ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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ほのぼの路線で行くと言ったな、あれは嘘だぁ! あ、清姫に焼かれる? 大丈夫?

いや、別に嘘ついたわけではなかったのですが、書いているうちに徐々にこんなことに。本当はここではまだ魔人族と遭遇しないはずなのになぁ、どうしてこうなったのかなぁ?


それはともかく。
出来れば、本編に入る前に毎回軽くでもほかの場所の話とか入れられたらなぁ、と思っています。まぁ、今回の場合はちょっと過去にさかのぼってるんですけどね。


012

時間を些か遡り、マシュやハジメたちがトータスに召喚されて間もない時のこと。

場所はアンカジ公国から遠く離れ、魔人族の王国「ガーランド」。

その中枢ともいうべき王城の荘厳な広い廊下を、一人の騎士が颯爽と進んでいく。

 

180センチに届く長身を漆黒の甲冑で覆っていながらも、その歩みには全く淀みがない。

騎士を目にした者たちは老若男女を問わず慌てて居住まいを正し、最敬礼を以て騎士に道を譲る。

それだけこの騎士の存在が、魔人族の間で大きなものであることの証左だろう。

騎士もまたそんな彼らを蔑ろにするつもりはないらしく、律義に足を止めては返礼し、再度歩みを進めていく。

 

やがて一際大きく壮麗な扉の前に立つと呼吸を整え、力強くノックする。

 

「入れ」

「失礼いたします!」

 

張りのあるよく通る声と共に、扉を開けて部屋の中へ。

内部は扉の壮麗さに比べ、質実剛健というべき華麗さや豪奢さなどを一切廃した質素さだった。

実用性一辺倒の内装は、王城という場所を考えれば些か不適当と言わざるを得ないだろう。

 

しかし、それを実際に口にする者はいない。

なにしろ、相手は魔人族軍の頂点にして、たった一人で人間と魔人の戦力均衡を崩した最強の魔人。

ここ数百年は現れなかった大迷宮攻略者……フリード・バグアー。

 

自身を魔王の忠実なる下僕、奉じる神の駒たることを善しとする彼にとって、自らを飾ることに意味はない。

有する力の全て、財産の全て、生命の全ては魔王と神に捧げている。彼の居室の質素さは、その一端だった。

魔王を除けば、いったい誰がそんな彼に対して賢しげなことを口にできるだろう。

 

だが、いるのだ、一人だけ。彼に対し、それを口にできる者が。

 

「閣下、城を発つ時も申し上げましたが、もう少し執務室に贅を凝らしていただきたい。これでは、下の者たちも恐縮してしまいます。閣下が贅沢をなさらないのに、どうして彼らが財布の紐を緩ませられましょう。

 それでは、いずれガーラント全体の経済にも悪影響を及ぼしますと、何度も申し上げたはずです」

「まったく、戻って早々小言とはな。お前の言い分はわかるが、これも性分だ」

「無論、承知しております。私とて贅沢は趣味ではありません」

「……確かに、そうだな」

「ですが、これは上に立つ者の責務、言わばガーラントと魔王陛下への忠義のためです。どうか、ご理解のほどを」

「…………………………………………………………………俸禄、金は使っているぞ」

 

あからさまに目を逸らし、言い訳がましく言っているがそんなことでは誤魔化されない。

 

「兵の養成や強化した魔物の餌代、ですか?」

「……そうだ」

「そのことに異議を申し立てるつもりはございません。私とて、似た様なことはしております。

 ですが、それとこれとは別の問題。閣下の私生活に遊びがなければ、配下もまた心身を緩められないと申し上げているのです。誰もが、閣下のようにお強いわけではないのですよ」

「…………わかった、善処する」

 

いつものやり取りは、結局いつもと同じ帰結を迎えた。

毎度毎度言い負かされては「善処する」と口にするフリードだが、結局改善されたことは一度もない。

当然、騎士もそのことは理解しているが、これ以上言い募るつもりはなかった。

立場上、あるいは自身の立ち位置故にこのようなことを言えるが、本来は出過ぎたマネと理解しているから。

 

「差し出がましい口をききました、平にお許しを」

「構わん。俺に対し忌憚なく意見できるのはお前位だ。腹心からの直言、無碍にはできん」

「はっ……」

「しかし……よく戻った。お前であればあるいは…そう思った俺の見立ては、間違っていなかった」

「光栄です、閣下!」

 

生きて帰れぬことを覚悟して旅だったのが数日前のこと。

フリードも期待はしていたが、同時に生きて帰ることはないのではないかと覚悟していた。

あるいは、優秀な部下を徒に失う事になるのでは、と。

 

