独裁者な幼馴染みを辱める話   作:まさきたま(サンキューカッス)

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幼馴染みは独裁者

 演説が始まった。

 

 世界を敵に回してまで、民族としての誇りを守り抜くため、戦い続けることを選んだ国民達。

 

 そんな勇敢で無謀な民衆を、束ねることを強いられた支配者の、街頭演説。

 

 

「親愛なる、我が愛しき従僕達よ。今日は一つ、残念な報告をしなければならない」

 

 

 透き通るようなアルトボイスが、民衆に埋め尽くされた広場に響き渡る。

 

 それと同時に、ゴォン、と低い重低音が鳴り響く。彼女の発言に合わせ、配下の兵が銅鑼を鳴らしたのだ。

 

 ────彼女の、支配者としての、言葉の重みを演出するため。彼女を支配者として、持ち上げるため。

 

 

「愚かなる隣国は、我らの慈悲を蹴り、戦火の火蓋を切った。実に嘆かわしいことだ」

 

 

 数千を数える市民たちの前で高台に立ち、そう言いやれやれと首をすくめるのは、まだ年端もいかぬ少女。

 

 彼女は、超人的に優秀だった。

 

 ただそれだけで、まだ成人もしていない齢17歳の華奢でか細いその少女は、国の運命をその肩に背負ったのだ。

 

 父親が、先代の総統であった事。その父親の仕事の半分を、子供のうちから軽々こなしていた事。見目麗しく、広告塔としてはこの上なかった事。

 

 そして何より、常に時代のひと回り先を行く発想力と、それを実現する行動力。すべてを備えて生まれてきた彼女は、間違いなく100年に一度の英雄だった。

 

 その常人離れした圧倒的なスペックを、優秀な人間に飢えた政府は放っておかない。放っておく余裕はない。

 

 国民の全員が、世界と戦うことを望んでいる。自国の何十、何百倍もの戦力を相手に、勝ち目の無い戦いを挑むしかない状況。

 

 こんな状況から、国を守り抜けるとしたら、それは英雄でしかありえない。彼女は前総統の娘であり、若くして指導者の立場につくことを国民を納得させるのは難しくなかった。

 

 周りに持ち上げられた彼女はわずか15歳にして、このハーゲン帝国の総統になった。そして、彼女主導のもと、様々な制度改革・地方開発・軍備拡張を信じられない速度で実現していったのだ。

 

 

「だが、悲しいかな。隣国は我らを見くびりすぎている。我々の真の敵は世界だぞ? たかが1国を相手に、後れを取る事があるわけない」

 

 

 その結果。弱小であった我らハーゲン帝国は、たった数年で強国と呼ばれるにふさわしい軍事力を手に入れた。

 

 最先端の兵器と、それを利用した上で地に足の着いた大胆な新戦術。募ればいくらでも現れる、士気の高い新兵。

 

 世界はまだ気づいていない。我がハーゲン帝国が、一人の天才によってとんでもない脅威となりつつある事に。

 

 

「だが。いまだ世界を相手にとって戦うには、時期尚早。本気で隣国を粉砕してしまえば、その脅威を感じ取った列強の強国共が、焦って我らに進撃してくるだろう」

 

 

 総統の演説は続く。今日の演説内容は、侵略してくる隣国に対し、和平を結ぶことを国民に納得させる演説だ。

 

 ハーゲン帝国の国民のプライドは高い。なぜ、勝てる相手に弱腰にならねばならないのか。

 

 そういった不満の声を押さえるのが、本日の演説の狙いだ。

 

 

「耐え忍ぶ時だ、我が従僕達よ。この私、ロレンシアを信じて欲しい」

 

 

 聞いていて心地よいアルトボイスが、囁くように耳を打つ。

 

 

「5年だ。私が就任して、5年経てば世界を敵に回せるだろう。つまり、今日から数えてあと3年。我らは、まだ動くべきではないのだ」

 

 

 15歳で国の最高権力者となり、様々な改革を2年かけて進めてきた、稀代の天才ロレンシア。彼女の言葉だからこそ、今の発言は説得力を持つ。

 

 ……まぁ、今回の演説の大部分は、実は僕が代筆したものだが。多忙を極め、寝る暇すらろくにないロレンシアに、演説の台本なんてくだらない雑事をさせる訳にはいかない。

 

