ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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「いやはや、危ないところを助けていただきありがとうございます」

「いや、優秀な護衛を雇っていたようだし、むしろ余計な手出しをしてしまった。謝罪しよう」

 

一団の長と思われる男性が謝意を示してくるのに対し、騎士は穏やかな受け答えに終始する。

 

当てもなく彷徨い歩いていたところ、野生の獣にしては些か剣呑すぎる群れに襲われているこの一団……商隊を発見したのがそもそもの発端。護衛15名に対し、敵は二十数頭の一角を生やした狼のような生き物の群れ。数的には不利だったが、手慣れた様子で対処していく様には安定感があった。

結果的にはアーサーの介入で薙ぎ払われる形になったが、あのままでも遅かれ早かれ撃退はできていただろう。服装に統一感がないことから雇われ護衛の類と見たが、だからこそ外野の介入を嫌がるかもしれない。そう考えての謝罪の言葉だったが、商隊の長“モットー”は首を振ってそれを否定する。

 

「確かに、あのままでも被害を出すことなく乗り切ることはできたやもしれません。ですが、何事にも不測の事態はつきものでございます。時間をかけるほどに、その可能性は増すもの。死者とまではいかずとも、負傷者くらいは出ていたかもしれません。

ならば、加勢していただいたことに文句をつけるなどという恩知らずな真似は、到底できません。ですので、ここは私の顔を立てると思って……」

「……そうか。そこまで言われて突っぱねるのはむしろ非礼だね。では、有難く謝意を受け取るとしよう」

「ええ、ええ、そうなさっていただけると、私どもも助かります」

 

その言葉に応じるように、後ろからは護衛や商隊のメンバーが口々に感謝の言葉を投げかけてくる。

騎士はそちらを向き、軽く手を振って彼らに応える。フードで顔を隠したままだが、気を悪くした様子もない。

 

「ところで、名のある騎士様とお見受けいたしましたが、なぜこのような場所にお一人で?」

「…………」

「いや、余計な詮索でしたな。申し訳ない」

「気にしないでくれ。今の私は無頼の身だ、どうかそう畏まらないでもらいたい」

「あなたほどの方がですか……」

 

顔こそ見えないが、その所作からは気品が滲み、立ち居振る舞いは堂々たるものだ。武の力量を見抜く目は生憎と持っていないモットーだが、人を見る目にはそれなりの自負がある。間違いなく、一角の人物であると確信する。

だがそうなると、やはり疑問になるのは先の問い。どこぞの貴族であっても不思議ではないような人物が、共もつれずに一人で平野を歩いているというのは明らかに不自然。何かしらの“わけあり”なのは間違いない。

 

(さて、踏み込むべきか否か、そこが問題ですな。あまり個人の事情に踏み込んで煙たがられるのはよろしくないが、これほどの人物と懇意になる機会を逃すのも勿体ない)

「そういえば、この商隊はどこへ向かうつもりだったのかな?」

「ああ、ホルアドです。正確には、ホルアドを経由してアンカジ公国へ向かうつもりでおります」

「ふむ……なら商会長殿、良ければ僕も同行させてもらえないだろうか」

 

それは、モットーにしてみれば“渡りに船”のような話だった。騎士にはそれなり以上の興味があったし、ここでこの縁が途切れてしまうのはもったいないと思っていた。加えて、二十数頭の魔物を瞬く間のうちに蹴散らす実力者を護衛として当てにできるとなれば、これからの旅の安全は約束されたも同然だ。

とはいえ、職業柄旨い話には穴があるというのが常のため、警戒心も湧いてくる。果たしてこの話、飛びついていいものなのだろうかと。何しろ、この騎士の身分も目的もわからなければ、どうしてこんなところに一人でいたのかも不明。安易に飛びつくほど、モットーの頭は軽くない。

 

「ホルアドかアンカジ公国に御用でも?」

「見聞を広めるための一人旅なんだ。アンカジ公国には行ったことがないから、ちょうどいい機会かと思ってね」

「左様でございますか」

 

話としては、まぁなくはないだろう。どう考えても高位のアーティファクトとしか思えない見えない剣を持っていたり、一目で名工のそれとわかる白銀の鎧を身に着けていたりと、“見聞を広げる旅”にしてはご立派過ぎる気もしないではないが。

 

「そういえば、プレートの方はお持ちですかな?」

「プレート?」

「ステータスプレートの事でございます」

「ああ…いや、どうやら紛失してしまったらしい」

 

この世界に召喚されるにあたり、付与された知識は非常に限定的だった。言語は問題ないものの、地名や物品に関するものはほぼない。おかげで、ステータスプレートといわれても彼にはピンとこなかった。そのため、当たり障りのない様にと“紛失した”と答えるしかなかった。

 

だが普通に考えれば、ステータスプレートの紛失はこの世界では結構な大事だ。なにしろ、身分証明の手段を失うことに等しい。場合によっては街に入ることすらできなくなるのだから、こんな反応はあり得ない。

しかし、この世界の知識を持たない騎士にそれがわかるはずもなく。深く聞けば怪しまれることになりそうなので、このような反応を返すことしかできなかった。

まぁ、言葉が通じるだけありがたいと思うしかないだろう。

 

(やはり、行き当たりばったりの嘘には限界があるか。かといって、正直に打ち明けるというわけにも……)

「ふむ……承知しました。ではせっかくのご厚意、有難くお受けさせていただきたく存じ上げます。そうですな、護衛の謝礼金は旅の資金を差し引いて、このくらいでいかがでしょう?」

「……いいのかい、商会長殿」

 

正直、たったいま下手をうったばかりなだけに、まさか同行を許してもらえるとは思ってもみなかった。

それこそ、彼らが立ち去った後に商隊を追いかけることで街を目指そうと内心決意していたくらいには。

 

「私も商人の端くれ、人を見る目は常に養っているつもりです。なにより、商人の勘が囁いているのですよ。ここで売る恩には、値千金の価値があると」

「なるほど、あなたはつくづく商人ということか。では、その言葉に甘えさせてもらおう。

 私はアーサー、しばらく世話になる」

 

その後、アーサーは改めて護衛や商隊の者たちに紹介されたが、反対意見を述べる者はいなかった。アーサーを信用して…というよりも、モットーへの信頼のなせる業だろう。

そして最後に……

 

「アーサー殿、申し訳ないのだがこの方のことは……」

「ああ、僕と同じわけありか。安心してほしい、深入りするような真似はしないよ」

 

少しは打ち解けてきたからか、あるいは“王”や“騎士”としてではなく“個人”として向き合うことにしたからか。アーサーの一人称はいつの間にか“僕”になり、口調も少しばかり砕けたものになっているし、フードも取り払っていた。

そんな彼が案内されたのは、商隊の中央に位置する荷馬車。

 

(隊の中でも最も守りの堅い場所か。お忍びの貴族とか、そのあたりかな?)

「失礼。先ほど加勢してくださった騎士殿ですが、護衛に参加してくださるとのことなりました。よろしければ、紹介させていただきたいのですが」

「わかりました。私も、お礼を言いたかったので」

 

可憐な声が返ってきたかと思うと、出てきたのは先のアーサーのようにフードで顔を隠した小柄な人物。声の高さや肩幅の狭さから考えても、年若い少女であることがうかがえる。

また、モットーが彼女に向ける言葉遣いや立ち居振る舞いは貴人に対するそれであることから、相応の身分の持主であることが伺える。まぁ、本人は気付いていないようだが……普通の扱いというモノを知らなければ、気付かないのも無理はないか。

 

「まずは、先ほどはご助力いただきありがとうございます。また、この先も護衛してくださるとのこと。大変心強く思っております」

「いや、礼には及ばない。助けになれたのなら何よりだ、レディ」

 

少女の手を取り、軽く腰を折って礼をしてから顔を上げて微笑む。淀みのない動作、気障な振る舞いを嫌味に感じさせない品格、そして春風のような穏やかな微笑み。

それを向けられた少女…リリアーナ・S・B・ハイリヒは思った。

 

(くっ、顔がイイ!?)

