たぶん、次くらいで話が動く……思う。
名残は尽きないが、いつまでも足を止めているわけにもいかない。一行は別れを惜しみながらも再会を約束し、最後の大迷宮【ハルツィナ樹海】を目指す。
本来なら、エリセンから樹海を目指すのは大陸を西から東へ横断する大移動。例えハジメ謹製の車両型アーティファクト「ブリーゼ」や「ハインケル」を用いても、決して楽な道程ではない。
が、それはあくまでも陸路を行く場合の話。陸路が大変なら空路を行けばいいじゃない……と言わんばかりに、重力魔法を付与した「重力石」を利用して作り上げてしまったのだ、この「飛空艇フェルニル」を。ハジメ一人だけであれば未だ実用化は困難な代物だったろうが、そこは突き抜けた技術者を抱えるカルデアの力の見せ所。現在のハジメの腕前を考慮したうえで、提出された設計図を建造可能なレベルに修正。多少時間はかかりはしたものの、おかげでこうして陸路とは比べ物にならないほど快適な空の旅が実現した。まぁ、実は一番時間がかかったのが、内部空間を拡張するための空間魔法の定着…つまり、立香の担当分だったのはご愛敬だろう。
現在フェルニルが進むのは、ハジメたちも立香たちも一度は通った【グリューエン大砂漠】。舞い上げられた砂はかなりの高さに達するとはいえ、高度1000メートルを優に超える高空を行くフェルニルには関係のない話。窓を開けるどころか甲板に出て、一行は大いに空の旅を満喫している。普通ならこの高さで窓を開けるなどありえないし、甲板に出るなど以ての外だが、重力魔法以外にも様々な魔法や固有技能を詰め込んだ珠玉の一品は伊達ではない。
高高度から見渡しても砂景色一色。陸路を進んでいた時には辟易としたものだが、いまはこれはこれで味があると感じるから不思議なものだ。
惜しむらくは、操船が難しいため現状フェルニルを動かせるのがハジメ一人なことだろう。おかげで、彼の
だが、そんなものは些細な悩みに過ぎない。そう、現在フェルニルは大変のっぴきならない問題にさらされていた。
本来なら、あの濃ゆい連中と関わっていく上では避けては通れない道。今までは比較的良識派の赤青コンビだったり、バカンス気分だったりであまり問題を起こさなかったことが幸いしたが、今回の面々は違う。フェルニルによる旅が始まれば、必然生活空間が限定される。エリセンでは気を遣って距離をとったり場所を変えたりしていたのだが、今はそれもできない。
結果、立香やマシュだけでなくハジメたちもまた引き起こされる騒動に巻き込まれることに。そしてそれは、夜が明けてフェルニルが浮上して間もなく、甲板上の衝撃音とともに発生した。
「のわっ!?」
「ハジメ君、今のって!?」
「昨日の今日だぞ。少しは学習しねぇのか、アイツら……」
「……ん、さすがにそんなことはないと思いたい」
一見だらけながら両手に美少女を侍らせているように見えて、実はすごく集中して操船していたハジメが頭を抱える。それぞれ腕の中に納まりながら身をゆだねていた香織とユエも、何とも言えない顔で見上げていた。どうか、今度こそ別の理由であってほしいと……。
だが、現実とは無情なもの。事の真相は、間もなく
「ハジメごめーん!! ちょっと降りてもらっていいかな、ブリュンヒルデがシグルドに
「またか! いい加減にしろよ、あのおしどり夫婦!!」
昨日に続いて今日も…というか、実は召喚されてからほぼ毎日この調子なのだ。旅が再開されるまでは迷惑にならない場所でやっていたが、生活空間が限定されればそれも難しい。
おかげで、フェルニルはこうして度々停船を余儀なくされている。本来ならとうに樹海についていてもいいはずなのに、未だ大砂漠を進んでいるのはそれが理由だ。
しかし、一つだけ弁護させてほしい。ブリュンヒルデはこれでも結構我慢しているのだ。現在、フェルニルに乗船している面々は彼女基準で言うところの「
にもかかわらず、日に数度停船する程度に留め、なおかつ狙いはシグルド一択……ブリュンヒルデなりに、頑張って周りに迷惑をかけないよう努力した結果だ。まぁ、それでも多大な迷惑をかけているあたり、流石というかなんというかだが。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。ここにいらっしゃる方はみな、とても良き勇士なものですから……」
「気に病むことはないブリュンヒルデ、我が愛よ。その溢れ出る思いの丈、当方が全て受け止めよう」
「ああシグルド、シグルド……愛しいあなた。困ります、私とても困ってしまいます。今この槍に宿るのはあなたへの愛だけではないというのに、それでもあなたは受け止めてくださると? そんなことを言われたら私、嬉しくて……嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて……ますます愛してしまう。どうしようもないほどに……だから殺し、ますね?」
「良い、良いのだ、ブリュンヒルデ。何も抑えることはない。お前の殺意とは即ち愛。当方に向けられる槍の苛烈さこそが、愛の証明に他ならないのだから。当方はそれを、何よりも嬉しく思う。そう、今当方はこの上なくお前の愛を実感している」
「シグルド、シグルド……愛しています。愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛しています愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛……」
「とはいえ、死んでしまえば当方の愛が証明できない。なにより、それでは当方の愛がお前の愛に劣っているかのようだ。うむ、それは少々……認めがたい。よい機会だ、我が叡智の全てを賭けて断言する。お前が当方を愛する以上に、当方はお前を愛していると!!」
(ティオさん聞きました? あの人、素面ですっげぇセリフぶちまけてやがるですぅ!!)
