」

 

 クラウスの声は重く、鋭く、そして静かだった。

 目の前では荒れ狂う黒い塊が、おそらく彼が作り出したであろう紅の十字架を砕こうと暴れている。だがそんな危険な状況をまったく感じさせないほどに、クラウスは静かで落ち着いていた。

 

「ひ、左……左翔太郎だ」

 

 翔太郎はクラウスに気圧されながらもなんとか答える。

 不思議なことに、翔太郎はクラウスに対し、威圧感と共に奇妙な安堵を感じていた。まるで恐ろしい肉食獣に手厚く守られているような安心感。

 名前を聞いて、クラウスはこくりとうなずく。

 

「ではミスター左。少しの間、しっかりとつかまっていてくれたまえ」

「え……?」

 

 次の瞬間、クラウスは翔太郎を抱え上げると、足場の車を蹴りつけ一気に跳躍した。車の屋根がゴンと大きくへこむ。

 

(おいおい……どんな力で蹴ったらああなるんだ……!)

 

 翔太郎が驚愕するもつかの間、眼下の黒い海が大きくうねり、いくつもの真っ黒な塊がスライムのように伸びあがってきた。

 避けようのない空中でクラウスと翔太郎を包囲する。

 その中心で、クラウスの目がギラリと光った。

 

「ブレングリード流血闘術――」

 

 クラウスの拳がギシリと音をたてる。

 見ると、その手には銀色のナックルダスターが握りしめられていた。その打突部には十字架型の装飾が輝いている。

 クラウスは右腕で翔太郎を抱えたまま、左腕を引き絞り固める。

 構えの完成にあわせ、全身から闘気が噴き出し、膨張していく。

 同時に、深紅の鮮血が十字架の中央からあふれ出た。

 

(まさか……!)

 

 翔太郎は瞬時にザップの血の刀を連想した。

 間違いない。クラウスも同じ能力(ちから)を使う。

 だがおそらく、使うのは刀ではなく――

 

(拳!)

 

「11式 旋回式連突(ヴィルベルシュトゥルム)!!」

 

 クラウスが拳を撃ち出すのに合わせて、鮮血から形成された紅の十字架が黒い塊に撃ち込まれた。

 その反動を利用し、クラウスの巨体が回転する。

 回転の中で次々と撃ち出される拳。そのすべてが十字架をともなって、周囲の黒い塊を弾き飛ばしていった。

 ゴオンと音をたててクラウスがトラックの上に着地する。

 再び襲い掛かる黒い波。

 それを跳躍でかわし、今度は真下に向かって十字架を撃ち出す。

 そして、なぜか落ちることなく空中に固定された十字架(それ)を足場にして、クラウスは一気に駆け上がった。

 たどり着いたのはザップの待つ、時計店の屋上だった。

 

「遅くなってすまない。ザップ」

「イヤ、助かったぜ旦那。そいつに死なれちゃ、さすがに寝覚めが悪ぃ」

 

 ザップはクラウスに抱えられた翔太郎に目をやった。

 

「……ちょっと振り回し過ぎたんじゃねえすか? こいつ目え回してますけど」

「ん……ああ!」

 

 翔太郎が腕の中でヘロヘロになっているのに気がつき、慌てて下におろすクラウス。

 

「だ、大丈夫か! ミスター左!」

「あ、……ああ、平気だ……ぜ」

 

 どう見ても平気ではない返事をし、よろよろと立ち上がる翔太郎。

 数秒ふらついた後、ザップに向き直りたずねる。

 

「あの子は?」

「ああ、安心しろ。ケガひとつねえよ」

「そうか。よかった」

「……ったく。イイ根性してやがるぜ」

 

 舌打ちとともにこぼれたその言葉はザップなりの賞賛なのだろう。

 翔太郎はそれを察してフッと微笑む。

 と――

 

「ク、クラウスさん!」

 

 唐突に声をあげたのは、目を覚ましたレオだった。

 隣ではフィリップも目を覚まして頭をさすっていた。

 

