ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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いよいよ……というほど引っ張ってはいませんが、第三章も山場に入ろうとしています。できれば、GW中に山場を越える…とまではいかなくても、山のてっぺんくらいにはいきたいなぁ、とは思っています。


020

立香たちが魔人領で氷雪洞窟の手掛かりを求めて右往左往していた頃、こっちはこっちで騒動の渦中に飛び込む羽目になったハジメたち。

 

当初は、便宜上登録している「冒険者」っぽく適当に依頼など受けながら、ホルアド経由で神山を目指す予定だった。

だというのに、いったいどこで何を間違ったのか……。

 

『ウル』という湖畔の町で愛子と再会し、変わり果てたハジメに対しても「先生」として心を砕いてくれたのは良い。ハジメとしても色々と考えさせられたし、変わらず慮ってくれたことには感謝している。

問題なのはそれ以外だ。依頼を遂行しようとしたら黒竜と戦うことになったところまでは許容範囲。ハジメたちをして中々に手古摺らされ、確実にトドメを刺そうと尻にパイルバンカーしてからが最悪だった。黒竜は実は滅んだとされる竜人族で、件の一撃でおかしな扉を開い(性癖に目覚め)てしまったのである。その結果、黒竜…ティオ・クラルスは元凶であるハジメを「ご主人様」と呼び、「ご褒美」と称して暴行や罵倒を求め、軽蔑と嫌悪の視線を向ければ発情するド変態と化したわけだ。

ついでに、なし崩しというかなんというか……結果的にウルの町に迫っていた万を超える魔物の群れを殲滅することになり、自分たちの戦力を衆目に晒すことになってしまった。

 

人生がままならないなんてことは奈落の底に落ちた時に嫌という程痛感したが、ハジメをしてこの状況には重く深いため息をつかずにはいられない。特に、当然のようにハジメたちに同行しているティオ(駄竜)には。

 

だが、この駄竜……意外なことに、(多大な労力と引き換えに)その変態性にさえ目を瞑れば知識も思慮も深く、強力無比な戦闘能力を有し、外見は極上の美女。かといってそれらに驕ることなく他者とわかり合う努力を怠らない、実にできた人物なのだ。

まだティオと出会って間もない間柄だが、彼女の突出した能力とそれ以上に優れた人間性に疑問の余地はない。まぁ、そんな得難い長所の数々も、唯一の欠点である「変態性」ですべて台無しになってしまっているが。

 

しかし、たとえ台無しになっていたとしてもそれらがなくなったわけではない。

例えば今も、一人黙々とハジメ直伝のガンカタに磨きをかける香織の異変に、彼女は気づいていた。

 

「……………」

「夜も遅いというのに、精が出るのぉ香織」

「変…じゃなかった、ティオ?」

「!? ハァハァ…いま、名前ではなく『変態』と言いそうになったじゃろ! んっ、んっ! ま、まったく、ご主人様と言い、何と弁えた仲間たちなのじゃ……」

「私、いますっごくユエに同情してる。憧れの人がこれ(変態)じゃ……」

 

『ケンカするほど仲が良い』を地で行く間柄の二人。普段は罵り合ったり取っ組み合いをしたりしてばかりだが、深い場所ではお互いへの強い信頼と親愛がある。だからこそ、香織は今夜ハジメの隣で眠る権利をユエに譲ったのだ。表面的にはいつも通りだが、その実憧憬の対象からのあまりにもあんまりな裏切りに打ちひしがれていることに気付いていたから。

まぁそれとは別に、香織は香織で今夜は訓練に没頭したい気持ちだったというのもある。

 

「しかし、熱心な割に今一つ集中できておらん様じゃが?」

「それは……」

「まぁ、無理に話せとは言わんよ。ただ、あまり根を詰めるのもよくない。ちょいと、一休みなどどうじゃ?」

 

そういってティオが差し出してきたのは良く冷えたタオルと熱すぎず温過ぎないお茶。

香織はそのソツの無さに若干うすら寒そうな顔をしつつ、有難く受け取る。

実際、火照った体に冷たいタオルは心地よく、お茶の芳香と喉を通る温かさにホッとする。

 

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「………………………」

「……何も聞かないんだ」

「言ったじゃろ、無理には聞かんと。妾もちょうど、星を見たい気分じゃったしの。しばらくこうしておるから、気が向いたら話せばよい」

 

そのまま、無言で星空を見上げつつお茶に口をつける二人。カップが空になると新しいお茶を水筒から注ぎ、香織もお返しする。そんな時間がどれほど過ぎただろう。微かな迷いを抱えたまま、香織は躊躇いがちに口を開いた。

 

