ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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長くなったので二話に分割しました、以上。


035

 

『破壊工作』というスキルがある。

“戦闘の準備段階で相手の戦力を削ぎ落とす才能(スキル)”とされ、ランクAともなれば六割近い兵力を戦闘不能に追い込む事も不可能ではない。『軍隊はその三割が失われた時点で作戦行動が不可能になる』ということを考えれば、如何に悪辣な手管か分かろうというものだ。

 

とはいえ、これはあくまでも“戦闘の準備段階”であることを前提としたスキル。戦闘が始まってからでは、その力を十全に発揮することはできない。

例えフィールド(戦場)がロビンフッドの庭たる“森林”であったとしても、後手に回らざるを得ない状況では、できることにも限度がある。

 

そんなことは、他ならぬロビン自身が最も理解していることだ。

最大限の戦果を目指すのであれば、首都とも言うべき“フェアベルゲン”間近に有りっ丈の罠を敷設するべきだろう。それはつまり、比較的樹海の浅い所にある集落と防衛に動いている戦士たちを見捨てるということだ。せめて避難する時間だけでも稼げればとは思う。だが、すでに戦端が開かれている現状では、時間稼ぎを目的とした多少の足止めですら惜しい。

 

「……ま、だからって大人しく引き下がるってわけにもいかんでしょ」

 

深い霧で閉ざされた森の中を移動しながら独り言ちる。

ロビンが戦場に選んだのはハルツィナ樹海の深部ではなく、広大な樹海全体で見ればまだまだ浅い領域。それが焼け石に水でしかなく、時間稼ぎにしたところで微々たる効果しか望めないことを承知の上で。あるいは、彼が大局的に犠牲を計算できる統治者・支配者側の英霊であったなら違う選択をしたやもしれない。

 

だが、ここにいるのはシャーウッドの森に潜んだ義賊“ロビンフッド”の名を襲名した者。

体制におもねることを良しとせず、自分のためではなく人々のために、騎士道や誇りある戦いなんてものとは無縁ながらも、最後まで自らの在り方を損なうことのなかった勇士。

ならば、どうして今まさに虐げられようとしている無辜の民を見捨てることが出来ようか。

 

「ほいっと、これにて仕込みは上々。そいじゃ、次行くとしますかね」

 

既に襲撃されてしまった集落は助けようがない。だが、魔人族の狙いをある程度絞ることができる以上、現在地からフェアベルゲンへの進路上に罠を張るのはゲリラ戦の名手にとってそう難しいことではない。

 

彼の戦いを“卑怯”と誹る者はいるだろう。だが、ロビンはそんな雑音気にも留めない。

姿を、正体を隠し、徹底して奇襲・奇策に走った戦い方をする。武器を隠し、誇りを隠し、卑しい戦いを徹底するのは、自身の誇りよりも守らなければならないものがあることを知っているからに他ならない。

とはいえ……

 

「……ま、分かっちゃいたことだが埒が明きやしねぇ。井戸に毒でもたらせれば良かったんだが……」

 

如何せん、ハルツィナ樹海という立地が悪い。半ば密集するように木々が生い茂るこの土地は、必然的に地面もかなりの深さまで木の根が張り巡らされ、“掘る”という作業に致命的に向いていない。

そのため、樹海の住民たちは“井戸を掘る”ということをあきらめざるを得なかった。代わりに、飲み水をはじめとした生活用水は基本的に水を大量にため込む…言わばサボテンのような性質を有した樹木から得ているし、食料の確保も農耕や牧畜ではなく採取と狩猟が基本だ。

気候・風土による生活様式の違いと言ってしまえばそれまでだが、最も手軽且つ効果的な“水の汚染”が使えないのは、ロビンの戦法的に痛手と言わざるを得ない。貯水槽代わりの樹木に毒を仕込むという手もあるが……

 

「嬢ちゃんの話じゃ、そもそも連中は存在そのものを知らねぇみたいだしなぁ……やるだけ無駄か」

 

己が種族こそを至高とし、他種族を蔑視する傾向の強い人間族や魔人族は、あまり他種族の生活様式などに詳しくない。そのため、フェリシアでさえも亜人族たちが井戸ではなく樹木から水を得ていることを知らなかった。

これには飲料水は“魔法で確保可能”という事情もあるのだろうが、フェリシアがいた時点での侵攻計画にも現地での水の調達は想定されていなかった。精々、魔力節約の必要に駆られた際のために、食料と共に水やワインを輸送する計画が予備的に用意されていたくらいだ。

貯水槽代わりの樹木に毒を仕込んだところで、意味があるとは思えない。気付くかどうかもわからないもののために毒を仕込むなど、とてもではないがそんなことをやっていられる余裕などない。

 

「第一、通る集落が軒並みあの有様じゃな……胸糞悪ぃ」

 

思い返すのは、魔人族の侵攻を晒されたのであろういくつかの集落の“惨状”。

そも、魔人族の目的は樹海…ひいてはフェアベルゲンの占領・支配ではない。第一目的は“真なる大迷宮”への道の確保だが、第二目的は……亜人族の殲滅だろう。

そうでなければ、なぜ侵攻ルート上の集落を一々“壊滅”させるのか、理屈が合わない。

 

真の大迷宮への道を確保するだけであれば、極論亜人族の存在は無視しても構わないのだ。正確な場所がわからないから、已む無くフェアベルゲンを落とすことで長老たちを確保し、情報を得ようとしている。フェリシアから聞いた当初の作戦案も、奇襲によって電撃的にフェアベルゲンを陥落させ、その上で大迷宮への道を実効支配するというものだった。言ってしまえば、亜人族との戦争はオマケでしかない。