「オーウ、ようやく気がつきやがったか」

「無事で何よりだ。レオナルド君」

「ど、どうも。……ってイヤ、それよりも!」

 

 通りを埋め尽くすように広がる真っ黒なうねり。眼下の光景に、レオの表情はこわばっていた。

 

「なんなんですか……コレ」

「こっちが聞きてえっつの!」

 

 ザップが翔太郎の方へ振り返る。

 

「テメエ、この騒ぎの原因に心当りがあるって言ってたな」

「ああ。まず間違いねえ」

 

 翔太郎が答える。

 クラウスが一歩前に踏み出した。

 

「詳しく教えてくれたまえ、ミスター左。現状、この事態は今ここにいる我々だけで何とかしなければならない」

 

 毅然とした態度で協力を求めるクラウスの立ち振る舞い。彼の誠実さがひしひしと伝わってくる。

 翔太郎と、その隣に並んだフィリップが同時にうなずく。

 

「この事態の原因になっているのはおそらく、僕たちが『ガイアメモリ』と呼んでいるものだ」

「俺とフィリップはそのガイアメモリを追ってここに来た」

 

 と、突然レオがハッとした表情で声をあげた。

 

「あの! もしかして、そのガイアメモリって大きなUSBメモリみたいなヤツですか!? 表面に『H』って書いてある……」

「あ、ああ……」

「その通りだけど……」

 

 なぜレオがガイアメモリを知っているのか、と驚く翔太郎とフィリップ。

 それを察してか、レオは自分の細い目を指さしながら答えた。

 

「あ、さっき見たんです。そのガイアメモリがいきなり飛んできたのを。実は僕の目ちょっと……訳アリでして。いろいろと()()()()()()()んですよね」

 

 はにかみながらその目を開く。

 そこにあったのは――人間の眼ではなかった。

 眼孔にはめ込まれていたのは、幾何学的な模様が何重にも刻まれた、青く透き通る水晶のような眼球。白目も黒目もないその『眼』は光さす水面のように淡く輝き、この世の物とは思えないほど美しく、そして残酷だった。

 

「なるほどな……」

 

 いたって普通の青年に見えるレオが、なぜザップやクラウスと共に戦っているのか。これがその答えなのだと、翔太郎は瞬時に理解した。

 

「レオ、Hのメモリが飛んできたって言ったな」

 

 翔太郎はそれ以上レオの眼について何も言わなかった。

 訳アリだと言った表情から、他人がむやみにやたらに立ち入るべき事情ではないと判断したからだ。少なくとも、今この状況においては。

 レオにはふつう見えないものまで見えている。その情報だけを手にし、話を進めていく。

 

「こっちへ飛んできた後、メモリはあのヒルダっていう姉ちゃんに取り込まれた……違うか?」

「は、はい! たしか頭の後ろにメモリが刺さって……」

「やっぱりな。ビンゴだ、フィリップ」

「ああ。これで全貌があきらかになった」

 

 顔を見合わせてうなずきあう翔太郎とフィリップ

 

「こいつはガイアメモリを取り込んだヒルダさんの暴走だ」

「お、おいおい……これ全部、アイツがやってるっつうのかよ」

 

 ザップが困惑しながら口をはさむ。

 

「ヒルダは純粋な人間(ヒューマー)だぞ!? おととい寝たばっかだ!義体サイバネ移植にしろ、魔導術式インプラントにしろ、俺が気づかねえはずがねえ!」

「ザップ。ここでは人体改造がよくあることだっていうのは今の発言で予測できた。けれど、ガイアメモリによる超人化はおそらくキミが想像しているよりはるかに簡単だ」

「おまけに今問題になってるメモリは特別製だ。本来必要なコネクタの移植も必要ねえ。つまりただの人間でも、なにも特別なことをせずにその力を使えるっつうことだ」

「マジかよ……」

 

 口に手を当てうなるザップ。

 それまで話を聞いていたクラウスが口を開く。

 

