ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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終わらねぇ~!!!

何が終わらないかは、読んでいただければわかるかと。
折角の三連休、創作意欲も鰻登りなうちに良い所まで行きたいのに~。


004

ハイリヒ王国王宮内、召喚された生徒たちそれぞれに与えられた私室の並ぶ一角。

正午を回ろうかと言うこの時間帯、生徒たちはもっぱら訓練や早めの昼食のために部屋の外にいることが多い。

また、部屋の清掃やベッドメイキングも朝の内にメイドたちが済ませてしまうこともあり、この区画に人の気配はない……はずだった。

 

しかし、今は少々事情が違う。

先日行われたオルクス大迷宮での初訓練。

経験豊富な騎士団員を多数同行させ、足手纏いがいてもカバーできるよう進んでも20層までとするなど、安全管理には万全を期した。

 

にもかかわらず起きてしまった、練達の騎士団員たちでも対処しきれない不測の事態。

結果、率先して対処に当たった騎士団員たちを中心に多数の負傷者を出し、そして召喚者の中から死者・行方不明者が一名。

 

それまで順調と言って良い成長を見せていた召喚者たちだったが、この一件が各人の心に与えた傷と衝撃は大きかった。

生命の危機に直面した恐怖もそうだが、よく見知ったクラスメイトが目の前で奈落の底へ落ち、思ってしまったのだ「次は自分かもしれない」と。あるいは、遅ればせながら気づいたのだろう「生命の儚さ」を。

マシュが懸念し続けた事態、その一端が現実のものとなってしまったのだ。

 

あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王都へと戻った。

とても迷宮内での実戦訓練を継続できる雰囲気・状況ではなかったし、勇者の同胞が死んだ以上、国王や教会上層部にも報告が必要だったことから、当然の対応だった。

また、生命に関わったり今後の活動に支障をきたしたりするような重傷者こそいなかったが、もう二名意識不明の生徒がいたのも大きい。一名は特に外傷などはなかったものの、反面もう一名の体の内側はボロボロだった。

 

ホルアドの宿では回復系魔法の使い手に治療に当たらせ、王宮に戻ってからも高レベル治癒師が力を尽くした。

おかげで、丸二日を要しはしたものの、彼女の体を傷ひとつない状態まで回復させることができた。

少女……マシュのそんな状態もまた、生徒たちの心に負荷を与える一因になってしまったのは皮肉なことだろう。

 

騎士団側の動きは迅速かつ的確だった。

ホルアドに滞在する時間を極力短くし、マシュの治療と並行して最速で王都へと帰還を果たすことで、少しでも早く最悪の記憶から離れるようにしたのだ。

その後も、勇者一行の精神的ケアのために奔走している。

 

とはいえ、その全てが功を奏したわけではない。

迷宮内でのことがフラッシュバックして恐怖に震える者、不安感から周囲に苛立ちをぶつける者がチラホラ現れ、中には自室に引き籠る様になってしまった者までいる。

今も、必要なものにはカウンセリングの様なものが行われたり、引き篭もってしまった者の部屋の前では定期的に声がかけられたりしている。

他にも、彼らほど顕著ではないながら暗く塞ぎがちな生徒たちを、気分転換に王都観光に連れ出すなどの配慮が継続して行われている。

 

あるいは、王国・教会側の人間が死者に鞭打つような態度を見せたことも一因にあるかもしれない。

当初こそ愕然とした彼らだったが、唯一の死者が(彼ら基準で)無能の“ハジメ”と知って安堵の息を漏らしたのだ。ハジメは生徒の間からも評価が高かったわけではないが、自分なりのアプローチで皆に貢献しようとする姿勢に、徐々に評価が上がってきている最中だった。

特に親しくしていたわけではなかったとしても、“死んだのが無能でよかった”と態度に出されては、穏やかではいられない。自然、生徒と王国・教会側の間には軋轢が生まれていた。

 

それらが複雑に絡まり合い、王宮内はどこか落ち着かない雰囲気で満ちている。

 

そんな中、マシュは今も自室の豪奢な天蓋付きベッドで昏々と眠り続けていた。

身体の傷は全て治療できたのに、なぜ目覚めないのか。

同じく意識の戻らない香織については、ある程度理由がわかっている。

しかし、彼女については本当に何もわからない。

香織と違ってマシュは決定的な場面を目撃していないので、精神的な要因ではないだろう。

かと言って、肉体的には問題はない筈、なのに目覚めない。

 

友人たちは意識の戻らない二人を心配し、訓練に身が入らないこともあって、足繁く二人の部屋を訪れている。

特に雫は、一日の大半を二人の部屋を行き来して過ごし、食事すらどちらかの部屋で取っているほど。

今日もまた、彼女は二人の部屋の花瓶を新たな花と交換しながら、目覚めぬ友人の様子を見守っていた。

 

「……私は、どちらを望んでいるのかしらね」

 

