あの海峡の先へ   作:和 水

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「ああもう! なにやってんのよ!?」

 

 鎮守府の近海での訓練の途中、満潮の声が響いた。

 機嫌が悪いというのは見ていて分かっていたのだが、もう何度目か分からない中断で、ついに我慢していたものが噴き出したのだろう。

 

 警戒陣。

 今作戦より新たに考案された陣形であり、先行する警戒艦が主力艦を守りながら戦うものであり回避に特化した陣形である。

 警戒艦は小回りの利く駆逐艦が務める。先行するということは、まず敵艦に狙われやすいということであり、攻撃は警戒艦に集中する。そのために回避するには高度な連携が必要であり不可欠だ。 

 というのに、演習での模擬戦は失敗続きだ。今までやったことのない事をするのだから上手くいかないのは当たり前、と普段ならば気にすることではない。

 が、模擬戦での失敗の原因の殆どが同じものに起因していたことが満潮の怒りを買ったのだ。

 

「あんたね! 毎回毎回いい加減にしなさいよ!」

「ご、ごめん……」

 

 怒りの矛先は時雨。至近距離での剣幕に時雨も力なく謝罪するしかなかった。

 その何度も繰返すやり取りにすら満潮の神経を逆なでする。

 

「回避のタイミングも悪いし報告も遅い! 皆を沈ませたいわけ!?」

「そ、そんなことっ」

 

 さすがに満潮の言葉に、少しばかり語気を強めて言い返す。そんなこと、たとえ冗談であっても思う訳がない。思っていい訳がない。

 

「だったらちゃんとやんなさいよ! くっだらない感傷に浸ってないで!」

「くだらないとはなにさ! 僕だって必死で!」

「2人とも落ち着いて!」

 

 今にも取っ組み合いの喧嘩でも始めそうな2人の間に最上が割って入る。呆然としていた朝雲と山雲も、そこでようやく動き、満潮たちを引き離す。その間も2人は思い思い相手に向かって怒号を浴びせ続けている。

 いつの間にか騒動はこの艦隊だけでなく、周囲で同じように演習を行っていた他の艦隊の注目を浴びてしまっていた。

 

(ああもう何でこんな面倒なことに!)

 

 さすがにこれ以上の騒ぎはまずいと、遠目でうんざりしながら見ていただけの山城も動き出す。よくある訓練中の諍い、と当初は呆れて見ていたのだがここまでくると話はまた違ってくる。最悪懲罰ものだ。

 

「いい加減にしなさい!」

 

 一喝すると、時雨は泣きそうな顔で、満潮は怒りの表情そのままに振り向く。満潮は、離しなさい、と乱暴に自分を抑えていた朝雲の手を振り払う。どうやらこれ以上喚くつもりはないらしく、それを見て山雲も時雨から離れる。

 それでも満潮はそっぽを向き、時雨の方を見ようともしない。その姿に山城は溜息をつく。

 

「今日は、ここまでね。これ以上やっても意味ないわ」

「で、でも……!」

 

 時雨が何か言おうとしてきたが、いいわね、ときつめの口調で黙らせる。

 

「満潮も。明日までに少しは頭冷やしなさい」

「……ふんっ」

 

 満潮は一言、それだけ呟くと1人で陸へ向かって進みだす。その後を姉妹艦である朝雲、山雲が慌てて追いかけていく。

 

「……時雨もよ。満潮は言い過ぎたかもしれないけど、さすがに庇えきれないわ」

「……ごめん」

 

 何度も何度も、同じような失敗を繰り返す時雨に落度がなかったわけではない。なにも、一度失敗したら次は完璧にこなせ、という訳ではないが山城の眼から見ても時雨の動きは芳しくなかった。集中しきれていないのが傍から見ても簡単に分かる。

 もしこの状況で海に出たのならば、その結果は火を見るより明らかであろう。艦隊は壊滅必死。作戦は失敗。そんな望まぬ未来が訪れることだろう。

 