だが、その懸念は杞憂に終わる。フリードの信頼に見事応えてくれたのだ。

普段はまず他者を褒めることのない厳格な将軍も、この時ばかりは僅かに口角が緩む。

親しい者でなければ気付かないほどわずかな変化だが、騎士はそれに気付くことができた。

 

期待してくれていたことへの感謝、信頼に応えられたことへの喜び、ようやく並び立つことができることへの達成感。様々な感情の奔流が、胸を埋め尽くす。

同時に、胸の奥に燻るものが疼く。

 

――――――ずっと押し殺してきた。

 

――――――――――――ずっと隠し通してきた。

 

――――――――――――――――――――ずっと、ずっと温め続けてきた悲願。

 

ようやくそこに、手を伸ばせる下地ができたのだ。

 

(……焦るな。手にしたばかりの力で何を浮かれている。研鑽を積み、一日でも早くこの力を自分の物にする。まずはそこから、全てはそこからなのだから)

「それで、どうだ? 変成魔法の使い心地は」

「……率直に申し上げれば、適正は高いとは言えません。大迷宮を出てすぐに魔物の使役を試みましたが、結果は芳しくありませんでした」

「やはりか……我らがガーラント近辺の大迷宮は、シュネー雪原の氷雪洞窟くらいしか確認されていない。故に、やむなくお前を送り込んだが……」

 

魔国「ガーラント」周辺に、氷雪洞窟以外に大迷宮は存在しない。

そこで、本人の強い希望もあって攻略に向かわせたが……攻略そのものはできたものの、得る物はあまり多くなかったらしい。そのことはある程度予想していたとはいえ、フリードとしても落胆を禁じ得なかった。

 

「ですが」

「うん?」

「どうやら“人体の変成”には適性があるようです」

「ほぉ? それはある意味お前らしい。外に向けて魔法を飛ばすのは苦手だが、己自身や接触した対象に魔法をかけるのは昔から得意だったからな、なるほど」

「閣下にご指導賜りながら、不甲斐ない限り。申し訳ございません」

「単に向き不向きの話だ。俺は魔物の使役や強化に適性を示し、お前は人体変成に適性を示した。それだけのことだ」

「はっ!」

 

二人は単なる上司と部下ではなく、師弟に近い関係でもあった。

まだフリードが大迷宮を攻略する以前、一人の将に過ぎなかったころから傍にいたからこそ、畏れずに諫言を口にできる。そんな愛弟子を、フリードもまた深く信頼していた。

 

「まずは変成魔法の習熟を急げ。ある程度形になり次第……動くことになるぞ」

「戦争ですか?」

「……いや、違う」

「違う、と申しますと?」

「お前は城を空けていたから知らなかったのだな。先ごろ、人間族に『勇者』なるものが召喚されたとの情報がある」

「召喚? 『生まれた』でも、『現れた』…でもなく?」

「そうだ。どうやら、人間族の神が我らに抗うために異世界から呼び寄せたらしい。まったく、往生際の悪いことだ」

「異世界……」

 

フリードの語る言葉を、騎士は反芻するように何度も噛み締める。

 

「どの程度の力を持っているかは不明だ。しかし、不遜にも『神』を僭称する者の呼び寄せた輩。甘くは見ない方が良かろう」

 

程度の低い者を召喚するような存在であれば、それこそ当の昔に魔人族の神が打ち滅ぼしている筈。

業腹ではあるが、それができていないからこそ相手の力もある程度は認めざるを得ない。

フリードは人間族やその神を心底嫌悪しているが、決して侮ってはいなかった。

 

「人間どもがどれほどの力を得ようと関係ない。我らはそれ以上の力を手に入れ、奴らを薙ぎ払うのみだ」

「では……大迷宮ですか」

「そうだ。現在場所が判明している大迷宮は、オルクス大迷宮とグリューエン大火山、それにハルツィナ樹海の三つ。それぞれ秘密裏に調査を進めるつもりだが、さすがにオルクスとハルツィナは人間や亜人共の領域。そう容易くはいくまい。故に、我らはまず大火山へ向かう事になるだろう」

「ですが、あそこも一応は人間族の領域では?」

「そうだ。そこで、魔物を放ちアンカジ公国を落とす」

 

つまり、その上でグリューエン大火山を魔人族の支配下に置こうというわけだ。

 

「まだ全面戦争には早い。アンカジ公国へは必要最小限の戦力を送ることになる。お前の配下にも動いてもらう事になるだろう。親衛騎士団の力、期待している」

「……はっ!」

 

執務室を退出し、親衛騎士団長は足早に部下たちの下へと向かう。

徐々に戦争への機運は高まり、数週間後には秘かにと言えど人間族の支配地域を奪う事になる。

フリードの立てた策は可能な限り魔人族側の消耗の少ない方法だが、作戦通りにいくとは限らないのが現実だ。

共に派遣する部下の身の安全も絶対ではない。ならばどうするか……答えは一つ。

 

