最後駆け足になりましたが、まぁ別にいいよね?
「……………………………………」
誰かの声が聞こえる。
遠いような、近いような。優しく、温かな、心を包み込んでくるような甘い声。
「……メ、……………メ…………」
身体を包む柔らかな感触と相まって、浮上しかけた意識がまたも沈みこみそうなる。
「………メ…き…。…ジメ……?」
意識を引っ張り上げようと、なけなしの理性が奮闘する。
そこで、右手首から先にそれまでとは違う温もりが生じた。
「……?」
温もりはゆっくりとスライドしていき、手首から肘へ進むと戻っていき掌へ、そしてまた進むを繰り返す。
「……んん! ハ…メ……し………!」
目を開けるのも億劫なので、掌まで来たところで手をムニムニ動かす。
弾力があるスベスベの何かは、手の動きに合わせてぷにぷにとした感触を伝えてくる。何だかクセになりそうな感触。つい夢中になって触っていると、なんだか右腕が汗とは違う何かでしっとりしてくる。
「あ、ぅん……。ハジ…激…い……!」
何やら艶かしい喘ぎ声。しかも、手を動かせば動かすほどに息遣いは荒く、艶を帯びていく。
猛烈に嫌な予感。微睡んでいたハジメの意識が一気に覚醒する。
慌てて体を起こす。
まず目に飛び込んできたのは、そろそろ見慣れてきた純白のシーツに豪奢な天蓋付きの高級感溢れるベッド。
続いて、太い柱と薄いカーテンに囲まれたパルテノン神殿を彷彿とさせる部屋。
ただ、そんなもの今はどうでもいい。
問題の右腕へと視線を移せば、そこには……
「…………………………………またか、ユエ」
「……んぁ………ぁう……。ハジメ、おはよう」
大きめのカッターシャツ一枚を羽織っただけのユエがハジメの右手に跨り、ゆっくり前後にスライドしていた。……“何を”とは言わない。
ちなみに、挨拶している間も前後運動は止まらない。
ついでに、なぜかはじめも上半身裸だった。昨夜は間違いなく上下ともに着て眠ったはずなのだが……。
「ああ、おはよう。で、なにしてる?」
「……………………マッサージ?」
「誰の……いや、どこのマッサージだよ、それ」
「やん……ハジメのエッチ」
「人の腕に“ピーッ”擦り付けてる奴が何言ってやがる! この天然エロ吸血姫!!」
振り払おうとするが、ユエの細腕からは考えられない力でしがみ付かれてしまい、全く振りほどけない。
「くっ……どこから出てんだよ、その力」
「……愛のなせる業」
「さいですか……」
「……ん。さぁ、ハジメ」
「あ? おい、何シャツ脱いでんだよ……」
「朝ごはんは私。た・べ・て?」
「……いくら俺でもお前を食う気はないぞ」
「ここで誤魔化すのは男らしくない」
「ぐっ……」
据え膳食わぬはなんとやらではないが、確かにその通りだった。
ここではぐらかして逃げれば、“ヘタレ”の称号を甘んじて受け入れねばなるまい。
「今なら邪魔は入らない。さぁ、め・し・あ・が・れ♪」
(ぐぅ、落ち着け俺。いくら年上といえど、見た目はちみっこ。動揺するなどありえない! 俺は断じてロリコンではない! え~っと、色即是空 空即是色……続きはなんだ!?)
生理現象で朝から元気な息子と本能を鎮めようと、よく知りもしないお経を唱えようとして早々に挫折する。
とはいえ、そう簡単に煩悩に屈するわけにはいかない。ここが変態紳士か否かの瀬戸際なのだ。
しかし、外見がちっこくてもそこは年上。大半の時間を封じられていたとはいえ、その前だけでもハジメより長く生きている。加えて、ユエは元とはいえ吸血鬼族の王族。王族最大の責務の一つは子孫を残すこと。そのための手練手管は当たり前のように仕込まれているし、相手を“その気”させる手法も当然含まれる。
要は何が言いたいかというと……童○少年を篭絡するくらい、何とでもなるのである。
「ふふっ……ハジメ?」
「……ユエ、落ち着け」
「大丈夫。お姉さんが、リードしてあ・げ・る」
幼さを残す少女の容姿に、大人の艶めかしさ。
小さいながらも確かな柔らかさを備えた肢体を密着させ、耳元にフッと息を吹きかけられる。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、金紗のような髪が風に踊っている。
段々と頭に靄がかかり、抗う気力が失われていく。
(俺、よく頑張ったよな? 今日まで散々誘惑されて耐えて来たんだし……もういっか)
理性の鎖が千切れ、内なる獣が解き放たれる。
ユエの折れてしまいそうなほど細い体を力いっぱい抱きしめ、首筋にキスを……しようとしたところで部屋の扉が爆ぜた。
「ちっ、もう来た……」
「ユ~~~エ~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
扉は木っ端みじんに砕け散り、その向こうには思い切り後ろ廻し蹴りを振り抜いた香織の姿。
いまは戦闘服でもあるゆったりした法衣ではなく、どこから用意したのかカジュアルな服装にエプロン姿。
正直、ハジメ的にもグッとくるものがある。
ただ、露わになった美脚と短いスカートの向こうの純白まで見えてしまっているが…本人はそれどころではないらしい。
「ご飯作ってる間に何しようとしてるの!!」
「なにって……ナニ?」
「な、ななななななななっ!」
「ふっ、この程度で赤くなるおこちゃまに用はない。今は大人の時間。
でも、それはそれとして美味しいご飯をいつもありがとう。ハジメも初めてだし、冷める前に終わらせる。あとで美味しくいただきます」
「させない! ハジメ君の貞操は私が守るんだから!!」
(あ、危なかった……)
香織の乱入がなければ、危うく一線を踏み越えてしまうところだった。
