ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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ちょっとお久しぶりです。
最近リアルが忙しかったり、調子の悪いPC買い替えたりしてたらなかなか書けなかったもので。
とりあえず、次回で大火山編は終わる……はず。
とはいえ、第二章はまだ続くんですけどね。むしろ、この辺は序盤というか、本番は攻略後なんですけど。


013

 

ユエにとって、オルクス大迷宮でハジメと出会う以前の過去には意味がない。

より正確には、「■■■■■■」の名とともに捨てた、というべきだろう。

 

吸血鬼族の王族として生を受け、充溢した魔力と全属性の魔法への適正という稀有な資質を有していた■■■■■■。

加えて、12歳になると魔力操作と創造構成の技能、そして自動再生の固有魔法に目覚めた。

そして、そんな類稀な資質を余すことなく引き出せるだけの天賦の才。魔法でも知識でも、与えられれば与えられるだけ吸収していく聡明さもまた、彼女の数ある長所の一つだった。

 

まるで、書物に記される神代の登場人物達の如き凄まじい能力。

彼女に並ぶ者など、教師役を務め、王位についてからは宰相として支えてくれた叔父くらいなものだろう。

 

当時は現代とは比べ物にならないほどの国々があふれており、戦争は激化の一途を辿っていた。

そんな時代の流れは吸血鬼の国「アヴァタール」をも巻き込み、■■■■■■はその力を持って国と民を守った。

 

結果、■■■■■■に対する名声と畏怖は膨れ上がり、若干17歳にして王位に就くことになる。

 

双肩にかかる責任や民の命の重さは、■■■■■■をして決して軽いものではなかった。

それでも、潰れることなく背負いきれたのは、彼女があまりにも強く聡明すぎたから。

荒れ狂う時代の中、国と民を守れるのは己だけという事実を彼女は正しく理解していたし、それが自惚れではないことを示すだけの力あった。

 

それに、決して彼女は孤独ではなかった。

信頼できる家臣や引き続き宰相として支えてくれた叔父の助けもあり、その後も国の為に己の全てを賭けて尽力し、自国を守り抜いた。そのまま守り抜けると信じていた。

 

しかし、そんな日々は思いもしない形で幕を引くことになった。

誰よりも、何よりも、それこそ自分自身よりも信じていた叔父の裏切りという最悪の形で。

 

数年前から叔父との間に距離が空き、溝ができ始めていることには気づいていた。

その分だけ叔父に権力が集中し、反比例するように民から寄せられていた畏敬の念は恐怖へと変化していった。

いつからか、前国王夫妻である両親やその側近から、謀反の疑いありとして叔父とその派閥の排斥・粛清が訴えられるようになっていた。

それでも、■■■■■■は一度たりとも、一片の疑いも叔父に向けることはなかったのだ。

 

結局のところ、彼女の信頼は裏切られた。

 

玉座にて他国の使者を迎える折、叔父が完全武装した部下と共になだれ込んで来た。そして、前国王夫妻派の側近達を問答無用に惨殺し、その凶刃を、殺意を、■■■■■■にも向けたのだ。

だが、自動再生により瞬時に傷の尽くを修復してしまうため、已む無く叔父は■■■■■■をオルクス大迷宮……奈落の底に封印した。

 

それから三百年以上の月日が流れ、■■■■■■はハジメと出会った。

「■■■■■■」の名と過去のすべてを捨てて、ハジメにもらった「ユエ」の名と彼への想い……あとついでに、一筋縄ではいかない恋敵への対抗心だけを胸に、いま彼女は生きている。

 

 

 

とはいえ、人とは常に変化し続ける生き物だ。

不滅ではなく、永遠でもないが故に。

如何に自動再生の固有魔法を有し、三百年の封印を経てもまるで容姿に変化の見られないユエであっても、例外ではない。

 

そもそも、この世界では反則級の能力である自動再生だが、魔力に依存する関係上攻略の余地はある。

とある殺人鬼に言わせれば「寿命が何万何億あろうと関係ない。生きているのなら―――――神様だって殺してみせる」。たかだか「死ににくい」程度では無意味。

"その個体における死の概念"を露わにし、不死身性を無視して致命傷を与える眼を持つ者にとって、死に難い命はあれ、死から逃れられる命はない。終わりは、万物に共通するのだから。

