ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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新年あけましておめでとうございます。

今年も良い年でありますように。
具体的には、FGOとかで神引きできると嬉しいなぁ。例えば、福袋でメイドさんとバレリーナが来るとか…来たというか。この調子で行けると嬉しい、財布的にも。


031

無事にメルジーネ海底遺跡を攻略した一行は現在、大迷宮のほぼ真上に位置する海上に出ていた。

意識を取り戻したフェリシアの再生魔法取得を待っていたかのように表れたメイル・メルジーネのメッセージの後、極めて過激かつ大雑把なショートカットにより遺跡外に排出。

そこへ件のクリオネもどきが待ち構えていたことで絶体絶命のピンチに陥るも、今回召喚されたサーヴァントのおかげで九死に一生を得てここまでたどり着いた次第だ。まぁ、正確にはまだ事態が終息したとは言い難い。

なにしろ現在進行形で、ハジメたちの眼前でこの世のものとは思えぬ“大決戦”が繰り広げられている真っ最中なのだから。

 

「……私、ファンタジー世界じゃなくて怪獣映画の中に来ちゃったのかな?」

 

香織のつぶやきに返ってくる言葉はない。ハジメたちをして、目の前の光景にはちょっと言葉が出ない。

一見妖精のような造形でありながら、全てを溶かし、無限に再生し続ける凶悪で最悪の巨大クリオネと、クトゥルーの神を模した百メートル以上ある視界に収めているだけで正気度がゴリゴリ削られそうな大海魔の格闘戦は、正直言って精神衛生的に最悪だ。もうキモいとかグロいとかそういった範疇の話ではない。

 

「ハハハハハハハハハハ!! さぁ、お行きなさい。異界の邪神の眷属よ! ここに、最高のCooooooooooooooooooooooooolをご覧に入れましょう!!」

「おい、今あのギョロ目、異界の邪神って言ったぞ。ってことはまさか、クトゥルフ系か? やべぇ、SAN値直葬されねぇかな?」

 

おおよその由来に行き当たったハジメの目に戦慄の色が宿る。サブカルチャーに造詣が深いだけに、“ちょっとあれヤバいんじゃね?”と思わずにはいられないのだろう。

 

「うっぷ……」

「……シア、大丈夫?」

「もう限界ですぅ。さっきから何なんですかあれぇ。あのスライムの残骸からどんどん出てきて……」

「……黙れ、ゲロウサギ。思い出させるな」

 

宝物庫から出した潜水艇の端で海に向かって胃の中のものを吐き出すシアと、その背をさするユエ。気持ちはわかるのだが……あらためて言わないでほしい、連想して思い出しユエまで気分が悪くなる。

海底遺跡から放り出された直後に再度遭遇した巨大クリオネ。当初は正攻法で対処しようとするも、思うように動けず使用できる魔法も制限される海中であることに加え、相手は無尽蔵にも等しい再生能力の持ち主。多少削ったところでじり貧になるのは目に見えていたところで、此度召喚されたキャスターの宝具が開放された。

そのおかげで窮地を脱することができたのは事実だ、それは認めよう。

 

――――――ただ、絵面が最悪だった。

 

まき散らされたクリオネの破片とスライムの内側から、食い破る様にして現れる深海から這い出してきたような異形の怪物。それだけでも気色が悪いというのに、海魔の群れはクリオネに取り付き、食い荒らし、あるいは逆に捕食されていく。そうして海は赤黒い濁りで染められ、海魔とクリオネの残骸で埋め尽くされていく。その残骸を触媒に、さらに新たな海魔が召喚され蠢く。

クリオネが海魔と食い合いを繰り広げている間に潜水艇で離脱した一行が海上に出ると、そこには巨大クリオネに勝るとも劣らないサイズの大海魔の姿。お互いを捕食し合い、そうすることで欠損した部分を再生。いつ果てるとも知れない、凄惨な“喰い合い”が展開されているのだ。

いつの間にか夜は明けており、さわやかな日の出に照らされた海は血の池地獄も真っ青な悪夢に彩られていた。

 

はっきり言って、“吐き気を催す”どころの話ではない。本能的恐怖と生理的嫌悪感のダブルパンチ。

悍ましい、この一言に尽きるだろう。しかも、大海原全体を埋め尽くすかのように通常サイズの海魔とスライムが各所でひしめき合い、生々しい咀嚼音と溶解音をあげているのだ。空の青さがむしろ目の前の光景の非現実感を際立たせている。

 