故に作戦の性質を考えるなら、進路上の集落は防衛戦力を蹴散らすだけでいい。とにかく迅速に、可能な限り速く樹海の最深部に到達するのが肝要のはずなのに……彼らはわざわざ無駄な手間をかけている。同じ“壊滅”という結果を生むにしても、そんなものは後続の部隊に任せてしまえばいいにもかかわらず。

なのにそうしないのは、僅かでも取りこぼしが出ることを嫌ったからに他ならない。その意味するところは明白だ、ガーランド軍は亜人族を一人残さず殲滅するつもりでいる。

 

つまり、亜人族が存在した痕跡そのものを許す気がないのだ。当然、生存者の鏖殺だけでは飽き足らず、集落そのものを破壊しつくしている。ロビンが目にした“惨状”とはそういうものだ。

まったく……蛮族でももう少し行儀が良いだろうに。

 

「……ったく、嬢ちゃんが見限った理由がよくわかるぜ」

 

戦場はいつだって地獄かもしれない。だが、それでも戦争にだって“ルール”はある。

そうでなければ、果てのない報復の応酬がどこまでも過熱し…最終的には“殲滅戦(女・子どもまで皆殺し)”という救いの欠片もない結論に行き着く。フェリシアは、そうならないようにと“終わらせ方”という名の落としどころを模索し、軍内部の熱狂に“合理性”という形で水を差そうと試みていた。

しかし、今のガーランド軍に冷却機能を果たす人物はいない。当然、歯止めがかかるはずもない。

 

その結果が“これ”だ。最優先の作戦目標を考えるならば明らかな無駄、むしろ害悪とも言える徹底的なまでの殲滅。これが報復合戦の果てであるのならまだいい。質の悪いことに、自分たちこそが神意を体現する唯一絶対の“正義”であるという認識故だ。過去の遺恨からくる憎しみではなく、そういった宗教的な認識が根底にあるからこそ拍車がかかる。

 

―――止まらないし、止められない。そもそも止まろうと思わない。

 

フェリシア出奔の最後の一押しになったのは立香たちとの出会いに端を欲する“粛清”の流れだったが、どちらにせよ時間の問題だったのだろう。内側から歯止めをかけるのにも限界が来ていた以上、遅かれ早かれフェリシアは国を出ていたはずだ。

内側からでは、もはや時代の流れは止められない。止めるためには、変えるためには、既存の勢力とは異なる立ち位置から働きかけるしかない。

 

そして、守りたい人たちから目の敵にされることになろうとも…という考えは、ロビンにとっても馴染みのあるものだ。騎士道や正々堂々に思うところはあれ、どうやってもそのようになれない彼だが、フェリシアにはどこか“手のかかる後輩”のような感慨を抱いている。

ならば、少しばかり手を貸してやりたいと思うのが人情だろう。ましてやそこに、今生の主の意向も重なるとなればなおさらに。

 

「さて、お次はっと……ん?」

 

焼け石に水と承知の上で次なる罠の敷設に動こうとしたところで、樹海を満たす霧が揺れたことに気付く。

魔人族の軍勢が迫って来たのかとも思ったが、方角が違う。むしろ、揺れの発生源は樹海の深部の方だ。

可能性として高いのは援軍だが、正直に言えばあまり期待はしていない。例えサーヴァントやハジメたちが救援に来たとしても、とにかく数が足りない。個々の実力は一騎当千でも、広大な樹海に幅広く展開している敵軍を点で抑えたところで意味は薄いからだ。かといって、面で抑えることのできる数を有するフェアベルゲンの戦士たちでは、ガーランド軍が使役する魔物たち相手には戦力的に物足りない。

故に、あまり期待することなく様子を窺えば、霧を掻き分けて這い出てきたのは良くも悪くも予想外の存在だった。

 

「おいおい…マスター、よりにもよってあの旦那を動かしたのかよ」

 

現れたのは、地面を這うようにして進むヒトデのような、あるいはタコのような、極彩色の禍々しい異形の生物。キャスター“ジル・ド・レェ”の有する宝具、“螺湮城教本(プレラーティーズスペルブック)”により呼び出されし海魔である。

見ているだけで本能的な嫌悪感を催すそれが、夥しい数の群れを成して樹海を進んでいるのだ。思わず、ロビンが顔をひきつらせたのも無理はない。

 

「つーか、セイバーの方ならいざ知らず、あっちの旦那に防衛戦だのなんだのなんてできるのか?」

 

聖女ジャンヌ・ダルクと共に戦った当時の“フランス救国の士”であった彼ならともかく、“聖なる怪物”となり果て悪逆の限りを尽くしたキャスターの彼は“精神汚染”のスキルが示す通り、そんな繊細な配慮ができるような状態ではない。加えて、宝具の性質的にも進路上にあるすべてを喰い散らかすのが関の山だろう。

だからこそ、立香も当初はペイルライダーと共に彼を後詰にするつもりでいた。本当に、どうしても手が足りなくなった時の最終手段として。だが、百貌やフェアベルゲンからの最新情報で考えを改めた。

とてもではないが、悠長に構えていられる状況ではないと。それは奇しくも、ロビンに最善手を放棄させたのと同種の危機感だった。

とそこへ、海魔の群れを避けるように樹海の木々を伝って見知った顔が姿を現した。

 

「む、ここにいたかロビン殿」

「シグルドの旦那じゃねぇの。助かった、どういうことか説明してもらえますかい?」

「承知した。我が叡智を尽くし、最短で状況を伝えよう」

「あ、メガネは光らせなくていいんで」

「……そうか?」

 