「……早速、試すことになりそうですね」

 

フリードのように魔物を使役することも強化することもできないが、自分なりの使い方がある。

これを使えば、部下を著しく強化することも不可能ではない。

それともう一つ、気がかりなことが……。

 

「異世界から召喚された勇者……会ってみたいものです」

 

世界が、大きく動き出そうとしていた。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

元々、アンカジ公国に立ち寄ったのは、グリューエン大火山へ入る前の準備をするためだ。

ハジメの作ったアーティファクトのおかげで特に疲れるような旅路でもないこともあり、用さえ済めばさっさと向かう以外に選択肢はない。

なので、本来ならちょっと立ち寄るだけで問題なく済む……筈だった。

 

しかしそこはそれ、同行者が暴走力に富んだサーヴァントなら話は別。

火種のない状態から自力で山火事を引き起こすことすら可能な連中もいるので、滞在時間が延びれば伸びるほどに騒動が起こる可能性は増す。

 

故に、立香としては一秒でも早くアンカジ公国を後にしたかった。

何しろ今回は、トラブルメーカー率が高すぎる。具体的には、清姫とかエリザベートとかダビデとかランスロットとかだ。女王や王妃、処刑人は割と常識があるというか周りに合わせてくれるタイプなのだが……いや、ランスロットとダビデもそれなりに合わせてはくれるが、それでも騒動を起こすタイプ。周りのことを気にせず騒動を起こす清姫やエリザベートと、果たしてより性質が悪いのはどちらか悩みどころである。

 

そして、そんな立香の懸念は現実のものとなってしまった。

 

「あなた……嘘を吐きましたね?」

「は? おいおい嬢ちゃん、何言ってんだ? 俺は誠実に商いをしてるんだ、言いがかりはよしてくれや」

「その髪飾り、純金製と仰いましたね?」

「おうよ! 王都で人気の職人から仕入れた逸品だぜ!」

「いいえ、それは嘘です!」

「なにぃ、どこが嘘だってんだ、あぁ!」

「わたくし、貴金属には詳しくありませんが、嘘には詳しいのです! あなたは嘘をついています!」

「おう、嬢ちゃんいい加減にしねぇと……」

「ちょっ、スト――――――ップ! 清姫、令呪を以て命じる! その嘘はスルーで!」

 

清姫相手に嘘を見逃させるには、令呪を一画必要とする。

それは何もマスターに限らず、第三者の嘘を見逃す際にも適用されるのだ。

しかしそれも仕方がない。ここで彼女を止めないと、間違いなく大惨事になる。

 

「……仕方がありませんわね。マスターのご命令とあれば、ここは見逃しましょう」

(ほっ)

「ですが……」

 

気付けば、清姫の目が人間ではなく蛇の目のようなそれになっていた。

 

「……次はありませんよ?」

(先輩! 不味いです! このままだとアンカジの街が火の海に!)

(だよね!? 街ごと焼き尽くさんばかりにストレスが溜まってるし! 令呪もあと一画、早く街を出ないと!)

 

なにしろ既に一画、これで二画目の令呪を消費してしまっている。

人の世には嘘が絶えない。それは何も悪い嘘ばかりではないし、場合によっては誰かを守るための優しい嘘や方便なども含まれるだろう。だが、清姫にとってはどんな嘘も全て同じ。

嘘つき死すべし、それが彼女にとっての絶対のルールなのだ。

活気のある街中と清姫、ある意味最悪の組み合わせだろう。

 

(あ~もう、こんな事なら言葉なんて覚えるんじゃなかったかなぁ!?)

 

オスカー・オルクスの隠れ家で過ごす間に、ユエに協力してもらって覚えたこの世界の言葉。

召喚の際の現代知識付与を応用し、それをサーヴァントたちにも適応させることができたのでやってもらったのだが……この有様だ。立香が一瞬後悔してしまうのも無理はない。

 

ちなみに、この言語習得にはユエも大いに協力的だった。

なにしろ、ハジメたちが地球に帰還する際にはそれに同行するつもりの彼女にとって、地球の言葉…この場合は日本語の習得は避けては通れない。ハジメたち相手だと普通に通じてしまうため練習にならないが、立香の存在はちょうどいい練習相手だったのである。

なので、隠れ家にいる間は協力し合って単語帳を作ったり発音の確認をし合ったりと、意外と接点の多かった二人だった。

 

まぁ、それはともかくとして……

 

「マシュ! 清姫を連れて急いで街の外へ!」

「はい! ハインケルまで先行します!」

 