 

あまりの破壊力に、思わず両眼を閉じてしまった。こんなことは初めてだ。

 

リリアーナはその姓が示す通り、ハイリヒ王国の第一王女。当然、立場上色々な意味で“人並み外れた”の者たちを見てきた。それは知性であったり武力であったり、あるいは権威や精神性など様々だ。リリアーナ自身、敬虔な聖教教会の信徒でありながら、同時に王女として“現実的問題に対し思想や感情を切り離す”という言うほど簡単にはできないことを、14歳の若さで身に着けた傑物。

そんな彼女が将来を嘱望されない筈がなく、その才覚を磨くため父である国王は一切の労を惜しまなかった。多くの識者を教師として宛がい、腕の立つ騎士や遣り手の商人の仕事を目にする機会を与え、教会の司教や枢機卿との接点を持つことで権威に惑わされない強さを養った。

その中には当然、ハニートラップへの対策として“美形”に慣れるというものもあった。そのおかげか、“勇者”天之河光輝のことも冷静に見ることができた。確かに美形だと思うし、やたらと振りまく光を眩しく感じたりもした。自覚のない距離感の近さにドキッとしたことが一度もないとは言わない。

しかし、それら全てを最終的には受け流し、“天之河光輝とはそういう男なのだ”と割り切ることができた。

 

にも拘らず、アーサーの顔は直視することができなかった。

 

(なんというか……光輝さんの上位互換のような人ですね)

 

顔立ちは人種の違いもあって単純に比較はできないが、そう大きな差はないように思う。問題なのはその他の点だ。紳士的に適切な距離感を保っているにもかかわらず、光輝よりよほど心臓に悪い。浮かべた微笑みには光輝ほどの親しみやすさはないが、代わりに王女であるリリアーナから見ても圧倒されるような高貴さがあった。

加えて、隠しきれないその“王気(オーラ)”が光となって目を焼いてくる。凡百の者ならその光に充てられて目も眩むのだろうが、リリアーナからすればむしろ目の毒。なまじ光に惑わされないだけの器があるだけに、かえって怯んでしまう。

 

そんなリリアーナを心配するアーサーとモットーだったが、本人は体調が優れないことを理由にその場を切り上げ馬車に戻ってしまった。そして、密かに……

 

「……なるほど、アレが鈴たちの言っていた“観賞用イケメン”というやつですか」

 

と、よくわからないカテゴリにアーサーを分類していた。たぶん、リリアーナにその言葉を教えた少女たちが言っていた意味からは、著しくかけ離れているだろう。

それでも彼女からすれば、異性や恋愛対象として見ることのできない存在なのに違いはない。そういう相手として見るには、にじみ出る王気(オーラ)が強すぎて気が休まらない。王族にとって結婚は政治の一環なのは理解しているし、恋愛結婚に執着するつもりなどさらさらないリリアーナだが、流石に見ているだけで疲れるような相手を伴侶に…とは考えたくないのであった。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

ハイリヒ王国は人間族における最大国家だ。当然、その王城に勤める者は膨大な数になる。

その中でも、1・2を争う人数を誇るのがメイド、あるいは侍女と呼ばれる者たちだ。なにしろ、侍従と共に王城における雑事全般を受け持つのが彼女たちの仕事。王城を出入りする騎士や官僚、あるいは貴族、そして主である王族の補佐や世話をする以上、彼らより人数が多くなくては話にならない。

とはいえ、彼らにも階級というか地位の高低はある。地位の高い者であれば王族の身の回りの世話を任されたり、大勢の部下を相手に采配を振るう管理職としての面が強くなったりもする。逆に、地位が低い者の場合は掃除や給仕といった雑事ばかりで、王族を見かけることはおろか中枢に近づく機会すらないなんてこともざらだ。

 

しかし、だからといって王城に勤める侍従や侍女は場所が場所なだけに、確かな出自を持つ者ばかり。行儀見習いやそこから本格的に出仕することになった貴族の子弟、あるいは平民でも名のある家の出であったり、有力者からの推薦や後ろ盾を得ていたり、そういった者たちでなければ近寄ることもできない場所だ。

故に、身分の卑しい者や氏素性の明らかでない者が王城をうろつくなどあり得ない。もちろん、間者や暗殺者の類が送り込まれない筈もないので、隠密行動を専門とする者たちが日夜警戒にあたっている。

 

裏を返せば、そういった目がある中でそれでもなお王城内に留まることができているという事実を以て、彼ら・彼女らの身分が“確かなものである”という保証につながる。

だから例えば、見覚えのない侍女が闊歩していたところで気にする者はまずいない。

 

(? あんな綺麗な人、このあたりにいたかしら?)

(新しく出仕してこられた方? それとも、配置転換でしょうか?)

 

侍女同士ですら、こんな疑問を抱くのが精々だろう。

何分人数が多いので、同じ部署ならともかく異なる部門には顔の知らない同僚など掃いて捨てるほどいる。ましてや、配置転換や新規雇用となればなおさらだ。接点のある同僚であれば実家の身分や背後関係なども重要になってくるが、稀に見かける程度の間柄では気にしていても仕方がない。

中堅以上の貴族であれば、派閥争いなどもあるので一通り顔と名前は把握しておかないと後が怖いが、爵位があるかも怪しい下級貴族の顔など一々覚えておくのは労力の無駄だ。

 

そのため、メルドの手引きでフェリシアが王城に潜り込んで2日、今のところ怪しまれる様子はない。

 

「………………ふぅ」

 

メルドが以前マシュと密会するために使用していた部屋(曰く「サボり部屋」)に戻ったフェリシアは、胸元のリボンを緩めて軽く息を吐く。

 

正式に侍女として潜り込ませようとすれば、当然身辺調査などが必須。騎士団長の権力でごり押せないこともないだろうが、それをすれば余計な不審を買うことになるだろう。フェリシアの素性を考えれば、詮索されるのは非常にまずい。

ならばいっそのこと、侍女としての上っ面だけ取り繕って潜り込ませてしまった方がいい。下位の侍女全員の顔と名前を把握しきることが難しいという点を利用したわけだ。仮にバレたとしても、フェリシア一人が行方を眩ませてしまえばメルドまで追及の手が及ぶ可能性は低い。まぁ、フェリシアのスペックがあればこそできる無茶ではあるが。

 

いや、本来であればいくら何でもこんな無茶は成立しない。こんな乱暴な策が上手くいってしまっていること自体が、現在のハイリヒ王国上層部の異変の深刻さを如実に表していた。

 

「……好都合ではありますが、手放しで喜ぶ気にはなれませんね」

 

本来なら、不審の塊であるフェリシアの存在は早々に隠密部門によって露見していたはずだ。それがなく、今も割と自由に闊歩できているということは、少なくとも隠密部門、場合によっては彼らを統括する上層部までもがまともに機能していないことを意味している。

一見すると誰もが普段通り職務を果たしているように見えるため露見しづらいが、気付いてしまえばその危うさは明らか。メルドが“虚ろ”と呼んだ現象は、ジワジワと国家機能をマヒさせつつある。

 

フェリシアは下位の侍女に紛れ込む形で王城に忍び込んでいるため、中枢部の詳しい状況はわからない。それでも、末端を見れば中央の状況もおのずと知れる。メルドから聞いた通り騎士や兵士には“心ここにあらず”といった者が散見され、偶々通りかかった貴族や文官にも同様の症状が見られた。

彼の話では、本当の意味での中枢である大貴族や王族はむしろ信仰心を高め、魔人族との対決を前に意気軒高…とのことだが、それも見方を変えれば外ばかりに目が行き、内側が見えていないということ。

 

本来なら一日もてば奇跡とも言える策だが、もう数日は誤魔化せそうである。

この部屋にしたところで、人の出入りの多い通路や部屋から適度に離れ奥まった場所にあることから訪れるモノ好きなどまずおらず、そのためフェリシアの隠れ家にしているが、本来は隠し部屋というほどのものではない。メルドがサボり部屋にしていた時も、時折清掃担当がやってきては“いくら使われていないとはいえ私物化されては困る”と苦言を呈されていた。

流石に夜半に人が足を向けることはないだろうが、いつ人が訪れるかわからないリスクがあることに変わりはない。それでも問題なく寝泊まりできていることもまた、王城の異変の表れの一つだろう。

 

まぁ、日中までは流石にわからないので、フェリシアは自身の痕跡につながるものを一切持ち込んでいない。

それこそ、寝具の一つすらもない状況だ。食事は宝物庫に放り込んでいた簡易食、睡眠は固い床の上で済ませる現状はある種の野営に似ている。おかげで、流石に起きた時は節々が痛い。

ちなみに、身体や衣服の汚れは水・風系の魔法の応用で対処している。再生魔法や変成魔法の応用でできないこともないが、消費魔力が馬鹿にならない。

今も一日着ていたお仕着せを脱ぎ、昨夜魔法で洗浄したそれに着替え、脱いだ分を洗濯中。この手の芸の細かい魔法運用は、フェリシアの得意とするところだ。仕官するよりも前、集落で割と重宝していた特技である。余談だが、同じく魔法を得意とするユエやティオも真似しようとしたが、服が端切れになったことで察してもらいたい。簡単そうに見えて、結構難しいのである。

 

「さて、そろそろですか」

 

慣れた様子で手早く乾燥まで済ませ、宝物庫に収納。

一仕事終えてフェリシアが呟いたのと、手元の通信用アーティファクトがうっすら光を放ったのはほぼ同時だった。

 

