独裁者な幼馴染みを辱める話   作:まさきたま(サンキューカッス)

3 / 5
独裁者はワガママである

「……ただいま。僕の可愛いロレンシア総統閣下」

「ああ、戻ってきたのか。ご苦労」

 

 2週間ぶりの、愛しい妹分の声。

 

 僕は今日、長く辛かった外交官としての職務を終え、久し振りに総統府に顔を出していた。

 

「いきなり外交官に命じられた時は焦ったけど……、素人なりに、何とか形に出来たよロレンシア。調停書類に目を通しておいて欲しい」

「はん。君の事だ、どうせ上手くやったのだろう? 後で見ておくから、今日はもう休んで構わん。ゆっくり、疲れを癒やせ」

 

 ロレンシアは、そんな僕をどことなく優しい目で見ている。どうやら、今日はご機嫌な様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2週間前。

 

 予定通り、隣国の侵攻に対してハーゲン帝国は東北戦線を放棄し、撤退した。全ての資源・食料を首都に引き払った上で。

 

 その後、隣国は勢いに乗り進撃を続けようとして……、残念なことに時間切れ(タイムアップ)、冬将軍の到来で有る。

 

 ハーゲン帝国の東北部は、非常に寒冷な地域なのだ。 しかも東北戦線だけが崩壊したことにより、隣国軍の一部が東北部に孤立してしまった。

 

 これも、ロレンシアの狙い通り。そして、ルーデン指令が消耗戦になってでも戦線を維持した理由でもある。

 

 もし冬まで戦線を維持されていたら、戦争に勝つつもりであったルーデン指令の目論見通りに、ハーゲン帝国の完全勝利となっていたはずだ。

 

 そうなってしまえば、国際的に孤立している我が国は、百戦錬磨の列強共によって袋叩きにされてしまうだろう。

 

 つまり、ハーゲン帝国が生き延びるには、負けを装っての外交停戦しかないのだ。それが、ロレンシアの出した結論だった。

 

 そしてその、大事な大事な停戦の外交官として抜擢されたのは────

 

 

 

「君なら、私の考えは十全に理解しているだろう?」

「え、ちょ、僕はただの秘書で」

「ああ、君に官僚としての地位も用意しておく。だから遠慮せず行ってこい、と言うか君以外に適任がいない」

「でも、そんなことをしたら僕は2週間もロレンシアを愛でることが出来ない───」

「とっとと行け」

 

 

 

 

 僕だった。

 

 この人選は、流石にロレンシアのミスだろう。才能溢れるロレンシアと違って、僕は平均的な能力しか無い一般人だ。

 

 幼くしてロレンシアと知り合ったから、ロレンシアの考えが人より理解できるだけ。それが、彼女の目には優秀に映ってしまったのだろうか。

 

 何にせよ、買いかぶりも甚だしい。万一交渉が失敗すれば、僕のせいでハーゲン帝国が亡んでしまう。

 

 恥も外聞もない。僕は必死に、その職務を他の誰かに押しつけようとしたけれど、

 

 

 

「上手くやったら、私直々に褒美をやろう」

「えっどんな!? その、少しエッチな感じのご褒美を期待をしてもいい感じかいロレンシア!?」

「……うむ、考えておくよ」

 

 

 

 そんな、可愛く卑怯なロレンシアから甘い飴をちらつかされ、欲望に負けて引き受けてしまったのだった。

 

 それからは、僕は身を粉にして頑張った。今までの人生で一番頑張ったかもしれない。

 

 無い頭を振り絞って停戦の落としどころを固め、心を氷にして汚い策謀を駆使し、隣国の領土で暗殺に怯えながら粘り強く交渉を重ねていった。

 

 敵兵に銃口チラつかされたし、筋肉モリモリの集団に囲まれて暑苦しい交渉現場ではあったけれど、僕はなんとかロレンシアの期待するだろう成果を持ち帰ったのだった。

 

 

 

 

 

「……ほお。賠償金の支払い期限は5年、か。よくこの条件で頷かせたな」

「あと3年で蜂起するってロレンシアは言うけど、不測の事態は起こるものさ。だから、2年ほど余裕を持たせといたよ」

「簡単に言うが、相当に苦労しただろう。ふふ、君に任せて正解だった」

 

 

 

 

 僕の手渡した書類を見て、ロレンシアはご満悦だ。彼女の笑顔のために頑張った部分もあったので、僕としても達成感がひとしおである。

 

 さて。今日はもう休んでいいと言われた訳だが。

 