とにかく、一秒でも早く清姫を街の外に出す必要がある。

偶には街で羽を伸ばさせてやりたい、なんて仏心を出したのが間違っていたのだろうか。

 

(……いや、それ自体は間違っていない。ただ、俺がちゃんと嘘から遠ざけられれば良かっただけだ)

 

ここで清姫や他の何かのせいにせず、自分自身に責任の在り処を求めるのが立香らしいというべきか。

そんな彼だからこそ、多くの問題児(サーヴァント)も彼に信頼を寄せるのだろう。

自分たちが厄介者であることは理解している。それでもなお、自分たちのために考え、行動してくれる立香の人間性に。

 

とはいえ、そんな器の広い彼にも限度というものがあるが。

 

「ああっ、見つけたよアビシャグ! こんなところにいたんだね、僕の心のオアシス!」

「は? だれ、あんた?」

「照れなくてもいいんだよ。さぁ、僕と共に歌い踊ろうじゃないか!」

「女王様、任せた!」

「すっげぇ~嫌ですけどぉ~、マスターの頼みですからねぇ~」

「無事帰れたら動物園連れてくから!」

「ラクダは!? ラクダはいますか!!」

「いるとこ選ぶ!」

「は~い、やっちゃいま~す! さあ、出番ですよ~、私の霊鬼(ジン)たち。

 この空櫃(からひつ)の底に秘された問いこそは、汝をはかり、見定める戒めとなる。かかれ!」

「うん? あれ、君は確か……」

(エハッド)!」

「うごっ!?」

(シュタイム)!」

「あべしっ!?」

(シャロッシュ)!」

「ひでぶっ!?」

三つの謎かけ(スリー・エニグマズ)』!」

「ぎゃぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?」

「なんだったの、いまの?」

 

街角でどちらかと言えば小柄な美人に粉をかける不届き者に制裁を加え

 

「踊りましょう、歌いましょう! ここは楽しい舞踏会!」

「フォ~ウ!」

「おっ、良いぞねーちゃん!」

「ママ~、あのおねーちゃんお人形さん見た~い」

「さぁ、みんなもキラキラ、キラキラ……輝きましょう♪」

・・

・・・

・・・・

・・・・・

「みんな一緒に、ヴィヴ・ラ・フランス♪」

「「「ヴィヴ・ラ・フランス♪」」」

「フォフォフォウ!」

「素敵よ、みんな! じゃあ、もう一度。せーのっ、ヴィヴ・ラ・フランス♪」

「「「ヴィヴ・ラ・フランス♪」」」

「フォフォフォウ!」

「おい、『ヴィヴ・ラ・フランス』ってどういう意味だ?」

「さぁ?」

「マリーさんこっち!」

「あら、マスター? どうしたの、そんなに急いで?」

「サンソン、あとは任せた!」

「はい。王妃、こちらへ」

「あら? あらあら? 名残惜しいわ、せっかくみんなと仲良くなれたのに……」

 

陽気な音楽に誘われ、いつの間にか紛れ込んだ王妃様(+1)を回収し

 

「ハローブタ共! 名残惜しいけど、アイドルのスケジュールは多忙を極めるもの。世界中のブタが私の歌を求めているのよ。だからせめて、一曲だけ……」

「やめて――――――――――――――――っ!?」

 

アンカジの街に放たれようとした音波兵器(ぼえ~っ)を身体を張って止めたりと、涙ぐましい努力があったのだ。

 

街の外に停めてあったハインケルに戻る頃には、大迷宮に入る前から疲労困憊の立香の姿。

まぁ、大迷宮に入ってしまえばむしろサーヴァントたちの領分なので、立香が走り回ることも減るのだが。

それを思えば、今こそが立香にとっての大迷宮だったのかもしれない。

ちなみに、もう一人の問題を起こしそうなサーヴァント、ランスロットはと言えば……

 

「お待ちしておりました、マスター。さぁ、車内へどうぞ。準備は万端整っております」

 

本来の生真面目さを発揮し、街には一歩も入らずハインケルを守ってくれていた。

まさに“理想の騎士”。普段からこうしていれば、マシュからの扱いも改善されるだろうに……。

まぁ、街に入っていれば彼も騒動の種になっていたのは想像に難くないが。

 

とはいえ、こんな騒動も余談に過ぎない。

今から向かう場所こそが、彼らの旅の本命の一つなのだから。

 

【グリューエン大火山】

 

アンカジ公国より北方に進んだ先、約100キロの位置に存在する、直径約5キロ、標高3000メートル程の巨石だ。普通の成層火山のような円錐状の山ではなく、いわゆる溶岩円頂丘のように平べったい形をしており、山というより巨大な丘と表現するほうが相応しい。ただまぁ、その標高と規模が並外れているが……。

 