いや、ユエとそういう関係になるのが嫌なわけでは全くないし、ハジメも健全な青少年。そういったことへの興味関心は当然ある。「やりたいか、やりたくないか」と聞かれれば、「ヤりたい」と即答するくらいには。
ただまぁ、ユエと香織、系統こそ異なれどこの上ない美少女二人からありったけの好意を向けられている状況には思うところもある。
(いや、嬉しいんだけどな。ただ、人として最低だよなぁ……)
ハーレムや二股にロマンというか憧れを感じないでもないが、同時にそれが最低な行為だという自覚はある。
日本で生まれ育った中で培った、倫理観や道徳観念も完全には失われていないのでなおさらだ。
なので、二人とも大切に思ってはいるが、あくまでも「特別は一人」と伝えようとした。
それこそが、ハジメなりの責任の取り方だと思ったから。
だがその際、例によって例の如くユエが香織を挑発し、香織がヒートアップ。
プロレスで言うところの「手四つ」状態になり、熾烈な力比べがはじまった。
ちなみに、いくら魔力操作ができるようなったからと言って、香織ではユエと力比べをしても勝ち目はない。にもかかわらず拮抗しているのは、なんだかんだでこのやり取りを楽しんでいるユエが合わせているからだ。
王族だった彼女にとって、こうして遠慮なくぶつかってきてくれる相手は貴重なのだろう。
まぁ、それはともかく……
「ふっ……小さい女」
「な、どういう意味!?」
「香織は私がハジメと関係を持つのが許せない?」
「あ、当たり前でしょ! ハジメ君は、わ、私のハジメ君なんだから!」
「だから器が小さい」
「にゃっ!?」
「私はハジメが他に女を囲っても問題はない。もちろん、ハジメが望むなら香織も受け入れる。
むしろ、ハジメを想ってここまで追いかけてきた香織のことは認めてるし、歓迎する。
私には必要ないけど、香織の回復魔法はハジメの大きな助けになる。女としても、仲間としても信頼してる」
珍しく口数が多い。ついでに、若干頬が赤くなっている。
それが何よりも如実に、ユエの香織への信頼と好意を表していた。
釣られて、香織もなんだか照れ臭そうにしている。
「え? あ、ありがと……でも、それじゃなんでこんなことしてるの?」
「大事なのは私がハジメの一番“特別”であること。そこは譲らない。
でも、それ以外は許す。香織とは器が違う」
「ぬぬぬぬぬ……」
「でも、それは仕方ない事。私は王族、香織は庶民。王と民では考え方が違う…………ふっ」
実に、勝ち誇った笑みだった。
まぁ、確かに王族にとって最大の責務の一つは子孫を残すことだ。
ユエの時代でも今のトータスでも、王族の重婚や貴族が妾を持つことは一般常識である。
なので、ユエとしては自分がハジメの“特別”でさえあれば、香織の存在は問題ではないらしい。
それどころか、香織の想いも行動力も認めているし、好感すら抱いている。
迷宮攻略の中で実力は認めているし、気心も知れている。頻繁に喧嘩してはいるが、最早コミュニケーションの一環、一種のじゃれ合いのようなものだ。喧嘩するほどなんとやらという奴である。
それに香織が“二番”なら、仮に今後増えたとしても協力して上手くやれるという打算もある。
そういった諸々もあって、ユエは香織がハジメと関係を持つことには反対していない。
「私は受け入れられる、香織は受け入れられない。これが器の差。王者と庶民の格の違い。
でも嘆くことはない。人それぞれ分というものがある」
「ぬぅ~~~~~~~っ」
「ただ…………憐れ。可哀そうな香織」
「ぬぁ~~っ! 可哀そうじゃないもん! わ、私だってそれくらい受け入れられるもん! ハジメ君とユエが…その……アレコレしたって大丈夫だもん!」
「なら問題ない。それじゃハジメ、早速……」
「させないんだから――――――――っ!」
「おい、いい加減俺の意見聞けよ」
さっきからずっとハジメも意見を言おうとしていたのだが、いつもの調子でスルー。
結局香織もユエに流される形で三人で関係を持つ形を受け入れてしまった。
まぁ、後で冷静になって「あれ? なんでこんな事になったんだっけ?」と首を傾げたりはしたが、後の祭りである。
一応ハジメも折に触れて自分の考えを伝えようとしているのだが、二人揃って全く聞きやしない。
“聞きたくない”とかそういうのではなく、そもそも“聞こえていない”のである。
ハジメがその話題を振ると、早々に二人の間で喧嘩が勃発。勝手に盛り上がり、あっという間にハジメは蚊帳の外……その繰り返しだった。
一度や二度ならハジメも次の機会を待とうとするが、通算30回を超えたあたりで諦めた。ついでに拗ねた。
後から二人が当初の話題を思い出して聞きに来たりもしたが……
「教えてやらねぇ」
「今際の際にでも教えてやるよ」
と、頑として口を割らない。
なのでいつの間にか、ユエは「私がハジメの本妻」と主張し、香織が「私がハジメ君の正さ…恋人だもん」と主張し、ハジメが「はいはい、そうですねぇ」と適当に流すのがいつものパターンになっていた。
そして、今日も今日とて二人の“一番争い”は当のハジメをほっぽり出して進んでいく。
そんなお隣さんのいつも通りな様子に、立香とマシュは並んで昼食を食べながら一言。
「今日も元気だなぁ」
「そうですねぇ……あ、先輩お茶は如何ですか?」
「あぁ、ありがとう」
痴話喧嘩の絶えないハジメたちと、縁側が似合う感じで落ち着いている立香たち。
大迷宮の中とは思えない緩みっぷりだが、さもありなん。
つい先日、彼らはついにオルクス大迷宮の完全攻略を果たしたのだ。
今まで張りつめていた分、気を緩めても許されるだろう。
「ったく、アイツら……ちったぁ人の話聞けっての」
「やぁ、ハジメ。おはよう」
「おはようございます、ハジメさん」
(新婚通り越して熟年夫婦みたいになってないか、こいつら?)