(う、うぅむ……罵られる方が好きな妾じゃが、偶にはああいうのも……)
(フォッフォウ!)
「故に、お前の愛のすべてを受け切り、なおかつ生存する…だけでは足りない。完膚なきまでの勝利を以て、我が愛の証明としよう!」
そうして繰り広げられる、トップサーヴァント二騎による大激突。本人たちとしては、周りに被害を出さないために行動している部分もあるのだが、そもそもこの二人がやり合っている時点でただでは済まない。それなり以上に頑丈に設計されているフェルニルではあるが、限度というものがある。
仲裁できそうなのもいないではないが、夫婦喧嘩は犬も食わない、人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ、ともいう。これもある種の夫婦の営み的なアレだ。要は無粋の極みだし、なにより変に溜め込んで大爆発されるより小出しに発散する方がマシだろうということで、立香もあえて止めようとしない。
結果、今日も今日とてフェルニルは足止めを余儀なくされる。彼らが目的地である樹海に到達したのは、さらに一週間後のことだった。
ところで、話は変わるのだが……シグルドとブリュンヒルデのやり取りを見ていて思うところがあったのか、どこからかシアがこんなものを持ち出してきた。
「は、ハジメさん、ちょっとこれかけてくれませんか?」
「待て。それ確か、シグルドの眼鏡じゃ……」
「ご主人様よ、後生じゃ今は何も言わずそれをかけておくれ」
「ハジメさんもこの眼鏡をかければ、シグルドさんみたいに……」
二人が何を期待していたのかは定かではないが、結論を言えば二人に対しては特に何もなかった。代わりに、ユエや香織との夜が一段と激しくなったのと、密かに立香を通してシグルドに苦情が入ったことくらいだろう。
* * * * *
大いに足止めされながらも、何とか樹海に到着した一行。無事に…と言い難いのは、なんだかんだですでにフェルニルがいろいろと傷だらけだからだろう。原因は……あえて語るまでもあるまい。
流石にいきなり樹海内部に乗り付けることはせず、その手前でフェルニルを降りハジメたちは再度、立香たちは初めて樹海内に足を踏み入れる。亜人族やその国「フェアベルゲン」に気を遣う理由はないが、わざわざ自分からトラブルの種をまく気はないし、ハジメたちと違いフェリシアは彼らとの関係を大事にせねばならない。一応、ハジメなりにそのあたりに配慮した結果だ。
そんなハジメにユエと香織は柔らかく微笑み、かつての彼を知る立香とマシュの眼差しもどこか暖かだ。そのことに若干の居心地の悪さというか照れを感じるのか、微妙にそっぽを向くハジメ。かつてこの地を訪れた時とは違う、穏やかな雰囲気ではあるものの、当の【ハルツィナ樹海】は一寸先を閉ざすような濃霧を以て出迎えた。
獣道とすら呼べない道ならぬ道と、濃い霧と共に纏わりつく認識阻害に似た感覚。これで現在位置や方角を狂わせているのだろう。
しかも、その強度が並ではない。人外レベルのハジメはおろか、サーヴァントですらここでは感覚が狂わされるらしく、シグルドやブリュンヒルデですら若干の緊張をはらんだ様子で周囲を警戒しているのだから、恐るべき強度だ。
「みなさ~ん、さっきも言いましたがくれぐれも私から離れないでくださいね~」
「しかし、話には聞いてたけどすごい霧だな」
「はい。よほど感知能力に優れたサーヴァントでもなければ、すぐに迷ってしまうでしょう。ロビンさんはどうですか?」
「いやぁ、森とかはホームグラウンドのつもりだったが、こいつは実際大したもんだ。正直、俺も気を抜いたら迷っちまいそうだ。つーわけで、マスター。くれぐれも俺らの囲いから出ないでくれよ。契約があるからマスターは見つけられるだろうが、あっちのウサギの嬢ちゃんと合流できるかは結構微妙だ。その辺、百貌の姐さんたちはどうなんです?」
「不可能ではない……が、難しいだろう。数を頼みに虱潰しに探せばあるいは、といったところだ」
「ああ、そりゃ確かにあんたらならではの強みだ。その点に関しちゃ、誰もあんたには勝てないだろうよ」
先導役のシアを先頭に、一行の周囲を囲むロビンと百貌達。斥候や間諜が専門の彼らでようやくある程度樹海内を動けるというレベルなのだから、つくづく樹海の霧は恐ろしい。これはまさに、正真正銘の結界だ。
「じゃが、確か魔人族は樹海にも進行する計画を立てておるのじゃろう? この霧をいったいどうやって突破するつもりなのじゃ?」
「……………………あまり、聞いて気持ちの良い話ではありません。特に今は」
「? どういうことですか?」
疑問符を浮かべる香織に、フェリシアは「また後程」と詳しいことは語らない。
