ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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グリューエン大火山攻略開始…とはいえ、大迷宮そのものはよほどのことがない限り苦戦しないんですけどね。
とはいえ例外はありますが。オルクスやグリューエンは問題ないのですけど、魔力が拡散するライセンは苦手ですし、ハルツィナやシュネーのような精神的に来る大迷宮は、サーヴァントによっては鬼門だったりしますけどね。ジキルとか、色々やばそう。


014

場所は戻り、グリューエン大火山山頂。

岩陰から出た立香たちを出迎えたのは誰何の言葉ではなく、問答無用の攻撃だった。

 

「GUAAAAAAAAAAA!!」

「BUMOOOOOOOOO!!」

「ランスロット! エリちゃん! 任せた!!」

「お任せを!」

「オッケー!」

「フォウさん、私の肩に。決して離れないようにしてください」

「フォウ!」

「マシュと清姫は待機、シバは不意打ちがないか周囲を警戒」

「「「はい/は~い」」」

 

襲い掛かってきた魔物たちをランスロットとエリザベートが迎撃する。

ランスロットはキメラの爪を防ぐでも避けるでもなく、爪ごと右前脚を斬って落とす。

エリザベートもまた力任せに振るった槍と、尻尾の連撃で周囲の魔物を薙ぎ払う。

通常の魔物よりは強力なのだろうが、サーヴァントの相手は荷が勝ちすぎる。

 

特にランスロットは完全な武闘派だ。生前、戦いそのものとは無縁ながら逸話の関係もあって竜の力を振るうエリザベートと違い、確かな技術と分厚い経験を有している。

エリザベート相手なら隙を突く余地もあるが、彼がいる限りその可能性は皆無だ。

 

「マスター、私も出るべきでしょうか?」

「いや、マシュまで行くことはないよ。まぁ、あの牛を早く何とかしたい気持ちはわかるけど」

(……バレバレでしたか。いえ、先輩もきっと……)

「あ~、確かにあの牛はちょっと放置できませんねぇ~。アステリオスさんみたいな可愛げもありませんし~」

「うん、正直あれを『ミノタウロス(ミノス王の牛)』って呼ぶのは抵抗あるよね」

「はい、ちょっと許し難いです」

 

世に怪物として知られるアステリオスだが、カルデアの仲間たちは知っている。

なるほど、彼は生まれながらの怪物なのだろう。その所業は悪だったのだろう。

だがそれでも、彼はアステリオス(雷光)の名に相応しい人物でもあるのだ。

それを知っているからこそ、立香たちはあのミノタウロスもどきが許容できない。

アレは、アステリオスに対するこの上ない侮辱だ。

 

「というわけで清姫、遠慮はいらない。思いっきりやってよし!」

「皆さん、離れてください!」

「うれしい……ますたぁ、どうかご照覧あれ! これこそ、わたくしの胸に宿るあなた様への愛の炎。ふ――――――――――――――っ!!」

 

清姫が勢い良く息を吐きだすと、呼気が青白い炎となって魔物たちに襲い掛かる。

エリザベートとランスロットはマシュの声に素早く反応し回避が間に合ったが、魔物たちは違う。

単純な熱量とは異なる、神秘を帯びた炎がチリも残さず焼き尽くしていく。

 

瞬く間のうちに四体の魔物が焼き払われ、随分と見晴らしがよくなった。

まだ後方には数体の魔物が残っているようだが、どうにも様子がおかしい。

魔物たちが、ではなく、彼らを統率するはずの外套姿の者たちの様子が、だ。

 

「ふ、ふざけるなぁ!! 我々に……栄えあるフリード閣下直属の特務部隊たる我々に、よりにもよって逃げろだと! 貴様、それでも魔王陛下をお守りする親衛騎士団の一員か! 恥を知れぃ!!」

「……」

「例えこの命散らそうとも、任務は必ず果たす! それこそが魔王陛下と我らが神への何よりの献身となろう!」

「そうだ! ましてや逃げるなどと……そのような生き恥を晒すくらいならば私は死を選ぶ! 貴様にはその程度の気概すらないのか!」

「よく言った! それでこそ魔国ガーラントの真の有志!」

「貴様はそこで指をくわえてみていろ! 我らが、魔人族の心意気というものを見せてやる!」

「その意気や善し! 私が仕掛ける、お前たちはその隙を付け!」

「「「「お任せを!」」」」

「………………………………この、バカどもが」

 

どうやら意見の食い違いが生じているらしい。

特に背が高く、肩幅の広い人物にそれ以外の者たちが噛み付いている。

外套を脱ぎ去れば、そこには確かにマシュや香織から聞いた魔人族の特徴を(多少の差異はあれど)備えた男が5人。

彼らはもう一度一人佇む人物に振り向くと、向けて吐き捨てるようにこう言った。

 

「ふんっ! 次代の英雄、フリード閣下の後継と名高い騎士団長も見る目がない。まさか、このような臆病者をよこすと……ひっ!?」

「いま、何と言った?」

「先輩!」

「うわぁ……あれは、すごいな」

 

それまで言われるがままで、特に反論しようともしなかったその人物から放たれた濃密な怒気。

明らかに、今まさに仕掛けようとしてきた者たちとは格が違う。

正直、サーヴァントたちと付き合っているおかげで殺気だの威圧だのにはすっかり慣れた立香でも、思わず感心してしまうレベルだ。

 

「私のことは好きなように罵るがいい。だが、団長への侮辱には容赦せん」

「だ、だが貴様が逃げ腰なのは事実だろう! 撤回させたくば、貴様も覚悟を……」

「馬鹿に付ける薬はないか」

「なに!? 貴様…がっ!?」

「え?」

「あら~?」

「仲間割れ、でしょうか?」

 

最後に残った外套姿の人物は、瞬く間のうちに五人の意識を刈り取ってしまう。

 

「連れていけ」

 

魔物のうち、翼をもった個体が五人をその巨大な鉤爪で掴み空へと舞い上がる。

どうやら、あの五人を逃がすつもりらしい。

 

「ちょっと子犬(マスター)、追いかけなくていいの?」

「……いや、必要ないよ」

 

あるいは、自分たちの存在が魔人族側に知られてしまうことになるのかもしれないが、それでも逃げる相手に仕掛ける気にはなれなかった。

 

「…………追わんのか」

「それが、我らが主のご意思だ」

「主……あの少年がか?」

(あ~、そりゃ訝しむよね。どう見たって役者不足だし)

 

立香は一応彼らの(マスター)ということにはなっているが、別に自分自身がそれにふさわしいと思っているわけではない。上下関係という意味で言えば、少なくとも上ではないだろう、と。

良くて対等、場合によっては「力を貸してもらっている」立場と考えている。

だからこそ、相手の反応には納得するしかない。

 

「貴公も退くのなら追いはしない。騎士の誇りに誓おう」

「…………………………いや、そうもいかん」

 

