ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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活動報告の方で第三章時点までの立香・マシュ・フェリシアのステータスを公開しています。フェリシアについてはFGO風のステータスも興が乗って書いてしまいました。興味があればどうぞ。


第四章「混沌蹂躙戦域 フェアベルゲン」 副題「狂騒兎」
028


 

シュネー雪原は一年を通して曇天に覆われ、吹雪によって閉ざされた極寒の大地だ。

本来なら視界の確保すら困難な場所だが、それも遥か上空を行く分には関係のない話。

 

冴え冴えとした月光に照らされる雲海の上を、一頭の黒竜が滑るように飛翔する。

空には上弦の月と満天の星、眼下にはどこまでも続く純白の海。

世に絶景・美景は数あれど、これほどの景観はそうはない。天空を自由に舞う鳥ですら、高度が足りずこの景色を見ることはついぞできないだろう。

黒竜の背に乗る面々は、思い思いにこの絶景を楽しんでいる。ある者は月と星を肴に酒杯を傾け、またある者は愛する者との語らいに興じ、またある者は言葉もない様子で圧倒されている。

 

そんな中、集団から離れ竜の頭部近くに座る少女が一人。

愛おしそうに、あるいは感慨深そうに漆黒の鱗を撫でながら、少女…ジャンヌ・ダルクは呟く。返事のないはずの呟きはしかし、すぐ間近にある黒竜の口から返された。

 

「そういえば、こうしてジーク君の背中に乗せてもらうのは初めてですね」

「そうだな。本体ならともかく、端末の俺では竜体は一時的なものだ。一気に焼き払うのではなく、こうして飛翔するのには不向きだろう」

「転身を持続するには令呪によるブーストが必須、私事(わたくしごと)のために令呪を消費するわけにはいきませんし……」

 

だが、だからこそこの機会を大切に思う。滅多にない事だからこそ、有難みがある。ジャンヌの声音にはさほど残念そうな印象はなく、むしろ機会を得られたことに対する喜びがあった。

 

「わぁっ……♪」

「どうやら雪原を抜けたようだ。しかし、不思議なものだな。まるで何かで仕切られているかのように雲が途切れたぞ」

「ですね。見たところ、地上にも雪や氷も見えませんし……ふふっ、妹たちにも見せてあげたいです」

「そうか…いや、そうだな」

 

彼女が妹と呼ぶ存在は、両名とも何かにつけてジークを構う。それ自体は嬉しく思うのだが、次女(オルタ)に無理難題を吹っ掛けられたり、三女(リリィ)に背に乗せて飛んでくれとせがまれたりするのは…なんというか、ちょっと困る。

別にそれでジャンヌ(長女)が不機嫌になったりケンカの種になったりするわけではないのだが、妙なバツの悪さを感じてしまうのだ。何名かの男性サーヴァントに相談したこともあるのだが、誰も彼もがニヤニヤするだけで「気にするな」とか「これも修行だ」とか、「上手くやれよ」と曖昧極まりない事しか言ってくれない。

とはいえ、別段彼女たちのことを忌避しているわけでもないので、ジャンヌの意見にはおおむね賛成だ。

しかしそこで、ジークは自身の身体に起きた異変に気付く。

 

「……むっ」

「どうかしましたか、ジーク君?」

「すまない、ルーラー。マスターを呼んでくれないか。どうやら竜体の維持も限界らしい。転身を解いて陸路を進むか、それともさらに令呪を消費して飛ぶか、判断を仰ぎたい」

 

本体はともかく、端末である今のジークの身体は人型がベースで、竜体は一時的な変化に過ぎない。それを長時間にわたって維持しようとすると、令呪によるブーストが必要になる。氷雪洞窟を出る際、強行突破がてら他のサーヴァントの援護も受けながら転身して焼き払い、そのままここまで飛んできたわけだが、それもそろそろ限界のようだ。

 

「わかりました、少し待っていてください。あ、それと……」

「どうかしたか?」

「クラスではなく名前で呼んでくださいと、いつも言っているでしょう。エクストラクラス…特にルーラーは少ないですが、それでも他にもいるんですから、紛らわしいじゃないですか」

「だが、今回ルーラーは……」

(じーっ)

「それに、他のルーラーは天草四郎とホームズだぞ? 別に紛らわしいということはないと思うが……」

(じ――――――――――――っ)

「……すまない。善処はするが、少し時間を貰えないだろうか」

「ええ、もちろんです。気長に待ちますから、代わりに必ず直してくださいね」

「わかった」

「…………で、皆さんはこちらをチラチラ見ながら何をニヤついているんですか?」

『別に~』

「フォ~」

 

カルデアに召喚される以前からの知人らしいが、ジークが言うにはお互いそのあたりの記憶が曖昧らしい。曰く「違う形で再会しない限りは……」ということだが、結局こうしてイチャついているのだから、なるようになる二人なのだろう。というのが、カルデア一同の共通見解だ。

 

閑話休題。

ガーランド領内にいる限りは、いつまた追っ手が差し向けられるかわからない。避けられる戦いは避けるに越したことはない、ということで残る令呪も使い切って一気に国境を越えた一行。その後はハインケルに乗り換え、ハジメたちと合流すべく海辺の町【エリセン】へ向かう……のだが、ここでもちょっと一悶着があり

 

「え~、良いじゃねぇかよ~! 俺が運転してもよ~!」

「いやぁ…それは、その~……」

「俺騎乗スキル持ってるしよ~! なんでダメなんだよマスター!」

「だって、モードレッドの運転って……」

「俺の運転が何だってんだ、あぁ!?」

「あの、何か問題があるのでしょうか? 話を聞く限り、“うんてん”には自信がおありのようですが」

 