言うと二人とも顔を真っ赤にして照れるので、敢えて何も言わない。見てると砂糖を吐きたくなるのだ。
なので、実際に口から出たのは別の言葉。
「おう、おはよう。いつも早いな」
「いや、一応もう昼時だからな?」
「昨夜も遅くまでアーティファクトの開発ですか?」
「まぁな。色々試したいこともあるしよ……赤いのが横から口出ししてくるのがうぜぇけど。どこまでオカンなんだ、アイツ」
「エミヤのアレは筋金入りだからなぁ」
合流して間もないうちは「くん」付けだったのだが、同性で年も近いということもあり、立香もすっかり口調が砕けている。
「あ、そういえばハジメさん。ダ・ヴィンチちゃんから設計図の添削データが届いてますよ」
「おっ、流石に早いな。わかった、飯食ったら見る」
「では、お食事にしますか?」
「ああ……いや、アイツらが来るのを待つわ。香織も、どうせまだ食べてないんだろうし、先に風呂に入ってくる」
「二人が喧嘩してる間じゃないと、おちおち風呂も入れないからなぁ」
「ああ。油断してると襲われる……香織もユエに触発されて、最近タガが外れてきてるからなぁ」
遠からず、初体験どころか3Pする羽目になるのではと、割と恐々としている。
まだ、流石にそこまで割り切ることはできないのだ。
「頑張れ、超頑張れ。俺も経験がある」
「清姫に源頼光、静謐のハサン? だっけか。お前も大変だな」
「はい、先輩の『寝床に勝手に潜り込んでくるトリオ』でしたから」
カルデアでは割と似たような境遇だったこともあり、立香の励ましの言葉は切実だ。
まぁ、話が通じる分ユエたちなど可愛いものだ。
正直、立香のことを知っているおかげで「俺はまだマシだな」と思えている。
「……何なら相談してみる?」
「英雄色を好むっていうだろ。あいつらの恋愛観だとか結婚観だとかなんて参考にならねぇだろ」
「確かに、ケルトは自由だからなぁ……」
「……エミヤ先輩もさらっと『可愛い子なら誰でも好き』という人ですから」
赤と青、両者への尊敬の念とか信頼とかが大暴落しそうだ。この話題をこれ以上進めてはいけない。
「ところで、今はなに創ってるんだっけ?」
「この前は確か、魔力を動力にする二輪車でしたよね?
これで大体準備する物はできたというお話でしたが……」
「ああ、今は四輪車をな」
「へぇ~」
「へぇ~…って、一応お前ら用だぞ」
「あ、そうなの?」
「俺らは二輪にサイドカーで十分だからな」
「あ、そっか。ごめん、助かる」
「お互い様だよ。まさかあのレオナルド・ダ・ヴィンチにアドバイスを貰えるとは思わなかった。さすがあの時代に航空機の設計図なんてもんを作った天才……俺とは発想力が違う。おかげで、変換効率が四割上がった。
それにニコラ・テスラもそうだが、トーマス・エジソンは流石だな。ダ・ヴィンチの発想を使いやすい形に再構築してくれた。正直、あのままだとワンオフ品になりそうだったからなぁ。
折角だし、出来れば飛空艇とかも作りたいんだが……」
「そんなものまで作れるの?」
「いや、多分無理だ。魔力を動力にするだけじゃ足りない。その辺りは今後に期待だな」
今彼らがいるのはオルクス大迷宮最深部、最後の関門を超えた先にある反逆者、あるいは解放者の間。
最後の扉を抜けた先には広大な空間が広がり、住み心地の良さそうな住居やある種のビオトープのような施設が整えられていた。天井には疑似的な太陽があり、時間帯によって月のようになるので時間感覚が狂う事もない。
一面が滝になり、流れ落ちた水が川となって奥の洞窟へと消えていく。水中には魚も泳いでいた。
加えて緑も豊かで畑もあり、この中だけで全てが完結している。
住居には炊事場から風呂まで完備され、書斎に工房らしきものまであった。まさに至れり尽くせりである。
「にしても、よくこんな地の底に通信が届くな」
「まぁ、別に電波で通信してるわけじゃないし。ここが超一級の霊地だからだよ」
「サーヴァントも召喚できる、だったか?」
「うん。ここでなら七騎召喚することもできるって。まぁ、その前にエミヤたちは一度送還しなきゃいけないけど」
「なら、そいつは作業が終わってからにしてくれ。小言はうざいが、まだアイツから教わることはある。
ダ・ヴィンチたちが発明家、あるいは技術者ならあいつは職人だな。あいつの魔術のイメージ法は錬成にも応用できる。結構消耗するが、ネジやバネみたいな細かい部品の精度はずいぶん上がった。
それに、香織が八重樫の心配をしててなぁ。俺も前は結構世話になったし、なんか用意するかと思ってよ」
劇的な変心を遂げてしまったハジメだが、ユエと香織のおかげもあって最近はだいぶ柔らかくなった。
『香織の親友』だからではあるとはいえ、他者に配慮できる余裕ができたのがその証左だろう。
「ああ、雫さんは剣士なんだっけ?」
「はい。そういえば以前、剣だとしっくりこないとこぼしていました」
「ああ、剣道なら一応ベースは刀だよね。村正ほどじゃないけど、エミヤもある意味専門家だからなぁ。
俺も渡したいものがあるし、一緒に届けるよ」
「できるのか?」
「当てはある。たぶんだけど」
「ま、それなら頼むわ」
「なら、まだ当分はエミヤに残ってもらわないといけないなぁ」
