ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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前書きあとがき共に書くことが思い浮かばない……強いて言えば、今回のキャスター超めんどくさい、でしょうか。

あとはもう、FGO第二部のストーリーが最高だったことですね。パツシィ……(泣)
ストーリーの攻略は終わったので、今はちびちびと魔術礼装のレベル上げ。他の礼装はすべて第二部開始直前にレベルマになって「ヤッター」だったのですけどねぇ。

最後に、是非GWにアポコラボがあってほしい。期間限定☆5でアキレウス、☆4にケイローン、配布にジークがオーソドックスですかねぇ。今から楽しみでなりません。


018

魔王国ガーランド王城。

親衛騎士団はその性質上、城の一角に騎士団専用の区画を有している。

そこには執務室や待機室、あるいは武器庫など多種多様な部屋が設けられているのだが、その中で一つだけ隠し部屋が存在することを知る者は少ない。

 

そして今、その隠し部屋には二人の魔人族の姿があった。

片や、寝台で仰向けになった純白の貫頭衣を纏う二十代半ばの赤髪の女性。

片や、女性の胸元に指を這わせつつ瞑目する白衣を纏った二十歳前後の白髪の女性。

 

魔人族の女性同士ではあるが、両者の印象はまさに対照的だ。

燃えるような赤髪と、新雪を思わせる白髪。

野暮ったい貫頭衣の上からでも一目瞭然な起伏に富んだ肉感的な肢体と、起伏には乏しいがガラス細工を彷彿とさせる繊細かつ華奢な肢体。

瞼を閉じていても滲み出る異性を惹き付けてやまない妖艶な美貌と、眉間に深く刻まれた皴も相まって見惚れるよりも他者を拒むかのような冷たい美貌。

何もかもが対照的な二人。そんな自分とは似ても似つかない存在を前に、白髪の女性……フェリシアはとうの昔に切り捨てたはずの羨望の念を禁じ得なかった。

 

(私も、少しくらいは貴女のように女らしくすべきだったのでしょうか? そうすれば……)

 

こんな茨の道を進むこともなかったのだろうか。

彼女のように誰かに恋をし、心を通わせ、愛を育み、想いを通じ合わせる。いつかは、そんな相手との間に子をなし、その子の成長を見守り、ゆっくりと年を取っていく。

もしかしたら、そんな尊く、素晴らしく、得難い人生もあったのかもしれない。

 

(未練、ですね。今更、そんな夢想にどれほどの意味がありましょう。私はもう選んだのではありませんか。この身体、この心、この魂、この命……私の全てを捧げると)

 

その選択に、決意に悔いはない / だれか、助けて

 

どうしようもなく苦しくて、息をしているだけで辛くて堪らない道程だ / 誰かに、私は正しいのだと肯定してほしい

 

でも、“逃げたい”と思ったことは一度もない / 間違っていないのだと、言ってほしい

 

己の選択、この行いが正しいとは微塵も思っていない / 誰でもいい。私はどうしたらいいのか、教えてください

 

それでも、その先に…………同胞たちが享受すべき、正しい未来があると信じている / 私はこんなことをしたかったわけじゃない! 望んでいたんじゃない!!

 

「……まったく、なんて顔してるんだい」

「カトレア…起きていたのですか?」

「そんな泣きそうな顔されたら、嫌でも目が覚めるさね」

「気のせいでしょう。私が涙など……」

「いや、割とよく泣いてるだろ? ほら、いつだったか私の故郷に伝わる昔話をしてやった時とか、凄い顔してたじゃないか。涙ボロボロ、鼻水ダラダラ……『どうじでですがぁ~』とか言いながら。あれは百年の恋も冷めるってなものさ」

「うぐっ……そ、それは忘れてください! というか、あれは普通泣くでしょう! むしろ、なぜ貴女は涙の一つも零さず平然とあんな話ができるんです! 貴女は鬼ですか!? 血も涙もないんですか!?」

「いやぁ、あれで泣くとか……無茶言わないでおくれよ。それこそ、普通子どもだって泣かないよ?」

「そんなことあるわけないでしょう! あんな悲しいお話を聞いて泣かない子どもとか、怖すぎます!!」

(少なくとも、未だかつて一度も泣いてる奴を見たことないんだけどねぇ……あれ、結局は世間知らずのボンボンが村娘に惚れて、盛大に自爆するっていう喜劇よりの話だし)

 

とは思うものの、それを言うとややこしくなりそうなので丁重に黙秘する。

フェリシアが尋常じゃなく感情移入してしまうタイプなのは知っているし、自分のことはいくらでも我慢できるくせに、外のことには涙腺が超絶脆いことも知っているからだ。

件の昔話でも、ボンボンの空回りしまくった頑張りに感情移入し、案の定実らなかったことに号泣していたが、普通は「何やってんだか」と呆れたり笑ったりする類の話である。アレで泣いている者を見たのは初めてだし、逆に「何泣いてんのこいつ?」と、唖然としてしまったのは秘密だ。

そして、ある程度の深さと長さでフェリシアと付き合っていれば、この手の話を数え出すと両手両足の指では到底足りない。

 

(ああ、考えてみれば、あたしらの付き合いも随分長くなったもんだ)

 

15の時に軍に志願し、少ししてから知り合って以来、彼是十年近い付き合いになる。その間、それなり以上に深い付き合いをしてきた。お互いの全てを知っているとは言わないが、多くを知っている“親友”であり、年が近いこともあってか“妹”のように思う相手。

 

