とはいえ、まだハジメとの合流は先ですが。
どうも、ハジメが迷宮突破に動き出したのが奈落に落ちてから9日目くらいのようなので、ちょうど立香たちが大迷宮に入った頃と同じなようです。
さぁ、最下層に到達するまで5日かかりましたが、今頃どこまで行っているやら。
相当なペースで降りてるはずですが、それでもユエと出会うまでは結構苦戦したりもしているようですし、限度はあるでしょうがね。
「ま、ここまでの連中に比べればマシだったが……シケてんなぁ。もうちょい歯応えのある奴はいねぇのかよ」
自慢の朱槍を一振りし、クー・フーリンは物足りなさそうに呟く。
彼の足元には、通常のライオンの十倍はあろうかという体躯と、分厚い甲殻の皮膚を持つ魔物が倒れている。
「幻想種が跋扈する時代に生きた君を基準にされてもな…と言いたいところだが、確かに拍子抜けではある。
ネメアーの獅子を彷彿とさせる割には、随分脆いようだな」
「おう、俺の蹴り一発で割れる甲羅に何の意味があんだかねぇ」
「一応言っておくけどさ、クー・フーリンが本気で蹴ったら俺の胴体千切れるから。基準にするには物凄く不適切だから」
「……はい。私は正直、甲羅が割れた時のあの魔物の驚愕の顔が忘れられません。他人事には思えませんでした」
同じく守りに自信がある身として、無視できないものがあったらしい。
マシュの瞳には、うっすら同情の涙が浮かんでいた。何しろ、甲羅が割れた瞬間「ウソでしょ!?」と言わんばかりの顔をしていたのだ。マシュも、自身の盾が事も無げに砕かれたりしたら、同じような顔をするだろうと思ってしまう。
だが、今はそんな哀れな魔物の事はどうでもいい。
いや、マシュ的にはあんまりどうでもよくなかったのだが、もっと大事な問題があるのだ。
残念ながら、ネメアーの獅子モドキへの同情もそこそこに、周辺に目を配る。
しかし、結果は芳しくなかった。
「どうして……どうして、いないの? ここまで来たのに! どうして、どこにもいないの!?」
「香織さん……」
「どこかに見落としがあった可能性はないかな?」
「その線は薄かろう。私もこの男も探索に手を抜かなかった」
「つっても、魔物の腹に収まったにしては手掛かりがなさすぎるしなぁ。どうなってんだ? もしかして、自力で出た後か?」
「それならば話は簡単なのだがな」
状況的に、その線は薄いと言わざるを得ない。
かと言って、ここが最下層である以上もう打つ手がない。
あとは迷宮から出るついでに、改めて隅々まで探すくらいしか……しかし、それで見つかる可能性はやはり皆無に近い。そんな漏れがないように徹底的に調べ尽くしたのだ。ついでに造ったマップだけで、一財産になることだろう。
「とはいえ、あとできることと言えば……」
「フォウ! フォ―――――ウ!!」
「どうしたんだ、フォウ? いきなり暴れ出し、うわっ!?」
「先輩こちらへ!」
「クー・フーリン!」
「おう! 嬢ちゃん急げ!」
「きゃっ!?」
突然ドーム状の空間が揺れ始める。マシュは即座に盾を頭上に掲げて立香を庇い、最も足の速いクー・フーリンが呆然と佇む香織を連れて滑り込んでくる。エミヤもやや遅れて盾の下に入るが、揺れは長くは続かず、直ぐに治まってしまった。
ただし、壁の一部に盛大な亀裂が入っているので未だ予断は許さないが。
「なんだったんだろう、今の?」
「わかりません。マスターは安全が確認できるまでここにいてください」
「そうだな。我々で調べてくる、それまでは動かないことだ」
「嬢ちゃんもそれで良いな」
「ぁ、は、はい」
落石や崩落、それこそ落盤が起こったところで問題のない二人が安全を確かめるべく盾の外に出る……前に、無防備にもフォウが飛び出した。
「ふぉ、フォウさん!? ダメです、まだ危険があるかもしれません!」
「フォウ!」
「フォ~~ウ! フォウフォウ!」
二人の静止の声も聞かず、まっすぐに亀裂の入った壁へと向かうフォウ。
