ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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さーせん、いつもながら遅くなりました!
今回はちょっと短め、「動」と「動」の間の「静」のお話です。


041

 

聖教教会の総本山“神山”に愛子と共に囚われて数日。

囚われてすぐの頃こそ思いつく限りの脱出方法を試した雫だったが、今はもう薄暗く明かり一つない部屋の中で座して状況の変化を待つことしかできずにいた。

 

「……少し前までとは雲泥の違いね。ま、今までが恵まれすぎてただけなんでしょうけど」

 

格子の嵌った小さな窓越しに月を見上げながら独り言ちる。部屋の作りは酷く簡素な鋼鉄造りの六畳一間、木製のベッドにイス、小さな机、そしてむき出しのトイレ。王城に与えられた豪奢な部屋はもちろん、ホルアドの仮宿と比べても粗末なものだ。それこそ、地球の刑務所の方がまだましな空間を提供してくれるのではなかろうか。

 

「情けない。勇者一行とか何とかもてはやされてみても、こんな腕輪一つで……」

 

雫の手首につけられたブレスレット型のアーティファクト、その効果で現在彼女は全く魔法が使えない状況に陥っている。元々魔法自体は使わない雫だが、これには魔力の運用を阻害する効果があるのだろう。一説では、高ステータスの持ち主は体内の魔力で無意識のうちに身体能力を底上げしているという。そして、おそらくそれは真実なのだろう。敏捷特化とはいえ、雫のステータスならこんな細い格子くらい破壊できるはずなのに、それができずにこうして閉じ込められているのだから。

愛刀は没収され、念の入ったことで食器はすべて木製。加えてスプーン一つ、椀が欠けていないかまでチェックされている。これでは、くすねた食器で格子を削るなどと言う古典的な手も使えない。

もっとも、仮に脱出できたとしても部屋があるのは高い塔の天辺だ。飛び降りるのは論外だし、地道に壁を伝って降りていくというのも、現実的ではない。ここは神山、聖教教会関係者達の目を掻い潜って地上に降りるなどまず不可能だ。

 

「愛ちゃんは…無事かしら? 香織は、マシュは、南雲君たちは今頃どうして……」

 

自分と同様に囚われた担任教師とは、別々の部屋に押し込まれてあれ以来一度も会えていない。これでは互いの情報共有もできない。こうして一人ぼっちでいると、ただただ不安ばかりが積み重なっていく。

出来ることはなくとも、せめて話し相手でもいれば気が紛れただろうに……。

 

「なんてしょぼくれるのはなしなし! 南雲君はもっときつい状況でもあきらめなかったんだから、私もしっかりしないと……」

「わっ!? 八重樫、シーッ! 静かにしてくれって! せっかく潜り込んだのに騒いだらバレちまうだろうが!」

 

こんなところで聞くはずのない、だが聞き覚えのある声。

反射的に雫が鋼鉄製の扉に設けられた格子付きの覗き窓を見やれば、そこには黒いフードを目深にかぶったクラスメイトの姿があった。

 

「あなた、遠藤君!?」

「だから静かにしてくれませんかね!?」

「ぁ、ご、ごめんなさい……それより、あなたどうしてここに……」

「あ~、なんつーか、色々とワケアリでさ。今のところまだ手配はかかってないけど、御尋ね者一歩手前…みたいな感じ」

「は? ……まさか、あなたもなの?」

「さっすが、察しが良いな。そ、俺も八重樫と愛ちゃんが知ってること知っちまったんだよ。そうなったらほら、今まで通りってわけにもいかないだろ?」

「そう……」

 

ある程度の事情を察した雫だが、聞きたいことは山ほどある。いったい誰からその情報を得たのか、クラスメイト達はどうしているのか、ハジメたちへの異端者認定はどうなったのか。

だが、矢継ぎ早に飛び出しそうになる質問をグッと抑え込み、雫は今一番気にかかる問いを発する。

 

「…………愛ちゃんは無事なの?」

「悪ぃ、目下捜索中。警備が厳重でさ、人の目はまだしも感知系のアーティファクトがあるみたいでなかなか思うように動けないんだわ」

「それでも見つからずにこんなところまで来れただけでも凄いわよ、ありがとう、遠藤君。つい悪い方にばかり考えちゃってたんだけど、だいぶ気が楽になったわ」

 

浩介に会うまで気付かなかったが、随分と肩に力が入っていたのだろう。今のところ安心材料となるものは何もないが、ここまで誰にも気づかれずに潜入出来た浩介なら愛子を見つけるのも時間の問題だ。それだけでも、強張っていた肩を随分と解してくれる。

 