「香織さんも、まだ極意を教わっていないと仰っていましたから」
「エミヤも、レシピ集とか書き起こしてたっけ……」
(ゴクリッ)
(すっかり胃袋掴まれてる……)
「……余程香織さんが可愛いようですね」
「もう、半ば親の心境なんじゃない?」
憶えも良く熱心な生徒に、エミヤもだいぶ入れ込んでいるらしい。
「ああ、そういや頼まれてたもんの追加ができたぞ。そっちはどうだ、“生成魔法”の腕は上がったか?」
「微妙かな……俺には適性があんまりないみたいだ。昨日、ようやく1個目ができたとこ。一つ作るのに結構時間食うし、相手を選ぶからあんまり実用的じゃない」
「クラスカード、だったか?」
「はい。カルデアに召喚されたサーヴァント……といいますか、少々例外的な方が持っていたものを参考にしたものです」
「簡単に言うと、俺と契約してるサーヴァントと疑似契約する魔術礼装かな。サーヴァントそのものは召喚できないけど、繋がってる相手の宝具やスキル、ステータスなんかを部分的に降ろすことができる……はず」
「はず?」
「どうも、かなり相性の良い相手でないと作動しないようで……先輩の場合、特別相性の良い方はいないらしく……」
「自分じゃ使えない、と。結局お前がお荷物なのは変わんねぇんだな。
鉄扇やら銃やらは一応改良したけど、くれぐれも前には出るなよ、弱いんだから」
「ハッキリ言ってくれるなぁ……」
事実なので否定できない。
迷宮攻略の報酬として与えられた“生成魔法”。
これは“魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法”であり、要は「アーティファクトを作る」魔法だ。
この世界では“神代魔法”の一つに数えられるものだが……立香たちには珍しくもない。彼らの魔術には、魔術礼装と呼ばれるこの世界で言うところのアーティファクトに相当する品がある。
とはいえ、全く同じものというわけでもないらしい。
おかげで、立香は自分から伸びる契約ラインをコピーし、ハジメがステータスプレートを参考に造ったカードへと接続することで、疑似的なクラスカードを製作することに成功した。
ただし、性能面ではオリジナルに到底及ばない。使うには接続先の英霊と余程相性が良くなければならず、使えたとしても霊基が不安定だった頃のマシュのように時間制限付き。加えて、使用後には小さくない反動がある。
それでも、せめて立香が自力で身を守れるくらいには……と思ったのが、結果はこの有様。
とりあえず、この世界の数少ない知り合い向けに相性が良さそうな英霊を見繕い、製作する方針だ。
そして、その記念すべき一つ目が先日ようやく完成したわけである。
正直、使い勝手が悪いわ時間かかるわで、あんまり役に立ちそうにないが……ないよりはマシだろう。
秘かに、これからも変わらず立香の盾になれることを、マシュが喜んでいるのは秘密である。
ちなみに、神代魔法の習得はマシュにも出来たがエミヤたちはできなかった。
このあたり、生者であるマシュとの違いなのだろうか。
あるいは、人間以上の存在である英霊には神代魔法を習得させる魔法が作用しないのかもしれない。
「それで、そろそろ今後の方針を決めようぜ。お前、これからどうするつもりだ?」
「……」
「先に俺の考えを言っておこうか? 俺は故郷に帰る。そのためには、大迷宮を攻略して神代魔法を手に入れるのが一番の近道だと思う。神代魔法の中に、元の世界に帰る魔法があるかもしれないからな」
「……確かに、エヒト神の気まぐれに縋るよりもその方が現実的でしょう」
オルクス大迷宮を攻略して分かったことがいくつかある。
そのうちの一つが、世界には七つの大迷宮があり、それらを攻略することで神代魔法を習得することができるという事。ハジメは、そこに故郷へ帰還する希望を見出していた。
生憎、大迷宮の全ての所在はわかっていないが、まずはわかっている所と目星がつけられるところからあたっていくつもりらしい。
ただ、分かったことはそれだけではない。
「解放者“オスカー・オルクス”の言う事が事実なら……俺はエヒト神…いや、エヒトを神と認めない」
「……」
「……」
「話したよな。カルデアには神霊系のサーヴァントもいる。神の血を受け継ぐ英霊もいる。人理修復の旅の中で、“原初の母”と対峙したこともあった。
彼らの全てが人間に好意的なわけじゃないし、中には『人間の苦しみ』を善しとする神もいる。それどころか、ある人は『神々は人間を救わない』とも言っていた。
俺は、それを否定しない」
大迷宮を攻略してもう一つ分かったことがある。それは、この世界における神の真実。
神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していた。人間、亜人、魔人、三種族の対立の根幹は、神々の暇つぶしにあったのだ。
ここオルクス大迷宮を作った“オスカー・オルクス”は、そんな世界の真実を知り、これに打ち壊そうとした“解放者”という組織の中心人物であり、失われた神代魔法の一つ“生成魔法”の使い手だったらしい。
人理修復の旅を経て、
だがそれでも、一つだけはっきりと言えることがある。
「どんな形であれ、どんな感情を抱いていたにせよ、彼らは人間を人間という“一つの種”として見ていた。