 このまま退室したら、明日から総統府でロレンシアの秘書を再開することになるのだろう。

 

 だが、大仕事終えてすぐ仕事復帰というのも、味気ない。3日程度は休暇が欲しい……。

 

 

「ん、休暇か? 別に構わんぞ」

「やったぜ」

 

 

 とまぁ、ロレンシアに休暇をおねだりしてみたら、あっさりと許可が出た。彼女は実に、機嫌が良い。

 

 ロレンシアの後ろで事務作業をしていた、書類山積みな第二秘書(どうりょう)の顔が一気に青ざめたけど。すまん、あと3日くらい僕不在で頑張ってくれ。

 

 

「君が休みたいとは、意外だがな。何か趣味でも始めたのか?」

「あーいや、そんなんじゃないさロレンシア。ただ────」

 

 

 少しロレンシアは、不思議そうな顔で僕を見る。

 

 あ、そういやまだ報告してなかったっけか。

 

 

「実は、最近恋人が出来てさ、2週間も家を空けたし2、3日くらい彼女の為に使おうかと」

「ああ、なるほ────」

 

 

 そう。ロレンシアに外交官の仕事を命じられる数日前の事。

 

 僕には、ずっとコネが欲しかった人が居るのだ。その人物は我が軍の中将であり、北部の辺境に居るため中々会う機会が無かったのだが。

 

 なんとその中将殿から直々に、お見合い話が飛び込んできたのだ。向こうさんも、中央へのパイプとして僕に目を付けたらしい。

 

 こんなうまい話はない。僕はその中将殿の紹介を快諾し、直ぐにお見合いを行った。

 

 向こうの顔を立てるのに加え、そこそこ可愛い娘だった事、僕自身特定の相手もいなかった事もあり、その女性とは交際する事になっていた。

 

 

 

 

 

「は?」

「何だいロレンシア?」

「……は?」

 

 

 

 

 そんな感じで恋人が出来た経緯を説明したら、ロレンシアの手に力が篭もった。……機嫌を損ねちゃったかな。

 

 別に内緒にしてたつもりじゃないのだ。報告するタイミングが無かっただけで……。

 

 でも結果的に、大事な妹に恋人が出来た事を隠してたことになるのか。

 

 僕の年だと結婚も視野に入るしな。将来家族になるかもしれない人を、可愛いロレンシアに隠してたのは良くなかったのかもしれない。

 

 

「……誰? どんな娘なんだい?」

「ん、軍人の娘さん。ちょっとアホッぽいけど、情が深そうないい娘だよ」

「ふーん」

「後で、ちゃんと彼女をロレンシアに紹介する場を設けるよ。きっと仲良くなれると思う」

 

 

 まぁ、今からでも取り返しはつく筈だ。後でキチンと、紹介すれば良いだろう。

 

 

「ふーん」

 

 

 ────ロレンシアから返ってきたのは気のない返事。どうやら、拗ねてしまったようだ。

 

 僕の目を合わさず、クルクルとペンを回し、ロレンシアは不機嫌そうに足を揺らしている。

 

 こうなったロレンシアの機嫌は、しばらく直らない事を僕は知っていた。今日は彼女の機嫌取りを諦めて、いったん退出しよう。

 

 

 

「じゃあねロレンシア。また3日後、顔を出すよ」

「ふーん」

 

 

 

 不機嫌なロレンシアに苦笑して、僕は総統室を後にする。

 

 ふと、視界の隅に移った第二秘書さんが、ガクガクと白目を剥いて痙攣し、 泡を吹いているのが見えた。

 

 ストレスだろうか。機嫌を損ねたロレンシアと、これから二日も仕事するんだもんな。

 

 がんばれ。負けるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 

 ロレンシアから3日も休暇をねだり取った僕だったが、そうゆっくりとはしていられない。

 

 やるべきことは目白押しなのだ。もし今回の休暇中に間に合わなければ、次にいつ休みがもらえるかわからない。

 

 

 

「お! 帰ってきたね」

 

 

 僕が自宅に帰ると玄関から現れたのは、そばかすの可愛い、癖毛な茶髪の美人。

 

 中将殿とコネクションを作る打算の元、お見合いで縁を結んだ女性、すなわちパルメその人だった。

 

 

「ただいまパルメ。同棲を始めた直後だというのに、長らく家を空けてすまなかったね」

「いーよいーよ! うん、ウチの父様もそんなんだったし。お疲れ様」

 

 

 パルメは、付き合った直後に外国へ飛んだ僕を、あまり怒ってはいない様子だ。

 