シアが胃からせり上がってくるものを抑えきれなくなったとしても無理はない。

ハジメと香織は若干現実逃避し、ユエはシアに意識を向けることで何とか堪えている状態だ。割と慣れている立香とマシュですらいつも以上にテンションの高いジル・ド・レェに“やりすぎ”とでも言いたげな白い目を向けている。とそこで、ついに一人のSAN値が限界を迎えた。

 

「……うぼぁ」

「あっ! 先輩、フェリシアさんが……!?」

「しっかり、フェリシア!? 傷は深いぞ、がっかりするんだ!」

「先輩、冗談を言ってる場合じゃありません!」

「ばっちゃん、海は…海は怖いところですたい」

 

生来の生真面目さから現実逃避することもできず、もろに直視してしまったのが悪かったらしい。というか、精神的衝撃が大きすぎて、おかしなしゃべり方になっている。思いのほか、傷は深そうだ。

そんなフェリシアの介抱をしつつ、現実逃避していたり妹分兼親友の背中をさするのに忙しい香織とユエを頼れないことから、もう一人の魔法のエキスパート、ティオにちょちょっと魂魄魔法をと思って視線を巡らせる。

 

「そういえば、ティオさんはどこでしょう?」

「……まさか、海魔の触手にハァハァしてたりして……」

「い、いくらなんでもそれは……」

 

ない、とは言い切れない。むしろ、すごくありそうな気がしてマシュの表情が凍り付く。ついに駄竜の性癖は、海魔の触手すら快楽に変換できる域に達したのだろうか。だとすれば、それはもうハジメの手にも負えない、新たな“快楽ランド”の誕生を意味するのでは……。

はっきり言って、立香たちがティオの変態性を軽く受け止められるのは前例(キアラ)の存在があるからだ。だが、さすがにあんなのが二人に増えたりしたら、いくら立香たちでもキャパオーバーだ。

 

「おぬしら、いくら何でも妾のことを見下げ過ぎではないか?」

「ティオさん!?」

「あれ? なんで興奮してないの? まさか、頭でも打った!?」

「香織さん! ティオさんに回復魔法を!」

「失敬にもほどがあるじゃろ、おぬしら!? っんん、でもそれすら快楽にしてしまう妾が憎い!」

「あ、なんだいつものティオ(変態)だ」

「よかった、脳に深刻なダメージでもあるのではと。ですが、どうして……」

「妾とて選り好みくらいはする。ご主人様のお仕置きならいざ知らず、ただの触手に嬲られても興奮などせんのじゃ!」

(違う、重要なのはそこじゃない)

(それはつまり、ハジメさんにやられるなら本望、ということでは?)

 

結局、変態(ティオ)はどこまで行っても変態(駄竜)だった。

まぁ、魔性菩薩と違い無節操ではないだけマシなのだろう…多分。

 

とりあえず、立香たちの言動に若干内股気味になってもじもじしているのは丁重に無視し、フェリシアに魂魄魔法をかけてもらう。どうやら効果覿面らしく、随分と顔色が良くなってきた。

ただ問題なのは、いつ終わるとも知れないクリオネと海魔の怪獣大決戦。食って食われて、欠損部分は即座に再生、これではいつまで経っても決着がつかない。というか、すでに海魔も自力で餌を獲得できるようになってしまっているので、このままだと立つ鳥跡を濁すどころの話ではなくなる。最悪、巨大クリオネと大海魔、二匹の大怪獣がこの海域を支配することになりかねない。それは、後に禍根を残し過ぎるというものだろう。ここはきっちりしっかり、後始末をしていくべきだ。

 

「ですが、どうしましょう。後始末と言っても、どちらも対城クラスの火力でないと滅ぼしきれないと思うのですが……」

 

ちなみに、今回来てくれたサーヴァントの中に、そういった大火力を有するタイプのサーヴァントはいない……こともないのだが、海上ということもあってどうにも使い難い。アルトリアのように水面を走れればいいのだが、ないものねだりをしても仕方がないだろう。

 

「できないことはないと思うけど、確実を期するならダメ押しはしたいよね」

「そう、ですね。ですが、あれに近づくというのは……」

「うん、ならそれは最終手段ということで、まずは……ハジえも~ん」

「誰がハジえもんだ」

「こんなこともあろうかとって、都合のいいステキアイテム(アーティファクト)ない?」

「…………ねぇよ」

(あるな)

(ありますね)

 

あるにはあるのだが、まだ構想段階で作成には移っていない代物だ。大まかなイメージはできているのだが、如何せん難点も多い。一応立香たちの空間魔法を定着させれば実用段階まで持っていけるだろうが、それはまだ先の話。