花を片手に廊下を歩きながら、小さく零す。

目覚めて欲しいのか、目覚めてほしくないのか。彼女自身にすら判然としない。

二人が今の状況を、ハジメへの王国・教会側の仕打ちを知れば、怒るだろうか、悲しむだろうか。

いずれにせよ、誰よりも心を痛めることだろう。

 

香織は、心からハジメのことを想っていた。

 

マシュは、ハジメを生かすために身を削って戦った。

 

そんな二人が直面するであろう現実を思うと、雫の心はどうしようもなく重くなる。

気付けば、目の前にはマシュの部屋の扉。

本来ならそれぞれに付けられた専属のメイドに開けてもらうのだが、同性であり親しい友人という事もあり、雫は二人の部屋の鍵を預かっている。決して、どう見たって年上の筈のメイドさんから「お姉様!」呼びと共に鍵を渡されたわけではない。きっと、あれは心身ともに疲れた雫の幻聴だ。そうに違いない。

 

(コンコンコン)

 

どうやらこの世界でも、親しい間柄でのノックは3回が基本らしい。

案外知られていないことであり、雫も最初は知らなかった。

まさか、二回がトイレ用とは知らず、お付きのメイドがこっそり教えてくれた時は赤面したものだ。

 

それはともかく、親しき仲にも礼儀あり。

返事はないと知りつつやったノックには、やはり何も返ってこない。

 

「マシュ、入るわよ」

 

最後にそう一声かけてから扉を開ける。

しかしそこで、彼女は思いもよらないものを見た。

 

「マ、シュ?」

 

ベッドに身を横たえたまま顔だけを扉の方に向け、だが確かに瞼を開けてこちらを見る友人の姿。

まだ意識がはっきりしないのか、僅かに遅れてマシュは少しばかりずれた返事をする。

 

「雫、さん? えっと、おはようござい…まふっ」

 

最後まで言い切るより前に、駆け出した雫がマシュを抱きしめる。

これが自分の夢でないことを確かめるように。

強く強く、だが細心の注意を払って。

 

「雫さん…苦しい、です」

「ごめんなさい。でも、少しだけこうさせて」

「? ……はい」

 

理由こそわからないもの、肩を震わせる雫を静かに受け入れる。

聞きたいことは色々あるが、マシュは焦らない。

雫に抱きしめられた時の衝撃で、それなりに頭がはっきりしたおかげだ。

彼女は抱きしめられながら周囲に視線を配り、ある程度自らの置かれた状況を理解する。

 

(ここは……王宮の私の部屋。つまり、あれからそれなりに時間が経っているという事。

 その間ずっと意識がなかったとすれば、雫さんが心配するのは当然ですね)

 

心配をかけてしまったことを申し訳なく思いつつ、見たところ彼女に怪我がない事に安どする。

どうやら、無事に迷宮を脱出することができたらしい。

ならば、あの時の無茶も無駄ではなかった。そう思うと、少しだけ誇らしい気持ちになる。

 

(ブーディカさんならきっと……っ! これは……)

 

かつて自分がそうしてもらったように、雫のことを抱きしめ返すなり、頭を撫でるなりしようとしたところで、マシュは自身の体の異常に気付く。

 

(腕が、上がらない? いえ、動かすことはできるけど……あの時の反動ですか)

 

身体が、魂が、霊基が軋む感覚を自覚しながら続けた無茶。

反動があることは覚悟の上だったので、“やはり”と言うべきだろうか。

全く動かないわけではないのだが、酷く重く碌に持ち上がらない。痛みがないのが不幸中の幸いだろう。

 

思い返してみれば、声を出すのにもかなりの労力が必要だったように思う。

仕方なく、マシュはしばらくの間されるがままになることにし、これからのことに意識を傾ける。

 

時間一杯まで使うと歩くのが精一杯になってしまうが、それ以上になるとこれほどの反動が来るらしい。

これは迂闊に使うわけにはいかないだろうと、改めて自らを戒める。

 

やがて雫も落ち着いてきたのか、抱きしめる力が緩んできた。

そこでマシュも、整理していた質問事項を訪ねるべく口を開く。

 

「雫さん、あれからどれくらい経ちましたか」

「……もう三日になるわ」

「そんなに……あれからどうなったのでしょう? どうやら、無事に脱出できたようですが」

「……………………………………」

「雫さん?」

「…………マシュ、落ち着いて聞いて。実は……」

 

雫の口から語られた内容は、マシュにとっても大きな衝撃だった。

彼女が意識を失った後、作戦通りハジメはベヒモスを足止めし続け、体勢が整ったところで離脱を開始。

ここまでは良かったのだが、ハジメに代わる足止めとして放たれた魔法の雨の中から一発が逸れ、直撃。

ハジメは奈落の底へ落ちてしまったのだと言う。

また、香織は必死に手を伸ばすが届かず、自分も飛び込んでしまいかねない勢いだったようで、最終的にはメルドの手で気絶させられたらしい。

 