 

ならば、奈落の封印部屋という閉された空間(セカイ)から解放された彼女に変化が生じるのは必然だろう。

例えばそう、その最たるものが他者との出会いだ。

 

「………………………」

 

ハルツィナ樹海の一角。ハジメたち一行とハウリア族の野営地の傍にある一際背の高い木の上で、ユエは自身の名の由来である「月」を見上げていた。胸にくすぶる、名前の付けられない複雑な感情を整理するために。

 

答えは出ない。そもそも、この感情にどのような名前を付け、どう向き合えばいいかもわからない。

ならば、整理のしようがないのも当然だろう。

ただただ無為な時間が過ぎていく中、「ガサガサ」という音と共に背後にユエにとって何よりも安心できる気配が現れた。

 

「……どうしたんだ、ユエ。こんなところでよ」

「……ハジメ?」

「おう」

 

肌着とズボンだけを身に着け、特に武器も携行していない様子だがさもありなん。

この樹海の魔物では、丸腰どころか両手両足を縛った状態でもハジメ相手に勝ち目がない。

ならば、この警戒心の薄さも当然のものだろう。なにしろ、そもそも警戒する必要がないのだから。

 

「……いつから?」

「気付いてたのかって意味なら最初からだ。中々戻ってこないんで、ちょっとな」

 

というより、気付くなというほうが無理な注文だ。いくら警戒する必要がないとはいえ、基本ハジメは気配感知をはじめとした技能を切ることはない。いくら圧倒的戦力差があるとはいえ、油断や慢心をするほどの“余裕”はハジメにはないのだから。

ましてや、“激しく求め合った相手”が腕の中からソッといなくなればなおのことだろう。

 

ちなみに、このあたり香織とユエの間でしっかりとした協定が結ばれており、ハジメとの同衾は一日交替となっている。ただ、あくまでも“基本”なので、その限りではないことも……。

 

「……ん、ありがとう」

「まぁ、心配するまでもないとはわかってるんだがな」

「それでもうれしい」

「そうか」

「……………」

「………………………………」

「………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………………………………………………」

「……聞かないの?」

「聞いてほしいなら聞くが?」

「……その言い方、ズルい」

「……かもな」

 

それでも、話したくないことを無理に聞くつもりはなかった。

話してくれない程度で揺らぐような信頼関係は、当の昔に通り過ぎている。

 

(いや、そもそもそんな段階あったか?)

「一つは、シアのこと」

「へぇ? そいつはちょっと意外……いや、そうでもないのか?」

 

シアはハジメたち一行が共通して有する技能「魔力操作」を所持している。

本来亜人族は魔力そのものを持たないのだが、彼女は例外的に魔力とこの技能、そして稀有な固有魔法を持って生まれたのだ。

それが原因で樹海を追われる結果となったわけだが、それは今関係ないので割愛する。

 

重要なのは、彼女が魔力操作を有し、ハジメたち「同類」に対し仲間意識を感じていること。

シアなりにいろいろな考えがあってのこととはいえ、それも一因となってハジメたちの旅への同行を求めたりもした。いや、今も外堀を埋めるため奮闘中なので現在進行形でいうべきか。

そして、その外堀を埋めるためのとっかかりとして見定められたのがユエだ。結果、ハジメたち一行の中でユエが最もシアとかかわる時間が長い。

また、ユエはハジメや香織が後天的に「魔力操作」を得たのに対し、後から目覚めたというだけでシアと同様に“生まれつき”だ。“同胞”のいない孤独も、そんな相手に出会えた喜びも、わかりすぎるほどにわかってしまう。

 

「一つはってことは、シアのことだけじゃないんだな」

「……ん、あとはマリーのこと」

「あ~、なるほどなぁ……」

 

オルクス大迷宮を出る際に立香によって召喚されたサーヴァントの一騎。ライダー「マリー・アントワネット」。

あまり時間もなかったので自己紹介がてらそれぞれの簡単な出自について教え合っただけの関係だが、彼女の在り方はユエにとって無視できないものだった。

 

――――――“似ている”と思った。

 