ごつい甲冑に身を包みながら、中身は華奢な女性というあたりにちょっと親近感なんて抱いていたフェリシアが、困惑気味にマシュに問いかける。基本的には立香の意向を優先する彼女がこうしてお伺いを立てているあたり、モードレッドへ同情心とかが湧いているのだろう。

とはいえ、今回に関して言えばモードレッドを擁護する者はほぼいない。

 

「確かに、モードレッドさんの騎乗スキルはBランクなので、かなりお上手ではあります。ですが……」

「ウー……二度と、ごめん、だ!」

「フランケンシュタインがしゃべってまで拒否する、それで察してくれ」

「彼女、言動通り色々荒いというか雑ですから」

「な、なるほど……」

 

粗野だったり荒っぽかったりする部下もいるにはいたが、モードレッドほど振り切れているタイプはいなかったのだろう。フェリシアの顔からは、濃い困惑の色がうかがえた。

 

「なー、良いだろマスター! なー! なー! なーってばー!」

(まるで、親に小遣いを強請る子ども……は失礼でしょうか?)

 

失礼な言い草ではあるが、同時に的を射た表現でもある。たぶん、口にすればモードレッドは激怒し、周りはしきりに賛意を示したことだろう。

ただし、フェリシアが実際にその思いを言葉にするより早く、とってもいい笑顔でモードレッドの肩を「ガッ」する者がいた。

 

「サー・モードレッド、あまりマスターを困らせてはいけませんよ」

「あん? なんだ、鉄拳聖女かよ。お前は関係ねぇんだから、すっこんで…「ん?」…いや、なんでもねぇ」

「そうですか、ではちょっと話があるので付き合ってください。大丈夫、手間は取らせませんから、ね?」

「いや、待てよ。俺は別にお前に用なんて……」

「そう言わずに、すぐに済みますから。マスター、少しサー・モードレッドをお借りしますね」

「ハイ、ドウゾ」

 

そうして水辺の聖女(鉄拳聖女)に物陰へと連行される叛逆の騎士。間もなく夜空に響き渡る鈍い音の数々。

 

「リ、リツカ殿? あの岩の後ろから、不穏な音がするのですが……」

「フェリシア」

「は、はい」

「俺たちは何も聞いてない、いいね?」

「え、ですが……」

「なにも 聞いて いない……OK?」

(ちらっ)

『サッ!』

 

助けを求めるように周りを見れば、惚れ惚れするほど一糸乱れぬ動きで目を逸らす仲間たち。

フェリシアはこの瞬間悟った。「あ、これ追求しちゃいけないやつだ」と。

何とも言えない静寂が場を満たし、途方に暮れるフェリシアだが……やがて岩の陰から実にいい笑顔のマルタと腹を抑えて前屈みのモードレッドが姿を現した。

 

「えっと、大丈夫?」

「はい、サー・モードレッドへの説得(物理)はつつがなく。ですよね?」

「……お、おう…うっぷ!?」

「では運転の方は私が。さぁ、皆さん乗り込んでください」

『は~い!』

(い、良いのでしょうか?)

 

モードレッドの背中をマシュと共に擦りながら、宝物庫から出したハインケルに乗り込むフェリシア。

もちろん、訓練されたカルデアの仲間たちはそんな目に見える地雷を踏んだりはしない。一名、全力で現実から目を背けている要塞聖女(ジャンヌ)もいたりはしたが。そのおかげもあり、色々と疑問は尽きないものの、深入りしてはいけないことだけは本能が訴えかけている。

とりあえず、立香やマシュから各サーヴァントの伝承や人柄などを聞いておこうと内心決意するのだった。

 

そうして、新たな仲間たちを迎えたカルデア一行は一路【エリセン】を目指すのだった。

 

 

 

ということがあってから数日後。

ハジメたちに少々遅れてエリセンに到着した立香たちは、海の大迷宮【メルジーネ海底遺跡】へ挑む……前に、海辺のバカンスを満喫していた。

 

「行くぞ相棒! 逆巻く波濤を制する王様気分(プリドゥエン・チューブライディング)! いぃぃぃやっほうぅぅ!!」

盗んだ(ガメた)ボードで波乗りしだすって、どこの尾〇だよ」

「まぁ、モードレッドはある意味反抗期を拗らせまくってるから」

「というか、近くにいた海人族たちが波に飲まれているのは良いのだろうか?」

 

並んで桟橋に腰掛けながら、朝一で海を満喫する叛逆の騎士をぼんやりと眺めながら駄弁る男衆。

だが、ジークの懸念も最もだ。如何に水中がホームグラウンドの海人族といえど、大時化レベルの波の前では為す術もない。まぁ、大波といっても単発なので、その内勝手に浮き上がってくるだろう。それよりも問題なのは、現在進行形でそのつぶらなお目々をキラッキラさせている幼女の方だ。

 

「パパ! パパ! モーちゃんスゴイの! ミュウもやってみたいの! グリーンルームに入るの!」

「ミュウちゃん、どこでそのネタを……」

「ちっ! ここにもシアの同類が……情操教育に悪いにもほどがあるだろ」

「本日の“おまいう”いただきました」

「あん? 立香、そりゃどういう意味だコラ」

ティオ(駄竜)のご主人様、毎夜の爛れた性活、しかも相手は二人、敵は問答無用でスプラッタ……何か反論は?」

(ぷいっ)

 

ぐぅの音も出ないとはこのことである。

 

「パパ! ミュウもあれやりたいの!」

「ダメに決まってるだろ」

「なら、モーちゃんに乗せてもらうの!」

「もっとダメだ」

「マスター、一般的な親子とはこういうものなのか?」

「……まぁ、カルデアの親子関係よりは世間一般に近い、かな?」

「あらあら、うふふ……そうですね、娘の我儘に振り回されるのは男親の特権といえば、そうかもしれませんね」

「なるほど、そういうものか……」

 