「そんな……私が、しっかりしていれば……」

「マシュのせいじゃない! あなたはボロボロになってまでベヒモスを相手取ってくれたわ。感謝こそすれ、非難する人なんていないし、させない。香織もきっと、同じことを言うと思うわ」

「……は、い。そういえば、白崎さんは?」

「まだ眠っているわ。治癒師の人が言うには、精神的ショックから心を守るための防衛措置じゃないかって」

「そう、ですか」

 

意識を失っている間にそんなことになっていたとは知らず、マシュの表情が後悔に歪む。

意識があったところで、あの時の彼女に何ができたわけでもない。そんな余力はなかった。

では、切り札の使いどころを見誤ったのかと言えば……それは結果論に過ぎない。

あの時はハジメが確実にベヒモスに接近・足止めできる状況を作ることが最善だと思ったし、それは正しい。

まさか、最後の最後でそんな事故(・・)が起こるなど……可能性がなかったわけではないが、計算に入れるには低い可能性だった。マシュの判断は間違っていない。

 

ただ、メルドなどは単純な誤爆とは考えにくいと判断しており、生徒たちからの事情聴取を今も上層部に訴えている。

仮に本当に流れ弾による事故だとしても、白黒はっきりさせた上でケアすることが、長期的には最善と確信しているからだ。むしろ、有耶無耶にする方が後々で問題になる可能性すらある。

しかし、上層部は生徒たちへの詮索を禁じた。教皇と国王の双方から命令されては、一騎士団長に過ぎないメルドにはもうできることがない。

助けると口にしながら何もそれを果たせず、今も何もできずにいることに、メルドが心を痛めていることを知る者は少ない。

 

「それでマシュ、あなた身体の方はもう大丈夫なの? 一応、傷は全て治ってるはずだけど……」

「え? それは……もちろん、大丈夫で」

「嘘」

「うっ……」

「苦手そうだなって思ってたけど、やっぱりね。あなた、本当に嘘が下手。

 私だってそう鋭い方じゃないと思うけど、それでもわかるもの」

「いえ、雫さんはむしろ鋭い方だと……」

「はいはい。で。実際の所は?」

「……ほとんど力が入りません。腕を上げるのも一苦労で……」

「なるほどね。どうりで、身体を起こす時に力が入ってないと思ったら……」

 

話し始める前に上半身を起こす際、雫も背中に手を添えて手伝ったのだが、あまりにも力が入っていなかった。

その時から、ある程度察していたのだろう。

 

「あの時の力が原因?」

「はい。本来なら十数秒で解けてしまうのですが、どうやらやろうと思えばそれ以上もできるらしく……。

 一応、時間内であれば一時的に身体が動かなくなる程度で済むんですが」

「それだって十分大事だけど……まぁ、あれだけの力だものね。納得がいくと言えばそうだけど。

 ……ああ、そうね。先に言わなきゃいけないことがあったんだった」

「え?」

「ありがとうマシュ。私たちのために、身を削って戦ってくれて。本当に感謝してる」

 

居住まいを正し、深々と頭を下げる。

そう、本当なら最初に言わなければならなかったこと。

伝えなければならない嫌な知らせが多いことから失念してしまっていたのだ。

 

「そ、そんな!? 頭を上げてください! 私は結局何も……」

「確かに南雲君を助けられなかったけど、それは私たち全員の責任よ。あなたが一人で背負うようなことじゃない。むしろ、あなたが一番頑張ってくれたんだから」

「…………」

 

確かにそうではあるが、だからと言って気楽に流せるようなことではない。

しかし、視線を上げれば雫の表情も苦い。彼女もまた、責任を感じているのだろう。

とその時、マシュの脳裏にある王の言葉がよぎる。

 

「『過程と結果はワンセットじゃない。結果を出せない努力に意味はない、なんて愚かしい詭弁だ。過程と成果はそれぞれ独立したものだよ』」

「ああ、それは確かにそうかもしれないわね」

「私ではなく……」

「例の機関の人?」

「ええ、まぁ……」

 

こういう時、ある程度事情を知っている相手がいることはありがたい。

隠し事が多い身とはいえ、それなりに正直に話をすることができるのだから。

 

「そういえば、何か欲しいものとかある? その身体じゃ、何か取りに行くのも大変でしょ。

 今からみんなに伝えてくるけど、何かあれば取ってくるわよ。あぁ、お腹はどう? 何日も食べてないけど」

「そう、ですね……軽食など戴ければと。

あと、私の端末とステータスプレートを取っていただけますか?