――――――同時に“どうして?”とも思った。

 

――――――愛した国に、守ろうとした民に、信じた人たちに裏切られて、どうして憎まない。どうして今も愛していられるのか。

 

それが、ユエにはわからない。

ただ王位を追われただけだったなら、あるいは理解できたかもしれない。

事実、叔父が王位に就くと言った時、■■■■■■はそれでもいいと思った。

 

だが実際には、あらゆる手段で殺そうとした挙句、殺しきれないと判断するや奈落の底に封印だ。

どうして恨まずにいられるだろう。どうして憎まずにいられるだろう。

 

幸か不幸か、■■■■■■のそんな感情をぶつける相手はもうこの世界にはいない。

だからこそ、彼女はすべてを捨てた。名前を、過去を、抱いた感情を。

全てを捨てて、ただここから先を生きるために“ユエ”になることを望んだのだから。

 

しかし、マリーは違う。

彼女が死んでからも二百年以上の時間が経っているとはいえ、彼女を捨てた国は今も健在らしい。

なのにマリーは国を、己を殺した人々を憎まないどころか高らかに謡うのだ「フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)」と。

 

「民なくして王妃は王妃と呼ばれない、それは理解できる。王も同じ。民のいない王は王じゃない。

 だから、民が望まないのなら望まれなくても退場する、それも理解できる。私も、たぶんそうした。

 だけどどうして! 殺した相手を! 嘲笑し蔑んだ相手を憎まないでいられるの!! 愛した人を殺されて恨まずにいられるの!! なんで、今も愛していられるの……」

「ユエ……」

 

日本という豊かな国で何の苦労もなく親の愛情をしっかり受けて育ったハジメには、かける言葉が見つからない。

王の孤独も、愛し信頼した存在からの裏切りも、彼には本当の意味で理解できないから。

マリーは言った。

 

「息子のことは少しだけ恨んでいるわ。でも、私の結末には納得しているの。だって、それが国に従える人間の運命(さだめ)。わたしの処刑は、次の笑顔に繋がったと信じている。

私の最期はどうあれ、私の人生は華やかだった……それでいい、それでいいの。

 いつだって、フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)! 星は輝きを与えて、それでよしとすればいい」

 

あるいは、今も祖国があり続け「次の笑顔」とやらに繋がったからこそなのだろうか。

もしユエも、祖国が穏やかな国としてあり続けていたのなら、同じことを思ったのだろうか。

 

「……無理。私には、そんなこと言えない。何もかもなかったことにして、無視するのが精一杯」

「まぁ、それでも十分立派だと思うけどな。俺の場合、んなもん(恨みつらみ)より、故郷に帰るほうが重要ってだけだしよ」

「……私は、きっと王の器じゃなかったんだと思う」

(どう、なんだろうな? あれが王族のあるべき姿と言われたら、正直俺には理解不能だが)

 

ハジメの根幹にあるのは“生存”と“帰郷”、この二つへの渇望であり執念だ。

マリーの精神性は、後者はともかく前者と真っ向から反している。

だから、ハジメにもマリーのことはいまいち理解が及ばない。本気で言っていることはわかるのだが、どうしてそんな風に考えることができるのかがわからない。

エミヤとクー・フーリンが普段接する分には理解しやすい相手だっただけに、そのギャップを感じているのだろう。実のところ、両者揃ってハジメの価値観とは相容れない……特にエミヤのそれは理解不能度が突き抜けているのだが、大迷宮という環境ではそれを浮き彫りにする機会がなかった。

しかし、新たに召喚された面々の中には明らかにハジメには理解しがたいサーヴァントが含まれていた。だからこそ、ハジメは一見するとどこにでもいる普通の青年に見える立香の特異性を理解できたのだろう。

 

(あんだけの個性の塊と、一人残らず信頼関係を築く……俺とは別の意味でバケモノだよな。

 技能『対話』、ある意味この世界……いや、どんな世界でも争いをなくすのに一番必要な能力なんじゃないか?