「暴走と言ったが、これはその女性の意思ではないということか」

「ああ。本来メモリを使った人間が自我を失うことはねえ。あくまでメモリの力を使う超人『ドーパント』になるだけだ」

「だがどう見ても彼女は自我を失ってめちゃくちゃに力を使っている」

「ふむ……では、我々はどうすればその女性を救えるのかね?」

 

 どうすれば止められるのか、ではなく、どうすれば救えるのか。

 その言葉で、二人はクラウスが絶対的な信頼に足る人物だとあらためて判断した。

 

「ヒルダさんを救うには、メモリを体外に強制的に排出させ破壊する『メモリブレイク』しかねえ」

「そのためにはドーパント化した彼女を攻撃しなければならない。だが、それには危険がともなう」

「危険……って、ヒルダさんに……?」

 

 冷や汗を浮かべながらつぶやくレオにフィリップが答える。

 

「ああ。通常、ドーパントが受けたダメージはメモリが肩代わりして使用者を守る。だがメモリが暴走状態である以上、ダメージが大きすぎれば彼女の命が危険だ」

「俺達ならなんとか、ある程度加減はわかるんだが……くそっ! 変身さえできりゃ……!」

「へ、変身?」

「実は、僕らもガイアメモリの力を使って戦うことができる。でも今、僕らはメモリを持っていない」

 

 うつむく翔太郎とフィリップ。

 そんな二人にクラウスが檄を飛ばす。

 

「無いものをあてにすることはできない! 彼女への攻撃は我々が行おう。君達には攻撃の際、なるべく彼女を傷つけないように加減の指示を――」

 

 クラウスがそこまで言った時だった。

 

「ちょ、ちょっといいスか旦那?」

 

 ザップがおもむろに手をあげた。

 

「なんだねザップ?」

「いや……そのガイアメモリってのはでかいUSBメモリみたいなヤツっつったよな?」

「ああ」

「表面にHって書かれた?」

「それはメモリによっても異なるけど……」

「もしかしてもしかしたりなんかしちゃったりすると……コイツか?」

 

 そう言ってザップがポケットから取り出したのは――

 

「な……!?」

「え……!?」

 

 Hと刻まれた赤いガイアメモリだった。

 

「ヒートメモリじゃねえかっ!!」

「ど、どこでこれを!?」

 

 ものすごい剣幕でザップに詰め寄る翔太郎とフィリップ。

 

「い、いや昨日飲み歩いてる時に道に落ちててよォ……。ひょお~~っとすると売っぱらったら飲み代の足しくらいにゃなるんじゃねえかと……。いや~まっさかそんなシロモノだったとは……」

 

 腕を組んで経緯を話すザップにレオが冷ややかな視線を向ける。

 

「へえ、ザップさんのその飢えたネズミにも劣る浅ましさも役に立つ時があったんすねぇ」

「テンメェ、ケンカ売ってんのか!」

 

 レオに殴りかかろうとするザップをクラウスが羽交い絞めにして止める。

 それを完全に無視してレオがフィリップに声をかけた。

 

「フィリップさん、これでヒルダさんを助けられますね!」

 

 だが、翔太郎とフィリップは険しい顔のままだった。

 

「いや……僕たちが変身するにはもう一本メモリが必要なんだ」

「ヒートはフィリップのメモリだ。俺のメモリがなけりゃ変身できねえ」

「そ、そんな……」

 

 再び訪れた重い空気。

 その時だった。

 くい、と翔太郎のベストを引っ張ったのは――

 

「おにいちゃん……」

 

 翔太郎が助けた少女だった。

 

「おう、大丈夫だったか?」

「うん。ありがとうおにいちゃん」

「礼なんかいらねえよ。ここは危ねえから、ちょっと向こうに隠れてろ」

 

 優しく声をかける翔太郎。

 しかし少女はなにか言いたげに体をゆすっている。

 

「……どうした?」

「うん……あのね」

 

