ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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とりあえず、これにて第二章は終了。
次からは第三章に入ります。一応納めきれた……と言っていいのだと思います。まぁ、かなり無理矢理感はありますが、ご容赦ください。


017

(我が眷属よ、汝が定めし為すべきことを為せ。その選択が、世界にとっての最良とならんことを…か。

 我ながら、少し大仰過ぎましたかね?)

 

何もない荒野の真ん中でタスは呟く。

立香たちをあまり刺激しないために飛ばしていた分身(わけみ)だったが、愛子にその分の力を分け与えたことでそれすら維持できなくなってしまった。

今の彼には、その程度のことで底をつきかける程度の力しか残されていない。

まぁそれも、もう少し回復していればこんなことにはならなかったのだろうが、残念ながら力を使ったばかりだった以上、言っても詮無いことだ。

 

(……それにしても、最後に分け与えたのはあの子だけど、その前はいつだったか。最近のことのはずだけど……あぁ、そうだ。あの子は逆に目立ちすぎたんだったか。程度や限度、加減というのは難しい)

 

かつて一度、力の大盤振る舞いをしたこともあるものの、その時も悲願には届かなかった。

なので、以降は別のアプローチを試してきたのだが、結局はこの有様。

別に焦ってはいないつもりだったが、立香の言葉を聞いて気付いた。どこかで諦めてしまっていたことを。

しかし、今度こそ帰ることができるかもしれない。遠い昔に追いやられて以来、ずっとずっと焦がれ続けたかつていた場所に。

だがそこで、予期せぬ客人がタスの前に姿を現した。

 

「なるほど、壮観だ。それがお前の本来の姿というわけか」

 

そこにいたのは一人の青年。ただし、“ただの”とは間違っても口にできない。他人を寄せ付けない鋭い目つき、幽鬼のような白い肌と髪、肉体と一体化した黄金の鎧と胸元に埋め込まれた赤石が目を引く。

しかし、彼が並外れているのはそういった分かりやすい記号故ではない。それらがなかったとしても、佇まいからして彼は人間を超越していた。

 

「             」

 

声ならぬ声。音と呼べる形では空気を振るわせない何か。

だがその言の葉の意味を、施しの聖者は余すことなく理解していた。

 

「然り。我が父スーリヤは異世界において日輪を預かる神、お前の見立ては正しい。

 大いなる者、世界を担う者……そして、打ち捨てられし者。それがお前の正体か」

「                       」

「そうか、追いやられて尚お前は世界を、そこに生きる生命を愛しているのだな。

 感服したぞ、見守る者。忍耐と慈愛は得難い徳だ。俺はお前のその雄大さより、その二つにこそ敬服する。

 だがな、気付いているか? その愛が、お前が愛する多くの生命を殺すのだということを」

 

いずれ向き合うことになるであろう現実を、カルナは突きつける。

その眼差しをタスは目を背けることなく受け止める。カルナが口にした現実など、当の昔に承知の上。

全て、何もかもわかった上でのことなのだから。

 

「なるほど、愚問だったか。お前の愛は世界を満たす、例えそれがどれほど非情な愛であったとしても。

 いや、そもそもお前に愛はあれども情はないのか。だが、だからこそ万人はお前の愛を理解できない」

「                       」

「……すまない、言葉が足りなかった。どうも、俺はいつも一言足りないらしい。

 確かに万人はお前の愛を理解できないだろう。お前をバケモノ、あるいは怪物と見るのだろう。

だが、それでいい。母と父では役目が違う。世界が“母”として生命を育むのなら、“父”こそがお前の役目なのだろう。誇るがいい、お前という存在は“大いなる父”と呼ぶに相応しい」

 

そう告げて、日輪の子は去っていった。

戦うでもなく、止めるでもなく、ただタスの在り様を「それも善し」と認めて。

 

「                         」

 

残された“それ”は天高く吠える。

遥か彼方で悪戦苦闘する小さな者たちの前途を言祝ぐように、あるいは嘆くように。

その声ならぬ声の意味を解する者は、もうどこにもいなかった。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

愛子が目を覚ましてからは、まぁ大変だった。

 

「ん、ここは……っ! キ、キリエライトさん!?」

「その…ご無沙汰しています、畑山先生」

「良かった……無事、だったんですね。本当に良かった。あなたたちがいなくなって、どれだけ心配したことか……」

 

行方不明になっていた生徒との思いもかけぬ再会に、愛子の涙腺が緩む。

言いたいこと、聞きたいことは山ほどあったが、安堵と喜びで胸が一杯になって言葉にならない。

涙目になるどころか溢れる涙を止める術はなく、年甲斐もなくわんわん泣くことしばし。

マシュに背中を擦られようやく落ち着いてくれば、当然話は次の段階に進んでいく。

 

「……すみません。恥ずかしいところを見せてしまいました」

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。先生のご心配もご指摘も、最もだと思いますから。ですが、無理はなさらないでください。まだ、身体の調子が……」

「私のことはいいんです! それよりあんな身体で、今まで一体どこに行ってたんですか! いえ、それよりもどうして何も言わずにいなくなったりしたんです! みんな、八重樫さんや谷口さん…どれだけの人が心配したと思っているんですか!!」

「フォッ!?」

「ひぅっ!? そ、それは、その……本当に、申し訳ないと……」

「そう思うのなら、なぜ一言も相談してくれなかったんですか!! 先生はそんなに頼りなかったですか! 周りの友達のことが、そんなに信じられなかったんですか!」

「け、決してそんなことは……」

「よしんば已むに已まれぬ事情があったとしても、何故すぐにみんなのところに戻ってこなかったんですか! それに白崎さんもです、いるのなら出てきなさい!」

「い、いえ、香織さんはここには……」

「いったい何があったのか、どういうつもりだったのか、全部話してもらいますからね! 先生は誤魔化されませんよ! ええ、されませんとも!!」

「せ、先輩助けてくださ~い!?」

 

と、そんな具合に愛ちゃんはお怒りなのである、激おこなのである、ぷんぷん丸なのである。フォウがびっくりして思わずマシュの肩から落ちてしまうくらいには。

まぁ、彼女の立場や心情を思えば無理はない。マシュとしても、仕方がなかったとはいえ心労をかけたことは申し訳なく思っている。結局、立香の助けを借りながら平身低頭しつつ事情の説明やらその他諸々を白状することに。

 

「どうして何も言わずにいなくなったりしたんですか」

「ハジメさんを探そうと思いまして……」

「気持ちはわかります。でも、誰かしらに相談してくれてもよかったのではないですか?」

「王国や教会を、どの程度信用していいかわからなかったものですから。それに、先生も旅に出てすぐでしたし、時間もなかったので……」

「……タイミングが悪かった、というのはわかりました。あなたが無事なのなら白崎さんもそうなのでしょう。それで、南雲君は?」

「見つかりました。無事…とは言い難いかもしれませんが、今は香織さんと一緒に別ルートで旅をしています」

「そうですか、彼も生きて……それは本当に良かったです。色々と気になることはありますが、あなたたちの迅速な行動のおかげでしょう。でも、なぜ見つけてすぐみんなのところに戻らなかったんですか?」

