ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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これは、立香たちとフェリシアが出会うより少し前のこと。

 

「ふぁ~……いや、こんな夜中になんだよハジメ」

「フォ~……」

「なぁ立香、ちょっと聞いてくれ。というか聞け」

「ん~?」

 

まだ寝ぼけているのか、生返事を返す立香。一緒に目を覚ましたフォウも欠伸を漏らしている。

元のハジメの性格はマシュや香織の話でしか知らないので、立香としてはこちらの傍若無人な方にすっかり慣れている。それに、これでもまだ可愛いほうだ。太陽王とか英雄王と違って、うっかり変な受け答えや態度を見せても殺されないだけ全然マシである。

 

「今日なんだかんだと色々あって、海人族の子どもをエリセンまで届けることになったんだけどよ」

「へぇ~……また何かやらかしたのか?」

「フォウ?」

「俺がしょっちゅう何かやらかしてるみたいに言うなよ」

「違うの?」

「フォ~、フォ~ウ?」

「いや、まぁ……今回は色々やったな。だが、今回だけだぞ!」

「え~、帝国相手にドンパチやって、兎人族を魔改造して、ブルックの町で騒動を起こして、ウルの町で大暴れしたのは?」

「あ~……ハウリアについてはやらかしたなぁと思う。だけどよ、別に俺が強制したわけじゃねぇし」

 

その後もモゴモゴと言い訳を並べるハジメだが、右から左に聞き流す立香、フォウも早々に膝の上で丸くなって話を聞く気がない。

必要なことだったとは思うし、最終的に変わることを選んだのはハウリア族だ。とはいえ、その結果「ヒャッハー!」な世紀末部族になってしまったのは、徹頭徹尾ハジメの責任だが。

他の件についても、ハジメ一人の責任ではないにしろ、何割かは責任があると思う。

 

「で、用件は何? 俺、そろそろ寝たいんだけど」

「あ~、その、なんだ……連れていくことになった海人族“ミュウ”っていうんだが、そいつがな、俺のことを、その……」

「なんだよ?」

「パパって呼ぶんだ」

「は?」

「フォ?」

「だから、パパって呼ぶんだよ! 初めのうちはお兄ちゃんだったのが、何故かパパになっちまった」

「ごめん、訳が分からない」

 

何がどうしたら、お兄ちゃんがパパにレベルアップするのやら。

 

「俺まだ十七だぞ。なんでこんなことに……」

「嫌なのか?」

「嫌というか、普通抵抗あるだろ」

「ふ~ん」

「ふ~んって、お前他人事だと思いやがって。お前もパパって呼ばれれば……」

「おかあさんって呼ばれてますが、何か?」

「は?」

「だから、おかあさん」

「だれに?」

「サーヴァント。ちなみにジャック・ザ・リッパー」

 

そんなのまでいるのかとか言いたいことは色々あるのだが、とりあえずはこれだ。

 

「…………………………………………お前、実は女」

「んなわけあるか」

「だよな。え? なんで、そうなる?」

「さあ? でも、とりあえず隙あらば解体しようとしたり、腹を掻っ捌いて潜り込もうとしたりするのは勘弁してほしいなぁ。まぁ、不満と呼べる不満はそれくらいで、懐いてくれるのは普通に可愛いからいいんだけど」

(いいのかよ。というか、解体とか掻っ捌いてとか物騒すぎるだろ。それを勘弁の一言で済ませるとか、つくづく懐広いなこいつ)

「まぁとりあえず」

「うん?」

「これからもよろしくな、パパ友として」

「ふざけんな!」

「いやぁ、着々とハジメの周りも濃くなってるようでなんか嬉しいなぁ。仲間ができたみたいで」

「マジでやめろ。ゾッとしねぇから」

「知ってるか、類は友を呼ぶんだぞ。この後も続々と濃いメンツが……」

「ホントにやめろ! お前が言うと冗談に聞こえねぇ!?」

 

『仲間♪ 仲間♪』とでも言いたげな声音の立香に、「相談する相手間違えた」と後悔するハジメであったとさ。

ちなみに、立香の予言が現実のものになるかどうかは……今さらだろう。世の中、なるようになるのである。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

立香たちの監視を(能力だけではなく思想の面でも)信頼のおける部下に任せたフェリシアは、今後のことに志向を巡らしながら自らの天幕に戻る。しかし、いざ天幕の中に入ってみれば我が物顔で居座る男が一人。