 

「となると、あとは……」

「仕方がないか。まぁ、どっちも一応生物だし、行けると思うんだけど」

「……ここが海なのが幸いですね。陸上では、場合によっては際限なく広まってしまう可能性もありますから」

「というわけだから、今回は遠慮なくやっていいよ、ペイル」

「ショウチ シタ」

 

立香が背後に向かって呼びかけると同時に、黒い平面的な影のようなものがせり出す。口も目もない、ただ人のようなシルエットだけを取ったそれは、蟲同士がギチギチとせめぎ合うような不気味な音でもって応える。

間もなくそれは黒いシルエットを解き、幾筋化の帯状になって巨大クリオネと大海魔に向かっていく。

二体の大怪獣に到達したそれは染み込む様に体内へと侵入を果たす。するとどうしたことか、二体の動きが途端に悪くなる。末端部の触手が痙攣をはじめ、体中に無数の黒い斑点が浮き上がり、ほどなくして絶命した。

 

「おい、さっきは聞く暇がなかったから聞かなかったが…なんだあれ?」

「ペイルライダー、俺たちはペイルって呼んでるけど。まぁ、簡単に言うと『病』かな?」

「黒死病やスペイン風邪などに代表される、多数の死者を出した恐るべき伝染病が一つの概念として昇華され、サーヴァントとして成立した存在、と考えていただいて良いかと」

「いよいよサーヴァント…つーか、英霊の定義がよくわからなくなってきたぞ」

「そこはあれだ、考えるな感じろってやつ。いるものはいる、みたいな?」

 

もうそこらへんは深く考えないようにしている立香の言に、いぶかしげな視線を向けるハジメ。とりあえず、その在り方から生物全般にとって天敵に等しい相手と理解する。毒への耐性は有しているが、病が相手ではどうかわからない。あるいは、ハジメにとっても天敵となりえる存在やもしれないが故に。

 

その後、万が一にも海中で感染拡大なんてことがないよう、巨大クリオネと海魔の死体は徹底的に焼却し、さらに周辺も執拗なまでに消毒した。この世界のことなど知ったこっちゃないハジメだが、さすがに自分たちが原因でパンデミックなんて起こっては寝覚めが悪い。

 

おかげで随分と時間がかかってしまったが、日が落ちる前にはエリセンに帰還することができた。

それからしばらくの間は、手に入れた神代魔法の習熟と装備品の充実に時間をあてることに。幸いというかなんというか、再生魔法に関しては丁度いい指導役…とでもいうべき存在がいたので、習熟が早い。特に再生魔法に高い適性を示した香織と、魔法への適性の高さと肉体性能の高さを併せ持つフェリシアは、時間の加速や停滞といった発展形にまで手を出し始めている。

まぁ、香織の場合は身体にかかる負荷が大きすぎるのでそれ以上の進展はなかなか難しく、香織ほどの適性を有さないフェリシアも似たようなものだが。それでも、この魔法の習得が二人の可能性を大きく広げることになったのは間違いない。

 

そうして、エリセンで過ごすこと早数日。

再生魔法の習熟と装備品の充実という大義名分はあったものの、それも既に言い訳以外の何物でもない。習熟は一朝一夕で進むものではないし、装備品はカルデアの協力もあるので割とトントン拍子に済ませてしまった。ハジメ自身、日課の訓練を除けば割と海で泳いだりユエや香織とイチャイチャしたりしていることが多く、半ば以上バカンス状態。

正直、骨休めが過ぎるという自覚はあるのだが、なかなかこの地を後にすることができない。理由はわかり切っている。ここから先の旅に連れていくことはできないミュウの存在だ。残す大迷宮はハルツィナ樹海ただ一つだが、四つの大迷宮攻略の証を必要とする、言わばラストダンジョンに相当する場所が一筋縄でいくはずがない。大迷宮内に連れて行くのは論外だが、一応敵地というわけではないとはいえ、フェアベルゲンは味方でもない。

いや、樹海の大迷宮を攻略している間、シアの家族であるハウリア族のもとに身を寄せるという選択肢もあるので、それ自体はまだいい。問題なのは“そのあと”だ。樹海を攻略して帰還の目途が立てばいい。しかし、もしも立たなかったら。あるいは、立ったとしても何らかの問題が立ちはだかる可能性は否定できない。

その時に果たして、ミュウを連れて行って大丈夫なのかどうか。ハジメが傍にいる限り、決してミュウを危険な目に合わせはしない。だが、常に彼女の傍にいられるとは限らない。

