書きたいことはあるのに、中々筆が進まない今日この頃。遅々とした進みかもしれませんが、それでもおつきあいくだされば幸いです。
雫たちがカトレアと矛を交えていたその時、奇しくもハジメたち一行はホルアドを訪れていた。
本来なら素通りしてもよかったのだが、フューレンのギルド支部長から頼まれごとをしたというのが一つ。もう一つが、香織を雫に会わせてやろうと思ったからだ。
もともと【神山】へ行く途中で通ることになるので、大した手間ではない。
ハジメと香織は懐かしそうに目を細め、ハジメに肩車してもらっているミュウを始めとした他の面々は町の賑わいに目を輝かせる。一癖も二癖もあるとはいえ、美女・美少女・美幼女を引きつれた大変目立つ一団であることに変わりはない。集まる視線は相当なものだが、気にも留めずにメインストリートをギルド目指して歩く。
だがその時、香織が異変に気付く。懐にしまってあるクラスカードが何かに呼応していたのだ。
「ハジメ君!」
「…………ったく、しょーがねーか。誰かついてくるか?」
「……ん、いってらっしゃい」
「私たちは残ってミュウちゃんとティオさんの面倒を見てますね」
「ミュウもティオお姉ちゃんのことちゃんと見張っておくの!」
「ああ、それなら安心だ。頼んだぞ、ミュウ」
「頑張ってね、ミュウちゃん!」
「あれっ、これ妾の方が心配の種なカンジ?」
齢500を超えて年齢一桁の幼女と同列かそれ以下として扱われる
普通なら心外だと怒るべきところだが……
「なんだ、何か不満でもあるのかドM」
「うむ、大いに不満じゃともご主人様よ!」
「ほぉ……その心は?」
「そのようなジャブでは到底足りぬ! もっと罵ってたもれ! さぁっ! さぁっ!!」
「……いくぞ、香織」
「うん、雫ちゃんが心配だもんね」
勝手に盛り上がっている変態を務めて視界から外し、オルクス大迷宮へ向けて走り出す二人。
クラスカード同士が共鳴し合うという話は聞いたことがないが、あれだけ特殊な仕様のアーティファクトだ。発動時に近くにいれば、それくらいのことが起こっても不思議ではない。そして、あの思慮深い雫が後々面倒ごとになること請け合いの“
で、置き去りにされたティオは、身悶えしながら恍惚とした表情を浮かべていた。
「放置プレイとは……何と弁えたご主人様じゃ、ハァハァ」
「ユエお姉ちゃん。ティオお姉ちゃんがハァハァしてるの」
「……不治の病だから気にしちゃダメ」
「はいは~い、ティオさん。とりあえずこっちに来ましょうね~。ソレ、公衆の面前で晒していい顔じゃないですぅ」
実際、道行く人々はティオを視界に収めた瞬間ドン引きし、大急ぎで方向転換している。おかげで、メインストリートでありながら交通規制でもしたかのようにぽっかりと空白地帯が出来上がってしまっていた。これは流石に迷惑にもほどがある。如何にユエたちといえども、路地裏に退避せざるを得ないくらいには。
このような経緯もあって、ハジメと香織は雫の窮地に駆けつけることができた次第である。
とはいえ、二人が到着した時にはすでに大勢は決していた。ハジメたちがしたことといえば、統率者を失った烏合の衆の掃討くらいなもの。それも、二つの大迷宮を攻略した二人にとってはさしたる障害にもなりはしない。瞬く間のうちに魔物たちを塵殺し、雫との再会を喜ぶ香織を横目にハジメは黒焦げとなったかつては人だったものへと足を向ける。
「香織、そっちは任せる」
「うん。はーい、みんな! 動ける人は集まって、纏めていくよ“聖典”」
無詠唱かつ複数同時に発動する光属性最上級回復魔法“聖典”。神々しい輝きがノロノロと集まってくる勇者一行に降り注ぎ、彼らの傷と疲労を癒していく。続いて、石化した仲間たちも次々に元の状態に戻っていく。チートぞろいの勇者たちも、香織の“極み”を通り越し“突き抜けた”回復魔法には驚きを隠せない。
自然、皆の意識と視線は香織に集中するわけだが、それはハジメにとっても好都合だった。万が一の時に余計な横槍を淹れられるのは大変面倒くさい。香織もそんなハジメの心中を察しているからこそ、敢えて派手に魔法を使用しているのだろう。
雫が宝具を使ったことは直前の魔力の高まりから察知している。対人宝具とはいえ、巴御前の宝具は太陽に似せた魔力を伴う灼熱の矢を放つ非常に強力なものだ。その性質上、直撃すれば即死、余波であってもただでは済まない。曲がりなりにも原形をとどめていることからして、直撃は受けていないのだろう。
(なら、確かめねぇとな)
十中八九命はない、辛うじて一命を取り留めていたとしても風前の灯火だろう。
だが――――――“だからどうした”
死んでいないのなら、微かでも命をつないでいるのなら、一秒あれば隙をついて一人くらいは道連れにできる。その一人に香織がならないとどうして言い切れるだろう。故に、ハジメは周囲の動向に細心の注意を払いながら、慎重に歩を進める。まだ隠れている魔物や生き残りの有無を確かめつつ、僅かな違和感も見逃さないように。
幸いにして、取りこぼしの魔物や伏兵は存在しなかったらしい。気配感知や魔力感知の技能があるとはいえ、それらとて絶対とは思っていない。中には、ハジメの警戒網を潜り抜ける固有魔法なり技能なりを持った者もいるかもしれない。己の能力から逃れられる者などいないと慢心できるほど、ハジメに余裕はないのだ。
(とはいえ、取り越し苦労だったか)
かつて人だったものの前で足を止め、つぶさに観察した結果がそれだった。万が一の可能性は、所詮は万が一に過ぎなかった。
足元に転がるソレが動き出すことは二度とない。しかしそうとわかっていながら、ハジメは敢えて手にしたドンナーの銃口を向ける。すでに息絶えたソレに何をしたところで意味はない。敵には一切の容赦をしないハジメだが、だからと言って意味もなく死人に鞭打つような趣味もない。
彼が敵に容赦しないのはそれが必要だからだ。逆に言えば、こうする必要があるとハジメは判断したのである。
引き金にかけた指に力を籠める寸前、ハジメは香織に支えられている雫に一瞬意識を向ける。
