ハジメ一行と立香一行が旅だった頃の「〇〇〇」の様子です。
Interlude01
宿場町ホルアド。
オルクス大迷宮を擁する、あるいはオルクス大迷宮に依存する形で発展してきたこの街は、その名に恥じず大小様々な宿屋が乱立している。大迷宮への挑戦者をはじめとした人の出入りも多く、深夜であっても人足が途絶えることはない。
そんな活気溢れる夜のホルアドを、行き交う喧騒とは裏腹に一人の少女が寂しく肩を落として歩いていた。
擦れ違う誰もが思わず目で追ってしまう整った顔立ち。高い位置で結われた黒髪は長く艶やかで、ランプの灯りを受けて宝石を散りばめたかのような輝きを放っている。
冒険者が多く訪れることからどちらかと言えば治安が良い方ではないこの街を、それも夜に出歩くのは些か無防備に過ぎるだろう。いつもであれば、酔漢や荒くれ者の格好の餌食だ。
しかし、彼女に手を出そうとする者は一人もいない。
この街の誰もが知っているのだ。少女……八重樫雫は彼らが束になってかかったところで及びもつかない強者であり、ハイリヒ王国と聖教教会というこの上ない大物がバックについていることを。
そんな相手に迂闊に手を出せば、物理的にも社会的にも手痛い授業料を払う事になる。
だから例え、普段は凛とした雰囲気とキビキビとした足運びが特徴の彼女が、はっきりと分かるほどに消沈した様子で歩いていたとしても、バカなことを考える者はいない。
それが、誰にとって幸運なことかはわからないが。
人波の中を縫うようにして進んでいくが、誰かとぶつかるようなことはない。どれほど気落ちしていても、身体に染みついた体裁きがそんな無様を許さない。
だが、厳然たる事実として頭は垂れ、足取りは重く、背中も心なしか丸まっている。
引き締まった身体と凛とした雰囲気が相まって、実際以上に背が高く見える彼女だが、今は逆に随分と小さく見えた。まるで、一人迷子になってしまった童女のような頼りなさ。
八重樫雫という少女を知る者が見れば、一瞬別人ではないかと思うだろう。
身に付けた世界最高峰の装備が放つ輝きも、どこか曇って見える。
暗澹たる空気を纏ったまま、雫は酒場や道具屋などに足を運ぶ。その選択に、これといった法則性は見いだせない。同時に、どこも長くは留まらず、店主や客と二三話をしては出ていってしまう。
それを幾度か繰り返したのち、彼女は深く溜息を吐くと自身が滞在する王国直営の宿へと踵を返す。
間もなく宿の門前が見えてくると、そこには浮かない表情の少女が一人立っていた。
「鈴……」
「シズシズ、また一人で出歩いてたの?」
「……ごめんなさい。どうしても、ジッとしていられなくて」
「…………」
かけなければならない言葉がある。しかし、それを口にすることが憚られる。
そもそも、自分が言おうとしている程度のこと、雫がわかっていないはずがない事を理解しているのだ。
クラスのムードメーカーとして、時に“敢えて”空気を読まない言動を見せる彼女だが……あるいはだからこそ、“雫のため”になんと言葉をかければいいかわからず、口を噤んでしまう。
友人の心からの気遣いを察し、雫の頬がぎこちなく綻ぶ。心配してくれる鈴を少しでも安心させようとしてのものだが、あまり上手くはいかない。
そんなどこか無理のある微笑みが、なおさら鈴には痛ましく思えてしまう。
「大丈夫よ。街中だからって油断はしてないし、そうそう不覚は取らないから」
「……それは、わかってるけど……」
「………………………………………おやすみ。鈴も早く寝なさい、明日も朝から迷宮に入るんだから」