 

「おや、お戻りになられたようですな、団長。しばしお待ちを、今熱い茶を淹れますので」

「……なぜ、貴方が私の天幕にいるのです、副長」

「無論、本来なら部下に任せるべき役目(監視)を続け、すっかり身体が冷え切ったであろう敬愛すべき上官に温まっていただこうと思いましてな」

「……皮肉のつもりですか?」

「そう思われるのでしたら、心に何かやましいことがあるのでは?」

「……」

 

副長の言い分に理があることは理解しているので、フェリシアとしてはぎこちなく視線を逸らすよりほかにない。

確かに彼の言う通り、いくら監視が重要な任務とはいえ団長自らやるようなことではない。だが、そうとわかっていながらも、フェリシアは自分自身の目で確かめずにはいられなかったのだ。そんなフェリシアの本心くらいお見通しなのだろう、副長は軽く苦笑を浮かべると別の話題に切り替えてくれた。

 

「…………見たことのないアーティファクトでしたな。過去の文献を紐解いても、あのようなものは例がないでしょう」

「ええ、まさか自力で走る台車があろうとは……初めに見た時は我が目を疑いました。ですが、だからこそ確信を持って言えます。あそこに、異世界より召喚された者たちが乗っていると」

「でしょうな。あれは、我々からは出ることのない発想です。であれば、この世界の住人以外の作と考えるのが妥当でしょう」

 

腹心の肯定を受けて、フェリシアの胸の中の期待という名の熱が増す。

自分が知らないものを知る彼らなら、知らない世界を、知らない価値観を、そこへ至るための道筋を知っているのではないか。そんな期待が、否が応にも高まっていく。

 

しかし、その熱も長くは続かない。

どれほどの期待感があったとしても、状況がそれを許さないことを忘れるほど、彼女は楽観的ではなかった。

 

「……」

「やれやれ、今くらいは現実を忘れてもよろしいでしょうに」

「現実を見据えるのが上に立つ者の務めでしょう。私の決定、私の判断が部下たちの明日を決め、場合によっては同胞たちの命運を左右するのです。どうして、現実を忘れることができますか」

 

言わんとすることはわかる。確かにそれが騎士団長である彼女の役目ではあるし、即座に自らの立場に立ち返ることができる責任感の強さと自制心の高さは彼女の数ある美徳の一つだろう。

だがそれでも、一時くらい……年相応に期待に胸膨らませてもいいではないか。

 

「そうでもしないと、団長殿は慎ましやかすぎますからなぁ」

「いったいどこの、何の話をしているのかさっぱりわかりませんが……いっぺん死んできなさい」

「なぁに、女の価値はそこ“だけ”では決まりませんよ。それに、世には特殊な性癖をもった強者もおりますからなぁ。きっと、団長殿にも需要はあります」

「ふふふ、貴方が何を言っているのか私には全く理解が及びませんが……とりあえず死になさい」

 

眉間の皴をさらに深くし、青筋を浮かべ、頬を引きつらせなるフェリシア。

女としての自分はとうに捨てているが、それでも身体的特徴をあげつらわれれば怒りぐらいは湧く。

 

そんなフェリシアの反応すらも予期していたのか、一度くらいどついても…と腰を浮かせたタイミングで茶が差し出された、イラっと来るニヤニヤ笑いのおまけ付きで。色々言いたいことはあるが、上手く水を差されてしまい今更感が強い。仕方なく矛を収め、敷物の上に腰を下ろして茶に口をつける。

 

「……美味しくはありません」

「おや、我らが団長殿はいつからそのような食通に? 小官にそのような技量を求められましてもなぁ」

 

無論、これがフェリシアの負け惜しみであることは百も承知なので副長はニヤニヤ笑いを継続中。

 

「それはともかくとして、いくつか推測できることがありますね」

「……」

「彼らはほぼ確実に大迷宮を一つは攻略していること。そして、その一つが……」

「アーティファクトを作ることのできる神代魔法、ということですな」

「ええ。今の我々の魔法技術ではたとえ考え付くことができたとしても、あのようなアーティファクトを作ることはできませんから」

「だとしたら、厄介ですな。恐らく、戦闘用のアーティファクトもあるでしょう。我々には想像もつかない形状や性質、能力を宿した武具の数々……ゾッとしませんな」

 

