ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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今回はメルドさんの独白兼過去回想。
新章に入るにあたり、オリキャラを掘り下げよう、がコンセプト。


第三章「人魔交錯境界 ガーランド」 副題「悪しき魔人」
Interlude02


 

オルクス大迷宮の30層には、上層と中層をつなぐ転移陣が設置されている。

そのため、ある程度以上の実力者は地道に迷宮を下るのではなく、転移陣でショートカットすることで時間の短縮を図り、日々魔石の確保や己と仲間の実力向上に勤しんでいる。

 

とはいえ、発見された転移陣は30層にある一つだけ。他の階層をいくら調べてもそれらしきものはついぞ発見されなかった。そのため、召喚された面々の中でも今なお迷宮攻略に参加している強者たちの一部からは「小まめにとは言わないが、10層か、せめて20層ごとに置けよな」と秘かに文句が上がっている。

そんな文句がこの迷宮の創設者(オスカー・オルクス)に届いたわけでもないだろうが、前人未到の70層に到達したところで、30層に繋がる新たな転移陣が発見された。これにより、一気にとは言わないまでも、下層への大幅なショートカットが可能になったのである。

彼らがこの世界(トータス)に召喚されて、3ヶ月が過ぎた頃のことである。

 

「それじゃメルドさん、行ってきます」

「ああ。いいか、迷宮内では何が起こるかわからない。特に、お前たちがこれから挑むのは未だ誰も踏み込んだことのない未知の領域だ。待ち受ける魔物は強力無比、隠された(トラップ)は悪辣極まりないものだろう。

 くれぐれも、いいか、くれぐれも油断するな。石橋を叩く程度では足りん。いっそ壊して改めて掛け直すくらいの用心を徹底しろ。一に安全二に安全、三四も安全、五も安全、一から十までとにかく安全だ!」

「わかってますよ。あの時のような失敗はもうしません、南雲の教訓を忘れたことなんてないんですから。なぁ、みんな!」

(光輝、それだと南雲君が失敗したみたいに聞こえるってわかって……ないわね。まったく、香織がいなくてよかったわ。もしこれを聞かれてたら、いくらあの子でも……)

 

さすがに、スルーしてくれなかったかもしれない。

香織も光輝とは長い付き合いなのであしらい方も流し方も熟練の域だが、想い人を貶められるようなことを言われて平静でいられただろうか。一応、光輝自身には悪気はこれっぽっちもないし、言葉の綾であることもわかってはいるのだが。

 

「それと、全員回復薬は多めに持っているな。綾子がいるとはいえ、治癒師不足に変わりはない。軽い傷でも放置はできんが、かといって綾子を頼りすぎるわけにもいかない。綾子の負担は最小に、かつ些細な傷や疲労、違和感も軽視するな」

 

勇者一行のパーティはステータスも技能も強力だが、香織が抜けた穴は大きい。治癒師はいわばパーティの生命線、回復薬では回復にやや時間がかかってしまうが、治癒師がいれば緊急時でも迅速な回復と戦線復帰が叶うのだから当然だろう。しかし現状、回復役が一人しかいないため、どうしても辻綾子にかかる負担が大きくなりがちなのだ。一度ならず、小さな負担の積み重ねから倒れる寸前まで行き、それに気づいた雫からストップがかかったりもした。メルドがそのあたりに念を押すのも当然だろう。

 

幸い、今では綾子への負担を最小限にとどめる立ち回りも確立されてきている。その分攻略ペースは速いとは言い難く、一ヶ月で5層進めれば上出来だろうが、仲間の命には代えられない。もうこれ以上、犠牲を出すわけにはいかないのだから。

 

「靴紐はちゃんと結んだか? ハンカチとティッシュはもっているな? 拾い食いはもちろん、落としたものは食べるなよ? 怪しい何かがいてもついていくな? 魔物に何かかけられたり、つけられたりしたらすぐに洗うかペイッしろよ。いいな、“ペイッ”だぞ。あと、それから……」

「メルドさん……」

「ガキじゃねぇんだから」

 

どこぞのオカンを彷彿とさせる過保護さに、皆の目に呆れの色が宿る。

心配してくれるのは有難いのだが、もうちょっとないのだろうか。

 

とはいえ、装備やフォーメーションを始めとした最終確認を終えた光輝たちは、未踏破領域である70層に踏み出していく。

確かな足取りで進んでいく彼らの背を、メルドは頼もしそうに、だがどこか迷いを抱えた眼差しで見送った。

 