わずかに逡巡した様子を見せたものの、外套の人物は両手持ちの戦斧を構える。

一層、迫力が増した。サーヴァントたちで慣れていなければ、それこそカルデアに来る前の立香なら軽く腰を抜かすくらいはしていたかもしれないほどの闘気。

 

「私まで無傷で戻れば、いらぬ嫌疑が同志に……そして団長にまで及ぶだろう。

 このようなところで戦力を損なうのはバカバカしいが、それでもただで退くことはできぬ」

「あ~、味方気絶させちゃってますもんね~。あの人たちの報告次第では、多少立場が悪くなるかもですね~」

「そういう、ものか」

 

立香も一応カルデアという組織に属しているとはいえ、そういう力学などにはとんと疎い。

 

彼の判断は立香から見ても妥当だったと思う。サーヴァントを少数では手に負えない戦力と見極め、交戦ではなく撤退を選んだのは正しい。

命を賭して挑み、任務を果たせるなら意味もあるだろう。

しかし、命を捨てたところで到底及ばないとなれば、それは犬死にと同じだ。

それがわかっていたからこそ彼は撤退を選んだのだろうし、それがわからなかった、あるいは死ぬことそのものに意味を見出した他の魔人族は玉砕戦法を選ぼうとした。

 

ただ、あちらはそれを善しとはせず、気絶させるという強硬手段に出て逃がした。仲間想い……なのだろう。考え方の違う相手でも、無為に死なせることを善しとしない程度には。

だが、相手がそれをどう受け取るかはまた別の話。あちらまで無傷で戻れば、いらぬ反発を呼び、自分だけでなく周りにまで迷惑がかかる。そう判断し、叶わぬとわかって挑もうとしている。

 

「一騎打ちを望むかね?」

「……ふっ、気遣い無用!!」

 

ランスロットの提案を、相手は一顧だにせず切って捨てる。

同時に周囲を取り巻く残りの魔物が一斉に立香めがけて襲い掛かる。

弱い者から狙うのは当然のこと。特に、ランスロットが立香を「主」と呼んだこともあり、明確なウィークポイントと判断したのだろう。

 

卑劣、あるいは卑怯とは思わない。むしろ当然の判断だ。

通常の聖杯戦争でも、マスター殺しは基本戦術の一つと言っていい。

ランスロットとの一騎打ちを選ぶより、立香を狙って乱戦に持ち込んだほうが生存率は高い。

 

あちらは玉砕に美学を見出すタイプではないのだろう。

意味のある死ならまだしも、意味のない死は選ばない。

この状況下でも、生存のために打てる手を厭うことなく打ってくる姿には、むしろ好感すら持てた。

まぁ、立香の側にはマシュもいれば清姫もいるし、女王が周囲の警戒をしてくれているので不意打ちの心配もない。このままでも、問題なく対処できるだろう。

とはいえ、相手の思惑通りにしてやる理由はない。

 

「エリちゃん、宝具の使用を許可!」

「アタシの歌声、聞きたいのね♪」

「みんな、耳を塞いで!」

「ちょっと、どういう意味よそれ!?」

 

そのまんまの意味です、とはさすがに言えない。

 

「あーもー! サーヴァント界最大のヒットナンバーを、聞かせてあげる! 飛ばしていくわ! みゅうみゅう無様に鳴きなさい! 鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!」

 

エリザベートが槍の柄を地面に勢いよく突き立てると、その背後に不吉な魔城が出現する……巨大アンプ付きで。

彼女は背中の翼をはばたかせると、突き立てた槍の上に立ち思い切り息を吸う。そして……

 

「ボエエエエエエ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

 

熱唱(騒音)が始まった。

歌声そのものは天上の調べとも思えるほど美しいのだが、いかんせん音程がめちゃくちゃどころの話ではない。

ある者は「絵の具の赤と青と黄と緑とピンクを使ったら、キャンバスが真っ黒になった」と悶絶し、またある者は「一つ一つの音は綺麗だが、全体として汚泥のように濁っている」と言って気絶し、とあるファラオは「地獄の亡者のようなうめき声」と恍惚とした歌声(ナニカ)

加えて、エリザベートの声はただの声ではない。竜種とその系譜に属する者が持つ最強の武器、「竜の息吹(ドラゴンブレス)」でもあるのだ。竜の血を引く魔人でもある彼女のそれは超音波に属し、凄まじい肺活量と宝具によって増幅されたボイスは圧倒的な破壊力を発揮する。

 

つまり、何が起こったかというと。

立香めがけて襲い掛かろうとした魔物たちが、軒並み血霞となって消し飛んだのだ。

なんというか、これはヒドイ。もう歌の上手い下手の次元ではなかった。

幸いだったのは、ブレスの射線上にいない限りは「ヒドイ騒音」程度で済むことだろうか。

そうでなければ、味方まで巻き込んでしまうのだから当然だが。

 

「………………ありえん。まさかあの娘、竜人族の生き残りなのか? しかし、伝説に聞く容貌とは……」

 

ぼそりと、思わずといった様子で外套の人物の口から洩れた呟き。

魔物たちの力にそれなりの自信があったのだろう。相手が規格外であることは察していたが、それでもある程度はもつはずだと。ランスロットやエリザベートとの交戦、清姫の炎で焼かれた姿を見たうえでそう判断したのだが、甘かった。英霊たちの切り札たる宝具の一撃は、それらの比ではなかったのだ。

 

「さて、これで残すは貴公一人だが」

「……………………なるほど、これがハイリヒ王国に召喚された勇者とやらの力か」

「むっ……」

 

その一言に、思わずランスロットが立香に視線を送る。

相手がそう勘違いするのも無理はないだろう。さてこの勘違い、放置すべきか否か。

そのあたりの判断が付きかねたのだろう。何しろ、立香としてもどう判断するべきか困っている。

 

(肯定する……と、後で光輝君たちのほうが大変なことになりそうだしなぁ……。

 かといって否定すると、じゃあ何者なのかって話になるし……どうしよう?)