「実は、大迷宮の最奥には神代魔法が隠されていたんです。それで、神代魔法の中に帰還の可能性があるかもしれないと思って……」

「なるほど。ですが、それは旅をする理由にはなっても帰ってこない理由にはなりません」

「そ、それは……」

「フォウ、フォ~ウ?」

 

なんとなく、フォウも「もうあきらめて全部話しちゃえば?」と言っている気がする。

 

実際、愛子も決してバカではない。そんな方便で騙されてくれたりはしなかった。

マシュ自身、苦しい言い訳であることは自覚している。なので、その点を突っ込まれると返答に窮してしまう。

 

「もしや、そちらの人と何か関係が?」

「いえ、先輩は……」

「先輩?」

「初めまして、藤丸立香と言います」

「あ、これはどうもご丁寧に私は畑山愛子と言いま……あれ? 藤丸君はうちの生徒…ではありませんよね?」

「ええ、まぁ……」

「なのに、どうしてここに……いえ、それも大事ですが、若い男女が二人で旅なんてどういうつもりですか! もし、その…何か間違いが起こったりしたらどうするんです!」

「フォウフォウ! フォーウ!」

「い、いえ! 決して二人だけというわけではありませんし、それにそれを言ったら香織さんたちも……」

「もちろん、白崎さんや南雲君に会ったら同じ話をします! なので、まずはあなた達です!」

「先輩、いったいどうしたら……」

「パラケルススでもカルナでもいいから、ちょっとこっち来て!?」

 

正直言えば、マシュと二人旅なんてすっごく今更なのだが、後が大変そうなので丁重に黙秘させてもらう。

とはいえ、結局愛子に納得してもらうために背後関係などを洗いざらい白状させられてしまったが。

子を守ろうとする母が強いように、生徒を案じる教師もまた強いのであった。

その過程で、解放者に関することも話さざるを得なかった。まぁ、皆のところに戻らなかった理由を納得してもらうためには、話すしかなかったわけだが。

 

「……なるほど、キリエライトさんたちなりに事情があってのことだということはわかりました。

 それに、これで納得もいきました。八重樫さんが落ち着いていたのは、あなたたちの事情を知っていた…いえ、思い出したからなんですね」

「はい。ですが先生、本当なんですか? 私たちの体感ではこの世界に来てすでに三ヶ月以上が経っています。なのに、先生が雫さんの変化に気付いたのは4日ほど前というのは」

「ええ。少なくとも、それ以前に変化と呼べるものは感じませんでした。それに、キリエライトさんたちが失踪してからも、そんなには経っていませんよ」

「そう、ですか……」

「どういうことかな?」

「異界ではよくある話ですね。おそらく、こちらとあちらでは時間の流れが違うのでしょう。マスターもそういった話はご存じなのでは? 例えば、何かに連れられて訪れた世にも不思議な場所や常春の土地からしばらくして戻ると、何十年何百年と経っていたとか」

「ああ、『浦島太郎』とかがそんな感じだった」

「神霊や精霊などが作る異界には往々にしてあることです。ここも、何者かの作った隠れ里に類する場所なのでしょう」

「ふ~ん……」

 

それでも、何とかマシュたちの考えなどは理解してもらえたので善しとすべきだろう。

 

「以上が、現在私たちが知る情報の全てです。先生は…どう思われます。

 この世界の人々に信仰される存在を否定するような内容ですが、信じていただけますか?」

「……信じます。少なくとも、先生である私が生徒であるキリエライトさんの話を一方的に否定することはあり得ません。でも、もしそれが真実なら、キリエライトさんや南雲君たちはその“狂った神”をどうにかしようと…旅を?」

「いえ、先ほどもお話しした通り、あくまでも一番の目的は帰還の方法を探すことです。私たちが確認している神代魔法は生成魔法と空間魔法だけですが、残る大迷宮に帰還に繋がる魔法があるかもしれません。

 それに、解放者たちの話の裏付けも取れてはいませんから、現状積極的にあちら側と事を構えるつもりはありません」

「大丈夫、なのですか? 聞く限り、相当危険な場所のようですが」

「絶対に…とは言い切れません。でも、俺たちは曲がりなりにもすでに二つの大迷宮を攻略しています。頼もしい仲間もいてくれます。この二つを根拠に、信じてもらうしかありませんね」

「そこは、自分がキリエライトさんを守るから…というところでは?」

「そう言えるものなら言いたいんですけど、ね。俺は、どうやっても守ってもらう側になっちゃいますから」

 

立香とて、張れるものなら見栄を張りたい気持ちはある。

だが、到底そんな見栄を張れる立場にないことは自分が一番場分かっているのだ。

まぁ、マシュにはまた違った意見があるわけだが。

 

「そんなことはありません! 守られているのは、いつだって私です。私は先輩からもらったものを、まだ全然お返しできていないんですから」

「フォウ!!」

 

今までに受け取ったものは計り知れず、対して返すことができたのは微々たるもの。

一度や二度役に立てたくらいでは到底足りない。貰うものはどんどんかさんでいき、いったいいつになれば釣り合うのか見当もつかない。それでも、少しずつでも返していこうと決めたのだ。

弱気を押し殺し、旅を続けていけば、いずれ……そう信じて。

 

「マシュ……」

「先輩……」

「あの、二人はいつもああなのですか?」

「いえ、以前はあれほどではなかったのですが」

「羨ましい、です。私も……」

 

しっかりと互いの手を握り合えば、あっという間に二人の世界の出来上がりだ。

本人たちはいたって真剣でふしだらなことなど考えていないのだが、傍から見ている分には空気が甘ったるくてかなわない。ついでに、背景もピンク色になっている。

 

とはいえ、前からこうなわけではない。

トータスでようやく再会できてからというもの、精神的なブレーキが外れてきている。

立香が行方不明になるのは割とあったことだが、マシュが…というのは初めての事態。立香はマシュの身を案じてそわそわし、マシュも立香の存在の大きさを再確認したのだろう。それに、恋の鞘当てをしたり一線を超えて積極的にイチャイチャしたりするハジメたちの存在も、二人のハードルを下げる一因になっていた。

 

「さて、それではここから先は私がお話ししましょう」

「え? でも、二人のことは……」

「放っておけばそのうち気恥ずかしくなって正気に戻ります、二人とも初心(ウブ)ですから」

(し、辛辣ですね……)

 

ああして甘い空気をふりまかれることに、地味~にうんざりしているのかもしれない。

 

「貴方のことはマシュから聞いています。作農師、という天職をお持ちなのでしたね」

「は、はい!」

「いま我々が置かれている状況についてご説明いたします。その上で、お願いがあるのです」

 