 彼女の幼馴染であり、ずっと彼女の隣に立って、彼女の理想を聞き続けた僕だからこそ。

 

 彼女の話し方、考え方はよくわかっている。事実、僕の台本に目を通した彼女はほとんど修正せず採用してくれた。

 

 平凡で、お世辞にも優秀と言えない僕を、秘書としてずっと近くに置いてくれているのは。思い上がりでなければ、彼女は僕のことを信用してくれているんだろう。

 

 たまたま隣の家で、彼女の父が総統になる前からの付き合いで、同じベッドで兄妹のように過ごした僕を。

 

 

「とはいえ、納得できぬ者も多いだろう。だが! そもそも根本の原因は、貴様ら従僕にある。貴様らが戦力として未熟だから、我々はこんな煮え湯を飲む羽目になるのだ!!」

 

 

 彼女の演説が佳境に入る。その瞳は凛凛と輝き、握ったマイクからは汗がしたたり落ちる。

 

 ────ああ、美しい。そして、尊い。

 

 キラキラと輝く、彼女の後姿。固唾をのんで見守る、数千の民衆。

 

 

 

 ……彼女が演説する高台の後ろで、背中で腕を組んで立ち尽くす僕は、後悔していた。

 

 彼女は、あんなにも神聖で、汚れなき精神を持ってあの場に立っているというのに僕は。

 

 僕はっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、高台の後ろに待機する兵は、みな目をそらしていた。

 

 軽い出来心だったのだ。

 

 僕はめくりあげた。演説の直前まで書類仕事をしようと、控室に仕事を持ち込んだ挙句、あっさり寝落ちしてしまった彼女のスカートを。

 

 お尻のスカートめくりあげて、こっそり背中にシールで張り付けたんだ。僕も疲れてたんだろうか。

 

 しかも間が悪いことに、その直後に彼女は目を覚まし、仕事を再開した。お尻のパンツが丸見えのまま。

 

 

 

 正直に白状しようか、すごく迷った。でも、彼女は徹夜続きで明らかに機嫌が悪そうだ。

 

 バレない様に、こっそりとシールを外そう。僕はそう判断し、そして────

 

 

 

 結局チャンスがなく、彼女はパンツ丸出しで演説を続けている。

 

 

 どうしよう。凄くいたたまれない。

 

 これ、バレたらいくら僕でも処刑されるんじゃないだろうか。兄妹のように親密な僕らでも超えちゃいけない線はあって、多分その線を振り切ってる気がする。

 

 てか、まだハート柄の子供パンツ履いてるのかロレンシア。

 

 

「私はここに新兵を募集する! 隣国に頭を下げずに済ませられるように! 世界に見下された現状を打破するために! 私は、諸君らの更なる尽力と、節制と、協力をここに命じる!」

 

 

 ひらり。

 

 彼女が身振りを派手に演説する度に、お尻の上に張り付けられたスカートがはためく。

 

 み、見ちゃだめだ、自制しろ僕。

 

 

「私についてこい、賢明なる我が従僕達よ! あと3年経てば、諸君らは世界の頂点に立てる! ここでの忍耐を、恥と思うな! 我らの発展のための1歩と思え!」

 

 

 彼女は高台の上で、叫び、そして笑った。

 

 背後に立つ僕には、その横顔からしか、笑顔を見られなかったけれど。

 

 獰猛で、まっすぐ前を見つめた、支配者としての笑み。パンツ丸出しでなかったら、きっと僕の目はその笑顔に釘付けだっただろう。

 

 ……ごめんなさい、今はパンツのほうが気になります。

 

 

「我らは発展した! 国は富み、食糧難はなくなった! 交通の便は整理され、技術者は存分に開発に努め、教育は充実し、資源は存分に蓄えられた!」

 

 

 ふりふり。

 

 ロレンシアは身を乗り出し、民衆をにらみながら演説する。その過程で、お尻が左右に揺れる。 

 

 あー、もういいや。すっごい眼福だ、欲望のまま凝視しよう。どうせ処刑されるなら、たっぷりロレンシアのお尻を堪能してやろう。

 