 少女は意を決したようにうなずくと、小さな手でフィリップを指さした。

 

「わたしも、あれとおんなじのもってるよ」

「え……?」

 

 両手で包むように、少女が翔太朗に手渡したのは――

 

「ジョーカーメモリ……」

 

 Jと刻まれた漆黒の、切り札(ジョーカー)のメモリだった。

 

「わたし気がついたらくるまのうえにいて、そこにおちてたの」

 

 少女が静かに話し出す。

 

「まわりはまっくろで、こわくなって、これをぎゅってにぎってたの。そしたら、おにいちゃんがたすけにきてくれたの! だからね、これ、きっとすごいおまもりなんでしょ? だからおにいちゃんにあげる! たすけてくれて、ありがとう!」

 

 たどたどしく、だが精一杯の感謝を込めて話す少女。

 翔太郎は顔をくしゃくしゃにしながら、その小さな手を握りしめる。

 

「礼を言うのは俺の方だ……! これで……俺は助けられる!」

 

 涙を拭き、立ち上がる。

 

「戦える!!」

 

 振り返った先にいたフィリップが何も言わずにうなずいた。

 そして、翔太郎も静かにうなずく。

 

「いくぜフィリップ!!」

「ああ、翔太郎!!」

 

 《ヒート》

 《ジョーカー》

 

 ベルトにメモリを装填し、叫ぶ。

 

「「変身!!」」

 

 フィリップが倒れ、その先に立っていたのは――

 

 《ヒートジョーカー》

 

 右半身を熱く燃える赤色に、左半身を切り札たる黒色に染めたWだった。

 

「あれが……翔太郎さんとフィリップさんの、変身……」

「なんつーか……またえらくアレな見た目だなオイ……」

 

 二人の変身に動揺を隠せないレオとザップ。

 だがクラウスだけは戸惑うことなく、Wに向かい歩を進めた。

 

「それが君の戦う姿だというなら、あらためて我々に力を貸して欲しい、ミスター左!」

「当然だぜ! クラウスの旦那!」

「もちろん、僕もだ!」

 

 Wからフィリップの声がしたことに一瞬驚いた顔をしたクラウスだったが、倒れたフィリップを見てすぐに「フィリップがWの中にいること」を理解したのだろう。

 力強くうなずき、きびすを返して屋根のふちへと歩いていく。

 後に続くW。

 その背中に向けてザップがニヤリと笑う。

 

「ずいぶんと悠長な作戦会議だったな」

「待たせちまって悪かったな。約束するぜ。ヒルダさんは俺達が必ず助ける!」

「へっ! 足引っ張んじゃねえぞ半分わけ!」

「半分わけ? それはぼくらのことかい?」

 

 不満そうなフィリップの声。

 

「他に誰がいるっつうんだよ」

「……仮面ライダーだ」

「あ?」

 

 Wは振り返り、ザップに向かってビシリと指を突き付けた。

 

「変身した僕たちの呼び名だよ」

「俺達は二人で一人の」

「「仮面ライダーだ!」」

 

 仮面ライダーWの、ヘルサレムズロットで初めての戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 クラウス、ザップ、Wが同時に屋根から飛び降りる。

 トラックの上に着地した時、翔太郎が思わずつぶやいた。

 

「しっかし、あの子がジョーカーメモリを持ってたとはな……なんつう偶然だ」

「ミスター左、それは違う」

 

 クラウスが静かに、だが威厳をもって語りかける。

 

「君が刹那の躊躇もなく少女を助けに走ったからこそ、そのメモリは君の元へと渡った。偶然でもなければ奇跡でもない。それは君自身の手でつかみ取った結果だ」

 

 Wを、翔太郎をまっすぐに見つめ、クラウスは断じた。

 

「誇りたまえ左翔太郎。君の相棒が同様に君を誇れるように! 今その姿でいることそれこそが、君の信じる正義への確固たる証明なのだから」

 

 その言葉をフィリップも肯定した。

 