微妙にションボリする大英雄は気に留めず、「ほいほいさっさとしてくださいよ」と急かすロビン。

何しろ通信機代わりのアーティファクトを持たずに出てきてしまったので、同行していた百貌の一人を伝令代わりに向かわせたきり、彼自身が目にしたもの以外に最新情報と言えるものはないに等しかった。今のロビンは、何よりも情報に飢えているのである。

 

「現在、ハルツィナ樹海とフェアベルゲンが置かれている状況は思いの他深刻だ。後手後手に回り、迎撃はおろか周辺集落の避難すらままならない」

「ああ、そいつは嫌って程見てきたからな」

「そこでマスターは長老衆との協議の末、最優先事項を“敵軍の足止め”と判断した。当初はフェアベルゲンの戦士たちが身を盾にするという案だったが、代案として……」

「海魔の物量、ってわけか」

 

具体的には、フェリシアが用意していた肉塊を触媒に手当たり次第に海魔を召喚、広範囲に展開する形で向かわせている。戦士たちには、それに先行する形で海魔を避ける形で避難誘導を任せているらしい。

 

「まぁ、その方が効果的っぽいが……なんで旦那が? つーか、他の連中はどうしてんだ?」

「百貌殿たちは戦士たちと共に避難誘導を、当方とブリュンヒルデ、金時殿は前線にて攪乱を担当する」

「……坊主たちは?」

「フェリシア殿とシア殿は当方たちと共に攪乱に回る。が……」

「ああ、坊主たちは森の中でのドンパチには向いてないわな」

 

火力があるので殲滅力は高いのだが、如何せん森への被害が大きすぎる。魔人族は撃退できたが樹海は炎上しました、では本末転倒だ。

代わりに、ハジメの元には樹海内での戦闘に長けた者たちがいる。

 

「現在ハウリア族は二手に分かれ、敵軍の情報収集と樹海中域にて網を張っている」

「なら、俺も後ろに下がった方がよさそうだ」

「肯定だ。避難誘導の目途がつき次第、百貌殿も情報収集とそちらの手伝いに向かう手筈になっている」

「あいよ」

 

必要な情報の共有を終えシグルドは前線に、ロビンは後方へ向けて動き出す。

基本、海魔に敵味方の区別はない。阻む者すべてを、あるいは迫りくる脅威を無差別に蹂躙するだけの存在だ。そこに、作戦行動などという概念は存在しない。“侵入者を排除しろ”や“青髭とマスターは攻撃するな”といった、簡単な指示を守らせるのが精々だろう。そんなものを動員するというのはなかなかに荒っぽいやり方ではあるが、そんな贅沢を言っていられる状況ではない。

個々の戦力は低いが、召喚に対するコストが低く数を揃え易いのが海魔の持ち味だ。特に、海魔の死骸を触媒にすることで、さらに低コストで召喚できるという点も利点だろう。魔人族と使役される魔物を駆逐することはできなくとも、避難と迎撃の準備を整えるまでの時間稼ぎにはなる。

まぁ、避難誘導に失敗したり、塩梅を間違えたりするとかえって樹海に甚大な被害をもたらしてしまうリスクはあるが……後手に回って碌に避難すらできていない現状では、そんなことも言っていられない。立香のその判断はロビンも同感だが、一つ懸念事項がある。

 

「ったく、うちのマスターも大概無茶するぜ」

 

とはいえ、いまさら言っても詮無き事。すでに賽は投げられている以上、それぞれがそれぞれの為すべきことを為すよりほかにない。もし、立香の身を案じるのだとすれば……

 

「流石に、今回は本腰入れないわけにはいかんわな」

 

彼への負担が少しでも少なくなるように、迅速かつ徹底的に自らの本領に注力すべきだ。

 

 

 

時を同じくして樹海最深部、フェアベルゲン。

都市への分厚く堅牢な門扉は開け放たれ、間断なく人と物が激しく出入りを繰り返しているその様は、正に“蜂の巣をつついたよう”というべき混乱っぷりだろう。

 

しかし、それも無理のない話だ。基本、亜人族は樹海の外に出てこない。それは彼らの身の安全のためだが、今回はそれが裏目に出た。定期的に樹海の外を哨戒していれば、あるいはガーランド軍の侵攻に気付くこともできたかもしれない。だが現実には、彼らは魔人族の動きに気付くことが出来ず不意を打たれてしまった。

伝書鳩や狼煙といった連絡手段がないわけではないが、どれも“迅速さ”と“複雑さ”には欠ける。今必要としているのは正確かつ詳細なリアルタイムの情報だ。忙しなく都市を出入りしている者のうち、大半が敏捷性や機動力に優れた猫人族や鳥人族の伝令兵なのがその証拠だろう。まぁ、彼らが懸命にもたらす情報ですら、些か“鮮度”という面では物足りないと言わざるを得ないのだが。

とはいえその問題も、今まさに解消されようとしていた。

 

「アルフレリックさん! ハウリアの皆さんが前線に到着しました、これより情報収集に入ります」

 

司令部を兼ねている長老会議の議場に駆け込んだマシュが、手にしていた通信機型アーティファクトをアルフレリックに手渡す。

 

「承知した。協力感謝する、マシュ殿」

「いえ、私たちにとっても他人ごとではありませんので。それでは、こちらが通信機です。使い方の方は……」

「既に聞き及んでいる。複雑な操作は無理だが、まぁ何とかなるだろう」

「不明点があれば声をかけてください、それでは!」

 