だからこそ、カトレアはフェリシアのことが心配だった。

意識が高過ぎることが災いし、若くして“女”を捨てて鍛錬や学問を修めることに全力を費やし、同胞のために人生を捧げてしまっていたフェリシア。いつの間にか身に着けた鉄面皮で、自分の苦しさも辛さも全く表に出さず、部下に「死」を命じる時に揺るぎもしない。その実、本当は身を切るような思いでいたことを知っている。今も、毎日欠かさず“殺してきた”同胞たちを悼み、彼らの冥福を祈り、その犠牲を無駄にしないことを誓っていることも。

そんな彼女を放っておけず、何とか外に引っ張り出して少しでも自分の人生を謳歌させようと励む日々だった。自分より遥かに優れていながら、どうしても“手のかかる妹”のように思えてならない相手。結局、ほとんど功を奏することはなかったものの、それでも振り返れば感慨深い青春の一ページだ。

 

頭の痛い日々だったが、文句なしに“楽しい”と言える時間。

惜しむらくは、今の今までフェリシアが一度も“自分のために”生きてこなかったこと。

同胞たちのためにいつだって必死に、全力で、死に物狂いに走り続ける彼女には掛け値なしの尊敬の念を抱いている。婚約者は自分のことを「君は、いつも国と民のことを思っているんだな」と言っていたが、それは違う。「国と民のことを思う」というのは、フェリシアのそれのようなことを言うのだ。自分など、彼女の足元にも及ばない。魔人族の一員としてそのことを誇らしく思うと同時に、一人の友人として痛ましく思う。

 

フェリシアの“愛”は魔人族という“種”全体を包むほどに大きく、そして深い。到底、たった一人で受け止めきれるものではないほどに。もし彼女の愛を受け止められる相手がいるとしたら、それはよほど器の大きな相手なのだろうと思う。

だが、だからこそフェリシアは知らないのだ。彼女は“愛”しか知らず、“恋”を知らない。恋の一つも知らず、誰よりも大きな愛で同胞たちの未来を憂う“親友(妹分)”。それが、カトレアには痛ましくてならない。

 

(どうして、アンタだったんだろうね。本来、私たち(魔人族)にもない特殊な技能、他に類を見ない魔法、突出したステータス、同胞全てを受け止められる稀有な器。なんで、アンタ一人で何もかも背負い込まないといけないんだい。いっそ、押し潰されてしまえたらどれだけ……)

 

フェリシアは強い。強いからこそ、すべてを背負い、それでもなお立ち続け、進み続けている。しかしそれは、決して苦しさや辛さと無縁というわけではない。むしろ、今もフェリシアがそれらに苛まれていることを、カトレアは知っている。その完璧な鉄面皮故にほとんどの者たちは気づかない、想いもしないだろうが、カトレアはその仮面(鉄面皮)の奥にある素顔を正確に見抜いていた。

だからこそ思う。『押し潰されてしまえばいい。そして、何もかも放り出して楽になっちまいな』と。そうすればきっと、フェリシアは今度こそ“自分のために”生きることができるはずだから。その時には、もしかしたら“恋”をするかもしれない。

 

(恋をして、心を通わせ、愛を育み、想いの結晶をその手に抱く。いいじゃないか、アンタにだって……いや、アンタ以上にその権利を持つ奴が他にいるかっての)

 

カトレアが恋をした時、フェリシアは若干空回り気味なくらい応援してくれた。

ミハイルと心が通じ合った時、フェリシアは心から祝福してくれた。

二人の婚約が決まった時、フェリシアは誰よりも早く祝いの言葉と品を携えて駆けつけてくれた。

きっと、二人が結ばれる時には我が事以上に喜び、子どもが生まれれば掛け値なしの愛情を注いでくれるだろう。

 

それは、カトレアが一片の疑いもなく思い描く未来。

同様の幸福が、フェリシアにもあったっていいはずだ。むしろ、彼女は誰よりも幸せにならなければならないとすら思う。誰よりも国を、民を、未来を思う彼女だからこそ。

 

(だけどきっと、アンタは潰れないんだろうね)

「……って、何ですかカトレア。その妙に温かい目は」

「いや、何でもないさ。ところで、調整の方は問題ないのかい?」

「それはむしろ私が聞きたいのですが。できるだけの調整は施しましたが、違和感はありませんか? 末端の動きに誤差やズレは? 五感は正常に機能していますか? 思考に靄や鈍さは感じませんか? それから……」

「あ~あ~、大丈夫だからそんな一気に聞くんじゃないよ。他ならぬアンタが問題ないと判断したから処置を終えたんだろ? だったら、問題なんてあるわけないじゃないか」

「私は貴女の主観を聞いているんですが……」

「だから問題ないって。それより、結局魔物との合成はなしかい?」

「当たり前です。嫁入り前の身体で何をするつもりですか」

「それを言われるとねぇ……」

 

変成魔法“天魔転変”。魔石を媒体に肉体を変成させ、使用した魔石の魔物の特性をその身に宿すという魔法だ。

変成魔法としては少々特異な使い方だが、フェリシアとは極めて相性が良かった。魔物を強化、ないし別の魔物に作り替えるのと違い、人体を半ば魔物化させるに等しいこの魔法は変成魔法の中でも超高等魔法に分類される。特に、自身ではなく他者にこの魔法を使用するのは極めて難易度が高い。フェリシアが死刑囚などを使って実験を重ねざるを得なかったのも、その難易度の高さに一因があった。

加えて、施術を受ける側にも一定水準以上の器量が求められる。それなり以上の実力者、あるいは潜在能力の持ち主でなければ、心身が持たないのだ。そのため、フェリシアによる「天魔転変」は「親衛騎士団」や魔人族軍の事実上のトップであるフリード直属の「特務部隊」など、魔人族の中でも“精鋭”と称される者達が主な対象となる。カトレアは後者の一員であり、これからとある重要任務に出なければならない。それにあたり、私的なコネも使ってフェリシアに施術を頼んだのだ。