肩車したミュウ(愛娘)に頭をペシペシされるハジメに艶やかな微笑みを浮かべるミュウの母レミアの回答に、知識はあっても経験に乏しいジークはしきりにうなずいているが、訂正するべきか悩む。

概ね間違ってはいないと思うのだが、何かが致命的に間違っている気がする。カルデア(非常識)に慣れてしまい、最近なんだかその辺の境界が曖昧になっている気がするのが、目下の悩みどころだ。

しかし、そんな立香のひそやかながら深刻な悩みなど、海で浮かれに浮かれているサーヴァントたちには関係のねぇ話である。

 

「ぁ、ジーク君♪ お待たせしました。さぁ、早速行きましょう!」

「ルー…ジャンヌ。マスター、すまないが……」

「うん、いってらっしゃい。楽しんでくるといいよ」

 

何故か周囲に空飛ぶイルカを伴いながら、海を満喫する気満々の格好の聖女が手を振っている。ジークもそれに応えるように腰を浮かせるが、一応サーヴァントとしてマスターである立香に一言断りは入れてくれるあたり、彼の生真面目さがうかがえるだろう。

 

「意外っつーか、なんつーか……あの有名な聖女がなぁ」

「英雄も聖女も、一皮むけば一人の人間ってことだよ」

「そりゃそうなんだろうが、ケロッと言えるお前はやっぱすげぇよ」

 

『そう?』とでも言いたげに首を傾げる立香に肩を竦めながら、邪竜と聖女という相容れぬ肩書を持ちながらどこにでもいる恋人のように腕を組む二人を見送る。

 

「でもよ、水着に着替えたくらいで霊基ってのは変わるもんなのか?」

「普通は変わらないんだけど、一部サーヴァントはスカサハとかが霊基を弄ったから」

「ボードに乗るからライダーはまだ分かるが、イルカを撃つからアーチャーってどういう理屈だよ」

「まぁ、その辺けっこう緩いから。石を投げたり銃を撃ったりするのはまだ序の口。剣やら電気やら、中には視線を飛ばすアーチャーもいるし」

「飛ばせばなんでもアーチャーかよ……」

 

訳が分からんとばかりに空を仰ぐハジメ。

ハジメたちがエリセンに到着して既に3日、立香たちが合流して1日が経っていた。次なる目的地が【海底遺跡】ということもあり入念に装備は整えているが、それも立香たちと合流する頃には完了している。いつでも攻略に向かうことはできるのだが、大迷宮を攻略してしまえばエリセンに留まる理由もなくなる。それはつまり、ミュウとの別れを意味している。

久しぶりにのんびりと羽を伸ばしたいというのも嘘ではない。だが、心の奥深くで別れのカウントダウンへのスイッチを入れることに対する躊躇があるという自覚はある。自分の中に生じた、その“余分”をどう処理すべきか。それこそがハジメが天を仰ぐ本当の理由だった。

 

(恨むぜ、先生……)

 

言葉にはせず、内心でぼやく。香織とユエ、この二人の存在もあってハジメは身体だけでなく心まで“バケモノ”になることはなかった。しかし、それでもこの世界の一切合切を切り捨て、目的のためには犠牲を厭うつもりはなかった。

そんな彼が考えを少し変えるきっかけとなった恩師。変わり果てた自分に対しても変わらず“先生”として“生徒”を思ってかけてくれた言葉。恨み言を言うつもりはないし、心から感謝している。愛子の存在があったからこそ、得られたものがあり、その得難さをハジメは理解しているのだから。

 

(……変わったな、ハジメ。オスカーの隠れ家を出た頃より、随分と人間らしくなった。いや、変わったんじゃなくて、取り戻しつつあるってことか)

 

奈落の底で、圧倒的弱者だった彼が生き残るために削ぎ落とした多くのもの。ユエと出会ったことで決定的なものが損なわれることにはならず、香織の存在によって拾い上げられたものは多い。

それでも、かつてのハジメは人として危うかった。抜き身の刃ならぬ、安全装置の外れた拳銃のような。少しでも引き金に力が籠れば、即座に致命の一撃が放たれる。そんな危うさ。

だが今の彼はしっかりと安全装置がかけられ、多少のことでは外されないという安心感がある。まぁ、拳銃本体で殴りつけてくる危険性は否定できないし、代わりに爆弾を放り投げてくる突拍子の無さはあるのだが。

それでも、友人の変化は立香にとっても好ましい。今すぐではなくても、いずれは地球…日本での日常にとけこめるようになる日も遠くないだろう。

 

「にしても、アイツら遅くないか?」

「あらあら、あなた。女性の身支度には時間がかかるものですよ」

 

上品に微笑みながら窘められるハジメ。いろいろあって重傷を負い、一度は歩けるようになるかさえ危ぶまれた彼女だが、治癒師として突出した腕を持つ香織のおかげで回復の目途も立った。まだ治療中で歩行や泳ぐことはできないのでこうして桟橋に腰掛けているが、完全回復も遠くはない。

ただ、そんなことよりハジメとしては彼女の呼び方が気になるわけで。

 

「いや、だからその呼び方は……」

「ハジメ……いや、ハジメさん」

「……なんだ、いきなり敬称付けやがって」

「本妻・正妻に続き、愛人に奴隷、娘に加えて現地妻ですか。マジパないっすわ」

「やめろ。まるで俺が下半身でものを考えているロクデナシみたいじゃねぇか」

「え?」

 

『違うの?』とでも言いたげな立香に、本気で殺意が芽生える。

本妻(香織)正妻(ユエ)については反論余地がないし、ミュウについても口籠らざるを得ない。だが、残り三つについては頑として否定したい。いくら何でも、そこまでだらしない下半身はしていない。

 