その脅威を、副長も正しく理解していた。いや、理解できてはいないのだろう。フェリシアだってそうだ。何しろ、相手は“想像もつかない脅威”。どれだけ頭を巡らせたところで、想像の中だけでも十分な想定ができたとは思えない。

 

「如何なさるおつもりで?」

「……………できるなら、可能な限り彼らを我らの領域奥深くまで引き込み、最も疲労したタイミングで仕掛けるのが最良でしょう」

「でしたら、理想は氷雪洞窟の直前ですな。とはいえ、あの環境は我々にも牙を剥くことを考えますと、それより幾分手前が現実的でしょうが」

 

フェリシアたちが立香たちを発見し監視するようになってまだそう時間は経っていないが、それ以前の調査でほとんど補給をできていないことはわかっている。相手の“飢え”と“疲労”を狙うのは兵法の基本だ。万全を期するのなら、相手が最も弱った時に最大戦力をぶつけるのが一番。

相手が大迷宮攻略者であることがほぼ確定した今、フェリシアは最大限の警戒をもって望むべきと判断しているからだ。しかしそれは、実際には取ることのできない手段だ。

 

「ですが、それはできません」

「やはり、そうなりますか」

「私の立場は危うい。疑いの目を向けられている以上、積極的に打って出る姿勢を見せる必要があるでしょう」

「フリード閣下ならばご理解いただけるでしょうが、他のお歴々となると……」

「私のことを面白く思わない方もいますからね。万が一にも付け入るスキを与えてはいけません。やろうと思えば、罪状をでっちあげることもできるのですから」

 

フェリシアの立場と能力を考えれば、早々切り捨てられることはない。だが、彼女は決してその事実に胡坐をかいてはいない。

彼女は知っている。神への信仰と個人的遺恨、そのどちらかが絡んだとき人は理屈から外れた行動をとることを。ましてや、その二つが混ざり合ったなら……。

 

「では、いつ仕掛けましょう?」

「……………………明朝。夜が明けると同時に打って出ます」

「夜中ではなくてよろしいので?」

「この雨です。我々でも夜中にこの天気での行軍は万全とは言い難いでしょう。それに、ここが彼らにとって敵地である以上、夜には最大限の警戒をしているはず。その点、明け方の方が気が緩むと考えます」

「なるほど、承知いたしました。では、そのように」

「ええ、お願いします」

 

それは奇しくも、立香が下した決断と同じタイミングだった。

フェリシアはその間に交代で仮眠と戦闘の準備を済ませることを指示し、自らも天幕で休息を取る。

だが彼女の精神は望まぬ戦いを前に、速やかな眠りへと入って行けるような状態ではなかった。

 

(できるなら、生きたまま捉えて話を聞きたかったところですが…………已むを得ませんか。相手の戦力は未知数、疲労もピークとは言い難いでしょう。ましてや、私と同じ大迷宮攻略者。私が返り討ちになることも十二分に考えられます。ならばどうするか……決まっています)

 

――――――――彼らを殺す

 

(今ある全戦力を投じて速やかに、一切の容赦なく叩き潰すのみ)

 

手心を加えれば、余計な口実を与えることになりかねない。

敗北など以ての外だ。敗北すれば殺されるにしろ捕虜になるにしろ、フェリシアは魔人族から切り離されてしまう。どちらも免れたとしても、彼女の立場は今より悪いものになるだろう。これ幸いにと消されるか、それでなくても発言力は低下する。

 

ここでフェリシアが失われれば、もう誰も魔人族を止める者はいなくなる。

そうなれば、あとは他の種族を迫害し踏みにじる……そんな未来へ一直線だ。

 

あるいは、フェリシアが失われることで魔人族側が敗北するかもしれない。

そうなれば、今度は逆に同胞たちが迫害され、踏みにじられることになる。

 

どちらの未来も、決して許してはならないのだ。

 

命を惜しみはしない。しかし、今はまだ死ねない。死ぬわけにはいかないのだ。

 

そして、フェリシアが生き続けるためには今ここで示す必要がある。フェリシア・グレイロードは魔王であり神である「アルヴ」の忠実なる信徒であると。

 

(期待なんて、できるわけないじゃありませんか。私自身の手で、それを壊そうとしているというのに……)

 