ただ、カトレアは同じく特務部隊に所属するミハイルと婚約している身。それ故、フェリシアはカトレアへの施術を拒否した。「天魔転変」の負荷は大きい。変成魔法の使い手が自身に使うのであれば、ある程度の無理は利くし、多少の異変は自力で調整できる。だが、使い手でもない者に施せば、その調整すら難しいと言わざるを得ない。如何にフェリシアが度重なる実験で変成魔法に習熟していたとしても、リスクはゼロではないのだ。

 

これから妻となり、ゆくゆくは子を産むであろう彼女の身体にそんなことはできない。

故に、彼女がカトレアに施したのは元の肉体をより良い状態に調整する程度の変成魔法。

劇的な変化はないが、自然な状態のまま最高のパフォーマンスを発揮できる状態に仕上げたのである。

親友のこれからを思い、彼女にできる精一杯がそれだった。

 

(本来、私情を挟むべきではないのでしょう。ですが、今回の任務は重要ではあれど、そこまでするほどのことではありません。なら、これで問題ありません。ない、はずです)

「……まぁ、身体の調子は良さそうだし、フリード将軍の魔物もいる。問題はないかね」

「確か、今回の任務はオルクス大迷宮への挑戦、でしたか」

「ああ。とはいえ、正確には攻略じゃなく事前調査が目的だけどね。さすがに、あたし程度でアンタやフリード将軍の真似事は無理があるよ。とりあえず、人族がヒョイヒョイ入って行けるような場所が大迷宮の筈がなし。十中八九、その先に“真の大迷宮”があるはずさ。どこからがそうで、どんな場所なのかを調べるのが主な任務だよ。あとついでに……」

「勇者の勧誘」

「まぁ、優先順位は低いけど、一応ね」

 

その話を聞いて、フェリシアの眉間の皴が僅かに深くなる。他の者にはわからないだろうが、カトレアにはその変化と意味が分かった。フェリシアは、なにか厄介な事態に見舞われているのだろう。

そして、その考えは正しい。勇者に興味のある彼女としては無視できない話だが、それは理由ではないのだ。

 

「…………」

「どうかしたのかい?」

「……いえ、何も」

「……そうかい」

(重要な任務です。情報の漏洩に気を遣うのもわかります。ですが、どうして…………私のところに情報が来たのが“2日前”なのです?)

 

フェリシアがこの任務の存在を知ったのは、カトレアがフェリシアに施術を依頼する前日のこと。

任務のためにカトレアがオルクス大迷宮へ向けて旅立つまで、一週間も猶予がない状態だった。

本来、それはあり得ない。いくら重要任務とはいえ、事実上の軍最高幹部の一員であるフェリシアが、そんなギリギリまで知らされないなどありえないし、あってはならない。いっそ、任務の存在そのものを知らされなかった方が自然なくらいだ。

また、フェリシアは積極的に団員を任務に協力させるため、情報収集に余念がない。大抵の任務は、知らされる前から知っている。だから、唐突に任務への協力要請をされる、などということは発生しえない。

 

なのに、今回は全くの寝耳に水だった。

そこから考えられることは一つ。フェリシアに対し、徹底した情報封鎖が敷かれていたということ。

その意味するところは……

 

(疑われている、ということでしょうね。不用意なことをしたつもりはありませんが、どこかで不信感を持たれた? だとしたら、いったいどこまで……)

 

己の思想が異端視されるものであることを知っているが故に、フェリシアは言動をはじめあらゆる場面で細心の注意を払ってきた。そうそう尻尾を掴まれることはないはずだが、何かしらの懸念はもたれているのだろう。

問題なのは、それがどの程度の段階なのか。少なくとも、即座に粛清されるほどではないようだが、警戒されているのは間違いないとみていい。

まだ一度だけ。もしかしたら何かの手違いかもしれないが、だからと言って楽観はできない。万が一にも、ここで斃れるわけにはいかないのだから。

 

(ならば、これからの立ち回りは一層の注意が必要ですね)

(話す気は…なさそうだね。こうなったら、梃子でも動かない子だ。なら、話す時まで待つしかないか)

(カトレアは巻き込めない。彼女なら、私の考えに共感してくれるかもしれない。でも、それをすればいま彼女が掴もうとしている幸せは崩れてしまう。それだけは、絶対に避けないと!)

 

フェリシアの思想は、場合によっては全魔人族を敵に回しかねないものだ。それこそ、カトレアの婚約者さえも。そんなことに彼女を巻き込むくらいなら、まだ自分が敵に回った方がマシだ。愛し合う者達を引き裂くなど、していい筈がない。カトレアの存在は、フェリシアにとってもささやかな希望であり夢なのだから。

 

「カトレア」

「なんだい、改まって」

「必ず、無事に帰ってきてください。そして、いつか貴女の子を抱かせてください。私は、それで十分ですから」

「ったく、あたしの考えなんかお見通しってわけかい」

「ええ、もちろん。貴女が私を理解しているように、私も貴女を理解しているつもりですよ。まぁ、ミハイルには及ばないかもしれませんが」

「はっ、アイツとアンタじゃ見える面が違うだろ。間違いなく、女としてあたしを最も理解しているのはアンタだよ。なぁ!」

「ふわっ!」

 

寝台から降り、背伸びしてフェリシアの頭を少し乱暴に撫でる。まだフェリシアの背がいまほど高くなかった頃、よくカトレアは彼女の頭をこうして撫でたものだ。懐かしいその感触に、フェリシアの顔から久方ぶりに険が抜ける。眉間の皴は浅くなり、吊り上がっていた目尻は下がり、くすぐったそうに目を細める。まるで、陽だまりの中でくつろぐ猫のように。

 

「ふふっ♪ どうしたんですか?」

「なぁに、たまには昔を懐かしむのもいいだろ?