グリューエン大火山は七大迷宮の一つとして周知されているが、【オルクス大迷宮】のように冒険者が頻繁に訪れることはない。それは内部の危険性と厄介さ、そして【オルクス大迷宮】の魔物のように魔石回収の旨みが少ないから……というのもある。

しかし一番の理由は、まず入口にたどり着ける者が少ないからだ。

 

「すごいな、これは……」

「はい、圧巻です」

 

グリューエン大火山は、巨大な渦巻く砂嵐に包まれているのだ。

さながら、かの天空の城を包み込む巨大積乱雲のように。

その規模はグリューエン大火山をすっぽりと覆って完全に姿を隠すほど。

砂嵐の竜巻というより、流動する壁と言った方がしっくりくるだろう。

 

さらに、この砂嵐の中には多くの魔物が潜んでおり、視界すら確保が難しい中で容赦なく奇襲を仕掛けてくる。並みの実力では、グリューエン大火山を包む砂嵐すら突破できない。

 

とはいえ、それはあくまでも「並みの人間」の話。

立香自身は至って並の人間だが、他の面々も装備もその域を逸脱している。

 

「うわぁ、歩いてここ突っ切るとかじゃなくてホントに良かったわ。いや、出来るけど。私のドラゴンブレスなら軽く貫通できるけど」

「同感ですわね。わたくしの炎でも容易く蹴散らせますが」

「なによ」

「なんです?」

「あらあら、うふふ……仲良くしましょう、二人とも♪」

「「ふんっ!」」

 

王妃様のとりなしもあり、どうにか車内で二大怪獣大決戦は避けられたらしい。

 

「ですが、確かにこの車があって助かりました。ダメージも脅威もなくても、砂嵐を通る不快感は如何ともしがたいですから」

「そうですねぇ~。ところでマスター。南雲さんはビジネスにご興味は?」

「今はないと思うよ」

「“今は”ですね? でしたら、興味が湧いたらぜひ私にご一報を、とお伝えくださ~い」

「まぁ、伝えるだけなら……」

「あ、それ僕にも一口噛ませておくれよ」

「絶対嫌ですぅ~! 私の取り分が減るじゃないですかぁ~!」

「まったく、女王様はつれないなぁ」

 

イマイチ緊張感に欠ける面々のやりとりを頼もしく思えばいいのか、呆れればいいのか……。

 

「では、マスター」

「うん、任せた」

「入ります!」

 

ちゃんと緊張感を持ってくれている騎士様の有難みを噛み締めつつ、砂嵐へと突入する。

砂嵐の内部は、まさしく赤銅一色に塗りつぶされた閉じた世界だった。ここを魔法なり、体を覆う布なりで魔物を警戒しながら突破するのは、確かに至難の業だろう。

改めて、ハジメが用意してくれた魔力駆動車に感謝する。

 

太陽の光もほとんど届かない薄暗い中を、緑光石のヘッドライトが切り裂いていく。

事前の情報からすれば数分で突破できるはずだが、警戒は怠らない。

サーヴァントたちは大丈夫でも、立香自身は脆弱な人間だ。突然巨大な魔物と遭遇し、ハインケルごと押し潰されてはどうにもならないだろう。

それを警戒して、スピードを落として進んでいるのである。

 

実際、その懸念は正しかった。

砂嵐を抜けるまでの間にサンドワームという平均20メートル、最大100メートルにもなる大型の魔物に何度も出くわしたのだから。

とはいえそれも、事前に施していた対策のおかげで難を逃れることができた。

ランスロットの「己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)」による隠蔽の他に、女王が時々やろうと思ってないのに発動することもある幻術を複合させることで、元々探知能力の低いサンドワームの傍をすり抜けることができた次第である。ちなみに、本来は色々悪目立ちしてしまう女王やエリザベートも、これを活用することで怪しまれずに済んだ。

 

まぁ、どうしても避けきれないときもあったりはしたのだが、そういう時は……

 

ランスロット卿(お父さん)、そのスイッチを押してください」

「む、これだな」

 

ボタンを押すと、屋根の上から音が響いて一部が開く。続いて、そこから銀色の円筒形の物体が姿を現した。

いつの間にか運転席の脇にモニターのようなものが現れ、後方の状態を映し出す。

それだけでなく、同心円状のラインが描かれており、その中に全ての魔物を収めたところで隣のスイッチをポチッと。

 

バシュ――――――ッ!!

