艦隊これくしょん2017年秋イベント「捷号決戦! 邀撃、レイテ沖海戦(前篇)」モチーフの作品です。
西村艦隊中心のストーリー。
久々の作品でリハビリがてら。
とりあえず遅筆なので気長にのんびり投稿していきます
「過去の記憶を恐れるのは、弱いことだと思うかい?」
目の前で自虐めいた苦笑いを浮かべながらのその問いに、なんと返せばよいのか分からなかった。
その言葉通り、弱さを肯定するべきなのか。はたまた否定してあげるべきなのか。
確たる答えなどはないのだろう。問いかけるこの少女もまた、そんなものを欲しているのではないのだとも。
それを聞いたところで、結局のところ決めるのは自分自身でしかないわけで。
それでも、だ。聞いたからには何らかの光を見たかったのだと思う。
自分1人では気づかないような、一筋の淡い光を。誰かと一緒に見つけ、抱きかかえたかったのだろう。
「そうね……」
ぽつり、とこぼす。そして辿る、自らの記憶。
見たくないものを、たくさん見た。聞きたくない声を、たくさん聴いた。
そんな、地獄の光景を。やり直せるものならばもう一度、と願ったあの光景を。
ああ、と言葉には出さずに呟く。これは怖い、と。
あの夜に。
あの海峡を。
何のために、私たちは駆けたのだろうか。
何が欲しくて、あの地獄を見たのだろうか。
「恐れるのは、みんな一緒よ」
「うん」
「弱くなんてない。それが当たり前」
「……うん」
その言葉は、誰に向けた言葉だったのか分からない。
少女を慰める言葉であったのか。それとも、自らを鼓舞する言葉であったのか。
「それでもね――」
その言葉に嘘など無い。
その証拠に、その眼はただただ真っ直ぐに、前だけを見据えていた。
◇
しつこかった夏の残暑もすっかり身を潜め、徐々にではあるが秋の訪れを感じさせる。そんな10月も終わるかというある日。
本日の本格的な艦隊運用がほぼ終了に近づき、わずかながら落ち着きを取り戻した鎮守府内を、1人背を丸めながら彼女は歩いていた。
戦艦山城。
淡い桜の柄の服装に映える美貌に、色白の肌とは対照的な肩にかかるほどの長さの黒髪を揺らしながら歩くその姿はまさに優雅という言葉がふさわしい。
彼女の姿をかけらでも視界にとらえたのならば、行く者は足を止め、振り返り見惚れてしまうことであろう。特に男ならば。
だというのに、彼女の周りには人が集まらない。
原因はいくつか考えられる。彼女自身、そこまで積極的に他人に話しかけに行かないのももちろんその1つだろう。
最大の原因は、今も体の隅々から溢れ出ている負のオーラである。
山城に対する印象は?
そう問われた場合、鎮守府の艦娘から帰ってくる答えは決まって同じようなものである。
「暗い」「怖い」「雰囲気が悪い」「近寄りがたい」「扶桑さんにべったり」
もちろん悪評ばかりではないのだが、どんなに擁護しようとしても限界というものはある。
現に今も、山城とすれ違う駆逐艦の子たちはまず山城の姿に身体を震わせ、軽く会釈して、そそくさと去っていくのだ。
山城自身も、決して望んで今の現況に甘えているわけではないのだが、もはや諦め、なんとも思わないまでに慣れきってしまっていた。
ただ、山城自身の言い分もある。
これでも鎮守府の初期から艦隊を支え、錬度もそれなりに上がっている。
航空戦艦というものにも改造してもらい、新たに活躍の場を広げることもできた。
と、言うのに、現在、山城の出撃数は明らかに少なくなっている。
特にここ最近は演習に従事し、出撃などしていない。数か月前にあった大規模な欧州作戦も後方支援が主な任務で、前線には出なかった。
艦隊にいるよりドック入りしている方が長い戦艦が、ドックからすら消えた。
などと笑えない冗談を心の中で呟く。
山城を取り巻く現況。ようは、ただ単に暇なのだ。
誉ある戦艦が、燃料がもったいないからと海にも出られない。
日に数回の演習を終えれば、その日の仕事はほぼ終わったようなものである。
もちろん、このような扱いを受けているのは山城だけではない。
戦艦を動かすためには大量の燃料が必要になる。そして燃料は有限である以上、少しでも備蓄し温存するのは当然の帰結である。
それでも、どうしても戦艦の出撃が必要になってくることもある。その流れでも、山城は後回しにされる。火力や速度を理由に他の戦艦が優先されることも多い。
海に出ずして、何が戦艦か! 何が艦娘か!
当初はそう抗議の意を示し続けたが、もはや意味のないことだと悟り、現状を諦めてしまっていた。
先ほどすれ違った駆逐の子たちも、遠征や対潜哨戒と派手な活躍こそないが――勿論例外は存在するが――活躍の場を与えられている。
それが羨ましくて、羨望の眼差しを向けるが、それすらも相手を怖気づかせてしまう。
(別に……嫌われても、いいもの……)
ハンッ、と鼻を鳴らし、イライラを隠そうともしない。心なしか、少し歩くスピードも速くなっている気もした。
(――ずっと。ずっと、そうだったのだから)
過去の記憶が、苦々しく脳裏に映し出される。ギリッ、と強く噛みしめる。
だからなのか、角を曲がってくる人影に全く気付くことがなかった。
「ぅあっ!?」
「きゃっ!?」
お互いに歩くスピードを緩めなかったせいなのか、強めの衝撃が山城を襲う。
とはいえ、そこはさすがに戦艦というべきか。強い衝撃に少し狼狽えただけで、身体はびくともしない。
むしろ、思わず出てしまった短い悲鳴に顔を赤らめ、誰にも聞かれていないか周りを見渡してしまう。
幸いにも誰もいなかったので、前方に目線をやると、よく知った少女が、痛たた、と零し尻餅をついていた。
「……大丈夫? 時雨」
「うん、ありがとう、山城」
差し伸べた山城の手を掴み、時雨は立ち上がる。
「ごめんなさいね、少し考え事をしていたものだから」
謝罪の言葉に、フルフル、と首を振り、優しく微笑みを返す。
「ううん。僕の方こそ、ごめんね。怪我はない?」
「……それは私のセリフよ」
人間の姿とは言え――と言っても艦娘としての体格差も大きいのではあるが――戦艦と駆逐艦である。衝突したときの被害の差は簡単に想像がつく。
それでも、時雨が案じたのは山城のみ。
「僕は良いんだ。山城が無事なら、良かったよ」
「時雨?」
その自分に向ける微笑みが、いつものそれとは少し違った。
優しい微笑みではあるが、どこか儚げで、さみしさを含んだものであり、その怯えるような眼は痛々しさすら感じた。
それじゃ、と去っていく背中に声もかけることができず、ただただ視界から消えるのを眺めていた。
「――ああ、そうか」
その時雨の姿と、自分を見つめるあの眼の意味。
「今年も、もうそんな季節か……」
影を落とした声音が表した心情を、何と呼べばよいのだろうか。
視線を窓の外へと向ける。夕日が落ちた静かな海が、いつもと変わらずに波をうっている。
静かな、綺麗な海。それでもひとたび沖へ出るとそこは、壮絶な戦場となる。
今も、そして過去も。未来でさえも。決して変わることのないこの海が。
とても悍ましいものだと、思った。