 というか、そういうアンタも無理するんじゃないよ。書類の処理に他の部隊との折衝、変成魔法の施術と実験、その他諸々……その上、最近はやけに国境線を気にしてるらしいじゃないか。頻繁に騎士団の連中を動かして、この前もアンタ自ら警邏に出てたんだろ」

「……」

「例の、大火山に現れた連中かい?」

「ええ。彼らの目的は大迷宮の攻略でしょう。もし攻略に成功しているなら、いずれ……」

「氷雪洞窟にも現れるかもしれない、か。まぁ、神代魔法目当てで動くならそうなるだろうね」

 

「天魔転変」を施された騎士団の精鋭を容易く蹴散らしたであろう程の実力者。となれば、大火山を攻略した可能性は高い。すでに神代魔法を習得していたのかはわからないが、どちらにせよ攻略に成功したなら大迷宮と神代魔法の関係を知ったはずだ。

目的は不明だが、神代魔法目当てに氷雪洞窟を目指し、魔人領に踏み入ってくる可能性は否定できない。

だからこそ、フェリシアは国境線への警戒を強めている。

 

「アンタに心配は無用だろうが、気を付けなよ。アンタの部下を退けたほどの連中だ、もしかしたら……」

「神代魔法の使い手、私と同格かそれ以上の相手でしょう。無論、油断などしません。彼らが何者で、如何なる思惑があるのかはわかりませんが……同胞たちを守る、これは絶対です」

「……ったく、どこまで行ってもアンタは“ソレ”だね。ま、平常運転なようで安心したよ」

 

フェリシアの最大の危惧、それは神代魔法の使い手が国境線近くの魔人族を手にかけること。

だからこそ、それを未然に防ぐために国境付近に騎士団を派遣し警邏に当たらせているのだ。また、団長であるフェリシア自ら足を運ぶことで、戦争を間近に控えた同胞の不安を払拭する狙いもある。

そういった理由から、ここ最近のフェリシアは特に忙しく国内を走り回っているのだ。

 

「さて、私もそろそろ行きます。名残惜しいですが、今日中に処理しなければならない仕事が山積みなので」

「別に今生の別れってわけでもあるまいに、仰々しい子だね。ま、お互い無事に会えるよう願おうじゃないか」

「武運は祈りません」

「おいおい……」

「任務の成功は皆が願っているでしょう。ですから、私は貴女の無事、それだけを願います」

「……ああ、あたしもアンタの無事を願っているよ」

 

そうしてそろって退室した二人は、間もなく別々の目的地に向けて歩き出す。

これが、今生の別れになるなどとは思いもせず。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

愛子命名「トーゲン」から脱出することに成功し、無事に「トータス」へと帰還を果たした立香たち。

彼らがまず真っ先にしなければならないこと、それは……現状確認を兼ねた、ハジメたちへの連絡だった。

ただ、一つ問題がある。それは……

 

「夜中、だよね?」

「フォウ!」

「……時刻が出ました。ハイリヒ王国王都を基準に、深夜1時30分前後と推定されます」

「真夜中だなぁ……」

 

色々と高性能なカルデア支給の端末のおかげでおおよその時刻がわかったのは有難いが、こんな夜中に連絡を取ることはさすがに憚られる。とはいえ、立香たちがトーゲンに迷い込んでからどれだけ経ったかわからないし、その間に彼らを取り巻く状況にどんな変化が起こったのか、それとも起こっていないのか、それすら不明。

ありとあらゆる情報が足りない状態で旅を続けるのは、少々どころではないくらいに問題だ。

街に足を踏み入れた瞬間「神敵」認定され、人族丸ごと敵に回す……なんてこともあり得ないとは言えないのだから。

 

それに、ハジメたちがどの程度迷宮攻略を進められているかも気になるところ。もし、シュネー雪原の氷雪洞窟を攻略済みだったり、あるいはそこに大迷宮がない事がわかったりしていた場合、これ以上進むのは無駄足以外の何物でもないのだ。

なので、大変申し訳ない限りだが、ハジメたちの安眠を妨害すべく通信機を操作する。時間が時間なので、最悪連絡がつかないことも覚悟していたのだが、意外なことに5秒と経たないうちに応答があった。

 

「え~っと、もしもし……でいいんですよね?」

「その声…シア?」

「やっぱり立香さん! いったい今まで何してたんですぅ! 何日も連絡がつかなくて心配してたんですよ!!」

 

おっかなびっくりといった様子で、まだあまり通信機の扱いに慣れていないシアが出た。

早速お叱りを頂戴してしまったが、このような短いやり取りだけでもわかることがある。

 

(何日も…か。ということは、俺たちがあっちに行ってからやっぱりそう時間は経ってないってことかな)

(はい、畑山先生の仰っていた通りのようですね)

「あの~、何か返事してくださいよ! 傍から見たら私、一人で箱っぽいものに大声張り上げる変な人じゃないですか!?」

「あ、ごめん。とりあえず何があったか説明するから、ハジメたちも呼んでもらえる?」

「え゛、それはぁ…そのぉ……」

「どうかなさいましたか、シアさん」

「御三方は、その、いま取り込み中で……」

「あ~、もしかしてそういう?」

「フォウフォ~ウ……?」

 