 身体のことも含めて確かめたいことがあるので」

「スマホのこと? いいけど、まだ電源生きてるの?」

「特別仕様なんです」

「なるほど……」

 

普通ならすでにバッテリー切れになっているだろうが、そう言われれば納得もできる。

正確には、フランケンシュタインのスキル「ガルバニズム」を解析・応用し、所有者の魔力をバッテリーに変換する機能があるのだ。直流・交流コンビを競合させることで、より高性能なものが日夜開発されている。

おかげで、所有者さえ健在なら、事実上バッテリーの心配がいらない便利仕様だ。

もちろん、いくら多少事情を説明しているとはいえ、話せない内容の一つだが。

 

「はい」

「ありがとうございます」

「……どう?」

「すべてのステータスが十分の一以下まで下がっています。恐らく、これが反動なのだと……」

「また厄介な……」

 

回復するかどうかも、今の段階ではわからない。

時間経過で回復してくれればいいが、そうでないなら事実上の戦線離脱だ。

他にも離脱する者は出てきそうだが、いま愛子が生徒たちを守るため、言葉と立場、実績や能力を武器に必死に国と教会の上層部を相手取って戦ってくれている。『作農師』という天職と農耕関係で出鱈目な技能を有し、すでに実績を上げている愛子の言葉ならば無視はできまい。

恐らく、希望者の戦線離脱は認められ、それなりに今後の生活も保障されるだろう。

マシュも仮に回復しない、ないし回復が遅くとも、生活に心配はいらないはずだ。今の状態が長く続くなら、長期的な介助が必要だろうが、それも含めて。

 

まぁ、実の所、一時的にせよベヒモスを圧倒した彼女には、光輝と同等の期待がかけられているので、回復のために全力が尽くされるだろうし、回復すれば戦線離脱は流石に認められないだろうが。

その意味では、雫としてはいっそ完全回復しなくてもいいのではと思ってしまう。

 

(そりゃあの力は強力だけど、その度にこんなことになるくらいなら……)

 

危機的状況の度に友人が身を削って戦うなど、誰が望むものか。

マシュ一人に全てを背負わせるなど、あって良い筈がないのだから。

 

「それじゃ行ってくるけど、くれぐれも無理しないのよ。今はゆっくり体を休めること、いい!」

「ふふっ、はい」

「よろしい。それじゃ、またあとで」

 

まるでオカン(エミヤ)のようなことを言う雫がおかしく、ようやくマシュにも笑顔が戻った。

それにとりあえず満足した雫は、報告がてら軽食を貰いに部屋を後にする。

だが、雫の姿が見えなくなったところで、マシュはベッドに体を横たえると涙を堪える様に瞼を閉じる。

そうしなければ、今にも目から涙があふれそうだったから。

 

(先輩に……会いたい。私、どうしたら……)

 

今の自分にできる範囲での全力は尽くした。それは間違いない。

しかしそれは結局、なにも為すことができなかった。

 

一緒に生きて帰って欲しかった。

誰にも死んで欲しくなかったし、傷ついて欲しくなかった。

 

香織の意識が戻ったら彼女はどうなってしまうのだろう。

心が壊れてしまわないだろうか。

彼の後を追ったりしないだろうか。

そんな不安が後から後から溢れ出し、後悔と自責の念に苛まれる。

 

先ほどは騎士王の可能性の一つの言葉を引用したが、それでも心を軽くするには至らない。

過程においては全力を尽くしたが、結果が伴わなかった。

結果を出せない努力に意味はない、と言いたくなる気持ちもよくわかる。

 

(助けて、先輩……)

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

マシュが目覚めてからさらに二日後、香織も遅れて無事意識を取り戻した。

流石に相当取り乱したらしいが、それも雫のおかげで落ち着きを取り戻したと聞く。

マシュと違って身体には問題がなかったことから、直ぐに見舞いにも来てくれた。

 

第一声は感謝の言葉、続いてマシュの身体を気遣い、治癒師としてマシュの身体を治すために全力を尽くすと息巻いていた。

その時の彼女は、目を赤く泣きはらしながらも確固たる覚悟と決意を秘めた“強い目”をしていた。

ハジメの後を追ってしまうのではという不安は、杞憂だったらしい。

 

また、他の友人たちも少しずつ心を立て直してきているようだ。

マシュの見舞いに来る頻度はやや減り、代わりに訓練を再開した者もいる。

ペースも程度も違うが、少しずつ目に生気が戻ってきていることには一安心だろう。

 

そうして、さらに三日が経った。

オルクスでの悲劇から丸八日。

マシュが目覚めてから五日が経っている。

そんな日の夜、中々ベッドから移動することもままならないマシュの部屋に、雫と香織が訪れていた。

 

「それで、身体の調子はどう? 少しは良くなってるの?」

「魔法の方は全然効果なしなんだけど……」

「ええ、一応少しずつですが回復してきています。今日は一人で食事もできましたから」

「逆に言うと、今までは食べさせてもらわないとダメだったってことよね?」

「……はい」

 

確かに回復はしてきているが、それでも完全回復までの道のりは遠い。

 

「数値的に見ると、五日間で平均5ほどですね」

「つまり、一日かけて1回復するペースね」

「マシュちゃん、元々高いのだと200超えてたんだよね?