だが、そんなフェリシアの決意は夜が明けると同時にくじかれる。

片や二十名を超える騎士と五十体の魔物の混成による大規模集団、片や十名にも届かない小規模集団。どちらの動きが早いかなど、火を見るより明らかだ。

 

「報告! 敵に動きあり!」

「なんですって!?」

 

夜が明け、装備を整えた部下たちに進軍を指示するのと前後するようにもたらされた報告。

どれだけ訓練が行き届いていたとしても、規模が大きければその分動きが鈍くなるのは必定だった。

 

「どうやら、あちらも夜明けを目安にしていたようですな。集団の規模の差が動き出しの差につながったようです。とはいえ、あちらがいかに早くとも地の利はこちらにあります。追いつくのは難しくはないでしょう」

「ええ、その通りです。彼らはどこに向かっているのですか?」

「そ、それが……」

「なにか?」

「こちらに、我らの陣地に向かって真っすぐ突き進んでいるのです!」

「……なるほど。どうやら、よほど優秀な索敵系のアーティファクトも持っているようですな」

「…………考察は結構。それは後から確かめればいい事です。

 総員、戦闘態勢! 先手は取られましたが、数も地の利もこちらに有利! 我らの勝利をアルヴ様に捧げん……出ます!!」

『ハッ!!』

 

元より、打って出るための支度は概ね済んでいる。多少出遅れはしたものの、まだいくらでも挽回できる程度だ。

なにより、出し惜しみをする機など毛頭ない。

 

「……“天魔転変”!」

 

大鷲型の魔物の背に乗ったフェリシアの身体が蒼穹を思わせる魔力を帯びる。それに伴い、異音を立てながら異形へと変化していく肉体。身長や体格に大きな変化は見られないが、それも長くは続かない。

 

間もなく鎧の背を突き破り、新たに四本の節足が出現する。

 

兜の下では額と側頭部、そして後頭部に計6つの目が開く。

 

変成魔法“天魔転変”――魔石を媒体に自らの肉体を変成させ、使用した魔石の魔物の特性をその身に宿すという変成魔法。フェリシアが選んだ魔物は―――――蜘蛛だった。決して敵を見失わない目、何があろうと敵を逃さない機動力と手数。それらを両立する上で、蜘蛛という生物が最も理に適っていたが故の選択。

本来、いくら“天魔転変”といえども基本的な形態は素体となった生物……この場合は人型のそれから逸脱することはできない。だがフェリシアは、度重なる実験と試行錯誤の末、己の肉体をさらなる異形へと変化させる手段を確立した。今の彼女にとって、手足や感覚器官を増やすことなど造作もない。

 

見れば、彼女に追随する騎士たちにも大なり小なり変化が生じている。ある者は肉体を肥大化させ、またある者は手足を伸長させる。魔物の管理を任された者を除けば、この場に人としての体裁を保っている者は一人としていなかった。

 

当然、彼ら全員が変成魔法の使い手というわけではない。むしろ、彼らに術を施したのはフェリシア唯一人。術者ではない分、彼らは基本的にあらかじめ埋め込まれ設定された魔石に対応した魔物の特性しか得られない。あとは、スイッチのオン・オフのように自らの状態を人から異形へと切り替えるくらいだろう。とはいえそれも、自力で戻ることはできず、フェリシアに戻してもらわなければならないわけだが。他者への変成魔法の行使には、それだけのリスクが生じるのだ。

しかし、リスクを背負っているのは彼らだけではない。それどころか、最もリスクを背負っているのはほかならぬフェリシア自身ともいえるだろう。何しろ……

 

「ぁ、ぎぃ……ハァハァ」

「団長、あまり無理をなさいますな! やはり四種混合が限度、これ以上は団長の身体が持ちません!」

「……………その、ようですね。モデル・キマイラ、まだ私の手には余りますか」

 

肉体の変成が終わると同時に、フェリシアは兜を外す。せっかくの八つの眼も、兜を被っていては十全に生かせないからだ。だが、彼女の肉体の変化はその程度では収まらない。重厚な鎧に纏っているため外見からは判別できなかったが、フェリシアの身体はさらに作り替えられている。

節足の先端には蟷螂型の魔物から得た鋭い鎌が、脚は馬型の魔物のそれに作り替えられ、表皮もまた竜型の魔物の強靭な鱗で覆われている。攻防、そして機動力、すべてをさらに底上げするためのフェリシアの奥の手。

 