「“神”」

『“死ね”。なぁ、この合言葉じゃなきゃダメなのか?』

「別に反発心で決めたわけではありませんよ。教会関係者はもとより、敬虔な信徒であればわかっていても絶対に口にしない言葉ですからね。踏み絵にはちょうどいい」

『まぁ、確かにな』

 

頭をかく動作が目に映るような苦笑気味の声音で返すメルドだが、“死ね”と口にした声に抵抗感はほぼなかった。解放者たちが残した世界と神の真実、いまだ明確な確証があるわけではないとはいえ、得られた状況証拠の数々から信憑性は高い。

元々、メルド自身召喚された者たちのことでエヒト神への疑念があったというのもあるだろう。

 

『にしても……』

「なにか?」

『チラッと見かけたが、随分と様になってるじゃねぇか。侍女に扮するって聞いた時は、不安に思ったもんだったが……』

「これでも、ガーランドでは一時期行儀見習いの真似事もしていましたからね。多少は心得があります」

『ほぉ……』

 

何分、フェリシアは中央からは遠く離れた流浪の民の出だ。当然、一般的なそれならまだしも、格式高い礼儀作法なんてものとは縁遠かった。

とはいえ、いずれは国家の中枢を担うことを期待されていた以上、不作法なままでいるわけにもいかない。なので、訓練や勉学と並行してその手のことも徹底的に叩きこまれたし、実践がてら師の側付きをしていたこともある。それがこうして役に立つのだから、人生何がどこで役に立つかわからないものである。

 

「そちらで、何か進展は?」

『いや、目ぼしいものはないな』

「まぁ、行動を自粛してもらっているのですから当然ですね」

 

フェリシアが王城に潜り込んでからというモノ、メルドはそれ以前のように積極的に異変の調査や対策に向けて動くことを減らしてきた。下手に何者かを刺激するのは危険だからだ。もちろん、まったくなくすとそれはそれで不審ではあるが、今の様子なら惰性でそのまま続けているかのように外部には映るだろう。実際、彼の副官の目には不安の色が見え隠れしていた。

腹心の部下に申し訳ない気持ちはあるが、彼を巻き込むわけにはいかない。メルドの決断は、それ単体で見れば間違いなく王国への背信に他ならない。万が一の場合、責任を負うのは自分一人でいいのだから。

 

『そういうそっちはどうなんだ?』

「場所が場所ですからね、あまりたいしたことは」

『ってことは、神山への潜入も無理か』

「私は隠密行動に向いた技能も持っていませんからね」

 

ハジメたちが神山の大迷宮攻略のために潜り込んだ頃であれば、まだ神山の警戒レベルはそこまで高くなかった。だが、魔人族の動きが活発化し、決戦の日が近いこともあるのだろうが、おそらくはそれ以上に愛子と雫が召還という名目で監禁されていることが大きい。

 

「お二人の存在は、ハジメ殿に対する人質も同然です。奪還に動くことを前提に、それを阻むための措置でしょうね。遠目に見ても、警備が固すぎます」

 

王城に残る生徒たちの一部からは、“せめて二人と面会させろ”という声が日に日に強くなってきてはいる。しかし、実際に行動に移そうとする者はまずいないだろう。そういう意味で言えば、教会関係者は生徒たちを危険視していない。

だからこそ、フェリシアも遠目ながら神山へと続くルートなどを視界に入れる機会を作れたわけだが。もし彼らのことも警戒しているようなら、フェリシアも警備状況を確認することすら難しかったかもしれない。

 

『“虚ろ”についてはどうだ。なにか心当たりは?』

「やはり、これだけのことができる術者に思い当たる節はありませんね。というか、できるならあなたが考えたように、より強力な魔法を使うなり王国中枢を狙うなりするでしょう」

『やはりか。だが、だとすると“誰”が“どうやって”が問題か……』

「……………………特定は難しいですが、内部犯の可能性が高いでしょう」

『っ! そう、なるか……』

 

メルドもその可能性は考えていたのだろう。だが、彼の心情としては信じたくなかったのも無理はない。

しかし、実際問題そうであるとすれば合点がいくことは多い。フェリシアは直近までガーランドの中枢近くにいた人物だ。そんな彼女が、他国の王城にまで届く闇属性魔法や精神攻撃が可能な者を知らない筈がない。フェリシアが国を離れてから頭角を現した可能性もなくはないが……

 

「私見ですが、外部からこれだけの規模でかけるとすれば神代魔法級です。昨日今日で手にするにはあまりにも大きすぎる力ですからね、私が全く知らないとは考えにくい」

『神代魔法か……やるとすれば、どうやってやることになる?』

「魂魄魔法か生成魔法でしょうね。魂魄魔法ならば超遠距離での精神操作の類も不可能ではないでしょうし、闇属性魔法を付与したアーティファクトを作るという方法も考えられます。ですが……」

『魂魄魔法は神山だからな、現状魔人族の習得はほぼ不可能だろう。つーかこの状況で神山に潜り込めるなら、んな回りくどい真似をする必要もねぇか』

「ええ。生成魔法ならオルクス大迷宮ですが、あそこもそう易々と侵入できる場所ではありません。そもそも、アーティファクトなら可能性はあるとはいえ、やはり距離の問題がありますからね。なくはない、くらいに考えるのが妥当でしょう」

 

となると、やはりどう考えても内部犯がいると考えて行動すべきだ。

その内部犯が“味方に見せかけた敵”なのか、“潜り込んだ敵”なのかでまた色々と変わってくるが。

 

『だが、狙いは何だ? 士気を落とすのは…まぁ効果はあるだろうが、中途半端過ぎるだろう』

「士気を落とす…程度で済めばいいのですが」

『ってことは、洗脳の可能性も考慮した方が良いか』

「楽観視するよりはマシでしょうね。場合によっては、不自然に意気軒高な中枢部も警戒すべきかと」

『もしそうだとすれば、王宮全体が影響下にあるってことじゃねぇか……』

 

それは、想像するだけでも背筋が寒くなる可能性だった。

 

『ところで、その…なんだ。あいつらのことはどう思う?』

 

それまでの冷静さはなりを潜め、らしくない迷いが見え隠れする声。それだけメルドが彼らのことを案じ、関わり方に苦心していることがうかがえる。そんな、年頃の子どもでも持った父親のような様子に、フェリシアは漏れそうになる笑みを辛うじて抑えて応える。

 

「……一言で言うならば、子どもですね。市井で見る分には微笑ましく、彼らの置かれた状況を考えれば痛ましく思います」

『……そうか。やはり、お前の目にもそう映るか』

 

召喚された者たちは国の重要人物であるため、フェリシアの行動範囲ではなかなかお目にかかることはできない。それでも、偶に見かけた彼らの様子や断片的に聞こえてきた話し声を総合すると、そのような結論に至る。

それはメルドも同じなのだろうが、二人と同じ見解を抱く者はむしろ少数派だ。接点の多い騎士団や専属の侍女たちなどであればまた違うだろうが、伝え聞く情報でしか彼らを知らない有力者や聖職者は“神の使徒”としか見ていない。

 

“なぜ敵を討つことを悩むのか”

 

“なぜ与えられた使命に喜びを感じられないのか”

 

彼らは本当に理解できていない。

子どもたちが多感な少年少女であり、エヒトなどという神の名すら知らなかった事など、頭の片隅にもありはしないのだろう。

 

魔人族はそもそも戦う理由すらなかったはずの相手で、信仰心はおろか名前も知らない神が勝手に与えた使命など、ただただ迷惑でしかないというのに。

彼らの大半は使命とやらのために戦おうとしているのではない。元の世界に帰る唯一の希望のために戦おうとしているだけなのだ。

そんなことすら、一方的な正義で曇った目には映らない。

 

「ただ……」

『なんだ?』

「個人的には、勇者殿には親近感を覚えます」

『どういう意味だ?』

 

本当に意味が分からないらしく、先ほどまでの悩ましげな様子すら消え失せ、心底不思議そうに尋ねてくる。

そんなメルドに、フェリシアは遠い昔を思い返しながら言葉を紡ぐ。

 

「そうたいしたことではありませんよ。都合の悪い現実から目を逸らし、当てもなく力ばかりを求める……私にも覚えのあることです」

『ほぉ、そいつは意外だ』

「私に迷いがなかったとでも?」

『そうは言わんが、てっきり最終的にはまっすぐ突き進んできた口だと思ってたんでな』

 

それはそれで間違ってはいないのかもしれないが、どちらかといえばフェリシアは良く迷う方だ。少なくとも、彼女の自己認識ではそうなっているし、道を誤らないようにと自省を怠らないようにしている。

ただ、少なくとも“迷い”についてメルドにだけは言われたくなかった。

 