フォウはその小さな前足で亀裂の入った壁を叩くが、パラパラと欠片のようなものが落ちてくるだけ。
しかし、エミヤはその意図するところをなんとなく察していた。
「ん? これはもしや……クー・フーリン」
「あん?」
「あそこの壁を蹴ってみろ。遠慮はいらん」
「壁ってあの罅割れたのか? 別にいいけど…よっとぉ!!」
まっすぐに壁へと駆け、その勢いを利用して蹴りつける。
すると、罅割れた壁は容易く砕け散り、奥に通路が続いていた。
どうやら、迷宮はまだ終わっていないらしい。
「先輩、これは……」
「うん。行ってみよう」
「香織さん」
「うん。大丈夫だよマシュちゃん。諦めないって、決めたんだから!」
それまでどこか呆然として、焦点の定まらなかった香織の瞳に光が戻る。
エミヤとクー・フーリンを先頭に、三人はその後に続く。
通路は決して長いものではなく、間もなく先ほどのドームほどではないがそれなりに開けた空間に出た。
ただ、奇妙な点が二つ。
一つは中心近くに二つの直径五メートルほどの窪みがあること。
もう一つはその中間に、石碑のようなものが立っていること。
「マシュ、読める?」
「……はい、問題ありません」
石碑に書かれた文字は立香たちには読めなかったが、マシュには問題なく読み解くことができる。
かなり古そうに見えるが、まったく劣化した様子はない。
「視たことのない鉱物だな。硬度も相当なものだ。ミスリルのような神秘を帯びた鉱物に近いようだが……単に硬いだけだな。それ以外にこれといった特性はない。宿る神秘も申し訳程度か」
「つまり、俺らの脅威にはならねぇってことか?」
「これ単体ではな。何らかの処理を施せば……アーティファクトといったか。何らかの魔術…こちらの魔法を付与すれば、話は別だろう」
逆に言えば、それがされていなければさして脅威にはならない、という事らしい。
基本が霊体のサーヴァント相手に、通常の物理攻撃は意味がない。
彼らを傷つけるには、相応の神秘や魔力の宿った攻撃が必要になる。
そのルールはこの世界でも同じようで、香織の持つこの世界でも最上級のアーティファクトの杖を用いれば、一応効果があるというくらいだ。純粋な武器ではなく魔法の補助がメインなので、直接攻撃するタイプのアーティファクトならまた違ってくるだろうが。
「それで、なんて書いてあるの?」
「…………どうやら、私たちはようやく迷宮の半分に到達したようです」
石碑にかかれていた内容を要約すると以下のようになる。
オルクス大迷宮は100層構造の迷宮二つによって成り立っている。
今まで立香たちが進んできたのはその前半であり、本番はここから先の後半…ここが最下層なら、深層とでも呼ぶべき領域らしい。
前半と違い一度入れば最下層を踏破するまで脱出はできず、蔓延る魔物の質も段違い。
二つの窪みにはそれぞれ転移の魔法がかけられており、右は深層に繋がり、左は外部と繋がっているようだ。
「つまり、装備や消耗品が不十分なら一度外に出て揃えてこいってことか」
「はい。ただ、一方通行のようなので、もう一度ここに来るには再度迷宮を潜ってくる必要がありますが」
「親切なのか厳しいのかよくわからないなぁ……」
ただ、有難くはある。もう食料をはじめとした消耗品は7割以上を使い切っている。この状態で改めて100層を探索していくとなると、物資が心許ない。
「定番だと、迷宮を攻略するとご褒美的なものがありそうだけど、その辺は?」
「いえ、なにも書かれていません。ただ、必要以上に危険性について書かれていると思いますが」
「挑戦することや攻略すること、それに付随する名誉とかが報酬……みたいなものかな?」
「下手にエサをちらつかせて無謀な行動に出ないようにという配慮もあり得るな。必要以上に危険であることを強調するというのも気になる。まぁ、その場合この石碑を立てた人物はなかなかのお人好しのようだが」