だけどエヒトは違う。アレは人間を見ていない。人間ではなく“ 駒”、“玩具”として見ている。
そんなものを、俺は神とは認めない。どんなに理不尽でも、どれだけ身勝手でも、どうしようもなく理解不能でも、それでも神は神として、人間という存在に対して何かを為している。
それは“加護”かもしれないし、“神罰”かもしれない。あるいは“拒絶”や“否定”だったり色々だ。
でも、エヒトはそれすらしていない。そんなものは……断じて神じゃない」
「つまり、解放者の遺志を継いで神を斃す、か? だとしたら、俺たちの道はここまでだ。お前には感謝している。お前なりの理由があったにせよ、俺をもう一度香織と合わせてくれた。それに関しては、どれだけ言葉を並べても足りないくらいに感謝している。だから、今俺にできる限りのことはする。ただし、そこまでだ」
「…………」
「もしお前が俺にも協力しろというのなら、断る。俺がこの世界に対して何かしてやる義理はないし、そのつもりもない。別に復讐なんぞする気はないが、それはこの世界の全てが俺にとってどうでも良いからだ。俺の邪魔をするのなら、お前たちだろうと敵と見做す」
「わかってる。俺も、お前にそれを強制するつもりも、望むつもりもない」
「お前たちだけで斃すのか? ま、頑張れ。応援くらいはしてやるさ」
それだけ言って、ハジメは席を立とうとする。まるで、これで話は終わりだという様に。
しかし、立香の話はまだ終わっていなかった。
「いや、俺たちだけで斃すのは無理だ」
「あん?」
「というか、その辺に関しては成り行きに任せるつもりだしな。
解放者の言っていることがどこまで信じられるかもわからないし、そもそも『認められない』と『斃す』はイコールじゃないだろ?」
「確かにな。……それなら、これからどうするつもりなんだ?」
「お前と同じさ。解放者たちの足跡を追えばもっとヒントがあるかもしれない。とりあえずはそれを探すところからだよ。
なにはともあれ、まずは当初の目的……マシュたちが帰れるように、が最優先かな。そこは目的が合致するだろ? そこから先、あるいはそれ以外はその時次第だよ」
「はい。私も、まずは皆さんと帰る方法の模索が最重要だと思います。
エヒトのことは……正直判断しかねますが、今は今できることをしましょう」
エヒトを否定する様子から少し不安もあったのだが、どうやら杞憂だったようだ。
いや、元々彼らはそうそう突飛な行動をする人間ではない。どちらかと言えば、今言った通りできることを一つずつやっていく堅実なタイプだ。
そのことは、解放者の間にたどり着いてから聞いた、立香たちの道程からもわかることだというのに。
(俺も、思いのほか冷静じゃなかったのかもな)
「どうかしたか?」
「いや、とりあえず言いたいことはわかった。つまり、当面の方針は同じってことで良いんだな」
「まぁ、そういうこと」
「一緒に来るつもりか?」
「当面の方針が同じとはいえ、どこで意見がぶつかることになるかわからないし、別行動が良いだろ。大迷宮の目星もある程度ついているとはいえ、とにかく範囲が広い。
せっかくだから、二手に分かれていこう」
「ま、その方が効率的だな。俺も、一々行動方針をぶつけるのはメンドクサイ」
なにしろ、ほぼ確実にあると分かっている「ハルツィナ樹海」と「グリューエン大火山」でもかなりの距離がある上、候補に挙がっている「ライセン大峡谷」と「シュネー雪原の氷雪洞窟」も具体的な場所の目星はついていない。さらに、まだ目星すらついていない大迷宮も二つある。
ハッキリ言って範囲が広すぎるので、確かに二手に分かれた方が効率的だ。
「どの方面から攻める?」
「俺たちはグリューエン大火山を経由してシュネー雪原へ向かう。ハジメたちはハルツィナ樹海とライセン大峡谷を頼む」
「一応聞くが、理由は?」
「火山も雪原も慣れてるし、魔術なら結構レジストできる。逆に魔力が拡散するライセン大峡谷はサーヴァントには相性が悪い。俺も、ただでさえ足手纏いなのにこれ以上はなぁ……」
「……そうだな。香織とユエもヤバいが、お前よりはマシだ。香織も接触すれば回復魔法に問題はないだろうし、ユエなら上手くやるだろう」
「問題ないか?」
「ああ、それでいこう。とはいえ、そうなると通信手段がいるな。リアルタイムとはいかなくても、それなりに情報共有できた方が都合が良い」
「頼めるか?」
「任せろ。開発と製造は俺がやる代わりに、そっちは技術提供と助言頼むぞ」
「俺がやるわけじゃないけどな」
世界を超えて通信を繋げることのできるカルデアの技術力と、契約しているサーヴァントの協力があれば難しい事ではないだろう
その後もいくつかの点を確認し合い、エミヤたちの送還及び新たなサーヴァントの召還のタイミングや出発までのスケジュールなどを詰めていく。
「っと、すっかり話し込んじまったな。あいつらも満足しただろうし、とりあえずメシ食ってくる」
「ああ、ごゆっくり」
そして、なんやかんやと時間は過ぎていく。
なにしろ、やることはいくらでもあった。
オスカーの住居を調査し、残された情報や使えそうな資材の回収。
香織と対抗心を燃やしたユエへの、エミヤによる料理をはじめとした家事の指導。