そうしてパラケルススは、この世界のこと、愛子と共に旅していた者たちの状況、打開策について的確に伝えていく。立香たちは悠長にイチャついているが、猶予はほとんどない。

愛子(作農師)という切り札を得た以上、今すぐにでも動かなければならないのだ。

立香たちはまだしも、愛子の同行者たちには時間がない。

 

「……そんなに、状況は悪いんですか」

 

愛子とて彼らのことを忘れていたわけではないが、自分が割と元気なこと、行方不明だったマシュと再会したことで皆のことに気付く余裕が失われてしまったのだろう。そのことに自責の念を抱いているようだが、今はその時間すら惜しい。

 

「はい。我々だけであればしばらくはもつでしょうが、貴方の生徒や騎士たちは無理でしょう」

「なら! 私にしてくれたことをすれば……!」

「どうやら、タスにもあまり余裕はないようです。あなたに処置を施して消えてしまったのがその証拠でしょう。

 私たちにも、今すぐ彼らの状態を改善する方法は限られています。その中で最も確実な方法が、この世界からの脱出です。そのために、貴方のお力をお借りしたいのです、小さなお嬢さん」

「っ……」

 

小さなお嬢さん呼ばわりには言いたいこともあるが、今はグッと飲みこむ。

 

(ないもの、できないことを強請っても仕方がありません。それよりも、今できることがあるのならそれをする方が遥かに建設的な以上、答えは決まっています!!)

「如何でしょう?」

「もちろんです! 私にできる限りのことはします……いえ、させてください!」

「感謝いたします……おや? どうやら、タイミングよく戻ってきたようですね」

「え?」

 

パラケルススが愛子から視線を外し、愛子もつられて自身の背後に視線を向ける。

ちょうどそれと前後するように、「ドタドタ」という豪快な足音が扉の向こうから聞こえてきていた。

 

「おう、いま戻ったぞマスター!」

「ったく、俺が召喚されたのは土耕したり水撒いたりするためじゃねぇってのに、どうしてこうなっちまったんだか……」

「汝はまだブツクサ言っているのか?」

「いや、姐さん。俺もな、別に仕方がねぇってのはわかってるんだよ。縁がなかった、これはただそれだけの話だ。だがなぁ……」

「意外……でもないか。一皮剥けば戦うことしか知らぬ英雄も多い。汝もそうだったということか」

「姐さんはいいよな。狩りの当番が多いしよ」

「うむ。誇れた幸運ランクではないが、汝よりはマシだからな!」

「あの時の俺、なんでグーを出したんだ。そこはチョキだろ……」

 

扉を開けて入った来たのは、個性豊かな男女三名。

勢いよく扉を開け放ったのは短く刈った紫髪と胸に刻まれた三本の爪痕が目立つ偉丈夫。

さらに、逆立てた緑髪と屈強かつ眉目秀麗な美丈夫と翠緑の衣装を纏った野性味と気品を併せ持つ少女が続く。

とはいえ、美丈夫の方は現状に聊か不満があるらしく、ガシガシと頭を乱暴に掻いているが。

 

「はぁ……俺もガキの時分は先生に色々教わったがよ、まさか槍でも剣でもなく鍬を持つ日が来るとは思いもしなかったぜ」

「はっはっはっはっはっはぁ! ギリシャの大英雄ともあろう者が、何を溜息をついている!」

 

豪快に笑いながら、勢いよく美丈夫の背中を叩く。

するとどうしたことか、美丈夫が僅かにつんのめってたたらを踏む。

 

「痛ぇよ、おっさん」

「む? お前の肉体は神性の宿った攻撃でなければ意味がないのではなかったか?」

「それが『攻撃』ならな。だが、『友愛』とかは除外されるんだよ」

「ほぉ、そういうものか(バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシ!!!)」

 

何が面白いのか、あるいは気をよくしたのか。背を叩く力が強まっていく。

 

「だからイテェって言ってんだろ!! ケンカ売ってんのか!?」

「応っ! いや、農作業というのも悪くはないが、やはりお前のような猛者を前にすると血が滾っていかん! 今夜あたり、どうだ!」

「やらねぇよ」

「ほぉ、俺では力不足か? やはり、己に傷をつけられん相手は取るに足らんか?」

「んなんじゃねぇよ。相性云々関係なく、アンタのことは認めてる。だからこそ、アンタ相手に手を抜くだの軽い手合わせだのは侮辱だろう。やるなら本気で殺しあう時だ……が、同じマスターに仕えてる以上そういうわけにもいかねぇってだけだ」

「なるほどなぁ……うむ、惜しくはあるが仕方あるまい(バシ! バシ! バシ! バシン!!)」

「だからイテェんだよ!?」

「何をやっているのだ、汝らは」

 

バカな男どもに、少女の冷たい視線が突き刺さる。言葉にせずともわかる、あれは心底呆れている眼だ。

 

「しかし、お前との手合わせが望めんとなると、あとは……」

「断る」

「む、まだ何も言っていないのだが……」

「汝の伝承は私も知っている。となれば、次に言いそうなことも想像がつく」

「ほぉ、彼の高名な『純潔の狩人』に知られているというのは悪くないな」

それ(純潔)だ。私は女神アルテミスに『純潔の誓い』を立てている。その意味、分からんわけでもあるまい」

「うぅむ…だが、女神アルテミスというとあの……」

 

脳裏に浮かぶのは、ブサかわ…いや、ブサイク一択なクマのぬいぐるみに夢中で恋愛脳(スイーツ)な月の処女神が浮かぶが……思わず『純潔?』と聞き返してしまいたくなる。そんな心中は正確に看破されているらしく、それはもうすわった眼差しが向けられている。たぶん、本音はあちらも同じなのだろう。

 

「あの…なんだ?」

「いや、なんでもない。なんというか、苦労しているのだな」

「くぅっ…苦労などしていない! 私ももう慣れた、信仰している女神が恋愛脳(スイーツ)系だからと言って、それがどうした!」

(うむ、若干涙目になっているのだが、これは励ますべきか?)