 やはり、軍人一家に生まれたからだろうか。仕事への理解が深い。

 

 

「ただ、中将殿へのあいさつには付き合ってもらうよ? 休暇はもらえたんでしょ?」

「もちろんさパルメ。総統閣下も、快く?許してくれたよ」

 

 

 その一方、彼女は少し礼儀にうるさい。

 

 中将殿の紹介から付き合い始めたので、彼女は二人で中将殿の家にお礼に行くのが筋だと言い張ったのだ。

 

 しかも、彼女の家族関係はというと……

 

 

「義父上様が殉職された後、パルメは中将殿に育てられたんだったよね。これって実質、親へのあいさつだよね」

「そう緊張しなくて良いよ? 中将はスッゴい気さくで、何というか友達感覚で話せるタイプの人なの。それに、すっごい褒めてたよ、君の事!」

「それは照れるな」

 

 

 パルメの父親は、7年前の隣国の侵攻により殉職したらしい。その後、彼女は父親の親友であったという今の中将閣下に引き取られたのだ。

 

 中将殿は、パルメを愛娘のようにかわいがって育てたのだとか。パルメも、中将に多大な恩を感じているという。

 

 

「じゃ、行こうかパルメ。貴重な休日なんだ、大事に使わないと」

「うん、新婚旅行の代わりだしね。私が北部都市の案内もしてあげるよ!」

 

 

 パルメはそう言うと、嬉しそうに僕の腕に抱き着いてきた。豊満な膨らみが、僕の右肩を包み込む。

 

 

 ……ゴクリ。ロレンシアよりも……、いや、何でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はパルメと車に乗り、数人の護衛と共に中将殿の自宅へと向かった。

 

 ……僕に護衛なんかいるのか? と思う方も多いかもしれないが、これはロレンシアの策謀である。

 

 ロレンシアの秘書に加え、外交官としての地位も得てしまったので、僕はVIP扱いらしい。僕を襲う奴なんていないだろと散々突っ込んだのだが、ロレンシアに押し切られて護衛部隊を編成されてしまった。

 

 はっきり言って邪魔である。せっかく恋人との逢瀬なのに、後部座席には筋骨隆々のマッチョ軍人が睨みを利かせ座っている。これじゃ、パルメにセクハラ出来ない。

 

 

「……こちらバード。目標、南南西に移動中……、FH・ビッチ2・OFF」

「……了解。引き続き任務を続行せよ」

 

 

 しかも、護衛の連中は後部座席でよくわかんない暗号を使い、誰かと連絡を取り合っている。

 

 なんだよ、その暗号。僕の知ってるやつじゃないぞ、わざわざ新規に暗号を作ってまで報告する内容ってなんだよ。

 

 そんなこんなで、とても甘い雰囲気に慣れない不快的な車旅は、恋人同士の会話がないまま半日ほど続いたのだった。

 

 移動中、パルメが欲求不満そうに胸を押し当ててきたせいもあり、車内での僕の悶々は留まるところを知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が赤みを帯びてきたころ。

 

 長い車旅を終え、僕達は海沿いの中将閣下の管理する、北部都市スノーランドに到着した。

 

 中将殿は、ここら一帯の改革・発展を任されている人物であり、だからこそ僕が何としてもコネクションを作りたかった人物でもある。

 

 僕たちは事前に手紙であいさつに訪れる事を知らせていたため、車窓からパルメが顔を見せると、中将殿の家の門番は笑顔で僕たちを出迎えてくれた。

 

 門番も顔見知りらしい。彼女と門番は、気さくに軽口を交わしていた。 

 

 

 さて。僕とパルメは中将の邸宅に着くと、まずは客間に案内された。

 

 中将殿は既に帰宅していると言う。

 

 僕達が案内された先には、しわの深い老人が笑顔を浮かべ客間で待っていた。

 

 他の軍人家であれば、格下である僕達が彼の部屋に出向かされるモノだ。

 

 わざわざ客間に足を運び、出迎えて貰えるとは思わなかった。聞いていた通り、彼は気さくな人物らしい。

 

 

「待ちわびたぞ、パルメ!!」

「久しぶり! 会いたかったよ、ローランドさん」

 

 

 二人は出会って早々に、笑顔で抱擁を交わした。成る程、仲が良い。

 

 中将殿はパルメと旧交を温めあった後、僕の方へ向き直り、改めて右手を差し出す。

 

 僕も当然、笑顔で握手に応える。僕としても念願の対面なのだ。

 