果たして、ミュウを連れていくべきか否か。いや、ここエリセンにはずっと会いたかった母であるレミアがいるのだ。そもそも母の元から離れたがらない可能性の方が高いわけで……。

 

「おや、愛らしいウサギ耳のお嬢さん。今日も溢れんばかりの生命の輝きに満ち満ちておりますなぁ。ええ、実によろしい」

「は、はぁ、ありがとうございますぅ」

「ところで、拷問や生贄に興味はおありかな?」

「な、ないですぅ! そういうニッチな趣味はないですぅ! そういうのはどうぞ、こっちのティオさんに!?」

「ぬぉっ!? シア、おぬし仲間をサラッと身代わりにするとは……!」

「左様ですか、残念です。蠕動する生肉、迸る命の光、あなたなら至高の作品になると思ったのですが……ちなみに、前衛芸術など如何でしょう。あるいはそう……楽器とか?」

「おぬし、それはいったい何が素材になっておるのじゃ」

「それはもちろん……(チラッ)」

「自分がなるなんて御免ですぅ!!」

「そういうわけじゃ、諦めよ。また立香に目つぶしされたくはあるまい」

「……行ってしまわれた。いやはや、やはりこの手の話術は難しいものですねぇ」

(とりあえず、アイツ()っとくか)

 

以前は割と邪見に扱ったりもしていたが、いまやシア(一応ティオも)は大切な仲間だ。それに対し色目ならぬ欲目を向け、隙あらば凌辱の限りを尽くそうとする輩にかける慈悲など欠片もない。

今まで特別排除行動に出なかったのは、その前に立香が「聖女(ジャンヌ)直伝、目つぶし!!」で諫めていたからだ。八つ当たり気味なのは否定しないが、アレが危険物であるのに変わりはない。後顧の憂いを断つためにも、ここらで間引いてしまった方がいいのでは……。

 

(よし、()るか)

「みゅ? パパ、どうしたの?」

「ミュウ……いや、なんでもないぞ」

 

粒な瞳で見上げてくるミュウに気付くと、それまで漏れていた剣呑な殺気を即座に引っ込めた。そのままミュウを抱き上げ膝の上に乗せると、優しく髪を梳いてやる。

まるで何事もなかったかのように、恐るべき変わり身の早さだった。

 

「それで、どうしたんだ。確か、またフェリシアと競争してたんじゃなかったか?」

「パパ、さっきちょっと怖い顔してたの」

「俺が? まさか、俺はいつでも優しいぞ」

 

第三者が聞けば、「どの口で……」「身内限定で、がつくだろうに」などのツッコミの嵐になっていたことだろう。

ただ、そんなことは二人の知ったことではない。そのまま父娘二人でどうということもないことを話し、気付けばうつらうつらと舟をこぎだすミュウ。そんな幼子を起こさないよう静かに抱きかかえると、ハジメは厄介になっているレミアの家へ。

仲間たちのほとんどは外に出ているらしく人の気配が希薄だが、ないわけではない。残っていたのはレミアと香織の二人。どうやら、エリセンの海鮮料理を教わっていたらしい。

 

「あ、ハジメ君お帰りなさい」

「おかえりなさいませ、ハジメさん」

 

出迎える二人に対し、ミュウを起こさないよう小声で挨拶を返し、ひと先ず部屋へ。ベッドにミュウを寝かせ、起きないかしばし様子を見てから部屋を出る。

居間では、レミやと香織がお茶の準備をして待っていてくれた。

 

「……美味い。初めは面食らったが、慣れるといいもんだな海草茶ってのも」

「ふふふ、エリセンの特産品の一つなんですよ。乾燥と発酵の時にちょっとした手間をかけないといけないので少し値は張りますけど、産地であるエリセンならむしろ普通のお茶より安いんです。まぁ、少し癖があるので人を選びますが」

「ああ、だから王国では出なかったんですね」

「シアは苦手みたいだったな」

 

奈落での経験のおかげか、ハジメ以下オルクス大迷宮攻略組は食に関しては割とストライクゾーンが広い。

というより、食べられればなんでもオッケー。贅沢を言っていられる状況ではなかったのだ、特にハジメとユエは。逆に、内陸暮らしのシアはそもそも生魚からしてアウト。初めて刺身を出された時などそれはもうすごい顔をしていたし、日本人たちが魚醤と刺身のコラボを我先にと食す姿に若干引いていたりもしたものだ。

 