「情けないな」

「団長?」

「ここから先、俺たちはあいつらについて行ってやることができない。俺のレベルは100には届いていないが、仮に届いたとしてもあいつらの足手纏いにしかならんだろう。

 本来、この世界とは何の関係もない、それもあんな子どもにすべてを押し付けねばならないと思うと、な」

「そう、ですね。団長は彼らの故郷の話は?」

「聞いた。だからこそ、なおの事やるせない。あいつらは本来戦うべき人間ではないというのに……」

「団長、それ以上は……」

「わかっている。こんなこと、お前たちしかいない、こんな場所でなければ口にはせんさ」

 

もし今の言葉が外部の者に漏れれば、メルドはたちまちのうちに粛清されることだろう。

社会的にか、あるいは生命にまで及ぶかはわからないが、待ち受けている未来は明るいものではないだろう。

それでも、思わずにはいられないのだ。なぜ、あの子らが戦わなければならないのだろうか、と。それが、生まれた時から信仰する神エヒトへの背信であると知りながら、思わずにはいられない。

 

(いや、いっそ行動に移せればどれほど……思うことしかできないのが俺の器か)

 

どれほど現状に対する疑問と不満があっても、メルドには行動に移すことができない。

豪放磊落を地で行く彼だが、決して愚かではない。むしろ、騎士団長の名に相応しいだけの切れ者でもある。

だからこそ、自身が行動に移した後のことが、ありありと想像できてしまう。

 

どんな形であれ即座に光輝たちから切り離され、後任にはより敬虔な信徒が送り込まれるだろう。即ち、光輝たちを“人間”ではなく“神の使徒”としか見ない、戦うことが当たり前で、戦わないことを罪と考えるような者が。また、粛清の手はメルド自身だけでなく騎士団、あるいはハイリヒ王国全体に及ぶかもしれない。そうして、メルドの色を完全に抜き去り、魔人族との戦争に一直線に進んでいく。

それならまだ、疑問も不満もすべて押し隠し、メルドが彼らの教育係としてあり続けた方がマシだ。

 

メルドが傍にいられるうちは、光輝たちは一人の人間、子どもでいられる。

少なくとも、メルドは彼らの個々の人格を尊重するとともに年長者、子どもを見守る大人の立場から接してきた。

それが、光輝たちに必要なことに気付いていたから。

 

しかし、そんなメルドの努力も限界が近い。

 

「しかし、これからどうなさるおつもりですか?」

「“例”のことか」

「はい。今の彼らの実力では、生半可な相手では殺さずに制圧できてしまうでしょう」

「わかっている、わかっているんだ。本当なら、もっと早くに経験させるべきだった。魔人族との戦争に参加する…いや、しなければならない以上、人殺しの経験はしておかなければならない。経験の、覚悟の有無がアイツらの生死を分ける。経験させないことが、結果的にあいつらを殺すことになることも。

 わかっていながら、もう少し、あと少し、これをクリアしたら、そんな風に先延ばしにしている……俺の甘さだ。もし、あいつらが死ぬとすれば、それは敵に殺されるのではなく、俺の甘さがアイツらを殺す。教育者失格だな、俺は。愛子殿とは雲泥の差だ、彼女は教え子のために行動することを躊躇しなかったというのに」

「ですが、それは……」

 

経験させることとさせないこと。果たして、いったいどちらが彼らのためになるのだろう。

王国騎士団の団長、あるいは聖教教会の信者として考えるなら、考えるまでもない。

だが、光輝たちと多くの時間を過ごし、多くの話をしていく中で、メルドにはわからなくなってしまった。

 

(お前ならば、答えを出せたのだろうか? あの日、俺に“これでいいのか”と問を投げかけたお前なら)

 

脳裏に浮かぶのは、印象的な漆黒の立ち姿。所々返り血を浴びて赤と黒の斑模様になった甲冑と迸る魔力には、今思い出しても怖気を覚える。

出会ったのは、もう十年も前になる盗賊の討伐戦に端を発する遭遇戦。盗賊の根倉が魔人領に近いこともあり、念のために騎士団からも一部人員が割かれ、その中に当時騎士団二番隊の隊長を務めていたメルドも含まれていた。そこで、同じく盗賊討伐のために派遣されたであろう魔人族軍との間で戦闘が発生し、二人は刃を交えたのである。