 

という音と共に円筒形の物体は魔物目掛けて飛翔。

先頭の魔物にぶつかった瞬間、大爆発が生じた。

 

「これは……ミサイルか!?」

「うん。誘導性能はないけど、ランスロットの宝具ならいけるよね?」

「無論、我が王に誓って!」

 

その後はもう一方的な蹂躙劇だ。ただでさえオーバーキル気味だというのに、ランスロットの宝具で強化されたミサイルの威力、推して知るべし。

せめてもの救いは、極力魔物は避けるようにしたので、実際に蹂躙した魔物は最小限にとどめた…筈なことか。

 

ただ、聞くところによるとハジメたちが使っている二輪車などと変形合体し、人型汎用決戦兵器―――――巨大ゴーレムになる……というゴールデン(金時)が大はしゃぎしそうな機能があるとかないとか。

ない……と言い切れないのが、ハジメの恐ろしい所だ。

 

とまぁ、そんなこともありつつ数多の冒険者達を阻んできた巨大砂嵐を易々と突破した一行。

砂嵐を抜ければ、それまでが嘘のように視界が開ける。まず目に飛び込んできたのは、まるでエアーズロックを何倍にも巨大化させたような岩山だった。砂嵐を抜けた先は静かなもので、周囲は砂嵐の壁で囲まれており、直上には青空も見える。台風の目をイメージすれば分かり易いだろう。

 

グリューエン大火山の入口は頂上にあるらしい。

なので、わざわざ山道をえっちらおっちら登ることもないと、進める所まではハインケルで坂道を上がっていく。

露出した岩肌は赤黒い色をしており、あちこちから蒸気が噴出していた。活火山らしいのだが、何でも過去一度も噴火したことがないという。なんとも大迷宮らしい不思議さだ。

 

傾斜角的に厳しくなってきてからは、ハインケルはオルクス大迷宮で手に入れた宝物庫と呼ばれる王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に似たアーティファクトに収納し、徒歩で山頂を目指すことに。

とはいっても、立香のペースに合わせていては日が暮れてしまう。

魔力消費的に少々やり過ぎ感はあるが、マリーの「百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)」を発動。

彼女が呼び出したガラスの馬に同乗させてもらい、他の面々はサーヴァントの身体能力を遺憾なく発揮してヒョイヒョイ登っていく。

サーヴァントが相手では、まだ入ってもいないとはいえ大迷宮も形無しだろう。

 

「マスター、熱くはない?」

「大丈夫、ちゃんとレジストできてる」

「そう、良かった。辛いようなら言ってちょうだいね」

 

生前が王妃様という事で若干ずれたところのあるマリーだが、その心根の優しさは本物だ。

エリザベートや清姫のキャラが濃すぎるせいもあり、立香の眼尻に涙が浮かぶ。

 

とはいえ、零れた涙は地面に落ちるやあっという間に蒸発してしまう。

地表の温度はいったいどれほどで、気温は何度になっているのか知りたくもない。

魔術でレジストできるから一応平気な顔をしているが、それがなかったら息をするだけで辛い筈だ。

改めて、ハジメたちを樹海に向かわせ、立香たちがこちらを担当してよかったと思う。

そうそう不覚を取るとは思えないが、それでもより適した者が向かう方が良いに決まっている。

 

まぁ、それを言うと、モコモコの毛皮で全身を覆っているフォウが平気な顔をしているのは不自然極まりないのだが……

 

「フォウさんも苦しくはありませんか?」

「フォウ!」

「そうですね、フォウさんもずっと私たちと一緒に旅をしてきたのでした。今更これくらいの暑さは問題にもなりませんね」

「いや、それはさすがにどうなの? いくら直接日に当たらないようにしてても、熱いとかってレベルじゃないはずだけど……」

「先輩、どうかしましたか?」

「あぁ…いや、なんでもない。たいしたことじゃないし」

「はぁ……っ! 先輩、頂上が見えてきました!」

「みたいだね。みんな、もう少しだ!」

 

たどり着いた頂上は、無造作に乱立した大小様々な岩石で埋め尽くされた煩雑な場所だった。

尖った岩肌や逆につるりとした光沢のある表面の岩もあり、奇怪なオブジェの展示場のような有様。

砂嵐の頂上もとても近くに感じる。オブジェの方はともかく、こちらは中々に見応えのある光景だろう。

 

思わずそちらに視線を奪われていると、唐突に岩陰へと引き込まれる。

 

(っ! ……サンソン?)

(マスター、お静かに。何者かが近づいてきます)

 

見れば、周りには彼ら同様岩陰に身を隠す仲間たちの姿。

岩からそっと顔をのぞかせれば、確かに立香たちが来たのとは別方向から頭から厚手の外套を被った者たちが複数人姿を現していた。

 

(迷宮の挑戦者かな?)

(その可能性が高いですね)

 

人数は五人。大凡の身長はわかるものの、外套のせいで年齢も性別も不明。

とはいえ、それだけなら別に隠れ続ける必要ないのだが……問題はこの後だった。

 

(おや? その割には妙なものを連れているね)

(あれは!?)

