仮面ライダーW 『Case of Chaotic City』   作:津田 謡繭

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彼女はヒーローの名を呼んだ


She called the 『Hero』's name

 

 

 

 ◇

 

 

 

「やれやれだな。ま、大した被害も出さずによく収拾できたモンだぜ」

 

 ヘアドーパントとの戦いの後。

 ザップがタバコの煙をくゆらしながら放った言葉に翔太郎は愕然とした。

 

 通り沿いの建物はすべて一階部分が壊滅状態。

 道には自動車やそれに近い生物(?)の残骸が散乱している。

 何台もの救急車が来ては去り、来ては去りを繰り返してケガ人を運んでいた。その中には六足歩行の巨大なトカゲも混じっていたが、頭にランプをつけサイレンらしき鳴き声を発していたので、おそらくそれらも救急車、もとい救急トカゲなのだろう。

 30分前まで平和だった大通りには大量の重傷者があふれていた。考えたくはないことだったが、おそらく死者も少なくはないだろう。

 大した被害どころか、もはや災害の域である。

 

 翔太郎は目の前の惨状に険しい顔で立ち尽くしていた。

 

「レオ君に聞いた話だと、これくらいのことはヘルサレムズロットじゃ日常茶飯事だそうだ」

 

 隣にやって来たフィリップが、つぶやくように口を開く。

 

「一日に千人単位の死者が出ることもあるらしい」

「……それがこの街の日常だってのか。……やりきれねえな」

「なんだか……僕は今までにないくらいモヤモヤした気持ちだ」

「ああ……俺もだ」

 

 泣くでもなく怒るでもなく。前を見つめたまま、二人はたたずんでいた。

 翔太郎もフィリップもわかっていた。すべてを救えるわけではないと。

 そしてなによりも、ここは風都ではなくヘルサレムズロットなのだ、と。

 だが頭ではわかっていても、こみ上げるやり場のない感情は確かに(そこ)にあった。

 

「あんまりいないんですよね。今のお二人みたいな顔する人」

 

 横から声をかけてきたのはレオだった。

 

「僕らみたいな顔?」

「なんていうか、見ず知らずの人を悼む、悔しそうな顔っていうか」

 

 特別な眼を持ち世界が見え過ぎるほどに見えるレオには、すれ違う表情ひとつからでも普通より遥かに多くのことがわかってしまうのだろう。

 それだけに、いろいろと思うことがあるのかもしれない。

 

「ここじゃみんな自分が生きていくのに精一杯で。名前も知らない人の痛みを気にしてる余裕がある人って、たぶん多くないんですよね」

 

 どこか遠くを見つめるような表情でレオが軽く微笑む。

 

「すみません。いきなり変なこと言っちゃって。翔太郎さんとフィリップさんが思った通りの優しい人なんだってわかったら、なんかちょっとうれしくなっちゃったもんで」

「……なあ、レオ」

 

 翔太郎が前を見たまま、ぽつりと口を開いた。

 

「なんでみんな……逃げ出さないんだろうな」

「ヘルサレムズロットから、ですか?」

「ああ。いつ死んじまうかもわかんねえんだろ?」

 

 レオは困ったような顔で少し考え、翔太郎の見ているのと同じ方へ視線を移した。

 

「理由はいろいろあるんだと思います。ここでしか生きていけない事情があったり、ここで絶対にやらなきゃいけないことがあったり」

 

 そう話すレオの表情には微かに、何かへの決意が見て取れた。

 レオも持っているのだろう。ここで生きていく理由。やらなければいけないことを。

 

「でも、こう思う時もあるんですよね。どんなに理不尽で、ふざけてて、メチャクチャな街だったとしても、ここには大切な人がいて、大切な場所があって、大切な思い出があって。本当はみんな、大なり小なりこの街が好きなんじゃないかって」

 

 翔太郎へと向き直ったレオが照れ臭そうに表情を崩した。

 

「変ですかね?」

「いや……変じゃねえさ。むしろ納得できたぜ」

 