香織の回復魔法のおかげで大半の傷と疲労は癒えたはずだが、クラスカードの反動による弱体化は極めて特殊な状態異常に分類される。疲労や負傷に対する回復魔法では治せないし、状態異常を回復する魔法でも効果は微々たるもの。雫が本調子を取り戻すには数日を要するだろう。
しかし、ハジメが雫に意識を向けたのはそれが理由ではない。その真意は、肉体的なものではなく精神的なもの。
今の雫は、さほど心の機微に敏いわけではないハジメから見ても、明らかに不安定になっていた。同時に、その理由も凡そ察しが付く。
(俺はそうでもなかったが、普通はそうなるよな)
奈落の底で劇的な変心を遂げたハジメならともかく、まっとうな精神構造をしていれば当然の結果だろう。いつかその時が来ると予想し、覚悟していたつもりでも、いざその時に受ける衝撃は想像を遥かに上回る。
事実、雫は自らが選択し、実行した決断に伴う結果を受け止めきれずにいた。如何にステータスが弱体化しているとはいえ、あの凛とした少女がこうも弱々しい姿を晒すとなると、それしか考えられない。
とはいえ、雫であれば遠からずそれすら飲み干すことができるだろう。それを思えば、これからやろうとしていることはおせっかいや余計なお世話に分類されることだ。だが、それを承知の上でハジメはあえてそれをする。
(せっかくの再会だってのにしょぼくれてんじゃねぇっての。あんま香織に心配かけさせるなよな)
それはひとえに香織のため。ホルアドの町にとどまっていられる期間もそう長くはない以上、雫にいつまでも沈んでいられては困るのだ。さっさと立ち直って、香織を安心させてもらわなければ。
故にハジメはドンナーの引き金にかけた指に力を籠め、する必要のない“トドメ”を刺す。
再度迷宮内に轟く一発の銃声。
香織の下に集まっていた面々の視線が自然とハジメへと向き、迷宮の壁に反響していた銃声が収まるのと前後してハジメも向き直る。そして、慣れない演技をしながら深々と嘆息する。
「おい、八重樫。やるならしっかりトドメくらい刺せ」
「ぇ…トドメ?」
「おぅ。尻拭いはしてやったから、精々感謝しろよ」
呆けた様子の雫に、恩着せがましく告げる。クラスメイト達から向けられる視線に好意的な成分はなく、ある者は後ろめたそうに、またある者は否定的な視線を向けている。だが、ハジメはそれら一切を斬って捨てる。
反応する価値はないし、相手をするつもりもない。ハジメは彼らに対し等しく関心がない。雫に対する余計な気配りにしたところで、根底にあるのは香織の存在だ。召喚以前からいろいろと骨を折ってくれた相手ではあるが、彼女が香織の親友でなければこんなことはしなかっただろう。
そして、そんなハジメの本心を見透かしたように、優しい微笑みを浮かべる香織。それがなんだか無性に気恥ずかしく、ハジメは口をへの字に曲げて視線を逸らす。他のクラスメイト達には無抵抗な相手を殺したことへの罪悪感の表れと映ったかもしれないが、知ったことではない。
敏い雫だけは、呆れの混じったような視線を向けているが……案外余裕そうで何よりだ。
その後、絶望的な状況から生き延びたことやなぜか香織が一緒に行動していることに対する追求、ついでに持ち前の正義感を発揮して食って掛かる勇者などを適当にあしらい、用は済んだとばかりに地上へと戻ろうとするハジメたち。
勇者一行もこれ以上迷宮に潜る気にはなれず、そもそも香織の回復魔法を受けたとはいえ、満身創痍の状態に変わりはない。言葉にはせずとも、今はハジメたちについて迷宮の外に出るのが最善であることがわかっていた。
その間、ハジメへの後ろめたさや畏れもあって彼に声をかけられる者はおらず、代わりに香織が質問攻めにあうことに。香織も答えられる範囲では答えようとするが、元々嘘や誤魔化しが上手い性分ではない。すぐに言葉に詰まってしまったが、ハジメの
まぁ、無事に迷宮の外に出た後には、それはそれで一悶着あったのだが。
例えば、合流してきたユエたちのことを見て義憤に駆られた勇者が……
「南雲、どういうつもりだ!」
「あん?」
「香織がお前についていくというのは……百歩譲って認めるとする」
(立香のことは覚えてないはずだが、無意識下でもアイツの説得が影響してるのか? そうでもないと、“あの”天之河がこんなに物分かりが良いはずがねぇし、アイツどんな説得したんだよ)
「別に光輝君に認めてもらう必要はないよね?」
「香織……いやまぁ、その通りではあるんだけど」
「……香織、せっかく昔の男がよりを戻そうとしてる」
「誤解を招くような言い方やめてよ、ユエ!」
「……いいから、話しぐらいは聞くべき。私たちはその間に先に行ってるから、どうぞごゆっくり。なんなら、そのまま復帰してもいい。むしろ是非そうすべき」
「ユエの意地悪! ハジメ君を独り占めにしようとしても、そうはいかないんだから!!」
勝手に話の方向を捻じ曲げるユエに香織がとびかかり、手四つで取っ組み合いを始める二人。
「えっと……香織?」
「あ、気にしなくていいですよ。あの二人、いつもあんな感じなので」
「うむ、あれが二人なりのコミュニケーションというやつじゃからな」
「そ、そう。服装と言い、随分活動的になって……」
「シアお姉ちゃん。このお姉ちゃん、なんだかママみたいなの」
「素直さって、時に残酷ですぅ」
でも、ホロリと娘の成長に涙するような表情を浮かべている時点で、フォローのしようがない。
だが、光輝の話の本題はそこではなかった。
「見たところ中学生…いや、小学生くらいか? こんな小さな子に抱き着かれて鼻の下を伸ばすなんて、見損なったぞ南雲ハジメ! お前がそんなロリコンだとは思わなった!」
「……ほぉ」
「……なるほど、さすがだな勇者。思わず痺れたり憧れたりしちまいそうだ」
「お、恐れを知らねぇですぅ」
「あわわわわ……ど、どうしようティオ!」
「う~む、何という冷たい視線。アレを向けられたらと思うと……ん、んんっ!! た、たまらん!」
なんて盛大に墓穴を掘ったり
「わ、わかった。君は小さくない、立派な大人の女性だ」
「……ん、わかればいい」
(物陰に引きずり込んで何やったんだ、ユエ?)