(フォ~ゥ?)

(魔物? 追いかけて来た……って感じじゃないな)

 

5人組のあとから、ゆったりとした足取りで姿を現したキメラのような魔物を筆頭に、体長10メートルを超すスライムやミノタウロスを模した魔物など、総数10体に及ぶ魔物たちが追従している。

ここまで一度も見かけなかったこと、やろうと思えばいつでも襲い掛かれる距離にもかかわらず何もしようとはせず、5人組にも警戒心が見られない。間違いなく、彼らによって使役されているとみるべきだろう。

 

(あら、なんだか強そうな魔物ね)

 

イマイチ緊張感には欠けるが、マリーの言っていることは事実だろう。

これまで地上で遭遇したり見かけたりしてきたどんな魔物より、あれらは強力そうに見えた。

それこそ、オルクス大迷宮にでも行かなければお目にかかれないような……。

 

(通常、魔物の使役はできて1匹か2匹と聞きます。ましてや、あれほどの魔物を使役しているとなれば……)

(魔人族……と考えるべきだろうね)

 

そもそも、マシュたちが召喚されたのは人間族と魔人族の均衡が崩れたからだ。

個では人間族に勝るものの、数では及ばない魔人族。

数で勝っていながらも、個では魔人族に届かない人間族。

こうして保たれていた均衡を破ったのが、魔人族による魔物の大量使役だ。

方法はわからないが、何らかの手段で魔人族は魔物を使役することができる。

数という優位を失った人間族は、こうして存亡の危機に瀕したわけだ。

 

ならば、10体に及ぶ魔物を引きつれている一団となれば、高確率で魔人族と見るべきだろう。

あの5人全員が、強力な魔物を二体ずつ使役できる人間族……と考えるよりはよほど自然だ。

 

(狙いはやっぱり……)

(はい、大迷宮ではないかと)

 

元々、立香たちは魔人族に変化が起きた要因の一つとして、大迷宮攻略の可能性は考慮していた。

そうでもなければ、魔人族がどうやって魔物を使役しているか、その手掛かりすらつかめないというのは不自然過ぎる。まったく手掛かりがないという事は、現代の常識からはかけ離れた手法…という考え方もできるだろう。

そして、真っ先のその候補として挙がるものと言えば……そう、神代魔法だ。

 

今のところ確実にあると思われる神代魔法は二つ、「空間」と「魂」に関する魔法である。前者は転移陣の存在から、後者はステータスプレートの機能からの推測だ。

ただ登録した者の能力を数値にして表すだけならまだしも、技能などまで表記できることに違和感を持ったのが始まり。また、立香たちには習得することのできた神代魔法も、単に脳裏に術式を刻み込めば習得できるほど安いとは思えない。その程度で習得できるなら、文献か何かを通して残っていても良い筈である。

付け加えれば、試しにステータスプレートを解析しようとしたエミヤも、それを弾かれたらしい。術の体系が違うというのもあるだろうが、形だけでの複製もできず解析もできないなど、彼の能力を考えれば異常だろう。

ならば、彼の能力を以てしても把握しきれないだけの要素があるのではないか、と考えるのが普通だ。実際、他のアーティファクトはほぼ解析でき、物によっては複製もできたのが決め手だった。

 

そうして、“魂を観測する”アーティファクトではないかとの推測が持ち上がった。

それだけの代物なら、神代魔法の一つが関わっている可能性は高い。

 

また、予想の域を出ないが「時間」に関する魔法もあるとみている。

空間・魂とくると、どうしても自分たちの世界の魔法を思い浮かべてしまうからだ。

その流れから、時間に関する魔法もあるのでは、と考えるのは自然な流れだろう。

こういった予想をした上で、とりあえず「空間」に関する神代魔法を探す方針でいる。

 

とはいえ、その予想が当たっていたとしても、これらすべてがいずれかの大迷宮に眠っているとは限らない。

中には、解放者たちが習得していない神代魔法…なんてものもあるかもしれないのだから。

 

話が逸れた。

とにかく、魔人族の変化に神代魔法が関わっている可能性は高い。

その場合、考えられるのは「魂」の可能性が高いものの、断定はできない。

他にも、「生命」に関する魔法なんてものもあるかもしれないのだから。

あるいは、もっと別の可能性も否定できない。何しろ術体系が違うので、立香たちの魔術的常識に当てはめて良いものかどうか……。

 

とはいえ、仮に魔人族が神代魔法を得ていた場合、もっとも攻略した可能性が高いのはシュネー雪原の氷雪洞窟だろう。その場合、氷雪洞窟に隠された神代魔法は目当てのものではない可能性が高い。

そういった事情もあり、立香たちは先にここグリューエン大火山に来たわけだ。

まぁ、まさかここで魔人族と出くわすとは思わなかったが。

 

(さて、どうしようか?)