一通りのことを伝えると、再度都市外へと飛び出していく。本音を言えば彼女も前線に出て避難のための時間稼ぎに行きたいところではある。しかし、戦力の大半を前線に送ってしまっている現状、最も怖いのが予期せぬ奇襲だ。縁を切ったフェアベルゲンに今更手を貸す理由はねぇ、な現ハウリア族ではあるが、ボスであるハジメの指示とあれば否やはない。

多少、もたらされる情報が刺々しかったりするが、過去を思えば致し方ないことだろう。他の族長たちであれば反発したかもしれないが、族長会議の中でも議長的役割を担うアルフレリックにはそれを飲み下すだけの度量がある。

そして、次々にもたらされる情報の精度を考えれば、自身の判断が正しかったことを確信する。

 

(ゼルは最後まで反発していたが、無駄に時間をかけなかったのは正解であった。交渉に時間を取られれば、それだけ救えるものが減っただろう。ハウリアに有利な条件を飲む形にはなったが、これでよかったのだ)

 

フェアベルゲンから立香やハジメたち一向に協力要請をした際、実を言うと最も時間を要したのがハウリア族とのそれだった。

立香たちはほぼ二つ返事で協力要請を受けてくれたし、ハジメも多少渋りはしたものの“恩に着ろ”“ことが終わったら必ず徴収するからな”と思いっきり恩着せがましく言ってきたものの、さほどごねることはなかった。元々亜人族や樹海そのものへの関心が皆無に近く、あくまでもこのタイミングでの魔人族の侵攻が自分にとって都合が悪いから手を貸す、というスタンスだからこそだろう。あとで何を要求されるのか恐ろしくないわけではないが、この場限りの関係だからこそ後腐れがない。

 

だからこそ、問題となったのはカム率いるハウリア族だった。過去にシアの処遇について大いに揉め、追放という形で縁を切ることになったかつての同胞。あちらからすれば、フェアベルゲンの危機など“いまさら”以外の何物でもない。

掟に従った結果とはいえ、彼らを切り捨てたのは他ならぬアルフレリックたちだ。本来ならどの面下げて…というところであることはアルフレリックも理解している。それでも、より多くの同胞を救うためには彼らの力が必要だった。

正確には、ハジメにはフェアベルゲンへのアーティファクト貸与の意思がなかった中、ハウリア族にならどうかと交渉し、諾との返事を得られたから、というべきだろう。その結果、彼らの協力を取り付ける必要に迫られた。

現在進行形で侵攻を受けている状況では悠長に交渉しているわけにはいかない。そのため、アルフレリックはほぼほぼカムが出してきた要求をそのままの形で飲むことにした。これには虎人族の族長であるゼルは多いに反発したものだが……

 

(“議論している間にも同胞が死ぬ”と一喝し黙らせたのは良いが、禍根を残すことになったのは不安材料ではあるか)

 

とはいえ、その判断が間違っていたとも思わない。また、ほぼ要求をそのまま飲む形にはなったものの、カムには一つだけ条件を付けた。即ち、すべては“働き次第”ということだ。

所詮、あの時点での交渉は暫定的なもので正式ではない。

基本的には飲むことになるだろうが、ハウリアの貢献が乏しければ要求の大半は突っぱねるつもりでいる。逆に言えば、貢献次第ではハウリア族そのものを長老衆と対等に扱うことになるわけだが……元々独立国家みたいになっていたのだ。しかも、ハジメが事実上の後ろ盾であり、フェリシアともフェアベルゲン以上に距離が近い。

今後の両名の立ち位置次第では、遅かれ早かれの問題だろうとアルフレリックは踏んでいた。

ただ、通信機越しに飛び交うハウリア族間の物騒極まりないやり取りを聞いていると、一抹の不安はあるわけだが。

 

「繰り返す、交戦不可、交戦不可。現状は情報を最優先」

「サーヴァントたちは気にするな。あの連中では参考にならん」

「こちらインビジブル小隊、景色に同化している魔物を確認。各自、注意されたし」

「アイデルハルト小隊、魔物からの離脱に成功。連中、霧に惑わされないだけじゃなくこっちの気配まで掴んできやがる。俺らじゃなきゃ逃げ切ることもできないぞ」

「ヨルガンダルから各位へ、東の集落で戦士団が抗戦を続けているが時間の問題だ。指示を求む」

「避難状況は?」

「6割」

「ヨルガンダル、帰投せよ」

「族長!」

「狼狽えるな! 避難が終わっていない集落がある、だからどうした。戦士団が抗戦している、それがなんだ。義憤にかられ、救援に向かえば助けられるのか?」

「……」

「そも同族ならいざ知らず、我らに連中を助ける義理があるのか?」

「……」

「では、今我らがすべきことはなんだ!」

「「「 殺せ殺せ殺せ!!! 」」」

「我らは兎人族、気配を殺し、闇に潜み、首を狩る死の影である! 戦士団が戦っているのなら大いに結構。彼らは戦い、我らは何を為す!」

「「「 殺せ殺せ殺せ!!! 」」」

「ならば諸君、遠路遥々来てくれた折角のお客人には最大級の歓待を以てもてなすのが礼儀ではないか!」

「「「 Sir, yes, sir!! 」」」

「宴には入念な準備が不可欠だ。最高のおもてなしをするため、今は準備に勤しもうではないか!」

「「「 Sir, yes, sir!! 」」」

「そして、準備が整った暁には……」

「「「……」」」

「死と狂乱の宴を以て、彼らをもてなそうではないか!!」

「「「 YAHAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!! 」」」

「………………………………………わし、早まったかもしれん」

 