「そ、それはともかく……人を奴隷にするなんて何を考えているんだ! 首輪をつけて連れまわすだなんて……」
「あの~、これ外そうと思えば外せますけど、ほら」
「え?」
「兎人族は奴隷として人気じゃからのう。便宜上でも首輪の一つくらいつけておらんと、おちおち街も歩けんのじゃよ」
平然と首輪を外して見せられ何とも微妙な空気になったり
「ご主人様なんて呼ばせて……人をコレクションか何かだと思っているのか! そんなこと、許されるはずがないだろう!」
「そうかそうか。つまり、お前がこいつを俺の魔の手から救ってくれると、そういうわけだな!」
「そ、そうだ!」
「良かったなティオ。新しい飼い主が見つかったぞ、お前のことは決して忘れない、元気でな」
「いやじゃいやじゃ、いやなのじゃ――――――――っ! 妾はご主人様が良いのじゃ―――――――っ!!」
「ちっ! 離せこの変態! いいからさっさと行ってこい!!」
「い―――――や―――――――――――じゃ――――――――――――――っ!」
「…………………………あれ?」
予想と反対の反応に困惑したり。
光輝としてはハジメの過ちを糾弾して、その上で香織の目を覚まさせ、同時にユエたちを解放させようと思っていたのだが……さすがに空気の読めない彼にもわかった、どうにもそういう雰囲気ではないことが。
奴隷だと思っていたシアは別に奴隷ではなく、ティオはむしろ邪険にされているのに自分からすり寄っていき、香織とユエは度々ケンカしているがどうにも険悪な様子ではない、むしろ楽しそうにしている。
それは光輝の世界にはない、光輝の知らない何かだった。知らないものを受け入れられるほどの度量は今の光輝にはないが、かといって楽しそうにしている彼女たちを否定する言葉もまた光輝は持ち合わせていない。結果的に苦し紛れに決闘を挑みはしたものの……こちらもいいようにあしらわれて半日意識を失うことに。
目を覚ました時にはすでにホルアドの町にハジメたちの姿はなく、しばらく療養が必要な雫の下にミュウが預けられているだけだった。
* * * * * * * * *
軍務についていたフェリシア・グレイロードの朝は早い。
日の出とともに目を覚まし、まずは顔を洗って眠気の残滓を洗い流す。鏡は極力見ない。妥協に妥協を強いられる理想への道、彼女の想いに反して突き進む時代、当然夢見も悪く、ままならない現実からもたらされる多大なストレスは額に深いシワを、目元には濃いクマを刻んでいた。もともと怜悧な美貌の持ち主だけに、シワとクマのコンボがもたらすインパクトは並ではない。加えて寝起きでボサボサに乱れた髪、鋭いながらも焦点の定まらない不機嫌そうな眼差し、顔色も悪くさながら幽鬼のようなその姿はぶっちゃけ怖い。フェリシアをして、わかっていても目を背けたくなるくらいには。
実際、起き抜けの彼女の顔を見た傍付きの女性兵の中には悲鳴を上げる者もいたのだ。これで自分の容姿に自信が持てる者がいたとしたら、よほどの自分大好き人間だろう。無論、フェリシアはそんなナルシストではない。
だから、フェリシアは鏡を見るのが嫌いだった。鏡を見てもいい事なんて何もない。ただ、現実を前に追い詰められていく自分を再確認するだけだから。それでも嫌々ながら鏡に視線を向けるのは、しっかりと身嗜みを整えてせめて周りを怖がらせたくはなかったから。
乱れた髪を整え、不機嫌な形で凝り固まった表情筋を解し、カトレアに習ったメイクで少しでも目元のクマを隠し、顔色をよく見せる。彼女にとって朝の身支度とは、己を美しく見せるためのものではなく、周囲に本当の己を悟らせないための作業だった。
だがその日、フェリシアはらしくないミスを犯す。ここ数日の怒涛かつ波乱の出来事を乗り越えて気が緩んだのだろうか。あるいは、珍しく嫌な夢を見ることなく熟睡できたからか。
ハインケルの一角に備え付けられた洗面台へおぼつかない足取りで向かう途中、ばったりマシュと出くわしてしまったのだ。その瞬間、燻っていた眠気はいずこかへと吹き飛び、彼女の頭の中は混迷を極めていた。
(どうしよう、どうする、どうすればいい!? 朝の私など見せてしまっては、キリエライト殿もさぞ恐ろしいでしょう。謝る? いや、謝るしかありませんが、ではなんと? こんな有様で謝っても、むしろ気分を悪くされるのでは? 一度出直し、しっかり身支度を整えてから謝るべきでは? ですが、その場で謝罪しないというのも無礼なわけで……)
なるほど、確かに今の彼女は生来の美貌を台無しにしてしまう程の有様なのだろう。まぁ、それにしたって自己評価が低すぎるが。
だが侮るなかれ、その程度で恐れ慄いていてはカルデアではやっていけない。そも、顔のインパクトというのであればキャスター「ジル・ド・レェ」やライダー「イヴァン雷帝」など、フェリシアですら及ばない相手がいくらでもいるのだ。
いまさらフェリシアの百年の恋も冷めるような幽鬼の如き有様を見たところで、動じるマシュではない。当然、彼女の肩に乗るフォウも全く動じない。
「あ、おはようございます、フェリシアさん。昨夜はよく眠れましたか?」
「フォウフォウ」
「え? あ、は、はい」
「そうですか、それはよかったです。心なしか昨日よりも顔色も良いようですし、一安心ですね」
「お気遣い、ありがとうございます」
やや困惑しながらも、丁寧に頭を下げるフェリシア。驚かれたり怖がられたりしないことに内心首を捻りつつ、別にそういう反応が欲しいわけではないことを思い出し、とりあえず「ホッ」と息をつく。
それから僅かに遅れてマシュのコメントを思い出し、自分の頬に手を触れる。
(顔色が良い? 私が?)