 だとすると、完全に戻るには何ヶ月もかかりそう……」

「はい、ご心配おかけします」

「別に責めてるわけじゃないの。まぁ、心配してるのは確かだけど」

「マシュちゃん、絶対無理しちゃだめだよ。もう十分すぎるくらい頑張ったんだから、今はしっかり休んでね」

「そうそう。愛ちゃんも言ってたでしょ? 休むのも大事だって」

「わかってはいるのですが……」

 

それでもジッとしていられないというのが本音だ。

実の所、人のいないタイミングを見計らってリハビリしているのは、言わない方が良さそうだ。

なんとなくだが、キッツイお叱りを受けそうな気がする。

 

「そういえば、またオルクスに向かうと聞きましたが、本当ですか?」

「今すぐじゃないけど、近いうちに…ね。ま、この子はいまにも突っ込んでいきそうだから、止めるのが大変なんだけど」

「うん。確かめたいことが、あるから」

 

お付きのメイドから聞いた話を振ってみると、そのような答えが返ってきた。

マシュとしては早過ぎる気もするが、二人とも意思は堅いように見える。

特に香織の場合、目覚めてすぐに見舞いに来た時の目を思い出すと、梃子でも動かないだろう。

彼女がどんな決意を秘めているかマシュは知らないが、誰にも覆せないだろうことはわかる。

それがきっと、その「確かめたいこと」と関係しているのだろう。

そして、マシュにもそれがなんとなくわかっていた。

 

「南雲さんを、探しに行くんですね」

「…………マシュちゃんも、南雲君は死んでるって思う?」

「それは……」

「わかってる。雫ちゃんにも同じことを言われたし、あそこに落ちて生きてる方がおかしいっていうのも。

 でも、誰も確認したわけじゃない。可能性はないも同然かもしれないけど、完全なゼロじゃない。

 だから私は……信じたい。自分のこの目で確かめるまで、私は南雲君が生きてるって信じたいの」

 

香織は決して気が触れたわけではない。

生存の可能性が限りなくゼロに近いことは理解している。

理解した上で、それでも微かな生存の可能性を信じ、ハジメを助けに行こうというのだ。

強くなって、今度こそ守れるように。

 

その決意を、その覚悟を、どうして否定できるだろう。嗤う事ができるだろう。

それにマシュは知っている。限りなくゼロに近い可能性、しかしゼロでないなら現実になることがあることを。

そして……

 

「死んだと思っていた人が実は生きていた、ということは稀に良くあることです。

 ですから、白崎さんは何も間違っていないと思います」

「ふふっ、稀なのによくあるの?」

「ええ、稀なのにこれが結構良くあるんです」

 

マシュの言い回しが面白かったらしく、部屋が笑いで包まれる。

 

「あ~、そういえばしっかり笑ったのって随分久しぶりな気がするわね」

「そうだね。ここの所、訓練とか勉強で忙しかったし、それどころじゃなかったから」

「……すみません。私もいっしょに行けたらいいのですが」

「さっきも絶対無理しないで。今はしっかり休んで……」

「そうそう。というか、無理をするのはこの子だけで十分よ。

 香織のフォローだけで私には手一杯なんだから、これ以上は無理!」

「え~…ひ、酷いよ雫ちゃ~ん」

「事実でしょ、全く。香織の突撃は今に始まったことじゃないけど、ついて行くのってほんと大変なんだから。私じゃなかったらとっくに音を上げてるわよ」

「う~……いつもありがとうございます~」

「よろしい。ま、安心して突っ走りなさい。フォローはしっかりやってあげるから」

 

そんな二人のやり取りを、マシュは優しい眼差しで見守っている。

自分は決して入っていくことのできない、強く深い絆で結ばれた関係性。

寂しいと思うこともあるが、それ以上に……

 

「本当に、お二人は仲が好いんですね。すこし、羨ましいです。

 幼馴染、というのは私にはいませんでしたから」

「いやぁ、幼馴染だからってみんながみんなそういうわけじゃないけど……」

「だねぇ。雫ちゃんが私の一番の親友だからだもん!」

「まったくこの子は……私にとっても同じよ。幼馴染だからっていう部分がないわけじゃないけど、それ以上に親友だからでしょうね。きっと、出会うのがもっと遅かったとしても、そう変わらないんじゃないかしら?」

「親友、ですか。いいものですね」

「何言ってるの、マシュだって親友だと思ってるんだけど、私」

「え、いえ、でも私は……」

 

未だ多くのことを隠している。

雫との距離が近づいたのもこちらの世界に来てからだ。

とても親友と呼んで貰えるような、そんな立派なものではない。

そんなマシュの内心を察してか、雫はやや不機嫌そうな眼差しを向ける。

 

「ふ~ん、つまりそう思ってたのは私だけってこと?