「みゅ?」

「あら? どうしたの、ミュウ」

「いま“ポーン”って音がしたの」

「? ママには聞こえなかったのだけど……」

「まぁ、偶にはのんびりしたっていいじゃないか。残る大迷宮はあと二つ、とりあえずは順調なんだしさ」

「まぁ、な。帰るための明確な手掛かりがないのが不安といえば不安だが、言っても始まらねぇし。なんだかんだ、大迷宮の試練はキツイからな。ここらで英気を養うのも必要か」

「そうそう。ネックは魔人族の動きだけど、そっちもしばらくは大丈夫。向こうが動けるようになる前には、残りの大迷宮の攻略は間に合うって」

「そうだな」

「みゅっ! また“ポーン”って音がしたの! 旗が立ったみたいな音がしたの!」

「あらあら、不思議ねぇ」

 

不用意なことを言ってはいけない、これ異世界生活の鉄則である。

とそこで、絹を裂くような悲鳴が……

 

「ひゃ―――――――――――っ!?」

「……おい、今の」

「フェリシア?」

 

聞き覚えのある、だが聞きなれない人物の悲鳴。どちらかといえば、悲鳴よりも「くっころ」の方が似合いそうな彼女のああいった声というのはレアだ。

声の元はハジメたちが逗留させてもらっているレミアの家。現在は事実上の女子更衣室なので、立香やハジメでも迂闊に踏み込めない。フェリシアが悲鳴を上げるほどの事態となるとただ事ではなさそうだが、あまり心配はしていない。あそこには今、フェリシアの他にもユエ(チート吸血姫)香織(ストーカー治癒師)シア(バグウサギ)ティオ(駄竜)、加えてマシュ(デミ・サーヴァント)といった一騎当千の猛者が揃っている。フェリシア自身も、実力的にはユエたちに劣らない。

それこそ、大迷宮でもない限りあのメンツがどうこうなることはないだろう。例外があるとすれば、あのメンツ同士でじゃれ合っている時だ。なので、特に心配する必要はない。ないのだが…それにかこつけて下心を丸出しにする懲りないバカはいるわけで。

 

「むっ! これはか弱い乙女の悲鳴に違いない! 紳士として助けに向かわねば! そう、紳士として!」

「鼻の下が伸びまくりじゃねぇか、この紳士(笑)」

「もしもし警察(アルテミス)ですか? はい、ここに女子更衣室をのぞこうとしている不審者(オリオン)が……」

「ははは、何言ってんだよマスター。そんな冗d……」

「だ~り~ん~?」

「ごめんなさいごめんなさいちょっとした冗談なんです出来心なんです本気じゃないんです愛しているのはお前だけであって別に他の女の子にちょっかいかけようなんて全然思ってなくてあくまでも一人の紳士として助けに行こうかなっていうそれだけなんですそもそも当方あなたのヒモなんですよね調子乗ってすんませんでし…らめえええええワタが出ちゃううううううう!!」

 

頭と足を潰す勢いで握られそのまま折檻(雑巾絞り)されるブサイクマ。

 

「……なぁ、あれって綿と腸をかけてるのか?」

「さすがオリべえ。ギャグ一つに命懸け、よっ芸人の鏡。ところで、いよいよ長年の疑問だった、ペットなのかぬいぐるみなのかがはっきりするなぁ」

「悠長なこと言ってないで助けろ! ちがった、助けてくださいお願いします! ってかそもそも、俺芸人じゃなくて狩人なんですけどぉ!? ぁ、やめ、ほんとにそれ以上はお助けえええええええ!?」

「懲りないなぁ……」

(アレに比べれば俺はまだまだましだな、うん)

 

1人何かに納得しているハジメ。まぁ、確かにあれ程節操なしではないが、オリオンを比較対象に自己弁護している時点で大概である自覚はない。

そうして、ぐったりとしたクマとウキウキした様子でデートへと向かう恋愛脳(スイーツ)系女神様。

あれほど「結婚は人生の墓場」という言葉が似合うカップルも稀だろう。なんとなく合掌して見送る立香とハジメ。そんな二人の下へ、不思議そうに首を傾げながら着替えを終えたマシュと香織がやってきた。

 

「どうかしたんですか、先輩」

「……ハジメ君?」

「気にしなくていいよ」

「ああ、一人の男が月に召されただけだ」

「はぁ?」

「そっか…………」

(ほんとに大丈夫なんだろうなぁ、立香の奴)

 

良く分からない様子のマシュと、いまひとつ表情が冴えない香織。本人は努めて明るく振る舞おうとしているが、正直言ってあまり取り繕えていない。立香たちと合流する少し前あたりから、香織はよくこういった様子を見せている。その理由は凡そ見当がついている。本人が「大丈夫」と虚勢を張るのと、立香から「悪いようにはならない」とのお墨付きをもらっているので敢えて気付かないふりをしているが、やはり心配なものは心配だ。

まぁ、それを口にすれば誰からとは言わないが「過保護」と苦笑されるので、わざわざ言ったりはしないが。

 

「ところで、さっきの悲鳴って……」

「実は……」

 

少し時間を遡り、先の悲鳴が上がる直前。レミア宅では、こんなことが起こっていた。

 

「ご、後生です! 後生ですからそれだけはお許しください!」

「まぁまぁ……ほら、これなんてどうです?」

「む、無理です無理です! 絶対に無理です! そんな、そんな腕も足もむき出しで、おへそまで……」

「ですが、これはれっきとした水着ですぅ」

「……ん。私たちも同じ、恥ずかしがる理由がわからない」

 

シアの手にある水着は青いビキニ。かなり布面積は少ないが、それでもまぁ常識的な範囲だ。むしろ、シアの普段着より幾分か大人しいくらいだろう。

ただ、肌を露出する衣装と縁遠かったフェリシアにとっては、あまりにもハードルが高かった。

 

