ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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第一章始まり始まり~。
結局やっちまった。
サクサク進めたいとか言っておいてこの有様。
ま、こうなると分かっていましたけどね。

早々に独自設定やオリキャラの影やら出てきますが、そういうものだと思ってください。


第一章「蠱毒変生迷宮 オルクス」 副題「奈落のバケモノ」
001


カルデアがいっそ“大人げない”レベルでありとあらゆる手練手管を用いて手に入れたマンションの最上階…からいくつか下。

ワンフロア丸ごと……どころか、5階分丸っと用いた仮設詰め所に、一人の青年が息を切らせながら飛び込んでくる。

ちなみに、なぜ最上階ではないかと言うと、一番上でないと納得しない奴がいる……と言えば、ご理解戴けるだろう。気位の高すぎる奴が多いのだ。ついでに、無駄に高い所が好きな奴もいる。まぁ、勝手に他所に住まいをこさえている連中もいるので、目の届く範囲にいてくれるだけ、まだマシな部類だったりするのだが。

 

「ダ・ヴィンチちゃん!」

「フォウ!」

 

青年……藤丸立香が室内に入ると同時に、白いふわふわとした生き物「フォウ」が飛び込んでくる。

立香はそれを危なげなく受け止めると、自らの肩に乗せ、あらためて視線を持ち上げる。

 

「ああ、お帰り立香君。バイトの方は無事抜け出せたようだね」

新シン(新宿のアサシン)が入れ替わってくれたから……って、そんなことよりマシュは!!」

 

マシュが籍を置く学校、それもどういうわけか彼女のクラスにピンポイントで発生した“揺らぎ”。

急ぎマシュに脱出を促したものの、結局は間に合わず、現在も彼女の消息は不明のまま。

時を同じくしてマシュがいなくなったと連絡を受けた立香は、急ぎバイト先を早退しようとするが身内(肉親)の不幸でもないこともあって認めてもらえなかった。

だが、カルデアの所長代理を務めるのは人類史上屈指の天才。レオナルド・ダ・ヴィンチ(万能の天才)がその程度の事態を予想していないわけがなく、変装に長けたアサシンを一人派遣してくれたおかげだ。

 

全く以てどうでもいい事だが、ある意味ではダ・ヴィンチを上回るであろう某名探偵はそれすらも読んでいたので、自分も変装とか得意なのに、傍観者に徹して「何。初歩的なことだよ、諸君」とか言って頼んでもいない解説をはじめ、職員一同から大変白い目で見られて株が大暴落していたりする。

 

「目下、キリエライト君の行方を捜索中だが……」

「正直、手掛かりは皆無に近いわ。何らかの魔術か、それに近い物による転移だと思うのだけど、未知の術式で追跡できないの。いまは警察に偽装して痕跡を調査しているけど、望みは薄いわね」

「そんな……」

「フォゥゥゥ……」

「ふむ、何をそんなに慌てているのかね。既に必要なピースは揃っているというのに」

「フォ!?」

「…………すみません、今ちょっとあなたのペースに合わせてる余裕ないんで、分かり易くお願いします」

 

これまでに数々の苦難を乗り越えてきた立香だが、流石に無二の相棒が行方不明とあっては心中穏やかではいられない。

適当に流しつつ必要なところだけ耳に入れる、というホームズとの付き合い方が実践できないくらいには。

そんな立香の普段はまず見られない苛立ちを感じ取ったのか、流石のホームズも今回は大人しくもったいぶることを辞めた。それでも、このセリフは抜かさないあたり筋金入りだが。

 

「何、初歩的なことだよ。確かにミス・キリエライトの行方は追えない。何しろ相手は未知の事象、今までのやり方が通用しなくて当然だ。だが、ここに一つ確かなものがある」

「……」

「そうとも。思い出してみたまえ、彼女は何者か。そして、君は彼女の何なのか。それさえわかれば……」

「だから! 分かり易く!! お願いします!!!」

「フォウ、フォ―――――ウッ!!」

 

一応、これでも彼にしてはもったいぶっていない方なのだ。

普段なら、もっと迂遠に、遠回しに、まるで渦巻のようにぐるぐると少しずつ確信に近づいていく。

しかし、今回は割と簡単に辿り着けるような言い回しをしているが、それでもやっぱりメンドクサイ事に変わりはない。

重ねて言うが、今の立香にそれに付き合う余裕はないのである。

 

「いやぁ、私が言うのもなんだとは思うんだけど、天才ってやつはホントどうしようもないねぇ」

「はいそこ! わかってるんだったらまぜっかえさない!」

(おぉ~、ホントに余裕がないぞ。これは、いよいよ二人の仲も進展するのかな?)

「ふむ、仕方がない。少々風情にかけるが……」

「カルデアのマスターが、令呪を以て……」

「わかった、マスター。いったい何を命令する気かは知らないが、落ち着き給え。

 君の令呪に強制力はない筈だが、いまは軽く自害させられそうな気がする」

「だったら、はやく……」

 

ハイライトの消えた無機質な瞳に、ホームズだけでなく職員一同が肝を冷やす。

 

「君はマスターでミス・キリエライトは君のサーヴァント。つまり、君たちの間には契約による繋がりがある。

 要は電波の逆探知と同じだ。君と彼女の繋がりを遡ることで、彼女の行方を追う。多少時間はかかるだろうが、これが現状最も確実な手段だろう。我々が君の迎えにアキレウス(最速の英霊)を向かわせたのは、現実問題としてミス・キリエライトの捜索に君が必要不可欠だったからだ」

「……今思い返すと、割と生きた心地がしなかった」

 

全サーヴァント中名実共に最速のアキレウスに抱えられて、最短距離を突っ走るのはいくらなんでも無謀過ぎた。

先ほどまでは必死だったので感覚がマヒしていたが、今になって足が生まれたての小鹿になっている。

 

「とにかく、そういうわけだから立香君。君は急ぎコフィンに入ってくれ。そこからマシュとのラインを遡ってみる」

「っ、お願いします!」

「フォウフォウ!」

 

勢い良く頭を下げ、一つ下のフロアに設置されているコフィンへと向かう。

当たり前のように、ちょっと生物学的にどう分類していいかわからない謎の小動物も肩に乗せたままだ。

そんな彼の背中を、ダ・ヴィンチをはじめとした仲間たちが暖かな視線で見送る。

 