「……ハジメ君は、これからどうするつもり?」

「ハルツィナ樹海の大迷宮を攻略する。そこで帰るための手段が手に入れば帰るし、なければ別の方法を探す…ってことじゃないよな」

「だって、それは大前提だもん。そうじゃなくて、ミュウちゃんのこと」

 

チラリとレミアの方を盗み見ながら、香織が確信をつく。ハジメだけでなく香織も、それどころか仲間たち全員がミュウのことを考えているのはわかっている。ミュウも何となくそれを察しており、話がそちらに向きそうになると「必殺! 幼女、無言の懇願!」を発動するので中々言い出せない。

 

「………………………やっぱ、連れてはいけない」

「ハルツィナ樹海の攻略なら、その間カムさんたちに見てもらえばいいと思うけど……」

「情操教育的に不安だがな」

「ハジメ君が言う?」

「……………………………………………コホン、それはともかく」

「あ、誤魔化した」

「ともかくだ。とりあえず、樹海の攻略だけならそれでもいいさ。だが、そこで手掛かりが見つかるとも限らない。場合によっては、またぞろ面倒なことになるかもしれない。その時、ミュウの安全を確保しきれるかって言うと、な」

「私たちの場合、多少ズルもしてるもんね。それこそ、迷宮の攻略し直しとか?」

「ミレディも、全ての神代魔法を手に入れろって言ってたな。すべて揃えればいいのか、それとも……」

「個人ですべて習得しろってことなのか、だよね」

 

効率を考えて分散したことが間違っていたとは思わない。ただ、遠回りとまではいわなくても、結果的に二度手間を踏むことになる可能性は否定できない。それは、ライセン大迷宮を攻略した時からわかっていたこと。あの時、ミレディの念の押し様には若干の違和感があった。すべての神代魔法を得る、それにはその事実以上の意味があるように思える。ゲームや小説などでも、割とよくある展開の一つだろう。

それでも、まずは最速で全大迷宮を攻略し、全ての神代魔法の詳細を知ることを優先したのだ。すべての神代魔法を揃えることで、その先が判明するかもしれないのだから。

 

「まぁ、迷宮の攻略し直しくらいなら大した問題もないだろ。内容がわかってるし、手間取りはしてもできないことはない。問題なのは神山と氷雪洞窟、教会と魔人族、どちらかの懐に入らなきゃならないってことだ」

 

単純に個人で神代魔法全てを揃えるだけならば、立香たちをライセン大迷宮と神山に連れていくか、ハジメたちがグリューエン大火山と氷雪洞窟に向かえば済む。問題は、それらがこの世界における二大勢力の懐の最奥ということ。ハジメたちだけならば恐れるに足らずだろうが、ミュウもつれてとなると不安はぬぐえない。

最初に神山を攻略した時は、まだハジメたちの力のほどが教会に正しく伝わり切る前だった。氷雪洞窟の時は、ガーランドにある程度の痛手を与えた上でのこと。

次に向かうとなれば、そう容易くはいかないだろう。大迷宮内に連れていけない以上、敵も遠慮なく殺到できる外部で守らなければならない。ハジメが危惧しているのはその可能性だ。

 

「最悪なのは一から手掛かりの探し直しだが……」

「ミレディさんの様子だと、何か心当たりがあるみたいだったよね」

「というか、そっちに関しては当てもないんだ。今は考えても始まらねぇよ」

「お二人とも、お茶のおかわりは如何ですか? 難しい顔で唸っていても、いい考えは浮かびませんよ」

 

おっとりとした微笑みを浮かべながら訪ねてくるレミアに、二人は気恥ずかしそうにしながらそっと湯呑を差し出す。

いつの間にか、すっかりあまり楽しくない想像の世界に沈み込んでしまっていたらしい。

淹れ直してもらったお茶を飲んで一息つく二人に、今度はレミアが深々と頭を下げる。

 

「ありがとう、ございます」

「レミアさん?」

「いきなり何だ? 礼を言われるようなことは……」

「うふふ、娘のためにこんなにも悩んで下さるのですもの……母親としてはお礼の一つも言いたくなります。ユエさん達もそれぞれ考えて下さっているようですし、ミュウは本当に素敵な人達と出会えましたね」

 

顔をあげたレミアの表情は穏やかで、心からの感謝の念がにじみ出ているようだった。

 

「もう十分です。皆さんは、十分過ぎるほど心を砕いてくださいました。ですから、どうか悩まずに、すべき事のためにお進み下さい」

「レミア……」

「皆さんと出会って、あの子は大きく成長しました。甘えてばかりだったのに、自分より他の誰かを気遣えるようになった……あの子も分かっています。ハジメさん達が行かなければならないことを……まだまだ幼いですからついつい甘えてしまいますけれど……それでも、一度も“行かないで”、あるいは“一緒に行く”とは口にしていないでしょう?」