「仕方がないのぅ。では、これはどうじゃ?」

「…………なんですか、ソレは」

「無論、見ての通りの水着じゃよ」

「ですが、ですがそれは…………ほとんど紐じゃないですか!?」

 

所謂「スリングショット」。大事なところはちゃんと隠れているが、逆に言うとそこしか隠れていない。明らかに悪ノリした結果のチョイスだ。

 

「では、これでどうです! 樹海ではよくやってましたよ」

「葉っぱ!? 葉っぱですよね、ソレ! もはや布ですらないではありませんか!?」

「甘い! 甘いのう、シアよ! 川や湖ならそれも良いじゃろう。しかしここは海! 海ならば、やはりこれじゃ!」

「なんだとぉ、ですぅ!? それはまさか……」

「うむ! 海といえば魚貝! TPOに則った貝殻でこしらえたビキニじゃ!」

「それで何を隠せるというんですかぁ!?」

「むむ、やりますねティオさん。さすが竜人(駄竜)族」

「おぬし、今とんでもないルビを振ったじゃろう……ハァハァッ! イカン、怒るべきとわかっているのに…… 鎮まれ、妾の溢れるリビドー!」

「ですが、私も負けませんよ! さぁ、フェリシアさん。どちらにしますか? もちろん、私ですよね?」

「自分で振っておいて無視とは……まったく、弁えた仲間よのぉ。じゃが、そこは妾の方じゃろ。のう、フェリシアよ」

「ひっ!? そ、それは……」

「さぁさぁ!」

「良いではないか良いではないか」

 

フェリシアの貞操観念的にあり得ない水着を手に迫るシアとティオ。じりじりと迫る二人に、あまりの衝撃に腰が抜けたのかフェリシアは涙目になって後ずさる。さながら、捕食者に追い詰められる哀れな獲物如し。

その後ろでは「私が勧めた水着にしておけばよかったのに」とばかりにユエが溜息をついている。ちなみに、彼女が勧めたのは比較的布面積が多めのビキニにパレオの組み合わせ。二人が勧めてくるそれらに比べれば、はるかにおとなしい代物だ。だがそれでも、フェリシアとしては無理な代物だった。腕を出すだけなら辛うじて許容範囲だが、太股を晒したりへそを見せたりするなどありえない。なので、ワンピースタイプでもアウト。競泳水着でも厳しく、ダイビングスーツでもない限りは無理な相談なのだ。

そして、エリセンではそういった水着は取り扱っていない。挑戦的な水着ならいくらでもあるのだが……つまり、初めから詰んでいたのだ。

 

「それにのぅ、騎士たるものこれくらいで恥ずかしがってなんとする」

「そ、それは……」

「それに、アレを見よ!」

「あれ? ……っ!?」

 

あまりの光景に絶句するフェリシア。そこにいたのは、シアやティオが勧める水着とも呼べない何かに負けず劣らぬ挑戦的な格好をした赤毛の少女。具体的には、大事なところだけ隠すように包帯を巻いただけのフランの姿。

 

「あついぃ、だるいぃ……はやくうみぃ~」

「あ、コラ! 待ちなさいフラン! そこ緩んでるわよ! そんな状態で海に入ったらすぐ解けるでしょうが!」

「う~、まるたうるさぁい。このままじゃおーばーひーとする、とめるならこおりください」

「はいはい。ちょっとユエさん、氷貰えます?」

「……ん、わかった」

 

つば広の帽子をかぶった水辺の聖女の要請で、ちょうど人間一人分くらいの大きさの氷を出すユエ。

フランはそれにくっついて涼を取り、その間に弛んでいた結び目を結び直すマルタ。

とはいえ、それでもあまりにもはしたない格好に、フェリシアの目が点になる。

 

「普段はしっかり者のフランさんもあの通り。これが海の魔力ってやつですぅ」

「うむ。海ではだれもが開放的になるもの。お主もここは一念発起する時ぞ」

「というわけで、ほらほら着てみたら意外と……はっ! 大変ですユエさん!?」

「……ん、どうしたのシア?」

「私、今ちょっとドキドキしてきてますぅ! 嫌がる美人を剥いてあられもない格好に…イケナイ感じが堪らないというか……」

「……だめ、戻ってきてシア。そこから先は地獄(ティオ)だぞ」

「お主ら、失礼にもほどが……んんっ! でも感じちゃう、悔しい!!」

(い、今のうちに……)

 

何やら内輪もめが発生しているうちに、こそこそと逃走を図るフェリシア。騎士にあるまじき…などと言ってはいられない。頼みの綱はマシュだが、彼女はさらに後ろで困ったように苦笑いを浮かべているので当てにならない。助けたいのは山々だが、一種異様な空気ができていてどう介入していいかわからないのだろう。

ちなみに、その横では香織がやはり今一つ浮かない表情で立ち尽くしている。これでは助力は期待できない。

なので、あとはもう自力で逃げるしかないのだ。

 

(動け、動きなさい私の足! あの厳しい訓練は何だったのです!)