「やれやれ、先ほどまであれだけ狼狽していたってのに、希望があると分かったら目の色が変わったね」

「まぁ、そういう子じゃなかったら人理修復なんてできやしませんでしたから」

「確かになぁ。微かな希望に縋る、なんて精神じゃ無理だった。微かな希望を必ず掴み取る、どうやって何か知るか……くらいでないと」

「私としてはいい加減少しは進展してほしいですけどね。初々しいのも見てて萌えますけど、流石に飽きてきましたから」

「おいおい……」

「まぁ、藤丸君が行方不明になったり、意識不明になったりすることはあっても、キリエライトさんがなるのは初めてだ。そういう意味で言えば、確かに何かが変わるかもしれないなぁ」

「実際いまの彼、男の顔してましたし」

「そうか? 随分前からそんな感じだったと思うが……」

「正確には、女のために戦う男の顔、ですかね。ほら、ラーマきゅんとか」

「いや、きゅんって……いまさらだが、お前そういう趣味か? さっきも、萌えとかなんとか……」

(はっ! しまった、つい!?)

「ほらほら君たち! そろそろ立香君がコフィンに入る。無駄話はあとだ。

 立香君の気持ちもわかるが、マシュは私たちにとっても大切な娘。なんとしても、取り戻すよ!」

「「「「はいっ!」」」」

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

人理継続保障機関フィニス・カルデアは、元々魔術の名門アニムスフィア家が創立した組織だ。

当然ながら、アニムスフィアの影響を色濃く受けている。

組織が掲げる目的だけでなく、様々な面でそれは散見されるし、人材育成についても同様だ。

 

生まれてからの時間の大半をカルデア内で過ごしてきたマシュも、その例に漏れない。

彼女が魔術を学んだのは約二年間。その間に師事した人物はアニムスフィアの魔術師ではないし、アニムスフィアが得意とする系統の魔術も修めていない。

 

とはいえ、ではその系統に関して全くの無知かと言えばそれも違う。

色々と複雑な事情のある恩師からは「まぁ、カルデアに属する上での嗜みの様なものと思うと良い」として、それなりのことは教わっている。

そして、カルデアを創始したアニムスフィア家は魔術協会は時計塔に君臨する十二の貴族(ロード)の一つ。天体科を統べ、天体運動を研究し司る魔術師だ。

 

そのため、マシュも地球上であれば星図なしで星座を見つけるくらいのことは分けない。

逆に言えば、そんな彼女が星空を見上げ……星座を一つも見つけられないとなれば可能性は二つ。

一つは、遥かな過去かいつかの未来……いずれにしろ、21世紀の地球からはかけ離れた、悠久にも思える星々の瞬きが変化するほどに遠い時代である場合。

もう一つは、ここがそもそも……地球ですらない場合。

 

何が言いたいかと言えば、今彼女が置かれている状況は“そういう”ものだという事。

 

「やはり、見つからない……やっぱりここは、私の知らない空の下なんですね」

 

自分でも往生際が悪いと分かってはいるが、流石にそう簡単には飲み下せそうにない。

様々な特殊事象を経験し、遥かな時の彼方や全くの別世界にすら踏み込んだことがある彼女にとっても、これは青天の霹靂だった。

 

いや、引き起こされた結果だけを見れば、似たような事態は過去の経験の中にもある。

問題なのは、自分たちの足で踏み込んだわけではないこと、極めて善良な一般人であるクラスメイト達も一緒であること、なにより……

 

「先輩、私どうしたら……」

 

彼女が誰よりも信頼する藤丸立香(マスター)がいないこと。

任務の中ではぐれたりすることはあれども、初めから引き離されたことは流石にない。

それが彼女の不安を掻き立てる最大要因だった。

 

未知の魔法陣から放たれる光に目を覆い、次に開いた時にまず飛び込んできたのは見慣れた教室ではなく巨大な壁画。

待ち構えていたように姿を現した法衣の集団から進み出たうっかり駄女神(イシュタル)と同じ名の老人の言を信じるなら、ここは「トータス」と言う名の異世界らしい。

 

(先輩も、こんな気持ちだったのでしょうか?)

 

マシュが一人で特殊事象に関わるないし巻き込まれることはなかったが、その逆のパターンは何度かあった。

立香はその全てにおいて持ち前の図太さを発揮し、マシュたちもいつの間にかそれが当たり前になっていた。

 

だが、いざ自分が同じ状況に放り込まれて、改めて立香の肝の据わり具合、神経の強靭さを思い知る。

いつとも知れない時代の、どことも知れない場所に、孤立無援でいることのなんと恐ろしい事か。

 

 

―――いったいどうすれば帰れるのだろう。

 

――――――いったいこれから、どう立ち回ればいいのだろう。

 

―――――――――いったいいつになれば立香(マスター)に、仲間たちに会えるのだろう。

 

 

―――――――――いつも軽妙な言い回しで不安と緊張を解きほぐしてくれるダ・ヴィンチはいない。

 

――――――いつも共に戦ってくれる頼もしき英霊たちはいない。

 

―――いつもマシュを励まし、支えてくれる立香(先輩)はいない。

 

 

分からないことばかり山積みで、あるものよりないものの方が圧倒的に多い。

個々に一室ずつ与えられた、天蓋付きベッドと華美ではないが確かに高級品とわかる家具で纏められた豪奢な部屋が孤独感を際立たせる。

 

 

場違いとしか思えないような城の中でも、違和感と緊張感を抱く程度で済む。

 

獣や賊どころか、怪異や魔獣が跋扈する森での野営には慣れている。

 

高度200メートルからパラシュートなしで放り出されたこともある。

 

一呼吸するだけでも体を蝕む空気自体が毒のような環境も知っている。

 

しかし、こんなこと(孤独)は初めてだ。

 

(いいえ、それでも私にはまだクラスメイトの皆さんがいる。私は、一人(孤独)じゃない。

 先輩は、たとえ一人でもあきらめなかった、絶望しなかった。

 足搔き続けて、歩き続けて、ちゃんと私たちのもとに帰ってきてくれた。

 なら、私もやらないと。私は、先輩のサーヴァントなんだ!!)