カルデアと連絡を取り合いながら、今後の動き方の確認やハジメへの技術協力。
オルクス大迷宮を出た後は別行動という事もあり、エミヤとクー・フーリンによる戦闘訓練などもあった。
そうして、諸々の準備がようやく整おうかという日。
「レディ……ファイッ!」
立香の声を合図に、男二人ががっちり手を握り合い、頑丈な金属製のテーブルに肘をついて汗水たらして力比べを始める。
力は拮抗し、どちらも一歩も譲らない。
しかしその均衡も長くは続かず、徐々に形勢が傾き始める。
「おっ! やるじゃねぇか!」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ…ったりめぇだ……おらぁっ!」
最後のダメ押しとばかりに力を乗せ、青髪の男の手の甲がテーブルに着く。
「……ん。ハジメの勝ち」
「やったぁ! やったね、ハジメ君!!」
「あ~、負けちまったか。やるじゃねぇの、坊主」
「ほう。ついにクー・フーリンにも勝ったか。まったく、ここまでくると人間とは思えんな」
「ゼェゼェ……いよっしゃぁ!!」
これまで負けっぱなしだった分、喜びも一入なのだろう。
汗だくのまま天高く拳を突き上げ、勝利の雄叫びを上げるハジメ。
かつてのオタク少年はどこへやら、すっかり男臭くなったことだ。
「ですが、まさか本当にクー・フーリンさんに勝ってしまうとは。驚きです」
「もしかして、手加減した?」
「さぁ~ねぇ~……」
「とりあえず、彼の腕力はサーヴァント換算でCないしBランク相当と言えるだろう。
まさにバケモノだな」
「恐るべし、魔物肉。もうこれ、新機軸のトレーニング法と言えるんじゃない?」
「命懸けになるので、普及はしないと思いますが……」
「やっぱ最後のヒュドラとケルベロス、それに阿修羅が効いたな。
さすが大迷宮のラスボス。手古摺った甲斐はあったぜ」
そう、今日この日までハジメはせっせと大迷宮最深部で待ち受けていた魔物たちをモグモグしていたのだ。
実際に戦った時は「ラスボスは一体が王道だろ!!」と文句を言っていたものの、今となってはそれも良い思い出だ。
まぁ、実際に倒したのはヒュドラだけで、残る二体はエミヤとクー・フーリンが倒したのだが。
とはいえ、ヒュドラ一体でも十分すぎるくらいに難敵だった。ヒュドラにはハジメとユエ、それに香織の三人で当たったのだが、誰か一人でも欠けていれば勝てなかったかもしれない。少なくとも、相応の負傷は覚悟しなければならなかっただろう。
「でも、あの時は本当に危なかったよね」
「……ん。いきなり結界で分断された時はどうしようかと思った」
「……はい。私と先輩、エミヤ先輩とクー・フーリンさん、それにハジメさんとユエさんと香織さん。チームが偏り過ぎでしたから」
「マシュ、改めてありがとう。傍にいたのがマシュじゃなかったら俺死んでた、間違いなく死んでた」
「い、いえ! 先輩の正サーヴァントとして当然のことですから……」
何しろ、エミヤやクー・フーリンならともかく、他の三人だったら守り切れずに死んでいた可能性が極大だ。
立香がマシュの手を握り、あらためて感謝するのも当然だろう。
恐らく、三体現れたのはこちらの人数ないし戦力を考慮しての対応と思われる。
マシュはとにかく立香を守るために専守防衛、その間にエミヤが結界を自身の宝具で塗り潰して救援に向かい、逆ハリネズミにして阿修羅を仕留めた。マシュがしっかり立香を守り切ったからこそだろう。
クー・フーリンは危なげなくケルベロスを翻弄し、最後は今まで出番のなかった愛槍の本領で心臓を貫いて見せた。
ハジメたちは、チームがある意味オーソドックスだったこともあり奇をてらったことはしていない。ハジメが前衛、ユエが後衛、香織がサポート。香織が回復以外にも防御や魔力操作の派生技能として現れた[+他者強化]を用いて支援し、何度かあった危ない場面を乗り切ることができた。
実際にはエミヤたちが助けに入ろうとしたのだが、ハジメたちにも意地がある。最後のケジメとして、自分たちの手でこの難関を乗り越えたかったのだ。さすがに本当に危なそうなら手を出しただろうが、ギリギリ手助けされることなく撃破。
自分たちの手でオルクス大迷宮を踏破したと胸を張れる成果を上げたのである。
余談だが、あの結界はかなり厄介な代物だった。
何しろ、ある種の空間遮断だったらしく、まともな方法では突破できない仕様なのである。
エミヤが宝具を使ったのも、それが理由だ。
ただ、同時にこれが帰還への手掛かりが存在する信憑性を高めもした。
空間関係の魔法は現在では失われていることから、神代魔法に含まれる可能性が高い。
転移以外の使い方もあることから、帰還の一助になる可能性は否定できない。
これもまた、ハジメが各大迷宮を巡ることを決めた理由だ。
まぁ、それはそれとして、ケルベロスをモグモグしていたハジメがある時クー・フーリンに一言。
「食うか?」
「…………お前、俺の
「あぁ……アンタそういえば犬食えないんだっけか」
「ついでに、目下からの食事の誘いも断れないよ」
「改めて聞くと、最悪の組み合わせだろそれ。何考えて決めたんだよ」
「何も考えていなかったのだろ?」
「うるせぇよ」