 

とはいえ、選択肢はない。

否定しなければ肯定しているのと同じ。そして、肯定と受け取られればいずれ光輝たちの下に立香たちと戦えるだけの戦力が差し向けられるはずだ。さすがに、それはない。

ならば、何はともあれ否定するしかない。例え、うまい言い訳が思いつかないとしても。

 

「いえ、それは違います。俺たちは勇者ではありません」

「……では、何者だというのだ!」

「それは……」

 

異世界から来た、と素直に白状すべきだろうか。白状したとして、勇者との違いをどうやって理解してもらえばいいのだろう。

いくら立香でも、自分でも思いつかないことを理解させることはできない。

 

「貴公には申し訳ないが、話はここまでだ。一つ言えることは、我々は勇者ではない、ということだ」

「貴様は、随分と勇者然としているようだが?」

「勇者? 私が? 笑えない冗談だ……ああ、本当に笑えんよ、それは」

(あ、ランスロットが自虐モードに入りかけてる)

 

生前のあれこれもあって、彼の自己評価は大変低い。

ちょっとスイッチが入ると、どんどん沈み込んでいってしまうくらいには。

ならばどうするか、さっさと方向転換するに限る。

 

「改めて言いますけど、逃げるなら追いません。俺としては、逃げて欲しいんですけどね」

(ここで退けば、嫌疑を避けることは難しいだろう。だがそれでも、挑めば私は死ぬ。

 それはダメだ。この情報、必ずや団長にお伝えしなければ)

 

無傷で帰還すればいろいろとよくない事態が起こることはわかっている。

それらを承知の上で、ここで挑むべきではないと相手は判断したらしい。

十分な情報を得られたとは言えないが、これ以上余計な情報を与えず、確実に今得た情報を持ち帰ることが最優先と考えたのだ。

 

「……………………承知した」

「あ、一つ聞いてもいいですか?」

「………………………………」

 

立香の呼びかけに、踵を返そうとした相手の足が止まる。

返事はないが、聞くだけは聞いてくれるらしい。

 

「あなたは、あなたたちはいったいなんのために戦っているんですか?」

「知れたこと。親愛なる魔王陛下と、偉大なる我らが神の為だ」

(神か。やっぱり根幹にあるのはそれか……って!?)

「清姫!?」

「フォウ!? フォ―――――――――ウッ!!」

「嘘…嘘をつきましたね、あなた。嘘つき、許すまじ!!」

「いけません!? エリザベートさん、女王陛下、手荒でいいですからあの人を逃がしてください!」

「って、えぇ!? あたしそんなのできないわよ!?」

「ひゃわわわ!? と、とにかくぶっ飛ばしますね~!」

 

立香が清姫の異変に気づくのに先んじ、その小柄な身体が炎に包まれ解ける。

瞬く間のうちに輪郭が朧げになり、人間を軽々丸のみにできる大蛇へと転身を果たした。

巨大な(アギト)が開かれ、その奥に青白い…だが先ほどとは比べ物にならない力を孕んだ炎が灯る。

 

「よいしょ~っ!」

「ぐはっ!?」

転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)!!」

「令呪を持って命じる! 清姫、止まれ!!」

 

炎が吐き出されるのと立香の令呪の発動はほぼ同時。

そのおかげというべきか、あるいは間に合わなかったというべきか、僅かばかりの炎が放たれる。

 

女王が魔術で魔人族を乱暴に弾き飛ばすが、わずかに遅い。

追いついてきた炎が魔人族の身体を舐める。

羽織っていた外套が一瞬で消し炭と化し、その下から現れたのは……

 

「え?」

「先輩、いまのは……」

 

外套の下から現れたのは、異形だった。

文字通りカモシカのような下半身、戦斧を構えている時には良く分からなかったが、伸ばせば地面に届くほどに長い豪腕。額には鬼を彷彿とさせる角が生え、先ほど見た魔人族とは明らかにその容貌は別物だった。

 

彼はそのまま炎に襲われながら落下し、立香たちの視界から消える。

急ぎ魔人族が落下した方へと向かうが、砂嵐に阻まれて姿は見えなかった。

 

「マスター、僭越ながら追うのは避けるべきかと」

「……」

「この砂嵐の中で探すのは困難な上、すでに我々は戦力を二分しています。

 これ以上の戦力の分散は好ましくありません」

「……………………わかった」

 

正直に言えばせめて治療くらいはしたいところなのだが、ランスロットの言うこともわかる。

それに、仮に首尾よく彼を見つけられたとしても敵(と思っている相手)からの施しをどう受け取るだろう。

命を粗末に扱うような人物ではなさそうだが、その誇りを(いたずら)に傷つけるのは本意ではない。

ましてや、理由はどうあれ彼を焼いたのはこちら側だ。「こんなことになるとは思っていなかった」と手を差し伸べるというのも、虫が良すぎるだろう。

 

「それにしても、あれが魔人族の本当の姿…って線はない?」

「少なくとも、私が王国の座学で聞いた範囲では、あのような姿は聞いたことがありません」

「もしあれが本当の姿とかなら、さっき逃がした人たちが変身しなかった理由がないし、あの人が特別なのかな? というか、清姫。嘘って、あの人嘘ついてたの?」

「……はい。なにが、どのような嘘かはわかりません。ですがあの瞬間、あの方は嘘をついておりました。

 口惜しい……ますたぁがお止めにならなければ、確実に退治できたものを」

(清姫が嘘と本心を間違うとは思えない。なら、魔王と神への忠誠心のどちらか、あるいは両方が嘘? だとすれば、その嘘で何を隠そうとしたんだろう?)

 

情報が少ないのでそれ以上のことはわからない。ただ一つ言えることは……

 

(魔人族も、一枚岩じゃないのかもしれないな。それで何がどう転ぶかはわからないけど)

 

良い方向に転ぶなら良いが、そうでない可能性もある。

相手は割と話が通じそうな感触だったが、あの姿を見てしまうと判断に困る。

 

予想される、神代魔法に含まれるであろう「魂」と「生命」に関する魔法。

今回得られた魔人族の情報や様子からして、あの姿も神代魔法が関連していると考えるのが自然だろう。

どんな理由があれ仲間を、同族をあのような異形に変えるなどマトモじゃない。

 

(これはエヒト関連だけじゃなくて、魔人族の方も思っていたより厄介そうだ)

「ところでマスター、この後はどうしますか? 一度マリーさんたちと合流を?」

「う~ん、オルクスでのことを考えると今のままでも大丈夫そうだし、アンカジの安全も確保したいから、三人には残ってもらおうと思う」

「そうですね」

 

今後の方針を手早く定め、立香は契約のラインを通じてマリーたちにその旨を伝える。

三人もそれに同意してくれたので、これで心置きなく大迷宮に挑むことができる。

 

「じゃ、行ってみようか」

「「「「「はい/は~い/ええ!」」」」」

「フォウフォウ!」

 

 

 

一言でいうなら、大迷宮「グリューエン大火山」は“出鱈目”だった。

難易度云々という話ではない。むしろ、そちらに関して言えばサーヴァント基準で見ればそれほどでもないだろう。問題なのは、その内部構造だ。なんというか、色々な意味で常識とか物理法則を無視している。

 

まず、マグマが宙を流れている。空中に水路を作って水を流しているのではなく、マグマが宙に浮いて、そのまま川のような流れを作っているのだ。空中をうねりながら真っ赤に赤熱化したマグマが流れていく様は、まるで巨大な龍が飛び交っているよう。

また、通路や広間のいたるところにマグマが流れており、迷宮に挑む者は地面のマグマと、頭上のマグマの両方に注意する必要があった。

 

加えて、壁や足元から唐突にマグマが噴出してくる。

本当に突然な上に、事前の兆候もないので察知が難しい。まさに天然のブービートラップだ。

 