今言ったとおり気持ちの良い話ではないというのもあるが、なによりこの場所を警戒しての判断だ。ここは樹海、すなわち亜人族の領域。今のところ誰も亜人族の気配をとらえてはいないが、用心に越したことはないだろう。この時点で彼らを刺激するようなことはしたくない。まぁフェアベルゲンと接触すれば開示するつもりの情報だが、悪戯に拡散するのも望ましくない。上層部にだけ伝え、機密扱いにしてしまうのが一番なのだから。
そうして進むこと数分、ロビンや百貌達が感知するよりわずかに早く、シアが武装集団の接近に気付いた。
「皆さん」
「むっ」
「おいでなすったようで……」
「武装した集団が左右から接近してきています」
その言葉を受け、特に打ち合わせをしていたわけではないが示し合わせたように左右に分かれる。戦いに来たわけではないので殺気をまき散らすような真似はしないが、かといって警戒を緩めもしない。奇襲を仕掛けられても即座に対応できる程度には。
そして、シアたちの言葉が正しかったことを示すように、霧をかき分けて武装した虎耳の集団が現れた。全員が険しい視線で武器に手をかけ、今にも仕掛けてきそうな剣呑さだ。しかし、同時に訓練が行き届いているらしく先走る者はいない。距離を取ったまま戦闘態勢を維持する集団から、リーダーらしき虎人族の視線がハジメ達に止まる。
「お前達は、あの時の……」
「あ、お久しぶりです」
「お知合いですか?」
いち早く彼…警備隊の隊長を務める虎人族のギルを思い出す香織。わずかに遅れてハジメも思い出したらしく、フェリシアの問いに首肯を返す。
「一体、今度は何の……というか、随分と人数が増えたな。見たところ人間族ばかりのようだが、なんだその髑髏面の連中は?」
(まぁ、パッと見一番不審だよね)
(こればかりは、仕方がないかと……)
「んなことより、まずはこいつらをフェアベルゲンに連れて行ってやれ。俺たちと同じ資格者だ」
それはもう怪しいモノを見る目を向けてくるが、流石に反論の余地がないのでスルー。とはいえ、代わりに用件だけを簡潔に伝えるハジメもいかがなものか。
「なに? ……そういうことならば、長老たちに報告する。少々待ってもらわねばならないが……」
「わかりました。いいよね、フェリシア」
「はい。先触れもなく押し掛けた身、不躾の極みと承知しております。待てとおっしゃるのなら、一日でも二日でも、いくらでも待ちましょう。リツカ殿には申し訳ありませんが……」
「いいからいいから」
「………………………………………少年、彼らとどういう関係だ? 仲間…にしては、印象が違いすぎるぞ」
「ほっとけ」
深々と頭を下げるフェリシアの誠意ある対応に、「お前ちょっとは見習えよ」と言わんばかりの視線をハジメに投げるギル。まったくもって正当な反応だが、もちろんハジメはそれで我が身を顧みたりはしない。
その間にも、立香たちは宝物庫から出したシートに腰を下ろしてさっさと寛ぎモードに移行。荒事にならなさそうと判断してのことではあるが、武装集団に囲まれていながら大した図太さだ。
「ではハジメさん、また後程」
「おう」
「先に行ってるね、マシュちゃん」
「ま、待て待て! どこに行くつもりだ!」
「……ん、ハウリア族の集落以外に行くところがあるとでも?」
何を当たり前のことを、と言わんばかりにジト目(デフォ)を向けるユエ。別に特に呆れたり蔑んだりはしていない。
とはいえ、それはあくまでも仲間たちだからこそわかること。ギルからすれば、絶対零度の吹雪でも受けたようなものだったらしく、表情どころか身体そのものが固まっている。もちろん、そんなギルのことなどハジメの知ったこっちゃないが。
「……待てよ。一応聞くが、ハウリア族の集落の位置は俺たちが出て行ってから変わってないか?」
「あ、ああ。あれ以来、連中はあの場所に居座っている」
「そうか、なら問題ないな。立香、用件が終わったら追って来いよ。例の発信機とサーヴァントたちがいれば、樹海でも追ってこれるだろ」
「ああ。百貌、一応念のため何人かつけてもらっていい?」
「承知した」
呆然と見送るギルを尻目に、5名ほどのアサシンを引き連れてハジメたちは樹海内を進んでいく。百貌には独自のネットワークがあるので、これで発信機が誤作動を起こしても追いつくことができるはずだ。
「すみません、マイペースな奴で」
「隊長さん、ですよね。よろしければ飲みますか?」
「……いや、結構だ」
(マイペースっつーんなら、うちのマスターもいい勝負だと思うがねぇ)
難しい顔をしているギルに若干同情しつつ、ちゃっかりお茶のご相伴にあずかるロビンだった。
その後、恙なくフェアベルゲン上層部「長老会議」に話は通り、長老の一人を名乗る狐人族のルアが出向くと、立香たちは無事「資格者」として認められ街へと招かれた。