「私の迷いの張本人に言われると、流石にイラっと来ますね」

『は? 俺かよ!?』

「忘れたとは言わせませんよ。十年前、“子どもだから”などという理由で見逃された私が、あの後いったいどれだけ悩んだことか……」

『んなこと言われてもよぉ……』

「……まぁ、おかげで現実を見るきっかけになったわけですし、感謝していますよ」

 

メルドと出会う以前のフェリシアは、信仰心や他種族への敵愾心における周囲との温度差や違和感から必死に目を逸らしていた。そんなものは気のせい、あるいは細やかな齟齬に過ぎないのだと。むしろ、周囲の感じ方や考え方の方が正しく、流浪の民であった田舎者の自分がズレているだけだと、そう思い込もうとしていた。

周囲に迎合した方が楽だったから。長いものに巻かれ、周りに合わせてしまった方が軋轢はなく、違和感を抱くことこそが間違いで、見えるモノが正しいと思う方が良い。余計なものを見ないように、考えないように、我武者羅に力を求めた、身体以上に心が幼かった日々。

その時の自分と、視界の端でとらえた勇者の姿が、少しだけダブって見えた気がした。

 

そうして苦しいのは最初(いま)だけで、慣れてしまえば……そう思い込もうとし、ようやくそれに慣れつつあった頃に、フェリシアはメルドと出会った。出会い、知ってしまったのだ。不倶戴天の敵だと思っていた存在が、この世の悪そのものだと思おうとしていた人間族がその実、“子どもだから”などという理由で敵を見逃す、自分たちと“同じ心を持った人”なのだと。

 

その後のフェリシアの葛藤をメルドは知らないだろうし、その苦しみがどれほどのものだったか想像もできないだろう。

当然のように人間族を憎悪し、亜人族を蔑視する同族たちへの違和感。どんなに調べても、自分たちに都合のいい、悪し様な内容しか出てこないことへの名状しがたい気持ちの悪さ。正しいと思っていた神の教えが揺らぐことへの恐怖。それら全てを押し隠し、表向きは周りが期待する“気鋭の騎士”として振る舞う息苦しさ。

苦しくて苦しくて、息を吸うことすら困難な日々だった。

 

そんな中、本当の自分を見てくれていたのが師であり、メルドとの邂逅後間もなく出会った親友だった。

自分が異端であるとわかっていたからこそ、本心をさらけ出すことはできなかったけれど……二人と過ごす時間だけが安らぎだった。

フリードはフェリシアの葛藤を許し、いつか共に歩める日が来ると信じて見守ってくれた。

カトレアはフェリシアに理想を押し付けず、一人の年下の少女として扱い、何かにつけて気を配ってくれた。

それがどんなに嬉しくて、申し訳なくて、それでも救われたことだろうか。

 

もうそのどちらも失ってしまったことが、ふとした拍子に無性に寂しくなる。だがそんな感傷を振り払い、フェリシアは顔を上げる。

 

『まぁ、似た者同士だってんならそれもいいが、ならどうしたらいいか一つ助言でもしちゃくれねぇか』

「さて、“見たいものだけしか見ようとしない”者に“現実を見ろ”というのは簡単なことですが、それができれば苦労はしませんからね」

 

なにか現実と直面せざるを得なくなるようなキッカケ、あるいは目の逸らしようのない現実を突きつける、などがまずは浮かぶ。しかし、それはあまりうまいやり方ではないだろう。劇的な分、心身に与える負荷は大きい。

かといって、何かうまい言い回しというのもすぐには思いつかない。

 

「勇者殿の人間性がわからないことには、難しいでしょう。

 そもそも私、正論しか吐けない面白味のない女ですからね。あまり期待されても困ります」

『そうか?』

「何が不思議なのかわかりませんが、私は基本的に自分が正しいと思ったことしか言えませんよ」

 

虚言も欺瞞も弄することはできるが、それは端から騙すことを前提とした場合の話。あるいは、駆け引きの類であれば話は別だろう。

だが、相手の成長を望むのであれば誠実に対応すべきだ。で、そうなるとフェリシアは正論をぶつけることしかできない。そして、往々にしてそれは人を頑なにさせる。フリードから学んだ人心掌握術で考えれば、表面的には相手に徹底的に迎合して見せるのが良いということになるのだが……。

 

「別に、私は彼を支配したいわけではありませんし……」

『お前、今なんか物騒なこと考えてないか?』

「? それこそ大したことではありませんよ。彼が何をどう主張するかはわかりませんが、とりあえず全て同意して()()あるいは()()()()()()ます。そうやって心を許(依存)したところで、別の角度からこちらの都合のいいように誘導して使う……ということならできるというだけです」

『……』

「まぁ、その中で必要な方向に誘導して成長を促すということもできなくはないでしょうが……」

『……いや待て、流石におかしなこと言ってるようなら正さねぇとダメだろ』

「いえ、なおさら同意の言葉が効果的です。むしろアドバイスや反論の類は厳禁でしょう。内容とは無関係に“否定”や“攻撃”と受け取られて聞く耳を持たなくなりますからね」

 

ちなみにこれ、実は立香が光輝の説得に使った手でもある。雫などであれば光輝の危うさへの危惧と成長を願って苦言を呈するが、信頼関係などないに等しいということから立香は終始彼の言葉に同意を示し続けた。その上で一端別の話題で関心を逸らし、狙った方向に会話を誘導したのだ。

それなり以上の信頼関係があるか、あるいは議論することを前提に話をするならともかく、特に光輝のような手合いにはこのやり方は効果覿面だ。彼が欲しいのは不興を買ってでも耳の痛い諫言をしてくれる“敵”ではなく、自分の意見に一も二もなく同意してくれる“味方”なのだから。

無論、フェリシアはそこまで光輝のことを知っていてこれを口にしたわけではない。あくまでも、昔学んだ人心掌握術の一つを披露しているに過ぎず、それがたまたま光輝にドンピシャなだけだ。

 

まぁ、光輝の人間性を知ったとしても、別にこれを活用しようとは思わないだろう。先にも言った通り、フェリシアは彼を支配したいわけでも、手駒にしたいわけでもない。

捨て駒にするならそれもいいのだろうが、フェリシアにとって光輝をはじめとした召喚組は“本来無関係であるはず者たち”だ。できる限りこちらの世界の事情に巻き込みたくはないので、当然そういった真似も避ける方針でいる。“方針でしかない”というあたりに、フェリシアの冷徹さがうかがえるが。

 

『……一応、参考にはさせてもらう』

「どうぞご自由に」

『それで、例の天魔転変つったか? そっちはどんな塩梅なんだ』

 

二人が協力関係を結んだ際、フェリシアは自身の手札の一つを開示した。それが、天魔転変による他者強化。メルドは人間族でも屈指の実力者であり、騎士としてほぼ完成を見ている。だが、だからこそこれ以上の劇的な成長は望めない。魔人族が神代魔法を得たことで着実に戦力を増してきている現状では、自らと人間族、どちらも力不足なのは火を見るより明らかだ。

かといって、大迷宮に挑んだところで犬死するのは目に見えている。今の彼では、オルクス大迷宮の深層に挑むことはおろか、下層にすら到達できない。芽があるとすれば光輝たちだが、それも将来的な話。オルクス大迷宮の前半すら攻略できていない彼らでは、他の大迷宮に挑んだところで結果は同じだろう。

差し迫った状況であることを考えれば、悠長に大迷宮の攻略をしている場合でもない。ならば、他力本願を承知の上で、メルドがフェリシアに自身への天魔転変の施術を申し出たのは、ある意味必然だった。

 

とはいえ、言うほど天魔転変は簡単な術ではない。

自身に施すならまだしも、他者への施術は一度施せばやり直しが利かないため、何重にも慎重を期す必要がある。用いる魔石の選定、変容時の体のバランスの設定、実際の施術etc…ハッキリ言って、一日二日で終わるようなものではない。一応魔石の選定までは終わっているし、バランスの設定もある程度構想はできている。だが、施術にはまとまった時間がいる。潜入している間に施術するのは、現実的とは言えないだろう。

 

「一日や二日でどうこうなるものではありません。気長に待ちなさい」

『わかっちゃいるが、そう余裕もねぇからな』

「気持ちがわかるとは言いませんが、焦っているのは私も同じです。しかし、急いては事を仕損じますよ」

『……ああ、わかってる』

 

苦汁の滲んだ声を絞り出すメルドだが、フェリシアも同じようなものだ。むしろ、自身の戦力向上という点では頭打ちに近いので、メルドより深刻かもしれない。

一応、魂魄魔法を得ることができれば“分体の運用”や“細菌の感染制御”などが自力で可能になるので、まったく展望がないわけではない。ただ、主力である“天魔転変”や“悪鬼変生”については限界が見えてしまっている。

 