 残念、マシュは私のことなんて何とも思ってなかったのね……」

「い、いえ! 決してそんなわけでは! ただ、その、私にはもったいないというか……」

「友情に勿体ないもへったくれもないわ! お互いが相手をどう思ってるか、それが全てでしょ!

 私はマシュのことを親友だと思ってる! それ以外に何が必要なの、違う!」

「マシュちゃんは雫ちゃんのこと、どう思ってるの? ただのクラスメイト? それとも友達?」

「…………………………………………私も、雫さんのことを大切なお友達と思っています。

 良ければ、親友……と呼ばせていただければと」

「なら、それで良いじゃない。ね?」

「……………………………はい」

 

頬を赤く染めながら、マシュは花開くような笑顔を浮かべる。

生まれて初めての「親友」、そんなものが自分にできるとは思ってもみなかった。

いつか離れ離れになることは決まっている。だがそれでも、この得難い絆を大切にしたい。

そう思う事は、間違っていないはずだ。

 

とそこで、それまでほんわかした笑顔を浮かべていた香織の表情が、徐々に変化していく。

優しげだった雰囲気が段々すねたものになり、ジトッとした視線がマシュと雫の間を往復する。

単刀直入に言って、妬いていた。

 

「で、でも雫ちゃんの一番の親友は私だから! そこは絶対譲らないから!! だよね、雫ちゃん!!」

「…………さぁ、どうかしら? 香織のことは親友だと思ってるけど、一番が不動とは限らないわよねぇ~」

「え~~~~~~~~~~~っ!? そんなぁ~……」

 

雫はイタズラっぽくそんなことを言い、香織は大げさに凹んで見せる。

お互いへの信頼関係があってこそのやり取りだ。

 

(やっぱり、白崎さんには敵いませんね)

「…………………ところで、マシュちゃんにとって雫ちゃんは親友として、私は?」

「え、それは……その、白崎さんのことも大切な……」

「クラスメイト」

「ガ~ン!? 私だけ、仲間外れ……」

「雫さん!!」

「ごめんなさい。マシュってクールそうに見えて反応が良いから、面白くって」

「雫ちゃんのことは名前で呼んでるけど、私は苗字だよねぇ~」

「そうね、確かに距離を感じるわね」

 

ジト目を向けてくる香織と、流し目の雫。言いたいことは一目瞭然だ。

 

「その…………………香織さんのことも、大切なお友達だと」

「えへへ~、私もマシュちゃんのこと、大切に思ってるよ」

 

親友、と呼べるほどではないかもしれない。

だが、そう呼ぶ日も遠くない。そう感じさせるには十分だった。

 

(白さ…香織さんともこれからたくさんお話ししたいですね。私のことも、香織さんのことも)

 

現状、雫にだけ伝えた自分の秘密。

別に、話したからと言って距離が縮まるわけではないし、そんな理由で話していい事でもない。

ただそれでも、香織にも伝えたいと思った。自分のことを、少しでも知って欲しいと。

秘密が多いことへの罪悪感ではなく、もっとお互いを知り合いたいと思うが故に。

 

「あ、そういえば、前から聞きたかったんだけど、マシュちゃんの恋人さんってどんな人なの?」

「香織、香織」

「なに、雫ちゃん?」

「どうも、一応そういう関係じゃないらしいのよ。ただまぁ、なんというか……」

 

話を聞くと、ほとんど惚気話も同然だったりする。

しかも、普段どんな感じに接しているかを聞けば、どこが恋人でないのか不思議でならなくなるものばかり。

しかも、立香の部屋に通い詰めているらしく事実上の通い妻だ。

 

「わーわーわー! マシュちゃんすご~い……」

「まったく、これで付き合ってないって何の冗談かしら」

「 ? ? ? 」

 

マシュを他所に盛り上がる二人。

だがそんな時、突如としてベッド脇のサイドテーブルに置かれていた携帯端末のアラームが鳴り響いた。

 

「っ!?」

「え、そのスマホまだバッテリー残ってるの?」

「というか、マシュこの後何か予定でも……」

 

雫はこのアラームを何かの予定を知らせるために設定されたものと思ったらしい。

しかし、そうではない。

碌に移動もできないマシュに予定などないし、そもそもこれは“着信”のアラームだ。

 

「すみません、失礼します!」

 

思うように動かない身体をもどかしく思いつつ、マシュはいまできる最速の動作で端末を取る。

耳にスピーカー部分を当てれば、そこから聞こえてきたのは懐かしくも頼もしいダ・ヴィンチの声だった。

 

「マシュ! 聞こえるかい、聞こえるなら返事をしてくれ」

「はい! はい! マシュ・キリエライトです! ダ・ヴィンチちゃん!」

「よぉっし!! ご苦労、諸君! 通信が繋がったぞぉ!!」

 

普段のどんな時でも余裕に満ちたダ・ヴィンチからはかけ離れた、喜色に満ちた声。

続いて、歓声のようなものが聞こえてくる。ダ・ヴィンチの口ぶりからして、カルデアのスタッフたちの声だろう。

世界を超えて通信を繋げたとなれば、彼らをして相当の苦難があったはず。

それが実を結び、かけがえのない仲間の声を聴けた喜びが爆発したのだ。

 