“百聞は一見に如かず”とはまさにこのこと。話には聞いていたものの、実際に目の当たりにしたフェアベルゲンの美しさは想像を超えていた。
フェアドレン水晶という霧や魔物を祓う鉱石のおかげで街に霧が入り込むことはない。そんな街の中には直径数十メートル級の巨大な樹が乱立し、その樹の内部を住居として利用している。ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れ、斜陽と相まって幻想的な光景を作り出している。
また、人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い、空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも高層ビル並みで、圧巻と評する以外にない威容を放っている。
「どうだい、僕たちの都はお気に召したかな?」
「いやぁ、色々なところを旅して綺麗なものもたくさん見てきたけど、これは絶景百選…いや、十選に入るかも」
「はい、自然との調和…という点で言えば、一つの完成形です」
「フォ――ウ! フォ――ウ!」
「フォウさんも大はしゃぎです」
「野生に帰ったりしない、よね?」
「……」
「フェリシア、だったかな? ぜひ、君の感想も聞かせてほしいね」
「……………………愚か、その一言です」
「……ほう、それはどういう意味かな?」
それまでそっぽを向きつつもケモミミや尻尾を勢いよくフリフリして、機嫌の良さを隠しきれなかった亜人たちの動きが止まる。
「……私たちの愚かさを、目の当たりにした思いです。あなた方をケダモノと呼び蔑む者たちに、ぜひこの街を見せてやりたい。あなた方はこんなにも素晴らしいものを、美しいものを作り上げる文化を、技術を、叡智を持った種族なのだと。己と同胞たちの無知に、恥じ入るばかりです」
「……………………いやはや、まさか街ではなく僕たちを見ていたとはね」
かつてハジメたちがフェアベルゲンを訪れた時も、彼らは街の美しさを心から称賛した。それはそれで喜ばしいことだったが、今受けた衝撃はその時とは少々違う。
フェリシアは街を通して、亜人族という種族を見ていた。これだけの街を作り上げる彼らの手にあるものの素晴らしさ、フェリシアはその尊さにこそ感銘を受けている。長老の一角を担うルアはそれを正しく理解したからこそ、単純な喜びとはまた違う感慨を覚えていた。
「ルア殿、よろしければ後程どなたかに案内してはいただけないでしょうか。是非とも、見て回りたいのですが」
「…………実は彼女、結構子どもっぽい?」
「……まぁ、割と好奇心旺盛というか」
「異なる文化、というものに興味津々な方なので」
「あ、できれば本屋とかあればそこにも寄ってあげてください。あと、フェリシアが興味がありそうなものとなると、服飾系と食材関係、それに……」
子どものように目をキラキラさせているフェリシアに聞かれないよう、こっそりルアに見学ツアーの要望を伝える。とりあえず、彼らの生活に根差した店や歴史がわかる場所などに連れて行ってやれば、フェリシアのテンションは天元突破することだろう。
ちなみに、残念ながら国民感情的に街中を歩き回らせるのは良くないということで見学ツアーはお預けに。物分かり良く了承したフェリシアだが、フェアベルゲンを出るとものすごく残念そうにしていたとか。
閑話休題。
そうして案内されたのは、長老会議の会議場。すでに主要な長老たちは集まっていたことから、早々に口伝に則る形で議事を進行……しようとしたが。
「あ、あらかじめ言っておくと、俺たちは基本的にハジメたちと一緒に行動するつもりなので」
という立香の一言で、過程の大部分が省略されることに。なにしろ、ハジメたちの仲間ということで力を試す必要がなく、案内するか否かもハウリア族がついているので決めるまでもない。まぁ、フェアベルゲンを蔑ろにされているようで長老たちとしては面白くはなかったが、続く「ほら、俺たちが街にいると皆さん良い気持ちはしないでしょ」との配慮で治めることに。実際、根深い遺恨を抱える人間族を街中に滞在させるのには、いろいろと問題がある。なので、そのあたりの問題がなくなることは素直にありがたい話だ。
それに、立香たちとしてはこのようなことにあまり時間はかけたくなかった。
何しろ、彼ら…というかフェリシアにとっては、この後こそが本番なのだから。
「ふむ、ではさしあたって決めるべきことはこれで終わりか。またしても、口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」
「いえ、あなた方が受けてきた迫害を思えば、歓迎など……こうして話を聞いていただけただけで、望外の喜びです」
「そう言ってもらえると、多少なりとも救われるな」