「無茶はするけど、キミの無茶はいつも誰かのための必死な行動だ。僕はそういうところもキミの美徳だと思ってる。ミスタークラウスの言う通り、僕にもキミを誇らせてくれ」

「二人がかりでそう言われると、なんかくすぐったいな……」

 

 照れる翔太郎。そこにザップの怒号が飛ぶ。

 

「なごやかにくっちゃべてっとこ悪ぃんだがよォ! コッチのこともちったぁ気にかけちゃくれやせんかねえ!」

 

 見るとザップは襲い掛かってくる黒い塊を、血の刀『焔丸』を振りまわし一人でさばいていた。

 その様子を冷静に観察するW。

 

「なんでザップに攻撃が集中してんだ?」

「暴走した後もザップに対する怒りだけが残っているのかもしれないね」

「ああ、なるほど。ドーパント化する直前までザップにそうとうキレてたからなあ」

 

 もちろん、この冷静さはザップの強さを信頼してのことである。

 だが処理をすべて押しつけられたザップにしてみればたまったものではないだろう。

 

「どぁあからナニ傍観決め込んでんだよテメエはよぉ! はよ助けろっつうの!」

 

 ザップが再び金切り声をあげた瞬間――

 

「ブレングリード流血闘術02式 散弾式連突(シュロートンフィッシャー)!!」

 

 ザップの前に割り込んだクラウスが高速のジャブを繰り出した。同時に射出された無数の小さな十字架が黒い波を粉砕する。

 

「大丈夫かザップ!」

「あ、ああ、助かったぜ旦那……」

 

 クラウスがすばやく助太刀に入ったのは、ザップを信用していないからではない。

 むしろ彼はクラウスにとって、その実力に絶対の信頼を寄せる強者のひとりである。無論、この程度の攻撃でザップがやられることなど万が一、億が一にもあり得ないと承知の上だ。

 ではなぜ助けたのか。それは単純にザップが助太刀を求めたからだった。

 クラウスは組織の仲間を家族同然に考えている。彼らが助けを求めたのならば、その言葉にわずかな疑念も抱くことなく助けようとするのだ。

 もしザップやレオを騙るオレオレ詐欺がかかって来たならば、クラウスは一瞬の逡巡をはさむこともなく銀行へと駆けこむだろう。

 それがクラウス・(フォン)・ラインヘルツという愚直な男であった。

 

 粉砕された黒い塊がパラパラと降り注ぐ。

 手のひらに落ちたそれを見つめてザップはつぶやいた。

 

「……やっぱりな。薄々そうじゃねえかと思ってたが」

 

 手を払い、クラウスとWに向き直る。

 

「旦那! これ全部『髪の毛』だぜ!」

「うむ。どうやらそのようだ」

 

 そう髪の毛だった。

 通りを埋め尽くす、うごめく黒い波も。襲い掛かってくる真っ黒な塊も。

 

「ヒルダさんに取り込まれたメモリは『ヘア』。つまり髪の毛の記憶を内包するガイアメモリだ」

「超高速で伸びる髪の毛を操るドーパント、『ヘアドーパント』か」

「それだけじゃない。髪自体もより頑丈に強化されてる。おそらく強度はカーボンナノチューブかそれ以上だ」

 

 それを聞いてザップは苦虫を噛み潰したような顔で、全身の生傷を目で追った。翔太郎達を助けた際、ピアノ線のような髪の毛に切り裂かれた傷だった。

 

「どーりで斬りにくいわけだぜ。……髪の毛か。メモリがヒルダを選んだのも納得だ」

 

 ザップはふうっと息を吐く。

 

「で、半分わけ! どうすんだ? 斬ったそばから伸びるんじゃあキリがねえぞ」

「この髪の海のどこかにドーパントの本体が隠れている!」

「そこを俺達がマキシマムドライブで叩く!」

「わかった。では我々はそのサポートに尽力しよう! レオナルド君!」

 

 クラウスが屋根の上のレオに呼びかける

 