「……うん、おやすみ」
結局何を言えば良いかわからず、宿へと入っていく雫に力なく答えることしかできなかった。
ホルアドに戻ってきてから……いや、それ以前、香織とマシュが姿を消してからというもの、誰よりも雫が気を不安と焦燥にかられていることは知っている。
迷宮攻略のあと、ほぼ毎日のようにこうして夜のホルアドを徘徊していることも、その目的も。
香織とマシュが姿を消した日の朝。雫は即座にメルドを介して王国上層部に二人の捜索を依頼した。
彼女らがホルアド…オルクス大迷宮を目指しているであろうことは容易に想像できたから。
直ぐに王都からの人や物の出入りがチェックされ、周辺の都市には地球で言うところの「検問」が敷かれた。
治癒師としての香織の重要性、マシュが見せた想像以上の力は王国…ひいては人間族にとって貴重なもの。
つい先日間抜けにも奈落に落ちた無能と違い、彼女らが無為に失われることなどあってはならない。また、召喚された生徒たちからは既に少なくない脱落者が出ている。これ以上戦力が失われることは、何としても避けねばならなかった。
だからこそ、王国の動きは早かった。
二人がいなくなっていることが判明して1時間と経たないうちに、全ての体制が整うほどに。
とはいえ、本来ならそれで十分なはずの所を、雫が強硬に主張したことでホルアドにまで二人の捜索依頼が飛ばされた。ハイリヒ王国の王子が積極的に雫の進言を後押ししたことも、一因にあるだろう。
誰もが、これだけやれば二人が見つかるのも時間の問題だろうと思っていた。特に、マシュは碌にベッドから動くこともできない状態だったのだから。そんな彼女を伴って動ける範囲など限度がある。
しかし蓋を開けてみれば、二人の所在はおろか足取りすら杳として知れない。
雫の「二人はホルアドに向かったに違いない」との進言から、そちら方面への対処が優先されたことから、別方面へ向かったことも考慮されたものの、結果は同じ。
どこの街へ向かったか……どころではない。王宮を如何にして抜け出し、どこを通り、王都の外へ出たのか否か。それすらわからないのだ。
結局何の進展もないまま時間だけが過ぎ、今も捜索は続けられているものの依然手掛かりはない。
雫としては自身も捜索に加わりたかったが、「捜索」という地味かつ時間と根気のいる仕事に一人や二人戦闘系天職持ちがいたところでは意味はない。こういったことは、捜索範囲が絞り込めないこともあり、必要なのは人手なのだから。
なにより、魔人族との全面戦争がいつ起こるかわからない現状では、勇者一行には一刻も早く力を付けてもらわなければならない。貴重な戦力が二人も失われてしまったかもしれないとなれば尚更だ。
騎士にとっての剣や鎧のように弁論を自在に操る海千山千の官僚や司祭相手に、雫では勝ち目はない。
最終的には説き伏せられ、戦闘訓練を兼ねた大迷宮攻略が再開された。
以来、無駄と知りつつも、雫は時間さえあれば香織とマシュの手掛かりを探そうと街へ足を運んでいる。
迷宮攻略の関係で時間帯は夜が多く、いつの間にか夜歩きが日課になってしまっていた。
本来なら、いくら彼女が剣道の有段者で、全国大会での優勝経験もあるとはいえ、治安に不安のある夜の街を出歩くなど危険すぎる。しかし、この世界に来て得た…あるいは目覚めた力のおかげで、その心配はいらない。
故に、度々夜歩きを控えるよう仲間やメルドから注意されても、やめるつもりはなかった。
少なくとも、二人の無事がわかるまでは……。
(香織、マシュ……いったいどこにいるの? 無事でいるの? 何を、考えているの?)