変成魔法“天魔転変”―――――――――モデル・キマイラ。

複数の魔物の魔石を取り込むことで、身体の各部にその魔石に対応した魔物の特性を反映させる応用技。通常一種の魔物が限度のそれを、フェリシアは昇華魔法と組み合わせることで現状最大四種の魔物の特性を取り込むことを可能にしたのだ。

とはいえ、その代償は大きい。本来は全く異なる生物の特性を複数取り込むことで身体は悲鳴を上げ、尋常ではない拒絶反応に苛まれる。その苦痛は術を行使している最中だけでなく、術を解いた後も継続するほど。フェリシアの髪から色が抜け落ちたのも、その影響によるものだ。

 

「くれぐれも、“悪鬼変生(あっきへんじょう)”は、お使いに、なりませぬ、よう。アレは、まだ、完成には、程遠い、のですから。最悪、お命に、かかわります。ここで、団長が、身罷れれば……」

「わかっています」

「なら、よろしいの、ですが……」

 

顔の形が変わったことで若干喋りにくそうにしている副長に応えつつ、フェリシアは胸の内で謝罪する。彼がフェリシアの身を案じてくれていること、これからの未来にフェリシアが必要であること、それら全てを含めたうえでの諫言であることは理解している。

だがそれでも、フェリシアは必要とあらば決断するだろう。例えそれが、命を削ることになろうとも。

 

(これで勝てるならば良し。ですが、もし勝てない時には、せめて彼らだけでも……)

「団長、小官にも、見えて、きました」

「あれは……馬? あんなもの、いったいどこに……」

 

戦闘用の“モデル”に切り替えたこともあり、フェリシア自身の肉眼ではしばらく補足できなかった敵の姿をようやくとらえることができた。だが、しばしの間見ないうちに、少し事情が変わっている。

高速で大地を走る台車はそのままだが、一騎の騎馬が先導するように走っている。

 

遠目から見ても見事な白馬、さぞかし名のある名馬なのだろう。遊牧民族の出である彼女には、そのあたりの見る目は人一倍あるという自負もある。こんな時でなければ、是非一度またがってみたいと思う程に。

とはいえ、今はそれどころではない。いったい今までどこに隠れていたのかをはじめとして疑問は多々あるが、それ以上にあの速度で走る馬が唯の馬なわけがない。

 

(速い……魔物には見えませんが、人間族の領域に住む希少種でしょうか? いずれにせよ、あれほどの馬が背を許す騎士となれば只者ではないはず)

 

実際、まだ幾分か距離があるにもかかわらず、背が粟立つのを抑えられないほどの脅威を感じている。

 

(やはり、十分な事前調査ができなかったのは痛いですね。敵の数や質、連携の練度、その他諸々……わからないことが多すぎる)

 

フェリシアは慎重に慎重を重ねる用心深い人物だ。そうでなければ、異端とされる思想を持ちながら軍上層部に今なお籍を置き続けることはできなかっただろう。本来なら斥候を放ち、魔物をぶつけるなどして、十分に相手の情報を収集してからことに臨むのが望ましかった。だが、いま彼女が置かれている状況がそれを許さない。何もかも、彼女にとっては不本意なことばかりの戦場だが……是非もなし。

 

「私が騎士を抑えます。あなたたちは、あの自走する台車ごと敵を討ちなさい」

「もろとも、破壊で、よろしいの、ですか?」

「あのアーティファクト以外にも有用なものがあるかもしれない、という気持ちはわかります。できれば回収したいところですが、敵戦力は未知数。万全を期して、確実に仕留めることを優先します」

「了解」

「武運を……行きます!!」

 

空を行く魔物から飛び降り、まっすぐ眼下の騎馬に襲い掛かる。今度こそ、先手を持っていかれないために。

 

「むっ、来ましたか」

(やはり気づきますか。ですが!!)

(どうやら、話し合いの余地はないようですが、マスター)

 

頭上から飛来するフェリシアの気迫から、交渉には応じてもらえそうにない事を念話で伝える。

立香の表情に苦いものが浮かぶが、彼もそれくらいは想定していた。いくら立香といえど、話をする気のない相手に話を聞かせることはできない。ならばどうするか、答えは一つだ。

 

(話し合えないなら、戦うしかない!)