 

別にこんなことのために鍛えたわけではないので、それは無茶ぶりというものだろう。

とはいえ、あともう少しで玄関。ここさえ抜けてしまえば……というところで、見つかってしまうのがお約束。

 

「あっ! フェリシアさんが逃げます!」

「なにっ! 逃がさぬぞフェリシア!!」

「まずは逃げられないように剥いてやるですぅ!」

「うむ! おや? 妾がいずれご主人様に使ってほしいアイテム一式の荒縄がなぜかこんなところに……」

「あ、ぁあ……お、お許しを―――――――――!!」

「逃がすかぁ、ですぅ!!」

「さぁ、共に新たな扉を開こうぞ!!」

「ひゃ―――――――――――っ!?」

 

ということがあったわけだ。

這う這うの体で逃げだすことに成功したフェリシアは、アテもなくエリセンの町を放浪する。いま戻れば、きっと先の二の舞だろうことは想像に難くない。遠方からは「ふんぬぁ!」とか「むぁだまだぁっ!」とか、妙に暑苦しい声が聞こえてくる。なんでも、ハジメたちが訪れた時にちょっとしたすれ違いから騒動になり、手も足も出なかった自警団が特別講師を迎えて鍛え直しているらしい。あまりバカンスや遊興に縁のなかったフェリシアとしては、そちらの方が落ち着くので気が付くとふらふらっと足が向いてしまう。

だがそこで、フェリシアは一つの天啓を得るのだった。いや、もう正直神とか全くアテにしていないのだが。

 

数時間後。

種族特性を発揮して、チートの権化達から華麗に逃げ回る変則的な鬼ごっこ(ミュウ以外全員鬼役)を全力で楽しんでいるミュウを桟橋に腰掛けて眺める立香。初めは彼も参加していたのだが、あっという間に体力が尽きて見学に回った次第である。いや、立香の体力は決してバカにできたものではないのだが、比較対象が悪すぎる。

一番体力的に立香のレベルに近い香織ですら、久しぶりに会ったら立香を優に上回る身体能力を身に着けていた。正確には、魔力による身体強化のレベルが立香より数段上なのだ。オルクス大迷宮を出る頃にはそう差はなかったはずなのに……改めて、自身の凡人っぷりを突き付けられる。

だが、今更自分の凡庸さに凹んだりはしない。というより、今はそんなことより目のやり場に困る。

 

「ミュウちゃ~ん、お願いですから水着返してくださ~い!」

「ミュウちゃん、やりすぎ……」

「あらあら、あの子ったら」

 

油断があったとはいえ、シアから水着を奪うとは大したものである。ただし、そのおかげで彼女のたわわな双丘が露わになっている。一応手ブラで隠してはいるが、目のやり場に困ることに変わりはない。

まじまじ見るなど論外だし、かといって視界に入ればつい目が行ってしまうのが男の性。ならばできることは一つ、全力で視線を逸らし視界に入れないようにするしかない。

 

しかしそこで、思いもよらぬ人物が乱入する。海中を黒い影が生半可ではない速度で進み、ミュウの背後に迫る。いち早く気付いたハジメ(パパ)が指弾の構えを取るが、技能「気配感知」が捉えた感覚から警戒を解く。わからないことだらけではあるが、ミュウに危険がない事だけは確かだからだ。

黒い影は泳ぐミュウのすぐ真後ろまで迫ると彼女を捕らえ、一気に水上へと飛び上がった。

 

「みゅっ!?」

「ふふっ、捕まえましたよミュウ殿。さあ、シア殿に水着を返してください。それは少々オイタが過ぎますよ」

「フェリシアお姉ちゃん!?」

 

そう、そこにいたのは長袖のパーカーを羽織ったフェリシアだった。普段は一房だけ伸ばした白髪をうなじの辺りで結っているのだが、今は邪魔にならないように後頭部辺りでまとめている。

それだけでも少々印象が変わるのだが、今はそんなことは些事だ。何しろ、彼女の変化はそれどころではない。

 

「お主、どうしたんじゃその足は……」

「ふ、ふふ、ふふふふふふ……考えてみれば、簡単なことなのです。腕を出すのが恥ずかしいのなら長袖を、おへそを出したくないのなら上着を切ればよいだけのこと。ならば、脚も同じこと! ですが、服を着ては動きにくい。ならば方法は一つ、動きやすい形で足を覆ってしまえばよいのです!!」

 

そう高らかに謳ったフェリシアの下半身に……脚はなかった。代わりに彼女の下半身は両足が一体となり鱗で覆われ、足首から先はヒレのようなものに変化している。それは所謂……

 

「「「「人魚(です)、ソレ!!」」」」

 

地球出身者からすれば馴染み深いファンタジーな存在。今のフェリシアは、水着の上からパーカーを羽織った人魚そのものだった。

 

「人魚って何ですぅ?」

「聞いたところ、海人族とも違う感じじゃが……」

「……ん、内輪ネタ良くない。私たちにもわかるように説明」

 

海人族はいても人魚はいない異世界トータス。説明に少々時間をかけながらも、そういう御伽噺上の存在がいることを説明される現地人の皆さん。普通なら中々イメージがしにくいところだろうが、現物というべきものが目の前にいるので飲み込みやすかったのか、すぐに納得してくれた。

 

「……つまり、変成魔法で魚の魔物の魔石を使った?」

「はい。これなら無暗に肌を晒すこともありませんし、何より水中も自由自在に泳げます。ふふっ、今の私なら海人族が相手でも負けはありません」

 

誇らしげにない胸を張るフェリシア。実は水着が恥ずかしいのとは別に、みんなと一緒に海を満喫できないことがちょっぴり寂しかったらしい。しかし、これでその問題も解決。思う存分、皆と親交を深めることができるとあって、ちょっとテンションが上がっているらしい。

そして、それにプライドを刺激されたのが海を独壇場とする海人族たるミュウだ。魔法は使えないし、陸上では脆弱な彼女だが、海の中は自分たちのフィールド。そこで負けはないと言われては、ちょっと流せない。

 

「その言葉、挑戦と受け取った、なの! 今度はミュウが捕まえるの!」

「ふふっ、では早駆けと行きましょう!」

 

厳密には早駆けではなく競泳辺りが妥当だろうが、二人はそんなことお構いなしに進んでいく。先行するフェリシアと追うミュウ。より泳ぎに特化した構造と優れた身体能力を誇るフェリシアに分がありそうだが、まだあの身体に不慣れなのか、それとももっと別の要因があるのか、勝負は一進一退の様相を呈している。

正直、いくらチートの権化達とはいえあの速度には追い付けそうにない。

 