与えられた部屋の前で立ち止まり、何も言わず…置手紙と香織のものと思われる髪だけを残して姿を消してしまった親友たちに胸中で語り掛ける。
当然、答えは返ってこない。
そっと息を吐くと鍵を開けて部屋の中へ。
初めてホルアドを訪れた時、この部屋は雫と香織の二人部屋だった。
いまも二人分のベッドが置かれているが、使われるのはいつも片方だけ。
雫は長く使われていないベッドに視線を向け、いる筈のない人影に想いを馳せ……ようとしたところで、目を見開く。
無理もあるまい。
使う者のいないはずのベッドに、誰かが腰かけているのだから。
反射的に顔を上げ、親友の名を呼ぼうとしたところで気付く。
香織が使っていたベッドに腰かける相手が香織ではないことに。それどころか、顔も知らない初対面の男だったことに。
「やぁ、おかえり。う~ん、でも女の子の夜遊びは控えるべきじゃないかなぁ? ほら、そういうのって、なんか危ないだろ?」
「……」
「おや? 警戒させてしまったかな?」
真夜中と言って良い時間帯、自室に見ず知らずの男がいつの間にか入り込んでいたのだ。警戒するなというのが無理な相談だろう。
雫は腰の剣を抜き放ち、正眼に構える。狭い屋内で剣を振るうのは難しいが、やりようはあるし威嚇くらいにはなるだろう。
場合によっては、どこかしらに切っ先を突き付けることも考慮に入れる。
「どこの人かしら? 鍵がかかっていたはずだけど」
「うん? ああ、僕たちには意味がないからね。素通りさせてもらったよ。ところで……」
剣を構えていることなどお構いなしに立ち上がると、特に臆した様子もなく距離を詰めてくる。
それだけ腕に覚えがあるのか……とも思うが、内心で否定する。
口調などは軽薄に聞こえるものの、只者ではない雰囲気があるので実力者ではあるのだろう。
だが問題はそこではなく、剣を構えている相手に無防備に距離を詰めてくるその神経だ。
まるで、雫の構える剣など何の脅威もないと言わんばかり。それこそ、風船でも構えているかのような気楽さであり、それ故の自然体。
それが何よりも、雫の中の警戒心を煽る。
(ハッタリ……じゃないわね。この人は本当に、私の剣に脅威を感じていない。
一応これ、この国トップクラスのアーティファクトなんだけど……)
「君はアビシャグ? いや、アビシャグじゃない? むむ……(しげしげ)」
(何言ってるの、この人?)
頭の上から爪先まで、じっくり観察してくる不審者。
近づくほどに後退るので、相対的な距離はほぼ変わっていないが精神的にはドン引きだった。
救いがあるとすれば、その視線に下心のようなものが感じられなかったことか。
「………………いや、やっぱりアビシャグじゃないな。惜しい、実に惜しいんだけどなぁ~」
(……よくわからないけど、斬った方が良い気がしてきたわ)
「マスターも人が悪い。貴女が僕の守備範囲からちょっ……とだけ外れていることを見越して僕を寄越したらしい。てっきり、僕しか単独行動スキルを持っていないからだと思ったけど、ふむふむそういう事か」
「マスター? あなた、やっぱりどこかの国の使いかなにか?」
「貴女は美しい。でも僕には縁の薄い美しさだった。まぁ、今回はそういう話らしい」
勝手に一人で納得する不審者。言っていることが一から十までさっぱりわからない。
ただ、なんだか先ほどまであった警戒心とかがなくなっていく。
警戒を解いたわけではなく、警戒することが馬鹿らしくなっただけだが。
とそこで、それまで暗くてよく見えなかった相手の顔が、雲間から差し込んだ月明かりで明らかになる。
(…………大層な美男子だこと。まさか、これで篭絡しようなんて……ないわね)
そこにいたのは、雫とほぼ同じ背丈の緑髪の美男子。
ちょっと中々お目にかかれないレベルで整った顔立ちだが、その程度で心動かされるような雫ではない。
むしろ、言動がいろいろ不審だったり意味不明だったりして、それどころではない。
それに、てっきりハイリヒ王国以外の國からの引き抜きか何かと思ったのだが、どうも事情が違うらしい。
「それで、いったい何の用があって女の部屋に潜り込んだのかしら? 私、これでも色々忙しい身なのだけど」
「それは友達のことかい? 必要だったとはいえ、君も大変だね」