極めて言い難そうにしているシアの様子から、おおよその事情を察する。

同時に納得もした。こんな夜更けにもかかわらず、どうしてシアがこうも早く通信に応じられたのか。要は、一人で過ごす夜が寂しかったのだろう。もしかすると、兎人族故に優れた聴覚が三人のあれやこれやを拾ってしまっていたのかもしれない。それはまぁ、寝るに寝られないだろう。

というか、少し前まではローテーションを組んでいたはずが、いつの間にか当たり前のように三人で夜を過ごすようになっているのか。立香としては……正直戦慄を禁じ得ない。男として尊敬すべきか、人として軽蔑すべきか、そこが問題だ。

 

「なんというか……あれだ、頑張れ。とあるライダーが言ってたんだけど、あきらめずに進み続けていれば夢はいつか必ず叶うからさ」

「具体性の欠片もない励ましって結構残酷って知ってますぅ!?」

「………………………………………ごめん。ほんと、ごめん」

「マジトーンで謝るのやめてください! なんか、ほんとに泣きたくなってきましたから!?」

「フォーウ、フォウフォウ!」

「なんか励まされてる気はしますけど、何言ってるかさっぱりですぅ!?」

 

内容はわからないが、フォウにまで励まされたことがよほどショックだったのか。いよいよ本気で泣きが入ってきたシアを宥めるのに一時間を費やし、ようやく本題である情報交換に入ることに。とはいえ、立香たちから言えることは「音信不通の間どこにいたか」と、「そこで誰に何を話したか」程度。重要情報と言えるのは、愛子と出会い解放者関連の話とハジメの生存を告げたことくらいだ。

だが、逆にシアから聞いたハジメたちが得た情報は無視しえないものだった。

 

「解放者『ミレディ・ライセン』か……まさか、まだ生きてたなんて」

「ゴーレムに魂を定着させているのを“生きている”と言っていいかはわかりませんけど。魔術的にはその辺どうなんですぅ?」

「魂の定着ともなると魔法の領域に踏み込んでいますね。空間魔法と言い、神代魔法の名に相応しいかと」

「私たちが今回得た重力魔法はどうです?」

「魔術でなら重力への干渉も可能ではありますが、聞く限りかなり自由度が高いようですね。魔術でも不可能ではありませんが、同等のことをしようとすると相当な技量が必要でしょう」

「魔法方面でチートなユエだからこそっていうのもあるけど、名前負けはしてないわけか。というか、どうして生成魔法だけあんな地味なのかな?」

「ま、まぁ技術体系の違いということかと……それより、ミレディ・ライセンから直接話を聞けたのですよね」

「あ、それは気になる。気が遠くなるような時間を、ゴーレムに魂を移し替えてまで待ち続けてたんでしょ? すごい忍耐力だよね」

「はい、その一点だけでも尊敬します。さぞ、志の高い優れた人格をお持ちなのでしょう」

 

二人の間でミレディ・ライセンの株が鰻登りだ。直接本人やライセン大迷宮に関わっていないからこそ美化してしまっているのだろうが、実物を知るシアの胸中は極めて複雑だ。

 

(言えない、“超ウザかったですぅ”なんて言えるわけないじゃないですかぁ!?)

 

確かにその忍耐力は尊敬に値するだろうし、シアとしてもいろいろ思うところがないわけではない。ただ、どうしても大迷宮のギミックや随所に仕込まれた煽り文句、そして最後の仕打ちなどの印象が強すぎる。

なので、うっかりすると積もりに積もったあれこやこれやが湯水のようにあふれてしまいそうだ。

しかし、それをすると二人の夢を壊してしまいそうで気が引ける。立香もマシュも善良な人格だし、シアも基本的には善性の持ち主。儚い幻想とは知りつつも、それを無暗に壊すのは躊躇われる。いや、無暗でもなんでもなく、ただの無慈悲な現実ではあるのだが……。

ならば、やることは一つ。さっさと話しを進めてしまうに限る。

 

「そ、そんなことより残る大迷宮の場所がわかったんですぅ!」

「確かに、大迷宮を作った解放者自身なら場所を知っていて当然ですね」

「じゃ、シュネー雪原のも間違いない?」

「はい。具体的な位置までは教えてもらえませんでしたが、シュネー雪原に大迷宮があるのは間違いありません。他にもハイリヒ王国の神山、大砂漠の更に西の海の底にも大迷宮があるそうです」

「えっと…最初に攻略したオルクスの他に、ハジメたちが向かった樹海と大峡谷、俺たちが攻略した大火山、あとはこれから向かう氷雪洞窟で五つ」

「そこに神山と海底の大迷宮…これで七大迷宮すべての目星がついたことになりますね」

「ハジメさんはとりあえず次に神山の大迷宮に向かうつもりのようですぅ。物凄く面倒臭そうにしてましたけど」

「まぁ、この世界の半分を事実上支配している宗教組織の総本山だもんなぁ」

「はい。正面切って乗り込めば全人族を敵に回すのと同義でしょう」

 

世界的宗教組織の総本山ともなれば、相応に警備も厳重だろう。自身の道を阻むものには容赦しないハジメだが、不必要に暴力に訴えるほどではない。邪魔をしないのならスルーが基本だ。力尽くで押し切る場合に伴う面倒事と、潜入にかかる手間暇を天秤にかけ、後者に傾けば当然そちらを選択する。

幸い、潜入する方法に当てがないわけではない。とりあえず、ハジメが保有する技能の中に「気配遮断」というものがあるので、それをうまく使って忍び込むのが無難なところか。

逆に、力尽くで事を為す場合、ハジメたちなら強行突破までは可能だろう。ただ、問題なのはそのあとだ。

 