 翔太郎はフッと微笑む。その隣ではフィリップも笑みを浮かべている。

 二人は同じことを考えていた。

 もしも風都が同じように混沌に呑まれたとしても、きっと自分は出ていくことはしないだろう。

 生まれ、育ち、過ごし、そして相棒と守った街。目には見えなくても、そこには大切な何かが確かにある。

 だからこそ、風都でドーパントによる事件が起こり始めた時も、多くの人々が変わらず風都で暮らし続けることを選んだのだ。

 ヘルサレムズロットで暮らす人々も同じ何かを感じていて、それを胸に今日も危険の中で生きているのだろう。

 

「守りてえな……フィリップ」

「守れるさ。僕らなら」

 

 ずっとここにいるわけにはいかない。持ち去られたガイアメモリを回収し、いつかは風都に戻らなければならない。待っている人々が、仮面ライダーを必要とする人々がいるのだから。

 だがせめて、風都に帰るその時までは守り続けよう。この街の仮面ライダーとして。

 そう二人は心に誓うのだった。

 

 霧のかかる遠い空の下。静かにたたずむ翔太郎とフィリップ、そしてレオ。

 並ぶビルの間を吹き抜ける風が三人をなでる。

 レオが小さな声でつぶやいた。

 

「クラウスさんも……よく……同じ顔をしてるんだよな……」

 

 だが、その言葉は風に吹き消され、翔太郎とフィリップには聞こえなかった。

 

 と、並ぶ三人の肩を抱き込むように叩きながら――

 

「なんだなんだシケた顔してやがんな、陰毛・ザ・トリプル」

「「誰が陰毛だ!」」

 

 声をかけてきたザップに翔太郎とレオが同時に噛みついた。

 ワンテンポ遅れてフィリップが「なるほど僕らのクセ髪を陰毛に見立てたのか」と謎の納得をする。

 

「ヒルダさん、大丈夫でした?」

 

 心配そうにたずねるレオ。

 ザップはタバコを一気に吸って、フハア、と霧の空へ煙を吐いた。

 

「オウ、腹立つくらいピンピンしてらあ。()()なってた時のこた、まるっきり覚えちゃいなかったがな」

 

 吸い終わったタバコを吐き捨て、足で踏み消す。

 

「んなことよか、結局のところお前らいったい何者だ? 『外』から来たってぬかす割にゃ、ずいぶんとゲテモノチックな見た目に()()できるみてーだが?」

 

 新しくくわえたタバコに火をつけつつ、翔太郎とフィリップにいぶかしげな視線を向けるザップ。

 その隣で首をかしげていたレオがぽつりとつぶやいた。

 

「なんかアレみたいでしたよね。『シノビブレイバー』のDr.ツイン」

 

 レオがWの姿を思い出しながら、何とはなしにつぶやいたコミックヒーローの名前。

 この一言が余計だった。

 

「いんやぁ、どっちかっつうとありゃ『ウルティメイト☆ギャングスタ』のジェネラルBだな」

 

 ザップが腕組みをして別のキャラクターの名を口にする。

 その瞬間、ザップとレオの視線がバチンとぶつかった。

 

「いやいやいや何言ってんすかザップさん。ちゃんと見てました? あの左右に分かれたカラーリングはどう考えてもDr.ツインですよ」

「ばっかレオてめぇ、Dr.ツインは紫とオレンジだろーが。赤と黒なんだからジェネラルBだ!」

「ジェネラルBは黒地に赤のぶち模様じゃないですか。ぜんぜん違いますよ!」

 

 こちらが一言も話さないうちから盛大に脱線しはじめた二人の会話についていけず、翔太郎とフィリップは顔を見合わせた。

 その間にも行き先を見失った議論はどんどんヒートアップしていく。

 すでにザップとレオを乗せた脱線列車は『Wの見た目に近いのはどっち駅』を通り越し、『相手がどれだけバカであるか駅』に向かって爆走していた。

 

「へっっ! 神々の義眼も持ち主が腐れヘタレうんこじゃあ、存外お粗末なモンだなオイ! 視神経に頭のチン毛が紛れ込んでこんがらがってんじゃねえか!? ああん!?」

「アンタこそ日ごろから腐ったサル程度しか脳ミソ働かしてしてないもんだから? 海馬が溶け落ちて悪酔いした時のゲロと一緒に口から流れ出てんじゃないすかぁ!? おおん!?」