「ですが、よろしければもう少しだけ私の話に耳をお貸しいただけないでしょうか」
長老衆の顔役と思しき森人族のアルフレリックが会議を閉めようとするが、そこに待ったをかけるフェリシア。
「ほう、これ以上なにがあると?」
「遠からず、魔人族が樹海に侵攻します。それも、樹海の霧を突破する魔物を従えて」
「っ!?」
その言葉に、長老衆の間に戦慄が走る。
「なぜ、そう言い切れる?」
「簡単な話です。私が魔人族であり、つい先日まで軍上層部に籍を置いていたからです」
そう言ってフェリシアが己の顔を一撫ですると、肌色や耳の形が魔人族のそれに変化する。当然、長老たちの驚きは並大抵のものではない。中には、浮足立ち戦闘態勢を取りかける者までいた。
そんな彼らの反応を、フェリシアは静かに見守る。なぜなら、それは当然の反応だからだ。これまでは余計な混乱を招かないために、あえて立香たちと同じ人間族の姿に変えていたが、この話をするからには正体を明かす必要があった。まぁ、彼らの度肝を抜くことで主導権を握る、という狙いもあったが。
とはいえ、この流れを考えた時点で彼らの反応は予想できていたこと。故に、フェリシアはそのまま予定通りに隙を晒したまま座り続ける。なにもしない、それが最善の対応だと判断したから。そして、その判断が正しかったことはすぐに証明された。
「鎮まれ! 相手が人間族であろうと魔人族であろうと、大差はあるまい。それより長老ともあろう者が、無防備な娘を相手にいったい何をするつもりだ!」
「ぐっ……」
「だがアルフレリック、それは……」
「わかっておる。無論、問うべきことは問わせてもらう。フェリシア・グレイロード、その姿について説明はしてもらえるのだろうな」
「無論です。これは神代魔法の一つ、変成魔法によるもの。先ほどまで偽りの姿で皆様を謀ったこと、伏してお詫び申し上げます。ですが、資格者と認めていただくまでの話を円滑に進めるため、私の正体は隠しておいたほうが良いと考えました。人間族の中に魔人族が混じっているとなれば、皆さまも理由を問わずにはいられなかったことでしょうから」
「まぁ、それは、な」
「また、変成魔法の一端を実際にご覧になっていただく必要がありました」
「それが、霧を突破する方法と関係していると?」
「……はい。ただ、どうかお約束いただきたい。これから話すことは、あくまでもこの場限りのものとすると」
「理由による、としか答えられんな」
「当然でしょう。理由は単純です、これを末端の兵や民一人一人にまで知られれば、混乱を招くことになるからです。また、真相を知ればいざ侵攻を受けた際に被害が増大する恐れがあるからです。それというのも……」
そうしてフェリシアの口から語られたのは、長老衆にとって……いや、亜人族にとって許しがたいものだった。
樹海を満たす霧はなぜか亜人族にだけ効果がない。ならば、突破の方法は簡単だ。亜人族を利用すればいい。簡易なところでは亜人族の奴隷に先導させる方法があるが、魔人族は変成魔法を手にしたことでそこからさらに先…禁忌の域に踏み込んだ。それは……魔物と亜人族の融合。
コンセプトとしてはフェリシアの研究に近いが、あれは魔人族をベースに魔物を融合させたのに対し、こちらは魔物をベースに亜人族を融合させるというもの。これにより、霧の効果を受けない魔物を作り上げたのだ。
フェリシアは直接研究には携わらず、魔物の強化に長けたフリードが手掛けた研究だった。とはいえ、彼女からすれば己もまた同罪。なにしろ、フェリシアは知っていてそれに反対しなかった。反対したとしても止まらないし、すれば立場を危うくすることを知っていたから。
だからこそ、彼女には静観する以外の選択肢がなかった。無論、それが免罪符になるはずもないと知った上で。
予想通り、この事実を告げた長老会議は紛糾した。中には動転してか、フェリシアに相応の罰を……と言い出す者まで出る始末。フェリシアはむけられる罵詈雑言のすべてを、黙って受け入れた。マシュは弁護しようとしてくれたが、立香が手を取ってそれを押しとどめる。
フェリシアに自身が静観した理由を含めて、弁明する気などないことを知っていたからだろう。また、彼らとしても一度吐き出さなければ収まりがつかないことも。
何度かインク壺やペンをはじめとした小物、中にはテーブルごと投げつけられたりもしたが、フェリシアはそれすらも黙って受け止める。同胞たちの罪を肩代わりするかのように。
そして、中にはそんな彼女の姿勢に気付く者もいた。アルフレリックやルアがそうだ。彼らが中心となり他の長老たちを宥め、やがて会議場は多少なりともの本来の落ち着きを取り戻していった。
「すまんな、グレイロード殿。不調法、平にご容赦願いたい。これ、急ぎ薬師を呼ばんか。すぐに治療させる故、しばし……」