まず基本構想として、天魔転変と悪鬼変生は同時に用いることが前提になっている。悪鬼変生はベースとなる肉体の強度がそのまま限界値に反映されるため、素体は強力であればあるほどいい。そのために天魔転変を用い、魔物の特性を得ることで自己の強化を図っているわけだ。ただフェリシアはこの際、特性以上に身体能力に重きを置き、場合によっては自身の完全な魔物化も視野に入れている。それは特性に関しては自身の魔法や悪鬼変生を固有魔法として扱うことで代用可能と考えているからだ。

そして、悪鬼変生そのものについてはほぼ完成を見たと言っていい。再生魔法“壊刻”によって過去の傷を再生し、同時に時間を加速させることで復元速度を向上。これにより、初手から最大レベルの戦力を発揮できるようになり、なおかつ受けたダメージからの強化・再構築も早まった。およそ、これ以上は望むべくもないだろう。あとはより一層悪鬼変生に習熟し、さらに効率的かつ効果的な運用を模索していくしかない。

 

問題なのは、土台となる天魔転変の方だ。ある意味理想的といえるハジメの身体を参考に身体を造り変えてきたフェリシアだが、ここにきて一つの結論に至る。それは、“ハジメと同域の身体はどうやっても作れない”というものだ。彼の身体は、魔物を摂食することによる破壊と神水による再生の複合によるある種の奇跡。偶然の産物であり奇跡的な調和を人為的に再現するのには限度があった。

ハジメのそれを模倣することはできる。しかしそれは、あくまでも“南雲ハジメにとっての最適解”であって、“フェリシア・グレイロードにとっての最適解”ではない。性別が違うということは、骨格や内臓のつくりからして違うということ。体格や魔法における資質、相違点が多すぎてとてもではないがそのまま模倣しても彼ほどの効果は得られない。むしろ、繊細なバランスが崩れて結果的にはマイナスに働く。

今のフェリシアの身体は、現状の彼女にできる最高精度のそれだ。同時に、これ以上強靭なものを作るためのヴィジョンが浮かばない。

 

かといって、肉体の異形化にも問題がある。

そもそもフェリシアは人として生を受け、人が振るうための技として槍術を修めた。にも拘らず、人の形から離れるということは、身に着けた技術を捨てるに等しい。人が突如馬の下半身を得たところで、生まれながらの馬ほどにうまく走れるわけがないし、鳥の羽を得たところでそれは同じ。手足を増やしても、自由自在に動かすのは極めて困難だ。左右の手と指を別々に動かすことすら、それなりに訓練がいることからもそれは明らかだろう。むしろ、身体のバランスや構造が変わることで身に着けた技術を十全に活かせなくなる。だからこそ、フェリシアは自身の基本形を人のそれに固定しているのだ。

もちろん、そんじょそこらの有象無象相手ならむしろ異形化した方が効率がいい場合もある。しかし、同等以上の実力者を相手にするには、異形化はかえって足を引っ張る。

 

以上の理由から、フェリシアはぶつかった壁の打破に対して明確な指針を持てずにいた。

 

(果たして、今の私で神と対することができるのだろうか。“私”以上の“私”を作れない“分体”も、生物としての理が通用するかすらわからない神を相手に、“細菌”もどこまで意味があるか……)

 

ハジメの影響を受けて“物量”を覆す方法を模索したというのもあるが、本来“分体”や“細菌”は苦肉の策に近い。故に、フェリシアとしてもそこまで期待を持つことができないのだ。

とはいえ、今はそれに悩んでいても仕方がない。情けない話だが、ハルツィナ樹海を攻略することで新しい可能性が開ける可能性もあるのだから。そうして気持ちを切り替え、気になる点や今後のことについて話を詰めていく二人。

だがそこで、通信機がメルドの部屋の扉がノックされる音を拾う。

 

『すまん、一度切る』

 

そう言い残し、返事を待つことなくメルドは通信を閉じた。

 

フェリシアはそのまま再度通信が開くのを待ちながら、メルドに施す施術のプランを煮詰めようと宝物庫から人体図のようなものを出す。

とそれを広げようとしたところで、デスクにおいてあった通信機が音を発し始めた。

 

「思いのほか早かったですね。もう用件はいいので…『ギン…!』っ!?」

 

通信機が発したのは、何かを隔てたような少しくもぐもった…だが、決して聞き間違えることのない金属と金属が衝突する音だった。フェリシアは即座に口をつぐみ、通信機からもたらされる音に耳をそばだてる。

 

『…そっ、や…洗脳か!?』

 

聞こえてくるのは、いまいち聞こえにくい戦闘音とメルドの声。おそらく、服のどこかに忍ばせた通信機のスイッチをドサクサ紛れにオンにし、あちらの現状を伝えるつもりなのだろう。聞き取りにくいはずなのにそれなりにメルドの声を拾えているのも、動揺から声が大きくなっているのだけが理由とは思えない。

 

(だとすれば、私はどう動くべきか……)

 

メルドの加勢に行くことは簡単だ。彼は自室でフェリシアと通信していたはずなので、そこへ向かえばいいだけの話。

しかし、そこで問題になるのは今後の事。ここで介入すればフェリシアの存在が“敵”に露見してしまう上、メルドの立場もなくなってしまう。おそらく、今後王宮に近づくことはできなくなると考えるべきだろう。

 

だが、ここでメルドが自力で洗脳されたと思われる何者かを撃退できれば何も問題はない。フェリシアの存在は露見しないし、メルドは明日も騎士団長として多忙に過ごすだろう。二人にとっては、その方が都合がいい。

 

『ぐ……この、力……』

(……現状は様子見、場合によっては介入できるよう準備しておくべきでしょう)

 

音を聞く限り、多少苦戦しているようだがまだメルドの声には余裕がある。

天魔転変こそ施していないが、彼の身体はフェリシア手ずから調律済みだ。劇的な戦力の向上こそないが、身体の歪みや長年に渡って蓄積していた疲労や損傷を直したことで、彼本来の実力を発揮できる状態にある。人間族最強の一角である彼が実力を発揮すれば、単独で勝てる者はそうはいない。

だからこそ、フェリシアも自身を抑えて様子見に徹しているのだ。ここで、全てを水泡に帰してしまうわけにはいかない。

しかし……

 

『…け、遍……よっ――――“風―――ッ!?』

 

魔法を発動させようと詠唱を進めていたメルドの声が、不自然なタイミングで止まった。

 

『だい、すけ?』

 

その驚愕に満ちた声だけは、やけにはっきりと聞き取ることができた。あるいは、メルドがフェリシアに聞かせるため、意図的にそのように発したのかもしれない。

 

『チ…ッ! このタイミングで急所を避けるのかよっ』

 

メルドではない若い、だがどこか焦りと共に狂的な響きを宿した不快な声がフェリシアの耳を震わせる。

間違いなく、メルドと戦っていた人物の他に、少なくとももう一人いる。声に聞き覚えはないが、名前は知っている。

 

(だいすけ…確か、“檜山大介”でしたか)

 

召喚された者たちの名前は、一通り把握しているのですぐに分かった。とはいえ、個人の情報については知らないに等しい。

だが何も問題はない。洗脳されたと思われる何者かがメルドを襲い、さらに勇者と共に召喚された者が今まさに襲われているメルドの背中に刃を突き立てた。フェリシアが動くのに、理由はそれで十分だった。広げていた人体図を宝物庫に放り込み、行動を開始する。

 

―――ピシッ……ゴッ!!

 

最短経路を進むため、本棚ごと壁を粉砕して外へ。

 

間違いなく、檜山大介は洗脳された者と違いある程度以上自分の意識を保っている。程度が違うだけで彼もまた操られているのか、あるいは“敵側”なのかは判断できない。しかし、勇者の同輩は貴重な駒の筈。それを使ったということは、メルドを生かしておく気はないということだろう。

 

ここで彼を失うわけにはいかない。

かつてフェリシアは暴走しつつある祖国を止めることができなかった。だが、メルドにはまだ可能性がある。ここでハイリヒ王国まで暴走を始めれば、時代の流れは手に負えないものになってしまう。

 

(潜入のため、かける手間を減らしたのが功を奏しましたか)

 

王宮に潜り込むにあたり、フェリシアが自身に施した変成は肌の色や耳の形などを人間族のそれにする程度。女性としては高い身長は目立つので骨格を弄ることも考慮したが、結局それはやめた。有事の際に、元の姿に戻るためにかける時間を最低限にとどめた方が良いと判断したからだ。

特に骨格などの場合、耳や肌の色と違い戦力に直接影響する。元に戻る暇もなく戦闘に陥れば、それこそ命取りになる可能性があった。そしてリスクを伴ったその判断は、結果的に正しかったのだ。

 

だがそれでも、この事態は予想を超えていた。

 

(これは……何が起こっている!?)