「人族丸ごと敵に回……したとしても、ハジメたちならまぁ何とかなるだろうけど。問題なのは……」

「はい、十中八九雫さんや天之河さんたちが動員されるでしょう。それはさすがにハジメさんとしても……」

「いえ、来るなら蹴散らすって言ってましたけど?」

「……まぁ、ハジメならそう言うよね」

「……ですね」

「……フォ~ゥ」

 

そして、間違いなく有言実行する。ユエや香織、それに最近ではシアのおかげもあってか、当初に比べればだいぶ丸くなってきたが、それでも「敵=殺す」がハジメの大原則だ。また、一部例外を除けば基本的にハジメは良い意味でも悪い意味でも他者に興味がない。それは、クラスメイト達も例外ではない。まぁ、むしろ興味関心があった場合、一部はそれこそ復讐されても仕方がない事をしているので、僥倖というべきなのだろうが。

とはいえ、クラスメイト達にどんな理由・考えがあったとしても、敵として向かってくるなら一切容赦する気はないのだろう。

 

「ですが、香織さんもいますし、さすがに問答無用ということは……」

「あぁ、八重樫さんという人にはお世話になったし、何かあると香織さんが悲しむので容赦してもいいとは言ってましたよ」

「…………他の皆さんについては?」

「……ま、まぁ一応忍び込むつもりなのでいいじゃないですか」

 

その誤魔化しがすべてを物語っていた。

 

「とりあえず、潜入が上手くいくことを祈るよ」

「はい、香織さんの精神衛生と、雫さんたちのためにも」

 

実際には、極めて怪しい「エヒト」に目を付けられる愚は極力避ける方針なので、強行突破は本当に最終手段だ。

また、解放者の一人と直接会い言葉を交わしたことで、エヒトへの警戒度は跳ね上がっている。解放者の言い分を全面的に信じたわけではないが、ある程度以上の信憑性はある、というのがハジメの感想だ。

 

「それで、立香さんたちはこれからどうします? 『メルジーネ海底遺跡』の大まかな方角と陸地からの距離はわかってますが」

「ヒントは“月”と“グリューエンの証”なんですよね?」

「はい、ミレディはそう言っていました」

「グリューエンの証は持っているので、後は“月”がどう関係するのかさえ分かれば、行くこと自体は可能だと思いますが……」

「海底でしょ? そこまで潜れる装備はないし、いまのメンバーだと海はちょっと厳しいなぁ」

「はい、ドレイク船長がいてくだされば心強いのですが……」

「それに、大分魔人族の領域に近づいてるから、ここから海に出るのはかなり無駄足だよね」

「じゃあ、先に氷雪洞窟を攻略して、それから海底遺跡に向かうということでいいですか?」

「うん。それに次でだれが召喚できるかにもよるけど、海に出るならハジメの協力が欲しい。だから、できれば海底遺跡に向かう前に合流したいんだけど、伝えてもらっていい?」

「はい、お任せですぅ!」

 

一度ハルツィナ樹海を経由しているハジメたちからすると大陸の端から端への大移動だが、それは氷雪洞窟を攻略してから来た道を半ば引き返す形で海底遺跡へ向かう立香たちも似たようなもの。お互い、大迷宮をもう一つ攻略してから合流するという意味でも、対等な条件と言えるだろう。

 

「じゃ、とりあえずその方針で」

「何か変更などがありましたら、また明日連絡をください」

「ぁ、そういえば前から一つ聞きたかったことがあるんですけど」

「「?」」

「お二人って、ぶっちゃけどこまで進んでるんですか? キスはもうお済で? それとも、もっと先まで……」

「「な、なななななななななな……!?」」

「フォウ! フォウフォウフォウフォフォ―ウ!!」(特別意訳:そうだ! もっと根掘り葉掘り聞いてやれー!!)

(ああ、これは何一つ進んでませんね♪ ハジメさんとユエさんや香織さんの関係には憧れますけど、それはそれとしてこういう初々しいのもいいですねぇ♪ 私もハジメさんとイチャラブしたいですぅ!)

 

生憎と声だけの通信なので、顔が見えないのが非常に残念だ。きっと、二人とも面白いほど真っ赤になっているに違いない。生で拝めれば、さぞかしほっこりした気持ちになれたことだろう。

まぁ、何かの奇跡でハジメとそういう関係になれたとしても、この二人のような“初々しい関係”はないのだろうが。だって、そんなことをしていたら先を行く二人に美味しいところをまとめて掻っ攫われてしまうから。

 

まさかこの2日後、キャラの濃さでは他の追随を許さない……それこそサーヴァントたちすら霞む個性の塊、変態駄竜に出会い、ハジメの“特別”を狙う同志になるとは夢にも思わないシアであった。

 

 

 

ハジメたちがライセン大迷宮で得た新情報を踏まえ、多少予定の修正をしたが些末な問題だ。むしろ、手掛かりすらなかった残る大迷宮の情報を得られただけでも大きな進展といえるだろう。ハジメたちも、シア経由で伝えた予定に賛同してくれた。ただ、次に攻略する大迷宮への距離や位置情報の具体性の関係から、どうしても立香たちは時間がかかりそうなので、適当に冒険者っぽい事でもしながらのんびり行くつもりらしい。

 

実に優雅なことだ。大変羨ましい。

翻って、立香たちの方はといえば……

 

「ねぇ、マシュ」

「はい、なんでしょうか先輩」

「最後に俺たち以外の人を見たのって、いつだっけ?」

「かれこれ、三日前になるかと……」

「フォウフォウ」

「事実上の国境線だから仕方がない、それはわかってるんだけどさぁ……」

 