「いざ!」

「いいでしょう、マスターからの許可も得ました。あなたの挑戦に応じよう」

 

落下の勢いを乗せたフェリシアのグレイブと、アルトリアのランスがぶつかり合う。

重力の力も借り両手で握りこんだ上で振り下ろされた一撃と、片手で振り上げられた一撃。どちらが有利かは論ずるに能わない。さらに、フェリシアは節足から伸びた鎌を含めたすべての刃に電撃を纏わせたうえで駆動させ、一息に勝負を決めにかかる。

しかし、そんな彼女の思惑は聖槍の一撃の前に容易く粉砕される。

 

「良い攻めです。ですが、甘い!!」

「なっ!?」

 

圧倒的有利なはずの一撃は容易くはじき返され、タイミングを合わせたはずの鎌はすべて空を切る。

武器や自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させる魔力放出のなせる業だ。高ランクでこのスキルを有するアルトリアのそれは、ジェット噴射に等しい。

これだけ有利な条件を整えたうえでの一撃。それを、腕一本ではじかれてしまった。この一合で、フェリシアは嫌が応にも理解する、彼我の戦力差を。

 

(まさか、これほどとは……)

「なるほど、それがマスターの言っていた異形の身体ですか。かなり強く打ったつもりでしたが、武器を手放さないとは……それに、我が一撃を受けても砕けぬその槍もかなりの業物と見受けます。

 我が名はアルトリア・ペンドラゴン。名乗りなさい、魔人の騎士よ。異形となり果ててなお、その身に騎士としての誇りがあるならば」

「……魔王陛下直属、親衛騎士団団長フェリシア・グレイロード」

(やはり、彼女が……)

「“閃電”……参る!」

 

彼我の戦力差は歴然、それでもここで退くことはできない。故に、再度刃に雷を纏わせ斬りかかる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

(思い切りの良い突き、力と思いの籠った薙ぎ……見事。ですが、それだけでは私には届きません)

 

一気呵成に畳みかけるフェリシアだが、合計五つの刃のどれ一つとして騎士王の鎧にすら届かない。馬上にいる分動きが制限されているはずなのに、それでもなお両者の力量はかけ離れている。

だが、その程度のことはフェリシアとて初めの一合で理解していた。ならば、この程度は想定のうち。元より、倒すために畳みかけているわけではない。これはむしろ、アルトリアをこの場に押しとどめるためのもの。

ただ、そんな彼女にとっても想定外だったことが一つ。

 

(触れる度に魔法がかき消される。これは、いったい……!?)

 

術の体系こそ異なれど、それが“術”であるからには“式”が存在する。そして、術式を伴う魔力の運用はすべからく“対魔力”の対象だ。最高ランクの対魔力を誇るアルトリアに、通常の術はそもそも届きすらしない。

神代魔法か魔力による直接攻撃なら芽もあるだろうが、フェリシアの有する神代魔法は直接対象を攻撃する類のものではない。しかしそれでも、やれることはある。

 

「ならば……“昇華”!」

「むっ……」

「“凍柩”!!」

 

上位魔法をさらに昇華魔法で引き上げる。槍と四本の節足でアルトリアの聖槍を一瞬抑え込み、そのまま自身ごと氷で包み込む。倒せぬならば、せめて動きだけでも封じる。その間に、仲間たちが残りの敵を倒してくれることを願って。

しかしそんな懸命の足掻きを、ブリテンの赤き竜は歯牙にもかけない。

 

「私の動きを封じますか。大したものです……ですが!」

(これでも、抑えられないのですか!?)

「ハァッ!」

 

全身から唸りをあげて吹き上がる魔力が、二人を覆いつくさんとする氷を砕く。フェリシア諸共氷を薙ぎ払い、アルトリアは何事もなかったかのようにその場に屹立する。

 

頼みの綱ともいうべき昇華魔法による底上げですら、僅かな足止めにしかならない。その事実が、フェリシアに与えた衝撃は如何程か。

 

(どうする…どうすればいい! これほどの戦力、一度は傾いた天秤をも容易く覆せてしまう! ここでなんとしても、この騎士を討たなければ!)