「凄まじいのぅ。ミュウが子どもとはいえ、よもや水中で海人族と渡り合うとは……」

「……ん。変成魔法、思ってたより応用の利く魔法みたい」

「というか! 私の水着返してくださいってば! なんで持ったまま行っちゃうんですか――――!?」

 

うっかり水着を返し忘れてしまったがために、半泣きになって叫ぶシア。だがそこで、新たなストレンジャーが姿を現した。

 

「おや、お困りですか、シアさん」

「ジャンヌさん……って、何に乗ってるんですか?」

 

水上を滑るように進んでくるジャンヌに、“異世界の聖女は水面を滑走するのか”と思うもすぐに正体に気付く。彼女の足元には黒い表皮が見えており、何かに乗っていることが分かったからだ。そして、霊基が変化した彼女が使役するものと言ったら一つしかない。

 

「イルカ?」

「はい、リースです。水着を返して欲しいのですよね?」

「え、ええ、まぁ……さすがにこのままというのはちょっと」

「では、お任せあれ! さあ、行っきますよー!」

 

そう言って、イルカに乗った聖女がフェリシアとミュウの後を追う。ただし、結局三つ巴の競争になってしまい、シアの下に水着が返ってきたのは日が沈むころのことだった。

 

 

 

「う~、つかれたぁ、あついぃ、だるいぃ…でも、ごはんおいしかった。あさもよろよろ~」

「うふふ、では腕によりをかけないといけませんね」

(すっかりダレてやがるなぁ……)

 

ソファに寝そべってゴロゴロするフランとニコニコ微笑むレミア。

そんな二人を見やりながら、錬成の手を止めないハジメ。久しぶりに合流したことで、ハジメが発案しカルデアが図面に起こした設計図が送られてきたので、その制作に取り掛かっているのだ。やはり、専門的な技術者や歴史に名を刻む英霊たちの協力を得られるのは有難い。アイディアはあっても今のハジメでは技量が足りなかったり、強引な構造にならざるを得なかったりする代物も、実現可能な形にしてくれる。おかげで、今後の旅がだいぶ楽になる。

 

キッチンでは料理をレミアが主体になっている分、片付けだけでもと香織やマシュが洗い物に勤しんでいる。

他のサーヴァントたちは、レミアの家では入りきらないのでハインケルで休んでいたり、夜になっても海に繰り出していたりと、思い思いに過ごしていた。

とそこへ、フェリシアに請われて奥の部屋で相談に乗っていたユエが戻ってきた。

 

「よっ、お疲れさん」

「……ん」

 

労いの声に短く答え、そのままハジメの膝の上にちょこんと座るユエ。体格的なこともあり、ここは香織ですら犯せない彼女の特等席だ。

 

「で、フェリシアの用ってのは?」

「……これからのことの相談」

「大迷宮の攻略か? それとも……」

「……人族と魔人族、それに亜人族の共存について」

「そりゃまた、スケールの大きなこって」

 

一応フェリシアの考えは合流前から概要程度には聞いていたが、ハジメからすれば興味のない話だ。精々が「まぁ、がんばれよ」と気のない応援をするくらいである。彼からすれば、この世界の種族問題やらなんやらは心底「知ったことではない」のだから。フェリシアもそれがわかっているから、ハジメには話を振らないのだろう。

だがそれを言うなら、ユエも割と似たようなスタンスの筈なのだが……。

 

「……思ってたより、ずっと深く考えてる」

「ほぉ……」

 

ユエから語られた内容は、この世界のアレコレに興味のないハジメをして思わず耳を傾けてしまうに足るものだった。神を討つか否かは一端置くとして、まず人族と魔人族の戦争を終結させる。その上で、人族・魔人族・亜人族の間で不可侵条約を締結させ、積もりに積もった遺恨が薄れるまで極力関係を断絶させる。

この辺りは凡そ以前から聞いていたことだが、正直ハジメはその考えを「甘い」と思っていた。政治は門外漢の彼だが、そう簡単にはいかないことくらい想像がついたからだ。

だが、フェリシアはハジメが考えるくらいのことはちゃんと想定していたらしい。

 

「……第一に、戦争終結のために亜人族に協力して三つ巴の構造を作る。亜人族だけだと戦力が不足するけど、フェリシアが協力すればかなり差が埋まる。拮抗しなくても、人間族と協力すれば魔人族に対抗できるくらいになれば、お互いに迂闊に動けない状況を作れるから」

「なるほどな。その上で、例の遺恨が風化するまで…って奴をやると?」

「……ん。だけど、実際には他国を無視し続けることは現実的じゃない。だから最低限の交流、あるいは衝突は前提にする。その際の調停役に竜人族を巻き込みたいみたい」

「ほぉ……」

 

どうしてティオまで呼んだかと思えば、竜人族側の意見を聞きたかったかららしい。

全種族中最も長い寿命を有する竜人族なら、長期にわたって当初の理念を忘れずに動くことができる。また、フェリシアが暗躍してバランスを保つという方法も、続ければいずれは各種族からの信用を失ってしまう。そんな人物が調停役を担うのは最善からは程遠い。

だからこそ、竜人族を調停役にと考えているのだろう。

 

「……色々詰めなきゃいけない所はあるし、亜人族の反応をはじめ穴はある。でも、大筋はそう悪くないと思う」

「……それは、元女王として見てもか」

「……ん。一介の騎士の視野・視点じゃない。たぶん、あの子に政治を教えた人がいる。フェリシアが将来的に政治の中枢を担うことを狙って」

 

それだけ、フェリシアは魔人族側に期待されていたということだろう。彼女がこうして祖国を離れ独自の道を行くことになったのは、その教えた者からすればとんだ誤算だろう。ただ、フェリシアが最終的に目指していることを考えれば、それはしっかり当初の目的に役立てられているといえるだろうが。

