咲さんに手を引かれること数十分。
だんだん陽も落ちてきて辺りは暗くなっていく。
「そろそろ帰ろうか」
「え?あ、そうだね。もう真っ暗だ」
特に何もすること無く散歩していた僕たちは来た道をそのまま戻り始めた。
「………」
「樹来君?ねぇ、じゅーらーいーくーん?」
「…ん、そうだね」
「あ、あれ?おーい、樹来くーん…」
「…ん、そうだね」
「おぅ…これは重症だ…てぃっ!」
「いたっ…なに?」
「あ、やっと戻ってきた。どうしたの?何か考え事?」
「まぁちょっとね…ってヴェェィ!?」
気がつくと繋いでいただけのはずの左腕に彼女の腕が絡まっている!?
顔が間近にあるしフローランスな香りが鼻を殺しに来てるし腕には小さくも柔らかいそれが押しつけられているしなんだこの天国は!?
「あはははは!!反応は遅かったけど面白かったから許してあげよう!」
「はは…それはありがと…」
そう言うも離れようとしない彼女に苦笑が漏れる。
しかし気は抜けない。いつまたあの真っ黒人間が現れて襲ってくるかわからないのだから。
「む~…ていっ」
「うっ」
「ていっていっていっ」
「え、ちょ、いた」
ペチペチと彼女の手刀が肩に当たる。
全然痛くはないのだが、その様子はご主人様になつく小動物のようでとても可愛らしい。
………ちょっといじめてみたくなるじゃないか
「ていってんぅ」
楽しそうにていてい言っていた彼女の頬を腕が絡まっていない方の指でちょんちょんとつついてみる。
プニッという効果音が聞こえてきそうなほど彼女の頬は瑞々しく、ハリがあって柔らかかった。
「仕返しだよ」
「生意気だね」
薄暗いライトの照らす道路に笑い声がこだました。
しかしこの瞬間僕は忘れてしまっていた。あの怪しい人のことを…
「うああああ!!!!!」
突然の叫び声に体が固まる。
咲さんの顔からも笑顔は消え、驚きの表情を浮かべている。
走る音がどんどん近づいてくる。
気を抜いてしまっていたからだろうか。体は全く動かない。
にも関わらず僕の脳からは一つの信号が送られ続けていた。
『咲さんを守らなきゃ』と。
金縛りにでもあったかのように動かない体をムリヤリにでも動かす。
腕にくっついて同じく固まっていた咲さんの肩を引き寄せる。
向かい合う形になったその小さな体を僕の胸の中でぎゅっと抱きしめる。
「ふぇ?じゅ、樹来君?」
咲さんが何か言っているが耳に入ってこない。
今、僕の体は一つの命令の処理しか行っていないのだから。
次に襲ってくるであろう衝撃に備えてから目をつむる。
大丈夫…大丈夫…なんとかなる…
「へぶっ」
「樹来君…ちょっと苦しい…」
叫び声を聞いてから数十秒。
咲さんの声を聞いてから僕はゆっくりと目を開ける。
辺りは相変わらず薄暗いままだ。何も変化は起こっていない。
「ねぇ」
「ん…あ!ごめん!」
思った以上に力を込めていたらしい。
僕の薄い胸板に彼女の頬が押しつけられている。
顔を動かすことが出来ないのだろう。目だけをこちらに向けていた。
慌てて腕を緩める。温もりが離れていく。ちょっと残念…
「ねぇ樹来君。あれ何かな」
「え?あれって?」
咲さんは僕の後ろを指さしていた。
僕も顔を後ろに向ける。しかし何も見えない。
「どれ?」
「え?わからないの?あれだよ~」
とととと…とゆっくり走り出す咲さん。
続いて僕も歩き始めた。…が。
数歩歩いてから僕は気づいた。
家への帰り道、その暗闇の真ん中に何か黒い物が横たわっている…!!
刹那、僕の背筋が凍る。
いつもはそこにない何か。
突然現れた不審者。
先ほど叫び声を上げたにも関わらず何もアクションをしなかった。
つまりあれは…不審者に関係するものの可能性が高い!
「ダメ!危ない咲さん!!」
そう叫ぶも遅かった。
しゃがみこんだ咲さんは、それにゆっくりと手を当てた。