「こういう時、スキル『直感』持ちがいると助かるんだろうねぇ」

「はい。ですが、残念ながら今のメンバーにはいませんので、先輩はくれぐれも気を付けてください」

「ですね~。四方と頭上は私たちでガードできますけど、足元だけはどうしても反応が遅れますから~」

「いっそ、王妃殿下の馬車に乗せていただく、という手もありますが?」

「さすがにそれは恰好が付かないから、できれば避けたい。まぁ、どうしても無理そうなら出直すけど」

 

サーヴァントたちにとっても溶岩に直接触れるのはさすがに躊躇われるが、対処しきれないわけではない。立香という足手纏いがいても問題なく対処できてこその英霊だろう。

ただ、さすがに足元からのマグマの噴出は厄介だ。警戒のため慎重に進まざるを得ず、攻略スピードはかなり落ちてしまうのはやむを得ないだろう。

 

「むぅ、それにしても暑い。いや、ほんとは暑いどころか熱い何だろうけど」

「そうですね、魔術によるレジストができなかったらと思うとゾッとします。脱水症状、熱中症、体調面での不安が大きいです。ハジメさんたちでも攻略はできるでしょうが……」

 

通路や広間のいたるところにマグマが流れているのだから当たり前ではあるのだが、まるでサウナの中にでもいるような、あるいは熱したフライパンの上にでもいるような気分である。

立香たちにとっては足元から噴出するマグマが最大の脅威だが、様々な感知技能を持つハジメたちにとってはむしろこの熱さこそが最大の敵になるだろう。

魔術によるレジストができる立香や色々規格外なサーヴァントだから「暑い」で済んでいるが、そうでなければどうなっていたことか。

 

途中、広間のような空間であちこち人為的に削られている場所を発見した。ツルハシか何かで砕きでもしたのかボロボロと削れているのだが、その壁の一部から薄い桃色の小さな鉱石が覗いている。

生憎鑑定系の技能もなく、それ系の魔術を得手とする者もいないのでその場はスルー。

念のため、ハジメへの土産がてら採りやすそうなものだけ採って先へと進む。

 

七階層ほど進めば、記録に残っている冒険者達が降りた最高階層だ。そこから先に進んだ者で生きて戻った者はいない……アンカジの街で調べた限りではそういうことになっている。

ここまではブービートラップじみたマグマの噴出と熱さを除けば、障害らしい障害はなかった。

 

だが、さすがにこの先もずっとそうはいかないだろう。

そして、その予想は案の定的中した。

八階層へと続く階段を下り切ると、突如として熱風が立香たちを襲う。

 

続いて、眼前に巨大な火炎が襲いかかってきた。オレンジ色の壁が螺旋を描きながら突き進んでくる。

 

「マスター、フォウさんも私の後ろに!」

「清姫!」

「はぁっ!」

 

橙色の火炎を青白い火炎が相殺する。

だが、それで終わりではない。火炎の向こうから何かが突進してきていた。

 

「せいっ!」

 

迫りくる何かを、ランスロットが一刀の下に斬り伏せる。

本来であれば相当に手古摺る、あるいは死を覚悟しなければならないほどの相手なのだろう。

しかし、騎士王をして「最高の騎士」と評した彼と、神造兵装の一振りである「無毀なる湖光(アロンダイト)」の前ではあまりにも無力だった。

 

「これは……牛、のようですね」

「マグマでできた牛かぁ。迂闊に触れないどころか近づくのも危ないだろうし、初見殺しじゃない?」

「はい。火炎を防いだところへ間髪入れずに突撃されれば、かなり危ないかと」

 

なにしろ、全身にマグマを纏わせ、立っていた場所もマグマの中だ。

鋭い二本の曲線を描く角を生やしており、まだ辛うじて息があるのか、口から呼吸の度に炎を吐き出している。

耐熱性があるにも程があるだろう、溶岩水泳部といい勝負である。

 

その後、階層を下げる事に魔物のバリエーションは増えていく。

マグマを翼から撒き散らすコウモリ型の魔物や壁を溶かして飛び出てくる赤熱化したウツボモドキ、炎の針を無数に飛ばしてくるハリネズミ型の魔物、マグマの中から顔だけ出し、マグマを纏った舌をムチのように振るうカメレオン型の魔物、頭上の重力を無視したマグマの川を泳ぐ、やはり赤熱化した蛇etc……。

 

もし立香たちの中に炎系の魔法を得意とする者がいたら、色々危なかったかもしれない。

あるいは、生半可な魔法や魔術でも纏うマグマか赤熱化した肉体で無効化されてしまうだろう。実際、ものは試しにとばかりに立香が放ったいくつかの魔術は、あっさり無効化された。

 

「やっぱり、俺の素の魔術じゃ無理かぁ」

「は? あんた、そんなものが効くと本気で思ってたの?」

「マスターの場合、カルデアから供給された魔力を徹底的に注ぎ込んで、なおかつ礼装を介して初めて意味があるレベルですからね~」

「わかってるんだけど、そうはっきり言われると結構傷つくって知ってる!?」

 

まぁ、やさしくオブラートに包まれても、それはそれで色々辛いのだが。

とはいえ、立香の腕前と素の魔力量では全く通じないのが現実だ。

彼の魔術は時にサーヴァントやビーストにすら効果を表す。チャージに時間がかかり、連発できる代物ではないとはいえ、サーヴァントたちの支援をするには十分な威力がある。が、それもカルデアからの魔力供給があってこそ。要は、魔力供給頼りの力技なのである。

ちなみに、女王の魔術は普通に通った。紀元前の神秘が濃い時代に生きた彼女のそれを防ぐほどではないらしい。

 

閑話休題(それはともかく)

そこかしこに流れるマグマを隠れ蓑に奇襲を仕掛けてくる魔物は厄介なこと極まりない……普通なら。

なにせ魔物の方は、体当りするだけでも人相手なら致命傷を負わせることが出来る上に、周囲のマグマを利用した攻撃も多く、武器は無限大と言っていい状況。更に、いざとなればマグマに逃げ込んでしまえば、それだけで安全を確保出来てしまうのだ。

 

例え、砂嵐を突破できるだけの力をもった冒険者でも、魔物が出る八階層以降に降りて戻れなかったというのも頷ける。

加えて旨味も少ない。なにしろそれらの魔物は、倒しても魔石の大きさや質自体はオルクス大迷宮の四十層レベルの魔物のそれと大して変わりがないのだ。これでは挑戦しようという者がいないのも頷ける話だ。

 

そしてなにより厄介なのは、刻一刻と増していく暑さ…もとい“熱さ”だ。

大迷宮に入った直後はまだまだ余裕のあった立香だが、そんな彼でもいい加減かなりきつくなってきている。

当初は体感的にはせいぜい30度前後だったのが、今やサウナレベルに達している。

水分や塩分をはじめとした脱水症状・熱中症対策の品々は宝物庫にしっかり揃えているので問題ない。

小まめに補給しているので、そうそう倒れることはないだろう。

ただ、心身にかかるストレス的な部分が問題だ。

 