「いやぁ、大変だったね、マシュ。だがもう大丈夫、とりあえず君の位置座標は完全に捕捉したし、通信及び魔術ラインも確保した。さすがにいつでもいくらでも、とはいかないが、何があったか聞くくらいは問題ない。映像のやり取りができるほどのものではないのが残念だが、それでも声が聞けたのは何より。

 さて、できれば再会ならぬ再聴? それとも再話かな? まぁ、なんでもいいか。なんかそんな感じのものを喜び合いたいところだが、早速何があったか聞かせてくれないか?」

「それは、その……」

 

出来ればマシュとしても早急に状況説明に入りたいところだが、この場には雫と香織がいる。

果たして二人に何も言わないまま話を進めてしまって良いものか。

そう思って二人を見やると、香織は状況についていけていないのか呆然とし、ある程度事情を知っている雫は無言で続きを促している。

雫としても驚いてはいるし、聞きたいことは山ほどあるが、今はそれよりも重要なことがあることを理解してくれているのだろう。

どうやって通信しているのかをはじめわからないことだらけだが、この通信が貴重かつ重要なものなのは明らか。

それこそ、場合によっては帰還の目途が立つかもしれないのだから。

香織に対しても、彼女が上手くいってくれることだろう。

マシュは目で雫に感謝を伝えると、ダ・ヴィンチへの報告に意識を傾ける。

 

「ん? もしや、何か厄介な状況なのかな?」

「いえ、問題ありません。それでは報告します」

 

あの日、学校で何が起こったのか。

今日までに体験した出来事の数々や見聞きしたアレコレ。

もちろん、クラスメイトの一人が奈落の底に落ちたことも。

それら全ての要点を捉え、無駄なく迅速にマシュは口頭で伝えていく。

 

マシュの「とある機関に属している」という話を信じていなかったわけではないが、その姿を見て改めて雫もあの話が事実なのだという事を実感する。

今のマシュは彼女たちと共に学び舎で過ごした「同級生」ではなく、なんらかの組織に籍を置く人間なのだと。

 

「なるほどなるほど。いや、ようやく通信が繋がったと思ったら、想定していた以上に大ごとになっているね」

「あの、ダ・ヴィンチちゃんはこの状況をどう思われますか?」

「ん? ふぅむ、エヒト神と言ったかな? まずその神様が胡散臭いね、神様の思考が我々のそれとはかけ離れているのは今更だけど、色々と不審点が多い……が、情報が少なすぎる以上、推測の域を出ない。今はそんなことより、より現実的な話をすべきじゃないかな」

 

実際、マシュが調べた範囲でもエヒト神のことは魔人族同様あまりよくわかっていない。

ダ・ヴィンチの言う通り、極めつけに怪しく胡散臭いが、結局のところはっきりとしたことは言えない以上、それ以外の事項を優先すべきだ。

 

「というと?」

「マシュ、戻ってくる気はあるかい?」

「それは、今決めなければいけませんか?」

「とりあえずラインは確保しているし、レイシフトを応用すれば連れ戻すことはできる。

 ただ、さっきも通信のことで『いつでもいくらでもとはいかない』と言ったように、中々このレベルで維持するのは厄介でね。次はしばらく先になりそうだ。一級の霊地でもあれば、その限りじゃないんだが」

 

つまり、今決めなければ次はかなり期間が空くという事だ。

次がないわけではないだけマシだが、それでも戻るなら早い方がいいだろう。

維持が難しい状況では、何かトラブルがあればラインが寸断される恐れもある。

マシュもそのことは理解している。理解しているが……。

 

「君は敢えて言わなかったようだが、観測データを見る限り状況が良くないのはわかってる。

 霊基が不安定な状態で、随分無茶をしたようだね」

「申し訳ありません」

「別に責めているわけじゃないさ。そのおかげでこうして見つけ出せたのだし、君にそうまでして守りたいものができた、というのはそれ自体喜ばしいことだ。ロマンも、きっとそう言うだろうさ」

「……はい」

「ただ、そんな状態の君を放置するわけにはいかない。君はあらゆる意味でカルデアの重要人物だ。能力的にもそうだし、戦力としても、一個人としてもそうだ。

 我々としては、今すぐにでも戻ってきて欲しいというのが本音だね」

「…………………」

「それで、マシュ。君はどうする?」

「私は……残ります。クラスメイトを、親友と呼んでくれる人達を置き去りにしていくことはできません」

 

マシュは決然と、断固とした意志を以て宣言する。

例えそれで帰る機会を永遠に失うのだとしても、ここで一人おめおめ逃げ出すことはできない。

それをすれば、もう自分には皆を友と呼ぶ資格は無くなる。

きっと、(ギャラハッド)が遺してくれた霊基(からだ)も失われることだろう。

なにより、マスター(立香)のサーヴァントを名乗れない。

 