「ねぇ、ティオ。別に、私の話じゃなくてもいい?」

「む、構わぬが?」

「じゃぁさ、答えたくないなら答えなくていいし、もしかしたら怒るかもしれないんだけど……」

「なんじゃ、妾のことか? であれば、気にせず聞くがよい。相互理解のためには、どちらかの話だけでは意味がない。妾も、話せる限りのことは話すつもりじゃよ」

「……すごくふわっとしたことなんだけど、なんでティオは星が見たくなったの?」

 

確かに香織の言う通り、その問いには具体性の欠片もない。だが、ティオはそれを理由にはぐらかすようなことはせず、香織の問いに真摯な表情と声音で答えてくれた。

 

「そうさのぉ……我ら竜人族は500年前に滅んだ。あくまでも歴史の上でじゃが、そのことは知っておるじゃろ?」

「うん。竜人族のことは、何度かユエから聞いたことがあるから」

「かつてあった我らの国にはあらゆる種族が暮らし、共に手を携え合っておった。確かに我らの固有魔法は人々に大きな恐れを抱かせるじゃろう。だからこそ、我らは自らを厳しく律して生きておったつもりじゃ。“恐れ”を“畏れ”に、そして“畏怖”へと昇華するために」

「“真の王族”なんて呼ばれてたんだよね」

「うむ。そして、それこそが我らの誇りじゃった。強力な固有魔法も、強靭な竜鱗も、鋭利な爪牙も、何もかもそれに比べれば塵芥に同じよ。じゃが、僅か数年のうちに我らは神の敵“神敵”とされていた」

「…………」

「その時にはもう、世界の流れは覆しようのない状態じゃった。故に、我らは滅んだように見せかけ、隠れ里を作り神の目から身を隠したのじゃ。いつの日か汚名を雪ぎ、同胞たちの無念を晴らす日が来ると信じて」

「それがいま?」

「わからぬ。じゃが、確実に世界は大きく動こうとしておる。人間族と魔人族の力の均衡は崩れ、ご主人様とお主たちという“特異点”が現れたのじゃ。そう期待しても、罰は当たるまいて」

 

星を見上げながら、ティオは何かを噛み締めるように口を閉ざす。

言わんとすることはわかるが、香織には到底理解が及ばない。きっと、500年前の出来事でティオも身近な人たちを大勢失ったはずだ。その悲しみを乗り越え、怒りと憎しみに耐えた500年。僅か100年足らずの寿命しか持たず、平和な国で育ってきた香織には想像もできない世界の話である。

 

「……やっぱり、解放者の人たちが言う通り、この世界の“神”はそういうものなんだね」

「解放者たちに“義”があるかどうかはわからぬ。生憎、我らにも彼らのことは伝わっておらぬからのう。じゃが、少なくとも神については(まこと)じゃ。人々を操り、世界を歪ませる存在……いつか討たねばならぬ、世界の、我らの敵じゃ」

 

ティオが言う「我ら」とはハジメたちのことではない。この世界で生まれ、育ち、死んでいく隣人たち。そのことを、香織は正しく理解していた。

 

「…………………ティオ、私は」

「皆まで言わずとも良い。お主らは巻き込まれただけに過ぎず、元よりこの世界の事情など関係ないのじゃ。お主もご主人様も、ただ元の世界に帰ることだけ考えていればよい。この世界の問題は、この世界で生きる者たちの手で解決すべきなのじゃからな」

「…………うん」

 

あるいは、ハジメであれば何のためらいもなく首肯したのだろう。

だが、心優しい香織にはそこまで割り切ることはできなかった。彼女の中での最優先事項はハジメであり、ハジメと世界であれば天秤にかけることすらしない。しかし、この世界とそこに生きる者たちのことなど知ったことか……と口にすることもできない。この世界で出会い、心を通わせた人たちがいる。果たして、彼らを神のいいように弄ばせていいのだろうか。

 

「……………はぁ~」

「なんじゃ、溜息をついておると幸せが逃げていくぞ」

「うん……でも、なんていうか…情けないなぁって」

「……」

「ハジメ君もそうだけど、ユエと…シアもたぶん躊躇わない。だけど私は……まだどこかで、何かできることがあるんじゃないかって思っちゃってる」

「ご主人様たちの思い切りの良さは長所じゃ。しかし、お主のその優しさも得難いものじゃよ。決して、蔑ろにして良いものではない」

「……でも、私は弱い。弱いのに、あれもこれもって望もうとしてる」

 

香織とユエやシアでは力の方向性が違うだけ、というのはわかっている。別に、直接戦力に乏しいことで仲間たちに対して劣等感を抱いているわけでもない。

力で劣っていることはわかっているが、それでもこの“想い”一つあれば胸を張っていられる。

 