「言ってくれるじゃねえか!! 誰が腐ったサルだ殺すぞコラァ!!」

「やってみろォ!! 頭のチン毛ってなんだよバーーカ!!」

 

 ついにはただの暴言合戦へと成り果てたその不毛な会話に割り込むこともできず、翔太郎は途方に暮れた。

 果たして、ここに来て最初に知り合ったのが彼らであったのは正解だったのだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。

 ギャアギャアと飛び交う聞くに堪えない下劣な罵詈雑言の数々がその不安を膨張させた。

 つい5分前までこれ以上ないほど頼もしく見えていたザップも、今となっては全米愚か者選手権のチンピラ代表としか思えない。

 

「「はあ……」」

 

 翔太郎とフィリップがまったく同時にため息をついたその時、救世主が現れた。

 ベスト姿の巨人、もとい赤髪の紳士、クラウスである。

 

「待たせてすまなかった。ミスターひ……」

 

 言いかけたクラウスを手を振ってさえぎる。

 

「翔太郎でいいって、クラウスの旦那。いちいちミスターで呼ばれると落ち着かねえ」

「僕のこともフィリップとだけ」

「了解した。翔太郎君。フィリップ君」

 

 眼鏡を光らせながらうなずくクラウスはあらためて見ても相当な威圧感を放っていた。小さな子供なら見ただけで泣き出すんじゃないか、と感じるほどに。

 だがそれでも、背後で威嚇しあっている糸目と褐色の珍獣二匹に比べれば、ずいぶんとまともな相手である。

 

「まあ、とりあえず。来てくれて助かったよ旦那」

 

 クラウスとならば建設的な会話ができそうだという意味も込めて、翔太郎は素直に礼を言った。

 対して、クラウスも二人に深く頭を下げた。

 

「私のほうこそ、今回の君たちの協力に感謝しなければ。おかげでヒルダ嬢を救い、被害の拡大を抑えられた」

 

 クラウスの言葉に、翔太郎は再び胸がつかえるような重さを感じた。

 隣を見れば、フィリップもやはり苦々しい表情で翔太郎を見ていた。

 一度は飲み込んだはずの、救えなかった命への罪悪感。

 

「やめてくれ旦那。俺達には、助けられなかった人が大勢いる……」

「それに……そもそも原因のガイアメモリは僕たちの世界から――」

「そんなことは関係ない」

 

 クラウスの豪壮とした声が、沈む二人の言葉を力強く否定した。

 

「確かに我々には救えなかった命があった。ことの発端に君達が関わっているのも事実だろう。だが、それによって君達の奮闘の意味がゼロになるなどということは決してない」

 

 大きな手で背中を叩かれたような、そんな言葉だった。

 うつむき気味だった顔が自然と上を向く。

 

「犠牲に目を背けることがあってはならない。しかし同時に、我々の戦いによって守られたものがあるのもまた確固たる事実だ。見たまえ。翔太郎君、フィリップ君」

 

 クラウスが目を向けるのに合わせ、二人もそちらへと視線を向けた。

 そこにあったのは、母親に抱きしめられ泣いているあの少女の姿だった。

 

「あの親子の涙は間違いなく君達が守ったものだ」

 

 確かに守れたもの。救えた命。

 母親の胸で泣く少女が教えてくれる、その確かな実感に目頭が熱くなった。

 

「……ったく二度目だぜ……あの子に泣かされるのも……救われるのも……!」

 

 左手で顔を覆い、震える声でぼやく。

 

「ちっともハードボイルドじゃねえ……」

「そんな泣き虫じゃ、まだまだ難しそうだねぇ……ハーフボイルドからの卒業は……」

「っうるせえ……! お前だって泣いてんじゃねえか! 目ぇ真っ赤にしやがって!」

 

 袖で涙をごしごしとぬぐいながら。翔太郎はいつのまにか、もう片方の手でジョーカーメモリをギュッと握りしめていた。

 

「我々は神ではない。踏みしめてきた軌跡には、そしてこれから踏み出す歩みの先には、どんなに手を伸ばしても掴めない命が幾百と存在しているだろう」

 

 その言葉は重く、静かに響く。

 