 

「ようこそ来てくれた、秘書官筆頭殿。いや、今は特務外政卿とお呼びしたほうがいいかな」

「やめてください、中将殿。それはロレンシア総統閣下の悪ふざけで作られた役職ですよ」

「いやいや、素晴らしい成果を上げたそうではないか。電報で調停内容を聞いたよ、実に見事だ。君にパルメを預けて正解だった」

 

 

 ニコニコと僕の手を握りしめたまま、中将殿は楽しそうに僕を褒め称えた。そんなローランド中将からは、気さくな好々爺といった印象を受ける。

 

 なるほど。北軍の殆どの人間が、中将殿を支持し続ける訳だ。 

 

 

 

 北の大地の父。圧倒的な支持を得て、北部全域の統治を任されたハーゲン帝国の誇る3英雄の一人。

 

 僕は今日、そんな偉大たるローランド中将と、念願のコネクション作りに成功したのだ。

 

 

 

「さて。いつ頃まで我が家に滞在できるかな、お二方? ああ、無理に引き留めるつもりはないよ。若い二人だ、いろいろと忙しいだろう。でも一泊くらいはしてくれるね?」

「んーと、彼次第かな。車の中で悶々としてたし、今夜は何処かで別にお宿を取りたがるかも? フフフ、彼はとってもエッチなの」

「ああ、哀しいかな。可愛いパルメが我が家を離れ、恋人と二人で暮らしている。この老い先短い爺を哀れと思うなら、今夜くらいは我が家で休んで貰いたいものだ」

「あはは、中将殿がよろしいのでしたら、お言葉に甘えますよ。いいよね、パルメ」

「えー、実は私が欲求不満なんだけどなぁ。まぁ、君が言うなら仕方ないか」

 

 

 

 芝居がかった物言いで、僕たちを引き留めようとするするローランド中将。そんな中将を見て文句を言いつつ、どこか嬉しそうなパルメ。

 

 こんな幸せそうな二人を引き離すつもりはないし、僕としてもやっと面会が叶った中将殿だからそう簡単に離れるつもりは無い。

 

 この先のハーゲン帝国の発展には、彼の協力が必要不可欠。僕は、ローランド中将の好意に甘え、彼の邸宅で部屋を頂くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕食は、豪華絢爛と言った料理が並んだ。

 

 流石は北の大地の最高権力者。これ以上のもてなしは無いだろうというくらいに、僕達は歓待された。

 

 彼なりのパルメを思う親心、なのだろうか? 

 

 ああ、心苦しいなぁ。こんなにも良くしてくれる中将殿に、僕はこれから辛い頼みをしなければならないのだから。

 

 ……全ては、ハーゲン帝国の発展のため。

 

 やっと彼に目通りが出来たのだ。今日という日を、逃すわけにはいかない。

 

 

 

 

 ────夜。

 

 僕は、夕食の折にローランド中将に頼み、少しだけ話をする時間を貰った。

 

 ローランド中将は、快く時間を空けてくれた。パルメの結婚相手である僕の頼みなら、何でも聞いてやろうとまで言ってくださった。

 

 有難い話だ。ローランド中将に、北部で出来ないことは何も無い。

 

 ────北部への影響力では、ローランド中将はロレンシアすら上回っているのだから。

 

 例えロレンシアの命令であっても、ローランド中将が命令を上書きすれば、彼の命令が優先されてしまう。

 

 なぜ、そんな無法がまかり通ってしまうのか。

 

 それは、彼が北の大地に住む軍人から、商人から、民衆から、圧倒的な支持を得て統治しているからだ。

 

 

 

 ────北の英雄。前回の隣国侵攻において、唯一崩壊しなかった北部戦線を指揮し、帝国を滅亡から救った男ローランド。

 

 そう。そんな彼の圧倒的な人気は────

 

 

 

 

「……引退?」

「御無礼は承知しております、ローランド中将。今年を以て、貴方の役職を新鋭にお譲り頂きたく愚考します」

 

 

 

 

 ────ロレンシアの、邪魔にしかならない。

 

 夕食後。ローランド中将の私室に招かれ、彼と向かい合って座っている僕が切り出したのは。

 

 ローランド中将に隠居して貰いたいと言う、まさに無礼千万なお願いだった。

 

 

「……あっはっは! それが本当に総統殿のご命令であれば仕方ないさ、従おう秘書筆頭殿。だが、そんな任状はまだ届いていないぞ?」

「ええ。別にこれは命令ではありませんから。僕の、個人的な要望です」

「────ほお?」

 