ただ、それとは別に…望み叶えるにはそのための力が必要なのも事実。

そして、香織が望もうとしていることには直接的な意味での“力”が必要になる。それが乏しいにもかかわらず、手に余る望みを抱こうとする自分に呆れているのだ。

 

「あの時…ハジメ君を探すために立香さんたちについていく時、決めたんだ。ハジメ君への想いを、何よりも優先するって」

 

そのために、身勝手と知りつつ幼馴染やパーティーメンバーを置き去りにしてきた。

申し訳ないとは思うが、悔いはない。

 

「なのに、まだ未練がましく色々考えちゃってる。今回のことだってそう。せめて、カードの力をもう少しでも安定して使えたらって……都合が良いにもほどがあるよ」

「しかしのぅ……使い込んで習熟しようにも、そのカードとやらは相当負荷が大きいのじゃろう?」

「うん。特に相性のいい(英霊)を見繕ってもらったけど、それでも一回使ったらしばらく完全にお荷物になっちゃうくらいには」

 

確かにそれでは、安易に使って練習するわけにもいかない。この辺りは雫も同様で、一度確認のために使ってからは以降一度も使っていない。何しろ、半日以上にわたって大幅にステータスが落ちてしまう。これでは、よほど使用後に時間的余裕があると確信できる時でもないと使えないのだ。

加えて、あれは一時的に自身の魂を上書きするに等しい。繰り返し使うことで、いったいどんな反動があることか……。

 

「女神『パールバティー』じゃったか?」

「うん。本当は他にも何人かいたんだけど、複数のカード(サーヴァント)を使い分けるのは未知数な部分が大きいからって一人に絞ったんだ」

 

ちなみに、傾向として回復系の宝具やスキル持ちが多かった。しかし、回復は一応素でもできるので、ならせめて切り札くらいは戦闘に参加できるタイプを選びたかったことから、この愛の女神さまを選んだ次第である。

 

「そして、ご主人様はあまり使わせたくない様子じゃったのに、強引に押し切ったと……」

「あの状況だと、私にできることはハジメ君から銃を借りての支援と“廻聖”で魔力のやり取りをするくらい。魔力は魔晶石で何とかなるし、回復魔法の出番はなさそうだったんだもん。身体強化しても重火器は振り回されちゃうし……狙撃よりも、手早く殲滅しちゃった方が良いかなぁって。だけど、実際にはうまくいかなかったんだけど、ね」

「いや、実際お主がカードを使ってからはだいぶ楽になった。ユエですら、あの雷霆には対抗心を燃やしておったほどじゃし」

 

香織の判断はあの時点ではそう間違ったものではない。だからこそ、ハジメも多少渋りはしても受け入れたのだ。

誰かがケガをする前に終わらせる……その発想は正しい。むしろ、あの時点で殲滅後の展開を正確に見通せという方が無理難題なのだ。

だから、香織がカード使用の反動で動けなくなったことも、状況の早期終結でつり合いは取れている。シアや愛子が重傷を負い、クラスメイトの一人が致命傷を負ったとしても、少なくとも香織が一人で責任を感じることではない。

 

「強く、なりたいなぁ」

「……」

「カードを使いこなせるくらい、あるいはカードに頼らなくてもいいくらい。みんなを助けて、それで肩を並べて戦える力が欲しいよ」

「欲張りじゃのぅ。仲間を回復しつつ、自身も前に出て戦う…治癒師の王道からかけ離れておるぞ?」

「わかってるけど……」

「香織、お主の気持ちもわからなくはないが、治癒師はどうしても後衛に属する天職じゃ。妾たちのように、前に出て戦うというのは難しいと言わざるを得ん。銃…というたか? お主の腕前は認めるが、ご主人様ほどではない。お主のそれは、あくまでも自衛のためのものじゃ。敢えて言わせてもらうが、決して前に出ようとは思ってはならんぞ。ユエは例外としても、お主の魔法は我らにとって生命線となり得る。今はまだお主の力を頼る場面は少ないが、いずれその時が来るかもしれん。その時お主は、最後まで立っていなければならないのじゃ。例え、ご主人様が倒れたとしても。我らを、ご主人様を助けられるのはお主だけなのじゃから」

「…………………………うん」

 

ティオの言っていることはわかる。香織の言っていることが、子どもの我儘に等しい無茶な希望だということも。

それでも願わずには、望まずにはいられないのだ。ただ守られているだけのお姫様では、いたくない。

 