 

かつて、立香が乗り越えた過酷な状況を思えば、こんなことで根をあげてはいられない。

帰るために。もう一度、あの手を握るために。今できることをしよう、そうマシュは自分自身に言い聞かせる。

 

(ふぅ……すこし、落ち着きました。

 ですが、考えれば考えるほど状況は良くありません。

 確かに、選択肢は事実上ないに等しいとはいえ……)

 

イシュタルと名乗った老人から聞かされた話は以下の通りだ。

 

一つ、召喚したのは彼らではなく、エヒト神なる存在によるもの。

一つ、この世界には人間族の他に魔人族や亜人族がおり、それらとは別に魔物と呼ばれる存在もいる。

一つ、そのうちの魔人族が魔物を使役し、人間族は滅びの危機に瀕している。

一つ、エヒト神はそのための救世主として、マシュたちを召喚したらしい。

一つ、人間族を救えば、エヒト神もマシュたちを地球に帰してくれるかもしれない。

 

およそ、重要なのはこのあたりだろう。

 

(いえ、あと一つ。どうやら、この世界はまだ神権政治に近い政治体制を敷いているという事。

 神の言葉は王の言葉より重い。それは、城に入った私たちを国王様たちが“立って出迎えた”ことから間違いないでしょう。つまり、人間族側の実質的な支配者はエヒト神であり、教皇はその代理人の様なもの)

 

これは、場合によっては非常に危うい。

マシュたちを呼び出した存在は、少なくとも人間族側の領域では絶対的という事だ。

エヒト神の批判はおろか、その神意を疑うようなことを口にするだけで袋叩きにされかねない。

一応「神の使徒」として扱われるようだが、「相応しくない」と判断されればどうなることか。

帰る手段を失うどころか、この世界に居場所がなくなる可能性も高い。

 

(言動には、細心の注意を払うべきですね)

 

人間族も危機的状況なので、そうそう切り捨てられたりはしないだろうが……神の思考は人間のそれとはかけ離れていることを、マシュは神霊系サーヴァントたちとの交流の中で知っている。

どれほど絆を結び、信頼関係を構築しようとも、「全く別の存在」であることも事実なのだ。

何がきっかけで神の不興を買うかわからない以上、注意し過ぎるという事はない。

 

(調べることが多いですね。エヒト神のこと、魔人族のこと、それに今日までの歴史も。

 ダ・ヴィンチちゃんたちのバックアップの心強さが、身に沁みます)

 

エヒト神がどういった神格なのかわかれば、地雷の位置もわかるかもしれない。

何より、戦う事になるであろう魔人族が一番の問題だ。

魔人族の詳細と彼らとの歴史がわかれば、この戦争の原因がわかるかもしれない。

相手が何を目的としているかが分かれば、落としどころを見つけることもできるかもしれない。

 

(まさか、魔人族の殲滅なんて馬鹿なことは考えていないでしょうし……)

 

人間族存亡の危機とイシュタルは言っていたが、マシュは多少の誇張があると思っている。

多種族と考えると話が大きくなるが、魔人族も人間族も民族の一種と考えれば分かり易い。

一つの民族を丸ごと根絶やしにするなど、現実的ではないし何より非道に過ぎる。

長く争っているとはいえ、同時に長くこの世界で生き続けてきた隣人でもあるのだ。

黒人と白人の歴史からもわかる通り、些細な違いでも差別と排斥を生み、両者に深く広い断絶を生むだろう。

しかし、長い時間をかけてそれらを根絶は難しくても、隔たりを埋めていくことができることもまた、歴史が証明している。

生きるか、滅ぶか。そのどちらかしかなかった、マシュたちが経験してきた戦いとは根本的に異なるのだ。

 

「当面の問題は、この世界について調べることと皆さんのこと。

 一応の意思統一がされているのは良いのですが……」

 

帰れないだけではなく、戦争に駆り出されるとなれば、平和な日本で生きてきた彼らがパニックになるのは無理もない。

それを早い段階で治めることができたのは僥倖だ。天之河のカリスマ性のおかげだろう。

 

とはいえ、手放しに喜べる状況かと言えばそうでもない。

今のところ、エヒト神に縋るしか帰還する手段がない以上、人間族の救済のために戦う以外の選択肢はないも同然だ。そのために一致団結できる下地ができたのは良いことだろう。

意思統一が為されず、それぞれが好き勝手に動いては(いたずら)に混乱と不和を招くだけだ。

 

だがそれは、所詮「最悪ではない」と言うだけに過ぎない。

いったい、クラスメイト達のうち何人が自分たちがこれからすることを理解しているだろう。

唯一共に召喚された大人である畑中愛子は「ダメですよ~」と訴えていたあたり、オロオロしつつもその意味を理解していたように思えるが、生徒の大半は「帰還」と言う希望に目が眩み、その場の勢いに流されてしまった感がある。

 

彼らが駆り出されるのは魔“人”族との戦争であり、戦争であるからには“人を殺す”のだ。

 

そして、命を落とすのは敵ばかりではない。場合によっては、仲間を失うことだってあり得る。

 

マシュは、仮にもマスター候補主席として訓練を受けていた身であり、既にいくつもの実戦を経験している。

当然、この二つのこともすべて承知している。

 

しかし、彼らは違う。専門の訓練を受けていないし、もちろん実戦の経験もない。せいぜい、街の喧嘩やルールのある試合が限度だろう。

いったい、彼らはどのタイミングで自分たちがしようとしていることに気付くのか。

最悪のタイミングで気付くことになれば、それこそ取り返しのつかないことになる。

 

「いっそのこと、多少私の素性を明かしてでも注意喚起をすべきでしょうか? いえ、でも……」

 

客観的にそれを裏付けるものを、今のマシュは持ち合わせていない。

仮に皆に対し「私は戦闘訓練を受け、実戦も経験済みです」と言いだしても、錯乱していると思われるのがオチだろう。その程度のことは、容易に想像がつく。

 

では、素性を明かさずに指摘するのはどうか。

こちらも、効果はあまり期待できない。マシュは人種が違う事もあって目立ちはするが、クラスの中心人物と言うわけではなく、影響力がある方ではない。

 

というより、効果があるのも考え物だ。

良くも悪くも、「人間族を救えば帰れる」「そのために戦う」この二つが彼らの心を支えている。

それを迂闊に挫けば、結局は収拾のつかない混乱を生み出すかもしれない。

 

(混乱を防ぐためにも、ある程度の意思統一は必要。かといって、今の精神状態で戦争に参加するのは危険すぎます。妥協案としては、戦争に参加するまでの間に徐々に気付いていくこと。