「っ!? 香織たちのこと、何か知っているの!」
「うん、知っているよ。僕はそのために来たんだから。でも、教える前に……」
「何か要求でもあるの?」
「いや、そんなものはないさ。ただ、一言聞いてほしいだけだよ。僕はマスター、『藤丸立香』の使いだってね」
「っ!」
その一言を聞いた瞬間、怒涛の勢いであの日の夜の出来事が克明に蘇る。
香織とマシュが何を考え、どこへ向かったのか。そして、そのきっかけとなった出来事も。
「……そう。なら、あなたがサーヴァントなのね?」
「うん。アーチャー、ダビデ。僕はやるよ、かなりやる」
「ダビデ? まさか、ダビデとゴリアテの?」
「そうそう。いやぁ、君みたいな可愛らしい子にも知られているなんて、僕も捨てたもんじゃない。
君の背……ごほん、もう少しだけ僕の守備範囲に入っていたら、是非ともお近づきになりたかったんだが」
特に理由はないが、なんとなく改めて距離を取る。あと、一発くらいは殴っても良いと思う。
「あなたが来たという事は、立香さんたち……香織とマシュは無事なのよね?」
「うん。僕は少ししか会っていないけど、マスターたちも君の友達も元気にしていたよ」
「そう、よかった……」
あの晩のことを思い出したとはいえ、立香とマシュのことが心配だったことに変わりはない。
先ほどまでよりはるかにマシとはいえ、安否がわからないことに変わりはなかったのだから。
「でも、なぜあなただけがこんな忍び込むようにして……」
「それについてはマスターから色々預かってるよ。手紙とか贈り物とか」
「……まずはその手紙を見せてもらえますか?」
「ああ、どうぞ」
ダビデは相も変わらずの気安さで手紙を渡してくる。
まだ完全には警戒を解かずに……というか、性格的にあまり相性が良くなさそうだからか、なんとなく一歩下がってしまいつつ、受け取った手紙に目を通していく。
それなりの情報が書き込まれた手紙はそれなりの量があり、最後まで読み切るには時間がかかる。
ダビデは特に急かすような真似はせず、代わりにのんびりと竪琴を弾き始める始末。しかも、それがまた無駄に絵になるので若干イラっと来た。人が真剣に手紙を読んでいるというのに……文句を言わなかったのは、苛立ちを上回るほどにその調べが美しかったからだ。そうでなければ、静かにしろと苦言の一つも漏らしたことだろう。
とはいえ、手紙の内容は情報量もさることながら、冷静沈着さが持ち味の雫にとっても驚きを隠せないものだった。一度最後まで読み切り、特に無視できない部分については再度読み返す。
その上で、一度瞑目して自分自身の中で情報を整理し、ゆっくりとそれらをかみ砕いていく。
「……色々言いたいことはあるのだけど」
「僕に言われても困るなぁ」
「……とりあえず、南雲君も無事なんですね?」
「あの白髪の子かい?」
「元々は黒髪なんですけど、今はそうらしいですね」
片腕や髪の色をなくした姿を想像し、「厨二病?」とか一瞬でも思ってしまったのはなかったことにする。
本人にとっては一大事ばかりなのだし、流石に不謹慎に過ぎると自戒した。
まさか、当の本人が同じことを思って精神的大ダメージを負っていたなどと、誰が想像できるだろう。
「うん、元気にしていたよ。女の子たちともよろしくやっているようだった」
「それはそれで驚きを隠せないんですが……」
親友との仲が進展した様なので、それ自体は喜ばしいのだが……なにをどうしたら大迷宮で出会った吸血姫と二股することになるのやら。雫の知る南雲ハジメからは、だいぶかけ離れている。
しかも、香織は香織でそれを受け入れてしまっているというのだから、本当に「何があった」と頭を抱えたくなる。まぁ、当の香織は満更でもないようなので良いのかもしれないが。
「……………………………………これが、この世界の真実なんですね」
「さて、それはどうだろう? あくまでも、解放者とやらの主張だ。別の見方もあるかもしれないね。実際、彼らは反逆者とも呼ばれたらしいし」
確かにダビデの言う通りなのだろう。雫たちが知っているのは教会と解放者、ある意味対局の位置にいる者たちの主張だけだ。それ以外の第三者、客観的な視点に欠けている。
これではまだ判断材料が足りない。立香たちはその辺りの補強もかねて動いていくつもりのようだが。