 ローランド中将はどこか面白そうに、ニヤニヤと僕を眺める。

 

 うわぁ、やりにくい。腐っても英雄と呼ばれるだけは有るな。

 

 

「ロレンシアから貴方へそんな辞令を出してしまえば、北部軍が反乱を起こしちゃいますからね。貴方の人徳のなせる業でしょう」

「……ふうむ」

「なので、僕が独断で貴方に隠居を勧めに伺いました。どうかハーゲン帝国の為を思うなら、ここで身を引いて頂きたく」

 

 

 そこまで僕の言葉を聞くと、ローランド中将は初めて真剣な表情をした。

 

 

「────秘書筆頭殿。今の話は、聞かなかった事にしてあげよう」

「ローランド中将、それは」

「話はコレで終わりだよ。ははは、君はまだ若い。失敗は買ってでもするべきだ。だが─────」

 

 クルリと椅子を回し、ローランド中将は僕に背を向ける。

 

「若くとも、最低限の引き際は弁えておくべきだ。大怪我をしてからでは遅いぞ? 少年」

「……」

 

 

 彼の言葉の節々から、有無を言わせぬ気迫が滲み出ていた。

 

 口調は慇懃に威圧感は凄い、流石はローランド中将。

 

 でも。

 

 

「僕はハーゲン帝国に住む1人の人間として、改めて申し上げます」

「そうか」

「今年で中将を辞してください、ローランド殿」

 

 

 その程度の脅しで、降りる訳にはいかない。

 

 

「そこまで言うんだ、私に何か不足が有るのかね?」

「……まさか。ただ、貴方に匹敵する新鋭が育たねば、滅びの定めにあるのがハーゲン帝国の実情なのです」

 

 

 ────ローランド中将は、僕の言葉に、ふぅむと唸る。

 

 僕の言葉を吟味しているのだろう。

 

 

「世界を相手に戦う時に、貴方に頼りきる訳には参りません。どうか、コレまでの数多の勲章を持ち帰り、若い力を見守って頂きたい」

「……そんなことは言われるまでも無い。私の部下に見所のある者が何人も居るよ。時期が来れば、私も自ら席を譲ろう」

「それでは、間に合わないのです」

 

 あー、うー。実に、心苦しい。

 

 こんなに人の良さそうな老人に、こんな侮辱に近い事を言わなければいけないなんて。

 

 

 

 

「貴方の指定する者ではなく。中央から新たに人を派遣しますので、その方に席をお譲りください」

「……」

「すみません中将殿。心中、お察し致しますが」

 

 

 

 

 僕が告げたのは、遠回しな左遷通告。

 

 ローランド中将が権力を持ち続けるのは、ハーゲン帝国にとって良くないのだ。ローランド中将の息のかかった人間が後を継いだって、何も変わらない。

 

 

 

 ────贈賄と汚職に塗れた、帝国で最も汚いと言われる北部都市の再生の為には。

 

 

 

 

 

「はっきり言うよ、私はかなり不快な気分だ。何が、そこまでの狂言を君に吐かせた? 君の事は買っていたのだが」

「……では、遠慮なく言いましょう、中将殿。あなたは贈賄に弱すぎる。洗えばいくらでも出て来る、杜撰な証拠隠滅も頂けない」

 

 

 この人は、ぱっと見は好々爺なのだが、汚職塗れの利権大好き人間と言う側面も持っているのだ。

 

 明らかに過剰な経費使用。北部だけで、ハーゲン帝国の4割近い予算が組まれてしまっている現実。

 

 彼の人柄に丸め込まれ、彼と共に美味しい汁を吸い続けている北部軍上層。

 

 どこかで、切り込む必要はあった。だが、切り込む手段が無かった。

 

 北部でのローランド中将の人気から、中央は強くでられないのだ。そこにつけ込み足下を見て、日に日に増長する北部からの予算請求。

 

 

 

 

 

 これらは、ロレンシアが大きく頭を抱えている案件の一つである。北部では、ロレンシアよりこの老人の方が影響力が大きいのだ。

 

 ロレンシアの出した命令は、ローランド中将により大きく歪められ、その狭間で彼は巨額の利益を貪っている。

 

 戦争の英雄は、政治の英雄たり得ない良い例だろう。

 

 

 

「そこまで言うからには私の汚職の証拠を掴んでいるのだな? だが、大きな声では言えないが、贈賄も政治の潤滑油となる。それは君も認めるところだろう? 秘書筆頭殿」

「否定はしません。貴方が真に国の役に立っているので有れば、僕は目をつぶっていたでしょう」

 