もし後者の場合、本当は報酬があるという事もあり得るが、結局それが何かは分からない。
報酬が不明……それこそ“ない”かもしれない状態で飛び込む者はそういないだろう。
あるいは、そんな相手をこそ求めているのかもしれないが。
逆に、最深部にある“なにか”を外敵から守るためのブラフという可能性も否定しきれない。
とはいえ、情報源が石碑一つしかないので状況的に確証を得ることができない。
どんな予想も、これ以上はあまり意味がないだろう。
「まぁ、我々の目的を考えれば選択肢はないな」
「だね。南雲君のこともそうだし、結局聖杯らしきものも見つかってないし」
「つーことは、まだ楽しめそうだな」
「フォ~ウ……」
不敵な笑みを浮かべるクー・フーリンに対し、呆れたように首を振るフォウ。
「とはいえ、改めて百層潜るとなると物資に不安が残ります。ここは一度物資の補給に向かうべきかと」
「…………そう、だね。私たちが倒れちゃったら、元も子もないし」
「香織さん……」
「大丈夫だよ、マシュちゃん。ちゃんと、わかってるから」
本当は今すぐにでも魔法陣に飛び込みたいはずにもかかわらず、必死に自分を抑えているのは明らかだ。
冷静なのは良いのだが、やはり憔悴がありありとみて取れた。
焦っているのもあるが、丸五日間歩き詰めだったのが影響しているらしい。基本的には戦闘への直接参加はないとはいえ、本人たっての希望で時間を捻出しては経験を積んできたのも大きい。
例えば食事の準備中、あるいは就寝前などに手近な魔物を相手にマシュやエミヤが手加減しつつ戦闘を引き延ばし、香織が魔法で支援するという形だ。一応立香も参加していたのだが、如何せん基礎魔術以外に使える物もなく、かといって前に出して戦わせることもできない。それをするには、下層の魔物は立香には強すぎる。
そんなわけで、専ら邪魔にならない隅っこで小さくなっていたのだが……正直、色々情けなくて消えてしまいたくなったのは、一度や二度ではない。
そういった事情もあって、香織の体力は限界をとうに超えている。ここまで保っただけでも凄まじい事だし、全ては「ハジメを助ける」という強靭な意思の力のなせる業だった。
しかし、それもいい加減限界が近い。
いま少しでも緊張の糸が緩めば、直ぐにでも倒れてしまいかねない。
急ぎたいのは山々だが、ここは一度しっかりと休ませるべきだろう。
「ここは一応安全地帯のようだが、それでも絶対とは言い切れん。
念のため私も残り、クー・フーリンがマスターに同伴して物資を補給してくることを提案するが」
「私たちは迂闊に外を歩けませんし、それしかありませんね」
「わかった」
「俺も別に構わねぇぜ。いい加減、辛気臭い空気に嫌気が差してきたところだ。ちょいと羽も伸ばしたいしな」
エミヤの提案は妥当なものだったので、特に異論は上がらない。
そのまま必要となる物資の確認を進め、こっそり今後のことを打ち合わせる。
(マスター、悪いが少し時間を稼いでくれ。少なくとも二日、出来れば三日は休ませたい)
(南雲君のことを考えると不安が残るけど、仕方ないか……)
(ああ。こんなところでは気も休まらんだろうが、香織がここを離れるとは思えん。まぁ、どのみち迂闊に外をで歩けん以上、彼女たちには残ってもらうしかないわけだが)
立香たちと違い、香織はトータスに来るまで普通の女子高生だったのだ。特別な訓練も受けていない。
確かにエミヤの言う通り、それなりの時間を休息に充てる必要があるだろう。
待ちきれなくなる可能性もあるが、そこは上手く宥めるしかない。
エミヤが残るのも、料理などを教えてせめてもの気晴らしをさせるという狙いがあった。
(オッケー、こっちは任せた。ついでに外で情報収集もしてくる)
(うむ。恐らく君のことは行方不明扱いになっているだろうが、こういう場所だからな、珍しくはあるまい。