「出来れば出してやりたいんだが……」

「今私たちがいなくなったら大騒ぎになるわ。出るにしても、それは今じゃない」

「だな」

「それより、今は情報が欲しいわ。あなたが知っていること、できる限り教えてちょうだい」

「そうだな。情報のすり合わせは必要だろうし、お互い知らないこととかあるかもだ。ただ……」

「ただ?」

「ちょっとショッキングな内容もあるから、驚く準備はしておいてくれ」

「……分かったわ。驚いて声を出すような真似はしない」

 

結論を言えば、雫の持っている情報は浩介にとって既知のものだった。

まぁそれ自体は予想の範囲内だったのだが、浩介が持つ最新情報が驚愕的過ぎた。覚悟していたつもりの雫でも、驚きの声を上げるのを押さえるのには随分苦労するほどに。

ただ、それらとは別に一つ気がかりなことが……

 

「ねぇ、遠藤君。ここまで来てくれたのは嬉しいのだけど、こんなところまで来ていて怪しまれないのかしら? ほら、みんなもあなたがいないことを心配するだろうし……」

「……気にすんな、八重樫。だってあいつら、そもそも俺がちょくちょくいなくなってることに気付いてないんだぜ?」

「………………………………………ごめんなさい」

 

目の端からポロリと零れ落ちる水滴を、雫は丁重に見なかったことにするのであった。

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

思い瞼を開けてまず目に飛び込んできたのは見覚えのない薄汚れた木製の天井と、視界の隅で固まる人影だった。

 

「…………くっ、ここ、は?」

「あっ! メルドさん! あの人起きましたよ!」

「本当か!? 待ってろ、今行く!」

 

鈍った思考が現状を正しく認識してくれない。鉛を通りこし、まるで全身を拘束されたかのように身動きが取れない身体を何とか起こそうともがいていると、おずおずとした手つきで誰かが背中を押し上げてくれた。

 

「えっと…無理しない方がいいですよ。もう丸二日眠ってたんですから」

「あな、たは……」

 

そこにいたのは、見覚えのない顔の黒髪の少年。それなりに整った顔立ちをしているはずなのだが、ひどく印象が薄い。記憶力に優れるフェリシアですら、その顔を記憶にとどめるのが一苦労なほどに。

思うように動かない身体を動かすことは諦め、少年の厚意に甘えることにする。上半身を起こすと、背中を壁に寄りかからせてくれたので礼を言い、そのままゆっくりと室内を見回す。そこは窓が締め切られた薄暗い、オマケで小汚く埃っぽい部屋だった。

 

(まるで、どこぞの賊の隠れ家ですね)

「ったく心配かけさせやがって。一時はどうなることかと思ったぞ、フェリシア」

「あなたは……」

「おいおい、俺の顔を忘れたとは言わねぇだろうな。こちとらでっけぇ借りができたってのによ」

「メル、ド…そう、あなたはメルド。無事、だったのですね」

「おかげさんで、ギリギリ命を拾ったよ」

 

厳めしいながらもどこか愛嬌のある相貌を崩し、「助かった、礼を言う」と深く首を垂れる。

その手には盆が握られ、白い湯気を燻らせるコップが載せられていた。

 

「とりあえず、なにはともあれまずは腹ごしらえ…と言いたいところだが、そっちは少し待ってくれ。すぐに用意するから今は白湯で我慢してくれ。それと、肉だの魚だのは食えるのか?」

「……すみません。まだ、前後の記憶が曖昧で…できれば、軽いものでお願いします」

「なら、麦粥あたりか。浩介、頼むぞ」

「いや俺麦粥? ってのの作り方知らないんですけど!?」

「んなもん適当に湯に麦ぶち込んで塩かければ何とかなるだろ」

「ならねぇよ!? 病人にはちゃんとしたの食わせようぜ、メルド団長!」

 

その後も何やらギャーギャー言い合う男二人。気遣ってくれるのは嬉しく思うフェリシアだったが、心配してくれるのならもう少し静かにして欲しい。

頭はハッキリしないし身体は重いし、目の前の男どもはギャーギャー煩いし…珍しく、フェリシアも不機嫌だった。というか、不機嫌さを制御する余裕がない。なので、思わず……

 

「あなた達、少し黙りなさい」

「「……ハイ」」

 

ドスの利いた超怖い声が出た。ついでに、怜悧な美貌が顰められ圧が強い。

それまで騒がしかった男どもは、すっかり縮み上がっている。

 

「浩介殿、でよろしかったでしょうか?」

「あ、はい」

「申し訳ありませんが、食事の用意をお願いしても?」

「でも、俺料理あんま上手くないですよ。いや、少しくらいならできますけど……」

「パンと湯があればそれで十分ですから」

「う、うす」

 