 でも、それが上手くいったとしても問題が残ります。果たして、皆さんに人を殺させていいのでしょうか……)

 

帰るためには戦争に参加するしかなく、戦争に参加するからには人を殺すことになる、あるいは自分か仲間が死ぬ。

これはもう、切っても切れない関係だ。

仕方がないと言えば、それまでのこと。現状では、そもそも選択肢がないに等しいのだから。

 

しかし、マシュは知っている。

彼らがどこにでもいる、ありふれた、善良な人々であることを。

気怠そうに教室で授業を受け、他愛のない話で盛り上がり、些細なことで笑顔を浮かべ、放課後になれば愚痴をこぼしながら帰っていく。

そんな面白みのない平和な日常を生きてきた人たち。

 

その、なんと尊い事か。

どこにでもある、ありふれた日々…………素晴らしい。

面白みのない平和な日常…………結構なことだ。

 

いったい何の問題があるだろう。

彼らは人を「殺せない」のでも「殺さない」のでもない。そもそも、そういう機会のない世界で生きてきた。

その幸運を、その奇跡を、蔑ろにしていい筈がない。

 

「なんとか、皆さんが戦わずに済む方法があれば……」

 

そんな、自分でもあり得ないと分かりきっていることを夢想せずにはいられない。

かつて立香が魔術の素人で、マスター候補の中でも補欠でありながら人理修復のために戦い続けたように、彼らは「生きる」ために、「帰る」ためにそうするしかないのだ。

 

だが、マシュは知っている。

立香がその実、過酷な闘いの日々にどれほど心身をすり減らしていたことか。

そうするしかなかった。しかし、それは何の気休めにもならないし、救いにもならない。

 

降りかかる負荷は、着実に積み重なっていく。

それを誰よりも傍で見ていたし、自分自身もそうだった。

 

だからこそ、彼らには別の道をと望まずにはいられない。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

結局、良い考えなどそう都合よく降りてきはしない。

色々と経験豊富なのと若さのおかげで多少の寝不足は苦にもならないのが、今回は幸いした。

 

睡眠時間二時間ほどにもかかわらず、マシュはそうと感じさせないいつも通りの様子で、早速始まった訓練と座学のための、言わばオリエンテーションの様なものに参加していた。

まず生徒たちに配られたのは、12センチ×7センチ位の銀色のプレート。

 

微かに魔力の感じられるそれを、生徒たちは不思議そうに角度を変えて観察したり、軽くたわませてみたり、中には舐めたり匂いを嗅いだりしている者もいた。

そんな生徒たちに対し、騎士団長メルド・ロギンスが説明を始める。

本来こんなことは文官か、精々中堅の騎士団員あたりに任せれば良さそうなものだが、豪放な性格の持ち主らしく、公然と「面倒な雑事(書類関係)を副長に押し付ける理由になった」と呵々大笑していた。

 

「よし、全員にプレートは持ったな? こいつはステータスプレートと呼ばれる、自分の客観的なステータス……要は力だの早さだのを数値化してくれるものだ。

最も信頼のある身分証明書でもあるから失くすなよ。何しろこいつがあれば迷子になっても平気だからな」

 

軽く冗談を交えて説明するメルドに、チラホラと「ならねぇよ」や「子どもじゃあるまいし」と言った声が返ってくる。

如何にも歴戦の勇士と言った風貌に普通なら緊張しそうなものだが、「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」と、部下だけでなく生徒達にまで言い放ったのが良かったのだろう。

うまい具合に、肩の力が抜けている。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で血を一滴垂らす。それで所持者が登録され、ステータスが表示されるようになる。

ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん誰も知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

(神代のアーティファクト(人工遺物)……聖遺物や概念武装の様なものでしょうか?)

「アーティファクトはまだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られた魔法の道具のことだ。

現代じゃ再現できない、強力だったり特別だったりする力を持った貴重品だぞ。

ま、ステータスプレートの場合、複製するアーティファクトと一緒に昔からこの世界に普及しているものだから実感は薄いかもな。普通、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

(なるほど……キャスターの皆さんや、エミヤ先輩なら何かわかるかもしれませんね)

 

片や魔術の方面で人理にその存在を刻んだ超人たち(一部例外あり)、片や贋作者(フェイカー)とも称される異端の投影魔術師。彼らなら、同じものを……とはいかなくとも、何かしらのヒントは見つけ出せる気がする。

 

まぁ、それはともかく。

生徒のほぼ全員が顔を顰めながら指先を針で刺していく。中には、思い切りが悪く何度も行ったり来たりするもの、刺さりが浅くやり直す者もする者もいるが、マシュに躊躇いはない。

浮き上がった血を魔法陣に擦りつけると、魔法陣が淡く輝き、表示された内容に目を通していく。

 

マシュ・キリエライト 17歳 女 レベル:1

天職:守護者

筋力:70

体力:80

耐性:150

敏捷:40

魔力:100

魔耐:150

技能:諞台セ晉カ呎価・魔力操作・毒耐性・呪詛耐性・全属性耐性.・物理耐性・言語理解

 

サーヴァントのステータス表記にも似ていることから、あまり違和感はない。

表示がA~Eなのか、それとも数字なのか程度の違いだ。あとは、それなりに個人情報が載っているのと、スキルに相当する技能という欄があることくらい。

天職と言うのは、サーヴァントで言うところのクラスのことだろう。

 

(天職は…………守護者、ですか。ステータスも耐性と魔耐重視、次に魔力と体力が来て、筋力そして敏捷。

 概ね、サーヴァントとしての私のステータスとバランスは同じですか。ただ、この数値が高いかどうか……高いもので150、低いものは40。果たしてこれは、どの程度のものなのでしょう? まぁ、『耐性』という技能が四つあるというのは、私らしい気もしますが)

 

ステータスのバランス、技能の種類共に、彼女のクラスがシールダー(盾兵)であることを思えば納得の構成だ。

 

一言で言えば「堅い」! とにかく「堅い」!! ガッチガチに「堅い」!!!

 

大事なことなので、二回どころか三回言ってしまうくらいに堅いのだ。

ステータスのみならず技能には耐性系が四つも並び、一つは物理攻撃全般に効果を発揮し、一つは魔法全般を網羅している。代わりに、攻撃系の技能がないのがらしいと言えばらしい話だが。

恐らく、ギャラハッドの霊基が影響を及ぼしているのだろう。

ただ、問題が一つある。

 

(しかし、この文字化けしてしまっている『諞台セ晉カ呎価』とはいったい? 私の霊基が不安定なのと関係があるのでしょうか?)