「だから、なのかな? ハジメ君、私のこと凄く大切にしてくれてるんだけど……」

「大切にされるのが不満かの? シアが聞いたら発狂するじゃろうなぁ」

「そ、そうじゃなくて! 大切にしてくれるのは嬉しいんだけど、ユエの方が頼りにされてるっていうか、もう少し私のことも頼ってほしいというか……」

「……ご主人様はお主のことも信頼しておるよ。ただ、治癒魔法を必要とする場面がまだ少ないというだけじゃ。

 だからこそ、先生殿の時にお主が動けない状態にしてしまったことに思うところがあったんじゃろう」

「でも、それは私が無理を言ったからで……」

「それこそ、ご主人様が許可したことじゃ。それに、お主とユエでは求められているものが違う」

「求められているもの?」

「うむ。確かに、ご主人様はユエを頼りにしておる。あるいは、ユエにだからこそ見せる弱さもあるやもしれん」

「…………それは、私もそう思う。ハジメ君、私にあんまりそういうところ見せてくれないんだ」

「そう、お主の前では弱さを見せない。というより『弱いところを見せたくない』というのが正しいかのぅ」

「だからそれは……」

 

ティオの考察に、香織の表情が沈む。ユエのことは対等のライバルと思っているが、徐々に差が開き始めているのではないか、と。

だが、それは違うとティオは告げる。その顔に、微笑みを浮かべながら。

 

「もう少し(おのこ)の意地も察してやるがよい。『弱味を見せない』と『弱いところを見せたくない』は似て非なるものじゃ。ご主人様も、しっかり年頃ということじゃよ」

「え?」

「ユエは見た目はああじゃが、年上で貴顕の出じゃからのぅ。なんだかんだと甘えさせるのが上手い。言うなれば、ご主人様の弱さを受け止めるのがユエの役割じゃ。そして、その逆が……お主じゃよ」

「私?」

「お主の役割はご主人様の強さを引き出すこと。お主の前であれば、ご主人様はいくらでも強くあれる。

 ユエが弱さを受け止め、お主が強さを引き出す。三人そろえば最強間違いなしじゃな!」

「ぁ……」

「その様子じゃと、何か心当たりがあるようじゃのぅ」

 

脳裏に浮かんだのは、まだハジメが奈落に落ちる前のこと。香織がハジメに出会った日のことであり、ホルアドの宿であの日のことを伝えた夜のこと。

香織はハジメに伝えたのだ「私の中で一番強い人は南雲君なんだ」と。だからこそ、ハジメは香織の前では強くあろうとしている。愛しい少女を失望させたくないから。それが意識的にか、無意識になのかはわからないが。

 

「そっか、比べる必要なんて……ないんだ。私たちは、三人で最強なんだから」

「まぁ、もう三人どころではないがのぅ」

「ティオ」

「む?」

「ありがとう」

「ふふっ、なに礼には及ばんよ。年長者として相談に乗っただけのことじゃ」

「普段からそうしてれば、ハジメ君も頼りにしてくれると思うんだけどなぁ……」

「ご主人様に頼られる、か。それはそれで甘美じゃが……妾としては、やはりお仕置きの方が……ハァハァ」

(ブレないなぁ……)

 

ユエが竜人族を尊敬し、憧れていた理由が理解できた夜だった。

同時に、それを軽く上回るティオの残念さを改めて目の当たりにした夜でもあった。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

「どう、進めそう?」

「できないこともありませんが、折れた枝などが飛んでこないとも限りません。できれば、どこか物陰でやり過ごした方が良いでしょう」

 

解放者縁の集落で氷雪洞窟への“手掛かりの手掛かり”を得て丸二日。

ようやく止んだと思った雨は、突風を伴いさらに勢いを増して降り出した。風速や降雨量を測る方法がないので詳細は不明だが、最早“台風”の直撃と大差ないレベルだろう。

おかげで、少し進んでは引き返しの繰り返しで、ほとんど前に進めていない。

 

「この雨量と風だもんなぁ」

「人里に入れないのは仕方ないとしても、せめて洞窟か何かがあればいいのですが……」

「右を向いても左を向いても地平線。どこのサバンナってレベルで草原が広がってるから、それも望み薄かなぁ」

 

風で飛ばされてくるものが少ないのが救いだが、それでもポツポツと樹木は点在している。今も突風に煽られ、幹が今にも折れそうなほどしなっている。アレが折れて飛んで来たら、いくらハジメ謹製のハインケルといえど無事では済むまい。それなり以上には頑丈なつくりだが、衝突の衝撃に突風の煽りも受けて横転しかねない。その意味でも、どこかで嵐が通り過ぎるまでやり過ごせるとありがたいのだが……。

 