 ま、それで解決できるほど簡単な話じゃないんだろうが)

 

どんな人間にだって、相性の良い相手・悪い相手がいる。

誰とでも問題なく付き合えるというのは、基本的に「八方美人」なだけで深く関わらないからこそできることだ。

一応彼も「個々のサーヴァントに深入りしない」方針ではあるものの、八方美人とはまた異なるスタンスだろう。

立香の場合、過去や思想・方向性を否定せずに「力を貸してくれる仲間」として交流するというのが基本姿勢なのだ。その精神性は、すべての物事を「それも有り」、万人を“それぞれの花”として敬う施しの聖者のそれに近い。生憎彼ほど筋金は入っていないし、万人に対して平等といえるような聖人ではないが……。

しかし、だからこそ立香は「人間」のまま、同じ「人間」として彼らと交流できるのだろう。

 

なんとはなしに、ハジメはユエの隣に腰掛けるとその頭に手を置く。

 

「……ん」

 

ユエも強張っていた身体から力を抜き、ハジメに身体を預けて甘える。

そのまましばらくの間、二人は月を見上げ続けていた。

言葉はないし、いらない。ただその時間だけで、十分すぎるほどに満たされていた。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

マスターである立香の指示に従い、アンカジ公国を守るために召喚したガラスの馬車に乗って移動するマリーとダビデ、それにサンソンの三人。

もう間もなくアンカジに着くということろで、マリーは思い出したように疑問を口にしていた。

 

「ダビデ王、一つよろしいかしら?」

「うん? なんだい、王妃殿下」

「いま私たち、直接アンカジに向かっているわけだけど」

「そうだね」

「今更なのだけれど、あの魔物たちを追いかけたのではいけなかったのかしら?

 あまり街の近くで戦うと、被害が出たりしないかしら?」

 

立香からの指示はアンカジの守護。ひいては、アンカジを襲うべく遣わされた魔物の排除が目的だ。

それだけを目的とするのなら、確かに大火山から離れた魔物たちを追うだけでいい。

しかし、事はそう単純ではない。

 

「確かに、そうすればより確実にアンカジを守れるだろうね。魔人族とやらの魔物があそこにいただけなら」

「そうですね。別動隊がいる可能性がある以上、目先の魔物の排除だけでは“アンカジを守った”ことにはならないかもしれません」

「ああ、そうね。もしもアンカジの近くまで別動隊が来ていたら、それこそ手遅れになってしまうものね」

「そういうことさ。だから、多少のリスクは承知の上でアンカジの近くで防衛線を張るしかないわけだね。

 ご理解いただけたかな、王妃殿下?」

「ええ、ありがとうございます、陛下。ダメね、私。サーヴァントなのに、戦いのこととかさっぱりで」

「いえ、それは致し方ないことかと……」

 

そもそも、王妃という身分では戦いを直接経験することなどないし、戦術や戦略に精通する必要性もない。

だから、マリーが別動隊の存在に気づけなかったとしてもそれは仕方がないことだ。

そういったことを考え対処するような立場に、彼女はいなかったのだから。

 

「そんな顔をしないでサンソン。私、今すっごく幸せなの! こんな私でも、誰かの力になれるのだもの。

 今度こそ、大切な人たちを守るために。正しいことを正しく行いましょう」

「……無論です、王妃。処刑人であった僕が、誰かを守るために刃を振るう。

 生前には想像もしなかったことですが……ええ、それは本当に誇らしい」

「う~ん、僕としてはどんな形であれ戦いは好きになれないんだけど」

「あら、ではおやめになります?」

「いや、好きではないけど必要ならやるよ」

 

まぁ、なんだかんだでいざという時には容赦とかない王様なので、予想通りの返事だろう。

 

やがて、アンカジの手前まで来たところで馬車を解除。

吹き荒ぶ風によって舞い上がった砂は不快だが、ガラスの馬車なんてものを出しっ放しにしておくわけにもいかない。敵が少数なら、秘かに排除してしまう方が都合が良いに決まっているのだから。その可能性を否定しきれない以上、目立つ可能性は極力控えるべきだろう。

 

しかし、どうやら人知れずアンカジの脅威を排除するという最善策は取れそうにない。

 

「あら? 二人とも、どう見まして?」

「……どうにも、こっそりすべてを終わらせる、とはいかなさそうだね」

 