 

 まぁ、一切汚職がない政治家というのは居ない。僕自身、前の隣国との交渉の際には、贈賄の類を駆使している。

 

 

 

「だけどそれは、目的実行の為の手段として用いるのであって。中将のように利益を得るために、汚職に手を染めている訳ではない」

 

 

 僕は、そう言って彼を切って捨てた。

 

 国の政策を進める為に、必要な情報を集めるために、目的を持って行う買収と。

 

 自分の富や利権のため、買収を目的にしてしまっている中将では、大きく違うのだ。 

 

 善悪という面では、等しく僕と中将は悪人だろう。

 

 利害で言えば、ハーゲン帝国に取って僕は利であり、彼は害。それだけの話である。

 

「……若いな、実に惜しい。その正義感は、若者にしか無い希有なものだ」

「正義感? 僕にはそんなものありませんよ。僕が動くのは、ハーゲン帝国の未来と、ロレンシアの為だけです」

「で、だ。そんな若い君は、少し世間を知らなさすぎる」

 

 

 ローランド中将の目から、笑みが消えた。完全に、僕を敵と見なした様だ。

 

 この人は、常に他人と親しく接し、その懐に潜る。敵を作らない事に掛けてはハーゲン帝国でも随一だろう。

 

 そして戦功を挙げ、持ち前の人当たりの良さを駆使し、今の地位に上り詰めたのだ。

 

 

 

 そんな彼が、僕を敵視した。

 

 

「なぁ。何故、君にパルメを預けたと思う?」

「中央へのコネ作りでしょう。僕は良い狙い目だ、そこそこの地位であり、ロレンシアへの発言力も持ってる」

「その通り。そして、もう一つは、保険だよ」

 

 

 彼が取り出したのは、裏帳簿。

 

 それは、僕の家の金庫の中に有るはずの、僕自身の贈賄の証拠だった。

 

 

「────あ」

「パルメを君の家に住まわせたのは、失敗だね。こう言う事になるのさ」

「まさか僕の金庫を開けたんですか。国家機密も入っている金庫を。処刑されてもおかしくない────」

「良いか、少年。自分に見合った現実を見なきゃいけない。青くさい正義感だけで行動すると、汚い大人に足下を掬われるんだ」

 

 

 ああ。

 

 

「さて、もう一度問う。君はまだ、その話を────」

「まさか、本当にソレに引っかかるなんて……」

 

 

 正直、半分ネタで仕込んだ罠だったのだが。国家機密の詰まった僕の書類を、堂々と自宅に置いてるとでも思ってたのか。

 

 重要書類は、全て総統府の金庫の中にあるに決まってるだろう。もし万一、食いついたら美味しいなと宝くじを買うつもりで仕込んでおいたのだ。

 

 その罠の内容とは。僕の自宅に、わざわざ「機密」と張り紙した金庫を置いて。その中に、かなり適当に書いた証拠帳簿を入れておいただけ。

 

 まさか────

 

 

「は、はあぁ。色々と準備してたのに、説得材料とか致命的な弱みとか美味しい退職後のポストとか頑張って用意したのに……。ローランド中将、申し訳ないが現時刻を以て貴方を逮捕します」

「……どういう事だ、秘書筆頭殿、これをバラ撒かれたら貴殿は────」

「無傷ですよ。そんなデマ文書。ソレ、一回でも裏を取りました? だったら直ぐ分かる筈なんですが」

「は、はぁ?」

「国家機密保持法違反です。いかに貴方といえども、国家機密の書類盗難なんて起こしては、誰も庇えません」

 

 

 

 今まで人と敵対すること無く、自前のコミュニケーション力で危機を乗り切ってきた男、ローランド。

 

 裏を返せば彼は、致命的に人を嵌める事には向いていなかった。今まで、そういう寝技は殆どは彼の部下に任せっきり。

 

 彼自身は、むしろ騙されやすい部類の人間だ。

 

 

 僕は、待機していた護衛部隊へと無線を飛ばす。

 

 ────即座に、彼等が中将の私室になだれ込んできた。

 

 

「ま、待て! この書類の写しは用意している、本当にバラ撒くぞ!」

「……お好きにどうぞ」

「君はパルメを娶っただろう? ならば我々は家族ではないか! こんな暴挙は今すぐやめて────」 

「彼女、7年前に亡くなった貴方の腹心である“諜報員”の娘さんでしょう。つまり彼女も、諜報員。それくらい、調べはついてます」

「いや、何故、それは」 

「裏を取り、背景を調べ、そして動く。ソレが出来ないから、貴方は贈賄をするだけの癌になったんだ」

 