 

最早、個人的な期待や関心など頭の中にはない。あるのはただ、絶対的強者に対する畏れであり、今ここで命と引き換えにしてでも討たなければという危機感だけ。自分が死ねばその後どうなるか…などと考えている余裕はない。

この瞬間、フェリシアは覚悟を決めた。アルトリアとの相打ちを…ではない。それはもっと後ろ向きな、“道連れ”にしてでもここで討ち果たそうという悲壮な決意だった。

 

「命を捨てましたか……ですが、果たしてそれでいいのですか?」

「なにを……っ!」

「生憎と、こちらの戦力は私だけではないのですよ」

 

自前の二つの目は変わらずアルトリアをとらえているが、残り六つの目が周囲の戦況を視認する。

そこでは、一方的な戦いが繰り広げられていた。

 

ハインケルの屋根の上に姿を現した藤太が次々に矢を弓につがえ、息つく暇もなく次々に矢が放たれていく。

その傍らにはブーディカの姿もあり、魔力弾を雨霰と放ち敵を寄せ付けない。

後衛二人の働きにより、総数50体にも及んだ魔物が見る見るうちに姿を減らし、二十名以上の精鋭騎士たちが近づくことすらできない様は、フェリシアにとっては悪夢の様ですらあった。

 

加えて、防御と接近戦も盤石だ。

 

「段蔵さん、守りは私が! その間に、敵戦力の無力化をお願いします!」

「承知!」

「フォウフォウ!!」

「あ、ダメですよフォウさん。先輩と中で待っていてください」

「風よ集え。果心電装起動。“絡繰幻法・呑牛”!!」

「や、やりすぎです!? もう少し加減してください! 皆さん死んでしまいます!」

 

マシュがハインケルを守り、その間に段蔵が魔人族たちを薙ぎ払う。

段蔵の両腕がありえない方向に回転し、真空の刃が魔人族と魔物たちを切り刻んでいく。一応彼女なりには加減している方の様で、敵を吸い寄せたり、圧縮粉砕したりしていないだけましなのだが、気休めにもなるまい。

とはいえ、一応マシュの意はくんでくれたらしく、肘の隠し刃での回転しながらの斬り付けや腕からのワイヤーアームの射出、果ては背中からロケット弾を飛ばすなど、もう少し穏やかな手段に切り替えてくれた。そう、これでもまだ穏やかな方なのだ。

あの御方が出てきていない辺りが、特に。

 

「そんな……」

「あなた達は運がいい。もしマスターが彼女を止めていなければ、今頃殲滅されていましたよ」

「それは、どういう……」

「…………………………………………………マスターを精神的に殺すわけにもいかないので、詳細は黙秘します」

 

兜に隠れていて表情はわからないが、声音からだけでもすごく微妙そうな様子が伝わってくる。

ちなみに、その頃ハインケル内部で何が起こっていたかというと……

 

「悪意がないと思って見逃しましたが、母が間違っておりました。今すぐ、誅罰を執行いたします」

「ストップ、スト―――――ップ! 行かないで、行っちゃダメ! ここにいてください、ほんとお願いします!!」

「大丈夫ですよ、母がすぐに全て終わらせてきますから」

「だから終わらせちゃダメなんだってば!?」

「あらあら、うふふふ……もしや、心配してくださっているのですか?」

「うん! すごく(魔人族が)心配! だからここにいて、お願いだから!」

 

ここでこの鬼子母神を解き放てば、本当に魔人族が一人残らず殲滅されてしまう。

それだけはなんとしても防がねばならないと、頼光の大変細い腰にしがみつく立香。

しかし、それもそろそろ限界が近い。元より、止めた程度で聞くようならバーサーカー(狂戦士)のクラスになったりはしない。むしろ、今までよく思いとどまってくれたとすら思う。

とはいえ、彼らの殲滅は立香の望むところではない。そこで立香は、できれば使いたくなかった最後の手段に打って出る。例えそれで、自分の精神がご臨終することになろうとも!

 

「……ええい、ままよ! 頼光、ちょっと聞いて!」

「はい?」

「お母さん、ボクとっても怖いの……傍にいてくれなきゃ、ヤダよ」

 

上目遣いで、精一杯瞳を潤ませながら、渾身の演技力で甘えた仕草と声音を心掛ける。

正直、あまりにもあんまりすぎて今すぐ意識の電源を落としてしまいたかった。だが、効果は抜群だ。

 

(きゅ~~~~ん……///)

(や、やっちまったぁ~~~~~~~~~~~~!? 良い年して俺何やってんの!? 死にたい、というか恥ずかしくて死ぬ!? こんなとこマシュに見られたら……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~!)