とはいえ、手紙には今後の立香やハジメたちの行動方針の他に、解放者側の情報とその扱いについても書かれていた。
(確かに、この情報はまだ私だけの所にとどめておいた方が良いわね。光輝に知られると、色々厄介そうだし)
光輝の性格と悪癖を考慮するに、大多数の人間が信じている神を「狂っているかもしれない」と言われても素直には信じないだろう。鵜呑みにしないのは別にいいのだが、むしろ情報元のハジメや立香に対し不信感を持ちかねない。立香はまだしも、ハジメに対しての印象があまり良くないのでそちらに流れやすい。
かと言って、万が一信じたとしてもそれはそれで問題だ。ああいう性格なので、「神を斃そう」「人々を救おう」と言い出して後先考えずに暴走しかねない。いや、正直そちらの方が困るわけだが。
解放者たちの言っていることが正しいと仮定した上でだが、いま馬鹿正直に動いても彼らの二の舞になる。
立香もその危険性を考慮して、表立って敵対的な行動をするのは避けるべきであることを言及していた。
そして、光輝にそんな器用な真似は絶対にできない。
だからこそ、最も冷静に受け止めてくれるであろう雫にのみこうして情報を提供し、今後の対応について彼らなりの考えを書き記しつつ、あとのことは一任しているのだ。
(何でもかんでも押し付けないで欲しいけど、実際のところ適任は私なのよねぇ……あの日のことを知っているのは私と光輝と鈴だけ。光輝は論外、鈴も結構分かり易い性格してるし……)
消去法で、こうするしかなかったという事は理解していた。
文面からも雫への配慮や申し訳なさが滲んでいるので、仕方がないと納得する。
(とりあえず、情報収集兼帰還に繋がる神代魔法の取得を目指して、今は二手に分かれて大迷宮の攻略を進めていく方針なわけね。現代には伝わっていなくても転移の魔法とかあるわけだし、可能性はある。
なら、私がすべきはみんなの邪魔にならないよう何も知らないフリを通すこと。そして、あちらへ余計な目が向かないよう、精々大々的に存在をアピールすることね)
要は、今までやってきたことをそのまま進めていくという事だ。
ハジメたちに全てを任せきるのは申し訳なく思うが、彼らが動きやすい状況を整えるのが今できる最高の支援方法だろう。
それに、結果的に解放者たちの情報が虚偽だったとしても、当初の流れを進めていけばエヒト方向の希望はつながる。どちらの方法も今の段階では切り捨てるべきではない以上、これがよりベターだろう。
「それで贈り物っていうのは?」
「ああ、これだよ。こっちがマスターからで、こっちが白髪の子から。伝言もあずかってるけど?」
「聞かせてください」
質感などがステータスプレートによく似たカードと、細長くもずっしりとした重みのある包みを受け取る。
「マスターからは『色々無理させて申し訳ない。何かの助けになればと思って送るけど、くれぐれも無理はしないで欲しい』ってさ。マスターの英霊を見極める目は間違いないだろうけど……それ、かなり体に負担がかかるらしいから、気を付けた方が良いよ」
「らしいですね。マシュのようになるかもしれないらしいですし、下手に使うと怪しまれますから、慎重に使い処は見極めるつもりです」
「それがいいだろうね。あと、彼の方からは『色々世話になった礼だ』ってさ」
「………………………ホントに別人みたいになってますね」
召喚される前のハジメなら、もう少し別の言い方をしただろう。しばらく会わないうちに、随分とそっけなくなったものだ。と思ったのだが、存外大切な相手にはまだまだ甘さを残しているらしい。
「そうなのかい? ああ、それと『香織を送り出してくれて感謝してる。責任を取る覚悟はあるから、そこは信用してくれていい。あと、無理はするな。八重樫に何かあると香織が悲しむ』ってさ」
「そうですか……」
あくまでも「香織のため」の配慮ではあるが、それだけ親友が思われているとなれば安心できる。二股と聞いていろいろ不安なのだが、一応うまくやれているのなら良しとしよう。
もちろん、再会した時にはしっかり「O・HA・NA・SHI」させてもらうが。
いくら本人が納得済みのこととはいえ、二股野郎を見逃す気はない。まさか、再会する時にはさらにケモミミと変態が増え、加えて義娘までいるとは思いもしない。