緊張をほぐすように微笑むと、ちょっと顔を赤くして人形のようにカクカクと首を縦に振り、ぎこちない動作で別室へと向かっていく。

 

「……あんま若ぇのを惑わすなよ。お前、そうしてればただの美人なんだしよ」

「含みのある言い方ですね…それより、記憶に混乱が見られます。詳しく教えてください」

「ま、あんな糸が切れたみてぇに気を失ったんじゃ、無理もねぇか。分かった、どこまで覚えてる?」

「ノイントを倒したところまでは、辛うじて思い出しました。その後、確か…そう、もう一体の使徒が現れて、それで……」

「なら、お前が戦っている間の俺たちについても話した方がいいか」

 

 ・

 ・

 ・

 

時を遡り、フェリシアとノイントの戦闘が始まって間もなく。

独り石畳に倒れ伏していたはずのメルドは、いつの間にか物陰へと運ばれていた。

 

「メルド団長! しっかりしてくれよ、メルド団長!」

「うっ……お前、浩介か?」

 

メルドを運んだのは、この場にいない筈の人物。メルドの教え子たちのうちの一人、“暗殺者”の天職を持つ遠藤浩介だった。

 

「お前、どうしてここに……」

「なんか音がしたなって思って空を見たら、こっちの方に飛んでく人影を見て、それで……」

(ああ、フェリシアを見たのか。普通なら気付かれるところだろうが、浩介なら……)

 

それこそ超一流の使い手であったとしても、フェリシアであればどれほど焦っていても尾行に気付かない筈がない。だが、遠藤浩介は例外だ。彼の気配の薄さ…というか、存在感の薄さは尋常ではない。

いることに気付かない…ならまだ序の口。割と頻繁にクラスメイト達からすらその存在そのものを忘れられてしまう彼の隠形は、天職という括りを逸脱した領域にある。そんな浩介であれば、確かにフェリシアに気付かれずに尾行することも可能かもしれない。何しろ、そのフェリシアですら日中の潜入で浩介を補足できていなかったのだから。

 

「そうだ、フェリシア! アイツは、アイツはどうしてる! 今はどうなっているんだ!?」

「フェリシアって、あのなんか滅茶苦茶強い美人さんのことですよね? いやなんかもう色々別次元過ぎてわけわかんない超バトルしてますけど……って言うかメルドさん、さっきまで瀕死だったのに元気過ぎません?」

「なに? そういえば…あの時の血か」

 

フェリシアがメルドの元を離れる直前に落とした血、アレもまた変成魔法が施されていた。やっていることは以前ハルツィナ樹海での戦いで使用した細菌兵器と同じだ。ただし、「感染者を内側から壊す」のではなく、「感染者を治療する機能」を持たせて。

細菌や微生物は何も人体に有害なものばかりではない。人体と共生し、益を齎すものも数多く存在する。ならば、“体細胞の細菌化”という技術を、ただ破壊や殺戮のためだけの使うのはあまりに勿体ない。また、万能の治療薬とでも言うべき“神水”も数に限りがある。そこで、回復魔法のエキスパートである香織の協力のもと、代用品となる新たな回復法を生み出そうとした。これはその成果の一つだ。

これにより香織が不在であり、なおかつ“神水”がない状況でも仲間たちの生存率をある程度保証することができる。まぁ、今はまだ試作段階なので、変成後まもなく死滅してしまうことから、“どうやって保存するか”という新たな問題があるのだが。

加えて……

 

「ってか、あの人ホント何なの? いつの間にかメルド団長が倒れてた場所に、そっくりそのまんまなメルド団長が倒れてるんだけど……」

「……俺の身体の複製、だな。芸の細かい……」

 

回復したメルドがいなくなったことを悟られないよう、あらかじめ時間差で構成されるよう仕込んでいたのだろう。メルド本人の希望もあって天魔転変を施すべく彼の身体を調べ上げていたフェリシアにとって、メルドの複製体を作ることなど造作もないことだった。

 

「全く、底知れん奴だよ、お前は。とはいえ…ちっ、やはり本調子とはいかんか」

「って、まさかあの戦いに割って入る気なんですか!? あんなの、とてもじゃないけど……」

「ああ、俺たちが介入できるレベルを超えてる。わかってるさ、そんなことはな。

 だがそれでも、アイツをここで死なせるわけにはいかんのだ」

「……そんなに、大事な人なんですか?」

「ああ。アイツは、これからの時代に必要だ。俺たちだけじゃない、きっとお前たちのためにも……だから、頼む浩介。もしもの時は、アイツを助けてやってくれ。この通りだ!」