「マスター、大丈夫ですか?」

「はぁはぁ、はぁ……サウナは嫌いじゃないけど、さすがにキツイ。というか、フォウはこれでもまだ平気なんだ」

「フォウ? フォウ!」

「辛そうですね~。私、氷とか水とか出すような即物的な魔術って苦手なんで、ごめんなさ~い」

「あつい――――――――――――っ! あちゃ! マグマ、マグマが撥ねたわよ!?」

「いえ、撥ねたマグマが当たったら熱いでは済まないのですが……」

 

まぁ、熱いで済んでしまうのがサーヴァントなのだろう。

中には、鬼種でもないのに愛の力で溶岩の中を泳ぐような連中もいるのだ。

恐ろしきものその名は「愛」。ユエとか香織とか見ていると、時々再認識させられる。

それにしても、フォウに全然堪えた様子がないのが心底不思議だ。

 

「暑いのですか、ますたぁ?」

「まぁ、そりゃこんな溶岩地帯だし」

「わかりました。ならば、わたくしが何とかして御覧に入れましょう」

「…………………一応聞くけど、なんとかって?」

「わたくしの炎ですべて焼き払ってしまえば……」

「却下デス」

「くすん……」

 

こんなところでそんな大炎上させられては、それこそ立香の命が危ない。

 

「とはいえ、選択肢はそう多くはありません。引き返しマリーさんの力を借りるか、あるいは……」

「一気に突破するか、だよね。せっかくここまで来たんだし、できるならこのまま一気に行っちゃいたい、かな」

「いえ、もう一つ方法があります」

「え、何か方法あるの?」

「そう難しい方法ではありません。まず女王に結界を張っていただき、マスターにはそこで休息をとっていただきます」

「ふんふん」

「その間に、私が迷宮を踏破し最短ルートを確認。然る後に、マスターをお連れして一気に駆け抜ける。ただそれだけです」

「なるほど冴えてますね、このロクデナシ! 確かにそれなら、先輩への負担は最小になります」

「ぐふっ!? ま、まぁそういうわけです。如何でしょうか?」

「う~ん……」

「あら~、なにか問題がありますか~。私も名案だと思いますけど?」

「いや、それってさ…………迷宮攻略したって言えるのかなって」

「「「「あ~……」」」」

 

大迷宮というのは、ただ最深部まで行けばいいというものではない。

神代魔法を習得する折、記憶の精査のようなものが行われるのは、生成魔法を身に着けた時に脳裏に何かが侵入してくる感覚があったことから間違いないだろう。

ならば、果たしてその方法で迷宮を攻略したと見做されるのかどうか。

立香たちの目的の一つは、各地の大迷宮の奥にある神代魔法を調べることだ。

地球への帰還につながる神代魔法があったとしても、習得しなければ判別のしようがない。

とはいえ、それはおそらく杞憂のはずだ。

 

「いえ、たぶん大丈夫だと思います」

「マシュ?」

「もしサーヴァントに任せて最深部に至ることが攻略したと見做されないのなら、そもそも先輩は生成魔法を得られなかったはずですから」

「ああ、そういえば俺そもそもオルクスでも特に何もしてなかったっけ」

「何もしていない、と言うと語弊がありますが……」

 

サーヴァントたちは一応立香の使い魔、すなわち彼の力の一部だ。

なら、彼らがなしえた功績は立香の功績へと還元される、と考えることもできるだろう。

おそらくは似たような理屈で、オルクス大迷宮も攻略したと判断されたと考えるべきだ。

そうでないと、立香が生成魔法を得られるはずがないのだから。

 

「とはいえ、確かにそれがベターかな」

「では……」

「あ、でも一つ修正。基本はその方針で行くけど、マシュも連れて行って」

「え!? ですが、私は……」

「確かにマシュの仮説には信憑性があるけど、絶対じゃない。

 だから、念のためにマシュには“迷宮を攻略した”っていう実績を積んでおいてほしいんだ」

 

そうすれば、仮にマシュの仮説が外れていたとしても、マシュ自身が神代魔法を得ることができる。

重要なのは、グリューエン大火山に秘められた神代魔法がどのようなものか、だ。

魔法や魔術の才に恵まれていない立香や、デミ・サーヴァント化の影響か魔術行使が不得手なマシュが神代魔法を十全に扱うことなど、元から期待していない。目的は調査であり、目当ての神代魔法があったときは魔法の天才のユエと、生成魔法を得手とするハジメを頼るつもりでいたのだから。

 

「…………わかりました。皆さん、マスターをよろしくお願いします」

「は~い」

「まっかせて!」

「はい、誠心誠意お世話いたしますわ」

「あ、あと女王にちょっとお話が……」

「はい?」

「エリザベートさんは大丈夫だと思うのですが、その……清姫さんのこと」

「あ~、もちろんお任せですよ~。た・だ・し! 今度私のお願い、ちょっと聞いてほしいんですけど~」

「はい。私にできる範囲のことであれば、ご協力いたします」

「契約成立ですね~」

 

ないとは思うが、念のために予防線だけは張っておくマシュ。

これで心置きなく……とはいかないものの、最低限の備えはしたうえで立香の下を離れられる。

 

「それでは先輩、フォウさんのことをお願いします」

「ああ、任せて。ほらフォウ」

「フォ~ウ?」

「大丈夫ですよフォウさん。この人はどうしようもない穀潰しですが、腕は確かなので」

「うぼぁっ!?」

「あ、あははは……じゃ、じゃあランスロット。マシュのこと、お願い」

「はっ! お任せを、マスター! 我が王に誓って、マシュには傷一つ付けさせはしません!」

「そんなことでいちいち騎士王を引き合いに出さないでください、恥ずかしい」

(何というか、立場が逆に思えません?)