「あの、どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、なんでも……」
「そうですか? それならいいのですが……あ、フェリシアさんはコーヒーと紅茶、どちらになさいますか? 朝食までまだ時間がありますし」
「でしたらコーヒーを…ではなく! そのような雑事は私が致しますので、どうかお気になさらないでください! 朝食の支度も、私が……」
敢えてこの一行の中で序列をつけるのなら、フェリシアは確かに最下位と言っていいだろう。つい先日までは敵同士で、立香の厚意でこの一行に同道させてもらえることになっただけの部外者だ。
フェリシアとしては、そんな己の立場を弁えての発言だったのだが、マシュはそれを真っ向から切って捨てる。
「いいえ、それはダメです」
「だめ、でしょうか?」
「はい、ダメです。不許可です。NGです」
「そう、ですね。本来そう言った雑事は新参者の役目ですが、私などでは……」
「フェリシアさんは昨日色々あったばかりですから、無理をしないでください。今はまず、心と体をゆっくり休めて英気を養うのがお仕事です」
「え……」
「フェリシアさん、あまり無理をしないでください。あなたはこんなところで倒れてはいけない人です、だからこそあの人は命を捨てたのではありませんか」
「それは……」
「まだ会ったばかりの私たちを頼るのは難しいかもしれません。ですが、まずはゆっくり休んでください。先輩も、あなたはすごく無理をしていそうだと心配していましたから」
「リツカ殿が……」
「先輩はそういった機微には敏い人です。あなたにその自覚がなくても、先輩がそういうのならそれは確かでしょう」
マシュの目にはゆるぎない信頼と確信が宿っている。立香がそう言った以上、今のフェリシアに最も必要なのは休息なのだと。
「ですから、まずは休んでください。話はそれからです」
「フォウ!」
「…………」
フェリシアとしても言いたいことは色々とある。彼女が立香たちに同道しているのは、暢気に休むためではない。
とはいえ、数々の恩を受けた相手からの言葉を無碍にもできない。むしろ、彼らの配慮を無視して心配をかける方が不義理なのかもしれない。
様々な思いが錯綜する中、決め手となったのは先日の誓いだった。一時的ではあれ、フェリシアは藤丸立香を主とし、誠心誠意使えると口にした。ならば、その主の言葉と配慮には従うべきだ。
「……承知しました。当面の間は、案内役に徹すると致しましょう」
「はい。あ、そういえば朝食の希望はありますか? 今は食材の在庫が心もとないので、応えられるかはわかりませんが」
「いえ、食べられないものはないので、お任せします」
(それが一番困るのですが、とりあえずは在庫と相談して決めるとしましょう)
しかし、この時マシュはまだ気づいていなかった。
先日の災害救助の折に物資の大量放出をした結果、今の彼らのおかれている状況が想像以上に危機的なものであったことを。
「緊急事態です」
「フォ?」
朝食を済ませ、フェリシア誘導の下シュネー雪原を目指すカルデア一行。
そんな中、運転担当のブーディカを除いた面々を集めたマシュは開口一番そう告げた。
「緊急事態って、どうしたのマシュ?」
「シャドウボーダーに乗り込んで以来の危機に私たちが直面していることに、遅ればせながら気づいたんです、先輩」
「シャドウボーダーってことは……まさか、食料関係?」
「はい。現在、宝物庫やハインケルの荷台にはほとんど食料が残っていません。原因は、その……」
「ふぅむ、先日の被災地支援の際に景気よく放出しましたからなぁ。あれだけ出せばそれは底をついても仕方がないでしょう」
「あ~、なるほど……」
何しろ、当面の間は碌に食糧の確保すらままならないであろうことは一目瞭然だった。そのため、有らん限りの物資を放出したのだ。そのおかげで、彼らが飢えることは当分ないだろう。その決断自体に後悔はないし、いまさら「あーすればよかった」という気もない。
とはいえ、シェイクスピアたちはともかく立香とマシュ、そしてフェリシアは食べなければ死んでしまう生きた人間なのだ。物資の補給は急務といえる……通常なら。
「ですが、マシュ殿。それでしたら藤太殿がおります。藤太殿の無尽俵があれば、食の問題は解決なのでは?」
「確かにそうです。ですが、藤太さん……現状どの程度回復していますか?」
「そうさなぁ……何しろ日が浅い。件の集落でほぼ使い切っておるから、こちらも少々心もとないと言わざるを得まい」
藤太の無尽俵は美味しいお米がどんどん出てくる半永久的食糧自給能力を有する特殊な宝具だ。とはいえ、一度に出せる量には限界があり、限界まで出し切ると回復にある程度の時間を要する。一応、完全に回復していなくても出すことはできるが、小出しにしていてはいつまでたっても回復しきらない。
「これから先、また不測の事態が起きないとは限りません。特に、シュネー雪原に入れば食料の確保は事実上不可能と考えるべきでしょう」
「むぅ……そのあたりどうなの、フェリシア?」
「そうですね、シュネー雪原に生息しているのはほぼ魔物ばかりと言われています。そのため、通常の獣はほぼ生息していません。当然、草木が生育できる環境でもないので……」
やはり、食料を得ることはできないと考えるべきだろう。もしもどこかでまた食糧を必要としている人たちと出くわしたとしても、その時には見捨てるしかない。立香は確かにお人好しではあるが、彼のスタンスはあくまでも「助けられるなら助ける」だ。自分たちの食糧の全てを分け与えられるほどではない。
見捨てることを覚悟した上で進むか、それを未然に防ぐためにどこかで食料を得るか。これはそういう話だ。
「香織さんがいてくだされば、まだ無理も利いたのですが……」
「ああ、そういえばそんな話してたっけ」
「カオリ殿、ですか? たしか、別行動をしている治癒師でしたね」
「うん。で、回復魔法の中に魔力を融通するのがあるでしょ」
「はい」
「それを使って魔物の肉から魔力を除去すれば、食べても大丈夫になるんだって」
「なんと!? それは本当ですか!!」
魔物の肉が人体に対して有害なのは、その肉に残った魔力が人体を破壊するからだ。逆に言えば、残留した魔力を除去することができれば、無害化できるということでもある。
ハジメのために魔物を調理する術を身に着けた香織だが、味見ができないのでは繊細な調理は不可能。せっかく思い人に振舞うのなら、最高の一皿をと思うのは自然な流れだ。そこで彼女は試行錯誤の末、光系上級回復魔法“廻聖”を応用し、魔物の体内に残留した魔力を除去する方法を編み出した。その結果、ハジメでなくても魔物の肉を食せる調理法を確立。残念ながら、魔力を除去した肉ではステータスの向上や固有魔法の習得はできないが、それはハジメが食べる分だけ残しておけばいいだけの話だ。魔力の有無で味に変化がない事も、ハジメに味見をしてもらって確認済み。結果、味見が可能になった香織の魔物料理の質は大幅に向上した。