 

居住まいを正し、石畳に叩きつけるようにして頭を下げるメルド。額が割れ、零れた血が石畳を濡らす…彼の本気の表れだった。

それに面食らったのは浩介だ。あのメルドが、間違いなくこの世界で最も信頼している大人の一人である彼が、こうも必死に頭を下げている。その事実が浩介に与えた衝撃の大きさたるや、如何ほどだろうか。

 

「そ、そんな! やめてくれよ、メルド団長!」

「この戦いがどう転ぶか、とてもじゃないが俺には見えてこない。だがいざという時、俺はあいつの盾になる。

 本来、こんなことを頼めた義理じゃないことは百も承知だ。しかし、そうとわかった上で頼む。稼げる時間は一瞬だろう。その一瞬で、どうにかアイツを連れて逃げてくれ」

「………………………………ああもう! わかったよ、やればいいんだろやれば!!」

「……すまん」

 

とはいえ、「盾になる」と口にしたメルドだったが、両者の戦いはあまりにも次元が違い過ぎた。

徐々にフェリシアが押されつつあるのはわかる。だが、もしもの時に彼女の盾になれるかと言えば自信がなかった。

 

飛び込んだとして、かえってフェリシアの邪魔になるのではないか。

 

そもそも、この身を肉の盾にしたとして、一撃でも防ぐことができるのだろうか。

 

そんな不安と葛藤を抱えながら見守った戦いは、ついにフェリシアの勝利で幕を閉じた。

 

「ははっ、勝っちまいやがった。“真なる神の使徒”とやらを、本当に……」

「すっげぇ……」

「とはいえ、アイツも流石に限界か。行くぞ、浩介。神の使徒を倒したとあっちゃ、この先なにが起こるかわからん。結界もなくなった、今のうちに脱出を……っ!?」

「な、何だよこの威圧感! さっきの奴はあの人が倒したんじゃ……」

 

一度は消えたはずの圧倒的なまでの重圧。それが、再度二人の身にのしかかる。下を向きそうになる視界を無理矢理持ち上げれば、そこには地面に四つ這いになったフェリシアの姿が。そして、その更に上には何事もなかったかのように神々しくも傲慢に君臨する神の使徒。

 

(バカな…奴は確かに、フェリシアが……いや、四の五の言っている場合じゃない。フェリシアはもう動けん、なんとしてでもアイツを逃がさなければ!)

 

覚悟を決め、自らを肉の盾とすべく駆け出そうとするメルド。だが、浩介が微かに先んじて動き出し、同時にメルドに待ったをかける。

 

「メルド団長は物陰から逃げてください! あの人は俺が!」

「浩介…くそっ、頼んだぞ!」

 

浩介の言葉の意味するところを、メルドは正確に読み取っていた。自分で、例え身を挺したところでフェリシアを守れない。それこそ、ごみクズのように薙ぎ払われてフェリシアごと消されてしまうだろう。浩介もまた、同じ結論に至った。だからこそ、彼はメルドではなく自分で動くことを決断したのだ。

既に、浩介のステータス…特に敏捷はメルドを大きく引き離している。メルドでは意味をなさない肉の盾となるのが関の山でも、自分ならば……。

 

(間に合え…いや、間に合わせる!!)

 

それは、危うい賭けだった。一歩間違えば、僅かでも恐怖に駆ける足が鈍れば諸共消し飛んでいただろう。

恐怖はあった。足も竦みそうだった。しかし、それら全てを塗り潰すほどの希望があった。

メルドを助けるために命を懸け、強大な相手に食い下がり、最後は大番狂わせを起こして見せたあの女性。メルドがなぜ、彼女を守るために身を挺そうとしたのか、少しだけ分かった気がするのだ。まるでメルドの熱が伝播したかのように、浩介の胸にも「この人を死なせてはならない」という火が灯っていた。

 

「……………っ!!」

「あなたは!?」

 

白銀の光に飲み込まれそうになる寸前の水平方向への大ジャンプ。それが功を奏したのだろう。僅かに服の端が消滅しただけで、浩介は五体満足。もちろん、フェリシアも先に消された右足首から先以外は一応無事。

加えて、幸運なことに敵の攻撃で土煙が舞い上がり二人の姿をわずかな時間隠してくれている。これは、二度とないであろう脱出の好機だった。

そのことに安堵するが、何故かフェリシアがノイントの消え残った上半身を握っていることに目を丸くする。

 

「……何もってんですか?」

「あ、失礼。今しまいます」

 