入場ゲートの受付担当にだけ気を付ければ、入ることは問題ないだろう)
同じ受付嬢に当たれば大事になるが、そうでなければ怪しまれる前にそそくさと通ってしまえばいい。
そこは立香が気を付ければ、まぁ何とかなることだ。
その後、いくつかの確認を済ませてクー・フーリンを伴った立香は左の窪みに仕込まれた転移陣に入る。
すると間もなく光に包まれ、目を開ければいい加減見慣れた緑光石と岩壁に囲まれた空間。
とはいえ、球体上の空間からまっすぐ伸びた階段状の通路を抜けていけば、そこは……
「おおっ、こんなところに出るのかぁ」
オルクス大迷宮の入場ゲートからやや離れた岩壁の隙間から外に出る。
いくら見えにくいとはいえ、こんな場所が今まで誰にも発見されなかったとは考えにくい。
発見したは良いが、石碑に書かれていた通り一方通行でこちらからは移動できずに「意味のない空間」として捨て置かれたのか、認識阻害の類でも掛けられているのか……。
いずれかは定かではないが、とりあえず戻ってこられたことだけは確か。
「とりあえず、入場ゲートを通らないで済むのはありがたいなぁ」
何しろ、五日間に渡って出てこなかった相手だ。死亡扱いになっているのは間違いない以上、絶対ひと悶着ある。
一応外部と繋がっているとのことだったのでそちらのことは大丈夫とは思っていたが、それでも余計な面倒を背負わなくて済んだことには安堵する。
代わりに、再入場する時は上手い事やらなければならないが。
「さて、見た限り今は……夕方か。端末のおかげで時間はわかってたけど、実感なかったからなぁ。ちょっと感動」
「ま、ずっと日も差さない迷宮の中だったからな、しゃーねーわ」
「そいじゃ、まずは買い出しか? この時間ならまだ店もやってるだろうしよ」
「いや、買い出しは直前で良いよ。日持ちする物しか買わないとはいえ、宿まで持っていくのも面倒だし。俺はちょっと情報収集とかして時間潰すつもりだけど、その間は自由にしてくれてていいから」
「一応俺は護衛なんだけどよ……」
「いくら俺でもそこらの人には負けないよ?」
「隕鉄扇はともかく銃はやめとけ。あとで絶対に面倒ごとになる」
「わかってるって。そもそも、トラブルにならないようにするからさ」
「マスターならトラブルになる前に収められるはずなのはわかってるんだけどよぉ……」
立香ならば、相手がゴロツキだろうと何だろうと上手く対話を成立させてやり過ごせるだろう。
その程度のコミュニケーションができなければ、個性の闇鍋状態なカルデアのマスターは務まらない。
ただ、それでも尚トラブルに巻き込まれることがあるから、こうして心配しているのである。
「ホントに危なくなったら令呪で呼ぶさ。俺の令呪でもそれくらいはできるよ」
「ま、その辺りが妥当か。わぁったよ。んじゃ、ついでに……ほれっ」
「はいはい。これ、お小遣いね」
「よっしゃ! さぁって、とりあえずは酒だな、酒! あとメシ!」
「俺がいないからってハメ外し過ぎないでよ。言葉通じないんだから」
「わぁってるよ」
お小遣いという名称については聞き流し、嬉々として街へと繰り出していくケルトの大英雄。
それを見送った立香は、まず再度迷宮に入るまでの宿を決めに行く。情報収集などは明日からだ。
具体的には、マシュや香織への手配の状況と雫たちの近況だが……こちらはオマケ。
本命は、迷宮最下層に残らざるを得なかった二人の気晴らしになる品の物色である。
ハジメのこともあるのであまり時間を浪費するわけにはいかないが、香織の休息のこともある。
きっちり、エミヤに求められた三日後に戻るつもりだった。
* * * * * * * * *
三日後。
当初の予定通り、必要な物資の補給を終えた立香たちは改めて迷宮へと入った。
ちゃんと前回とは別の受付を通ることで騒動は回避。人の出入りを管理することで死亡者を把握するシステムだが、一度も出ずに入場を繰り返しているかまではチェックされないのだから当然だろう。