 

 別にローランド中将は、単なる無能と言う訳ではない。むしろ、英雄に相応しい器は持っていた。

 

 単に、適正の問題だ。

 

 彼の人に好かれる才能は本物だし、北部戦線を守り抜いた実績から軍を指揮するのも人並み以上だろう。

 

 彼が中間職で、人と人とを繋ぐ仕事をすれば、この上なく有能に違いない。

 

 ただ彼は、権力を握ってしまい、そこで旨い汁を吸い過ぎたのだ。

 

 麒麟は、老いて醜く太れば、駄馬に劣ってしまう。

 

 

 

「待て、待ってくれ秘書筆頭殿!」

「貴殿の更迭には、かなりの不満が出るでしょう。だが、これは無視できる犯罪では無い」

「分かった、1年くれないか! 私はそこで、仕事を一区切りして席を譲ろう。約束する、この通りだ!」

「貴方が既に、ロクに政治に関わってないのも調べてますよ。毎日、職場に女を囲いに行っているだけ。まとめるべき仕事なんて無い筈だ」

「違う! 私は、私は!」

 

 

 後は、僕の護衛部隊に任せよう。

 

 ────まさか、ロレンシアはコレを見越して彼等を手配したのかな? 彼女なら、あり得そうだ。

 

 

 

 

 そして。

 

 翌日、北の英雄ローランドは、国家機密保持法違反の疑いで、中央に呼び出される事が正式に決まった。

 

 僕の報告を受けたロレンシアは、嬉々として令状を送ってくれたのだ。

 

 ああ、残念である。

 

 ローランド中将は噂の通り好々爺で、悪い部下に好き勝手されてるだけだったら、と言うケースを期待していたのだが。

 

 

 パルメには、悪いことをした。

 

 

 結果的に僕は、彼女の育ての親を更迭した事になる。パルメからしたら、信じた中将の命令通りに動いただけなのに、恋人に騙され嵌められた形だ。

 

 せめてもの、償いはしたい。僕はローランド中将を更迭する際、後ろ盾を失ったパルメに、今後の生活の世話を申し出たのだが。

 

 

 

「は? 怖気がするから喋らないでくれます?」

 

 

 

 当のパルメからは氷のような目で見下され、ペッと唾を吐かれた。こっちが素らしい。

 

 あの陽気で親しげな性格は、全て演技だったのだ。女って怖い。

 

 欲望に負けて、パルメを抱かなくて良かった。女性不信に陥る所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、翌日。

 

「パルメに振られた!! 慰めてくれロレンシア!」

「……ゴミ掃除、ご苦労。だが、そう言う狙いなら私にも告げておけ馬鹿者」

「出会い頭に拳骨!?」

 

 僕は、拘束されたローランド中将と共に、ロレンシアの元へ帰り着いた。

 

 北部での彼の人気は、確かに凄まじい。だが、今回の1件はローランド中将のポカが酷すぎて、流石に庇いきれない様だ。

 

 その代わりにアレコレと、ローランド中将を救うべく裏工作やら買収やらの報告が僕の所に飛んできている。だが、中央の軍人に幾ら金を積んだところで無駄だろう。

 

 僕達は、ロレンシアに対する忠誠で固く結束しているのだから。金銭を幾ら貰おうと、ロレンシアの不利になるような真似は絶対にしない。

 

 北部がローランドに心酔しているように、中央ではロレンシアは神に等しい存在なのだ。

 

 ────その証拠に、ロレンシアの写真で買収される話は割と良く聞く。当然厳罰である。

 

 が、彼女の写真は買収の弾になるくらいには、価値が高いのである。

 

 隣国との停戦をあんなに有利な条件で締結させる時だって、僕が秘蔵している「ロレンシアのパンツ写真」を何枚使った事か。

 

 ……外交官が男で良かった。外国にまで広がる、ロレンシアのパンツの輪。

 

 まさか自分のパンツを交渉材料にされているとは思っていないだろうロレンシアは、僕から今回の事の顛末を聞き、無表情で僕を褒め称えた。

 

「君は、デカい功績を挙げるのが好きだな。ローランドの失脚で、ハーゲン帝国の発展はますます早まるだろう」

「でしょ? 彼の後釜として送る人材は、もう何人か優秀なのをピックアップしてるよ。後で見といて」

「うむ」

 