そういうことではないのだが、疑問を呈する前にフェリシアが宝物庫に身内の攻撃で下半身を喪失したノイントを格納してしまったので、何となくタイミングを失ってしまう。

 

(いや、今はとにかく逃げるのが最優先)

 

気持ちを切り替え、フェリシアを横抱きにして可能な限り気配を消してその場から遁走する。

フェリシアも浩介の意図を汲んでくれたようで、それ以上何も口にすることなく静かに気配を殺す。

土煙が晴れる頃には当然二人の姿はそこにはなく、三名は無事死地からの脱出に成功するのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「ってな具合だな。ま、俺と合流した時にはお前はもう意識をなくしてたが」

「悪鬼変生の副作用ですね。最近は意識が回復するまでの時間もだいぶ短くなったのですが、英霊を憑依させる負荷は大きかったということですか」

 

丸二日眠り続けたとなれば、悪鬼変生による体への負荷は解消されているはずなのだが…未だに脳からの命令に対する身体の反応は鈍く、思うように力も入らない。これは、完全快復にはさらに時間を要するだろう。

 

「あ、話し終わりました? これ、かなり適当ですけど、どうぞ」

「申し訳ありません、お手間をおかけしました。それと、遅くなりましたがおかげで九死に一生を得ました。此度の助力、誠にありがとうございます、遠藤殿」

「や、やめてくださいよ! 俺なんて、全然……」

 

一見すると怜悧な美女でありながら、柔らかく穏やかにほほ笑む表情に落ち着かない浩介。

加えて深々と感謝の意を表されては、もうどうしていいかわからずつい謙遜してしまう。

そして、そんな謙遜など生真面目なフェリシアが許すはずもなく……。

 

「いえ、あなたがいなければ私の命はありませんでした。メルドもまたあなたに救われたも同然、このご恩は、いつか必ず」

「こういうクソ真面目な奴だからな、気にしなくていいぞ浩介」

「……あなたはもう少し弁えなさい」

「知らない仲でもなし、そもそも堅苦しいのは苦手なんだよ」

「礼節の問題を言っているのです! 衣食足りとて礼節を知らなければ……」

「あ~あ~、やかましい! 病み上がりは大人しくしてろ!」

(……全然タイプ違うけど、結構いいコンビ…なのか?)

 

なんとなく、クラス委員長といい加減な同級生みたいだな…と思ってしまう浩介だった。

 

「それで、ここは?」

「騎士団に入る前からの悪友の物置だ。昔からの隠れ家ってところだな。騎士団に入ってからもちょいちょい……」

「ちょいちょい…なんです」

「いや、なんでもねぇ」

「サボってたんですか? それとも女でもつれ込みましたか? 怒りませんから言ってみなさい」

「だぁ! 今はそれどころじゃねぇだろ! これからどうすんだって話だ!」

「……いいでしょう。とりあえず、私たちはもう王城には近づけませんね。私もメルドも死んだことになっているでしょうし、遠藤殿も……」

 

丸二日潜伏し、なおかつ追手がかかっていないのならそう判断して問題ないだろう。巻き込んでしまった浩介には申し訳ない限り…と思っていたのだが。

 

「あ、俺たぶん大丈夫です」

「は?」

「……そうだな。浩介なら、あの場にいたことも気づかれていないだろう」

「いえいえ! 確かに遠藤殿の隠形は見事でしたが、この二日間王城に戻っていないのでしょう?」

「俺の代わりに飯だのなんだの揃えてもらったがな」

「死んだはずの人がうろついてるわけにもいかないですからね」

 

この二日間、浩介は外を出歩けないメルドに代わり色々と雑事を担当していた。王城に戻ろうと思えば戻ることもできたが、フェリシアが心配だったのと、戻った後もう一度様子を見に来られるかわからなかったからというのもある。

 

「流石に、二日も行方知れずになれば不審に思われるでしょう」

「……いや、浩介ならそのまま忘れられている可能性がある」

「………………………………………自分で言いたくないけど、マジで忘れてそうなんだよなぁ」

「は、はぁ……」

 

ちなみに結論を言うと、本当に忘れられていた。

この後、情報収集がてら王城に戻ってみれば浩介のことは全く騒ぎになっておらず、級友たちに挨拶すれば「おわっ、お前いたのか!?」と言ういつもの反応。しばらく見なかったということにすら気付かれず、密かに浩介は涙した。

 