「どういうこと?」
「クー・フーリンさんは太陽神の子であり王族でもありましたから」
「つまり、クー・フーリンより目上の人間の方が少ないんだ。誘いを断れば
「……ん。確かに最悪」
なんてことがあった。
まぁ、そんな感じに色々な魔物をモグモグした結果、ハジメのステータスは晴れて
「ま、坊主も良い餞別になっただろ」
「……………その余裕なツラが気に食わねぇ」
「おいおい、これ以上引き延ばしてどうすんだよ。だいたい、もう食うもんがねぇだろ」
「ちっ……」
実際、これ以上食べる魔物もいないし、食べたところでステータスが上がるとも思えない。
最後の方など、いくら食べてもステータスが上がらなくなっていたのだから。
これ以上は、迷宮の外に出て新しい魔物を食べてみるしかないだろう。
まあ、大迷宮深層の魔物に勝る魔物がそういるとも思えないので、望みは薄いが。
「さて! とりあえず、これで準備は万端で良いかな?」
「まぁな。必要なアレコレは“宝物庫”に放り込んだし、アーティファクトをはじめ整えられる準備は整えた。
義手の調子も上々。今の俺たちにこれ以上はない、そう断言できるくらいにはな」
「……ん。確かにこれ以上は蛇足」
オスカー・オルクスの住居でできる限りのことはした。
装備を整え、今できる限りの鍛錬を積んだ。
ならば、あとは迷宮の外に出て為すべきことを為すだけだ。
一点問題があるとすれば、鏡を見たハジメが危うく発狂するところだったことくらい。
白髪に義手、これで眼帯が加われば見事な厨二病患者の出来上がりだった。いや、既にかなり危ないラインに突入しているからこそ、膝を折ってしまったのだろうが。
ヒュドラ戦の際、香織の支援がなければ片眼位なくしていたかもしれないので、その日のハジメはいつになく香織にやさしかった。
「なら、あとはお前の準備だけだな」
「ああ。……二人とも、ここまでありがとう。みんなによろしく」
「ふむ。礼には及ばんよ、サーヴァントの責務を果たしただけだ」
「マスターもそうだが、坊主たちもしっかりやれよ」
「先生、今までありがとうございました!」
「……ん。いつも美味しいご飯ありがとう。これからは私たちがしっかりハジメを養う」
「いや、どういう意味だよそれ」
「ハジメさん。ご飯の時、とても目がキラキラしていましたから……」
(餌付けされてたとしか言いようがないよなぁ)
そうして、エミヤとクー・フーリンは送還された。
たった二人いなくなっただけなのに随分と寂しくなったように感じるのは、それだけ二人の存在が大きかったことの証だろう。
「……よかったの? 二人に家族への伝言とか頼まないで?」
「なに伝えろってんだよ。いや、伝えたいことがないわけじゃねぇが、どうやって信じてもらうんだよ」
「そう、だね。カルデアの人たちにこれ以上迷惑はかけられないから」
実際、オスカー・オルクスの住居に入ってすぐ、再度通信を取った時にそういった提案はあったのだ。
ただ、詳しい事情を説明できるわけもないので、結局伝言などは頼まないことにした。
代わりに、家族の近況だけは教えてもらったが……あまり心は軽くならなかった。
当然と言えば当然のことながら、ハジメたちが失踪してからは大騒ぎになったらしい。
現代の学校で起きたメアリー・セレスト号事件だと過剰なくらいメディアは加熱し、マスコミの動きにハジメたちの家族も晒されたようだ。警察の事情聴取などが行われるのは仕方ない事ではあるが、デリカシーの欠片もないマスコミのやり口は肉親たちからすれば追い打ちをかけられているに等しい。
カルデアからの情報提供はできないが、それでもフォローくらいはと、秘かにマスコミなどに圧力や工作が行われ、残された家族の身辺はとりあえず穏やかなようだ。
その点についてはハジメも香織も感謝し、少しだけ安心することができた。
「で、あいつらを還したら今度は新しい奴らを召喚するんだろ?」
「ああ、マシュ」
「はい、マスター。召喚陣を設置します」
「そういや、実際に見るのは初めてか」
「……ん。ちょっと楽しみ」
二度目の香織にはやや余裕があるが、初体験の二人は興味津々である。
だが、いざ召喚を始めようとしたところで、唐突に立香が詠唱を辞めてしまう。
「どうかしましたか、先輩?」
「いや、ただ……」
「ただ?」
「なんだか、清姫が待ち構えている気がして……明日じゃダメかな?」
特に理由のない悪寒が立香を襲う。
今召喚すると、すごく大変な事になる気がした。
マシュとしては立香が嫌なら日を改めるくらいは良いと思うのだが、外野が許してくれない。
「ダメだ」
「いや、でもさ……」
「俺は召喚を見届けたらすぐにでも出るつもりだ。だから今やれ」
「きょ、今日でも明日でも大して変わらないし……」
「それは召喚も同じだろ。待ち構えているなら、それこそ今日でも明日でも同じだ」
「確かに、正論ではあります」
「ハジメ君……」
「……ん。鬼畜なハジメ……でも好き」
「あぁっ!? ユエ、抜け駆け!」
その後、すったもんだの押し問答の末、一応借りがある身のハジメの方が折れる形で明日に変更になった。
しかし、密着したユエが小さく、誰にも聞こえない位の声でハジメに問う。
(香織にまだ教えてないけど、いいの?)