こうして、香織はトータス名物「魔物料理」の祖となったわけである。
「興味深いですね。それなら、魔物しか生息できない過酷な土地でもある程度の食糧の確保が可能になります。魔人・人間・亜人を問わず、人の生存圏を大幅に広げることができるでしょう」
(考えることのスケールが大きいなぁ……)
「ちなみに、フェリシアさんは回復魔法は?」
「一応全属性に適性があるので、使えないことはないのですが……」
「ユエと似たタイプ、ってことかな?」
「そのようですね。現状、魔力の除去は香織さんでないとできない非常に繊細な作業のようですから」
つまり、この案の実効性は低いということか。
「………………では、いよいよこれの出番でしょうか」
「うぐっ……それは」
満を持して段蔵が懐から出したのは、笹の葉(っぽいもの)に包まれた饅頭(っぽい代物)。
大抵のことには動じなくなった立香ですら顔を青くし、サーヴァント一同全力で目を逸らしている。
だが、何も知らないフェリシアだけは興味深そうに見入っている。
「段蔵殿、これは?」
「我ら風魔一族が総力を挙げて開発した逸品めいた何か…もとい栄養補助食品。その名も“銘菓風魔まんじゅう・改”にございます」
「改? ということは、通常の“ふうままんじゅう”もあるのですか?」
「無論。通常の風魔まんじゅうはそれ一つで一日に必要な栄養を全て摂ることができ、如何なる過酷な任務も耐え切れること請け合いの品。まさに、一つ食べれば百人力。当世風に言うのなら、高タンパクにしてビタミン豊富、そして高カロリー。この饅頭さえ食せば、飢えることはまずなく、全身に活力がみなぎりましょう。
これは、それに段蔵が更なる工夫を凝らした改良品にございます。蓄積した疲労を拭い去り、一時的な魔力の増加さえ成すという。新時代のビジネスマンに加えて魔術師たちもが垂涎する、驚異の忍具にございます」
「す、素晴らしい!! まさか、そのようなものがあるとは!!」
目から鱗とばかりに感動を露わにするフェリシア。だが彼女は知らない。確かに効果は大変素晴らしいのだが、この饅頭には一つ致命的な欠点があることを。
「…………お一ついただいてもよろしいでしょうか?」
『え゛っ!?』
「無論です」
『ちょっ!?』
「では」
『やめっ……』
「フォー――――――――――――ッ!!」
止める間もなく“ヒョイッ”と口の中に銘菓風 魔まんじゅうを放り込むフェリシア。確かにこの品の効能は素晴らしい。だが、それをすべてひっくり返すほど……不味いのだ。たわしを食っているような食感、生魚を混ぜたことによる生臭さ、加えてなにやら形容しがたい後味。こんなものを食して無事でいられるはずがない。そうそのはずなのだ。
にもかかわらず、フェリシアはそれを“モッキュモッキュ”と租借し、“ゴクンッ”と嚥下する。その間、彼女の顔色が変わることは一切なく、怜悧な美貌に陰りは見られない。
誰もが信じられないものを見る目を向ける中、静かに黙考し……やがて口を開いた。
「少々癖は強いですが、効能を考えれば陣中食としては破格です。よろしければレシピを教えていただけますか?」
『え~……』
「フォ~……ラ~?」
「本来は門外不出の品ですが……」
ドン引きする一同を他所に、レシピの公開へ向けて交渉に入る二人。
都合一時間に及ぶ交渉の末、“改”ではなくただの“風魔まんじゅう”のレシピを提供することに。今後、フェリシアの部下になる誰かに対し、深く深く哀悼の意を捧げるカルデア一行であった。
同時に……
(フェリシアってもしかして味覚がない?)
(さすがにそれはないと思うのですが……)
(でも、アレを食べて平然としてるんだよ? そんな人に食事とか任せられる?)
(…………ごめんなさい、先輩。私が間違っていました)
こうして、フェリシアの台所出禁令が秘かに採択された。
本人の名誉のために言っておくが、フェリシアは単に食における下限が途方もなく低いだけで、段蔵のように味覚がないわけでもエリザベートのようにメシマズなわけでもない。長く軍務についていたせいか、あるいは本人の生まれ持った性質か、食べられるのならどんなに不味くても食べられるだけなのだ。
まぁ、だからと言って他の誰かも彼女と同じように食べられるとは思わないでほしいのだが。
とはいえ、フェリシアとてこんな代物を常食しろとは言わない。
そうなると、やはりどこかで食料の補給をしなければならない。人間族である立香やマシュは魔人族の町や集落には入れないし、フェリシアも今やお尋ね者。どこまで手配が回っているかはわからないが、彼女も基本的に街には入れないと思うべきだ。当然、サーヴァントなど論外。
では、どうやって食料を確保するかというと……
「……ふぅ、上手く怪しまれずに入れたみたいだね」
「フォウ!」
とある魔人族の町。その中を褐色の肌に尖った耳という魔人族の特徴を備えた、あまり見ない顔立ちの青年が肩に謎の小動物を乗せたまま深々と息をつきながら歩いている。青年の背には大きなバックパックが背負われ、右手からはリードが伸び、その先には体高一メートルほどの純白の犬のような生き物。
青年は犬に導かれるように路地裏へと足を向けると、バックパックから布の塊を出して大慌てで犬に背を向ける。
するとどうしたことか、犬の身体から見る見るうちに体毛が失われ、骨格が変化し、人の形へと変化していく。俊敏な肉食獣を思わせる細く引き締まった肢体でありながらも、胸は僅かに膨らみ女性らしさを主張している。
犬から女性へと変身したその人物は布の塊をほどき、手早く着替えを済ませると、背を向けた青年にどこか気恥ずかしそうに声をかける。
「あの、お手数おかけしました。もう大丈夫ですので」
「そ、そう?」
振り返れば、そこにはようやく見慣れ始めてきたばかりの怜悧な美貌を僅かに紅潮させ、涙目になって羞恥に震えるフェリシアの姿。
男性が大半を占める軍に属していたこともあり多少のことには耐性ができている彼女だが、姿を犬に変成させていたとはいえ、あのような露出プレイまがいのことには流石に羞恥心が煽られたのだろう。青年から微妙に視線を外し、身体を抱きしめるように手を回して内股気味にモジモジしている姿は逆に扇情的ですらあった。
とはいえ、彼女が羞恥に震えるのも無理はない。変成魔法で無理をして犬に成りすましていた以上、当然衣服はもちろん下着もつけるわけにはいかない。つまり、衆人環視の中を全裸で四つん這い、かつ首輪をつけてリードで異性に繋がれるという、正真正銘の
「ええっと、その……」
「あの…あまり、見ないでください」
「ご、ごめん。その、大丈夫?」
「できれば、その話はもう……」
「そうだね、うん」
青年としても、この話を蒸し返すのは本意ではない。フェリシアが望まぬ変態プレイに人生最大の羞恥を感じていたように、青年もまた一連の出来事をなかったことにしたいと思っている。