(あ~、確かに。どちらかというと、子犬(マスター)があっちにマシュ()のことは任せろ、っていうべきよね)

(そのうち二人の式を挙げる時が来たら、私も一枚噛ませてほしいですね~。引き出物とか~、お料理とか~、衣装とか~、色々がんばっちゃいますよ~)

「うふふふ……さぁ、マシュさん。ますたぁのことはわたくしに、この“わたくし”に任せて頑張ってくださいまし」

(チラッ)

(はいは~い、わかってますから安心してくださ~い)

 

不安げに見つめてくるマシュを安心させるべく、にこやかに手を振る女王様。

とはいえ、どれだけ保証されても完全には安心できないのが、乙女心なのだろう。

結局、姿が見えなくなるまでしきりに立香の方をチラチラ見ながら進んでいくマシュであった。

 

 

 

その後、ランスロットとマシュの間で何が起こったかは、立香たちには知る由もない。

ただ、いったん最深部まで行ってから戻ってきた両者の表情は中々に印象的だったと言っておこう。

具体的には、とても充実した様子でホクホク顔のランスロットと、恥ずかしそうに憮然としているマシュ、といった感じ。

具体的なことはわからないが、ランスロット的には満足いくまで「お父さん」として振舞うことができ、マシュとしてはそんな「お父さん」に素直になれないらしい。

大迷宮という状況も忘れて、そんな二人に「いいことした」と思わずホッコリしてしまう立香であった。

 

そんな感じに親子の絆を深め合った二人に先導され、立香たちは大迷宮の最短距離を突っ切っていく。

とはいえ、それなりに階層も残っていたので決して楽な道のりでも短い道のりでもなかったが、それでも地道に降りていくよりは圧倒的に早かったのは間違いない。

おかげで、立香が限界を迎えるより早く最深部にまで到達することができた。

 

たどり着いたのは、オルクス大迷宮の最深部、オスカー・オルクスの住処手前の試練の間よりもさらに広大な空間。

自然そのままに歪な形をしているため正確な広さは把握しきれないが、少なくとも直径三キロ以上はある。

地面はほとんどがマグマで満たされており、所々に岩石が飛び出していて僅かな足場を提供していた。周囲の壁も大きくせり出している場所もあれば、逆に削れているところもある。

空中にはこれまた無数のマグマの川が交差していて、そのほとんどは下方のマグマの海へと消えていく。

 

グツグツと煮え立つ灼熱の海と、フレアのごとく噴き上がる火柱。

地獄の釜、と例えるとわかりやすいだろう。

 

そんな中、これ見よがしに怪しい場所があった。マグマの海の中央にある小さな島である。

海面から10メートル程の高さにせり出ている岩石の島。それだけなら、ほかの足場より大きいというだけなのだが、その上をマグマのドームが覆っているときた。まるで小型の太陽のような球体のマグマが、島の中央に存在している異様は明らかに不自然すぎる。

 

「ここが最深部?」

「おそらく、間違いないと思います。標高から考えてもここは麓付近のはずですから」

「それに、周囲をくまなく調査しましたが、下に続く道はありません。他の階層であれば、魔物の殲滅などしなくても下に降りる階段は見つけられたのですが……」

「麓辺りで、下へ続く道もなし、か。確かに、それっぽいね。ここは攻略したの?」

「いえ、まだです。調査している途中で攻撃されて、しばらくは対応していたのですが……」

「中々終わりが来ず、已む無く攻撃を凌ぎながら調査を続けた結果」

 

下へ降りる道がないことが分かり、いったん引き返した、ということか。

状況的にここが最深部の可能性が高いので、その判断は妥当だろう。

絶対ではないとはいえ、立香も神代魔法を習得できるに越したことはない。

もしかしたら、彼と極めて相性の良い神代魔法もある可能性は否定できず、それがあれば彼もより強力な自衛手段を得ることができるかもしれないのだから。

 

「それで、その攻撃っていうのは……」

「来ます!」

「みんな、迎撃態勢!」

 

宙を流れるマグマから、マグマそのものが弾丸のごとく飛び出してきた。

その攻撃を合図にマグマの海や頭上のマグマの川から、マシンガンのごとく炎塊が撃ち放たれる。

 

「マシュ、マスターを!」

「はい!」

 

サーヴァントたちは一度散開する。今の場所では、全員で固まって戦うには手狭すぎるからだ。

そのため、それぞれが動きやすいように別々の足場へと着地し、マシュは一人立香の前に立って彼を守る。

とはいえ、立香の守護をマシュ一人に押し付けるつもりはない。

それぞれが自身への攻撃に対応しつつ、立香たちを襲う炎塊を潰していく。

膨大と言っていい量の炎塊による波状攻撃が続いているが、手に負えないほどではない。

 

ただ、いつ終わるともしれない波状攻撃にはうんざりする。マシュたちが調査だけしていったん引き返してきたのも納得だ。

どちらも、基本的にはあまり広範囲に向けての攻撃は得意ではない。

そういったことは、むしろエリザベートの得意分野だ。

 

「エリちゃん!」

「そおれっ♪」

 

彼女が槍を突き立てると、またも監獄城チェイテが巨大アンプとともに出現。

全員が射線から外れ、タイミングを見計らって耳をふさぐ。余波であっても、あれをじかに耳にするのはいろいろな意味でよろしくないことを、皆が知っているのだ。

 

「laaaaaaa~~~~~~~!!」

 

飛び交うマグマの塊が、尽く粉砕されていく。

中々に壮観な光景なのだが、手放しに喜べないのが当事者たち。

 

「ほんと、声はいいんだけどなぁ、声は」

「フォ~フォ~……」

「はい。あと、自分の為ではなく誰かのために歌う時の歌声は本当に素晴らしいのですけど……」

 

基本、自分が気持ちよくなるために歌うので、そういうことは極めて稀だ。

まぁ、だからこそ有難みがあると好意的に考えるのが一番だろう。

それが詭弁だということは、自分たちが一番良く分かっている。

 

「攻撃、止まないね」

「はい」

「さて、どうしたものか……」

 

絶え間なく続く炎塊による攻撃は、一度はエリザベートの宝具で一掃されたものの、さすがの彼女もいつまでも歌ってはいられない。その歌声が途切れると、またも炎塊による攻撃が再開される。

 

厄介なのは、止める手段が目に見えないこと。

場所的にも、状況的にも明らかにグリューエン大火山の最終試練で間違いないだろう。

ただ、オルクス大迷宮と違って目に見える敵が存在しない。これでは、何をすればクリアと判断されるのかが分からない。

 

「怪しいのは……」

「やはり、あのドームですね。あからさまだったので、一度降りたときはあえて調査しなかったのですが」

「なら、選択肢はあそこ一つか」

「お任せください、ますたぁ」

「え、清姫?」

「参ります!」

「待っ……話し聞こうよ!?」

 

良いところでも見せたいのか、炎塊を掻い潜りながら清姫はドームに向けて進んでいく。

しかし、ドームまであと少しというところまで迫ったところで、清姫の真下のマグマが隆起した。

 

「ゴォアアアアア!!!」

「清姫!?」

 

腹の底まで響くような重厚な咆哮。同時に、清姫の直下から大口を開けた巨大な蛇が襲いかかる。

清姫には空中を移動する類の能力はない。精々身を捻ったりするのが関の山。

故に、全身にマグマを纏わせた大蛇は清姫の身体を容易く一飲みにしてしまう。

 

「ちょ、いくらあの蛇女でも、あれはやばくない?」

「あら~、急いで助けた方がよさそうですね~」

(あ~もう! こんな時に令呪を使い切ってるなんて……!)