「なんですかー!? クラウスさん!?」

「どこかに本体が、ヒルダ嬢がいるはずだ! 探してもらいたい!」

「わかりました!」

 

 返事をしてレオは目を開けた。

 その透き通る眼の表面に、さらに精緻(せいち)な円形の幾何学模様が浮き上がった。

 とある事情によりレオが所有することとなったこの眼は、『神々の義眼』と呼ばれていた。

 文字通り、それを造り出したのは人の理解を超越した超一等級の神性存在。

 見えないはずのものを見るだけにとどまらず、他人の視界を支配することさえ可能とし、おおよそ『視力』に関することならなんでもできる。

 レオは今、髪の海の中を透視し、メモリのもつ()()()の軌跡をたどることでヒルダを探していた。

 そして――

 

「いましたっ!! 2ブロック先の交差点、手前側の信号! その真下です!!」

 

 その瞬間、クラウスとザップは動き始めていた。

 

「ザップ!! 道を!!」

「あいよ旦那ァ!!」

 

 ザップのジッポーが煌めいた。

 

(ひきつぼし)流血法カグツチ――」

 

 その血が形作ったのは――

 

「――刃身の弐拾七『篝朱月(かがりあかつき)』!!」

 

 浅いV字型の刃、巨大な曲飛刃(ブーメラン)だった。

 

「うおおおらあああっ!!」

 

 雄叫びをあげ、ザップが篝朱月を投げた。

 ヤドカリ相手に使った紅蓮骨喰と同様に、篝朱月も先端を燃焼、爆発させることで勢いを増しているのだろう。回転しながら飛ぶ篝朱月は、前方をさえぎる髪を芝刈り機のように斬り散らしながら一直線に進んだ。

 

焦裂(こがれざき)!」

 

 瞬く間に髪の海は、さながら『モーゼの十戒』のごとく二つに割れ、まっすぐに伸びる道ができた。

 同時にクラウスがWに向かって叫ぶ。

 

「今だ! ついてきたまえ!!」

「ああ!」

「わかった!」

 

 アスファルトを蹴りつけ走り出すクラウスとW。

 その両側から津波のように髪の波が押し寄せる。

 それに対し、クラウスは足を止めることなくナックルダスターを握りしめた。

 

「君達は力を温存しておくんだ! ヒルダ嬢を救う最後の一撃のために!」

 

 Wへと振り返り、宣言する。

 

「それまでの障害はすべて我々が引き受ける!!」

 

 ナックルダスターから噴き出た血が渦巻いた。

 

「ブレングリード流血闘術39式 血楔防壁陣(ケイルバリケイド)――」

 

 両側に血の十字架を打ち立て流れをせき止める。

 それも一本や二本ではない。

 

「――百連創(フンダルトレヴォルヴァ)!!」

 

 足を止めることなく、駆け抜けたそばから次々と十字架を打ち立てていく。

 重なる十字架の楔が連なり、壁となって髪の侵入を阻んだ。

 走る。走る。次第に閉じていく道を、強引にこじ開けながら。

 と、急に頭上に影が刺した。

 真上から髪の塊が襲い掛かろうとしていた。

 だが、前を走るクラウスは両側に壁を作っていくのでギリギリのように見える。

 

「「くっ!」」

 

 思わず足を止めそうになったその時――

 

「立ち止まるんじゃねえ! 翔太郎! フィリップ!」

 

 はるか後方からザップの怒鳴り声が響いた。

 同時に、ゴウッっと風を切る音が頭上をかすめ、何かが後ろへとすっ飛んでいった。

 切り裂かれた髪がどさどさと落ちてくる。

 

「なんのための篝朱月(ブーメラン)だと思ってやがんだ」

 

 舞い戻った篝朱月をキャッチし、ザップがジッポーに火をつけた。

 

「――七獄!」

 

 次の瞬間、炎が空中を走り一気に燃え広がる。

 パチンとザップがジッポーを閉じた時、頭上の脅威はキレイに燃え尽きていた。

 もう、Wを邪魔するものはなにもない。

 