とはいえ、前回のように地道に潜っていくような真似はしない。
今回は目的地がはっきりしている以上、その必要がないのだからショートカットできるところはしていく。
具体的には、件の縦穴を利用してまっすぐ降りていくのだ。
立香一人では無理なそれも、クー・フーリンがいれば問題ない。
大の男がこれまたガタイの良い男に抱えられるという、なんともむさ苦しい光景なのが問題だが。
それさえ無視すれば、これほど早い迷宮移動手段もない。
器用に縦穴の壁を伝い、時に飛び跳ね、あるいは走り抜けていく。
それでも100層は相当な深さだったが、無事に最下層に到達。まぁ、ある意味当然なのかもしれないが、この孔はさらに下まで続いているらしく、危うく通り過ぎるところだったが。
さて、ここで問題になったのが香織だ。
素直に話せば絶対に了承しないと思い、黙って三日間強制的に休息をとってもらったわけだが……思い切りへそを曲げていた。
それも予想していたのでご機嫌取りの品々や友人たちの最新情報を手土産にしたのだが、効果は薄い。
まぁ、友人たちの最新情報に関して言えば予想通りの状況だったので当然だが。
とはいえ、香織もなぜ立香たちが三日間戻らなかったかはわかっている。
納得はいかないながらも感謝の言葉を口にし、この問題はこれで区切りとなった。
そうして五人は消耗品の漏れがないかを再度確認し、今度こそ右側の窪みの転移陣に入る。
目を開ければそこは、オルクス大迷宮の前半よりもなお自然の洞窟然とした空間だった。
「……ここがオルクス大迷宮の後半、ですか」
「あの石碑の内容が事実だとすると、かなり危ない場所らしいし急いだ方が良いね」
色々と思うところはあるが、それら全てを横に置き、早速探索に入る。
とはいえ、やることは変わらない。これまでそうしてきたように、エミヤとクー・フーリンを中心に魔物を薙ぎ払い、手の空いている三人がくまなく周辺を探る。その繰り返しだ。
確かに大迷宮本番というだけあり、魔物の質は前半とは比べ物にならない。
単純な戦闘能力だけなら、最下層のネメアーモドキの方がこの階層にいる兎や狼の魔物より強いだろう。ただ、彼らは数が多い。平均してネメアーモドキの八割ほどの力を持った魔物が群れを作っているのだ。前半最後の関門として一頭で待ち構えていたネメアーモドキと比べ、どちらが厄介かは言うまでもない。
まぁ、それでもさすがにサーヴァントである二人は危なげなく殲滅しているが。
ただ、今回は今までと違う点が一つある。
それは……
「り、立香さんこれ! 見てください!」
「これは……横穴?」
「はい、横穴です。それも、明らかに不自然な」
丁度、人ひとりが辛うじて通れそうな程度の大きさの横穴が発見できた。
今までは手掛かりらしきものは一切なかったが、初めての不自然な痕跡である。
「……っ!」
「待って、香織さん」
「は、放して! 南雲君がこの先に……!」
「いるかもしれない。だけど、
「だけど、錬成師のハジメ君ならこのくらいの穴!!」
「そうだね。だけど、もしも南雲君の掘ったものだとしても、今もここにいるかはわからない。
いないだけならいいけど。魔物が巣にしてる可能性だってあるんだ」
それはまさに正論だった。
ハジメの作った穴かどうかはこの際問題ではない。問題なのは、今この穴の向こうに
ハジメがいれば良し、何もいなくてもまだ良い。だがもしも、魔物がいれば香織では危険だ。
直接戦闘に向かない彼女が、穴を抜けた先で魔物と一対一になる。あるいは、穴の途中で出くわしても、結果は見えている。特にここはオルクス大迷宮後半、深層とも呼ぶべきこの領域はこれまでと魔物の質が違う。
それは、実際に戦ったエミヤたちも認めるところだ。
「……私が入ります」
「マシュちゃん……」