 

この世界に召喚されてからと言うもの、どうにも霊基が安定しない。

サーヴァントとしての力が全く出せないわけではないのだが、とにかく不安定なのだ。

例えば、与えられた自室のベッドをコンディションの確認のため持ち上げようとしたところ、軽々と持ち上がる時もあれば、途端に支えきれなくなったりを繰り返していた。デミ・サーヴァントであり、身の丈を超える大盾を主武装とする彼女にとって、天蓋付きベッドを持ち上げるくらいは容易いはずなのに。

 

法則や規則性がないか試してみたが、それらしきものはとんと見られない。

一つはっきりと言えることがあるとすれば、基本的に本来の性能は発揮できず、僅かに霊基が安定した時だけ本来の力を発揮できるらしいという事だけ。

こんな有様では、とてもではないがデミ・サーヴァントとしての力を計算に入れて行動するわけにはいかない。

 

不幸中の幸いは、普通の少女レベルにまで力が落ちていないことか。

ただこれが、異世界に召喚されたことによる恩恵なのか、デミ・サーヴァントの力が僅かでも使えているのかは判断がつかない。

イシュタルによれば地球は「上位」の世界に属するらしく、下位世界に召喚されたことが影響している可能性もあるからだ。そもそも、そうでなければわざわざマシュたちを召喚する意味がない。

 

「全員問題なく見れたか? 何かあれば今のうちに言っておけ」

(問題はあるのですが……この場で言って良いものかどうか)

 

普通に考えれば、早いうちにこの文字化けについて確認するべきなのだろう。

ただ、マシュの特殊な境遇を考えると、馬鹿正直に伝えるべきかは悩みどころだ。

しかし、そんな彼女の葛藤を他所に、メルドはどんどん話を進めていく。気付けば、今更言い出せるような状況ではなくなっていた。

 

「説明するぞ……と言っても、そう難しいもんはないがな。まず、最初に“レベル”があるだろう? こいつは各ステータスの上昇と共に上がり、100が上限……つまり、その人間の限界だな。仮にレベル100に到達すれば、それはもう潜在能力を全て発揮した極地ということになる。ま、そんな奴はそうそういないが」

 

言ってしまえば、自身の潜在能力の限界に対して、どこまで到達できているかを数字で示しているという事だ。

ある意味、これ以上ないほどに分かり易い目安だろう。

 

「ステータスは日々の鍛錬で向上させるだけじゃなく、魔法や魔法具で上乗せすることもできる。

詳しいことはわかっていないが、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる傾向があるな。このあたり諸説あるが、魔力で無意識に補助しているのではないか、という考えが一般的だ。

それと、後で装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だ。国の宝物庫大解放だぞ!」

(宝物庫……いえ、流石にギルガメッシュ王のそれに近いレベルを期待するのが間違っているのはわかっていますが、せめて盾だけでも良いものがあれば……)

 

なにしろ、今の彼女は武装を展開することすら覚束ない状態だ。

一晩試した範囲で最も霊基が安定した時ですら、展開できた時間は極僅か。

盾持ちであることにそれなり以上の誇りもあるし、なにより正真正銘命を預けることになるのだ、この点だけは妥協したくない。

 

その後も、メルドはステータスプレートに表記されている内容について説明していく。

“天職”とは身も蓋もない事を言ってしまえば「才能」であり、最後の項目である“技能”と連動しているらしい。ただ、天職があるから技能を得るのか、技能があるから天職が決まるのかは定かではないが。

天職持ち自体が希少であり、中でも戦闘系は千人に一人、ものによっては万人に一人という事もあるようだ。非戦闘系の場合も少なくはあるのだが、精々が百人に一人、十人に一人という珍しくないものもある。

ちなみに、技能は才能と言うだけあり先天的なもので、後から増えたりはしないとのこと。ただし、例外として「派生技能」と言うものがあり、一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる“壁を越える”に至ることで取得する後天的なもののようだ。

 

ステータスについては見たままだが、大体レベル1の平均は10くらいとのこと。

なので、なるほどマシュのステータスは、軒並みこの世界では人間離れしているらしい。

 

そうして、今後の訓練の参考のためにと、ステータスの報告へと移っていく。

その中で分かったことだが、なにもステータスが異常に高いのはマシュだけではないようだ。

これで、マシュのステータスの高さがデミ・サーヴァントとは直接関係がない事がわかる。

まぁ、多少影響を与えるくらいはしているかもしれないが。

 

なにしろ、部分的にでもこの男のステータスに匹敵、ないし上回っているとなれば、クラスメイト達の中でも尋常ではないことは明らかだ。

その男と言うのが……

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

これである。

まず、天職からして「勇者」と来た。その上、全てのステータスが綺麗に100。技能欄に至っては、全員に共通している「言語理解」を除けばマシュの倍の12。

いっそ胡散臭くなってくるくらいに飛びぬけている。

反面、魔力は同等、耐性と魔耐に至っては1.5倍だ。選ばれし勇者様さえも上回るとなれば、ギャラハッドの霊基の影響をまず考えるのは当然だろう。

 

とはいえ、メルド達からすれば期待通り……あるいは、期待以上の結果に満足する以外にない。

団員たちの中には、エヒト神に感謝の祈りを捧げている者までいる。

メルドですら称賛を惜しまない。自身のレベルが62であり、ステータス平均が300前後である以上、光輝の成長性によってはあっさり追い抜かれてしまう可能性が高いのに、だ。

 

まぁ、それだけ器の広い男という事の表れだ。

マシュとしてはこの手のタイプには些か心当たりがあるだけに、親近感すら湧いていたりする。

 

そのまま、各人のステータス内容の報告が進んでいく。

流石に光輝ほど満遍なく、あるいはマシュのように部分的にでも飛びぬけた者は少ないが、それでも全員が戦闘系であり、この世界基準で見れば十分に抜きんでていると言って良い。いわゆる“チート”という奴だ。

 

やがてマシュの順番が回ってくるが、結局文字化けしていることをどう誤魔化すか、上手い案は浮かんでこなかった。

だが、流石にこの状況でステータス内容を報告しないという選択肢はない。

絶対に怪しまれるし、不信感を持たれても困る。

仕方なく、マシュは内心で深く重い溜息をつきながらメルドの元へと歩みを進める。

 