 

仕方がないとはいえ、余計なことに使ってしまったのが痛い。

急ぎ近くにいる仲間に救助を指示しようとするが……どうやらそれには及ばないらしい。

 

「へ?」

 

突如マグマ蛇の身体が膨張したかと思うと、弾け飛んだ。

そこから姿を現したのは、青白い炎を纏った白い大蛇……転身した清姫だった。

 

「無事、のようですね」

「ハラハラさせないでくれよ、もう」

「ですがマスター、これは少々まずいかもしれません」

「え?」

「あの魔物、どうやら中身がないようです」

「マジ!? うわっ、ほんとだ……」

 

ランスロットに言われて見ると、マグマ蛇は清姫によって内側から弾け飛んだにもかかわらず、血も肉片もなく、飛び散ったのはマグマの飛沫だけだった。

今までのグリューエン大火山の魔物達は、基本的にマグマを身に纏ってはいても、あくまで纏っているのであって肉体がきちんとあった。だが、この魔物に限っては全身マグマだけで構成されているらしい。

 

「でも、そのまま再生したりはしない感じ?」

「どうやら、そのようですね。ですが……」

 

それ自体は安心材料と言っていいのだろうが、問題は次々とマグマの中から顔を出すマグマ蛇の群れだ。

20体に及ぶマグマの蛇たちが鎌首をもたげ、立香たちを狙っている。

 

「とりあえず、あいつらを倒さないと進めないみたいだね」

「はい、マスターは私の後ろに」

「ごめん、お願い」

「はい! 先輩は私が守ります!!」

 

とはいえこのマグマ蛇、倒せることには倒せるのだが魔石を破壊しないことには何度でも再生するらしい。

清姫の時はうまく魔石を巻き込めたらしいが、しばらくの間はどうやれば倒せるかわからず無駄な時間を使わされてしまった。

しかし、一度倒し方がわかってしまえばあとはこちらのもの。

 

元々、最大の問題点はその再生能力であって、それ以外についてはたいして脅威でもなかったのだ。

各々が得意とする方法で次々に魔石を破壊していく。倒した傍から補充されていくが、それも十分と経たないうちに打ち止めになった。どうやら、百体が攻略の目安らしい。

そして、その百体目が今まさに斬り伏せられようとしていた。

 

「最果てに至れ、限界を超えよ。彼方の王よ…この光をご覧あれ!

縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!!」

 

本来であれば光の斬撃となる魔力をあえて放出せず、対象を斬りつけた瞬間に解放。

膨大な魔力は切断面から溢れ、その青い光はまさに湖のよう。

当然、切り付けられたマグマ蛇も無事ではすまず、まるで溶けるように光に飲まれて消えていった。

 

「…………これで終わりかな?」

「ドームを覆っていたマグマが消えて黒い建物のようなものが見えていますから、そう見て間違いないかと」

「フォウッ!!」

「オルクスでも思ったけど、攻略させる気があるのか疑わしい難易度だよね。サーヴァントのみんながいるから何とかなったけど、普通無理じゃない?」

「はい、私もそう思います」

 

とはいえ、人間離れした力を手に入れたハジメや、色々反則なユエと香織なら不可能ではないだろう。

それに、それだけの難易度を攻略できる人物でなければ神とは戦えない、そう思えばこその試練とも考えられる。

 

「とりあえず、入ってみようか」

 

万が一にもマグマに落ちればアウトなので、念のためマシュに手伝ってもらいながらドームのある小島へと向かう。

 

一見、扉などない唯の長方体に見えるが、壁の一部に七大迷宮を示す文様が刻まれている。

その前に立つと、スっと音もなく壁がスライドし、中に入ることが出来た。

 

「見てください、先輩」

「魔法陣か。さて、マシュはともかく俺は認めてもらえるのかな?」

 

二人の視線の先には、複雑にして精緻な魔法陣……神代魔法の魔法陣があった。

さっそくその中に足を踏み入れると、オルクス大迷宮の時と同じように、記憶が勝手に溢れ出し迷宮攻略の軌跡が脳内を駆け巡る。そして、マグマ蛇を全て討伐したところで攻略を認められたようで、脳内に直接、神代魔法が刻み込まれていった。

それは立香も同じで、サーヴァントたちの実績はしっかり立香の実績と見做してもらえたらしい。

だが、重要なのはそこではなく……

 

「これは、一応当たり…ってことでいいのかな?」

「空間干渉系の魔法、ですね。魔術基準で見ても、魔法の領域に踏み込んだ力でしょう。ですが……」

「うん。さすがに、世界の壁を超えるのは無理っぽいか」

 

どうやら、グリューエン大火山における神代魔法は“空間魔法”らしい。

魔術基準で照らし合わせても、破格の魔法と言っていいだろう。

あることは予想していたし、ある意味一番目当てにしていた魔法なのだが……「当たり」とは言い難い。

 

この魔法は、あくまでも世界の内側に干渉するための魔法だ。

第二魔法のように、世界の壁そのものに対して干渉することはできない。

空間魔法では無理なのか、あるいはもっと別の要素が必要なのか……。

 

「ユエなら世界の壁を越えられる……っていうほど単純じゃないよね」

「おそらく」

「じゃ、大迷宮攻略は継続っと。とりあえず、ハジメたちには報告しないとだね」

「はい……先輩あれを見てください」

 

空間魔法を修得し、魔法陣の輝きが収まっていくと同時に、カコンと音を立てて壁の一部が開いた。

更に正面の壁に輝く文字が浮き出ると、そこにはこう書かれていた。

 

「ん? えっと“人の未来が 自由な意思のもとにあらんことを 切に願う。 ナイズ・グリューエン”」

「オスカー・オルクスの手記にもあった名前ですから、彼からのメッセージなのでしょう」

「シンプル、だね」

「部屋も、まるで身辺整理でもしたように何もありません」

「確か、すごく寡黙な人なんだっけ?」

「はい。思い残すことは、なかったのでしょうか?」

 

その答えは、立香たちには知る由もない。

何もなかったのか、あえて何も残さなかったのか。それは、ナイズ・グリューエンだけが知ることだろう。

 

僅かな時間、立香たちはナイズ・グリューエンに黙とうを捧げ、開いた壁の中に入っていたペンダントを取り出す。オスカーの指輪ともまた趣が異なる意匠を凝らした、サークル状のペンダント。

立香はそれを「自分は特に何もしていないから」と言ってマシュの首にかける。実を言えば、オルクス大迷宮の攻略の証も、マシュに持たせていたりする。理由は、今回と同じだった。

 

「さて。じゃ、とりあえず外に出て三人と合流かな」

「いえ、マスター。どうやら、その必要はないようです」

ランスロット卿(お父さん)、その身体は……」

 

振り返ると、そこには半ば実体化が解け、光の粒子を零す仲間たちの姿。

 