それは、ハジメが奈落に落ちた真相のこと。
香織はまだあれが魔法の誤爆だと思っているようだが、真実は違う。
あの時の魔法は意図的に誘導されたものだったし、その犯人もハジメは知っている。
ユエも犯人が誰かまでは教えられていないが、ハジメが故意に落とされたことは知っている。
同時に、ハジメがそのことを頑なに香織に教えようとしないことも。
ハジメはユエに視線を合わせると、微かに首を横に振る。
今までと同様、これからも話す気はないという意思表示だ。
この問答も一度や二度ではない。そして、ハジメの意思は全く揺らがない。
これは、香織は知らなくていい事だから。
きっと、犯人を知れば香織は怒り、檜山大介を許さないだろう。他ならぬ、ハジメのために。
だが、ハジメはそれを望まない。白崎香織の心を、恋のために奈落の底までハジメを追いかけてきてくれた優しい少女の心を、怒りや憎しみで汚すことを望まなかった。
なにより、どんな形であれ香織の心に自分以外の誰か、ましてやあんな小物が深く入り込むなど許せるはずがない。
(ま、くだらねぇ独占欲なんだけどな)
その自覚はある。それでも、ハジメはこのことを香織に伝えることはしないと決めていた。
ユエもまたそんなハジメの想いを汲み、口を閉ざす。彼女にとっても香織の存在は既に小さなものではないのだから。
とまぁ、ここで終わっていれば感動的なのだが……まだ続きがある。
ついに枯渇してしまった神結晶を活用した装飾品をユエと香織に渡したあたりから、雲行きが怪しくなってきたのだ。
帰還の際に使えるかもしれないので、神水を得られなくなってしまっても神結晶は大事に保管しておく必要がある。とはいえ、少し位削っても問題ない事はダ・ヴィンチにも相談済み。
そこで、結晶の膨大な魔力を内包するという特性を利用し、一部を錬成でネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーに加工し、特に魔法の使用頻度の高い二人に渡したのだ。
ハジメとしては電池のように魔力をストックしておき、いざという時に魔力枯渇で動けなくなることのないようにとの配慮。
そうして二人に“魔晶石シリーズ”と名付けたアクセサリー一式を贈ったのだが、ユエは「プロポーズ?」とつぶやき、香織は言葉にならない様子で感動の涙を流していた。
その末に……
「香織」
「……うん」
「いま、私たちの気持ちは一つ」
「そう、だね。一番とか二番とか、特別とかそうじゃないとか、今だけはどうでも良いよね」
「……ん。今だけは“二人とも特別”という事にしておく」
「は? お前ら、いったい何を……」
「ハジメ君」
「ハジメ」
「おい、なんだその目は? なんか魔物より飢えた目をしてる気がするんだが……」
「魔物だなんて、ハジメ君酷い……」
「でも否定できない。確かに私たちは飢えている……ハジメの愛に」
「ごめんね、ハジメ君。ユエとのこと見ても我慢してたんだけど……もう、我慢できそうにないの」
「私はユエ。ハジメの愛に飢えた狼さん」
「ごめんね、はしたなくてゴメンね。でもお願い……私の、私たちの全部を貰ってください」
「ちょっ、待て! 何二人で俺の腕をがっちりホールドしてんだよ! なんで寝室に引き摺ってくんだよ! 『優しくする』ってどういう意味だ!? あっ、アッ―――――――――――――――――――――!!」
ドナドナが聞こえてきそうな様子で、連行されていくハジメであった。
「あの、先輩? フォウさんも、なぜ私の目と耳をふさぐのでしょう?」
「マシュはそのままでいて」
「フォ~ウフォ~ウ……」
「はぁ……」
召喚が翌日に改められたのは、実際にはこちらの理由の方が大きかったのかもしれない。
その日立香は、たいしてうまくもない遮音結界を張ることに全力を注ぎ、微かに漏れ聞こえる
(お、治まれ! 俺のリビドー!)
マシュの部屋に吶喊していかなかったことは、果たして褒めるべきか、呆れるべきか。
次からは第二章。シリアスさんはお休みです。ギャグもお休みです。ほのぼの行きます。多分短くなる…はず。
さて、次に呼び出す七騎、いい加減決めないとなぁ……。
第二章「永世枯渇領域 」 副題「繁栄の女神」
お楽しみに。空欄が何を意味するかは、まぁいずれ。