 腐りきった北を立て直せる能力を持ち、軍部にも顔が広く、頭が切れて、自分の利益より国を優先できる人材。

 

 僕のイチ押しとしてはルーデン司令だ。もし彼が行ってくれれば、間違いは無いのだが。

 

「……その、何だ。一つだけ、君に聞いておいて欲しいことがある」

「……? なんだいロレンシア」

「私の、夢についてだ」

 

 そんな風に、僕がローランドの後釜について考えていると。

 

 ロレンシアは、いつになく真剣な表情で、僕を見つめていた。

 

「ロレンシアの夢?」

「そうだ。私には、夢がある。それはささやかで、いつか叶えてみせると誓った、私の心の奥底からの願い」

 

 彼女は、何かに躊躇いながら、僕を見据えて話を続けた。

 

 何だろう。いつもハキハキしている彼女が、こんな表情をするなんて。

 

「私は、戻りたいんだ。子供の頃に」

「子供?」

「楽しかったなぁ、あの頃は。家に帰ると父様が居て、母様が居て、私に微笑んでくれる。隣の家には君がいて、おばさまが居て、いつも2人で遊び回った」

「……そうだね、ロレンシア。懐かしい記憶だ」

「あの家に、私は帰りたいんだ」

 

 ────それは。

 

 誰もが1度は考える、他愛のない妄想。

 

 幸せだったあの時に戻りたい。それは、誰もが決して叶わないと知ってる願い。

 

「父様も、母様ももういない。だけどそれでも、私は全てが終わったら、あの家に帰りたいんだ」

「……ロレンシア」

「幸せな思い出の詰まった、私達のあの家に。それが私が今、身を粉にして働いている理由の1つ」

 

 

 そこで彼女は、言葉を切って立ち上がった。

 

 

「君も、私とあの家に、戻ってくれないか? 全部、終わって。ハーゲン帝国が世界を統べて、国が平和になって、私が役目を終えたその時」

 

 

 そうか。そうだったのか、彼女の想いの底には────

 

 

「また、私をあの幸せな日々に、連れて行ってくれないか?」

 

 

 ────ずっと残っていたんだ。楽しかった、子供時代が。

 

 無邪気に遊んでいれば良かった、あの頃が。

 

 ロレンシアが、絶望的な状況の中で国を守るため奮闘しているのは。

 

 僕とロレンシアが一緒に遊んだあの家を、あの土地を、あの思い出を守りたかったんだ。

 

 

「……勿論だ、ロレンシア。一緒に、あの家に帰ろう」

「ああ。ありがとう、君ならそう言ってくれると信じていた」 

 

 

 いつまで経っても甘えん坊だな、ロレンシアは。

 

 今のは紛れもなく、彼女の本心なのだろう。僕に、また一緒に遊んでくれと、甘えているのだ。

 

 ────まるで、子供の時みたいに。

 

 

 いつか、帰ろう。今は誰も居ない、管理を近所の人に任せている、僕と彼女の住んでいた家に。

 

 ハーゲン帝国が、世界を統べたその後に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、君は恋人作るの禁止ね」

「……ん?」

 

 

 そこまで言うと、ロレンシアはニッコリ笑い、よく分からない命令を出してきた。

 

 

「……ロレンシア、それは一体?」

「だってあの家に、私と君以外に誰かが居るのは、嫌だからな。君は恋人を作らないべきだ」

「え、ちょっと、ロレンシアさん?」

「これは総統命令だ。拒否は認めん」

 

 

 

 …………え?

 

 ロレンシアにそう言われたら、僕に逆らう事なんて出来ないよ!?

 

 嘘、じゃあまさか僕は、この先ずっと童貞なの?

 

 

 

「ちょっと待とうかロレンシア。結局パルメちゃんとは1発も出来てないんだ! このままじゃ、僕は童帝になってしまう!」

「お。なんだい、そうだったのか。あはははは!」

「笑い事じゃないよロレンシア!? せめて、せめてエッチなお店はアリだよね!?」

「勿論却下だ」

「う、うわぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 そう言って僕からプイと顔を背けたロレンシアは、どこか楽しそうに笑っていた。

 

 ……ああ、何だよもう。この先僕はずっとサクランボ(チェリー)確定らしい。

 

 ────だけど、今笑っているロレンシアはとても可愛いから、それで良いか。

 

 

 

 

 

 それは、世界大戦が起こる3年前の。

 

 弱小国家ハーゲン帝国の、総統府での他愛ない会話だった。




不定期更新です
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。