舞い上がる赤銅色の砂のカーテンの向こうから、十体ほどの魔物の姿が視認できる。

対処しきれない数ではないが、かといって秘かに始末できるほどではない。

まだまだ陽も高い以上、誰かしらの目に留まる可能性は高いだろう。

それに厄介な点がもう一つ……

 

「おかしい。先ほどは見かけなかった魔物がいるのはいいとして、スライム型の魔物がいません。付け加えれば、魔人族の姿も」

「あら、そういえば……」

「一番ありそうなのはやっぱり別動隊かな? あっちは陽動で、スライム型の魔物が本命とか」

「十分あり得ますね。とはいえ、並の人間にあれらの魔物は手に余るでしょう」

「そうね。あちらも、私たちが対処するしかないかしら?」

「じゃあ、こんなのはどうだい? 僕があちらに対処して、君はスライム型の魔物と魔人族を探す。王妃には、アンカジの街を守ってもらう。ほら、そのほうが確実で効率的だろう?」

 

敵が戦力を分散しているのは確実なようだが、それは何も二つとは限らない。

三つか、四つか……確かめる術はない。

故に、マリーに街そのものを守ってもらい、ダビデが迎撃し、サンソンが遊撃として別動隊を排除する。

人手が圧倒的に足りていない以上、今はこうするより他に手がない。

あるいは、戦力を集中して一つずつ潰していくという手もあるにはあるが、アンカジそのものが手薄になったり、別方向からの不意打ちは御免被りたい。ならば、選択肢はないに等しいだろう。

 

「やむを得ないか」

「そうね。サンソンより、ダビデ王のほうが迎撃には向いているもの」

「そういうこと。じゃ、さっそく始めようか。『時は金なり』とはよく言ったものだね」

 

そうして、三人はそれぞれの役目のもとに動き出す。

 

「君たちには改心する権利がある……と言いたいところだけど、今回は仕方ないな」

 

いつの間にかダビデの掌の上に現れた香炉から紫の煙が立ち上り、たちどころのうちに魔物たちを取り巻いていく。

 

「非効率的だけど、勘弁しておくれよ―――――燔祭の火焔(サクリファイス)

 

真名を告げると共に、雷雲と霧が立ち込め天から業火が降り注ぐ。

その炎は祭壇のような形を形成し、魔物たちはさながら捧げられた供物のよう。

哀れな生贄は断末魔の声を上げることすらできず、血の一滴も残すことなく焼き尽くされていった。

 

Aランク、対軍宝具『燔祭の火焔(サクリファイス)』。

旧約聖書・民数記にいう『神の命令によって燃え上がった、明るく輝く最も熱い火焔』の再現だった。

魔物10匹程度に使うには過ぎた代物だが、一匹でもアンカジへの侵入を許せば大惨事。

だからこそダビデも効率を無視し、目立つことを承知の上でこれの使用に踏み切ったのだ。

 

 

 

時を同じくして、アンカジの街と外部を繋ぐ一際大きな門の前は騒然としていた。

突如として現れた炎の祭壇。最上級魔法ですら不可能な威容に内外の人々が混乱するのは当然だろう。

街の守りを担う兵士たちですら、思わず息をのんで立ち尽くしていた。

 

だがそこへ、一人の少女が風に靡く白い髪を抑えながら歩み寄ってくる。

彼女はこの異常事態に気づいていないはずがないにもかかわらず、穏やかな笑みを浮かべ、落ち着いた様子を崩さない。

それがかえって兵士たちの警戒心を煽ったのだが、少女は兵士たちが向ける刃には見向きもしない。

当然だ、彼女は彼らを守るためにここにいる。どうして、彼らの刃を恐れる必要があるだろう。

 

「止まれ!」

「何者か知らんが、今は緊急事態だ! アンカジ公国内への立ち入りはやめてもらおう!」

 

ステータスプレートの提示は求めない。それを確認する一瞬のスキすら惜しんでの対応だ。

彼らは実に職務に忠実で、強い使命感を持ってこの場に立っていることがうかがえる。

それが、マリーにとってはむしろ喜ばしかった。今も昔も、世界が違っても、正しく生きる人はいるのだ。

 