「あの…………どうぞ」

「ふむ、どれどれ…… “守護者”か。治癒師が生命線なら、守護者は結界師に並ぶ守りの要だな。

おおっ! ステータスも頼もしい限りだ。お前がいるのといないのとでは、生存率が大違いだ、ろぅ……」

 

ステータスプレートの内容を読むにつれて視線が下がるが、やがてメルドの語尾が弱くなる。

まるであり得ない者でも見たかのように凍り付き、思わずと言った様子で息を呑む。

 

(やはり、文字化けするというのは普通のことではないのですね。最悪の場合、逃げ出すことも覚悟した方がいいかもしれません)

 

魔術協会では、奇跡とでも称すべきと希少能力を持つ魔術師に対し、「封印指定」というものが発令されることがある。これはその能力を永遠に「保存」するために、対象の魔術師を「貴重品」として優遇し、「保護」するというものだ。しかしそれは名目にすぎず、実際は一生涯幽閉し、その能力が維持された状態で保存する…言ってしまえば、ホルマリン漬けの標本にして飾るのとなんら変わらない。

サーヴァントたちとの関係構築能力があまりにも優れているという事で、サーヴァントとの交渉役、あるいは彼らを現世に繋ぎとめる楔として、立香を封印指定に……という流れがかつてあった。結局最終的には発令には至らなかったものの、一時は一部血の気の多いサーヴァントたちが「時計塔、逝っとくか?」な感じに猛り、あわや「全面戦争か!?」と肝が冷えるどころではなかった。

この世界でも似たような制度があったりする可能性を否定できない以上、マシュが逃亡を考えたのは無理もないだろう。

 

だが、ここで一つメルドとマシュの間に認識の齟齬があった。

マシュはステータスプレートの文字化けにばかり意識が言っていたし、まだまだこの世界の常識に明るくない。

故に、気付かなかった。自身の技能欄に並ぶ、あるいは「文字化け」という異常事態さえも上回る内容が記載されていることに。

なにしろ、彼女にとってそれが載っているのは当たり前のことだったから。

 

「あの、なにか」

「……いや、まさかそのナリで守護者とは、と思ってな。期待している。

 ああ、それと言い忘れていたが、ステータスの数値と技能は隠すことができる。このあたりは下手にバレると命に関わるからな。基本的には隠すようにしておけ」

 

自失は一瞬、メルドは即座に平静を取り繕うと、そう告げてプレートをマシュに返す。

それがかえってマシュの警戒感を煽ったのだが、とりあえずそのままプレートを受け取る。

 

(カサッ)

「?」

 

いつの間に返却されたプレートの陰に、折り畳まれた一枚の紙が添えられていた。

マシュが不審に思いつつメルドを見返すと、メルドは真剣な眼差しを向ける。

まるで「今は何も言うな」と訴える様に。

分からないことばかりだが、少なくとも一つ言えることがあった。

それは、メルドの目に敵意や悪意の類が感じられなかったという事。

 

(この紙は、部屋に戻ってから見るべきですね)

 

プレートと共にポケットに紙をしまい、マシュは今後のことを考える。

何が書かれているかは不明だが、その内容次第では身の振り方を考えるべきだろう。

とりあえずメルドのことは信用するが、それでも警戒を怠るわけにはいかない。

味方と思っていた相手が実は……という経験もあるだけに、当然の心構えだろう。

 

「マシュマシュは守護者かぁ……大丈夫? 聞いた感じ、前衛の盾役でしょ?」

「キリエライトさん、あんまり気が強くないし、無理しないでね」

「ありがとうございます、皆さん。でも、私も私にできることをしたいですから」

 

心配して集まってくる友人たちに、マシュは申し訳ない気持ちを押し隠して答える。

確かに戦うのは今でも怖いが、それでも「私がしっかりしないと」と言う思いもあるが故に。

 

そうしてステータスの報告はつつがなく進んでいくが、ある少年の所でストップがかかる。

マシュの時に一瞬表情を凍らせた以外、基本的にホクホク顔だったメルドが突然挙動不審になったのだ。

具体的には笑顔のまま「うん?」と首を傾げ、プレートを叩いてみたり、光にかざしてみたりしている。

やがて、見間違いでも誤表示でもないことをようやく受け入れたのか、ものすごく微妙な表情でプレートを返却して一言。

 

「まぁ、その……なんだ、強く生きろ」

「なんですかそれ!?」

「…………確か、ハジメだったな」

「はい」

「お前さんの天職“錬成師”だが、こいつは言ってしまえば鍛冶職だ。

 技能にある“錬成”で鉱物の形を変えたり繋げたりできる、加工に便利な天職だな」

 

歯切れの悪い説明だが、それも無理はあるまい。

協力無比な戦友を多数得たところに冷水を浴びた形……と言うのもないわけではないが、突出した能力を示す仲間たちの中に、明らかに一人だけ悪い意味で浮いた存在がどうなるか、想像がついてしまったのだろう。

説明すればするほどに、彼……南雲ハジメの立場が悪くなることがわかるだけに。

そして、その予想は全くうれしくないことに的中してしまう。

 

「お~い、南雲ぉ~。お前、鍛治職でどうやって戦うんだよ?

 足引っ張って仲間死なせるとか最悪じゃん。頼むぜ、マジでよぉ~」

 

以前からやけにハジメに絡んできていた「檜山大輔」が、ニヤニヤしながら嫌味ったらしく語り掛ける。

別に親しくもないのにわざわざ乱暴に肩を組んでくるのも、嫌がらせの一環だろう。

周囲を見れば、男子を中心にニヤニヤ嗤っている者が見受けられる。

 

もちろん、そうでない者もいる。

マシュの他にも、香織や雫などは顔に「不快」と大書されている。

 

「まぁ、出来る限りのことはやるつもりだよ」

「なら、ステータスはどうよ。天職がザコい分、ステータスで活躍してくれるって“俺”は信じてるぜぇ~」

 

信じていると言っているが、そのベクトルが真逆なのは明らかだ。

彼はハジメのステータスが低いであろうことを確信すると同時に、心から願っているのだろう。

 

ハジメはそんな大輔に、実に億劫そうな表情でプレートを渡す。

何をどうしたところでからまれるのだ。当然の反応だろう。

 