(いや、やめとけおっさん。ここは見ないふりしてやるのがやさしさだ)

「汝ら、なんだその目は!? 言いたいことがあるならはっきり言え!」

「「姐さん/アタランテ、乙」」

 

すっかり現代かぶれしてしまった英雄二人であった。

 

 

 

で、その後立香と愉快な仲間たち+α(愛子)がどうしたのかというと……

 

「さて、今までは脱出できるようになるのにどれだけ時間がかかるか分からなかったこともあって色々自粛してもらってたけど……生憎、今はその時間が惜しい。というわけで」

「はい。今日から皆さんには宝具も解禁した上で、全力でこの荒野(セカイ)を耕していただきたいと思います」

「フォウ!」

「いや、待てよマスター。それ(開墾)これ(宝具)と何の関係があるんだよ?」

「うむ、我々の宝具はそう言ったことには向いていないのではないか? ロムルスや百歩譲ってロビンならまだしも……」

「うん、ぼくも、そういうの、やったことない」

「いえ、その点に関しては私に考えがあります」

((すっげぇ/凄まじく不安だ))

「?」

 

割と常識人な二人はパラケルススに胡乱な顔を向け、純朴なアステリオスは不思議そうに首をかしげている。

 

「ほぉ、何をどうするのかさっぱりわからんが、この俺に任せるがいい!!」

「うむ、サーヴァントはマスターに従うもの。命を下すがいい、マスター。お前が望むなら、俺はそれに応えるのみだ」

「頼もしいです。でも、私にもできることがあるのでしょうか? 私が触れたら、草も花も木も枯れてしまうのに」

「あ、それについてはちょっと考えがあるんだ。上手くいくかはわからないけど…うん、頑張ろう」

「? はい」

 

やる気満々な二人とアステリオスとは別の意味で首をかしげる静謐なのであった。

 

そうして、日を跨ぐことなく早速作業に入る。

開墾に必要な作業はいくらでもあるが、まず真っ先にすること、それは……

 

「フェルグスさん、お願いします!」

「応っ!! 真の虹霓(こうげい)をご覧に入れよう。

―――――――――極・虹霓剣(カレドヴールフ・カラドボルグ)!!」

 

螺旋を描く刀身が特徴的な大剣が回転をはじめ、大きく振りかぶって地面に突き立てた。

渦巻く螺旋は大地を穿ち、虹の如き剣光が大地を問答無用で粉砕する。

瞬く間のうちに地平線の先まで大地が砕かれ、粉々になった土砂を天高く舞い上げた。

続いてそれらが落下し、濛々と粉塵を巻き散らす。それらがようやく収まると、目に映る大地の全てが掘り返されていた。

 

「うぅむ、まさか俺の宝具にこのような使い道があるとは……」

「フェルグスにはこの調子でとにかく耕しまくってほしいんだけど」

「応っ、任された!!」

「だけどよマスター、耕すのは良いがこの後はどうすんだ?」

「ああ、結局土地が痩せていることに変わりはない。これではいくら種を蒔き水をやったところで……」

「そこは大丈夫、マシュ」

「はい、アキレウスさんにはその健脚を生かしてこれを撒いていただきます」

 

そういってマシュが持ってきたのは、今日の狩りの成果である四頭の獣。

 

「改めてみると、デケェよな」

「ああ、単純なサイズであれば小型の竜種に迫るだろう」

「まず、これをミンチにします」

「おい、さらっとおっかねぇこと言ったぞ」

「こちらはカルナさんとアステリオスさんにお願いします」

「命令とあらば」

「う、ん」

「私はどうするのだ?」

「アタランテさんには、材料となる獣を探し回っていただきたいのです」

「ああ、わかった」

「で、そのミンチになったのを俺に撒けってか?」

「正確には、パラケルスス印の薬と混ぜたものだけど」

「まさか汝、私にこれを担いで行けというのか? 私の筋力はDランクだぞ、女に荷物を持たせるのは英雄の振る舞いと言えるのか?」

(ぐっ……狩りの方がいいからってここぞとばかりにそういうこと言うのかよ、ズリィじゃねぇか姐さん!?)

 

アキレウスとしては、アタランテと同じく狩りにでも行く方が性に合っているのだが、どうにもそれが許される雰囲気ではない。彼とて、今も意識を失っている者達に時間がないことはわかっている。ならば、今は我儘を言っていい状況ではないのだ。

 

「だけどよ、こいつを撒いたからって早々なんかかわるのか? 今までだってこの有様だってのに」

「普通なら無理でしょう。ですが、今は彼女がいますから」

 

皆の視線の先には、緊張でガチガチに固まった愛子。

無理もあるまい。フェルグスやカルナなどは日本ではあまり知られていないが、アタランテやアキレウスは超が付くくらいに有名である。他の者たちも負けず劣らずの英傑となれば、その視線が集中して緊張するなというのが無理な話だ。

 

「彼女には発酵を操作したり、肥料を生成したりする能力があります。また、品種改良や成長の促進も可能だとか。今まではさして効果のなかったそれらの作業も、劇的に効率が上がるはずです」

「…………ちっ、ならしゃーねーか」

「あの、すみません」

「あ? いいって、アンタが気にすることじゃねぇ。それに……」

「あの、なにか?」

「アンタ、教師なんだって? で、あの倒れてる連中の中には生徒もいる」

「は、はい!」

「……なら、俺もガキみたいに駄々こねてる場合じゃねぇな」

 

愛子にはアキレウスの言葉の意味は良く分からないが、それでも彼としては何か折り合いがついたらしい。

それ以上文句や不平を口にすることなく、すでに用意されていた肥料(っぽいもの)を担いで凄まじい速度で走って行ってしまった。

それを皮切りに、他の面々もそれぞれの担当作業に移っていく。

ただし、これと言って役目のないものも一人いる。

 

「あの、マスター。私は、どうすれば……」

 

本音を言えば、静謐は自分には何の仕事もないのだろうことはわかっていた。

よほど毒への耐性が高くない限り、彼女が触れればどんな生命も落としてしまう。

それこそ、通常の毒物はほぼ無効化できるサーヴァントであろうとも。

草木に触れれば命を絶やすだけでなく、毒は朽ちた草木に残留する。さらに、土に触れれば土が毒に染まってしまう。そんな彼女にできることがあるとすれば、働く皆の身の回りの世話くらい。それも、立香やマシュを除けば間接的なものに限られる。

自分がそういうものだと理解している静謐だが、それでも何も感じないわけではない。

しかし、立香から帰ってきた答えは彼女の予想から大きく外れていた。

 

「ああ、静謐にはこの区画の世話をお願いしたいんだ」

「え?」

「ほら、畑山先生の技能の中に『品種改良』があるじゃないか。ならもしかしたら、静謐の毒に耐性のある花とかも生けるんじゃないかなって」

「っ!?」

「静謐の毒に慣らしていく必要があるから、世話は任せたいんだけど…いいかな?」

「も、もちろんです!」

 

物静かな彼女にしては珍しく、勢い込んで食いついてくる。

無理もあるまい。毒の肢体を持つが故に孤独な彼女は、自身が触れても死なない存在を強く求めてきた。

幸いにも立香はそんな彼女の心の飢えを満たすことができたが、彼女の精神性は暗殺教団の頭首となるにはあまりにも普通の女の子に近すぎた。叶うなら花を手に取り、小さな生命に触れたい、そう秘かに望んできたのだから。

諦めていたそれがかなうかもしれないとなれば、心穏やかにはいられない。

 