年上の、それも目の肥えた彼から見ても「美しい」と断言できる美貌の女性を全裸かつ(以下同文)で連れ歩いていたのだ。恥ずかしいのは彼とて同じだし、已む無くこの案を実行に移す際の後輩と狂戦士の光のない目を思い出すと生きた心地がしない。
(おのれ、シェイクスピア……後で絶対しばく)
発案者のことを思い出し決意を固めるが、心配には及ばない。すでに、留守番をしている女性陣によって袋叩きにされているからだ。
「ところで、リツカ殿」
「え!? な、なに!」
「その、違和感はございませんか?」
「えっと……うん、大丈夫そう。すごいね、こんな使い方もできるんだ」
「ですが、違和感があれば言ってください。私のそれと違い、精々表面的なところを操作しただけとはいえ、まだわからないことの多い魔法でもありますから」
「な、なるほど……」
フェリシアの発言に先ほどまでのことを思い出しそうになり、必死に頭の中から追い出そうとする立香。
そう、これがシェイクスピアの出した案だ。町や集落へ入る際にはステータスプレートの提示が必須だが、ステータスや技能を隠してしまえば名前や年齢、レベルや天職くらいしか表示されない。つまり、種族はわからないのだ。それを利用すれば、あとはフェリシアの変成魔法で外見だけ魔人族に似せるだけで町への侵入は可能なはず。とはいえ立香一人では不安が残る、かといってサーヴァントたちには強力な魔法ならいざ知らず、如何に神代魔法といえども外見を弄る程度の魔法は弾かれてしまう。そこでフェリシア自身が人間以外の生物に変身して同行、町に入ってしまえばあとは本来の姿に戻って護衛するというわけだ。
フェリシアの名前は広まっていても、彼女の素顔を知る者は多くないし、メイク次第でもある程度誤魔化しが効く。そんなわけで、この二人で食料の補給に来たわけである。
「まぁ、今のところ違和感もないし、早速買い出しをしようか」
「はい、お供します」
(もうちょっと気楽にしてくれていいんだけどなぁ……)
ようやく調子を取り戻したようで、生真面目に答えるフェリシアに苦笑を漏らす立香。まぁ、追々慣れていってもらえばいいと思うことにする。
そうして、町へと繰り出す二人。フェリシアとしてはあくまでも立香を主として立てる方針でいたのだが、凛とした佇まいのフェリシアと見慣れない顔立ちながらどこかパッとしない立香では釣り合いが取れないのは当然。
いつの間にかフェリシア=それなりの身分のある人物、立香=従者と見做されるようになっていたのはご愛敬だろう。フェリシアがしきりに恐縮していたが、立香からすれば当然の帰結だ。
ただ、そんな誤解を招いたこともあってかいつの間にか買い物の際のやり取りは主に立香が担当することになる。
そうなれば、当然……
「おばちゃん、この干し肉10キロ買うから、そっちの燻製肉ちょっとおまけして」
「う~ん、燻製肉も10キロ買ってくれるんなら、サービスするよ」
「よし、乗った!」
とか
「ほらここ! ここんとこに傷がある! こっちのは形が悪いし、ちょっとまけてよ」
「ばーろー! 傷だの形だのでいちいち値引きしてたらこちとら商売あがったりだろうが!!」
「そう? じゃ、やっぱりあっちの店にするかな」
「あん? やめとけやめとけ。あのごーつくばりのところで買ったりしたらぼったくられるだけだぞ、坊主」
「向こうのおじさんも同じこと言ってたけど?」
「なにぃ……!」
「おじさんの男気、見たいなぁ」
「…………おぅよ! あんな器のちいせい野郎とは違うってところ見せてやらぁ!!」
「ヒュー! ヒュー!」
とか
「フェリシア、両手を組んで上目遣いに」
「あのリツカ殿、私には似合わないと思うのですが……」
「そんなことないない……そうそう。その調子でお願いして」
「お、おねがいします、おじさま」
「しゃ、しゃーねーな……少しだけだぞ」
「何やってんだいあんた! 若い娘に鼻の下伸ばして……」
「げぇっ、母ちゃん!?」
「あ、ヤバッ……逃げるよ、フェリシア」
「え! で、ですが……」
「あ、待てお前ら! せめて少しくらいフォローしてけぇ!!」
「も、申し訳ありませ―――ん!」
「あはははは! 失敗失敗」
「はははは、しくじったな坊主!」
「よう嬢ちゃん、ちょっと覗いていきなよ。いい品入ってるぜ」
という具合に、すっかり街に溶け込んで値切り交渉やらなんやらを大いに満喫していた。
そして、それを間近で見ていたフェリシアは改めて思う。
(ああ、凄いなぁ……)
当たり前のように街の喧騒の中に身を置き、言葉だけではなく心を交わす。言葉を交わす中で表情を曇らす人はいない。誰もが楽しそうに、あるいは面白そうに笑顔を浮かべ、彼の背中には冷やかしとも称賛ともつかない声が絶えることなく浴びせられている。
それは、彼らが立香を自分たちと同じ魔人族と思っているからこそではあるだろう。しかし、決して大きくはないこういった町は本来大なり小なり閉鎖的だ。外部の者、見慣れない者には自然と壁が作られ、必要最小限のやり取りしかしないもの。幼い頃は流浪の民として各地を回っていたフェリシアには、いくらでも覚えのあることだった。
なのに、立香の前ではそんな常識はまるで意味をなさない。さも古くからこの町で暮らしていたかのように、彼は街の空気に溶け込んでいる。特別なことをしていたようには見えないのに……いや、実際に特別なことはしていないのだろう。当たり前のことを当たり前のままに駆使して……だからこそ、藤丸立香は特別なのだ。
(この方から学ぶことは多い。リツカ殿の様にはなれなくても、少しでも近づくことはできる。それはきっと、いつかの時代で大きな財産となるに違いない)
藤丸立香という存在を刻み、それを後世に残さなければならない。種の確執が忘れ去られるほどの遠い未来、今度こそ絆を結ぶためには、彼のような人がきっと必要になるはずだから。
そんな思いを新たにしていたフェリシアだが、ふと彼女の視線がとある商店の軒先に吸い寄せられる。
彼女は少なくない力を振り絞って無理矢理視線を引きはがすが、立香の目は誤魔化せなかった。
「…………………本」
(ビクッ)
「好きなの?」
「あの、それは……」
「そういえば、さっきも服屋の方を気にしてたよね」
「……気づいて、おられたのですか?」
「うん。フェリシアも女の人だし、おしゃれとかやっぱり気になるよなぁとは思ってたんだけど……その割には、普通の服とかはスルーしてるから、ちょっと気になって。さっきの店、結構独特な服売ってたよね」
そういった心の機微に敏い事もまた、立香の特徴の一つなのだろう。
ただ見ていただけではなく、フェリシアがどんな服に興味があるかも見抜いていたとは……。
「先ほどのは、この辺りの特産品なのです。この付近でしか取れない染料と、特有の染め方で作られた品ですね」
「へぇ……詳しいね」
「これでも、元は流浪の民でしたから」
かつて様々な土地をめぐり、その土地で色々なものを見た。山岳地帯ならではのもの、湖の周辺ならではのもの、東西南北に足を向ければやはりその土地ならではのものがある。