「フォ~ウゥ……」

「何日も缶詰め状態だからなぁ。フォウもすっかりダレてるし……少しでも外に出て、気晴らしできればいいんだけど」

「一応かなり遠方に山は見えますが、そこまで行ってみますか先輩?」

「う~ん……また川か何かで足止めされそうな気がする。こんな状況じゃなければ無理矢理渡河することもできるだろうけど、この雨でしょ?」

「十中八九、氾濫しているでしょう」

「仮にしていなくても、濁流で渡るのは危険じゃないかなぁ」

「ハハハハハハハハハ! いやぁ、嵐というのはなぜこうもワクワクするものなのでしょうなぁ! 我輩、年甲斐もなく胸が高鳴ってなりませんぞ! 実に筆が進みます!」

(この野郎……)

 

嵐が酷くなるにつれてテンションが上がっていくシェイクスピアにイラっとしつつ、深呼吸を繰り返して抑える。「相手にするとつけあがる」と自分に言い聞かせながら。

 

とはいえ、やはり情報が足りないというのは大問題だ。聞き込みなどで氷雪洞窟の手掛かりを得ることを諦め、件の集落で貰った紹介状の相手についても「会えたらいいなぁ」くらいの気持ちで、一路シュネー雪原を目指すことにしたのだが、天候以外の要因も相まってなかなかうまくいかない。進もうとしては川や森に阻まれて迂回し、迂回した先で河川の氾濫で水没した平野に出くわし、慎重に向こう岸に向かっていたら魔物の群れに襲われ……そんなことをいったい何度繰り返したことか。

ハジメがカルデアの技術協力を得て作り上げたハインケルの踏破力は、地球の軍用車を軽く上回る。だが、それにも限度というものがある。いくら何でも谷は飛び越えられないし、森の中を突っ切れば車体へのダメージは相当なものになる。当然、氾濫した河川を渡るなど以ての外だ。

おかげで、ただでさえあやふやだって現在地が、さらに混迷を極めてしまった。今自分たちが魔人領のどのあたりにいて、どの方角にシュネー雪原があって距離はどんなものなのか、割と怪しくなっている。

 

「ところでアルトリア、気付いてる?」

「ええ、見られていますね」

「えっ! まさか、監視されてるの?」

「この嵐の中でですか?」

「うむ、昨夜から視線のようなものは感じていたが、やはり吾の勘違いではなかったか」

「藤太さんまでとなると、勘違いではないのでしょうね」

 

クラスの関係上、ランサーやライダーであるアルトリアとブーディカより、アーチャーの藤太の方がその手の感知能力は高い。二人に加えて藤太までそういうのなら、まず間違いないだろう。

 

「おぉ、これは波乱の予感がしますぞ!! “悲報が訪れる時は、軍団で押し寄せてくる”と相場は決まっております。ここはいっそ、魔人族の軍隊と全面対決…くらいは行ってほしいところですな。風雲雷雨の中での決戦、陳腐ではありますが大いに盛り上がること請け合いです! マスター、ぜひうまく立ち回っていただきたい!」

「生き生きしちゃって…楽しそうですねぇ。その時にはシェイクスピアも戦ってもらうから、そのつもりで」

「え? 戦えとかそんなこと言われても、我輩執筆で忙しいのですが」

「ちょっとはマスター守ろうとか思わないかな!?」

「ハハハ、ご冗談を! むしろ、我輩をこそ守っていただきたい。身を呈して配下を守る主、実に美談ではありませんか! おや、頭を抱えて如何なさいましたマスター? ふむ、ちなみに今の心境をうかがっても?」

「超ウゼェ……」

「フォウ……」

 

そういうサーヴァントだということはわかっているが、それでもウザいものはウザイのである。

 

「しかし、その割には頼光さんは落ち着いていますね。いつもなら、真っ先にピリピリするはずなのですが……」

 

実際、人里で門前払いを食う度に……というか、立香に敵意や嫌悪の宿った視線が向けられるだけで不機嫌さがMAXになっていたので、暴れだしそうになる彼女を宥めるのにはたいそう苦労した。

だからこそ、俄かには信じられないのだ。アルトリアたちの話が本当なら、頼光が大人しくしているはずがない。この状況下で立香たちを監視している者達など、魔人族……それも穏やかならざる目的の持ち主しか考えにくい。

そんな連中の視線が向けられて、どうして頼光は備え付けのキッチンで穏やかに夕食の支度をしているのか。気付いていない、というのも考えにくいのだが。

などと考えていると、噂をしたら影……ではないが、キッチンからエプロン姿の頼光がひょっこり顔を出してきた。

 