「……わかりました。我が子がこうも不安と恐怖に怯えているのです。それを慰め、励ますのが母の務め。ええ、ええ、それに比べてば有象無象の殲滅など些事に過ぎませんとも! さぁ、母の胸で存分に甘えていいのですよ」

「わ、わぁ~い(棒)」

 

もう自尊心とかその他諸々に割と致命傷を受けながら、精一杯甘えて見せる立香。いっそのこと、幼児退行できればどれだけ楽だったことか。死んだ魚のような眼をして頼光の胸に飛び込む立香。

サーヴァント一同、中で何が起こっているか理解していながら、誰もがそれを見て見ぬふりを決め込む。あのシェイクスピアですら、「ふむ、豪雨の中の戦いというのも味がありますなぁ」などと視線を逸らしてくれている。そんなやさしさが、かえって心を深く抉るのであった。

 

「とはいえ、大勢は決しました。あなた方に勝機はありません。それがわからないほど、蒙昧でもないでしょう」

(ギリッ……)

「フェリシア・グレイロード。我がマスターがあなたとの会談を希望しています。これを受けるのであれば、我々はこれ以上の攻撃をあなた方に加えないことを確約します」

(会談……話し合いの場を設けるというのですか)

 

それは、フェリシアにとって願ってもない申し出だった。彼女としても、異世界から召喚された者達とは話をしたいと思っていた。相手が何を聞きたいのかはわからないが、それでも彼女にとって渡りに船であることに違いはない。本来なら、二つ返事で了承するところだ。

しかし、それはできない。

 

(見られている。ここで少しでもその意思を見せれば、もう後戻りはできない……)

 

王都を出た時から常に感じる微かな視線。これだけの劣勢に置かれていながら、重要なのはフェリシアの真意の在り処なのだろう。ここで僅かにでもフェリシアが真意を匂わせれば、彼女への嫌疑は決定的なものになると考えていい。それも、問題はフェリシア一人のみでは収まらないだろう。長い時間をかけて少しずつ得てきた同志たちの炙り出しも行われるとみるべきだ。そうなれば、本当に何もかもがゼロに戻ってしまう。

せめて何か一つでも、後の世に残さねばならない。例えそれが、この場で犬死することになろうとも。

故に、フェリシアは嘘を吐く。他ならぬ、自分自身の心に。

 

「断る! 我らに、あなた方と交わす言葉は…ない!」

「……そうですか、残念で…っ! これは、地震?」

 

フェリシアの宣言に呼応するように、大地が大きく鳴動した。初めに微かな揺れが、続いて大きく縦に。ブリテンはあまり大きな地震に見舞われることのない土地だ。生前ほとんど経験することのなかった「大地が揺れる」という事態に、アルトリアの意識が僅かに逸れる。

その隙を、フェリシアは見逃さない。

 

(好機!)

 

アルトリアの意識が逸れた瞬間、フェリシアは四本の節足すらも利用して高速で後退。藤太とブーディカ、そして段蔵によって押し返される魔人族の集団の中に身を隠す。だがそれは、決して我が身可愛さの為ではない。

 

「一分、時間を稼ぎなさい! この命、あなた達に預けます。だからどうか、あなた達の命を私に!」

『っ!?』

 

その言葉の意味を、団員たちは余すことなく理解していた。

 

「ですが団長、それは!?」

「あなたが言ったことですよ、副長。私はここで、死ぬわけにはいかないのです。例え、この命を削ることになろうとも」

「くっ……承知、いたしました。聞いたな、勇士たちよ! 総員、決死の、覚悟を持って、団長を、お守りせよ! ここで、団長に、傷一つでも、つけさせれば、騎士団末代までの、恥と心得よ!」

『応っ!』

 

この中にはフェリシアの願いを、志を知る者もいれば、知らぬ者もいる。しかしそんなこととは関係なく、全員が一致団結してフェリシアのための盾になろうとしている。そんな部下たちに、いったい何と言えばいいかわからない。万を超える感謝の言葉ですら到底足りない。ならば、後はもう行動で示すしかないではないか。

 

「屍山血河の果て、我が骸を以て道を為す。いざ、“悪鬼―――――変生”!!」

 

変成昇華複合魔法“悪鬼変生”―――――この世界で数百年、あるいは数千年ぶりとなる、二つ以上の神代魔法の複合魔法。それが、ついに姿を現す時が来た。

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