「……そう、ですね」

「俺たちより、ミュウの方が分かっていたってことか。……情けないな、幼子に気を遣われてれば世話がない」

 

ならば、あの子の気遣いを無駄にしてはいけない。自分たちも決意を固めて、ミュウに告げなければならないのだ。それが、あの子の思いに対する誠意というものだろう。

 

「では、今晩はご馳走にしましょう」

「だが、もう下拵えはしてるんだろう?」

「ご馳走ですから、もう一つか二つ品数を増やすくらいはしても良いでしょう。なにしろ、ハジメさん達のお別れ会ですからね」

「そうだな……期待してるよ」

「うふふ、はい、期待していて下さいね、あ・な・た♡」

「いや、その呼び方は……」

 

イタズラっぽい笑みを浮かべるレミアに、ハジメはツッコミを入れようとしたが、それはブリザードのような冷たさを孕んだ香織からの視線によって氷漬けにされる。

ユエのことはもうそういうものとして受け入れているし、シアのことも認めないでもないが……そう易々と行かせるつもりもないのだろう。

 

「レミアさん、ちょっとお話聞かせてくれるかな? かな?」

「あらあら、うふふ……ではハジメさん、少し失礼しますね」

「……………………………………………………………余裕あんな」

 

特に抵抗することなく香織とともに別室へと消えるレミア。こういう時の香織やユエはハジメですらたじろぐ迫力があるのだが、それをゆるふわな笑みで煙に巻くレミアも強かなことだ。これが未亡人の貫禄なのだろうか。

 

「おや、ハ…ナグモ殿、戻られていたのですか?」

「おう。って、まだ照れてんのかよ、アンタは」

「うぅ……知らなかったとはいえ、まさか出会って間もない殿方を名前で呼んでいたとは……」

 

海底遺跡から戻ったのち、遅ればせながら自分がハジメたちを姓ではなく名で呼んでいたことを知ったフェリシアは、それはもう慌てふためいた。具体的にはリンゴのように赤面し、丸一日宛がわれたハインケルの自室に引きこもって出てこなくなるくらいに。身持ちが固いというか、貞操観念が古いというか。

もう今更なのだから気にしなくてもいいだろうに、とハジメなどは思う。実際、立香と共に今までと同じで構わないと言った。だが、フェリシアも今まで通りに呼ぼうとしては言い切れずに呼び直すというありさまだ。一応今まで通りの呼び方をしようとはしているようなので、時間が解決するのを待つしかあるまい。

 

「それはそうと、ちょうどよかった。ミュウ殿のことなのですが」

「ああ、それに関しては俺に任せてくれ。今晩はっきり伝えて、明日出発することにする。立香たちにも伝えてくれるか」

「承知しました。私からお伝えしようかとも思いましたが、余計な世話だったようですね」

「これは俺がしなきゃいけないことだ。その責任から逃げる気はねぇよ」

「ご立派です」

「よせっての」

 

優しく微笑むフェリシアに、照れたように頬を掻きながらそっぽを向く。フェリシアはハジメとしても敬意を払うに値する人格者だ。そんな相手から面と向かって褒められると、むず痒くてならない。

 

「……ところで、そっちの方はどうなんだ」

「私が魂魄魔法を使えればよかったのですが、手間をおかけして申し訳ありません」

「俺らもアンタの変成魔法には世話になってるからな、お互い様だ」

「生成魔法や重力魔法の分、私の方が借りが多いのですが」

「そっちの方は立香の空間魔法やらカルデアからの技術提供なんかでチャラだろ。あんたとは仲間かって言うと微妙かもしれんが、呉越同舟の間柄だ。細かいことまで気にすることはねぇよ」

「……ありがとうございます」

 

ユエやティオも、端々で香織やシアにはない優雅さや気品といった育ちの良さを感じさせるが、彼女の場合は若干趣が違う。要所要所で見せるキビキビとした所作は、彼女が規律を重んじる軍務についていたことを強く感じさせる。

割と自由人というか、我が道を行くタイプの多い面々の中では少し毛色が違う。

いや、フェリシアはフェリシアで我が道を突き進むタイプではある。ただ、ハジメたちとはその方向性が違うというだけだ。ハジメたちが自分たちのために行動するのに対し、フェリシアはもっと俯瞰的な視点から行動している。あるいは、両者の違いはその一点だけなのかもしれない。