そして、初めのプレートを見た大輔は爆笑した。

それも、わざわざ内容を声高に読み上げるというサービス付きで。

 

「ぶっは! はははははは!! 何だこれ! オール10ってパンピーにもほどがあんだろ!」

「マジかよ! おい檜山、それ俺らにも見せろって!」

「わかったわかった、ほらよ」

「ぎゃははは~! うっわ、マジだ! ってか平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子どもより弱いんじゃね?」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

 

取り巻きにプレートを投げ渡すと、内容を見た他の連中もハジメに嘲笑を浴びせる。

次々と笑い出す生徒に、いよいよ我慢の限界に達した香織が憤然と動き出す。その背後に、うっすらと陽炎のようなものが立ち昇っていることに気付いたマシュは、思わず一歩後退る。

香織の背後の陽炎を見るまでは、彼女同様憤然としていたマシュの頭を一瞬で冷やす迫力。

悪霊やゾンビに始まり、竜種とすら渡り合ってきた彼女をたじろがせるとは、彼女はいったい何者なのやら。

 

だが、香織の怒りが爆発するその前に、ウガーと怒りの声を発する人がいた。みんなのちっこい先生(マスコット)、愛ちゃん先生である。

 

「こらー! 何を笑っているんですか! 仲間を笑うなんて先生許しませんよ! ええ、先生は絶対許しません! 早くプレートを南雲君に返しなさい!」

 

ちっこい体で精一杯怒りを表現する愛子に、流石に毒気を抜かれたのかプレートがハジメに返された。

愛子がハジメを励まそうと歩み寄っていくのを見届けたところで、マシュは別の形でハジメを援護しにかかる。

ハジメが嘲笑されたのは、要はステータスが低く、天職も非戦闘系の中でも特にありふれたものだからだ。

 

その事実は覆らない。ならば、その有用性を明らかにすればいい。

ありふれた天職と言うが、それは言い換えれば「ありふれていなければ困る」という事だ。

鍛冶……すなわち、金属の加工は生活から軍事まで幅広く関わる重要な技術であり産業。

日本の町工場の加工技術が世界的に認められていることを知っていれば、軽視しようとは思わないはずなのだが。

 

そんな重要技術の担い手が千人に一人とか万人に一人では、正直お話にならない。

国が成り立たないとは言わないが、極めて不便な生活と貧弱な軍隊の出来上がりだ。

それこそ、緊急時にしか役に立たない下手な戦闘系天職よりも必要性・重要度共に断然上だろう。

 

(それをわからせる必要がありますね)

 

などと考えてしまうくらいには、マシュも怒っているのである。

 

「メルドさん、いくつかお尋ねしたいのですがよろしいでしょうか」

「うん? ああ、構わんぞ」

「錬成と言う技能は鉱物の加工が可能とのことですが、それはミリ単位、あるいはそれ以上の精密加工も可能なのでしょうか?」

「可能不可能で言えば可能だ。ただ、精密な錬成となると、相当な熟練者に限られるな。確か、そういう派生技能もあったと思うが……」

「南雲さんにできると思いますか?」

「わからん。わからんが……可能性は高いと思う。お前たちは誰もが抜きんでた力を持っている。ハジメの場合、それが“技術”と言う形で現れるのかもしれん。少なくとも、それが“絶対にない”と言える奴はいないだろう」

「同感です。私たちの世界でも、精密な加工技術を持つ人は国の宝として重要視されていました。南雲さんが精密な錬成をできるようになれば、私たちの世界の品々を作ることも……っ!?」

 

そこまで言ったところで、ふっとマシュはある可能性に気付いてしまう。

その可能性に戦慄し、マシュは思わず口を噤んでしまった。

 

(もし……もしも“アレ”がこの世界にもあるとしたら、南雲さんの重要性はこの場の誰よりも高いかもしれない。 彼はこの世界の技術を、文化を、戦争を“一変させてしまう”可能性がある!)

「どうした?」

「あ、いえ……なんでも、ありません」

 

一瞬確認すべきかとも思ったが、恐ろしくて聞くことができなかった。

 

マシュが思い至った可能性。それは、炸薬を用いた兵器の存在。

もしこの世界に火薬かそれに類するものがあり、ハジメが精密な錬成を可能にすれば、それらを作り出すことができてしまうかもしれない。

個人の力量に左右される部分の大きいこの世界で、誰が使っても一定以上の威力を期待できる近代兵器の存在はあまりに危険だ。銃が開発され、飛行機が発明され、地球の戦争はそれまでと大きく違うものになっていった。

それと同じことが、この世界でも起こってしまうかもしれない。

いや、一足飛びで強力な兵器を生み出せば、両者の勢力バランスを大幅に崩してしまうだろう。

そうなれば……

 

(魔人族の絶滅……それが、現実味を帯びてしまうかもしれない)

 

昨夜は現実的ではないと否定した種の絶滅。

銃火器などの存在だけでそれが可能になるわけではないが、それでも今よりよほど可能性があるように思う。

その考えに思い至ってしまったが故に、マシュはそれ以上口を開くことができなかった。

 

そんな彼女の内心を知ってか知らずか、周囲のハジメに向ける視線の色合いが少し変わっている。

“役立たず”“お荷物”と思っていた相手が、実は大きな可能性を秘めていることを知ったからだろう。

その意味で言えばマシュの企みは上手くいったと言えるし、香織や雫は僅かに溜飲が下がったらしく、しきりに頷いている。

ただ、そんな状況をマシュは手放しには喜べずにいた。

 

 

 

ちなみに当のハジメはと言うと、励まそうとした愛子にトドメを指されていた。

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

その日の晩。

マシュはメルドから渡されたメモに従い、人目を忍んで王城内を歩いていた。

メモには警備兵の目を盗むルートとタイミングや各人に付けられた世話役の撒き方が記されていたので、隠密行動が得意とは言えないマシュでも問題なく自室を抜け出すことができた次第である。

 

そうして歩くことしばし、白亜の柱の陰から聞き覚えのある声がかけられた。

 

「こっちだ」

「……」

 

声に従い柱の陰に向かえば、そこには周囲から見え難くなっている通路。

マシュは前を行く大柄な背中を追いかけ、やがて薄暗い部屋へと招き入れられる。

警戒は無論解いていないが、日中のやり取りもあり話だけでも聴くべきと言うのが彼女の判断だった。

 