「頼もしい限りだぜ。なあフィリップ!」

「同感だ。それよりも翔太郎、いよいよ僕らの出番みたいだ」

 

 後方約300m。ここまでまっすぐに走ってきた。

 

「征け!」

 

 クラウスの声に合わせて前に出た。

 そしてついにヘアドーパントをその目にとらえる。

 全身を真っ黒な繊維でぐるぐる巻きにしたような、まさに髪の塊といった姿だ。

 

「いくぜフィリップ!」

「ああ! 出力は任せてくれ!」

 

 ジョーカーメモリをマキシマムスロットに差し込む。

 

 《ジョーカーマキシマムドライブ》

 

 Wの右手が真紅の炎に、左手が漆黒の炎にそれぞれ包まれた。そしてその拳を撃ち込もうとした──その瞬間だった。

 Wの視界が瞬時にまったく別の視界へと変化した。ヘアドーパントに攻撃しようとする自分達をずっと遠くから眺めているような、誰か別の人間の視界のような。

 

((レオ!))

 

 一瞬で理解する。これはレオの視ている世界だ。

 そして、このタイミングでレオがWの視界をジャックした、その意味は――

 

「翔太郎!」

 

 すべてを理解したフィリップが叫ぶ。

 

「やられた!」

 

 ほぼ同時に翔太郎も叫んだ。

 

「こいつは偽物(ダミー)だ!!」

 

 すべてを見通すレオの眼にははっきりと映っていた。目の前にあるのが髪を束ねたただの人形であり、その奥に本物のヘアドーパントがいるという真実が。

 声が届かないこの距離で、レオはそれを伝えるためにWの視界を乗っ取ったのだ。

 

「このまま撃っても……!」

「ダメだ……届かない……!」

 

 諦めかけたその時――

 

「跳べ!! 仮面ライダー!!」

 

 クラウスの声だった。

 考える前に、身体が反応していた。

 両手に炎を纏ったまま地面を蹴り、飛び上がる。

 

「ブレングリード流血闘術117式 絶対不破血十字盾(クロイツシルトウンツェアブレヒリヒ)!!」

 

 クラウスの怒号とともに、Wの足元に巨大な深紅の十字架が出現した。

 今、この十字架は盾ではない。アスファルトに亀裂を入れるほどの踏み込みと、限界まで引き絞られた鋼の筋肉によって発射されようとしている、射出機(カタパルト)だ。

 

「おおおおおおおおおお!!」

 

 爆発音のような咆哮とともにWが撃ち出された。

 拳の炎が伝播し、Wの全身が紅と黒の炎に包まれる。

 

「「ジョーカーグレネード!!」」

 

 炎に包まれたままWの体が二つに分かれた。

 髪の人形を突き破り、その奥にいる本物へと一気に迫る。

 

「「はあああああ!!」」

 

 Wの全身を包んでいた炎が再び拳に収束し爆発する。

 ヘアドーパントへと撃ち込まれる、燃え盛る二発の拳。

 そして――

 

 爆炎とともに、通りにあふれていたおびただしい量の髪の毛は消滅した。

 排出されたヘアメモリが空中で砕け散り、地面にばらまかれた。

 メモリブレイク――完了。

 目の前で横たわるヒルダが気を失っているだけだと確認して、二人は同時に大きく息をついた。

 

 変身を解除した後、翔太郎はふと、クラウスが自分達を『仮面ライダー』と呼んだことを思い出していた。

 あの状況で、「仮面ライダーと呼べ」という二人の言葉に律義に従ったのか。まったく、なんてまっすぐで素直な男なのだろうか。

 翔太郎は自然に笑みを浮かべていた。

 

 そして翔太郎は手をあげ、こちらに歩いてくるクラウスと、少し遠くから歩いてくるザップと、かなり遠くから走ってくるレオと、その隣を走る相棒を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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