次に、そして最後に干戈を交えたのは約一年半前。魔人族との対立が本格化しだした頃であり、魔人族が本格的に魔物を戦線に投入してきた時のことだ。戦場になったのはハイリヒ王国ではなく、魔人領に接する中堅規模の国。国境付近を守る守備兵は瞬く間のうちに壊滅し、辛うじて届いた伝令を受けた彼の国は、対応のための軍を派遣すると共に周辺国に支援を要請した。魔人族との戦いは国家の垣根を超え、人族全体で当たるべき問題。要請を受けたハイリヒ王国は、メルド率いる騎士団を中心に軍を派遣した。

とはいえ、魔人族としてもまだ本格的な戦争は望んでいなかったらしく、ある程度戦ったところで撤退を開始。メルドが戦場に到着したのは、ようやく魔人族最後の部隊が撤収を開始しようとしていた時のことだ。

 

撤退しようとしている敵の後背を突く、というのは戦術的には間違っていない。

しかし、それをすれば治まりかけた火に油を注ぐようなもの。一気に燃え上がる…だけで済めばいい。最悪、魔人族との全面戦争の引き金になりかねない。また、まだ生存者がいるかもしれない以上、その救援を優先すべきとの考えもあった。

そのため、メルドは撤収しようとする魔人族は敢えて無視することを決めた。血気盛んな若い騎士などは追撃を求めたりもしたが、すべて却下。メルドとてやるだけやって意気揚々と撤退しようとする敵に思うところがなかったわけではない。それでも、戦争のための準備は万全からほど遠いことを知るが故に、踏みとどまったのだ。

だが、そんな彼の苦い決断など知らぬとばかりに、一人の騎士が魔人族の部隊から外れ、メルドへと歩み寄ってきた。

 

「ハイリヒ王国騎士団、二番隊長メルド・ロギンスですね」

 

兜越しでくぐもっているためやや判然としないが、それはどこか聞き覚えのある声だった。

 

「ちょいと情報が古いな。5年前に騎士団長になった。だが、メルド・ロギンスは俺で間違いない」

「そうですか。それは失礼を……貴方に一騎打ちを申し込みます」

 

手にした槍…というよりも、グレイブと評すべき得物の先端をメルドに向けて、漆黒の騎士はそう告げた。

その言葉に、メルドは思わず眉を顰める。はっきり言って、この場での一騎打ちには何ら意味がない。

戦闘は事実上終わっており、後は双方負傷者などを回収して引き上げるだけ。

むしろ、ここで迂闊に血を流せばようやく終わったはずの戦闘が再開してしまいかねない。

ようやくこの場に到着したばかりならば、戦うことなく終わってしまったことへの不満ややり場のない戦意などをぶつけようと、そういう行動に出る者もいるだろう。実際、メルドの部下の中にはそうしたいと思うものが少なからずいた。

しかし、この相手は違う。全身に夥しい返り血を浴びたその姿は、既に十分以上に敵を屠っていることがうかがえる。にもかかわらず、さらに血を求めようというのか……。

 

「……断る」

「団長! なぜです、敵を前にして逃げるのですか!」

「お前は黙っていろ!!」

「くっ……」

「部下が失礼した。改めて言おう、断る。戦闘は既に終了した、ならばこれ以上血を流す意味がどこにある」

「私の血、ですか」

「さてな。お前かもしれんし、俺の血かもしれん。どちらにせよ、それは無益な流血だ。ましてや、それを呼び水に戦闘を再開されては、後は泥沼だろう。そんなことは、お前たちも望んでいないはずだ」

 

なにしろ、だからこそ撤収作業に入っているのだから。

最後の最後まで戦うつもりなら、そもそももっと別の形で戦闘を始めていた。

今はまだ全面戦争の時ではない、それは両者に共通する見解のはずだ。

 

「お前も騎士なら、軍令に従え」

 

戦わなくてもわかる、目の前の騎士が生半可ではない相手であることは。くぐもってこそいるが、その声には落ち着きと確かな知性を感じられた。

だからこそ、その理性に訴えかける。この場での命令無視は、騎士の格を落とすことになる、と。

 