「エミヤ先輩たちにこの穴は狭すぎますが、私なら問題ありません。盾も、一時的に消しておけばいいだけですから」
「ゴメン、頼める?」
「はい」
武装の全解除ではないとはいえ、最強の守りである盾を持たないマシュを危険に晒すのは立香とて本意ではない。代われるものなら代わりたいと、いったいこれまで何度思ってきたことか。
それでも、今は彼女に任せるしかなかった。
マシュの言う通り、身長180センチ後半と体格の良いエミヤやクー・フーリンにこの孔は少々手狭なのだ。
故に、横穴内部の確認はマシュが適任と言える。
「「…………」」
そうして立香と香織が無言で待つことしばし。
エミヤとクー・フーリンは周囲の警戒がてら魔物を排除している。
その戦闘音だけが響く中、やがてマシュが横穴から姿を現した。
「マシュちゃん! ハジメ君は!?」
「中は
「これは……銃弾、かな? こっちは拳銃っぽい?」
「はい。恐らく間違いないかと」
近代のサーヴァントの中には好んで銃器を使う者もいる。
おかげですっかり見慣れてしまったそれに、マシュが見せたものはよく似ていた。
「これは、やっぱり南雲君が?」
「そうだよ! 錬成師のハジメ君なら作れるかもしれない!」
「確かに、南雲さんならできるでしょう……いえ、彼にしかできません。この世界にまだ銃器が存在しない以上、南雲さんだけが銃器を作ることが可能なんです」
香織はようやく見えた希望に喜びを露わにするが、マシュの表情は苦い。
無理もないだろう。確かにハジメが生きているであろう痕跡の発見は喜ばしいが、これは事情が少し違う。
南雲ハジメはただ生き延びただけではなく、その先へと踏み込んでいる。
「ほぉ、銃か。少々不出来だが、素人の作と考えれば中々だ。いや、これが試作品だとすれば、完成品があるはずだな。となると、逃げるでもなく身を潜めるでもなく、その少年は戦う事を選んだという事か」
「はい。この世界に火薬はありませんが、銃を作ったという事は代わるものを見つけたのでしょう」
それは、かつてマシュが抱いた懸念が現実のものになったという事。
かつて無能と見下された少年は、この世界を一変させ得る“
その危険性、影響力は最早勇者をも容易く上回るだろう。
なにより、あの他者と争う事を極力避けようとしていた少年が戦う事を選んだのだ。
そこに至るまでに、いったい何があったのか……想像することもできない。
マシュが素直にハジメの生存を喜べないのも無理はなかった。
彼が生存を勝ち取るために手にしたものは、あまりにも大きく重い。あるいは、それだけのものがなければ彼は生き延びられなかったのだろう。そのことを思えば、どうしても心が重くなってしまう。
香織もやがてそのことに思い至ったのだろう。
優しく穏やかで、対立して面倒を起こすより苦笑いと謝罪でやり過ごす、香織が強いと称した南雲ハジメはもういないのかもしれない、と。
だが、例えそうだったとしても……南雲ハジメは生きている。これに勝るものなどない。
「……それでも、ハジメ君は生きてる」
「香織さん……」
「なら、それが一番だよ。生きていてくれれば、私はそれで良い。生きてさえいてくれれば、また会えるんだから。変わっちゃったのかもしれない、変わらないと生きられなかったのかもしれない。
どっちでもいい。どっちだとしても、ハジメ君のせいじゃない。生きたいって思うのは、当然のことだよ」
「そう、ですね。確かに、その通りです」
マシュも知っている。“生きる為”そんな当たり前で普遍的な願望のために足搔き続けた人のことを。
彼はその果てに七つの人類悪の一つ、クラス・ビーストの一角すら乗り越えた。
ハジメもまた、同じように足搔いているのだろう。自分なりの、彼にできるやり方で。
その答えが「銃」という武器であり、「戦う」という選択だったというだけの話。
変わってしまったのかもしれないが、それは仕方のない事だ。
変わらない人間など、いないのだから。