「しかし、思っていた以上に状況が悪いですね」

「ああ。王城のど真ん中にあんな結界が張れたということは、つまり中枢は神の使徒の支配下と考えた方が良いだろう。その上……」

「……まさか、檜山が」

「ああ、俺も信じたくはないが、アレは間違いなく大介だった。正気とは思えない様子もあったが、操られているというのとも違ったように思う」

「アイツ、何考えてやがんだよ! ベヒモスの一件で懲りたんじゃなかったのかよ……」

「檜山大介…ですか。遠目に見た限り、こう言っては何ですが彼は小物でしょう。とてもではありませんが、これほどの大事を引き起こせる器とは思えません」

 

確かに大介のステータスは高い。だが、彼の人間としての器は狭量だ。メルドの暗殺だって、とてもではないが自分で計画し実行できるような度胸があるとは思えない。彼にできることと言えば、精々その場の感情と勢いに任せての場当たり的な凶行に及ぶくらいだろう。

王国中枢への干渉はノイント達の仕業と考えれば納得はいくが……

 

「……単独犯、と考えるのは早計ですね」

「それはつまり、他にも大介と同じように神の側に付いた奴がいると?」

「狙いも目的もわかりませんが、そのつもりでいた方がいいでしょうね」

「マジかよ……」

 

メルドもそうだが、それ以上に浩介が大きくショックを受けている。無理もない話だ。クラスメイトの中に、目的を同じくする仲間のはずなのに、恩人を殺そうとする者がいるなど考えたくはないだろう。

 

「とはいえ、迂闊に探りを入れるのは危険ですね。下手をすれば、それこそ神の使徒を引っ張り出しかねない。遠藤殿、くれぐれも慎重にお願いします」

「は、はい」

 

巻き込んでしまった手前、フェリシアとしても浩介に対し余り隠し事はしたくない。彼の身の安全のためにも情報の開示は必要と考えたのだが、それは同時に彼を味方に引き込むも同然だ。

実際、彼も話を聞いて「自分にも何かできることはないか」と申し出た。トータスの神の真相は、浩介にとっても他人ごとではない。何しろ、故郷へ帰還するためのおよそ唯一と言っていい可能性だったのだから。それがまやかしかもしれず、それどころか自分たちを玩弄しようとしているとあっては、知らぬ振りなどできるはずもない。

せめてもの救いは、ハジメたちが別口から帰還の可能性を求めて旅をしており、クラスメイトに対し出し渋るつもりは(一応)ないということだろう。

 

「………………………………なぁ、浩介」

「はい?」

「お前、神山に潜り込めないか?」

「えっ……」

「メルド、それは……」

「危険なのは確かだ。だが、浩介なら可能性がある。なにより、今の俺たちに味方と言える者はあまりに少ない。その点、雫と愛子殿は味方と断言できる数少ない相手だ。心情的にはもちろんだが、実利の面でも失うわけにはいかん。場合によっては、神山からの救出も必要になるだろう。なら、正確な居所と警備の状況を把握しておくのは必要じゃないか?」

 

メルドの言は正しい。実際、数少ない味方である雫と愛子救出のためには神山内の情報収集は必須。いずれ彼女たちも解放される…というのは、希望的観測が過ぎる。

 

「……俺、やります。王城と神山、どっちも調べてみようと思います」

「遠藤殿……」

「正直、戦闘じゃとてもじゃないけど役に立てるとは思えませんけど、潜入とかならいけると思うんです。放っておけない…ってのももちろんありますけど、それ以上に自分のためですよ。このままだと、真面目に俺たちバッドエンドまっしぐらっぽいですし」

「………………………………わかりました。あなたの勇気に、敬意を」

「提案しといてなんだが、くれぐれも無茶するなよ。王城には使徒がいる可能性があるが、神山はその総本山だ。いない…と考えるのは楽観的過ぎるからな。ヤバそうなら深入りしない、時間をかけても慎重に、今はまだ救出じゃなく居所の把握と情報共有が目的だ。それと、落ちてるものは拾わないのと、知らない相手に話しかけない、あとは……」

「いやメルドさん、俺子どもじゃないんですけど!?」

「……………………………存外子ども好きというか、面倒見がいいですよね、あなたは。思えば、私のことも……もしや、そういう趣味が?」

「ねぇよ!!」

 

その後、浩介は隠れ家と王城、そして神山をこっそり行き来することに。悲しいことに、クラスメイトはおろかメルドやフェリシアですら、偶に彼の存在に気付かなかったり忘れちゃったりするのだが……それが大いに役に立ったのだから良しとすべきなのだろう、多分。

 

「さて、王城と神山のことは浩介に任せるとして…俺たちはどうする?」

「もちろん、できることをします。さしあたっては…コレですね」

「こいつは……」

 

まだ完調とはいかないものの、立って歩けるくらいには回復したところでフェリシアはある作業に着手した。それは……

 