 

メルドの自室は王宮中央に近い場所にあるのに対し、フェリシアの隠れ家は端も端。当然、それなりの距離があるが超人的なフェリシアの脚力の前では誤差の範疇。一分とかからずたどり着けると踏んだはずの場所に、どれだけ走っても到達できない。

 

(であればこれは、人除けの結界か!)

 

通信機から聞こえてくる戦闘音は、それなり以上のものだ。現在メルドは洗脳された自身の副官と大介の他に、複数の兵士に囲まれているらしい。

王宮という場所でなくても、間違いなく周囲が大騒ぎになっているはずだ。にも拘らず、外に飛び出したフェリシアの耳にはその音が拾えず、あたりは未だに夜の静寂を保っている。防音効果のある結界を展開しているのは即座に気付いたが、まさかここまで高度なものを用意していたとは……。

 

普通、これだけの結界を用意するには時間も手間もかかる。にもかかわらずそれを実行できたということは、それこそ王宮全体に対して影響力を有した人物の手引きが必要だろう。あるいは、それこそ王族自らが指示した可能性も否定できない。

 

「昇華っ!!」

 

昇華魔法で、自身のあらゆる能力を可能な限り引き上げる。

人除けの結界は、一度発動してしまえばその場所を見つけるのは至難の業だ。何しろ、そもそも認識すること自体が困難を極め、通常近寄ることもできない。突出した能力を有するフェリシアでも、見つけ出すのは容易ではない。

 

だがその間にも、着々とメルドは追い詰められている。

 

『もう、諦めて死ねよ、メルドだんちょぉぉぉっ!』

『いや、ここは恥を忍んで逃げさせてもらう!』

 

何か薄い硬質の物が割れる音がした。おそらく、メルドが窓を割って脱出したのだろう。その判断は正しい。

今必要なのは決死の覚悟ではなく、生き恥を晒してでも逃げ延びる生き汚さ。生き残り、この事態を伝えなければならない。

 

『―――“風壁”!』

(確か、メルドの自室は王宮の四階。なるほど、風で落下速度を調節しましたか)

 

普通なら大怪我を負う高さだが、そのおかげで無事に着地できたらしい。実際、通信機から聞こえてきた音は、彼の体重を考えれば十分に軽いものだった。

 

『聞こえるか! 想定よりはるかに状況は悪い、お前もいったん外へ……っ!?』

 

通信機を取り出したのだろう。明瞭になった音声でそこまで口にしたところで、メルドが息をのむ音がした。

 

「メルド? どうしました、メルド!?」

『――――――――――――――――――――――――』

 

通信機越しに、何か声のようなものが聞こえては来る。だが、あまり音量が大きくないことから聞き取ることはできない。

しかし、次にメルドが漏らした言葉は良く聞こえた。

 

『ああ、クソ。なるほどな、確かに話の通りだ。これが神の意思だというのなら……』

 

“最悪だ”そんな、声にならない声が聞こえると同時に、何か異質な気配が漏れてきた。

 

その瞬間、フェリシアの頭が沸騰した。いったい誰の仕業か絞り切れずにいたが、ようやくわかった。これまでずっと姿を見せなかった存在が、その尻尾を見せたのだ。

 

「ふ、ざ…けるなぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

一瞬感じた結界越しでもうっすらと感じる存在感。フェリシアはそれを頼りに跳躍し、宝物庫から引っ張り出した愛槍を振りかぶる。

 

(近づけないのなら……!!)

 

全身の筋肉が限界以上に引き絞られ、関節が可動域を超え、全身が悲鳴を上げている。

それを一顧だにすることなく、フェリシアは槍に炎を纏わせ……渾身の力で投擲した。

 

「―――“緋槍”、貫けぇっ!!!」

 

放たれた槍は一条の流星となり、音もなく結界を貫いた。

フェリシアが翼を生やしてその穴へと飛び込むと、眼下には力なく倒れたメルドの姿。また、メルドの自室の窓には降下する彼女に驚愕の視線を向ける男の姿もある。

フェリシアは一瞬だけその人物に視線を向けると、僅かに目を細める。

 

「ひっ!?」

 

声にならない悲鳴を漏らし、窓から男の姿が消える。腰を抜かしたのか逃げたのか、いずれにせよそんな小物にかまけている場合ではない。

 

「メルドォ!」

 

頭上から一発の光弾が放たれ、身動き一つしないメルドに襲い掛かる。フェリシアは右腕を甲殻の鎧で覆い、全身の捻転を使って光弾に裏拳を叩き込む。

 

(くっ、重い……!)

 

一見すると何の変哲もない中級魔法。にも拘らず、その重さ…こめられた魔力が尋常ではない。殴りつけたはずのフェリシアの甲殻がひび割れ、逆に自分の方が弾き飛ばされそうになる。

それでも力負けすまいと歯を食いしばり、その腕を振り抜いた。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ、はっ!!」

 

弾かれた光弾は天を衝く尖塔の一つに着弾し、跡形もなく吹き飛ばす。

右腕の甲殻は砕け散り血がしたたり落ちている。中級魔法の一撃が、凄まじい威力。それこそ、魔法の天才であるユエをも上回るやもしれないほどに。正直、戦慄を禁じ得ない。

 

 

だが、そんな心の乱れを押し殺し眼下に視線を向ければ、奇しくも彼女の槍は倒れたメルドのすぐ傍に突き立っている。

そのまま一気に降下し、槍を回収するとともにメルドの側に降り立つ。彼の状態を確認したい衝動に駆られるが、本能がそれを許さない。

 

上弦の月が浮かぶ夜空に佇むのは、白銀の翼を羽搏かせるゾッとするほどに美しい女だった。

その女が、何の感情も伴わない機械的な声を紡ぎだす。

 

「なるほど、私の一撃を止めますか。称賛に値します」

「……何者か!」

 

誰何の声を放つのにも、多大な労力が必要だった。

本能は息を潜めろと叫び、動くことを拒絶している。心臓を鷲掴みにされ、冷や汗が滝のように流れ落ちる。己の息遣いや心音さえも五月蠅く感じ、目の前が真っ暗になりそうだ。

理解しているのだろう。厄災が通り過ぎるのを待つ以外に、生き残る術がないことを。

 

だが、そんな本能の訴えをフェリシアは無視して天に君臨する“ソレ”を睨みつける。その程度の威圧感で屈するほど、潜ってきた修羅場は安くない。

 

(そうだ。この程度であれば……!)

 

異世界の英傑たち、あるいはこの世界で産声を上げたバケモノも引けを取りはしない。

 

「……もう一度問います。お前は、何者だ」

「仮にも主の御業を受け継ぐ眷属、問われて応えないのは些か非礼ですか」

(眷属? 私が?)

 

いや、そもそも神代魔法は神の用いた魔法と伝えられている。ならば、その使い手を“眷属”と称するのはそれほどおかしいことではないのだろう。

しかしそれは同時に、フェリシアの持つ“昇華魔法”が“■■■■”であることを示していることになるわけで……。

 

「神の使徒、ノイントと申します」

 

ここに幾星霜の時を経て、使徒と眷属が邂逅を果たした。

 

(なんとしてでも生き延びなさい、メルド)

 

忌々しいほどに神々しく君臨する使徒から視線を切ることなく、フェリシアは内心で背後の男を叱咤する。

既に復元の終わった右腕に残った僅かな血を、死相を浮かべたメルドの頬に落としながら。

それが、一か八かの賭けであることを承知の上で。

 

しかしフェリシアは気付いていなかった。いや、フェリシアだけではない、この場に居合わせたすべての者が、招かれざるもう一人の客の存在に気付いていなかった。

フェリシアが結界を突破する瞬間を目の当たりにし、その影を追ったもう一人の存在を。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

雲一つない晴天から降り注ぐ眩しい日差しに、思わず目を閉じる。慣れてきたであろうタイミングを見計らって瞼を開ければ、そこには今日も今日とて穏やかな喧騒に包まれた校門前の風景が……

 

「「「暴れ猪だぁ―――――――――っ!!」」」

「ぐはっ!? む、無念……」

「ディルムッドが死んだ!?」

「この人でなし!!」

 

訂正。暴走する猪の一団とそれに跳ね飛ばされた哀れなイケメンにより、校門が紅く染まっていた。

 

「……………………………朝だなぁ」

「朝の風物詩みたいに言うのはやめましょう先輩!? エマージェンシーです! 急ぎ状況への対処と原因の究明を……!」

「いや、とりあえず原因は明らかでしょ」

 

なにしろ、猪…もとい豚関連の事件はだいたいBBとキルケーの二択だ。それを証明するように、化学教師のメディア先生が妹のリリィや親戚のアステリオスと共に猪たちを追いかけている。大方、叔母で生徒というちょっと複雑な家庭環境が伺えるキルケーの後始末に奔走しているのだろう。