 

「ま、場所と試練の内容は教えたとおりだ。あんたなら問題なく突破できるだろうよ」

「問題はどうやって侵入するか、ですが」

 

肩をすくめるフェリシアだが、別に彼女一人なら強行突破することもできるだろう。再生魔法を得たことで、「悪鬼変生」の欠点も改善の兆しが見えている。また、ハジメたちとの技術交流のおかげで、新たな手札もできつつある。どれほどの戦力を集めようと、数で彼女を押しとどめるのは至難の業だろう。

まぁそれ(強行突破)をすると、後々人間族との関係に支障をきたすであろうことは想像に難くない。できれば、取りたくない手段なのだろうが。

 

「……改めて、立香もそうだがアンタも敵に回したくないな」

 

サーヴァントの恐ろしさはよく知っているとはいえ、今回召喚されたペイルライダーなどを見ると改めてそう思わされる。同時に、立香の“意味不明な領域に達したコミュ力”と“理解を超えた懐の深さ”には脱帽である。

そして、ハジメと同じようにカルデアとの接触により新たな発想を得たフェリシアもまた……。

 

「それはこちらのセリフです。神ならいざ知らず、どうか民草を徒に脅かすことのないよう……その時は、私も死を覚悟して挑まざるを得ません。神だけでも持て余すというのに、あなたまでなどとは考えたくありません」

「仕掛けてこない限りは何もしねぇよ、神を含めてな」

「それは…少し残念ですね。できれば、斃すとまではいかなくとも、削っていただけるとありがたいのですが」

 

困ったように微笑みながら、悪戯っぽくそんなことを言う。本心なのかどうか、生憎とハジメでは推し量れない。

軍の高官ともなれば、半ば以上政治家のようなものだったはずだ。実際、元女王のユエや王族のティオと、かなり突っ込んだ政治の話もできるらしい。少なくとも、二人が認めるほどの見識と駆け引きの手腕の持ち主だ。

荒事ならともかく、腹の探り合いでは分が悪いのは間違いないだろう。

 

というか、すっかり話を逸らされてしまったが、元はフェリシアの方の進捗状況を確認しようとしていたのだ。

 

(ったく、やりづれぇ)

「なにか?」

 

ここで素直に白旗をあげるのも癪だ。かといって、高度かつ専門の教育を受けたフェリシア相手に、素人のハジメでは切り崩すのは難しい。ハジメの保有する戦力がどんな形であれ通じる相手ならやりようもあるが、彼女にはそれだと効果が薄い。近い力を持ち、積極的に利用しようという下心があるわけでもないからこそ。

あるいは、ハジメの力を畏れたり利用したりする輩であれば、いくらでもうまく立ち回れるのだが。

 

「……失礼しました。すこし、意地が悪かったようですね」

「……」

「ですが、多少の駆け引きも身につけた方がよろしいかと。元の世界に帰られた後も、そのまま平穏無事に…とはいかないでしょうから」

「……わかってるさ」

 

ある意味、フェリシアはハジメよりよほど人間というものを理解している。ハジメたちが無事に地球に帰ることができたとしても、それでハッピーエンドとはいかないことを承知しているのだ。地球の文化や社会には明るくなくても、彼女は人の性質や業をよく知っている。それを知らず、ただ理想だけを追ってもうまくいかないことを理解しているが故に。

 

「巨大な武力・戦力は他者の不安をあおりますが、それは財力や権力も同じこと。同時に、交渉の席でも同じように扱われます。上手く使えば薬となり、下手に使えば毒となる。努々、扱いを間違われぬよう。全ての敵を排した結果、世界から孤立する…それは、あなたの望む未来ではないのでしょう?」

 

そう、それはハジメの望む未来ではない。敵には容赦するつもりはないが、世界のすべてを敵にするつもりもない。かつて愛子が言っていたように、それはきっと「寂しい生き方」だ。それでは、香織やユエの笑顔は守れない。

ハジメの“大切”が笑顔でいられるように、幸せになれる道を作るためには、ただ力を振りかざすだけではだめなのだ。

自分だって決してそう余裕があるわけでもないだろうに、こうしてハジメたちの未来に心を砕いてくれる。だからこそ、ハジメもフェリシアには一定の敬意を払うのだ。愛子にそうしたように。

 

「……さて、私の方の進捗ですが、なかなか難しいですね。当初ご協力いただいた方は、とりあえず4体といったところですが、それ以上となると私自身が魂魄魔法を習得しなければ難しいでしょう。もう一つの方は、何分今まで手を付けたことのない範囲でしたので……」