以前、熊人族を返り討ちにしたと報告があった時から、薄々ハウリアの変化には気づいていたつもりだった。しかし、あの好く言えば“温厚”、悪く言えば“臆病”な部族が何をどうしたらこんなことになるのか。

あくまでも情報共有が目的であり、“口出し無用”が協力の条件なので口をつぐんではいたが、正直“お前ら誰だよ”と何度ツッコミそうになったことか。まぁ、したところで意味はなさそうだが。

 

一方、フェアベルゲンの門前広場では、惨憺たる有様だった。広場一面に白い布が敷かれ、その上に負傷した戦士たちが横たわっている。軽傷の者は一人もおらず、誰も彼もが出血多量だったり四肢があり得ない方向に曲がっていたりと重傷患者揃い。当然だろう、フェアベルゲン未曾有の危機を前に、軽傷程度で戦線を離脱するような軟弱者など一人もいない。誰もが、“戦えない同胞を守る”その誓いの元に戦士となったのだ。戦えなくなるまで戦う、そうして動けなくなったところでここに担ぎ込まれた勇者たちだ。

 

無論、戦士以外の負傷者がいないわけではない。今も駆け込んでくる集落を放棄した避難民たちは収容施設へと誘導されているが、中には負傷者もいる。ただし、彼らの中に急を要する患者はほぼ含まれないため、薬師の常駐する施療施設へと担ぎ込まれる。門前広場に集められたのは、“戦士”であり“重傷”の緊急の処置が必要なものたちだ。

とはいえ、負傷者で溢れかえりパンクする…というわけではないのは僥倖というべきだろう。奇襲を受けたとはいえ、比較的早い段階で対応に動き、協力者もいたことから防衛線はまだまだ最終ラインから遠い。協力者たちがいなかったらどうなっていたかと思うと、ゾッとするところだが。

 

(いや、それはここも同じか)

 

苦しみ呻く患者たちに手当てを施しながら、老齢の薬師はそう思う。

魔力を持たない亜人族は、当然魔法が使えない。つまり、回復魔法による急速な回復を望めないということだ。

その分、彼らは植物の宝庫である樹海という立地を生かした薬学に秀でているし、亜人族自体が身体能力に優れることから回復も他種族に比べて早い。だがそれでも、やはり回復魔法には遠く及ばない。

本来ならここも、負傷した戦士たちで見る見るうちに埋め尽くされていったはずだ。にもかかわらず、いまだそうなっていないのは……

 

「こっち、処置終わりました!」

「香織様、次はこちらをお願いします!」

「容態を教えてください!」

「右脇腹に刺創! また、右足の膝から下が粉砕骨折! 他、擦過傷と切創が多数!」

(なら、回復魔法は脇腹と右足に限定。残りは普通の手当てにしてもらった方がいいかな)

「如何なさいますか?」

「重傷箇所に限定して回復魔法を使います、残りは薬師の方に」

「承知しました」

「ではいきます、押さえておいてください――――“聖典”」

 

光属性最上級回復魔法の光が、ピンポイントに降り注ぐ。香りの技量を以てしても、半端な回復魔法では不必要に時間がかかってしまう。それでは、次々に運び込まれる患者をさばききれない。かといって、不必要な箇所まで回復させていては魔力が持たない。

それ故の回答がこれ、最上級回復魔法の極小発動。治すと決めた個所にのみ最上級魔法を展開することで、余計な時間も魔力も消費しない、“言うは易しやるは難し”の極みとも言うべき香織だからこそ可能な超絶技巧だ。

 

(できれば、再生魔法でみんなまとめて治せたらいいんだけど……)

 

この世界の基準で考えれば、十分に突き抜けた魔力量を保有する香織だが、それでも神代魔法の連続使用は現実的ではない。

こうして効率よく魔法を使用し、緊急性の低い箇所は通常の手当てで済ませる。そうでなければ、とてもではないが救いきれない。その分集中力が削られるが、そこは気合と根性だ。

 

「香織様! 次はこちらを!」

「もう少し……行きます!」

 

限りなく完治に近いところまで回復したのを見計らい、次の患者へ。完全に治し切ってしまった方がいいに決まっているが、僅かでも節約しなければならない。どれほどの患者がこの先も来るのか全く見通しがつかない以上、個人的な拘りに固執すべきではない。

 

「容態は?」

「それが……」

「ッ……!」

 

アシスタントについてくれている森人族の女性が口籠る、一目見て香織もその意味を理解した。

 

(傷そのものはそれほどじゃない。だけど、この症状…多分毒。それも、ほぼほぼ全身に回りきってる)

 

毒の厄介なところがこれだ。一度体内に入り込めば、瞬く間のうちに全身に広がってしまう。解毒の魔法もあるにはあるが、フェリシアと同じ変生魔法の使い手が生み出した新種の魔物だ。生半可な魔法で解毒しきれるような毒ではあるまい。それが全身に回り、死へのカウントダウンも残りわずか。これを救うとすれば……

 

(回復魔法じゃ間に合わない。こうなったら、再生魔法で……!)