「静謐、これはもしかしたら君にとってはとても残酷なことかもしれない」

「マスター?」

「畑山先生の力があるから成長も早くなるはずだけど……その分、何度も失敗して、何度もやり直すことになる。あるいはそれは……」

「いえ、いいえ、マスター。それは、違います。

 私、嬉しいです。私が触れても、枯れない花が、咲くかもしれない。その可能性があるだけで、嬉しいんです」

「……」

「上手くいかなくても、ここにいる間何度でもやってみます。私の心配はいりません。心配は、花たちにしてあげてください」

「何度も枯らすことになるかもしれないから?」

「それも、あります。でも、一番は、違います。私が触れても枯れない、それは、花にとって幸せなんでしょうか」

「それは……」

「きっと、これは私のエゴです。だけど、それでも私は……」

「ああ、やろう。俺もできるだけ手伝うから」

「はい、マスター。私、あなたに会えてよかった。私を召喚したのが、あなたでよかった」

「別に、俺が何かしたわけじゃないよ」

「それでも、今ここにいられるのはあなたのおかげです。だから、ありがとうございます」

 

物静かで、口数も少なく、あまり感情豊かとはいえない彼女だが、今は違う。

今この瞬間、立香の前にいるのは「静謐のハサン」というアサシンのサーヴァントではない。

大事な思いを胸に宿した、どこにでもいる、華やいだ笑顔を浮かべた一人の女の子だけだ。

 

(こんな顔されたら、是が非でも咲かせないとなぁ)

 

諦めることで心を守っていた彼女にこんな顔をさせた責任は、取らなければならない。

そして、責任の取り方など一つしかないのだから。

 

そうして、開墾作業はそれまでの停滞が嘘のように進んでいく。

やはり、最大の要因は愛子の存在だ。彼女のおかげで獣の死骸を発酵させ、良質な肥料を作成することができたのが大きい。さらに、成長促進や品種改良などの技能のおかげで、痩せた土地でも育つ植物を増やすこともできた。

その結果、何が起きたかというと……

 

「…………………………なに、このジャングル?」

「フォ~……」

「ま、まさか僅か三日でこれとは……天職『作農師』恐るべし、ですね。メルド団長が『世界の食糧事情が一変する』と言っていたのも納得です」

「いえいえいえいえいえ!? いくらなんでも育ちすぎですよ!?」

「みどりで、いっぱい。いい、におい」

 

生い茂った草をかき分けなければ褐色の大地はもはや見ることすらできず、右を見ても左を見ても緑一色。

上を見上げたところで大差はない。葉や蔓の隙間から辛うじて空の青が垣間見える程度なのだから。

ちなみに、身長3メートルに迫るアステリオスの頭は葉と蔓の中に埋まってしまっている。

 

とはいえ実際、愛子の技能だけでは本来僅か三日程度でこんなことにはならない。

ならば当然、別の要因があるはずだ。

 

「考えられるのはパラケルススの薬かな?」

「それくらいしか思い浮かぶものはありませんが……それでもこれは異常ですね」

「だけど、チャンスでもある。原因究明も必要かもしれないけど、一気にこの土地を豊かにするなら今だ」

「はい。足を止めて原因を明らかにすることと、土地を豊かにして余剰魔力で脱出を図る、どちらが優先されるかといえば……」

 

間違いなく、後者だろう。特に今は、徐々に衰弱していく生徒たちや騎士たちがいる。

どうやら、彼らの体調はこの土地が多少豊かになった程度では改善されないらしい。

であるならば、原因究明は後回しにして、彼らをもとの場所に戻すのが先決だろう。たとえその結果、原因を明らかにすることができなかったとしても……。

 

「それで、藤丸君。空間魔法、というのは使えそうなのですか?」

「いや、どうも豊かになったのは土地の表層だけみたいですね。深いところは相変わらずなんで、まだちょっと……」

「はい。そこで、一度……先輩、後ろですっ!?」

「フォ―――――――――――!!」

「へ? もがっ!?」

「ふ、藤丸君!? 藤丸君が食虫植物っぽいのに食べられましたぁ!?」

「先輩、いま助けます!!」

「ますたぁ、かえせ」

「わ、私ですか!? 私のせいなんですか!? 確かによく育つように、栄養を吸収する性質を強めようとはしましたけど!?」

(申し訳ありません。良かれと思って獣の因子を配合した種を作ってみたのですが……私のような悪逆の徒は、やはり許されるべきではないのです)

「あの、こんなところでどうして哀愁を漂わせているんですか?」

「大方、またろくでもないことやらかしたんだろ」

 

茂みの陰で、一人「ふっ」と悲しげに微笑むパラケルスス。そんなことをしている暇があるなら、マスター(立香)を助けろという話だが。

まぁ、そんな面白おかしい珍事はどうでもいいとして。

 

「行くぞ。真の英雄、真の戦士というものをその身に刻んでやろう。

 ――――――――――――疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)!!」

 

空を駆ける三頭立ての戦車(チャリオット)が緑生い茂る大地へと降下を開始する。

ただ疾駆するだけで戦場を蹂躙し、削岩機の如き勢いで敵陣を粉砕するそれは、時に「巨大な芝刈り機」に例えられる。そう「巨大な芝刈り機」だ。大事なことなので3度言おう「巨大な芝刈り機」である。

つまり、何が言いたいかというと……

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「ぶひひひひ!」

「おぉぉぉぉぉぉ……」

「ぶひゃ!!」

「笑うんじゃねぇ、クサントス! ちくしょー! 何が悲しくて宝具で雑草の刈り取りなんかしなきゃなんねぇんだ!?」

 

せめて気合だけでも入れようと意気込んでみたものの、やっていることは雑草の処理。それはまぁ、力が抜けるというものだろう。本来ならそんなことに宝具を使うのは無駄の極みなのだが、とにかく広大な上に食人植物(マンイーター)までいるとあっては、下手な手段はとれない。まぁ、それでも宝具はやりすぎだが。

 

だが、何も使用されている宝具は「疾風怒濤の不死戦車(トロイアス・トラゴーイディア)」だけではない。

アキレウスとは別の区域では、また別の英霊がその猛威を振るっていた。

 

「武具など無粋。真の英雄は眼で殺す……! 

――――――――――――――――梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)!!」

 

カルナの右目が光を放ち、鋭い眼光が極太のビームとなって一帯を薙ぎ払う。だが、これだけでは終わらない。

 

「……ふむ、埒が明かないか。ならば念には念だ、悪く思え。

 ――――――――――――――梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)!!!」

 

思い切り振りかぶった槍を上空へ投擲すると、間もなく天から巨大な劫火が降り注ぎ、今度こそ一帯を焼き尽くす。

元より広い効果範囲を持つブラフマーストラに炎熱の効果を付与することでさらに範囲を広め、威力を格段に上昇させたそれは、核兵器に例えられるほどの規模と破壊力を持つ。

精々食人植物(マンイーター)が出る程度の場所で使うのは、明らかにやりすぎだ。

 

当然、そんなことをすれば周囲は灰燼に帰すことになる。折角生い茂った緑だというのに、台無しだ……と言いたいところだが、別に全くの考えなしというわけではない。

 

「ふむ、焼畑農業……だったか。灰を中和剤や肥料の代わりにし、あるいは組成を変化させることで土壌を改良するとは。人類の英知というものは、素晴らしいものだな」

 