「それにしても…………こんなものを作れるとはね。まったく、どこが“ありふれた天職”の“無能”なのかしら? 実力もバケモノレベルらしいし……詐欺よね、これ」
細長い包みから出てきたのは、黒塗りの鞘に入った日本刀。
鞘からゆっくり抜刀すれば、月明かりを飲み込むような漆黒の刀身が現れた。刃紋はなく、僅かな反りが入っており、先端から少しの間は両刃になっている。いわゆる小烏丸作りと呼ばれる刀に酷似していた。
ハジメは日本刀自体には詳しくないが、立香の召喚したサーヴァントの一人が剣の専門家であったことから、彼の監修を受けて作り上げた一振りだ。
世界一硬い鉱石を圧縮し、さらにただ頑丈なだけではなく粘りも両立した業物。切れ味は素人が適当に振っても鋼鉄を切り裂き、ハジメが取得したいくつかの固有魔法も仕込まれている。当然、雫が使える様に調整済みだ。
さらに、鞘の表面には魔力を散らす効果が付与され、これ自体も刀身と同じ素材でできているため頑丈さは折り紙付きという細やかさ。これは、魔法はほとんど使わず、逆に魔法に晒される危険が多い事からの仕様だ。鞘というよりは、事実上の対物理及び対魔法に使える盾に近い。
総合力では光輝の聖剣と互角か、下手をすると上回りかねない代物である。
こんなものを作れる人間の、一体どこが無能なのやら……。
しかも、当の本人はステータスが軒並み一万を超えるバケモノっぷりと来た。加えて香織も魔力の直接操作ができるようになり、回復・光魔法の腕は極まりつつあるらしい。その上、同行者である吸血姫は全属性に適性のある魔法方面のチート性能。まったくもって手が付けられないチームである。
立香は立香で、本人は弱っちぃが「最堅」とでも称すべきマシュがいるほか、古今東西の英傑を7名随伴しているというのだから……
「私たちなんて可愛いものよね」
そう言いたくなるのも無理はない。ないとは思うが、教会から邪魔者認定されて敵対させられたりしないかが不安だ。もしそうなったら、勝ち目はない。いっそのこと諸手を挙げて降伏し、さっさと合流した方が良いだろう。
「で、こっちのカードがクラスカード、ですか?」
「うん。真作には及ばないようだけど、それなりの性能はあるよ。繋がっている彼女もかなりやるからね」
「まぁ、切り札があるのはありがたいですけど」
近いうちに、人目を忍んで一度試しておく必要があるだろう。ぶっつけ本番で使うなど、いくらなんでも無謀過ぎる。
どの程度使ったらどれくらいの反動があるか、しっかり検証しておく必要がある。
「さて、それじゃ僕はいくよ」
「ええ、ありがとうございました。二人にもよろしく伝えてください」
「うん。あと、その手紙だけど……」
「しっかり処分しておきます。……香織とマシュの手紙はちょっと気が引けますけど、残しておくわけにもいきませんから」
立香からの手紙はあくまでも必要な事柄中心の割と事務的なものだったが、同封されていた二通の手紙は違う。
遠く離れた親友たちからの、様々な思いが籠った近況報告。返事を送れないのが残念だし、読み終わったらこちらも処分しなければならないが、それでも嬉しいという気持ちに変わりはない。
出来れば通信用のアーティファクトも同封したかったらしいが、万が一にも怪しまれれば、かえって雫のみを危険に晒してしまう。なので、已む無くそちらの同封は避けられたのだった。
そうして、用件を済ませたダビデは霊体化して忽然と姿を消す。
雫は空気を入れ替えるべく窓を開け、夜空に浮かぶ月を見上げつつ遠く離れた地で頑張る友人たちにエールを送る。
「頑張りなさいよ香織、マシュ。私も、私にできることを頑張るから」
心配の種は尽きないが、二人ともそれぞれ頼りにする相手が傍にいてくれているのだ。
ならば、きっと大丈夫だろう。
今はただ互いの無事を祈り、今できることを一つ一つ進めていく。
その先で、きっとまたお互いの道が重なり合う時が来ると信じて。
そしていつか必ず、みんなで元の世界に帰るのだ。
しかし、そんなささやかな願いが叶う事はない。
どこであっても、世界は人に優しくはないのだから。
第二章サーヴァント一人目。雫にコナをかけなかったのは、彼女が若干ダビデより背が高いから。まぁ、コナをかけていたらいたで、とある方向からツッコミが入ったことでしょうが。