「香織様…いや、お嬢さん」

 

今まさに魔法を発動させようとした香織の手に、枯れた木のようにしわくちゃで節くれだった手が重ねられる。顔をあげれば、そこにはくすんだ灰色の垂れた耳が特徴の犬人族の老人の顔があった。

 

「こちらはわしにお任せを」

「で、でも……」

「なに、苦しむような真似はしませんて。お嬢さんはほれ、あっちの若いのを頼めるかのう」

「……………」

 

顔を伏せ、歯を食いしばる。はじめのうちこそ香織の存在を訝しみ侮るような視線を向けるものが大半だったが、そんなものは香織の手腕を一目見れば即座に一変した。迅速な診断、的確な処置、奇跡の如く瞬く間のうちに傷を癒す回復魔法。亜人族にとって、本来魔法は忌々しいもののはずだった。彼らにはなく、同胞たちを虐げる他種族の専売特許。

だが、その時目にした魔法の光はあまりに神々しく、慈愛に満ちていて……誰もが反論の余地なく受け入れてしまったのだ、その美しさを。そして、その輝きを生み出した少女の、命に対する真摯な眼差しを。

知らず知らずのうちに、畏敬の念を込めて“香織様”と呼ばれるようになっていた。香織本人としては色々と言いたいこともあったのだが、それどころではなかったのでスルーしていたのだが……ここにきて、わざわざ“お嬢さん”と口にした真意をくみ取れないほど、香織も鈍くはない。

 

「…………………」

「……すまんのぉ、わしらのことに巻き込んでしもうて」

「…………………」

 

本当に申し訳なさそうに目を伏せる老薬師を前に、ある言葉が飛び出そうになるのを懸命に堪える。

“方法はある”“助けられる”そう言ってしまいたい衝動が溢れるが、安易にその言葉を口にしてはいけないこともわかっている。“できるかどうかもわからない”からではない。可能か不可能かで言えば“可能”なのだ。神水を希釈した回復薬、あるいは立香が持ち込んだ蘇生薬、これらを使えば香織の消耗を気にすることなく助けることができるだろう。

 

(でも、それだけ……)

 

確かに目の前の今にも消えそうな命の灯は息を吹き返すだろう。だが、そんなことをあと何回繰り返せばいい?

魔力は消耗しないとはいえ、数に限りがある以上は“消費”という現実は避けて通れない。当然、薬を必要とするもの全員にいきわたるほどの数もない。

 

この先も、あとからあとから負傷者は担ぎ込まれてくる。中には彼と同じように毒を受けたり、あるいは致命傷を負ったりした者もいるだろう。魔力の無駄遣いを避けるために軽傷者には魔法ではなく手当を行っているように、明らかに“手遅れ”な者にも処置を施すべきではない。ちょうど、今まさに老薬師が使おうとしているであろう強力な麻酔で、苦しみなく逝かせてやるべきなのだろう。それが結果的に、より多くを救うことにつながる。

 

今この瞬間の自己満足のために行動しても、後には続かない。また、いつかかけがえのない仲間や愛する男の命が危機に晒された時、救える手段が手元に残っていないということも考えられる。

こういう時、ハジメの強さを実感する。彼であれば、自らのうちの優先順位を間違えたりはしないだろう。仲間を危険にさらしてまで誰かを助けようとしないのは、ハジメが“本当に守りたいもの”をしっかりと見据えているからだ。

彼と共に行くのであれば、香織もまた選ばなければならない。自分が何を差し置いても守りたいものと、そうでないものを。

 

「………………………………………お願いします」

「……ああ、本当にすまないねぇ」

 

目の前の命を見捨てるからには、より多くを救わなければならない。そう自らに言い聞かせ、香織は次の患者の元へと駆け出していく。

 

その頃、大半のサーヴァントを前線へと送り出した立香はと言えば……フェアベルゲンの一角で寝そべっていた。

 

「マシュ・キリエライト、ただいま戻りましたマスター(先輩)!」

「おやおや、お帰りなさいませマドモアゼル」

「ジルさん、先輩のご様子は!」

「はい、マスターでしたらお変わりなく」

「おかえりぃ、マシュ……」

 

のそのそとマシュの方に向き直り、覇気のない声音で返事をする立香。

事情を知らないの者がこの様子を見れば“この緊急時に!”と憤慨したやも知れないが、もちろんマシュも青髭も立香を”不謹慎“などと叱りつけたりはしない。なぜならば、立香もまた彼にできる形で懸命に頑張っている真っ最中なのだ、一見するとそうは見えないだろうが。

 

「マスター、こちらフェアベルゲン特製の栄養ドリンクです。回復薬の多用は、体内の栄養バランスを崩す恐れがあるそうなので……」

 

傷を癒し、体力や魔力を回復させてくれる便利なものではあるのだが、裏を返せばそれらに必要な栄養素を急激に消費しているということを意味する。ある程度消費分を補完できるよう配合はされているが、それでも完全とは言えない。短期間での連続服用は、身体に良いとは言えないのだ。

だからこそこうして、崩れたバランスを整える特製ドリンクを調合してもらってきたわけである。

 

「うん、ありがと」

「体は起こせますか?」

「なんとか…ととっ」

「私が支えますから、ゆっくり飲んでください」

 

身体を起こそうとしてバランスを崩した立香の背を片手で支えながら、空いた手で栄養ドリンクのボトルを口元に運ぶ。

ハルツィナ樹海は植物の宝庫だ。外界にはない固有種も多く、また魔法が使えない亜人族たちは積極的にそれらを研究してきた。結果、あまり知られていないがこと薬学に関しては他種族をはるかに凌駕した知識と技術を有している。そんな彼らが調合した栄養ドリンクだ、効果は推して知るべしといったところだろう。まぁ、その反面……

 

「…………うへぇ、不味……」

「良薬口に苦し、です。我慢してください」

「うん……」

(樹海の気候はどちらかと言えば亜熱帯に近いのに、先輩の末端は凍えたように冷え切っています。やはり、遠隔地への魔力供給は相当な無茶なのでは……)