まぁ、一応こういう狙いがあってのことだ。

何しろ、この土地がどういう性質の土地なのかすら良く分かっていないのだ。色々な農法を試し、より適したものを探すという目的があった上での、「梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)」である。

 

「さて、それでは早速………………………うむ、何故だろうか。最近、槍よりも鍬を持つ方が落ち着く俺がいる。

 もしや、俺の天職は農家だったのだろうか? よもや、サーヴァントとなって新たな己を発見するとは、やはり俺は絶え間ない幸運に恵まれているな」

 

鍬を手に、せっせと灰と土を混ぜていくインド神話の大英雄。誰かこの世迷言を呟く聖人を早く何とかすべきではないだろうか。

 

「いや、何を言っているのだ汝は」

「アタランテか。なに、新たな己を発見した、それだけのことだ」

「それは気の迷いだ、良いから落ち着け」

「ふむ……ところで、今日も狩りが捗っているようだな」

「ああ。土地が豊かになるにつれ、現れる獣の頻度も増えている。最近は種類も増え、狩人冥利に尽きるというものだ」

 

実に充実した様子のアタランテ。心なしか、肌とか艶々している気がする。

その後ろには本日の成果がうず高く積まれていた。

 

「それでは、私は次の狩場に向かうとしよう」

「……さすがだな、アルカディア越え。声をかける間もなく行ってしまうとは。

 しかし、この調子で獣を狩りつくさなければいいが……いや、その心配は不要か。どのみち、英霊一騎では焼け石に水に等しいのだから」

 

何やら訳知り顔で呟くカルナだったが、聞く者がいないのであれば意味はない。

その間にも、アタランテは次なる獲物を求めてジャングルの中を疾駆する。

その様はまさに水を得た魚。同郷の大英雄が微妙な顔をしているのに対し、こちらは実に生き生きしている。

 

「我が弓と矢を以って太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る。

この災厄を捧がん―――――――――訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)!」

 

自身の得物である“天穹の弓(タウロポロス)”を構え、雲より高い天へと二本の矢を撃ち放つ。

荒ぶる神々はその訴えに応えるように、豪雨のような光の矢が降り注ぐ。

食人植物(マンイーター)の駆除を兼ねているのかもしれないが、ここはここでやりすぎだ。

テンションが上がりすぎて若干暴走しているのでは? と思われても仕方がないだろう。

 

それに比べて、こちらは大変ほのぼのしている。

 

「いくぞぉ……!」

「そうそう、とても上手ですよ、アステリオスさん。あ、そこの畝と畝の間はもう少し広くお願いします」

「うん、こう?」

「むむ……はい、大丈夫です!」

「よかった、ぼく、やくに、たててる?」

「はい、とっても!」

 

小柄な愛子を肩に乗せ、アステリオスは獲物である斧を振るって大地を耕し、畝を作り、雑草(マンイーター)を刈り取っていく。戦闘能力を持たない愛子の護衛を兼ねているのだが、あまりにもハマりすぎていた。具体的には、どこぞの女神が「そこは私の場所よ!」と怒り出しそうなくらいに。

 

「よかった。ぼく、こわしたり、ころしたり、しか、できない。でも、こんなことも、できる。うれしい」

「ぁ……」

 

言葉通り、本当にうれしそうに、楽しそうに顔を綻ばせるアステリオス。

その笑顔に、愛子はどこか悲しそうな表情を浮かべていた。

 

愛子も参加しての開墾作業が始まって1週間が経とうとしている。

その間に、当然愛子も各サーヴァントたちについて知ることになった。

当初は「アステリオス」と言われてもピンとこなかった愛子だったが、さすがに「ミノタウロス」と言われればわかる。日本でも屈指の知名度を誇る怪物の名……その正体が、彼なのだと。

 

(彼は、とてもいい子です。褒められれば喜んで、楽しければ笑う。どこにでもいる、私たちと変わらない人間。

 それなのにどうして、怪物になんて……)

 

触れ合い、語らう限りにおいて、アステリオスに怪物としての印象は全く感じられない。

しかし、現実として彼は恐るべき怪物として語られている。

どうしてそんなことになってしまったのか、一応は愛子も聞き及んでいる。

だが、それでも思ってしまうのだ「どうして?」と。

 

「……ぼく、いっぱい、ころした」

「っ!」

「いっぱい、いっぱい、いっぱい。なにもしらない、こどもを、ころした。

 でもぜんぶ、じぶんのせい、だ。きっと、はじめから、ぼくのこころは、かいぶつだった」

「そんなこと……!」

「ううん、ぼくはかいぶつ。でも、なまえを、よんでくれた。みんながわすれた、ぼくの、なまえ……ますたぁが、ましゅが、みんなが、なまえ、よんでくれる。みんな、かいぶつだと、きらわない。

それが、うれしい。みんなと、いるのがたのしい。ぼくは、うまれて、よかった」

「あなたは……」

「だから、ぼくは、にんげんでいる。にんげんに、もどる。

 みにくくても、ゆるされなくても、ぼくは、にんげんでいたい」

 

愛子には、何と言葉をかければいいかわからない。

アステリオスはわかっているのだ。自分が犯した罪も、責任の所在も、その結果負うことになったすべてを。

全て承知の上で、それでも彼は「怪物」であることに「悪」であることに逃げない。それら全て「アステリオス」という名の「人間」の行いなのだと、受け止めている。

 

「……優しいんですね、あなたは」

「だれかに、やさしくされると、うれしい。ぼくも、できたら、うれしい」

「ええ、そうですね。本当に、その通りです……」

「あいこ、ないてる?」

「いいえ、泣いてなんて、いませんよ。ただ、欠伸をして涙が出ただけですから」

「そう?」

 

込み上げてくるものを何とか抑え込む。優しい彼の前でそれを溢れさせれば、かえって彼を困らせてしまうから。

 

ちなみにその頃、立香とマシュが何をしていたかというと……

 

「静謐、水持ってきたよ」

「あと、肥料もです」

「ありがとう、ございます」

 

割と手持無沙汰ということもあり、静謐の方を手伝っていた。

何しろ、お世辞にも基本性能が高いわけではなく、農作業の知識もない立香は半ば人外魔境と化しつつある茂みの中は危険すぎる。また、マシュも防御はともかく攻撃性能はあまり高くない。正直、立香の護衛以外には特にできることもない。

 

なので、静謐の毒の関係からぽっかり空白地帯になっているこの場所で手伝いをしている方が、色々邪魔になったり迷惑をかけたりしなくて都合が良いのだ。

 

「今度はどんな感じ? 確か前回は……」

「芽までは出たのですが、それ以上の生長はしませんでしたね。ですが、少しずつ進歩していますし」

「はい。前より、芽が出るのも、早いです。今回は、もしかしたら……」

 

今静謐が育てているのは(なにかの)花の種だ。一応、他の場所では花(らしきもの)が咲いたりしていたので、“花”と呼んで差し支えないだろう。

 