「この場で戦う意味はなく、どちらかの死が新たな戦火を呼ぶことになりかねない。確かに、あなたの言うとおりでしょう」

「わかっているのなら……」

「ですが、私にとっては今が絶好の機会。付き合っていただきます!」

 

馬上にいたメルドに向け、それは一足で間合いを詰めると横薙ぎに得物を振るう。

メルドは咄嗟に剣を抜き放ち、剣の腹でグレイブの柄を受け止める。

だが、想定を遥かに超える膂力に力負けし、馬上から叩き落されてしまった。

 

「貴様っ、なにを……!」

 

想定外の事態に呆然としていた部下たちだったが、辛うじて受け身を取ることに成功したメルドが即座に起き上がり剣を構えたところで、ようやく状況の変化に思考が追いついた。

 

「団長!?」

「貴様!」

「やめんか、お前ら!!」

「だ、団長?」

 

一様に剣を、あるいは槍を、弓を構える部下たち。

しかしメルドは、それら全てを諫める。彼らでは、眼前の魔人族が相手では太刀打ちできない。

それを、僅か一撃で理解した、させられてしまった。

 

「下がっていろ」

「ですが……!」

「奴の望みは一騎打ち、俺に恥をかかせてくれるな」

「あのような不意打ちで、騎士の誇りも何もないでしょう!」

「だとしても、俺たちが同じになってやる理由はない。違うか?」

「……」

「それにだ、お前ら……俺が負けると思っているのか?」

 

背後を振り返ることはしないが、それでも意識して不敵な笑みを浮かべる。

声音にもそれは宿り、部下たちも納得したようで二人から距離を取った。

ハイリヒ王国騎士団長、力だけで成り上がれる地位ではないが、力がなければ立つことのできない地位でもある。特に現団長を務めるメルドは、ここ数代の団長たちの中では最強との呼び声も高く、名実ともに王国最強の騎士だ。如何に個の能力では人族を上回る魔人族といえど、一対一で引けを取らない。それだけの信頼を、メルドは得ているのだ。

とはいえ、当のメルドには余裕など微塵もありはしなかったが。

 

(さて、大見得切ったは良いがどうする。筋力敏捷共に俺の遥か上、魔人族の性質を考えるなら魔力方面も同様だろう。これはいよいよ、覚悟を決める時かもしれんな)

 

通常、人族のステータスの限界は100から200、天職持ちで300から400とされる。メルドはステータスの平均が300に達しており、正真正銘最強クラスの人族だ。

とはいえ、あくまでもそれは“人族の最強”でしかない。亜人は筋力や敏捷あるいは耐性が、魔人族なら魔力や魔耐が種族特性によりステータスが300から600に達する。そのため、亜人族と戦う時は魔法で、魔人族と戦う時は近接戦で臨むのがセオリーになっている。

にもかかわらず、漆黒の騎士の筋力や敏捷はメルドを大きく上回っている。体感的には、倍かそれ以上。近接戦に持ち込めば互角以上に戦えるはずと考えていたのが、とんだ計算違いだ。メルドが覚悟を決めたのも、当然のことだろう。

 

「“最後の忠誠”まさか、こんなにも早く使うことになるとはな……」

 

剣を構えながら、首から下げた宝石に意識を向ける。

その宝石は、言ってしまえば自爆用の魔道具だ。国や聖教教会の上層の地位にいる者は、それだけ重要な情報も持っている。闇系魔法の中には、ある程度の記憶を読み取るものがあるので、そのような高い地位にある者が前線に出る場合は、強制的に持たされるのだ。いざという時は記憶を読み取られないように、敵を巻き込んで自爆しろという意図で。

しかし、今はそれが有難かった。単に情報隠蔽を目的とした自害のための魔道具ではなく、敵を道連れにできるという点が。

 

(奴は、俺よりも強い。何とか近づいて……)

 

自爆し、諸共命を絶つ。人族としては最高水準のステータスを持つメルドを圧倒するほどのステータスの持ち主。眼前の騎士はいずれ、人族最大の脅威となり得る。だからこそ、今ここで排除しなければならない。

だが、そこまで考えたところで、メルドは僅かな引っ掛かりを覚えた。

 

(なんだ、そういえば前にも似たようなことを……)

「はぁっ!!」

 

メルドの僅かな迷いを見抜いたのか、僅かなブレもない、いっそ流麗ですらある突きが三撃、心臓・鳩尾、丹田に向けて放たれる。もっとも回避しにくい正中線への三連撃。ステータス差を考えればどれか一つでも致命的なそれを三撃全て、メルドは辛うじて捌くことに成功する。