ハジメがどのような変化を遂げたのかはわからないが、香織はそれすらも受け入れる覚悟を決めていた。
彼女の想いも恋ではない何かに変わるかもしれない。しかしそれでも、ハジメと再会するという根本的な部分は変わらないし、変えるつもりもなかった。
彼女たちの全ては、
ただ、問題はこれだけではない。
「あれ? そういえばマシュ、そっちのそれって……骨と毛皮?」
「……恐らく、魔物のものと思われます」
「え? それってつまり……」
「ハジメ君が、魔物を食べたってこと? だけどそれは……」
「はい。魔物の肉は人体に有害なはず。にもかかわらず、それを食べて生存しているという事になります。
南雲さんに毒物への耐性はなかったはずですが……」
いったいどうやって猛毒に等しい魔物の肉を食べて生存しているのかは不明だ。
だが、横穴に残された骨や毛皮からはそうとしか考えられない。
疑問は尽きないものの、答えは出ない。いくら毒への高い耐性があるとはいえ、立香も試そうとは思わなかった。
とりあえず、ハジメに餓死の心配はいらない……というだけで十分だろう。詳しくは本人に会ってから聞けばいい。
余談だが、この横穴には他にも水溜まりのようなものがあったのだが、マシュも詳しくは調べなかった。
調べようにも道具も何もなかったし、まさかよくわからない液体を舐めるわけにもいかないのだから当然だろう。
相当な神秘を内包しているようだったが、毒とも薬ともつかないものに迂闊には触れない。
まさかそれが、ハジメが魔物の肉を食べて生き延びることができた理由だと、いったい誰が思うだろうか。
「とはいえ、これは大きな進展だ。南雲少年は生きている、少なくともここから先へ進んだことは間違いないだろう。戦う術を身に付け、安全だがどん詰まりの穴倉から出る……大したものだ」
心の弱いものなら絶望的な状況に発狂するか、良くて穴倉に引き籠って出てこなくなる。
それをせず脱出のために動き出したとなれば、相当な決意と覚悟が必要だろう。
話に聞く南雲ハジメの印象からはかけ離れているが、それが事実なのだ。
「良い根性してんじゃねぇの、師匠が気に入りそうだ」
「ですが、実際進展としては大きいでしょう」
「深層に入ったら後はもう降りるしかないからね。南雲君も上がれないことには気付いているだろうし、先を目指しているのなら急いで追いかけた方が良いか」
「はい。今までのように隅々まで探さずとも、ある程度の探索で切り上げ、次の層に移ることができます」
ハジメの痕跡を追ってどんどん下へと潜っていき、なくなれば追い抜いたと考えてその階層ともう一つ上を探せばいい。そう考えれば、今までより格段にペースが上がる。
ハジメに追いつく日も、そう遠くはないだろう。
微かな希望に縋る日々は終わりを告げたのだから。
ちなみに……
「しっかし、魔物の肉ねぇ……旨いのか?」
「何なら調理してやるが?」
「いや、いらねぇ……」
「まぁ、サー・べディヴィエールでもいれば、分かるかもしれんがね」
「……べディ、見た目に反してゲテモノ平気だからねぇ」
「案外、率先して試してみようとするかもしれませんね」
「…………」
四人の会話の中でチラチラ出てくる、ここにはいないサーヴァントの話。
それを聞いて香織は思う「キャラ濃いなぁ」と。
だが、千里眼を持たない彼女は知らない。
いずれ自身もまた、彼らといい勝負なキャラの濃い連中と出会う事を。
ついでに、自分自身がその中にカウントされることになるとは、全く思っていなかった。
遂にハジメの痕跡を発見した一行。ここから怒涛の追い上げじゃ―――――――っ!
とはいえ、状況からハジメの変心の一端を垣間見て心中穏やかではいられません。しかし、それも含めて受け入れる覚悟を決める香織。何も知らないところに唐突に表れた原作と、自分から追いかけて痕跡から状況を推察したことの違いですねぇ。