「どんな花が咲くかな?」

「綺麗な花を咲かせる種ですから、きっと……」

「どんな、花でも、いいです。元気に、咲いてくれれば、それで」

「「そうだね/ですね」」

 

誰よりも真摯に、心からそう願っていることは二人も良く分かっている。

何しろ、初めて芽を出した時、静謐の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

恐る恐るといった様子で芽に触れ、それは溢れ出す。

 

全身余すところなく毒で満たされた彼女が触れても枯れることなく、弱々しくも風にそよぐ小さな命。

それは彼女が生前から望み続け、ついぞ叶わなかった願いそのものだった。

 

「フォウフォウ?」

「あ、フォウさん触ってはいけませんよ」

「ねぇ、静謐」

「はい」

「サーヴァントは送還されるときには何も持っていけないけどさ、俺やマシュはそうじゃない。だから、戻ってからも少しだけ待ってて。向こうに戻るとき、この種を一緒に持っていくから。そうしたらまた、向こうで育てよう。いつか、君も入っていける花畑とかできたら、素敵じゃない?」

「花束に花冠、夢が広がりますね」

「…………はい」

 

これよりさらに数日後。一輪の花が開花の時を迎える。

育てた少女の人柄を現すように、慎ましく、派手さには欠けるが、ひっそりと咲く小さな花が。

 

 

 

そうして、瞬く間のうちに2週間が過ぎた。

生徒たちや騎士たちの容体は徐々に、だが刻一刻と悪化していく。

いよいよ猶予は残り少ないかと思われたが……辛うじて間に合った。

 

「…………………………………」

「どうですか、先輩」

「……………………………………………………………」

(ゴクッ)

「……よし、いける!」

(パァッ!)

「フォウ!」

「やりましたね、藤丸君!」

「たぶん」

((ズル……))

「フォ~……」

「先輩……」

「いや、仕方ないんだってば。この前のことは事故みたいなものだし、たぶん行けるとは思うんだけど……」

 

なにぶん、あの時も何かしらのはっきりとした手ごたえがあったわけではない。

なんとなく妙な感覚があったと思ったら、気付けば“繋がっていた”というのが実情なのだから。

とはいえ、あの時に近い感覚があったのも事実。これならおそらく、いける……と思う。

 

「まぁ、仕方がありませんね。園部さんたちも限界が近いですし、どこかで試さなければならないのですから」

「俺たちが先に行くわけにはいかないし、となると当然……」

 

立香たちであればもうしばらくこの世界にとどまっても何とかなるが、生徒たちや騎士たちはそうもいかない。

多少リスクはあるが、それでも今は危険を承知で試してみるしかないのだ。

 

「しかし、ここも初めの頃からすると見違えたなぁ」

「はい、生態系もだいぶ安定してきました。さすがは作農師の畑山先生です。地球に帰っても、砂漠の緑化などで大活躍できそうですね」

「い、いえ! 皆さんの協力もあってのことですから!?」

 

愛子はそういうが、実際にかつての荒野と同じ場所とは思えない。

地平線の彼方まで続いていた不毛の荒野は既になく、大地は多種多様な草花で覆われ草原を形成し、所々には花も咲き、少し離れた場所には深い森が出来上がっていた。

相変わらず空気は人体にはよろしくないが、それが平気な者達からすると実に空気が澄んでいると感じられる。

いったい誰がこの場所を見て、二十日前には不毛な荒野、二週間前には人外魔境のジャングルだったと思うだろう。

 

なにより、大気中に充満する魔力はどうだ。

大気中の魔力を吸い上げてしまう程に枯渇していたのも、すでに過去の話。大地からは止めどなく魔力があふれ、この地に根付いた植物たちに恵みを与えている。

その結果、大気中の魔力が損なわれることはなく…それどころか、大地から溢れた魔力が大気に溶け込むほど。

これだけの魔力があれば、確かに空間魔法を使うのにも十分だろう。

 

「はぁ~……これはすごいですね、見違えました」

「タス? 久しぶり、あの日以来だっけ?」

「ええ、ご無沙汰しいてます」

 

あの日、愛子に力を分け与えて以来、全く姿を現さなかったタスが久しぶりに姿を見せる。

 

「調子はどう? なんか、無理してる感じがするけど」

「おや、鋭いですね。実を言えば、まだあまり回復していないんですよ。皆さんのおかげで、以前に比べればはるかに回復が早まっているんですけどね」

「それは、この土地のおかげ?」

「ええ、おかげさまで。感謝しています」

「まぁ、タスにもお世話になったからね。少しでも恩が返せたなら何よりだよ」

「では、これでお相子ということで」

 

立香とタス、二人は顔を見合わせてそっと微笑みあう。

とはいえ、立香としてもこれで最後の懸念事項が解消された。

もしタスが姿を見せないようなら、ダメ元で探しに行くことも考慮していたのだ。

 

「俺たちはこれで元の場所に戻るつもりだけど」

「ええ、それが良いでしょう」

「タスは、どうする? 帰る場所、帰りたい場所、あるんでしょ?」

「そう、ですね……」

 

以前のやり取りから、タスが初めからこの場所にいたわけではないことはなんとなくわかっていた。

なら当然、彼にも帰る場所があるはずだ。

 

「…………いえ、今は遠慮しておきます」

「それは、なんで?」

「まだ、その時ではないので」

 

言っている言葉の意味は良く分からない。だが、タスの意志が固いことは目を見ればわかった。あれは、何を言っても梃子でも動かないだろう。

 

「……わかった。君には君の考えがあるんだろうし、それを尊重する」

「ありがとうございます」

「なんでお礼を言うのさ」

「深く聞かずにいてくれることに、ですよ。

 ああ、それと…愛子さん、でしたね」

「え、私ですか?」

「ここがこんなにも豊かになったのはあなたのおかげ、なのですよね」

「い、いえ、別に私一人の力というわけでは」

「それでも、あなたの存在が大きな契機になったのは事実でしょう」

「は、はぁ……」

「貴女に一つ、お願いがあります」

「お願い、ですか?」

「はい、どうかこの場所に名前を付けてください」

「名前……」

「この土地はあなたのおかげで生命の息吹を得ました。だからこそ、あなたに名前を付けていただきたいのです」

 

自分のおかげで、という部分には言いたいことはあるもののタスの真剣な様子から余計なことは言いにくい。

なので、分不相応と思いつつ愛子はこの土地に相応しい名前というものを思案し……一つの案が浮かんだ。

 

「桃源郷、というのはどうでしょう?」

「トーゲンキョー、ですか?」

「はい。これは私の世界で、平和で豊かな別天地……別世界を指す言葉です。この場所に相応しいかと思うのですが。あ、ちなみに郷というのは『土地』や『場所』を指す言葉です」

「なるほど、“トーゲン”善き名前を付けていただき、ありがとうございます。

皆を代表して、心からの感謝を貴女に」

 

そういって相子の前で跪くと、右手を取ってその手の甲に軽くキスをする。

 