で、どう見てもこの事件の犯人としか思えないキルケー自身はといえば……寸胴鍋一杯のキュケオーンを前に、途方に暮れていた。

 

「なぜ……なぜ誰も食べてくれないんだぁっ!?」

 

そりゃたった今あんなことがあって食べる無謀な人間はいない。埋まっていない地雷にもほどがあるだろう。

 

「美味しいよキュケオーン! 栄養満点だし、胃にも優しい、朝にはもってこいじゃないか! そうは思わないかいピグレット!?」

「豚にさえならなければなぁ……」

「何やってるの叔母様! ほらこっち!」

「アステリオス、キルケー叔母様先輩を担いで連れてきてください」

「う、ん。いこう、おばさん」

「叔母さんって言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……(ドップラー効果)」

 

割と切実な叫びを残しながら連れ去られるキルケー。でも同情はしない、だって事実と自業自得しかないから。

猪たちも、主犯とその関係者以外にも物好きな青タイツ(ジャージ)などを追いかけているので、まぁ大丈夫だろう。

 

「今日は猪だけか、静か静か」

「なんだか、慣れてはいけないものに慣れている気がヒシヒシと……」

 

そうは言うが、仕方がない。ここはもう慣れるしかないし、慣れてしまった方が幸せだ。

だってこの学校の前は本当に色々なものが通る。戦像だったり木馬だったり青銅の巨人だったり……時にはなぜか帆船が通り過ぎることもあるのだ。今も空をイルカと戦車とUFOとドラゴンが飛び交っている。あと偶に鮫。

よくわからないが、そういうモノなのだ。

 

それに、ある意味ではもっと頭の痛い光景が目と鼻の先にあるではないか。アレはどうするつもりなのだろう。

 

「さあさあ、産地直送取れたての林檎だ! 現品限り、早い者勝ち。一つ手に取って色・艶・輝きを見てくれたまえ、愛すべき後輩諸君!」

「何やってんですか、キリシュタリア先輩」

 

軽トラを改造した移動式屋台で金色に輝く林檎を売る、貴族のような風貌の美形。ただし頭には麦藁帽子、手には軍手、足にゴム長、チェックの長袖に若草色のツナギという、どこからどう見ても“The農家”といわんばかりの格好で。なんというかこう……果てしなく似合わないのだが、妙に様になっているのが不思議だ。

 

「やぁ立香、へいよーかるでらっくす!」

「あ、うん、へいよーかるでらっくす」

「お二人とも、妙な挨拶を流行らせようとするのはやめてください!」

「やれやれ、マシュはまじめだ。ところで、君も一つどうだい? 御覧、今日の林檎たちは輝きから一味違うだろう!」

 

むしろ、輝いているのはあなたの方だ。表情といい汗といい、キラッキラである。人生を謳歌しまくっている。

特に、なぜか手伝わされているパリス君とアタランテの目が死んでいるから、その対比で余計輝いて見える。その後ろでは、なんだかんだで付き合いの良いカイニスがとても残念なものを見る目をキリシュタリアに向けていた。

 

「は、はぁ……」

「しかし、マシュも私の後輩か。そう思うと中々に感慨深い。いいかい、ここは良い学校だ。大いに学び、楽しみ、悩み、青春を謳歌すると良い。無駄なものなど何もありはしない。ここにある全てが未来の君を形作る、得難い財産なのだから」

「は、はい! マシュ・キリエライト、精一杯頑張ります!」

(さすが、元生徒会長言うことが違う……まぁ、高3の冬に中退した人が言うことか、とは思うけど)

 

信じられるか、“学校始まって以来の天才”“東大確実”と期待されてたっていうのにこの人、二年前突然中退して林檎農家になったんだぜ。あの時の上を下への大騒動は、最早伝説だ。

いや、その騒動は今も続いている。

 

「ようやく見つけたぞ、キリシュタリア!」

「おや? カドック、カドックじゃないか! 久しぶりだね、大学生活は楽しんでいるかい?」

「そんなことはどうでもいい。アンタは、こんなところで、何を、しているんだ!!」

「? ……林檎の販売だが?」

(きっと聞きたいのはそういうことじゃないんだよなぁ)

 

天然発言に思わず頭を抱えるのは、昨年度卒業生のカドックだ。まぁ、彼の気持ちもわかる。

学生時代はその貴族然とした立ち振る舞いと次々に打ち出される革新的改革案から、“美しすぎる生徒会長”“カリスマ漲るキリシュタリア様”とか呼ばれ近付き難い印象を持たれていたものだが、中退事件前後からすっかり“愉快なお兄さん”“天然キャラ”にイメチェン。今ではすっかり板についてしまった……いや、元からそういう人だったのだろう。

ただ、それを受け入れられない人もいるわけで……。例えば彼に対抗心を燃やしていたカドックとか、今も全力で見て見ぬふりをするオフェリアとか、なにやら土煙を巻き上げながら疾走してくるオルガマリーとか。

 

「キ~リ~シュ~タ~リ~ア~!!!!」

「おっとあれはオルガ? ふぅむ、いったい何をそんなに怒っているのだろう……よし、ここは新商品の林檎アロマで」

「やめろ! 余計油を注ぐだけだ!」

 

コメカミを揉みながら、ポケットをあさるキリシュタリアの手をガッするカドック。何を言われているのか心底わからないという様子で不思議そうな顔をするキリシュタリアに、カドックが小刻みに震えている。

そうしている間にも、駆け付けたオルガマリーが額に青筋浮かべながらキリシュタリアに詰め寄っていく。

 

「ハァハァハァ……まずは、よく見つけたわカドック」

「あ、ああ、まぁな」

「で、どういうつもりなのキリシュタリア!」

「久しぶりだねオルガ。最後に会ったのは……」

「そんなことはどうでもいいの! いいから、さっさと大学に戻りなさい! 父の跡を継ぐのはあなただったはずでしょう!」

「ハハハハ、何を言っているんだいオルガ。そもそも私は大学に学籍を持ったことはないよ」

「「当たり前のように研究室に出入りしてた奴が言うことか!!」」

 

なんでも、キリシュタリアはその優秀さから大学教授を務めるオルガマリーの父に昔から随分目をかけられていたらしく、高校の頃から彼の研究室に入り浸り、様々な成果を上げていたらしい。そんなキリシュタリアにカドックは対抗心を燃やし、オルガマリーは細やかな劣等感を抱いていたのだろう。

だからこそ彼が進学を蹴り、なぜか林檎農家になってしまったことに納得がいかないらしい。

 

「しかし、先生は“頑張りなさい”と快く送り出してくださったよ。農園への出資や専門家の紹介、まったく“足を向けて寝られない”とはこのことだ」

「お父様が!? いや、でも……研究はどうするのよ!!」

「研究室でなくても研究はできるさ」

「というか、そもそもお前どうして林檎農家なんだ……」

「ああ、それは……いつだったか立香が林檎を差し入れてくれてね」

「「お前の仕業かぁ!!!」」

「お、俺のせい!?」

 

二人の怒りの矛先が向いて、アタフタする立香。原因といえば原因かもしれないが、そんなことを言われても……。

 

「ハハハハ、これでは商売にならないね。それでは諸君、また逢う日まで壮健なれ!」

 

立香に二人の意識が向いた隙をつき、軽トラの運転席に乗り込むキリシュタリア。アクセルをベタ踏みし、ゴムの焦げる匂いをさせながら軽トラが疾走する。カドックとオルガマリーが、慌てて引き留めにかかるが……。

 

「待て! まだ話は終わってないぞキリシュタリア!」

「……なぁ、カドック。これは確かに私の人生には本来なかったもの、余計なものなのかもしれない」

「……」

「だがね……受験目前で中退とか、中々にロックだと思わないか?」

「お前はロックを何だと思ってるんだ!!!!!」

「逃がさないわよキリシュタリア!!」

「ならば捕まえてみたまえ。うん、なんだか興が乗ってきちゃったぞ!」

 

“あ~ばよ~、とっつあぁ~ん”とでも聞こえてきそうなテンションで軽トラが走り去っていく。それを見送りながら、実は彼が良く駅前のロータリーに出没することを知る立香は……そのことを二人にだけは言うまいと心に決める。

 

(秘密戦隊クリプターズのリーダーとして、サンタアイランド仮面と子どもたちの人気を二分しているとか知ったら……)

 

頭が痛いどころか二人の胃に穴が空きかねない。それどころか、そのトンチキ戦隊に巻き込まれる可能性が高い。実際、既にオフェリアが巻き込まれている。いまだに現実を受け止めきれず、夢と思い込もうとしているようだが。

 

まぁ、時間の問題かもしれないが……誰もが“あの人”のように順応できるわけではない。そう、今ちょうど校門で服装チェックをしている生活指導のペペロンチーノ先生とか。

 