 

単独行動かそれに類するスキルでもない限り、基本的にサーヴァントは特級の魔力喰いだ。同時に、その供給効率はほぼ双方の距離に比例する。つまり、近ければ近いほど効率が良く、離れるほどに悪くなる。

樹海の深部と浅層では、供給効率が格段に落ちるのは必然だ。しかも、今前線で猛威を振るっているのはシグルドとブリュンヒルデ、そして坂田金時の三名。前者2名は名実ともにトップサーヴァントであり、知名度では一歩譲るものの金時もまた一級の英霊でありクラスの関係もあって魔力消費は大きい。彼らとて立香に配慮してある程度出力は落としているが、それでもその消費する魔力量は馬鹿にならない。そこに距離というマイナス要素が加わり、彼らの戦闘行動を支えるため立香の魔術回路は常時アクセル全開でフル回転している状態だ。せめてもの救いは、青髭が展開している宝具の燃費の良さだろう。他の者であれば、それこそ今頃は立香がミイラになっていても不思議ではない。本来、宝具を長時間展開し続けるというのは、それだけ負担の大きいことなのだ。

 

とはいえ、青髭一人が効率よく魔力を消費しても気休めにしかならない。

常にカルデアから魔力供給を受けている立香だが、所詮彼自身は一般人上がり。その魔術回路の性能はたかが知れている。どれだけバックアップが潤沢でも、出力の低さは覆らない。供給された端から有りっ丈の魔力を吐き出し、また即座に限界まで魔力が身体を満たす。

言わば、小さな風船に瞬間的に限界ぎりぎりまで空気を送り、次の瞬間には一気に吐き出すを繰り返しているのだ。それが英雄でもなければ超人でもない、魔術回路の質的にもさほど優れているわけでもない立香の体にかかる負担は、余人の想像のおよぶものではない。

冷え切り、今にも壊死しそうな末端の状態が、端的に彼のおかれている状況を現わしている。

 

「マシュ、状況は……?」

「しゃべらないでください。可能な限り体力の温存を」

「でも……」

「……状況はある意味で硬直しています」

 

海魔一体一体の戦力は高くはないが、とにかく数が多いので狙い通り魔人族の侵攻を抑えることに成功している。また、シグルドたちが主力部隊を切り崩すことで組織だった動きができていないのも大きいだろう。おかげで、戦士団や百貌達は迅速に避難誘導を行うことができている。同時にハウリア族が情報収集を進め、後方ではロビンも含めて迎撃の準備が行われている。

とはいえ、シグルドたちは魔力供給の効率の悪さと立香への配慮から出力を落とさざるを得ず、本来なら大打撃を与えられるだけの戦力がありながらも、現状は時間稼ぎ程度しかできていない。また、海魔に敵味方の区別がないことから、時折避難誘導中の戦士や避難民を襲ってしまう事故も起きている。それでなくても、海魔の群れを抜けた敵兵に襲われることもある。おかげで、フェアベルゲンの薬師や施療院はフル回転状態なのだ。

立香が前線に出て、魔力の供給効率が上がれば戦況を変えることもできるかもしれないが……。

 

「動くのは、だめ、かなぁ…やっぱり」

「シグルドさんたちが広く展開している状況では、効果は薄いかと」

 

精々、誰か一人のそばについて効率を上げるのが限度だろう。つまり、残る二人への供給効率にはさほど変化がない。また、結局は効率の悪さを補うために魔術回路をフル回転する羽目になるので、立香は思うように動けなくなる。それでは、むしろ普段以上に足手まといになってしまう。だからこそ、こうして後方で魔力供給に専念しているのだ。

 

「そういえば、ハジメ、たちは?」

「その……」

「? ? ?」

「そろそろ、ハジメさんの我慢が限界のようで……」

「は?」

 

 

 

「なぁ、この状況なら焼夷弾でまとめて焼き払っても事故ってことになると思わねぇ?」

 

前線から程よく離れた場所で、なんか見るからに物騒なアーティファクトを並べたハジメが、それ以上に物騒なことをぼそっと呟く。

 

「いや、何を言っとるんじゃご主人様」

「あとは、全部魔人族のせいってことにするとか」

「……ん、最後は再生魔法で元通り、何も問題ない」

「いやいや、問題だらけじゃからの!? というか、流石に魔人族が哀れじゃろ!」

 

何故かユエまで乗っかってくるものだから、普段は突っ込まれる側のティオが懸命にツッコミを入れる。ここで止めないと、本当にやりかねないのがこの二人の恐ろしさだと知っているからだ。

放っておくと、本当に樹海にぽっかりと巨大な十円ハゲがいくつも出来上がりかねない。

 

「ご主人様、それにユエも、お願いじゃから自重しておくれ」

「……じゃあよ、アレは良いのか?」

 

―――ぶっ飛びやがるですぅ!! ドッカ―――ン!

 

―――シャオラァ―――ですぅ! メキャッ!