「手本があっても厳しいか?」

「機能的には問題はないのですが、何分調節が難しく……さすがに無差別に、となっては困ります」

「なるほどな」

 

フェリシアの目的を考えれば、確かにそれでは本末転倒だろう。

 

「ハジメ殿の方は……」

「ヒュベリオン自体はほぼ完成してる。問題は任意の場所に転移させる方法だな。立香たちの空間魔法を込めたアーティファクトである程度は何とかなるが、アイツ才能ねぇからなぁ」

 

おかげで、空間魔法に関しては思うような性能のアーティファクトが作りにくい。

いっそユエか、せめてティオに習得してもらった方が良いだろう。

 

「あとは、仙術サイバネティクス…でしたか」

「おう。前々から構想はあったんだが、生成魔法だけだとな…だが、変成魔法のおかげで光明が見えた」

 

どうも、単純に生成魔法だけで再現・応用できるような技術ではないらしく、割と行き詰っていたのだが…そこへ変成魔法の使い手であるフェリシアが合流したことで、ちょっとしたブレイクスルーになった。大雑把に言えば、機械工学(生成魔法)生命工学(変成魔法)、その両方が必要な分野らしい。

しかし、ハジメとフェリシアが揃ったことで、飛躍的に発展が望めそうなのだとか。フェリシア自身、仙術サイバネティクスには割と興味津々。特に始皇帝の“真人”躯体はハジメの身体とは別ベクトルで彼女の関心を引いているのだ。相手が相手なので、調べさせてもらうのは難しそうだが。

 

「まぁ、今は手近なところからだな」

「ですね。樹海までの道すがら、またご相談に伺います。……そういえば、飛空艇? でしたか。そちらの方は……」

「もうできてるぞ」

「空を行く船、ですか。大変興味深い……できれば一隻と言わず多数発注したいのですが」

「見返りがあるんなら考えるが、今のところは釣り合ってるはずだぞ」

「そうですね。何か、交渉材料になりそうなものを探すとしましょう」

 

今のところ、お互いに提供できるものはおおむね釣り合っている。一部、フェリシアの場合立香たち(カルデア)が肩代わりしてくれている部分もあるだけに、これ以上となると厳しい。

何か交渉材料になるものはないか考えるが、そう簡単に見つかれば苦労はない。半ば共同研究者みたいな部分もあるだけに、裏をかいたり出し抜いたりも難しい。

 

「しかし、樹海ですか」

「なんだ、なにか気になることでもあるのか?」

「いえ、ユエ殿たちによれば樹海の国フェアベルゲンの都は大層美しいとか」

「俺らだと入れるか微妙だぞ?」

「残念ではありますが、それはそれで構いません。むしろ、本命は兎人族ですから。ナグモ…は、ハジメ殿。確か、シア殿は兎人族のハウリア族の姫君なのでしたね」

「姫君ってーとあれだが、族長の娘なのは確かだな。まぁ、ハウリア自体はフェアベルゲンから追放扱いだが」

「それでも、我々が樹海に赴いた際にはその里にお世話になるのでしょう?」

「まぁ、そうなるだろうな」

「でしたら…そうですね、楽しみです。聞けば、兎人族は非力ながらもどの種族よりも結束の強い、心穏やかな部族だとか」

「お、おぅ……」

「例え追放された身とはいえ、そんな彼らだからこそできることもありましょう。いえ、一人の同胞のために部族全員が共に死地に臨むことも厭わない、それは愚かなことなのかもしれません。ですが、それ以上に素晴らしい絆ではありませんか。

ええ、前々から思っていたのです。もしも亜人たちと交渉の席に立つのなら、兎人族にパイプになってもらうのが良いのでは、と。彼らと友誼を結ぶ絶好の機会、身も心も引き締まるというものです」

「そ、そうか。まぁ、なんだ……頑張れよ」

 

言えなかった。

まさか夢見る乙女のような表情で語られる“心穏やかな兎人族”であるハウリア族が今や、その面影の欠片もない「ヒャッハー!」な世紀末集団と化しているなどと。

まぁ、その元凶がハジメなのだから、どの口で……と言ってしまえばそれまでだが。

 

無論、現実を知った時のフェリシアの受けた衝撃のほどは推して知るべし。その後、真相を知った彼女は実ににこやかにハジメに迫り……その後のことを語る者は、誰もいない。誰もが口を噤み、知らぬ存ぜぬを通すのだった。

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