気が滅入る…というのとも違うが、さすがに頭が痛くなってくる。

いったい、人族と魔人族の間にはどれだけの確執があるのだろうか。

 

最後に仲間以外の人と会ったのは、三日前に立ち寄った都市……というか、どう見ても城塞としか思えない場所だった。明らかに魔人族との戦争に備えた前線基地である。一応戦時ではないので人の出入りは認められていたが、審査の厳しさがこれまでの町や村の比ではなかった。ステータスプレートの提示に始まり、旅の目的の聴取、荷物の検分、その他諸々。地球における入国審査と同等以上だ。

ハインケルを隠し、サーヴァントたちには霊体化してもらい、さらに技能も隠しておく。このどれか一つでも怠っていたら一悶着あったのは確実だ。二人とも少々どころではない不審な技能を保有しているので、見咎められたことは間違いないだろう。まぁそれでも、男女二人が馬車にも乗らずに魔人領との境界付近を旅しているということで、大分怪しまれてしまったが。おかげで、事実上の取り調べに半日以上費やしてしまった。

 

「ん~、でも仕方ないんじゃないかな? ほら、まだ戦端が開かれたわけじゃないとはいえ、いつ始まってもおかしくないんでしょ?」

「その通りです。むしろ、出入りの許可が下りたことを幸運と考えるべきでしょう。最悪、即拘束されていたとしても不思議ではないのですから」

 

運転席と助手席に座る二人は為政者ということもあってか、そのあたりさっぱりしている。

 

「だよねぇ。まぁ、ガレットでも食べて気を取り直しなよ。あ、アルトリアも食べる?」

「……いただきましょう、勝利の女王」

「う~ん、君にそう呼ばれるとこそばゆいやら照れるやら……そうだ、ミートパイも作ったんだ。食べて食べて!」

「え、ええ」

「それと、クロケットにスコーン、あとは……あ、フォウも食べる?」

「フォウ!」

 

いったいいつの間にしまい込んだのか、立香の宝物庫から次々に料理が出てくる。

どれもこれもかぐわしい香りを放ち、食欲のスイッチを連打してくる一品ばかり。フォウもご相伴に預かりご満悦だ。

実際、後部座席に座る立香のお腹からは「ぐぅ~っ」という盛大な虫の唸り声が。

ただ、それを差し出されているブーディカ以上に豊満な肢体の騎士は割と困り顔だ。

 

「あの、女王」

「あ、あたしのことはブーディカさん…いえ、いっそお姉ちゃんって呼んでくれていいよ?」

「ブーディカ、いま私は運転中なので」

「……そっか、ごめんね。つい君がいるとはしゃいじゃって…ダメだね、あたし」

「いえ、私もあなたが気にかけてくださることはうれしく思います。ただ、私は聖剣の私ほど食事にこだわりはないので……」

「でも、食べるなら美味しいほうがいいよね?」

「それは、まぁ……」

「私の料理、口に合わなかった? ああ、そういえば聖剣の方の君はエミヤの料理が好きだったもんね。ごめんね、私じゃ彼にはちょっと及ばない……」

 

すっかり消沈してしょげるブーディカ。立香やマシュからの非難がましい視線が背中にチクチク突き刺さり、アルトリアは実に居心地が悪そうにしている。

 

「いえ、決してそんなことはありません。貴女の料理も大変美味です、自信を持ってほしい」

「そう? だとしたら嬉しいな。あたしにとって、あんたたちは妹みたいなものだから。つい構っちゃうんだ」

「むぅ、そ、そうですか……」

(さすがのアルトリアもブーディカにはたじたじみたいだね)

(はい、圧倒的お姉さん力(OS力)、流石です! 私も、見習わないと!)

(大丈夫、マシュにもブーディカに引けを取らない後輩力(KH力)があるから!)

(先輩……いえ、それではダメなんです! 後輩のままでは先輩に、えっと、その……甘えてもらえませんから!)

(もしかして、ハジメたちから何か聞いた?)

(イエ ナニモ 聞イテ マセン)

 

視線を逸らし、凄い片言になっている。大方、ユエか香織がハジメを甘えさせた時の惚気話でもしたのだろう。その手の話があった翌日のマシュは、だいたいこのように挙動不審になる。羨ましいとか、私も……とか、そういうことを思っているのだろう。

正直言えば、お姉さん風を吹かせて甘えさせてくれるマシュというのも大いに心惹かれるのだが……今はまだマシュが頼ってくれる“先輩”でいたい立香であった。

 

まぁ、それはそれとして……いい加減、後ろでやけに高いテンションのまま羽ペンを走らせるうっさん臭いナイスミドルを何とかすべきかもしれない。

 

「ハハハ! お気になさらずマスター、どうせすべては過ぎ去ったこと。所謂“今後のことなんかは、ぐっすりと眠り忘れてしまうことだ”……というやつですな。

 そんなことより我輩、これからマスターを待ち受ける試練の数々が待ち遠しくてなりませんぞ。碌に地図すらない未開の地でいったい何が待ち受けているのか……心が躍りますなぁ!」

「率直に言うと?」

「“不運ばんざい! 運の女神に見放され、この世の最低の境遇に落ちたなら、あともう残るのは希望だけ、不安の種も何もない!”……というところまで行ってほしいですな。筆が進みますので」