 そうならないための演習であり訓練であるが、このままではいくら時間をかけても無駄だと感じてしまった。予定の演習時間はまだたっぷりと残っているが、ただ無駄に時間を浪費してしまうのならばここで悪い方向に向かった流れと熱を断ち切るほうがまだマシだ。

 ……後で山城が提督に事情説明と顛末書を書く羽目になるのだろうが。

 

「ごめんね、山城」

「いいから、さっさと休みなさい。ほら最上も」

 

 ひらひらと手を振り、時雨と残っていた最上に戻るように促す。時雨はもう一度、ごめん、と呟き元気なく進む。最上も一言だけ山城に声をかけると、時雨に並んで一緒に陸へと向かう。なにか時雨に話しかけているようだが、風と波の音で内容までは耳に届かなかった。

 

「山城、私たちも戻りましょう」

「……はい」

 

 後ろから話しかけてきた扶桑に、そういえば忘れていたな、と失礼なことを考えてしまったが、なんとか表情に出すことなく答えることができた。

 

「提督にこの件も報告するんでしょ? 私も一緒にいくわ」

「ありがとうございます姉さま。さすがにこんな騒ぎになってしまったら仕方ないですけど……」

 

 と、 そこまで言ってようやく気付いた。先ほどまで、あれほど騒ぎになり周囲には人だかりもできていたというのに、現在は何もなかったかのように他の部隊は自分たちの訓練に励んでいた。実際は、まだ数名はチラチラとこちらの様子を伺ってはいたものの、先ほどまでの喧騒は嘘のように静まり返っていた。

 その山城の疑問に、扶桑が応える。

 

「他の隊の皆には私が話しておいたわ。旗艦の那智たちも協力してくれたしね」

 

 時雨と満潮の諍いに割って入ってこないなとは思っていたが、扶桑は扶桑でしっかりと動いていたのだ。あくまで旗艦は山城なのだから、部隊の揉め事は山城が対処しろ、ということだろう。その代り、扶桑は騒ぎが大きくなりすぎないよう、他の部隊に出向き鎮静化を計ったのだろう。もちろん、真摯に頭を下げながら。

 そこまでしてくれた扶桑に、ありがとうございます、と改めて感謝の言葉を述べる。もちろん扶桑は、笑顔で、怒ることなどしない。

 

「さ、早く提督室に向かいましょう?」

「はい姉さま」

 

 訓練初日を最悪の形で終え、今後が心配になってしまう。艦隊の練度ももちろんだが、覆いかぶさってくる重い空気。それが暗い未来を予感させてしまう。

 そもそもの話、なにゆえこんな編成にしたのだろうか。確かにこれまでの大規模作戦は、まるであの大戦をなぞっているかのようなものが多かったし、その対応として実際に因縁のあった艦娘での編成が効果的であったのは知っている。

 だが、今回はどこか特別なものを感じる。通常、6隻までの艦隊を組むものでそれが深海棲艦と対峙する海域においては有効とされていた。その慣例から外れた7隻での運用。彼の海峡での海戦も7隻の艦隊。これがただの偶然なわけがない。となれば、提督も意図があってこの編成にしたのだろう。

 

 それが、この最悪の状況だ。時雨が、この部隊にどんな思いを抱いているのか、それが分からないほど山城も鈍くはない。編成が発表された時から、どこか予想できていた部分でもあった。 そして、提督自身も、まさかこうなることなど予想していなかった、と言うことは無いだろう。そうであったなら、たとえ上官だといえども一発ぶん殴ってやる、と決意しながら拳を強く握りしめる。

 

 バラバラな部隊。作戦開始まではまだ時間があるとはいえ、これからの毎日をこのピリピリした空気の中で過ごし、まとめ上げなければならない。それが、旗艦である山城の責任であり、遂行しなければならない義務でもある。

それを思うと、今日何度目なのか分からない深いため息をつく。思い浮かべるのは、あの時雨の泣き出しそうな表情だった。

 

(何に対してのごめんなのよ……)

 

 時雨の言葉に幾つもの意味を感じながら、重々しくいつもの言葉を呟いた。

 

 

 

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