「ええ、わかっていますわ。私も、街中に入るつもりはありません」

「もしや、外で何が起こっているか知っているのか?」

「……大丈夫」

「なに?」

「私が召喚さ(喚ば)れたのは、きっとこういう時のため。

 奪うためではなく、殺すためでもなく、虐げるためでもない……人々を守る命として」

「貴女は、まさか……」

 

兵士たちに、マリーを信じる根拠はない、理由もない。そもそも何が起こっているかさえわからない。

だがそれでも、わかったことがある。彼女は敵ではなく、“守る”ためにこの場にいるのだと。

 

「いきますわよ。空に輝きを、地には恵みを、民に幸せを。

―――――――愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)!!」

 

マリーを太陽すら霞む輝きが包み込む。兵士たちをはじめ、その場にいた人々すべてが目を閉ざし、再び開いたその時、彼らはこの世ならざる光景を目の当たりにした。

赤銅色の砂漠の中に突如として出現した巨大にして優美なガラスの宮殿。

継ぎ目はなく、信じられないほどの透明度を有していながら、陽の光を受けて輝く姿は御伽噺のワンシーンの様。

誰もが息をのむ中、先ほどの少女がまるでさんざめく花のような、陽のような笑顔を浮かべていた。

 

「みんな、大好きよー! さぁ、一緒にフランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!」

「…………美しい」

「まるで、女神のようだ」

 

誰ともなく零れた呟き。

後日、過去例を見ないサイズの魔石が街周辺で発見されたことから、彼らのその呟きは確かな形を得るようになる。また、砂漠を移動中だった一部の商人が業火の中に見慣れぬ魔物がいたことを証言したことが拍車をかけた。

突如として現れた炎とガラスの城、そして彼の乙女は未知の魔物から彼らを守るために遣わされたのでは、と。

 

『光の女神』、いつしかアンカジ公国の守護神として祀られるようになる白き乙女。

その最初で最後の伝説を象徴する奇跡だった。

 

 

 

「どうやら、マリーもダビデ王も問題はなさそうだ。なら、僕も……」

 

二人とは別行動をとり、魔物の別動隊を探すサンソン。

本来なら、決して索敵や探索に向いた人物ではない。

だがそれでも、二人がそれぞれの役割を全うしているというのに、己だけが何もできずにいるわけにはいかない。

元より、使命感や責任感の強い男なのだから。

 

そうしてアンカジの街周辺を哨戒することしばし。

比較的オアシスに近い外壁付近に、それはいた。

 

「ようやく見つけたよ。やはり、あちらは陽動か」

「貴様!」

 

姿を見せなかったスライム型の魔物と長身の外套の人物。

外套のせいで種族はわからないが、得られた情報から魔人族と断定していいだろう。

少なくとも、通常の人間族にこれほどの魔物を使役することはできないし、アンカジ公国を狙う理由もないのだから。

 

「ちっ、やれ!」

 

指示を受けて、スライム型の魔物が体の一部を変形させて触手を作り出す。

一本や二本ではない、総数15本にも及ぶ触手が一斉にサンソンに襲い掛かる。

生前は処刑人であり、決して騎士や剣士ではなかった彼だが、それでもその剣の腕は超一流の域にある。

剣術を極めんとした結果ではなく、刑を執行される人間に苦痛や後遺症を残さないようにという、彼なりの慈しみから生まれた業。

 

例え、処刑とは無縁の戦いの場であってもその業の冴えが鈍ることはない。

ほぼ同時に迫りくる15の触手を、一息に斬り伏せる。

常人の目には、一閃で15の触手のすべてを斬って落としたように見えるほどの早業だった。

無論、それはサンソンがなす術もなく魔物に蹂躙されると思っていた外套の人物も例外ではない。

 

「なっ!? 馬鹿な……」

(これは……)

 

驚愕を露わにしているようだが、サンソンの興味はそこにはない。

彼の目は、切り落とした触手に向けられていた。

 

本来であればすでに脅威とはなりえない断片。

にもかかわらずサンソンの目を引き付けたのは、触手が触れた砂が溶けていたからだ。

しかも、明らかに有害とわかる臭いまで放って。

 