「おや、どうかなさいましたか?」

「ふむ、頼光殿。どうやら我ら……というより、マスターを監視されているようなのです。まったく、不埒な輩もいたものですなぁ! いったいマスターに如何なる魔の手を伸ばすつもりなのやら。忠実なマスターのサーヴァントとして、実に許し難いとは思いませんか?」

「フォッ!?」

「なに煽ってんの、この似非英国紳士!?」

「やめてください、シェイクスピアさん!?」

「いったいどの口で『忠実』などと口にしているのでしょう、あの男は」

「厚顔無恥の生きた見本だよねぇ」

 

自分のことを天高く棚上げにしたシェイクスピアの物言いに、アルトリアとブーディカが心底呆れた視線を向けている。まぁ、その程度でわが身を顧みるような殊勝な精神など、この男は持ち合わせていないが。

しかし、大方の予想に反し、頼光の反応は実に落ち着いていた。

 

「ああ、それでしたらわたくしも存じ上げております」

「「「あれ/おや?」」」

 

慈母の微笑みを浮かべる頼光に、立香たちがそろって首を傾げる。

 

「あらあら、どうかなさいましたか?」

「あ、いや……」

「なんというか、その……」

「如何なされた頼光殿! もしや、悪いものでも食べたのでは!?」

「フォウフォウ」

 

気持ちはわかるが、率直に口にできるシェイクスピアに一瞬尊敬の念が湧きそうになる。まぁ、あまりにもデリカシーに欠けるので、即座に軽蔑の念に押しやられたが。

とはいえ、気持ちはわかる。すっごく良く分かる。だって、どう考えたってオカシイ。

 

「アレの戯言は置いておくとして、いったいどうしたのです? あなたらしくもない」

「だよねぇ。霊基の調子でも悪い? 料理代ろうか?」

「うぅむ、これはもしや本当に天変地異の前触れか?」

「あらあら、うふふ……理由は良く分かりませんが、何やらご心配をおかけしてしまったようですね。大丈夫ですよ、マスター。母は至って元気ですから。ええ、この場にあの“()”がいれば、最速で退治してしまえるくらいに」

「あ、いつもの頼光だ」

「はい、いつもの頼光さんですね」

 

それまでの慈母の表情が嘘のように、鬼女の面相を浮かべる頼光にドン引きする。特に「最速で退治」と言った瞬間の凄絶な笑み……アレは本気だった。この場に茨木か酒呑がいればまっすぐ斬りかかっていただろう。

そのことにはちょっと安心した……いや、安心していいかよくわからないが、それでもいつも通りなのは確かだ。だがそうなると、どうして監視の方はスルーしているのだろう。

 

「ねぇ、頼光」

「あぁ、マスター。常々申し上げているではありませんか。わたくしのことは、是非“母”と……何でしたら、現代風に“ママ”でもよいのですよ?」

「勘弁してください」

「……そう、ですか。なぜ金時もマスターもわたくしを母と呼んでくれないのでしょう? 母は、母は泣いてしまいます、ヨヨヨ……」

 

その場で泣き崩れ、「母と呼んで欲しい」と駄々をこね始める頼光。

普段はどれだけ理性的に見えても、そこは狂化:EXランクのバーサーカー。基本的に説得の通じる相手ではない。立香の意味不明な域に達してきたコミュニケーション力を駆使して尚、一時間以上の時間を費やし、なんとか彼女にも受け止められる形で説得は成功した。いや、根本的には何の解決にもなっていないのだが。

 

「なるほど、これが思春期というものなのですね。承知しました、これもマスターの成長に必要なことならば、母は断腸の思いで耐えて見せましょう」

「フォウ?」

(俺も金時も、別にそういう年じゃないんだけど……)

「そ、そんなことより……」

「そんなこと?」

「あ、いえ、間違えました。その話も大変重要ではあるのですが、頼光さんは監視の方はどう思われているんですか?」

「? どう、と申されましても……特に悪意や害意の類を感じませんでしたので、別段気にすることもないかと」

 

どうやら、それが頼光の反応が穏やかな理由らしい。

こと「我が子」と認識する存在に向けられるアレコレに対しては異常な敏感さを見せる人物なので、彼女がそう言うのならそうなのだろう。同時にそれは、一つの可能性を示唆していた。

 

「理由はわからないけど、悪意とかがないのなら交渉の余地があるんじゃないかな?」

「そう、ですね。なぜ魔人族が私たちに対してそういった感情を持っていないのかは気になりますが……」

「まぁ、ここで考えても答えは出ないよ。幸い、監視されてることはわかってるんだから、こっちからも調べてやればいい。というわけで、段蔵」

「ここに!」

(コソコソ……)