「神の使徒、か」

「はい。今の私の右腕は彼女のものですが、正直他の魔物とは一線を画すほどに強力です。完全な状態でないのが悔やまれますが、贅沢は言っていられません。彼女の身体を解体し、細胞レベルで同化します」

「……改めて聞くと、とんでもないことだよな。聖教教会の連中が聞いたら、卒倒するか激怒するか……」

 

神の使徒、ノイントの肉体性能は悪鬼変生状態のフェリシアをも上回る。その性能は、数多の魔物を食し奇跡的なバランスで取り込んだハジメのそれに匹敵する。

なら、もしもフェリシアがノイントの肉体性能を得られれば……悪鬼変生による上乗せ分も考えれば、今後また神の使徒と戦う上で大きなアドバンテージになる。

 

「おそらく、今後これ以上の素体を得ることはないでしょう。ですのでこの機に、彼女の身体をベースに自身の()()()を図ろうと思います」

「本気、なんだな」

「……常々思っていたことですよ。天魔転変による変態は、私自身が培ってきた技術や経験を十分に活かすには不向きです。複数の腕や足、目はそれはそれで有用ではありましたが、持て余す部分もありましたから。ですので、やはりベースは人型が好ましい。その上で、状況に応じて肉体構造を作り変えるのが良いでしょう」

「……ま、俺がとやかく言うことじゃねぇか。それなら、固有魔法はどうする」

「彼女の固有魔法は強力ですから、手に入れられるのなら手に入れたいところですね。まぁ、悪鬼変生の方が肉体にかかる負荷は大きいので、その軽減を考えるのならこちらを固有魔法にするのが良いでしょう。そちらについては、努力目標と言ったところでしょうか」

 

その後、フェリシアはノイントの身体の腑分けを行い、部位ごとに徐々に徐々に自身の肉体と同化していくと同時に、悪鬼変生の固有魔法化も進めていく。

その中で分かったことなのだが、ノイントの肉体はともかく魔石についてはすこぶるフェリシアと相性が悪かった。そのため、数多くの魔石を取り込んできたフェリシアだったが、ノイントのものだけは断念し、その肉体性能だけを手に入れるにとどまった。

ただ、その代わりと言っては何だが……

 

「ふむ……」

「どうした?」

「いえ、世の中には不思議なこともあるものだと」

「?」

(まさか、これほどまでに相性が良いとは驚きですね。そうなると、できれば完品に近い素体が手に入ると良いのですが……)

「ところで、俺の方はどうなんだ?」

「ああ、そちらも目星がつきました。私の施術と並行して、あなたにも変成魔法を施しますが…本当にいいのですね」

「……今の俺じゃ足手まといにしかならんからな。せめて、できることをさせてくれ」

「承知しました。では、こちらに」

 

ハイリヒ王国での神の暗躍は続いている。しかし、それに対する反抗の芽もまた着々と準備を進めていた。

 

「おい、今見慣れない鳥が来てなかったか? って、なんだそりゃ…手紙か?」

「……ええ、私の気配を追ってきたのでしょう。どうやら、まだまだ諦めるには早いようですよ。

 さ、お行きなさい。どうか、みなの下に無事にたどり着けるよう」

 

“王国にて待つ、卿らの歩みが自由なる意思の下にあらんことを”

 

 

 

  *  *  *  *  *

 

 

 

「あ~、ひっでぇ目にあった」

「ん、やっぱり解放者は性格が悪い」

「男の人たちはそうでもないと思うんだけど、女の人たちがねぇ……」

 

未だかつてない種類の試練に、肉体よりも精神的な疲弊が強いらしく、なんだかげっそりとした様子でぼやき合うハジメとユエ、それに香織の三名。周囲の仲間たちも、程度の差はあれ疲労感がにじみ出ている。

 

まぁ無理もないだろう。肉体的なものならまだしも、精神的な疲労はサーヴァントにも等しく影響を与えるのだから。そして、ハルツィナ樹海の試練は氷雪洞窟やメルジーネ海底遺跡同様、肉体よりも精神を責め立てる類のもの……なのだが、直前の試練はとりわけ質が悪かった。

現れたのは乳白色のスライム、ただし無尽蔵と言っていい量。ハジメやサーヴァントの警戒網をも潜り抜ける隠密性も厄介ではあったが、問題なのはその性質だ。戦闘能力はほぼ皆無、代わりにその粘液に触れた対象に強烈な「媚薬効果」をもたらす。身体を駆け巡る快感は魔法の行使を阻害し、時間が経てば経つほど正気を失って快楽のまま性に溺れることになる。

あと、オマケで絵面もヒドイ。考えなしに蹴散らすと飛沫が飛び散って白濁塗れになるのだ。

 