「なるほど、毒か。それに、この壁の向こうには確かオアシスがあったはず。

 君たちの狙いは、アンカジのオアシスを汚染すること。それが無理な時には、魔物たちを使ったアンカジの直接破壊。そういったことも戦の習いなのだろうけど……無辜の人々まで巻き込むのは感心しないな」

「黙れ、異教徒めが! すべては我らが神の御為! この世に貴様ら如き害虫が蔓延ることこそ、我らが神への最大の不敬と知れ!」

「なるほど、宗教か。ある意味、この上なく厄介な戦う理由だ。

 神はおわす。しかし、神は何も為されない。救うことも、罰することも……と言いたいところだけど、この世界ではその限りではないのだろうね」

 

神を信じる気持ちはサンソンにも理解できる。

彼も神を信じているからだ。だが、同時に神が「何も為さない」ことも理解している。

「人間」をこよなく愛し、「悪」を憎むが「悪人」は憎まない。それ故に、己が「悪」を以て「悪」を断つという悲しい使命感を抱く。それが、シャルル=アンリ・サンソンという男の生き様だったのだ。

 

「執行猶予はない。これが戦争の一端だというのなら、殺されることもまた同じだ。

 故に、ここに刑を執行する――――――――――――死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)

 

何の前触れもなく魔物の真上に出現した処刑器具「ギロチン」。

それは一切の遅滞なく刃を落とし、寸分違わず半透明の体内を縦横無尽に動き回る魔石を両断した。

 

同時に魔物の体を構成していた水も力を失ってただの水へと戻る。

大量の水が降り注ぐ音を響かせ形を崩していく様を、外套の人物はただただ呆然と見ていることしかできない。

 

「馬鹿な……」

「さて、次は君だ」

「貴様ぁ!」

「できれば抵抗はしないでほしい。君には聞きたいことが……」

「黙れ! 魔王陛下、そして我らが神の邪魔はさせん!!」

 

外套を剥ぎ、剣を手にサンソンへと斬りかかってくる。

 

(魔人族というからもっと禍々しい姿を想像していたが、僕らとほとんど変わらないじゃないか)

 

短く刈り上げられた燃えるような赤い髪と瞳、それに僅かに尖った耳と浅黒い肌。

サーヴァントの中にはもっと人間離れした容貌の者もいることもあってか、“別の種族”と言われても首をかしげてしまいそうだ。それほどまでに、魔人族と人間族の姿は似通っている。

マシュと香織はまだ王国にいたころの座学で情報としては魔人族の特徴を学んでいたし、それを仲間たちにも伝えている。とはいえ、敵対する相手のことだ。「血のように赤い目」だとか、「禍々しく黒い肌」とか余計な情報が付加されていたので、正確性には疑問があった。

ある程度は想定されていたことだが、想像以上だったと言わざるを得ない。

 

その事実に、サンソンは僅かに目を伏せる。

些細な違いだ。しかし、いくら僅かでも違いは違い。その違いを、人は無視することができない。

加えて、奉じる神の違いが悲劇を招く要因となることは、歴史が証明している。

 

(彼らとの和解や共存は僕らの役目じゃない。でも……)

 

サンソンは処刑人ではあったが殺人鬼ではない。

彼にとって“殺す”という行いは、“人”と“罪”を切り離すためのもの。

そして、罪を見極めるのは彼の役目ではない。ならば、わざわざ好き好んで誰かを殺す意味もない。

 

サンソンは降り抜かれた剣に自身の剣を合わせ、容易く粉砕。

続いて、より苦痛を伴わない刑の執行のために熟知するに至った人体構造への理解を活用し、組み伏せてしまう。

レスリングにも柔術にも見られない彼独自の関節技(サブミッション)だった。

 

「お、おのれ~!」

「静かに。君を殺すつもりはない。だから、どうか……」

「なめるな! 生き恥を晒すくらいならば!」

「っ!? よせ、やめるんだ!!」

「アルヴ様、我が献身をご覧あれ! ……ゴボッ」

 

奥歯を強くかみしめたかと思うと、突如として男が血を吐いた。

 

(毒か……くっ、僕には解毒の技術も能力もない。アンカジの医師を頼るか? いや……)

 