 

「……ハッスルしとるのぉ」

「……ん、シアが元気で私もうれしい」

 

かなり距離があるはずなのにしっかりと耳に届く重厚な打撃音。ハジメパーティの元気印が、今日も元気いっぱい戦槌を振り回しているのだろう。実際、打撃音と共に細々とした黒い点(おそらく人)と棒切れ(多分元樹木)が宙を舞っているのが遠目からも視認できる。まぁ、ハジメたちが暴れるよりかは被害が少ないので、許容範囲なのだろう……多分。

まぁ多機能サングラスをかけているハジメには、より詳細な映像が見えているはずなので、案外そうでもないのかもしれないが。

 

「とりあえずじゃ、ご主人様よ……サングラスをピカピカさせるのはやめてくれんかのう」

「……メガネキラ~ン?」

 

幾ら前線から離れているとはいえ、緊張感とかシリアスとかがゴリゴリ削られていく。どうでもいいことをやって気を紛らわしたいという気持ちはわかるのだが……何しろこの男、さっきからもうずっとイライラしているのが丸わかりなのだ。

 

「…………唐突だが」

「「?」」

「ここに、試作型の六連式ロケットランチャー型アーティファクトがある。まだ試射もしてないんだが……狙いが狂ってフェアベルゲンに着弾しても事故だよな」

(いかん、本当に早く何とかせんと大惨事待ったなしじゃ)

 

理由はわかっている。言ってしまえば、ここにいない香織が原因だ。より正確には、香織が自分以外の誰かのために気を揉んでいることにミニマム嫉妬しているのだ。決して色恋的なあれこれではないと承知していながら、名前も知らない誰かのことで葛藤し、胸を痛めている。香織の意思なので尊重はするが、それはそれとしてやっぱりな~んか面白くない。

ただでさえ樹海への被害が大きすぎることが懸念されることから後詰に回されたというのに、今の精神状態だと六割増しでえらいことになりそうである。

 

「……ん、でもシアが元気そうでよかった」

「あ~……そういや直前まで微妙に顔色悪かったもんな。いまさら怖気づくような相手でもねぇだろうに」

「実力云々ではなく、過去のトラウマ関連じゃから無理もないと思うがのう」

 

ハジメたちに念には念を入れて極力戦闘には参加しないよう釘を刺し、前線へと向かおうとしたフェリシアたちにシアは同行を求めた。傍から見ても顔色はよくなかったが、無理もない話だ。まだハジメたちと出会う前、彼女は帝国兵に襲われ多くの家族を奪われた。今回の状況は、どうしてもその時のことを想起させるのだろう。

冒険者や人型の魔物が相手であれば今更恐れることもないが、流石に比較的記憶に新しいトラウマを刺激されるとなっては平静ではいられないのも当然だ。まぁ、あの様子からすると色々吹っ切れたようだが。

 

「吹っ切れすぎて逆に心配になるんじゃが……」

「知らん」

「……ん、シアの精神衛生の方が大事」

「ブレんのぉ。まぁ、妾も概ね同意じゃけど」

 

ハッスルするあまり自然破壊し過ぎないかは心配しているが、やり過ぎたなら後で再生魔法で帳尻を合わせればいいと思っているあたり、ティオも似たようなものだ。魔人族については、そもそも考慮する気がない。

 

「しかし……」

「「?」」

「トラップと聞くと体の内が火照ってしまうのはなぜじゃろう?」

 

いったいこの駄龍は何を想像しているのか。そう言わんばかりに真っ白な視線がティオに集中する。

 

「むむ、ご主人様よ。あまりそう熱い視線を向けんでおくれ…んんっ、濡れてしまうじゃろ」

「熱くねぇよ、むしろ冷め切ってんだよ、別れよ変態」

「“分かれ”ではなく!? 会話の流れを切ることなくむしろ妾を切り捨てにかかるとは、なんという高等テク。やはり、妾にはご主人様しかおらん!!」

「……ん、珍しくちゃんとしてると思ったら、もう限界。私は悲しい」

 

ポロロン♪ というBGMが聞こえた気がするが、多分気のせいだろう。

 

「ま、ドM(ティオ)にしちゃもった方だろ」

「っ! 妾にルビを振るのではなく、むしろ妾がルビとな!? 妾、変態という名のティオさんではなく、ティオという名の愛の奴隷なのじゃが!」

「あ、クラルスさん? そろそろ永久的に黙っててくれます? そして森に帰れ」

「名字呼びじゃと、クラルスさんショックなのじゃが!? なんという疎外感、たまらん…はずなのに、無性に寂しいのじゃ。全然気持ちよくないのじゃ。というか、妾そもそも森生まれじゃないんじゃが! じゃが!!」

「さて、そろそろ頃合か?」

 

崩れ落ちてさめざめと泣くティオ無視し、前線の方に意識を向ける。

普段ならそれすら快楽に変換するティオだが、他人行儀にされた不安が拭えないのか、ハジメのコートに縋り付いて割と本気で訴えかけている。

 

「無視しないでほしいのじゃ~、このままだと妾野生のティオさんになってしまうのじゃ~」

「大歓迎だよ、むしろ今すぐ還れ」

「……待って、ハジメ。野生の駄龍なんて樹海に解き放つのは流石に迷惑」

「……そうだな。とりあえず、各所に“変態出没注意”の看板くらいは立てておくか」

「……ん、マナーは大事」

「むしろ捨てる方がマナーに反しておるじゃろ! ああ、でも寂しいのに感じてしまう妾が憎い!」

 

ハァハァと息を荒げながら、恍惚と寂寥の間で揺れるティオであった。




FGO5周年記念イベント、チケット当選いたしました―――――――――――ッ!! やったね♪
リリカルライブも行けたし、正月の福袋ではブリュンヒルデとエレちゃんの二枚抜きだし、今年はクジ運が良いみたいです。まぁ、イベント自体あるかどうか怪しい現状なんですけどね……一日でも早く終息することを祈っております。

なので、絶賛半引き籠り中。せっかくのゴールデンウィークですが、そもそもどこにも行けない状況ですし仕方ないんですけどね。
みなさんも、頑張って外出自粛し(引き籠り)ましょうネ!
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