続けて、骨を叩き折らんばかりの勢いで足元を払ってくるが、これも間合いの外に出ることで回避。剣の間合いに捉えることこそできていないが、ここまで四撃全てを無傷で凌ぐことができた。そのことに、ほかならぬメルドが最も驚いていた。

 

(どういうことだ? 奴の速さなら、俺では辛うじて対応できるかどうか。下手に防御すれば、防御ごと叩き潰されかねない。それだけのステータス差があるはず。なのに、なぜ……俺はまだ立っている!?)

 

自身のステータスが急激に上昇したとか、眠っていた力が覚醒したとか、そんな都合の良いことはあり得ない。

あるいは、敵の技が荒ければ前兆を読み、技後の隙を突くことで渡り合うこともできるだろう。

しかし、この相手はそんな雑な相手ではない。それは、一つ一つの技の鋭さ、隙の無さから間違いない。

だとすれば、可能性は一つしかない。

 

そしてその可能性は、振り下ろされた一撃を剣で防御できたことで確信に変わる。

 

「どういうつもりだ!」

「…………」

「お前、“手を抜いて”いるな。恐らく、筋力や敏捷が俺をやや上回る程度になるように。

 戦いを楽しみたいとか、ギリギリの戦いをしたいとか、そういう口か?

 だとすれば、随分と舐められたものだ!!」

 

グレイブを弾き、間合いを詰めて剣を振るう。槍やグレイブはリーチがない分、剣に比べて取り回しが難しい。

間合いを詰められれば、むしろその長さが邪魔になるだろう。

事実、騎士はメルドの剣をグレイブで防御するのではなく、小手を使って弾くか、体捌きで回避することが多い。

 

「だとすれば、この好機逃しはせん! ここで、死んでもらうっ!!」

「っ!」

 

回避も小手での捌きも間に合わず、已む無くグレイブの柄で袈裟切りの一閃を防御する。

体重をかける側と支える側、どちらが有利かは言うまでもない。

メルドは全体重と渾身の力を込め、ジリジリと切っ先が騎士の兜に迫っていく。

そうして、あと少しで刃が騎士に触れようとしたところで、突如騎士の手から重みが消えた。

 

「っ!?」

「これで、しまいだ!」

 

メルドは未練なく愛剣の柄から手を放したのだ。

結果、かかる重みが消えたことで騎士の身体が浮き、無防備な姿をさらす。

メルドはその隙を逃すことなく、180代後半の自身よりわずかに低い体に組み付く。

 

「か、はっ……!?」

 

見事背後を取ることはできたものの、重厚な鎧のおかげで首への圧迫は困難。そこで、太い腕で首を絞めるのと並行しながら、首の骨を折りにかかる。

如何にステータスで上回れていようと、首だけでメルドの体重と剛腕に抗し切るのは不可能だ。

腕を外そうにも、完全に極まってしまっていてはそれも困難。

あとは、何としてでもこの首を折るだけ。

 

「どういうつもりかは知らんが、手を抜いたのが運のつきだったな。本来のお前なら、俺を殺すくらいわけなかっただろう。その首、もらっていく!」

「ぁ、ぎ……っ!」

(しかし、組み付くまで分からなかったが……細いな。この華奢な体のどこに、あれほどの力を……)

 

身長ではメルドに迫るほどの高さ、おそらく180センチはくだらないだろう。

それに対し、厚みも肩幅もメルドの予想を大きく下回っている。

そのことに少なくない驚きを抱きながらも、メルドは腕に込める力を緩めない。

これが千載一遇のチャンスであることを、彼は理解していたのだ。

しかしそこで、騎士が腰に下げていた細身の剣を抜き放つと、逆手に持ち換える。

その意図を、メルドは即座に理解した。

 

「お前、まさか!?」

「ぁあっ!?」

「がっ!?」

 

薄く、だが確かな熱量を宿した炎を帯びた剣が、まっすぐ騎士の腹に突き立てられる。

剣は滑るように鎧を貫通し、そのままメルドの腹に突き刺さった。

 

(まさか、自分ごと俺を刺すとは……良い足掻きだ!)