「それで、私にいったい何の御用でしょう。メルド・ロギンス騎士団長」

「そう警戒するな……と言うのも無理な話だな。ま、見ての通り手ぶらなんだ。少しは安心してくれ」

「ムリです。あなたほどの騎士なら、私を絞め殺すくらい訳はないでしょう」

「まぁ、それはそうなんだが……」

「こうして、夜中にあなたと二人でいることが最大限の譲歩です」

「つくづくその通りだな。しかし、お前何者だ? あいつらとちょいと毛色が違うようだが」

「同じ学校の友人です。ただ、少し特殊な訓練を受けてはいますが」

「少し特殊、ねぇ。まぁ、そいつは良い。用ってのはお前さんのステータスについてだ」

 

本来は聞き流していい内容ではないはずだが、本題ではないことから今は流すことにしたらしい。

 

「……私のステータスが、何か? やはり、文字化けしているのが問題なのでしょうか?」

「文字化け? ああ、まぁそっちも厄介なことではあるな。ステータスプレートの故障なんて聞いたこともない。

 とはいえ、そっちを誤魔化すのは不可能じゃない。それこそ、『故障だ』の一点張りでも割と何とかなるだろ」

「? では、いったい……」

「俺が問題にしているのは、『魔力操作』の方だ」

「それが、なにか?」

「座学で聞いて違和感を持たなかったか? 本来、俺たちは魔力の直接操作はできない。魔力を使うためには、どれだけ適性があっても魔法陣が必要になる。これは、魔人族であっても例外じゃない。例外は…………魔物だけだ」

 

仮にも魔術の心得があるマシュは、当然魔術回路の開発も済ませている。

そのため、彼女にとって魔力そのものを操作するのは“できて当たり前”のことだった。

 

故に、認識に齟齬が生まれたのだろう。

今日知ったばかりのこの世界の常識は当然馴染んでおらず、それが問題だという意識が薄かった。

それよりも、これでもかとばかりに不審な内容があり、そちらに意識が持っていかれてしまったのもある。

 

「つまり、私は魔物として処理されるという事ですか?」

 

ここに一人で呼び出したのは、秘かに粛清するためか。

その可能性が頭をよぎるが、それにしては迂遠すぎる。

実際、メルドからは今もなお殺意の類が感じられない。

 

「いや、俺が言いたいのはそいつを誰にも見せるな、という事だ。幸い、今回のように指導するためでもない限り、基本的にステータスや技能は隠すのが常識だからな。見せなかったとしても、別に不審には思われんだろう」

「…………いいんですか? 私は」

「魔物と同じ、か? どう見たって俺たちと同じ人間だろう。大昔には先祖返りとかでそういう奴もいたらしいからな。とはいえ、今の人間族にそんな奴はいないはずだ。バレても、碌なことにはならんだろ」

 

魔力操作の秘密に迫るための人体実験、などぞっとしない。

マシュとしても、その忠告はありがたく受け止めさせてもらう。

 

「その……………ありがとうございます。それと」

「感謝は貰うが、謝罪ならいらんぞ。むしろ、当然の反応だ。

 あいつらは少しばかり警戒心が緩すぎる。お前さんみたいなのがいてくれた方が、俺としても安心だ」

「なるほど」

「用件はそれだけだ、明日も早いからな。もう戻って寝ろ」

「はい……」

「どうした?」

「いえ、一つだけ教えて欲しいのですが、あのメモはあらかじめ用意していたのですか?」

「まぁ、念のために…な。まさか本当に役に立つとは思っていなかったが」

「そうですか、重ね重ねご配慮ありがとうございます。それでは、失礼します」

 

最後に深く一礼して、マシュは部屋を後にする。

残されたメルドは、秘かに隠していた酒瓶を取り出すと器にも注がずに、そのまま煽った。

 

「ふぅ~……魔力操作、か。そういや、アイツはどうしてんだかな」

 

思い出すのは、かつて二度刃を交えた敵の姿。全身を漆黒の甲冑で覆った槍使い。

一度目は辛勝し、二度目は完敗した。生命があったのは、辛勝した時に命を見逃したから。

まぁ、それ自体は結果論でしかないのだが……それはともかく、完敗を喫した時言われたのだ。

 

「『これでいいのか』か。どうなんだろうな。アレから何度も考えたが、未だに答えは出ん。

 だが、あいつらは俺たちとは違う。だからこそ、その答えを見つけられるかも……ってのは、他力本願が過ぎるか」

 

もう一度酒を煽り、メルドは小窓から覗く月を見上げる。

きっと、両者はいつか出会う事になるだろう。

その時果たして、どのような答えが出るのだろうか。

あるいは答えなど、どこにもないのかもしれない。

 

「エヒト様、どうかあいつらの道行きにご加護を」

 

これから教え子となり、いずれ戦友となる者たちの未来を神に祈る。

その意味を、彼はいずれ知るのだろうか。それとも……知らずに終わるのか。

それは―――――――――――神にすらわからない。




タイトルが「ありふれ」側なので、章の主題や副題はFGO風にしてみました。
まぁ、なんというかオルクス深部とハジメのあれってどう見ても蠱毒にしか思えないんですよねぇ。



ちなみにいま開示できる範囲の情報はこんな感じ。

第一章「蠱毒変生迷宮(こどくへんじょうめいきゅう) オルクス」 副題「奈落のバケモノ」

第二章「永世枯渇領域(えいせいこかつりょういき)     」 副題「■■■女神」

第三章「人魔交錯■■ ■■■■■」 副題「悪しき魔人」

第四章「混沌蹂躙戦域(こんとんじゅうりんせんいき) フェアベルゲン」 副題「■■■」

第五章「神聖極光大戦(しんせいきょっこうたいせん) ■■■■」 副題「光を放つ者」

第六章「迷宮巡礼飛船(めいきゅうじゅんれいひせん) フェルニル」 副題「匠の業」

第七章「創世応報神殿(そうせいおうほうしんでん) エヒトルジュエ」 副題「創世神の目覚め」

終章「神話訣別世界(しんわけつべつせかい) トータス」 副題「誓いを此処に」

再構成を謳っている手前、原作とは動き方が変わります。
また、六章は唯一と言って良い緩い内容になる予定。
ま、書いてみないと分かりませんけどね。これ自体が嘘予告になる可能性も否定できませんし。
ただ、現状のプロットではこの流れで進むことになるかと。
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