 いい尻してるなぁ、ロレンシア。かわいくなったよなぁ、昔からだけど。

 

 

「だが、まだ足りぬ! まだ、競り負ける。 今蜂起しては、国が亡ぶのだ。私は親愛なる従僕諸君を、無駄に死なせるつもりはない」

 

 

 そういうと、彼女は静かにこぶしを前に突き出した。

 

 

「以上で、演説を終わる。もし、隣国に和平を結ぶ件で、文句があるなら我が総統府の前で好きなだけ叫ぶと良い。もっとも、命の保証はせんがな。以上だ」

 

 

 彼女はそこまで言うと、くるりと身を翻し、ゆっくりと僕らのほうへ戻ってきた。

 

 い、一応演説台の上にはマイクを置くように机があるし、民衆にはパンツが見えてないとは思うけど……。

 

 後ろで控える親衛隊には全員にパンツ見られてるんだよなぁ。隊長さんが僕の方を睨み、ジェスチャーで何とかしろと言っている。

 

 ……まぁ、このままロレンシアが帰ると、更にパンツの目撃者が増えてしまう。それは、彼女にとっても僕にとっても好ましくない。何とかしなければならないのは、当然だ。

 

 よし、ここでこっそり耳打ちして、自分でスカートを直してもらうか……? 僕がシールを貼り付けた事は、どうせ即座にバレるんだろうけど。

 

 あー、そっか。どうせ処刑されるんなら、僕自身の手でシールを剥がした方が良いな。

 

 気づかれないと言うワンチャンにかけて。

 

 ……慎重に、ロレンシアが横切った瞬間を狙って、ソレ!

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 あ、手がお尻に当たっちゃった。というか、鷲づかみにしちゃった。

 

 ビクリと背を振るわせた後、顔を真っ赤にしてロレンシアが睨みつけてくる。オイオイオイ、死んだわ僕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだ君は!! 馬鹿なのか、阿呆なのか、この私にどれだけ恥をかかせたいんだ!?」

 

 ……ロレンシア。僕のかわいい家族であり妹のような存在である、幼馴染の天才少女。

 

 僕と彼女の関係は、お互いがお互いに信頼しあっている、無二の存在といったところか。そんな僕を殺すのは、流石に忍びなかったらしい。

 

 幸いにも、彼女は即座に僕を処刑台送りにはしなかった。

 

 その代わり、個人的に僕を制裁するのだとか。あーよかった、これなら寧ろお願いしたいくらいだ。

 

 それにしても、ロレンシアは激怒していてもかわいいなぁ。

 

「ごめんごめん、悪気は無かったっていうか、魔が差したっていうか……」

「その軽い行動で、私は何人に下着を見られたと思ってるんだ!? しかも、あ、あんな柄……」

「あ、ソレソレ。その年でハート柄はどうかと思うぞ、ロレンシア」

「やかましい! 肌に合うんだ、アレが!」

 

 ばしーん。椅子に括り付けられた僕に、ロレンシアの渾身のビンタが炸裂する。

 

 我々の業界じゃなくても、ご褒美ですな。顔真っ赤な美少女のビンタほど心地よいものはない。

 

「君はいつもいつもいつもいつも、下らないことばっかりして!!」

「あははー」

 

 ヘラヘラ笑う僕に、ますます怒りをグレードアップさせるロレンシア。バシンバシンと、顔をしばかれた僕は快感で悶える。

 

 そんな、僕と彼女の他愛ないコミュニケーションは続く。いかに天才といえど、何処かで感情を爆発させるガス抜きは必要なのだろう。

 

 案外彼女が僕を傍に置いているのは、こういったガス抜きを期待しているのかもしれない。

 

「次やったら許さないからな! 絶対だからな!!」

「もちろんさロレンシア。僕が君を裏切る事なんて、天地がひっくり返ってもあり得ない」

「う、そこは信用しているけど……。こういう悪戯だけは何度言っても改めてくれないよね」

「ロレンシアは可愛いからな」

「うるさい、大馬鹿!!」

 

 演説を終えた若い支配者の執務室に、ビンタの音は夜遅くまで響いた。

 

 ああ、気持ち良い。今夜はよく眠れそうだ。




多分続かないです。
ノリと勢いで書き上げました。

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