「いえ、それには及びません。もう、治っておりますので」
「なんと……それも神代魔法ですかな?」
「ええ、変成魔法の応用です。他の魔法でもできるのですが、すっかりこちらで慣れてしまって……」
「変成魔法……先の話を聞いた後では複雑だが、貴重な情報に感謝する」
一同を代表しアルフレリックが頭を下げれば、表情はまちまちながら一同揃ってそれに倣う。冷静になったことでフェリシアの本心もある程度察したのか、アルフレリックなどは礼節を持って対応することにしたらしいことがうかがえる。まぁ、感情の折り合いがつかない者もまだいるようだが。
「念のために伺うが、侵攻のタイミングはお分かりか?」
「申し訳ありません。一応の妨害工作はしましたが、私が国を出たのはそれと同時だったもので……」
「いや、時間を引き延ばしていただけただけで充分というもの。おかげで、事前にそれを知ることができた。それに、先ほどおっしゃった意味も理解した。このことは我らの胸に留め、兵たちには霧を突破できる魔物がいる、とだけ伝えておこう」
「ありがとうございます」
知れば、中にはきっと躊躇する者が出てくるだろう。そうなれば、被害が増すばかり。真相は秘め、上層部がその闇を背負えばいい。
「では、改めて聞かせていただこう。かつてはガーランドの軍幹部まで務めたという其方が、なぜ国を離れ、人間族と行動を共にしているのか」
「行動を共にしているといっても、私個人に限って言えば旅の道連れ……仲間、とも言えない身ではありますが」
そう前置きしたうえで、フェリシアは自身の思い描く理想……解放者たちの遺志を継ぎ、神と決別した世界への願いを紡ぐ。三種族…いや、竜人族を含めた四種族が手を取り合うとはいかないまでも、意味のない闘争で血を流すことのない、自分たちの意志で未来を作れる世界への思いを。
全てを聞き終えた長老たちだが、その表情は苦い。その理由もまた、フェリシアにはわかっていた。
「……」
「無論、これが虫のいい願いであることは承知しております。迫害され、虐げられてきたあなた方からすれば、何をいまさら…と思われることでしょう」
「そう、だな。仮に神の支配がなくなったとしても、積み重なった遺恨が消えるわけではない。我らは人間族を憎み、魔人族を恨む」
「憎むなとも、恨むなとも申し上げられません。それは、当然の感情です」
「では、仮に我らが恨みを理由に戦を仕掛ければどうする?」
「受けて立つまでのこと。あなた方の感情は正しくとも、次の時代に生きる者たちに責を負わせることはできません」
「否定はしないと? そなたは、戦争の回避を望んでいるのではないのか」
「少し…違います。確かに回避できるならそれに越したことはありません。特に、神を理由とした戦争など以ての外。ですが、それが食料やそれを育てる土地を巡った、あるいは正しい感情のもとに行われるものであれば否定はしません。なぜならそれは、人の営みにおける発生して当然のもの。痛ましいとは思います。ですが、その痛みすらも含めて我らが先へと進むために必要なものだと思うのです」
できるなら各種族の関係を一度清算する為、数百年あるいはそれ以上の時間をかけて遺恨を風化させたいとは思っている。そのために、各種族の繋がりを一度断つ…というのが元々のフェリシアのプランだ。
ただ、それが虫のいい願いであることもわかっている。少なくとも、亜人族や竜人族がそれで納得しないとしても、それは当然だと思う。だから、そこにこだわるつもりはない。
それに、過去の遺恨を理由にした戦争ならば、まだ納得がいく。だってそれは、被害者側からすれば当然の感情だからだ。それを否定する言葉を、フェリシアは持ち合わせていない。水に流せと、いったいどの口で言えというのか。
「間違えないでいただきたい。最も優先すべきは、神の手から世界を、人を解放すること。その後のプランは、また改めて決めればよいのです」
「だが、仮に神を討てたとして、世界が変わると?」
「変わらないかもしれません。ですが、少なくとも“討たなければこのまま”です」
「……」
それだけは、まぎれもない事実なのだ。神を討った程度で世界中の人々の認識が変わるはずもない。時間をかけたとしても、どうなるかはわからない。しかし、現状を放置すれば何の変化も生じないのだけは確かだ。
「………………………そなたの言い分はわかった。一考に値するものだということも含めて、な」
「ありがとうございます」
「だが、はっきり言わせてもらえば如何にそなたが傑出していようとも、現状では“個”に過ぎん。国には同志がいるやもしれんが、その安否は不明なのだろう」
「はい」
「そして、竜人族の生き残りとのパイプはあれど、いまだ交渉には至らず」
「はい」