 

焼けるような痛みが右脇腹に生じる。いや、“ような”ではなく、実際に焼けているのだろう。

重厚な鎧を貫通させるために帯びた炎が、メルドと騎士の腹と内臓をまさに焼いているのだから。

メルドをはじめ、騎士たちの鎧は魔法への耐性を高めるアーティファクトでもある。とはいえそれも、外部からの魔法に対しての物。内側から魔法で炙られるのは、さすがに管轄外だ。

だが、それでもメルドは首にかけた腕の力を緩めることはしない。

 

腹を刺された、それがどうした。

 

内側から体を焼かれている、なにほどのものか。

 

元より死は覚悟の上。例え命と引き換えにしてでも討たねばならない。さもなくばこの騎士は、とおからず人族最大の脅威になる。その確信があったから。

 

(……ステータスの制限を取り払い、身体強化と“あの魔法”を使えば振り払うことはできるでしょう。

 ですが、それでは“意味がない”! ここで、確かめる。私の“技量”は(人族の最高峰)に届くか否か!)

 

首に走る激痛に耐えながら、剣に宿していた炎の魔法を解除。

 

(鎧に救われました。絞め技が有効だったら、意識が朦朧として負けていたかもしれません)

 

続いて、電撃系の魔法を発動。細身の剣を伝って雷の如き衝撃が騎士とメルドの身体を駆け巡った。

人間の身体……筋肉は神経を伝わる電気信号で動いている。メルドが如何に決死の覚悟を抱いていようと、そのルールは覆せない。全身を駆け巡った電流が肉体のコントロールを一時麻痺させ、首にかけていた腕の力が緩む。

肉体の制御を失い、弛緩した両者の身体がそれぞれ前後に倒れこむ。

しかし、完全に倒れてしまう前に二人は肉体の制御を取り戻す。

メルドは再度組み付こうとするが、それより騎士の魔法発動が早い。

 

「ふっ!」

 

僅かな呼気と共に砂塵が舞い上がり、騎士の身体が大きく弾き飛ばされる。

 

(魔法を使って自分の身体を? まさか、こいつ……)

「いざっ!」

「ちっ!」

 

二度三度と地面の上をバウンドした騎士だが、即座に体勢を立て直すとグレイブを構えてメルドめがけて距離を詰めてくる。メルドは既に愛剣を失っている、それを好機と見たのだろう。

とはいえ、メインウエポンだけで戦場に立つ騎士などいない。無駄に得物を増やしても動きを鈍らせるだけだが、それでも予備の武器の一つや二つは帯びている。ちょうど、騎士がグレイブの他に細身の剣を携えていたように。

メルドは腰に下げていたショートソードを抜き、構える。愛剣には遠く及ばないし、近場から手頃な得物を調達時間もないのが口惜しいが、今は今あるもので凌ぐしかないのだ。

 

「ぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

(穂先を、地面に……そうか、“タメ”か!)

 

メルドを間合いに捉える寸前、騎士はグレイブの穂先を地面に斜めに突き立て力を籠める。

すると、槍の柄が大きく今にも折れそうなほどに撓む。もしこの撓みに込められた力が解放されれば、防御など意味をなさないだろう。だが、これには一つ致命的な欠点がある。

 

(その隙、逃すと思うな!)

 

地面に突き立て、力を込めて撓ませ、地面という抑えから解放して放つ。そのためには、どうしても僅かな“間”が必要になる。その間を、見過ごすメルドではない。

しかしそんなこと、騎士とて百も承知。ならば当然、そのための対策は講じている。

 

「なにっ!?」

 

それは、あまりにも予想外な出来事だった。突如、騎士の兜が粉々に砕け散ったのだ。

破片は四方八方に飛び散り、当然メルドの方にも向かってくる。

 

一瞬、ショートソードを持つ右手とは逆、左手で破片を払うことを考慮するが即座に却下。

今はその時間すら惜しい。メルドは砕けた兜の破片が顔の皮膚を裂き、瞼に突き刺さるのも無視して距離を詰める。そしてその切っ先は、確かに騎士の身体を捉えることに成功した。

 

(……ああ、そうか。どこか聞き覚えのある声だと思ったが……ったく、“デカく”なりやがって)

 

兜の下から現れたのは、数年前に一度戦場で見たことのある顔。あの時よりずいぶんと大人びたが、確かに面影がある。詠唱抜きで魔法を使っている時からまさかとは思っていたが、そのまさかだったことに驚きを隠せない。