(ん? やっつけちゃうんじゃダメなわけ? 今までの魔物より強そうだけど、何とでもなるでしょ、あれくらい)

(ことはそう単純ではありません、マドモアゼル。マスターとしては、魔人族との対立は本意ではないのです)

 

サンソンがエリザベートを諫める。まさに彼の言うとおりであり、立香としては必要のない戦いをするつもりはなかった。上手くすれば、魔人族と戦うことなく帰還の方法が見つかるかもしれない。

なのにどうして、わざわざ彼らと敵対しなければならないのか。

グリューエン大火山の神代魔法が目当てのものではなかった場合、今度はシュネー雪原……魔人族の領域にも足を踏み込むことになる。余計な争いの種は、極力まきたくない。

 

(しっ! お静かに、何やら話しているようです)

(聞こえそう?)

(この距離だと、流石に……)

(あら、どうやら二手に分かれるつもりのようですね)

(((え?)))

(ふむふむ、あの半透明の魔物を連れてアンカジへ向かう方と、このまま火山の中に入る方がいると)

(え? 清姫、何喋ってるか、わかるの?)

(わたくしが嘘をついていると?)

 

清姫の目に不穏な光が灯る。立香は全力で首を横に振り、そういった意味で言ったわけではないことをアピール。

 

(ですが、どうやって?)

(唇を読みました)

(なんと! そのような特技をお持ちとは……)

(確かに、言われてみればマフラーのようなものを外したおかげで、口元は見えますね。しかし、読唇術とは)

(あんた、それ何のために身に付けたのよ)

(うふふふ♪ 女の嗜みですわ)

 

その瞬間、全員の心の声が一つになった。

絶対、ストーキングした立香及び彼が会った相手との会話の内容を把握するためだ。もちろん、浮気を監視する目的で。

色々突っ込みたいのはやまやまだが、今はとりあえず横に置く。なにしろ、実際役に立っているのだから。

 

(そ、それで、他には?)

(この角度ですとよく見えませんが、此度は調査が目的で、アンカジにあの魔物をけしかけるのが本来の目的のようです)

 

立香たちからすれば、精々一晩滞在しただけの街だ。

特に思い入れはないし、何か恩を受けたわけでもない。別段知り合いもいなければ、助ける筋合いもない。

しかし、だからと言って見捨てることなどできる筈もなかった。

 

―――当たり前の日常を謳歌している人々がいた。

 

――――――笑いながら日々の糧に感謝している人たちがいた。

 

―――――――――――――健やかな子どもたちに目元を綻ばせる、ありふれた日常に包まれた街。

 

その尊さを、彼らは知っている。ならば、することは一つしかない。

 

(マリーさん、サンソン、それにダビデ!)

(((……)))

 

あちら側に具体的にどれほどの戦力が向かっているかはわからない。

とはいえ、既に一人の魔人族が数匹の魔物を連れて動き出した後だ。

他にも別動隊がいるかもしれない以上、戦力の出し惜しみはなし。

 

防衛という役目に向かない清姫、外見上色々問題が生じやすい女王とエリザベートは除外せざるを得ない。

正直、マシュとランスロットも向かわせるべきかとも思ったが、二人と目があった瞬間に諦めた。

なんと言ったところで、二人は決してこの場を離れないであろうことがわかったからだ。

ならば、ここで押し問答している時間も惜しい。

 

(アンカジを、守って)

(ええ、もちろんマスター♪)

(いいとも)

(気楽に気楽に。まぁ、任せてくれていいよ。僕は結構やるからね)

 

三人はさっそくマリーが召喚したガラスの馬車に乗り、アンカジへ向けて走り出す。

とはいえ、そんなことをすれば立香たちが隠れているのもバレてしまう。

 

とはいえ、今更それを厭うつもりはない。

バレてしまったからには、直接向き合うだけだ。

 

(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)

 

予想外の邂逅ではある。

しかし、いずれは通らねばならない道。

それがいまだった。ただそれだけのことと割り切り、立香は残された仲間たちと共に岩陰から進み出る。




魔人族側の主力がフリード一人ってのもあれかなぁということで、テコ入れが入りました。
フリードの配下に、もう一人迷宮攻略者をぶっこんでみた次第。
変成魔法にはあまり適正はありませんが、あくまでもそれは正当な使い方としての話。人体に対して作用させるのは得意……ってヤバいですね、設定考えといて。
いや、龍太郎とか普通にそういう使い方してますし、ティオも似たようなものですが……ねぇ?

実際にオリキャラが表舞台に出てくるのは次の章の予定。さぁ、どうなっていくのやらぁ……。
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