「であれば、やはりまだそなたの手を取るわけにはいかん。具体的なヴィジョンがあったとしても、それでは足りん。聡明なそなたのことだ、それもわかっているのだろう?」
今のところ、フェリシアの手元にあるカードはあまりにも少ない。確実にあるといえるカードは、彼女自身が保有する戦力だけ。それだけでは、正直彼女のプランに乗るには不安要素が多すぎるということだ。
だが逆に言えば、実現可能と思わせる現実味を感じさせるカードを揃えることができれば、話は変わってくるということ。そして、そのカードの当ては既にある。
「無論です。樹海の迷宮を攻略し、リツカ殿たちの帰還を見届けた後、私は世界を回るつもりでおります」
「そこで、交渉材料を見つけると?」
「目星はついております」
「ほう……具体的には?」
そこでフェリシアは少し思案する、ここでその目星を語るべきか否か。だが、答えはすぐに出た。別に競争相手になるわけでもないのだ。真剣に彼女の提案を検討してもらうため、少しでもその可能性を引き上げるべきだろう。
「………………………………帝国を落とします」
「なにっ!?」
その一言に、改めて場が騒然となる。帝国と言えば、ヘルシャー帝国をおいて他にない。だが、それでは先の言葉と矛盾する。彼女は可能であれば戦争を回避したいはず。なのに、人間族側で屈指の国家である帝国を落とすのは、結果的に魔人族側に利することになるはずだ。
これまでのフェリシアの話がウソとは思えない。ならば、その真意とはいったい……
「帝国の存在は最大の不安要素です。隙あらば最大限の利益を取りに行く、それは一向にかまいません。ですが、あの国は少々貪欲すぎる。あなた方にとっても、もっとも深い遺恨を抱えた存在であることでしょう」
なにしろ、あの国こそがこの世界において最も亜人たちを奴隷として虐げている国なのだから。
「確かに、な……」
「ですが、同時に最も与しやすい国でもあるのです。彼の国の国是は“敗者は勝者に従う”。ならば、私が皇帝を降してしまえばどうなります?」
力で屈服させ従わせる、故に、力こそが至上。確かにそれはヘルシャー帝国の国是に則ったことだ。逆に、他の国であれば単純に力で手に入れることは難しい…というか不可能だ。だが、あの国だけはそれが通じ得る。
そして、フェリシアの力なら確かにそれができる。全人類の中でも、彼女に対抗できる者は極めて少ない。
無論、皇帝と一対一の決闘……で済むはずもないが。
「……………………やろうと思えば、帝国そのものを敵に回すことになるぞ」
「望むところです。いずれは神を討とうというのです、国の一つや二つ落とせなくてどうしましょう」
自信のほどを示すように、敢えて力強く言い切る。
「……国というカードを持ち出されればこちらも無碍にはできん、か」
「私が帝国を手に入れた暁には全亜人の解放をお約束いたします。できれば賠償金も支払いたいと思いますが、そちらは懐事情が分からなければ何とも……」
「まぁ、当然であろうな」
「代わりと言っては何ですが、樹海付近の国土を一部竜人族に割譲するつもりでいます。彼らも大陸から離れた場所からでは目付け役も難しいでしょう。そこを中立都市とし、緩衝地帯にできればと考えています。もちろん、表向きは適当な理由をつけ、彼らに矛先が向かないようにはしますが」
「気前のいいことだが、それをすればそなたに反感が集まるぞ」
「構いません。元より魔人族の裏切り者、そこに帝国の愚帝が追加されるだけですから。精々悪評を集めて、敵役を演じましょう。フェアベルゲンでも、いずれ来る侵攻の際には私を黒幕にでも仕立てていただきたい。そうすれば、人心を集めるのも楽になるになるはずでは?」
わかりやすい敵がいれば、確かにその分人心をまとめ安くなる。
フェリシアは自身が旗頭になるつもりなど毛頭ないのだ。表向きは敵役を演じ“フェリシア憎し”で世界をまとめ、裏で各国の中枢を担う者たちと結託するのも一つの方法だろう。経過はどうあれ、いずれは神を討ち……自分は歴史の闇に消える。それでいいのだ。
立香たちやティオなどは異論があるようだが、重要なのは先も言ったとおり“神からの解放”である。世界をまとめるというのも、そのための手段に過ぎない。ただ、後々を考えるのなら世界をまとめるか、種族ごとで分断するのが良いだろう。いずれにせよ、目付け役は竜人族に任せることになるので、彼らの大陸復帰は必須だ。
そうすると、やはりフェリシアが悪役を担うのが良いように思う。
「むぅ……しかし、そなたのいないガーランドや帝国はどうなる?」
「それについてはご心配なく。国には統治を任せられる同志がおります。帝国の方も、形にこだわる必要はありません。最終的には解体し、王国に吸収させてしまえばよいのです。幸い、王国の姫は話の分かる御仁のようですから」
「会ったことがあるのか?」