「あら、ちょっとスカード短過ぎない?」

「ちゃんペペ、お願い見逃して!」

「ん~……可愛いから行って良し!」

「さっすがちゃんペペ! わかってるぅ~!」

 

むしろ、スカートの丈よりも派手派手に着飾りまくってることの方が問題な筈なのだが……。

 

「はいは~い、そこのJK。付け耳付け尻尾は校則違反、天然ものオンリーよ」

「いいじゃんいいじゃん! ってか、天然だし! パチモンじゃないし!」

「あらそう? ……………個性って大事よね、キャー!」

「おのれ、なぜあのなんちゃってJKにオッケーが出るのか納得がいきませんが……そこへ行くと、わたくしは100%天然素材。もちろん、巫女っと素通りで……」

「あ、あなたはアウト」

「ストップ、ストッププリーズ! なんであのJKが良くてわたくしがアウトなのですか!」

「だってあなた、生徒じゃないでしょ」

「ご主人様ぁ~~~~~~~~~~~!?」

 

とか。

 

「ねぇ、あなた男子じゃなかったかしら? なんで女子制服?」

「ほら、アーちゃん。やっぱりやめた方がいいよ」

「え、だって可愛いでしょ?」

「そうね、可愛いは正義。行って良し」

「ヤッター♪」

「いいのかなぁ?」

「ローランみたいに脱がないだけマシじゃない?」

「そうかな…そうかも」

 

とか。

 

「あれは、服装チェックの意味があるのでしょうか?」

 

気持ちはわかるが、仕方がない面もあると思う。だって、誰も彼もフリーダム過ぎて一々指摘していてはキリがない。

まぁ、それを言うと、フリーダムなのは校内に入ってからも同じなのだが。

 

「クハハハハハハハ!!」

「「フハハハハハハハ!!」」

「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」」

 

3つある校舎のそれぞれ屋上から高らかに響き渡る哄笑。まるでお互いに対抗するかのように“いつ息継ぎしてるの?”と聞きたくなるそれが、絶え間なく学校内に木霊している。

 

「え~っと、東校舎が太陽王で、本校舎が英雄王、それで……」

「西校舎が巌窟王さんではないかと」

 

ちなみにこの哄笑合戦、HR開始の予鈴が鳴るまで続く。ホント、いったいどんな肺活量をしているのやら。ちなみに、偶にここに「ハッハッハッハ~!」と始皇帝が混ざったりする。普段何をしている人たちなのかは、よくわからない。港で釣りをしていたり、オープンカーに箱乗りしてるのは見かけたりするのだが。

 

他にも、校庭のど真ん中で煙が立ち上る不審物があったり……

 

「先輩、煙が! というか、小刻みに振動して明らかに危険です! デンジャーです!」

「ん? あそこにいるのは陳宮先生か。となると次は……」

「おや、いけませんね。ならばここは……自爆しかありますまい!」

 

校庭の隅で双眼鏡を片手に、別の手で何かのスイッチを押す。すると、予定調和の如く爆発した。

 

―――チュドーン!!

 

「……校内に先生が爆発物を持ち込むのは、いかがなものでしょう」

「あの人のことだから、“必要な措置でした”とか何とか言って聞く耳持たないよ」

(自爆はロマンだ)

(うむ。ならば奴もまた、ローマなのだな)

「今何か聞こえたような…………とりあえず、事前説明の通り自由な校風なんですね」

「っと、マシュあれ……」

「ヒナコさんですね。今日は学校に来られたようで、安心しました」

 

何しろあの人、立香の一つ先輩だったはずが、留年を繰り返して今ではマシュの同級生。不良ではないが不登校気味なので、週一回見かければ良い方というある種のレアキャラなのだ。ちなみに、昨年までは立香と同級生だった。だから、こんな気安く話しかけても特に問題はない。

 

「やっほ~、ぐっちゃん」

「気安く話しかけんじゃないわよ。見てわからない? 私は忙しいの」

「またまたぁ~」

 

メガネに三つ編みと、一見すると文学少女な格好だが立香は知っている。実はこの人、手にした本など全く読んじゃいない。本を読んでいれば人は寄ってこない、つまり本は人除けのためのアイテムに過ぎないことを。

 

「ところでさ、いいの?」

「なにがよ」

「自爆といえばパイセン、パイセンといえば自爆。このままじゃお株持ってかれちゃうよ?」

「自爆を人の持ちネタみたいに言うんじゃないわよ!!」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「ヒナコさん! 顔が、先輩の顔の形が変わってしまいます!?」

 

アイアンクローをかまされ、叫ぶこともできずにタップする立香。毎度のことなのに、懲りない男である。

ちなみにその時、金髪縦ロールのお嬢様が“逸材を見つけた!”みたいに目を輝かせていたことを、ヒナコは知らない。

さらに、校内を水兵さんの格好をしたどう見ても未成年な小柄な影が行き交うのも、校舎に激突炎上した暴走スクーターから颯爽と飛び降りた密林の戦士も、それに屋上からフライングボディプレスを仕掛けたサンバな女教師も、この学校では日常の光景である。

 

「先輩、日常とはいったい……」

「いつも見ている光景、っていう意味でならあってるよね」

「……………………………………………………………はい」

 

事実なだけに、否定できない。

 

そして、どたばた騒がしいのは校舎に入ってからも変わらない。

例えば、左手にカバンを持ったヤクザも裸足で逃げ出すほど目つきの悪い白髪の少年の右手を巡って、黒髪と金髪、二人の美少女が手四つになって熾烈な争いを繰り広げていたり……

 

「ユエの番は昨日でしょ! 今日は私!」

「……油断しているバ香織が悪い。私はユエ、虎視眈々と獲物(ハジメ)を狙う雌豹」

「なっ!? ユエの意地悪、おたんこなす――――っ!」

「……心外。脳内ピンク、ムッツリの香織からハジメを守ろうとしただけ」

「む、ムッツリじゃないもん!!」

(そろ~り、そろ~り……)

「「シ~ア~」」

「ごめんなさいごめんなさい! 抜け駆けするつもりはないんですぅ、ちょっとした出来心なんですぅ!?」

 

取っ組み合う二人の横を、密かに通り抜けようとしてぐりんと光のない目を向けられ涙目になるウサギがいたり……

 

「……ふむ、美少女型メイドゴーレムか」

「ああ。どうしてもな、人に近づければ近づけるほど違和感が強くなっちまう。不気味の谷ってやつだな。正直、手詰まり感が強くてよ。こうして、恥を忍んでアンタに相談しに来たってわけだ、アヴィケブロン先生。

 ……俺は彼の巨匠“オスカー”の夢を叶えてやりたい。だから頼む、何でもいい。なにか、なにかキッカケをくれねぇか!」

「そうか。ならば僕から言うことは一つ……笑止!!」

「な、なにぃ!?」

「以前の変形合体機構搭載、人型決戦ゴーレムの時も思ったことだが…君は既存のイメージに捕らわれ過ぎている。メイドゴーレム? そんなもの、千年前に僕が通り過ぎた場所! そこに美少女要素を加えたところで二番煎じの域を出ないと知れ! 君に必要なのは、違和感を解消するなどという小手先のアイディアではない。固定観念からの脱却、自らの殻を壊す発想の転換。

そう、どうせなら……“自己進化・自己増殖・自己再生機能搭載ゴーレム”くらい言えないのか!!」

「っ!!!!!!!!! そ、そうか。俺は、俺ってやつは、いつの間にか小さな世界で満足しちまっていたのか……へっ、これじゃオスカーに笑われちまうな」

 

自分の両手を見下ろしながら自嘲するハジメだが、ちょっと待ってほしい。発想の飛躍は良いのだが“それなんてデビルガ〇ダム?”、そんなもの作って地球は大丈夫なのだろうか。新たなビースト案件にならないと良いのだが……ところで、ハジメの足元でカーペットになっているティオ先生は放っておいていいのだろうか。

 

「はぁはぁ…妾を足蹴にしたまま、気にも留めずに熱く語り合うご主人様。た、たまらんのじゃ……やはり、妾にはご主人様しかおらぬ!」

 

……まぁ、本人が幸せそうなら、それでいいのだろう。

 

たとえ、そんなティオを見下ろすハジメの目が汚物を見るようなものでも。

たとえ、周囲の目が南極もビックリなくらいに冷たくても。

本人にとっては、快楽を煽る燃焼材にしかならないのだから。

 

「いっそのこと、このまま果ててくれねぇかな……」

(ッ!! ビクンビクン!!)




まさか、夢世界が三回に渡るとは思わなかった。一応、次回で夢は終わります。まぁ、残りの試練は山も谷もないし、巻きで行けると思います。
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