「ふぇっ!? な、なななななにを!?」

「心ばかりのお礼です。貴女のこれからに祝福を。まぁ、打算もないわけではありませんけど」

「打算? どういう意味ですか?」

「少なくとも、今のあなた方にとって損にはならないはずです」

「タス、その身体……もしかして」

 

見れば、タスの姿がまたしても薄くなってきている。

先ほどのお礼とやらで何かをしたのか、それとも単純に十分に回復していないにもかかわらず立香たちの前に姿を現した無理が出たのか。

いずれにしろ、確かに今彼をもとの場所に戻すことは難しそうだ。

 

「やはり、無理があったようですね」

「フォウ」

「ええ、そうですね。できるなら、そうありたいものです。

さて、それでは皆さんごきげんよう。もう会わないことを、切に願います」

「タス、それどういう……ったく」

 

最後の言葉の意味を問いただそうとするも、それより早くタスは姿を消してしまう。

 

「結局、何者だったのでしょう?」

「俺たちはタスのこと、何にも知らないからなぁ……フォウは何か気付いたの?」

「フォウ?」

 

尋ねてはみたが、当然ながらこれといった答えは返ってこない。

タスもフォウもお互いにあまり関わろうとしなかったが、最後のやり取りは通じ合っているようにも見えた。

まぁ、単に“そんな気がした”というだけのことだが。

 

「まぁ、タスのことだから心配はいらないと思うけど……」

「そうですね。何というか、不思議な安心感がありましたから」

「うぅ、き、キスなんて初めてされてしまいました……」

 

と愛子は動揺しているが、この後、教え子からとっても激しいのをされるとは夢にも思わないのであった。

まぁ、予想できたら驚きだし、むしろ色々心配になるが。

 

「さて、それじゃ先に畑山先生たちを送って……」

「戻る前に一度皆さんを送還して、改めてサーヴァントの召喚をしないといけませんね」

「長居したからなぁ。すっかりこの土地の魔力に馴染んで、あっちに戻ったらどんな影響があるかわからないとか……」

「先輩、急いだ方がいいかと。他の方々はまだしも、アキレウスさんの不完全燃焼が危険です。このままだと、いつカルナさんと手合わせを始めるかわかりません」

「あの二人に暴れられたら、せっかく開墾したここがまた更地になる!? 急ごう!!」

「はいっ!!」

「えっと……頑張ってください」

 

そうして、慌ただしくも愛子たちを空間魔法で送り出し、続いてアキレウスのフラストレーションが爆発する前に送還、そして再召喚に入る。アキレウスの気持ちもわかるのだが、今回はそういうの(戦闘)と縁がなかったと思ってあきらめてもらおう。

 

 

 

ちなみに、どうやら出る場所は迷い込んだ場所と同じところに出るらしく、立香たちと愛子たちがトータスで出会うのはこれからしばらく後のこととなる。

また、愛子は立香たちから聞いたことを上手く伝える、あるいは誤魔化せる自信がなかったことから、申し訳ないとは思いつつ知らぬ存ぜぬを通すことに。結果、約一日遅れで目的地に着くまでの間、いったいどこで何があったのか物議を醸したりもするのだが……命あっての物種であることを知るのは愛子だけだった。

 

それと全くの余談だが、ふと愛子が自身のステータスプレートを見るとちょっとした変化が生じていた。

正確には、彼女の技能欄に見覚えのない項目が追加されていたのだ。いや、それだけなら大した問題ではない。派生技能は、基本的にあとから確認して発見するものなのだから。

だが、今回のそれは毛色が違う。

 

畑山愛子 25歳 女 レベル:50

天職:作農師

筋力:180

体力:350

耐性:180

敏捷:285

魔力:800

魔耐:250

技能:土壌管理・土壌回復[+自動回復]・範囲耕作[+範囲拡大][+異物転換]・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作[+急速発酵][+範囲発酵][+遠隔発酵]・範囲温度調整[+最適化][+結界付与]・農場結界・豊穣天雨・■の祝福[+神性][+豊穣の加護] [+繁栄の加護]・言語理解

 

これを発見した愛子は、一人宿で頭を抱え胸中で叫ぶ。

 

(「■の祝福」って何ですかこれ――――――――――――――――っ!?)

 

ただ、「加護」とやらのおかげなのか以前に比べ各種技能の効果が向上し、なおかつその範囲が広がった。物理的にも、意味合い的にも。

具体的に言うと流通が促進され、経済の巡りがよくなり、天候は穏やかに、その土地の人々もとっても元気になり、老人は長生きし、生まれてくる子はみんな健康優良児……という具合に。

 

問題があるとすれば、そのせいでただでさえ「豊穣の女神」としての名の広まりに拍車がかかり、「これはもう“豊穣”どころか“繁栄”を約束してくださっているに違いない」として、いつの間にか「豊穣の女神」からレベルアップして「繁栄の女神」として敬われるようになってしまうことだろう。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

愛子たちに続き、立香たちが空間魔法でこの世界から姿を消したその瞬間。

いつ何時も彼らの存在を感じ取っていたタスは、感慨深そうに空を見上げる。

 

(帰りました、か。初めてですね、ここにきてあちらに帰ることができた方々は)

 

思えば、随分と長くここにいたものだと思う。

何かの拍子、あるいは事故でここを訪れるものが全くいなかったわけではないが、逆に出ることができたものは一人もいない。その初めての例が立香たちだった。

 

(これは、何かの兆しなのでしょうかね)

 

世界が大きく動き出そうとしている。長く、そうとても永く続いた世界(時代)、その終わりが近い。

 

(しかし、不思議なものです。彼らには、私は全く関与していなかったというのに、こうなるとは……)

 

そこへ、夥しい数の獣がタスの“足元”に集まってくる。

彼らは一様にタスの顔を見上げ、その眼差しで何かを訴えていた。

 

(いえ、それは違います。彼らは失敗したわけではありません。彼らの挑戦は潰えましたが、残ったものはあります。彼らは届かなかっただけで、まだ負けたわけではないのです。その遺志は世界に残り、先を引き継ぐ者たちが現れたのですから。

そうでしょう、ナイズ、メイル、ラウス、リューティリス、ヴァンドゥル……そして、オスカーにミレディ。

 時は来た。妨害するなら今のうちだ、エヒト…いや、エヒトルジュエ。ようやく、ようやくだ。今度こそ、君をその座から引きずり下ろす。そして、取り戻そう)

 

――――――――――私たちの世界を!

 

――――――――――この世界のあるべき姿を!!

 

――――――――――私たちの楽園を!!!




最後までお読みいただくことで、第二章の正式なタイトルは以下のようになります。

第二章「永世枯渇領域 トーゲン」 副題「繁栄の女神」


さ、次回からは第三章です。ここで、魔人族側のオリキャラが本格的に出てきます。

第三章「人魔交錯境界 ガーランド」 副題「悪しき魔人」

お楽しみに。
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