「いえ。ですが、王国には少々思うところがあり草を放っております」
どうやら、そのルートからハイリヒ王国王女「リリアーナ」の情報を得ていたらしい。まぁ、元々は
「…………まぁ、性急に結論を出すようなことではない、か」
「はい、今はまだ可能性の域を出ない話です。とはいえ、ガーランドとの対決は確実でしょう。
ですので、まずは目の前の現実への対処を検討させていただきたい」
とはいえ、話はそう複雑ではない。フェリシアの「帝国落とし」を前提に、フェアベルゲンと同盟を組もうということだ。可能であれば、メルドを橋渡しに王国も交えて。
現状、ガーランドの戦力は人間族、あるいは亜人族だけで戦うには大きすぎる。しかし、両者が協力すれば均衡状態を生むこともできるだろう。単純戦力では上回るかもしれないが、3国の同盟では足並みをそろえきれない可能性が高い。その分のマイナスを考慮したうえで、“均衡”なのだ。
その膠着状態の隙を突く形で神を討ち、ガーランドではフェリシアの手の者が中枢を握る。そうすれば、世界をまとめるにしろ分断するにしろ、先ほど話していた内容が現実味を帯びてくる。
まぁ、少々理想的に過ぎるとはフェリシアも思っているが。なにしろ、肝心要の“神を討つ方法”が今のところフェリシアの手元にはないのだから。
そうして話し込んでいるうちに、気付けば随分と夜も更けた。
流石に一度に決め切れる内容ではない。それに幸か不幸か、大樹への道を阻む特に濃度の濃い霧が薄まるのは、まだ数日先のこと。なので、今回はここで打ち切り日を改めて、ということになった。
ただその前に、フェリシアは最後に一つ次回までに検討しておいてほしいことがあった。
「ハジメ殿たちから伺ったのですが、フェアベルゲンでは魔力操作ができる子を“忌み子”として扱っていると」
「そなたも忌み…いや、失礼。魔力操作ができるのであったな。気持ちはわからんではないが……」
「掟とするからには相応の理由があるのでしょう。それは理解します。ですが、どうか改めて検討していただきたい。感傷ではなく、現実的な問題として」
「というと?」
「はっきり申し上げますが、亜人族が迫害される最大の理由は神…ではありません。それは、力の差です」
「……で、あろうな」
そう、神を理由に迫害するというのであれば、人間族か魔人族、どちらかもまた同じような立場であるはずなのだ。だが、現実には両者はある意味では対等に反目しあっている。
これは、両者の戦力がある程度以上釣り合っているからに他ならない。亜人族がそうならないのは、彼らが弱いからだ。そして、その弱さの理由とは……
「あなた方の身体能力は確かに優れています。ですがそれは、人間族の数にも、魔人族の魔力にも届かない」
「……」
「樹海という地の利を得て、初めてあなた方は両種族と対等になる。ですが、樹海は外に持ち出せない。それこそが、あなた方が迫害される最大の理由です。たとえ神の支配を脱したとしても……」
「いずれは、同じことが繰り返される。無論、承知しているとも。だが、わざわざ口にしたからには理由があるのであろう? その差を埋める、何か……もしや!」
「ええ、そこで忌み子、すなわち魔力を持った子の存在です。彼らの血を広め、魔力を持つ子どもを増やす。魔力があれば魔法が使えます。そうなれば、両種族との差を埋めるには十分でしょう」
如何に魔力があっても、シアを参考にするなら魔法の適性は低いかもしれない。
だが、魔力操作ができればさらに身体能力を強化できるし、できずとも少しでも魔法を使えれば戦力差を埋められる。少なくとも、一方的に迫害される状況は脱せられるはずだ。
「……」
「これもまた、すぐには決めかねることでしょう。ですがどうか、ご一考いただきたい。彼らは決してあなた方に害をなす存在ではありません。むしろ、あなた方の未来を照らす篝火となりえる、希望の子かもしれないのです」
「…………………………検討は、してみよう」
「ありがとうございます。ただ、一つだけお願いが」
「わかっている。今更、シア・ハウリアに縋るような恥知らずな真似はせんよ。彼女に謝罪することはあっても、な。対応を改めるとすれば、それはこれから生まれてくる…あるいは、いまだ露見していない子どもたちの話となろう」
「その旨、シア殿にお伝えしても?」
「構わん。が、まだ決定事項ではない。あくまでも、検討するだけということを忘れないでほしい」
「十分です」
その後、フェアベルゲンを後にした立香たち一行。随分と遅くなったが、仲間たちはしっかりと彼らを出迎えてくれた。そこで話し合った内容を簡単に報告したが、感極まったシアがフェリシアに抱き着きワンワン泣いたことをここに記す。
ちなみに、フェリシアが変わり果てたハウリア族を知るのは、夜が更けていたこともあり明くる朝のことだった。