「そんなわけだから、嵐の中悪いけどちょっと調べてきてもらえる?」

「御意」

「あ、それと……」

(ソロ~リ、ソロ~リ……)

「そこの髭が余計なことしないようにふんじばっといて」

「どこへ行くつもりですか、シェイクスピアさん」

「我輩の行動パターンバレバレですな!?」

 

立香の意図を事前に察知し、シェイクスピアの行く手を遮るマシュ。この男のことだから絶対何かやらかそうとすると思えば、案の定。

 

「そんなに事態をこじれさせるのが楽しい?」

「最っ高に楽しいですぞ!」

「フォウ、フォウフォウ……」

「胸を張って言わないでください」

「前々から思ってたけど、“ぶっちゃけるとご子息は頭がイカれてますぞ.”ってシェイクスピアのことだよね」

「フォウ!」

「おぉっと、これは一本取られましたな。まさか、我輩の著作から引用されるとは」

「その髭剃るよ?」

「なんとぉ!? 我輩のこのダンディな髭を!? マスター、あなたは鬼ですか!?」

「鬼? マスターが? ほほぉ……」

「おっと、これは失言。頼光殿、ちょっと口が滑っただけなので、その刀を引いていただきたい……っと言っている間にまたもミノムシィ!?」

「では、行ってまいります。よろしければ、一人ずつ始末しますが」

「うん、穏便にね、穏便に」

 

なんだかんだで割と物騒な段蔵に重ねて情報収集に専念するよう伝える。

段蔵が索敵兼情報収集に出ている間、簀巻きにされて転がっているシェイクスピアの前で、頼光手作りの夕食に舌鼓を打つ。それはもう、これ見よがしに美味しそうに。まぁ、これで反省するとは全く思っていない。

それはそれとして、本来なら全員揃って食べるところなのだが、シェイクスピアはともかく段蔵はサーヴァント云々関係なく食事をしない。だからこそ、立香たちも遠慮することなく食事をしながら彼女の帰りを待つことができるのだが。

 

そうして待つことしばし。食事を終えて一服し、さらに順番にシャワーを浴び終えたころ、段蔵が帰ってきた。

 

「マスター。段蔵、ただいま戻りました」

「お帰り。さすがにこの嵐の中だと大変だったみたいだね。あ、報告は後でいいから先にシャワー浴びてきて」

「ですが……」

「いいからいいから」

「……御意」

 

マスターである立香の指示に逆らうわけにもいかず、渋々といった様子でシャワールームへと向かっていく段蔵。

もし急いで伝えなければならない情報があればそういうはずなので、だからこその対応でもあった。

その後、色々と済ませた段蔵が皆に調査結果を伝え終えたのは、日付が変わった後のことだった。

 

「魔人族の軍隊……遅かれ早かれだとは思ってたけど、いよいよかぁ」

「フォウ?」

「魔人族二十二名、魔物五十体…かなりの規模ですね。どうしますか、先輩?」

「できれば戦闘は避けたいんだけど……」

「それは難しいでしょう。既にこちらは補足されており、地の利はあちらにあります」

「その上、あっちは鳥型の魔物もいるんでしょ? ハインケルは確かに早いけど、振り切るのは難しいんじゃないかなぁ?」

「となると、後はこいつを乗り捨てて徒歩(かち)で移動するくらいだなぁ。どうする、マスター」

 

まぁ、ハインケルは宝物庫にしまえばいいので、実際に乗り捨てる必要はない。それこそ、振り切った後にまた出して乗り込めばいい。

だが、外は絵に描いたような悪天候だ。この天気の中を一時的とはいえ徒歩で移動するというのは流石に……。

 

「う~ん……そういえば、敵意云々の方は? 魔人族の軍隊なら、普通俺たちに敵意を向けそうなものだけど」

「そのことなのですが、どうやら敵の将が我らの監視をしていたようです」

「え? そういうのって、普通下っ端とかの仕事だよね?」

 

念のため、確認するように皆を見ると一様に首を縦に振っている。少なくとも、配下を統率する立場にある者がすることではない。

 

「なんでまた……」

「どうもその将は、我らを目視で監視しているようで……」

「も、目視ですか? 望遠鏡は使わずに?」

「はい。装備の中には含まれていましたが、その者と交代要員と思われる者たちは所持しておりませんでした」

「ここから3キロ以上離れてるんだよね? アーチャーのサーヴァントじゃあるまいに……」

 

この世界にも規格外の能力を持った者がいることは知っているが、魔人族にも例外はいたらしい。

まぁ、さすがに将がずっと監視している、ということはないようで、何人かで交代しながら監視しており、段蔵が見た時は偶々将がその役目についていただけのようだ。

 