強力な各種耐性を持つハジメに影響を与えるほどではなかったが、他の面々はそうはいかない。

皆が皆、それぞれなりのやり方で快楽に耐えた。ある者は瞑想し、またある者は煙草をふかし、ある者たちは互いの得物をぶつけ合うことで発散した。

これは強力な毒への耐性を持つ立香も例外ではない。彼のそれは「自分に害のあるもの」というふわっとした定義により作用するので、媚薬効果にはイマイチは反応してくれない。

おかげで、みんなと一緒に奥歯を食いしばって性的欲求に耐える羽目に。

 

「と言う割にはお主、割とケロッとしておらんかったか?」

「……あ、クラルスさん。すみません、あと50キロ離れてもらえます?」

「遠すぎじゃろ!? あ、マズイ…遅ればせながら快楽に溺れそうなのじゃ…危なかった、これがご主人様だったら堕ちておったやも知れぬ」

「地獄に落ちちまえばいいのに、この駄龍」

「あふん!?」

 

やっぱりこのコンビ、実はすっごく相性が良いのではなかろうか…と、傍から見ている面々は思った。

駄龍はともかく、ご主人様の方は断固として否定するのだろうが。

 

「でも、実際立香さんあんまりつらそうじゃなかったですよね? なんでなんですぅ?」

「………………………カルデアではね、色香に惑うと一巻の終わりな“女の化身”がいるから」

「そう、ですね。これがフェルグスさんやメイヴさんだったら、危なかったかもしれませんが……」

 

性というものに奔放と言うか、遠慮がないというか…あの辺が一緒じゃなかったのは幸運だろう。

 

「しっかし……」

「どうかしたのか、ロビン殿」

「いや、あの夢の世界から出てきたときのマスターの一言、実に“らしいなぁ”っと思いましてね」

「なるほど、確かに同意しよう」

「そう、ですね。とても、とてもマスターらしいお言葉かと」

 

“ごめんごめん、懐かしくてつい長居しちゃったぁ”

 

それが、最後に夢の世界から出てきた立香の最初の言葉だった。アレには、そろそろ辛抱の限界だったハジメも肩透かしを食らい、「しょーがねぇな」とボソッと悪態をついた。残りの面々も面食らったように目を丸くした後、苦笑いを浮かべたものだ。

誰も彼もが、大なり小なりとはいえあの夢の世界に不快感を示す中、彼だけはアレを「よかった」と口にした。そして、その上で最後は躊躇なくそこから出てきたのだ。

 

夢の世界慣れしている、と言うのもあるのだろうが、それ以上に……

 

「早いとこ、落ち着いて欲しいもんですけどねぇ……」

 

それが、少なくともこの場に召喚されたサーヴァント一同の共通の思いだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

その後、彼らはハルツィナ樹海最後の試練に挑むことになる…のだが、一言で言うと「ブリュンヒルデ大暴れ」だった。

最後の試練は好悪の感情の反転。「愛するものを嫌悪し、嫌悪するものを愛する」ようになるこの試練は、感情に左右されず、仲間との絆を信じられるかを問う試練だった。ただ、解放者は毎度おなじみの性格の悪さをいかんなく発揮し、エネミーとして“巨大ゴキブリ”を配置。普段であればひたすらにキモイだけのそれを、好悪の反転で愛でる羽目に。

この時点で十分にひっでぇ話なのだが……今回は相手が悪かった。

 

元々「愛情=殺意」なブリュンヒルデ、そんな彼女が巨大ゴキブリ共に好意を抱いたらどうなるか…言うまでもあるまい。“思い槍(虐殺)”である。

 

「………………………………俺ら、出番なかったな」

「まぁ、ブリュンヒルデさんですので」

「おお我が愛よ、勇ましくも美しいその姿…当方は通算40671回目の一目惚れを経験したぞ」

「それもう一目惚れじゃないですぅ」

「って言うか数えてたんですか?」

「ああ、そんな…あなた。私とても…とても困ってしまいます。あまりそのようなことをおっしゃらないでください。そうでないと私、またあなたを殺してしまう」

「のう、既に思いっきりぶっ刺さっておるんじゃが、そのへんどうなんじゃ?」

「ふっ……無論、喜ばしい。これもまた、我が愛の愛なのだから」

「はーい、治癒魔術かけるから大人しくしててね。ガッツがなかったら即死だったんだから」

「……ん、これが愛。私も負けていられない」

「いや、ユエ? これは流石にちょっと……」




次回からはメインの視点がハジメ・立香組に移動の予定。いよいよ本章も終盤かなぁ。
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