「それでも、君達が何かを守りたいと戦うのならば。たとえ身を焦がすほどの悔恨に(さいな)まれようとも、どれだけ痛烈な挫折を味わおうとも、それを礎に変え、不退転の爪に変え、その手を伸ばし続けなければならない。その先に光がある限り!」

 

 迷いも虚飾も一切ない。力強く澄んだ瞳が、まっすぐに二人に向けられた。

 

「翔太郎君、フィリップ君。改めて頼みたい。どうか、我々に力を貸してくれないか」

 

 ヘルサレムズロットで目覚めて1時間と少し。場所にしてわずか3ブロック。

 そこに津波のように押し寄せた出来事は、彼らにとってはあまりに重く、衝撃的な魔都の洗礼。

 だがそれを乗り越えて、二人で一人の探偵は強くうなずいたのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 さっそくで悪いがついてきてほしい、と言うクラウスに連れられて翔太郎とフィリップはその場を離れることにした。

 そういえばザップとレオはどうしただろうか、と見てみれば。

 

「うぶぶ……ぶぇ()……ぶぇんぶえ(テンメェ)……、ぶぃぶんぶぉぶべび(自分のために)……ぶぃぶぁんぶぁつぶぁあぶぇんぶぁ(義眼は使わねえんじゃ)……ぶぁぶぁっぶぁぶぉぶぁぶぅお(なかったのかよぉお) ……」

「い、今のはザップさんがいきなり襲いかかってきたのがいけないんじゃないですか! 正当防衛ですよ正当防衛!!」

 

 悪口の言い合いで負けたザップが半べそをかきながらレオに殴りかかり、とっさに視界をキツめにシェイクされて一瞬で目を回し、昨夜飲んだ大量のアルコールが逆流して口から噴出しそうになっているのを真っ青な顔で押しとどめているところだった。

 

ぶ……ぶぁんぶぁ(ダ……ダンナ)……ぶぉいうぶぉぶぉいぶぁぶぁ(コイツ殺したら)ぶふぅぶぉいぶぁぶぇうんぶぇ(すぐ追いかけるんで)……ぶぁぶぃぶぃいっぶぶぉいぶうぇ(先に行っといて)くうぶっぶぁい(ください)……」

「何を言っているかはよくわからないが、無理はしなくていい。先に行っているから後で事務所に来てくれ」

 

 奇跡的に意思疎通を成功させてその場を立ち去るクラウス。

 限界まで膨らんだザップの頬を警戒しながら離れようとしている翔太郎とフィリップ。

 

「あ、じゃあ僕も一緒に行きます」

 

 神々の義眼でわずかな口元の動きからザップの言葉を読み取ったレオが3人についてそそくさと逃げようとする。

 

にぶぶぁぶぶぁああ(逃がすかあああ)!!」

 

 口を閉じたままのザップが叫び、血糸でレオをとらえた。だが集中力をそちらに持っていかれたせいでその瞬間にダムは決壊。哀れ、ザップは異臭と吐瀉物を噴き散らす褐色のマーライオンと成り果てた。

 そばに停まっていた救急トカゲがパニックを起こし、患者も乗せずにドタドタと逃げ去る。

 野次馬の一人が暴れるトカゲの爪に引き裂かれ、ビニール状のペラペラの体は無数のクラッカーテープのようになって宙を舞った。

 不潔極まりない飛沫によって空中には美しい虹がかかり、そこへひらひらと元野次馬のビニールテープが舞い降りてくると、他の野次馬たちからは盛大な拍手と歓声がまき起こった。

 

 

 

 再び混乱し始めた大通りから逃げるように去っていく二人の青年の背中を指さして、昆虫のような眼が3つある少女が母親に言う。

 

「あのおにいちゃんたちがたすけてくれたの!」

 

 そして母親の「ちゃんと名前を聞いてお礼を言えた?」という質問に、元気よく答えるのだった。

 

「うん! わたしをたすけてくれたヒーローのなまえはね――」

 

 

 

「――かめんライダー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんとか第一話終了。ここまで読んでくれてありがとうございます!

血界戦線は敵はもちろん通行人もポンポン死にますよね。内藤先生のケレン味溢れるその雰囲気は大好物ですが、そんな世界に翔太郎とフィリップを放り込むのはなかなか大変です。
うまくすり合わせできてるかなぁ…
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