「え? なんで……だって、魔力供給は十分だし、契約もしっかり繋がってる。まさか、霊核に……」

「い~え~、そうではありませんよ~。どうも、この場所の魔力と私たちの魔力が相克してしまっているようでして~」

「俺たちは何ともないけど?」

「ん~、たぶんオルクスなんちゃらってところで召喚されたからじゃないの? 私たちって、一応召喚された場所の魔力の方が馴染むから」

 

つまり、オルクス大迷宮の魔力が今の彼らの根幹を支えており、その魔力がグリューエン大火山の魔力と相克してしまい、現界が保てなくなってきている、ということか。

だとすれば、大迷宮に入る度に同じことが起こると考えるべきだろう。

さすがに、サーヴァントの助けも借りずに大迷宮を攻略するのは無謀と言わざるを得ない。

 

「残念です、ますたぁ。せっかくの新婚旅行でしたのに」

「だから迷宮攻略の旅だってば。それと、結婚したつもりもないからどのみち“新婚”ではありません」

「くすん、つれないです」

 

とはいえ、グリューエン大火山も一級の霊地と言っていいポテンシャルを持っている。

ここでなら、改めてサーヴァントを召喚することもできるだろう。

まぁ、だからこそ魔力の相克が起こってしまっているのだろうが。

それはそれとして、カルデアとの通信もできるはずだ。せっかくなので、状況報告がてら召喚関連について相談してみるのもいいだろう。

 

「マシュ、すまない。叶うなら、君が戻るまで共にいたかったのだが……」

「……………………………いいえ、十分助けてもらいました。ありがとうございます、その……お父さん」

「っ! ……ああ、マスターをよく支えなさい。それは、君にしかできないことなのだから」

「はい!」

 

そうして、ランスロットたちは一足早い帰還を果たす。

マリーたちは送還しなくてもよいのだが、一度すべてのサーヴァントを送還しないと改めてサーヴァントを召喚することができない以上、彼女たちにも事情を説明して一度帰ってもらうことに。

それまでの騒がしさが嘘のように静かになったナイズ・グリューエンの住処で、立香とマシュは改めてサーヴァントの召喚を行おうとしていた。

 

「召喚陣、展開完了。どうぞ、先輩」

「さて、次はだれが来てくれるのかな?」

 

楽しみでもあり、不安でもある。何しろ、とにかくクセというかアクというか、そういうのが強い連中がほとんどなのだから。

きっと、次も大なり小なり苦労することになるのだろう。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

時間は少々進み、立香たちがグリューエン大火山を発って数日後のこと。

魔国ガーラント王都の親衛騎士団の下に、緊急の知らせが舞い込んでいた。

 

「申し上げます! アンカジ公国壊滅に同行しておりましたシグレス卿が、帰還なさいました!」

「そうですか」

 

執務室に駆け込んできた兵士に、騎士団長は淡々と返す。

特別なことなど何もない。任務に出ていたものが、それを果たして戻ってきた。ただ、それだけのことなのだから。

 

「ご苦労でした。シグレスには報告書を提出の後、三日間の休養を与えます」

「いえ、それが……」

「なにか?」

「シグレス卿は重傷を負われておりまして……」

「……そうですか。彼は今どこに?」

「ここにおります、団長」

 

開けられた扉から、全身至る所に火傷を負った異形の騎士が抱えられて入ってくる。

鎧だけを外し、碌に治療も受けずにここまで来たのだろう。纏う服は所々が焦げ、まるで襤褸切れの様。全身に広がる火傷は、一目で重度の物だとわかる。

 

もはや手の施しようがない。どれほどの治癒魔法の使い手でも、それこそ時を巻き戻すか、伝説に謳われる薬でも用いない限り、助からないことは火を見るより明らかだった。

 

事実、息も絶え絶えで生きているのが不思議なくらい。

しゃべることができるかすら、怪しい有様だが……それでも、聞かなければならない。

 

「なにがありました」

「ぅ……あぁ……」

「シグレス、あなたともあろう騎士が、よもや務めも果たさず死ぬと? 私は、そのような不出来な部下を持った覚えはありません。あまり、私を失望させないでほしい」

 

淡々と語られる言葉に温かみはない。冷え切った、まるで氷の剣のよう。

室内の気温は変わらないはずなのに、まるで凍り付いたかのように誰もが固まっている。

報告に来た兵士など、その冷徹さに畏れすら抱いていた。命がけで帰還した直属部下に対してすらこれだ。

もし、あそこにいるのが自分であったなら……その想像に恐怖せずにはいられない。

 

「シグレス」

「……き、聞こえて、おり…ます」

「報告を」

「ぁ、は……はっ。作戦…失敗……敵と……遭遇する、も……撤退…」

「例の勇者ですか?」

「ひ、否定……亜人の、女……騎士…二名」

(勇者ではない? それはシグレスから見て? それとも、相手から何らかの方法で聞き出した?

 それに亜人族を連れた騎士? 構成が不可解ですね……)

「…………竜じ、ん……(おぼ)、しき……連れた……」

「竜人? まさか、竜人族の生き残りがいたと!?」

「……主は…黒髪、の少年」

 

それは、俄かには信じがたい情報だった。

竜人族といえば、もう五百年以上も昔に滅んだはずの種族。

亜人族を上回る強靭な肉体と、魔人族すら超える魔法への適正。加えて、魔物のように魔力を直接操り、「竜化」という固有魔法を持った最強の種族だったと伝え聞く。

その在り様は高潔にして清廉であったとも。

 

(その少年がよほどの傑物であれば、可能性がないわけではありませんが……)

 

竜人族の生き残りがいたというのも驚きだが、それ以上に竜人族が従うほどの傑物がいるということに驚きを隠せない。武勇か、知恵か、はたまた……いずれにせよ、看過できない。

 

「…………団長…どうか……我らが、悲願…を……どうか―――――――っ!!!」

 

その一言を最後に、男は事切れた。

 

「よく、務めを果たしてくれました。胸を張って逝きなさい。

 総員! 我らが同志、魔人族の勇士に黙祷!!」

『はっ!』

 

その場にいた全員が居住まいを正し、胸に手を当て静かに黙祷を捧げる。

彼は確かに、務めを果たしたのだから。

 

(ええ、わかっていますよ、シグレス。あなたの死、あなたの献身、無駄にはしません。

 必ずや、悲願を果たして見せます。屍山血河を築き、怨嗟を踏み超えて……如何なる非道も、どのような悪逆でも為しましょう。例え、同胞たちをも犠牲にすることになっても。すべてはより多くの同胞のため、いつかの子どもたちが……)

 

 

 

―――――――――――――――――自由な意思の下、生きられる世を。




魔人族側のオリキャラはこんな人。

どう解釈するかは、読み手にお任せします。

素直に受け取るもよし、捻くれて考えるもよし、堕ちるというのもありでしょう。

なにしろ切嗣はまだしも、臓硯なんて例もあるくらいですからねぇ。

逆に、一周回ってから本道に立ち戻る人もいたりするわけで……。
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