 

「か、はっ……」

 

確かにメルドの剣は騎士の身体をとらえた。ただし、捉えたのは騎士の“左肩”だ。これでは、致命傷とならない。上段から振り下ろされた刃は騎士の肩を深々と抉っているが、生命には届かない。ならば当然、騎士がやることは決まっている。

 

「あ、あぁぁぁぁ!!」

 

地面に突き立てることでためた力を解放し、グレイブを跳ね上げる。生憎、間合いが近すぎるせいで刃にとらえることはできないが、柄による一撃だけでも十分すぎるほどに強力だ。

メルドのわき腹から骨の折れる音が鳴り響き、ちょうど貫かれ焼かれたわき腹に追い打ちをかける。

あまりの激痛に声すら出ず、弾き飛ばされたメルドの身体が力なく地面に横たわった。

 

騎士は左腕を力なく垂らしたまま、一分の油断もなくメルドに駆け寄ると右腕で保持したグレイブの切っ先を倒れたメルドの喉元に突き立てる。

 

「…………」

「団長!?」

「来るんじゃねぇ! わかってるな、生きること、それがお前たちの役目だ。生きて、ここで見たもの全て報告しろ。それは、お前たちにしかできねぇことだ」

「それは、ですが!」

「こいつの力はこんなもんじゃねぇ。傷を負ってはいるが、お前らが束になっても勝てるかどうか。勝てるならいい。だが、負けたらどうする。こいつという脅威を、いったい誰が国に、仲間たちに伝える!」

 

メルドを助けようと動き出そうとした部下たちだが、メルドの言葉に足を止める。

言わんとすることはわかる。納得はいかないが、理解できる。

だからこそ、彼らは涙を呑んで足を止めるしかなかった。

 

「私の勝ちです、メルド・ロギンス」

「……だな。ったく、完敗だ完敗。大したもんだよ、お前さんは」

「何が完敗ですか。首を折られる寸前まで行き、左腕はこの有様。これのどこが……」

「お前さんが手を抜かなかったら、もっと楽に勝てただろ」

「……でしょうね。ですが、それでは意味がありません」

「意味?」

「ステータスだけなら、あの当時の私でもあなたを上回っていました。なのに負けたのは、私の経験と技量が劣っていたからです。この勝負はそれを埋められたかどうかを試すための物。ステータスで圧倒しては、意味がありません」

「あ~……まぁ、言わんとすることはわかるが」

 

正直「とんでもない負けず嫌いだな、こいつ」と思わずにはいられない。

 

「ですが、それでも勝ちは勝ち。私の目的は達しました。これ以上の長居は無用……失礼します」

「いいのか、殺さなくてよ?」

「貴方にはかつて一度命を見逃された借りがあります。その借り、これで帳消しとさせていただきます」

「負けず嫌いな上に義理堅い、か。面倒くさい奴だな、お前。色々生き難いんじゃないか。余計な世話だが、肩の力を抜いたほうがいいぞ」

「…………………………………………………………性分です」

 

自覚はあるのだろう。まぁ、自覚があるからと言って改善できれば苦労はない。

そういうのはメルドもなんとなくわかるので、それ以上言い募るようなことはしなかった。

そうして、騎士は一歩二歩とメルドから離れていくが、唐突に足を止めたかと思うと振り返らずに問う。

 

「………………先ほど」

「なんだ」

「殺さなくていいのか、と聞きましたね」

「ああ」

「そう思うならなぜ、あの時私を殺さなかったのです」

「…………さてな。もう昔のことで覚えてねぇよ」

「……いいでしょう。なら、質問を変えます」

 

正直言えば、誤魔化しなど許さずもっと問い質してくるものだと思っていた。

そのことに若干の肩透かしを感じつつ、次なる問いを待つ。敗れた側として、勝者の問いには答えるつもりだったから。先の問いに応えなかったのは、あの時すでに答えていたのと……あれは王国騎士団、そして聖教教会の信徒が口にしていい言葉ではなかったからだ。ついでに、今更口にするのが恥ずかしかったというのもある。

 

「私たちは、これでいいのですか」

「…………」

「種族が違う、奉じる神が違う。確かに大きな違いでしょう。加えて、過去の遺恨は根深い。きっと、私たちは今までと同様これからも相容れない。ですが、なぜ“争わなければならない”のです!」