「衣服に限らず、食や建物など生活に根差したものには土地の風土が出ます。昔から、そういったものを見るのが好きでした」
「…………」
「彼らはこれを着て、あるいはこんな家に住んで、こんなものを食べてどのように生活しているのか。娯楽に乏しい集落でしたから、そうやって想像するのが数少ない楽しみでした」
「なるほどねぇ……」
「申し訳ありません。つまらない話をしてしまいました」
「いや、つまらなくなんてないよ。フェリシアの原点の一つを見た気がする」
きっと、こんな彼女だからこそ同胞たちの未来を憂い、全く新しい
「フェリシア、一つ良いかな」
「はい」
「もし君だったら、どんな国を作りたい?」
「国、ですか?」
「うん、まぁ国でも街でもなんでもいいんだけど……」
「そう、ですね……理想を言えば、皆で支え合える国が良いと思います。富める者が貧しい者を援助し、貧しい者もそれに甘えるのではなく、受け取ったものを返すために頑張れるような国を」
「確かに、理想だね」
「はい、理想です。きっと、そうはいかないのでしょうが……」
「………………………………でもきっと、それを煩わしいと思う人もいるよ」
「……………………………………え?」
「サーヴァントはホント個性の塊みたいな人たちだし、俺も色々なものを見てきた方だと思う。
だから、言っておいた方が良いかなって思ったから、言う。フェリシアは面倒見がいいけど、それって悪く言うとアレコレ決めたがるってことだよね。それを、煩わしいって思う人もいる」
躊躇いがちに、だが伝えるべきだと強い意志を感じさせる声で立香は言葉を紡ぐ。
フェリシアの理想は正しいと思う。美しいと思う。しかしそれは、万人が共通して抱く感想ではないことを、立香は知っている。
「独立独歩って言えばいいのかな。自分のことは自分で決める、だからいちいち口を出すな。そういう風に思う人もいるんだ。そういう人からすると、フェリシアの理想は煩わしく映るんだと思う。
別に悪事を働いたり、人に迷惑をかけたりするわけじゃない。結果的にはフェリシアが目指すものと同じことをしようとしていても、自分のやり方に口出しされることを嫌がる人もいる。結果は出すから口を出すな、とかね」
「……………………………良かれと思って口を出すことが間違っていると?」
「……………………………人によりけりだと思う。丁寧に道筋を示してほしい人もいれば、好きなようにやらせてほしい人もいる。しっかりルートを示さずにはいられない人もいれば、結果さえ出せば文句はないっていう人もいる。たぶん、フェリシアは前者なんじゃないかな?」
その問いに、フェリシアは答えられない。確かに、その通りだと思うからだ。彼女は人の自主性や多様性を尊重していながらも、軍人であったからか、どちらかといえば整然とした規律を好む。
「逆に、俺は後者の方。というか、サーヴァント相手に規律とか統制を敷こうとしても上手くいくはずがないから、自然と放任になっただけなんだけど」
サーヴァントの全てがその手の規律や統制を煩わしく思うわけではない。特に騎士に連なる者達は、割とこの手の方向性と相性がいい。とはいえ、全員に共通して敷くことのできる規律もまたない。生きた時代も違うし、身分や奉じる神、死生観だって違う。だから、一部サーヴァントを除けば基本的には放任にせざるを得なかった。
だからこそ、立香は人の多様性というものを誰よりも肌で感じてきた。故に、提言しなければならないと思ったのだ。フェリシアの理想を基本的には受け入れても、彼女のスタンスを快く思わないものもいることを。
「私も、リツカ殿に倣えと、そういうことですか」
「いや、そうじゃない」
「………………」
「フェリシアのやり方を好む人もいれば、そうじゃない人もいるってだけなんだ。だから、フェリシアとは違うスタンス、放任主義の上司なり部下なりがいた方が良いと思うっていうだけ。規律に馴染む人はフェリシアが、放任主義の人はその人が担当すれば、うまくバランスが取れるでしょ。
カルデアは、なんだかんだでマスターとサーヴァントの主従関係が原則にあるし、マシュがしっかりしてくれてるから規律の方もうまくいってる。
要はフェリシアがマシュで、俺の役をやってくれる人を見つけるといいっていう話。それが上か下かはわからないけど。でも、これから先フェリシアの道には本当に色々な人が関わってくる。そんな人たちに対応できる体制を作っていかないといけないんじゃないかな」
(ああ、そうか。副長、あなたが言っていたのはそういうことでもあるのですね)
思い返してみれば、今は亡き副長が自由にやりたがる連中をうまく制御してくれていたのだろう。軍という組織に入っている関係上、基本的には規律に従う者達がほとんどだったが、中には毛色の違う者もいたはずだ。というか、彼自身がその筆頭だった。そんな彼が率先してフェリシアに従い、同時に緩衝役として彼らをうまく御してくれていた。その有難みを、フェリシアは改めて噛み締める。
同時に、これからのフェリシアの道程はさらに多様性を増すだろう。中にはフェリシアのスタンスと相性がよくないものもいるはずだ。そんな同志たちをうまくコントロールしてくれる人材を幅広く発掘していく必要がある。
立香が言いたいことは、そういうことなのだ。すべての思想を一つに集約するのではなく、人々の多様性を良しとするのなら……。
(年上とはいえ、私の世界はまだまだ狭い。己の未熟さを、改めて実感しますね)
「ごめん、なんか偉そうなことを言った」
「いえ、いいえ……忠告、ありがとうございます。そのお言葉、胸に深く刻みました。
ですが、私にできるでしょうか。多様な価値観を受け入れられるだけの度量が、私に……」
「まぁ、そんなに気負わなくていいんじゃないかな。まだまだ先の話になるだろうし、俺たちと一緒にいれば一癖も二癖もある人には事欠かないから。差し当たっては、シェイクスピアや頼光とうまく付き合えれば相当なものだと思うよ?」
ヘシアンとロボはもう癖が強いどころの話ではないので、さすがに除外する。
そもそも、フェリシアにはすでにある程度以上の器があると思う。何しろ、立香から見てもあの副長は中々にへそが曲がっていた。そんな彼を御しえていたのだ、あとは曲者とかかわる経験を積んでいけば割と何とかなるだろう。別に、どこぞの征服王のようなカリスマを獲得しようというわけではないのだから。
「って、随分話が逸れたけど、何の話をしてたんだっけ?」
「ええっと…………それは、その……」
立香は思い出そうと云々唸っているが、フェリシアは違う。わかっていてどうにかして話を再度逸らそうとしているのだが、上手いネタが思いつかない。もともと、立香と違いそこまで話し上手だったりするわけではないので、無理もない話だが。
しかし、そうこうしているうちに立香が本題を思い出してしまう。
「あ、本」
(ギクッ)
「そうだ、さっきのって本屋だよね。何か気になることでもあった?