「魔人族って、身体能力的には人間族と大差ないんだよね?」

「はい、そう聞いています。少なくとも、亜人族ほどの身体能力はないはずですが」

「大火山で見た人の身体と、何か関係がある……って考えた方が良いかな?」

「おそらく……」

「……身体をいじってる人、どれくらいいそうだった?」

「ほぼ全員かと」

「マジで?」

 

二十名以上いる中、そのほぼ全員が何らかの手段で身体に手を加えている。

あの時の魔人族の気迫や動きからして、サーヴァントに匹敵する…という程ではないにしろ、相当な手練れなのは立香にも想像がつく。それだけの戦力を差し向けてきているとなると、魔人族も相当立香たちのことを重く見ていることがうかがえた。

 

(あの人だけがあんな身体だったことを考えると、身体をいじっている人はそう多くないはず。なのに、そんな人を何人も動員してきている。ハジメの話だと魔人族の動きも活発になっているみたいだし、それも関係があるのかな?)

「中でも、将は別格かと」

「そっかぁ……」

「ですが先輩、悪い事ばかりでもありませんよ。少なくとも、監視についていた人達にはこちらへの明確な敵意はありません。特に将にそれがないとなれば、十分に交渉の余地があるかと」

 

確かに、マシュの言うことにも一理ある。

色々と疑問は残るが、敵意が薄いのなら交渉の席に座ることもできるかもしれない。

 

「そういえば、その将の名はなんというのです?」

「グレイロード、と呼ばれておりました」

「フォウッ!」

「先輩、それって……」

「もしかして、フェリシア・グレイロード?」

「申し訳ございません。名までは……」

「同姓の可能性は捨てきれないけど、可能性はあるか……」

「どうしますか、先輩?」

 

もし、相手が本当に「フェリシア・グレイロード」なら、より一層交渉できる可能性が高まる。

大迷宮攻略者である人物なら神についても知っている可能性があるし、あの集落の出身ならそれを受け止めることができるかもしれないからだ。まぁ、そんな人物が神の配下である軍に所属していることには違和感がある。大火山の時のように、神のことにはあまり触れていない大迷宮だったのかもしれない。

とはいえ、例の紹介状を渡すことができれば話くらいは聞いてもらえるかも。そうなれば、案内は無理にしても場所くらいは教えてもらえる可能性がある。

 

「そのためには、どうやって紹介状を受け取ってもらうか、だよね」

「そうですね……」

 

果たして、馬鹿正直に申し出て受け取ってもらえるだろうか。相手がフェリシア・グレイロードとその配下なら、敵意がない事にも納得はいく。他種族に対して無暗矢鱈に敵意や害意を抱かない価値観を持っていても、不思議ではない出自をしているからだ。とはいえ……

 

「だけど、軍の幹部なんでしょ? 立場上、話を聞いてもらうのは難しいんじゃないかなぁ?」

「うむ! 話を通すにしても、いきなり上と話すのは難しい。まずは末端からというのが筋だが、それだとなぁ……」

 

ブーディカや藤太の言う通り、いくら交渉の余地があったとしても、いきなり上同士で交渉とはいかない。

しかし、下から話を挙げてもらうというのもいろいろと難しい。

 

「…………………………………………………………いっそ、先手を打ってみようか」

「先輩?」

「場所はわかってるんだし、こっちから直接乗り込んでみるのはどうかな。どうせ遅かれ早かれ向こうも何かしらのアクションはしてくるだろうし、先手を打った方が主導権握れるかもしれないしさ」

「……確かに、現状私たちが打てる手ではそれが無難ですか」

「少なくとも、後手に回るよりかは可能性はありそうかなぁ」

「ええ。それに、ふふふ……もし聞く耳を持たないときは、聞かざるを得ないようにすればいいだけですから」

(マシュ)

(はい。戦闘は他の皆さんにお任せして、頼光さんは全力で止めます。任せてください!)

(お願い、俺もできる限りのことはするから)

 

多少不安はあるが、なんにせよ方針は決まった。決行は雨足が弱まるか、夜が明けた直後。この豪雨の中ではさすがに交渉どころではないが、かといって後手に回らないための折衷案だ。

この一石がどのような波紋を巻き起こすかは、やってみなければわからない。




次回、ついにフェリシアとの直接対面、となります。
もしかすると、次回はフェリシア側の展開になるかもしれません。まぁ、書いてみないとわかりませんが。

P.S
ジーク君実装、ヒャッホ――――――――ッ!! でも、まさかキャスターとは…いや、確かに彼自身はキャスターが適正とは思いますけどね。
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