「な、に?」

「我々は、奪わなければならないほど食料に、土地に、物資に窮しているわけではありません。貴方たちから奪わなくても、私たちが生きていくのに十分な食料があり、暮らしていける土地があり、装備や日用品をそろえる物資もある。魔物ですら、種族単位で見れば大きな脅威ではありません。私が調べた限り、あなた方も同じでしょう。

ならばなぜ、我々は争っているのです。この戦いの先に、我々は何を得られるというのです。

教えてください、メルド・ロギンス。私たちは本当に、こうするしかないのですか?」

 

その問いに、メルドは答えるための言葉を持ち合わせていなかった。

騎士の言わんとすることはわかる。彼らの戦争は、生きるための戦争ではない。生きるために必要なものは、既に自国の、人族の領域だけで満たされている。より多くを、より豊かに、と求めだせばキリがないが、切羽詰まった戦う理由はない。

 

彼らの戦争の理由はただ一つ。奉じる神の為。

人族の唯一神である「エヒト」、あるいは魔人族の神「アルヴ」以外の神の存在を彼らの教義は認めない。自らの神以外の神とそれを奉じる……否、自らの神を奉じない存在は等しく邪悪であり、世界の汚点なのだ。

それらを排除し、世界を浄化し、世界を神と神の祝福を受けた者達が治める、そのための戦争。

 

メルドとて、それは例外ではない。その思想は程度の差はあれ人族魔人族共に共通している。

だからこそ、メルドには答えることができなかった。そんなことは、考えたこともなかったから。わかることといえば一つだけ、騎士の言葉が「異端」であること。魔人族側のことには無知なメルドだが、もし騎士が口にしたことと同じことを王国…いや、人族の領域で口にすれば即座に粛清の対象になるだろう。

 

敬虔なエヒトの信徒であれば、騎士の言葉を一顧だにせず否定しただろう。

しかし、メルドにはそれもまたできなかった。

 

「すまん。俺には、お前に答える言葉が見つからない」

「……」

「ずっと、魔人族は滅ぼすべき敵としか考えてこなかった。民のため、国のため、神のため、それが当たり前だった。それ以外の“何か”など……」

「……貴方に、感謝を。貴方は私の問いに真摯に答えてくれました、頭から否定するのではなく……それだけで、十分です。愚かなことを聞きました、心からの謝罪を」

 

そう告げて、騎士は今度こそ去っていこうとする。

だがメルドには、それを黙って見過ごすことはできなかった。

 

「待て! 待ってくれ! お前は、お前には答えがあるのか!」

「……あれば、問うたりはしていないでしょう?」

「そう、だな。その通りだ」

「とはいえ、このようなことを聞いたのは貴方が初めてです。同胞たちに問えば、私はきっと粛清されるでしょうから。ですが、私はこれから……同じ問いを抱ける同志を探そうと思います。この問いを受け止めてくれる人がいる、それを貴方が教えてくれました」

「……」

「さようなら、メルド・ロギンス。いつかどこかで、貴方の答えを聞かせてください」

 

それからだ、メルドが自らの周りの様々な事柄に疑問を持つようになったのは。

今までそれが当たり前だと思っていた様々なこと。それら一つ一つに、メルドは自問自答を繰り返してきた。かつて騎士が言ったように、それを表に出せば粛清の対象になる。だから、すべての問いは自分の中だけのもの。部下たちは信頼しているが、残念ながら己と同じ視点に立ってくれるか自信がなかったし、巻き込むこともはばかられたからだ。

そんな自問自答の日々が一年を過ぎたころ、決定的なことが起こった。それが光輝たちとの出会いである。

元は戦いとは無縁の世界から神エヒトによって招かれた子どもたち。果たして、彼らに戦わせることは正しいのか。これは自分たちの戦争なのに、関係のない子どもたちを巻き込んで、それで……。

 

(王国騎士団長が聞いて呆れる。俺には未だ、自分たちがどうすべきなのかも、あいつらに対してどうすべきなのかも、何一つわからないのだからな。

 この有様では、アイツを失望させるだけか。なぁ、お前は今も答えを探しているのか? それとも、答えは見つかったのか?)

 

胸の中で、厄介な楔を打ち込んだ相手に答えの返ることのない問いを投げかける。

 

「なぁ、フェリシア・グレイロード。お前さんは今、どこで何をしているんだ?」

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