「フォ~……」

「マシュ、判決は?」

「ギルティです、シェイクスピアさん」

「おぉっとぉ!? これは誘導尋問ではありませんか、マスター!?」

「大丈夫、シェイクスピアがそういう性格だってみんな知ってるから」

「はい、どなたもシェイクスピアさんを疑ってはいません。ただの事実確認です」

「正しい理解からくる揺るぎなき信頼、故に辛辣!! 女王陛下方、我輩を弁護してはいただけませんかな?」

「「ギルティだ/だね」」

「フォウ!!」

「ハハハハ! まさに孤立無援、四面楚歌ですな!」

 

当事者意識に乏しいというのもあるのだろうが、それでもこの状況でペンを動かす速度に微塵のよどみもないのは純粋にすごいと思う。見習おうとは全く思わないが。

 

「で、さっきから気になってたんだけど何書いてるの?」

「マスターならば当然ご存じでしょうが、我輩をはじめ作家系サーヴァントの文章にはそれ自体力が宿ります」

「エンチャントのこと?」

「まぁ、その一端ですな。我輩の文章が力を与えるのは何も物に限りません。例えば人物に対しても、その文章の完成度に見合った効果が付与されます」

「まぁ、それは知ってるけど……もしかして、俺にエンチャントをかけて戦わせようとかそういうつもり?」

「いえいえ、まさか! マスターならばそれはもう素晴らしい大長編を書きあげることができるでしょうが、今回の目的は別です」

「別の目的? うわっ、嫌な予感しかしない」

「例えば、我輩がマスターについてこのように書いたらどうなりますかな? そう、“国境を目前に、次々に襲い掛かる野盗! 地の底から湧き出すかの如き魔物の数々! 果たして、カルデア一行は無事に魔人領に足を踏み入れることができるのか!”とかそんな感じに」

 

シェイクスピアの言わんとすることが理解できた。

どの程度の強制力が発生するのかはわからないが、彼が書いた以上何らかの形でそれが現実になる可能性は否定できない。しかも、すっごくノリノリで書いていたのが一層不吉だ。

 

「書いたの?」

「書きましたが、なにか?」

「今書いてるのは?」

「第二節ですな。“なんとか魔人領に入ることはできたものの、一向に見つからない人里。アテもない旅は続く中、襲い掛かる天変地異! ようやく出会えた魔人族は軒並み敵対的! おぉ神よ、何故マスターにこのような艱難辛苦をお与えになるのですか!?”的なものを構想しております。是非ご期待ください」

「段蔵、ちょっとこのおっさんふんじばっといて!」

「受諾致しました、マスター。シェイクスピア殿、お覚悟!」

「ぬぉぉぉぉっ!? ご無体な~!?」

 

何の前触れもなくシェイクスピアの背後に現れ、流石の手際で瞬く間のうちに名作家を縛り上げる絡繰忍者。

いったいどこに隠れていたのかは大変気になるところだが、今はそれどころではない。

 

「マシュ、これどうしようか? 燃やせば効果なくなるかな?」

「可能性はあります。ですが、シェイクスピアさんの新作と考えると……」

「うん、文化的にちょっとね……」

 

これを燃やした場合、それもある種の焚書と同じ扱いになるのだろうか。

ましてやそれが、世界屈指の知名度を誇る劇作家の最新作となればその文学的価値は計り知れない。

 

人間としては底辺、だが彼の紡ぐ文章はまぎれもなく人類の至宝。

如何にマスター、如何に被害者とはいえ、それを焼き捨てる権利が果たしてあるのだろうか。

時に世界を救い、時にいくつもの世界を切り捨ててきた立香だが、ちょっとどころではないくらいに躊躇われる。

 

「…………………………………………まぁ、盗賊や魔物に襲われるのはいつものことだし!」

「で、ですよね! 町や村から追い出されたこともあります! いつものこと…そう、いつものことです!」

「明らかに無理してるよねぇ。というか、言ってて悲しくならないのかな、あれって?」

「まぁ、差し当たっては……アレを蹴散らすのが先でしょう」

 

ハインケルのハンドルを握るアルトリアの視線の先には、待ってましたとばかりに野盗が展開している。さらに、結託している可能性を疑いたくなる規模の魔物の群れが両サイドから。

 

「アルトリア、多少強引でいいから何とか抜けて!」

「ですが、それは流石に……」

「今ここに誰がいるか思い出して! あの人が出たらどうなるか……」

「そ、そうですね。確かに、彼女に蹴散らされるよりは、まだ撥ねられた方が……」

「ふふ、うふふふふ…思い上がりましたねぇ。マスターを襲おうとは……誅罰執行、ですね」

「先輩! 頼光さんが屋根の上に!?」

「逃げて! 野盗の皆さん超逃げて!!」

「魔物の方々も、命が惜しければ追いかけてこないでくださ~い!」

「牛王招雷・天網恢々───ふふ……あははははっ! 矮小十把、塵芥になるがいい!」

 

その日、人族と魔人族の国境線付近で快晴にもかかわらず一部で轟雷が降り注いだ。

10キロ以上離れた街や村からでもわかるほどの不自然な轟音。人族・魔人族を問わず様々噂が飛び交い、その情報は瞬く間のうちに広がり、やがてそれぞれの王都にも届くこととなる。

それが一体何を巻き起こすのか、この時点では誰にもわからない。

 

ただ、一つだけはっきりしていることがある。それは、身の程知らずにも立香たちを襲った野盗と魔物の尽くが、その報いを受けるだろうということだ。具体的には、黒焦げになって。




今章のサーヴァントで今出ているのは以下の通り。

ランサー:アルトリア
キャスター:シェイクスピア
ライダー:ブーディカ
アサシン:加藤段蔵
バーサーカー:源頼光

こうして見ると英国率が高い……残るは2騎。ヒント出してないので予想は無理でしょうが、楽しみにしていただければ幸いです。

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