 

同時に、ユエが根気よくフェリシアの話に付き合っている理由の一端もわかった。それは、彼女に対するシンパシー。恩師と呼ぶべき人物に裏切られたユエと、自らの意思で袂を別ったフェリシア。相違点は多いが、道が別たれた瞬間の苦さは良く知っている。だからこそ、フェリシアの頼みを無視できなかったのだろう。

 

「……ティオも、真剣に話を聞いてた。私も少し休んだら戻るつもり」

(ユエだけじゃなくティオまでとはな。二人が耳を傾けるだけの話ってことか)

 

どれだけ救い難い変態でも、ティオは伝説の竜人族として恥じないだけの知識と思慮の持ち主だ。彼女が真剣に相談に乗るということは、それだけの価値があると判断したということ。自身が信頼する二人が真剣に対応しているというのなら、ハジメとしても軽く流したりはしない。

もしフェリシアがハジメにまで話を持ち掛けてくるようなら、話を聞くくらいはしてもいいと思うくらいには。

ただ、二階へと続く階段の陰から、一匹のウサギが耳をへにょっとさせて覗き見ているのが目下の問題だが。

 

「う~、ユエさんがフェリシアさんに取られちゃったですぅ……」

「いいのか、あれ?」

「…………私の気持ちをシアも知るべき」

「なんだ、まだ根に持ってたのか?」

「……別に、根になんて持ってないし、寂しくなんかなかったし」

 

最初フェリシアと会った時、シアは新たな同族との出会いをことのほか喜んでいた。ハジメと出会わなければユエが外の世界に出てくることがなかったことを考えると、あるいは世界でただ一人の同族だったかもしれない、というのもあるだろう。

フェリシアも自分と同じ魔力操作持ちということで親近感があったらしく、二人は早々に仲良くなった。

昔のことがあってまだ人間不信の気があるユエが出遅れている間に仲良くなってしまったのが、実はちょっと寂しかったらしい。具体的には「私のシア(親友)を取られた……」という感じのようだ。で、今は同じ気持ちをシアが抱いていると。

 

その後、フェリシアのユエとティオへの相談は深夜にまで及ぶ。ユエからは元女王として、ティオからは竜人族の現状を知る者として、あるいは誰よりも深い知識と思慮の持ち主として、積極的に意見を聞きたかったらしい。それどころか、亜人族についてシアからも話を聞いたらしい。ただ、「忌み子」であることから秘匿されて育ってきたため、あまりそういったことに詳しくないシアは言葉を濁してばかりだったようだが。

それどころか、しばらくして戻ってきたシアは「話が難し過ぎますぅ」とつぶやき、頭から湯気が昇っていた。ただ、そんな彼女にも気になることはあったようで「亜人族はなぜそんな勿体ないことを……」とこぼしていたらしい。その意味を知るのは、もう少し先のこと。

 

そうして夜明けまで続くかと思われた相談を終え、夜空が白み始めた頃。爽やかな朝日を浴びながら伸びをするフェリシアは、ゆっくりとした足取りで近づいてくる人物に振り返りながら声をかけた。

 

「なにか、御用でしょうか。カオリ殿」

「…………………………」

 

フェリシアが振り返ると同時に足を止め、寝衣のまま俯き加減で佇む香織。

その顔はどこか翳りを帯び、深刻そうな面持ちがうかがえる。

決して楽しい話ではない。だがそれでも、しなければならない話であることは明らかだ。

 

「…………………………………………………………」

 

とはいえ、香織は踏ん切りがつかないのかなかなか口を開こうとしない。

フェリシアはそれを焦らせることなく、根気よく彼女が口を開くのを待つ。用件は知らない。ただ、ハジメ一行のこれまでの道程は凡そ聞き及んでいるので、ある程度想像することはできる。

 

「……………………………………立香さんに聞きました。フェリシアさんのお知り合いが、オルクス大迷宮で亡くなったって」

「……はい。オルクス大迷宮攻略の先遣隊および勇者の勧誘が、彼女の任務でした」

「……不躾だってわかってます。でも、聞かせてもらえませんか。その人と、どんな関係だったのか」

「……………………………………………………………………親友でした」

「っ!」

 

聞こえないはずの息をのむ音が聞こえた気がした。正直に言えば、「親友」の一言では到底足りない。フェリシアにとってカトレアは「親友」であると同時に「姉」のような存在であり、「妹」と並ぶ未来への希望そのものだった。彼女がいつか授かるであろう子を抱くこと、それがフェリシアの願いだった。

しかし、その願いが叶うことはない。もう、カトレアと言葉を交わすことはできない。触れ合うことも、自身を案じる彼女の困ったような顔を見ることも。……その喪失感が、改めて胸中で湧き上がる。何度繰り返しても慣れない、埋めがたい喪失感。自然、フェリシアの顔に空虚が宿る。

それでも、敢えてそれ以上に言葉を重ねなかったのは、一層香織の翳りが深くなったことに気付いたからだ。

 

(どうしたらいいかなんて、わからない。たぶん、私がしようとしていることは正しくないんだと思う。でも、それでも……雫ちゃんに背負わせたくない)

 

フェリシアは優しい。きっと、今までに会ってきた誰よりも。直接会って、一層その印象が強まった。

だからこそ、雫とフェリシア。無二の親友が、目前のフェリシアに憎まれるようなことにはなって欲しくない。

誰かの親友を殺めたと知れば、きっと雫はそのことを深い自責の念を抱くだろうから。

だから、嘘を吐く。自分でもそれが間違っているとわかっていながら……。

 

「私は、その人を知っています」

「……」

「あの時、私もそこにいたから。その人を殺したのは―――――――――」




オーロラ鋼が欲しいのに、二日間回り続けて一つも落ちない。なぜだぁ……
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