おそらく、それはかなわないだろう。

アンカジの人々からすれば、魔人族は不倶戴天の敵。その治療を頼んだところで、聞き入れてもらえるとは思えない。

かといって、今呼び出されているサーヴァントの中にそう言ったことができる者もいない。いたとしても、とても間に合わないだろう。

サンソンには医師の心得もあるが、毒の種類もわからず、薬の材料もない状況では打つ手がない。

もしも、いま彼にできることがあるとすれば……

 

「……結局のところ、処刑人はどこまで行っても処刑人か」

「ガハッ……ハァ……」

 

致死性の毒ではないのか、それとも別の要因から毒の周りが遅いのか……おそらくは後者だろう。

自決用の毒を致死性にしない理由がない。同時に、彼自身毒ですぐには死ねないことを理解していたはずだ。

苦しむことを理解したうえで、それでも自決に踏み切った覚悟。それだけは、称賛に値するはずだ。

 

「安心するといい。無為に苦しませはしないから」

「…………」

 

もうあと数秒で息絶えるであろう男。それを見守るのも一つの選択だ。

しかし、サンソンは「罪人がより苦しまない刑の執行」を研究し続けた男。

そんな彼が、今まさに苦しみながら死んでいこうとする相手を見続けることなど、許容できるはずがない。

 

「主よ、罪深き我が業をお許しあれ」

 

一閃。

斬られたことにすら気付かせない慈悲の一太刀。

名も知れぬ魔人族の苦しみは速やかに、静かに、そして穏やかに断たれた。

 

その後、サンソンは彼の(むくろ)を丁重に埋葬した。

このまま彼の躯がアンカジの人々の手に渡ればどうなるか……あまり考えたくない。どんな形でも葬られればまだ良い。もしや何らかの形で辱められるのでは……その可能性をサンソンは否定できなかったのだ。

だからせめて誰の目にも触れず、誰にも知られずに埋葬する。それがせめて、彼の死を看取り介錯した己の責務と思って。

 

 

 

砂漠の街「アンカジ公国」は交通の要所として栄えた国だ。

エリセンという海に面した都市は海産物の産出量で北大陸の八割を占めており、それらを内陸部に輸送するための中継地点として発展したのがアンカジなのである。

また、その乳白色の都と外界の赤銅色のコントラストから観光地としての人気もないわけではなかった。

ただ、観光地として発展するには些か立地が悪いこともあり、やはり交通の要所という面が強い。

 

しかし後年、アンカジ公国はトータスでも屈指の観光地として発展していく。

一つは交通手段が発達したことがあげられる。砂漠という過酷な環境を容易に移動できるようになれば、必然的にその美しい街を一目見たいと思う者が増えるからだ。

 

だが、要因はそれだけではない。

もう一つ、ある時期にアンカジ公国にこぞって観光客が訪れる。

彼らの目当ては一つ、アンカジ公国が各地から水属性魔法の優れた使い手を集めて作り上げる一夜限りの祭典のためだ。

水属性魔法の使い手が、あるいは彫刻などをはじめとした芸術家たちが、技術と発想の粋を傾けて作り上げる造形物。本来、砂漠の都には不釣り合いな氷の造形物が所狭しと街を埋め尽くし、色とりどりの光がそれらを照らす。

その幻想的な華やかさ、美しさはまるで夢の国の様。

これを一目見ようと、あるいはもう一度見ようと毎年溢れんばかりの人が訪れる。

 

中でも最大の目玉が、アンカジ公国正門前に作り上げられる一夜限りの氷の城、通称「クリスタル・パレス」。

かつてアンカジ公国に現れた女神を忘れぬように、人々は毎年あの日の奇跡を振り返り感謝する、そんな祭典。

 

それは、交通手段の発達とともにやがて交通の要所としての役割を失うアンカジ公国を、その後も観光産業の面で支えていくことになる。

合言葉は、そう――――――――――――ヴィヴ・ラ・フランス(光の女神に感謝を)、だ。




書いてたら長くなったので、いったんここで区切ります。
個人的にマリーはもっといろいろ優遇されていいと思っていたからか、気付くとこんな形になってました。
地球とトータスの間でいずれ正式交流が結ばれるようになったら、パリとアンカジが姉妹都市になったりしそう。それはそれで面白いですけど。
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