本だったら、内容はともかく作りとかにはそこまで土地柄って出ないと思うんだけど……」
「それは……」
事実、フェリシアが先ほどの本屋で目にとめたのは別にこの土地ならではのものではない。
作りも普通だし、タイトルにも特別なものはない。どこにでもある、ありふれた「童話集」だ。
ただ、土地が変われば収録されている内容も変わってくるかもしれない。もしかしたら、フェリシアが読んだことのない話も……そんな考えが頭をよぎり、つい目で追ってしまったのだ。
「…………よし、確かめて来よう」
「フォウ!」
「ぁ、あ~……」
引き留めようとするも、追及の矛先が向くのではと思うとそれもできず、結局為すがまま来た道を戻るフェリシア。そして明らかになる、フェリシアの秘かなる趣味……というのは流石に大げさすぎるだろうか。
「へぇ、フェリシアってああいう本が好きなんだ」
「うぅ……」
顔を真っ赤にしながらうなだれつつ、購入した「童話集」を大事に抱えるフェリシア。日々の癒しが手に入ったのは良いが、彼女としては恥ずかしくて今にも顔から火が出そうだ。本人の主観としては、いい年して童話に熱中するのはどうかと思っているのだろう。
しかし、立香からすればそんなことは恥ずかしくもなんともない。それどころか……
「それなら、こっちの童話とかにも興味ある?」
「え?」
「マシュも結構好きだし、話が合うんじゃないかな。そもそもサーヴァントの中には作家系もいるよ。小説家に童話作家、シェイクスピアも劇作家だし」
「そ、そうなのですか!?」
「シェイクスピアなら、頼めば詩とか書き起こしてくれるかもしれないし、場合によっては自著を語ってくれるかもしれないよ」
本来なら作品を買うよう促すだろうが、この世界ではそもそも入手できない。
そこで、布教がてら自分の作品を紹介するくらいのことはするだろう。
(ゴクリッ)
フェリシアとしても、異世界の童話や御伽噺には大いに興味がある。主に読むのが童話なだけで、基本的に物語であれば何でもござれだ。ただ、彼女の好むストーリーがこの世界では童話に多く見られるというだけで。もしかしたら、異世界ではもっといろいろなジャンルでフェリシア好みのストーリーが主流かもしれない。故に早めに用を済ませ、急ぎシェイクスピアの下に駆け込もうと心に決める。
だが、それはそれとして見過ごせないことというものもある。
「フェリシア、あれって知ってる?」
「アレとは…まさか、あの飴のことですか?」
「うん。人間族の町ではなかった匂いだなぁって」
「やめましょう。アレは……って、リツカ殿!?」
「おじさん、それ一つちょうだい」
「お、良い度胸じゃねぇか坊主。こいつが何か知ってるのか?」
「ううん、知らない」
「っておいおい、知らねぇのに食うのか?」
「旅の醍醐味は現地の人との交流と未知の食べ物、これ基本でしょ?」
「はははは、ちげぇねぇ! よし、その度胸に免じてちょいとまけてやるよ。その代わり、しっかり味わえよ」
「ありがとう!」
「な、なんてことを……」
いつの間にか傍を離れて購入してしまっていた立香に、思わず頭を抱えるフェリシア。
「どうしたの、フェリシア?」
「フォ?」
「リツカ殿、それがなんだかわかっているんですか!? いいですか、それは魔人領にのみ自生する、世界で最も苦いと言われる果実を生成して作った飴なんです! しかも、生の実には毒性すらあるんですよ! 生成が不十分だと、毒が残っている可能性もあるというのに……」
「フォァッ!?」
「へぇ……」
「お分かりになりましたらこちらに渡してください。今すぐ返品して……」
(パクッ)
「……何やってんですかあなたは!!」
「ごほっ! げほっ、ごほっ……うわぁ、きっくぅ……」
「は、早く吐き出してください! どういうつもりですか、あなたは!」
「いや、そんな食べ物を粗末にしちゃ悪いでしょ」
「ですが!」
「それにね、フェリシア。俺の故郷では吸盤のついた触手をぶつ切りにしたものや腐った豆を食べるんだよ」
「え゛?」
「ほかにも、土地によっては有名な毒キノコや毒持ちの魚を食べたりもする。臭いだけなら問題なし!」
「毒が残っている可能性もあるんですよ!」
「いやぁ、そもそも俺毒効かない体質だし。あ、ちょっとピリッと来た。ん~、この刺激がまた……」
「フォ~……」
どうやら、僅かとは言え毒性が残っていたらしい。立香はそれすら楽しんでしまっているが、その瞬間フェリシアの目から光が消えた。
「リツカ殿、そこに座ってください」
「へ? あの、フェリシア、なんだか目が怖いんだけど……」
「いいから、座りなさい」
「……はい」
「リーダーたるもの徒に己を危険にさらすなど言語道断!! たとえ毒への耐性があろうとも、それが通じない毒が存在しないとは限りません! もしそれが今当たったとしたらどうするのです!」
「いや、それは、その……」
「良いですか、そもそも……!!」
その後、約三時間にわたってフェリシアのお説教が路地裏に響き渡った。それが心底から立香の身を案じてのものとわかるだけに、立香としても口を挟むに挟めない。
結果、立香たちが無事物資の補給を終えてハインケルに戻るのは、夕暮れ時と相成るのであった。
余談だが、その後フェリシアはマシュから「人魚姫」や「醜いアヒルの子」などを語ってもらったり、シェイクスピアのところに通い詰めたりしているらしい。
マシュは同好の士ができたことを喜び、シェイクスピアからも逐一一喜一憂してくれるので「良い読者」として受けが良い様だ。何しろ、語って聞かせるだけでなくわざわざ自著をプレゼントするほどである。また、彼女自身が取材対象として中々に面白いことから、“エンチャント”を施しているとかいないとか。
真相は、今のところ闇の中である。
そうして数日後。フェリシアの案内のおかげもあって順調にシュネー雪原を超え、ついに氷雪洞窟へとたどり着くのであった。
何話か前にも出ましたが、フェリシアの趣味は読書。童話とかを主に読んでいますが、物語であれば大体何でも読みます。好みのジャンルというかストーリーは「ハッピーエンド」。ご都合主義だろうがデウスエクスマキナだろうが何でもいいので、「めでたしめでたし」で終わるものが好き。ままならない現実にもがいてきたので、「フィクションの中でくらい……」という思いがあるせいですね。
そのため、実はアンデルセン作品が苦手。でも読む。読んでボロボロ泣く。アンデルセンに会ったらきっと「なんでこんな酷いことを……」と猛抗議しそう。でも作品自体は名作なので、懲りずに読んではそのたびに泣くの繰り返し。結構面倒くさい?
しかし、まさか自分の作品の中で露出調教プレイなんて書くことになるとは思わなかった。必要に迫られて已む無くやったこととはいえ、フェリシアがおかしな扉を開かないことを切に願います。変態は駄竜だけでお腹いっぱいだよ。