「親友、か。ああ、君を学校に行かせて正解だった。良い人たちに、出会えたようだね」

「ごめんなさい。我儘だと自覚していますが、それでも私は……」

「うん、まぁ君ならそういうと思っていたよ」

「へ?」

「我々としても、君の意思は極力尊重したい。

 となれば、次善案で行くか。いや、ホントはこっちになるだろうと思ってたんだけどさ」

「次善案、ですか?」

「じゃ、立香君。後は任せたぜ」

「は? ま、まさか先輩を!?」

「当然だろう。君たちはコンビだ、マシュが戻らないなら藤丸君がいくしかないだろう」

「ちょっ、待ってください、ダ・ヴィンチちゃん! それは……!」

「だが断る。エクストラオーダー発令。マスター・藤丸立香は現時刻を以て、異世界トータスに着任!

 今回は通信・魔術ライン双方の維持が困難なことから、魔術ラインの維持を優先する。

十分な支援は難しいが、魔力供給などは可能な限り保証しよう。

これまでの全ての経験を活かし、この特例中の特例から、マシュ及びその学友たちを連れて無事帰還せよ!」

『アンサモンプログラム、スタート。 霊子変換、開始』

「だ、ダメです! 先輩はカルデア唯一のマスターなんですよ!

 先輩を必要のない危険に晒すわけには……!」

 

なんとか引き留めようとするマシュだが、既にレイシフトに向けてカルデアは動き出している。

世界を隔てた場所にいるマシュには止めようがない。

 

「当の本人たっての希望だよ。我々としては、その唯一の人材にヘソを曲げられては大変だ。

 というわけで、彼が“やる”と言ったら我々は拒めないのさ♪

 もういっそ、彼が所長で良いんじゃないかな?」

「拒む気がないだけでしょう! 先輩を丸め込める人なんて幾らでもいるじゃないですか!」

「ハハハ! どいつもこいつも“できるけどやらない”と何も言う前からボイコット済みだ。

 ま、諦めたまえ。あぁそれと、立香君を送ったら通信はしばらくできないと思ってくれ。彼とのラインがあればこそな部分があったからね。二人ともそっちに行ってしまうと、魔術ラインの維持が限度なんだ。

では――――――――――――レイシフト、開始!!」

『全工程 完了。エクストラオーダー 実証を 開始 します』

「あ、あ~~~~~~~~~っ!」

 

無機質な電子音声の最終宣告。

同時に、室内を暴風が埋め尽くした。

 

「きゃっ!?」

「ちょ、なんなのいったい……!?」

 

突然の事態に驚く二人。

暴風は長くは続かず徐々に治まっていき、代わりに中心だった場所に何かがいた。

それは風が治まるのを待つことなく駆けだすと、マシュの細いが起伏に富んだ肢体を力いっぱい抱きしめる。

 

「マシュ!」

「せ、先輩!?」

「良かった、無事で本当に良かった!」

「先輩……ご心配おかけしました。私は、ここにいます」

 

マシュはゆっくりと自身も立香の背に手を回し抱きしめ返す。

すると、さらに立香の抱擁が強くなる。

 

その温もりが消えないように。

もうどこへも、誰にも奪われないように。

大切な、何よりも大切な宝物を掻き抱く。

 

正直言えば少しだけ苦しかったが、マシュはそれ以上に嬉しかった。

もう一度会えたことが、もう一度声を聞けたことが、もう一度立香に触れられたことが。

本当に涙が出るほどに嬉しくて、心から安堵したのだ。

さっきまではあれほど立香が来ることに反対していたのに、いざ再会してしまえばもう自分を抑えられない。

 

(先輩、私は……)

 

立香の胸に顔を埋め、その体温を、匂いを、感触を全身で感受する。

だが、それを傍で見せられている側からすれば堪らない。

 

(い、居辛い……)

(私たち、完全にお邪魔虫だよね……)

 

映画のワンシーンのように感動的なのは良いのだが、もう完全に二人の世界になってしまっているので、居場所がないこと甚だしい。

二人も感動していたり、思い合う二人の再会を喜んでいたりしないわけではないのだが、突発的事態の連続とわからないことだらけなせいで、それに浸れないのだ。

 

というか、放っておくとこのままラブシーンに突入しそうな雰囲気すらある。

出来ればそうなる前にこの場を離れたいのだが、下手に動くと空気を壊してしまいかねない。

いくら居辛いとはいえ、この空気を壊すのは忍びなかった。

正確には、自分のせいで壊れるのは色々と罪悪感がある。

 

上手くすれば、マシュの想いが実るかもしれないのだ。

ようやくハジメへの想いを自覚した香織も、そんな親友を見てきた雫も、それを邪魔したくない。

かと言って、友人のラブシーンを至近距離で見せられても正直困る。目のやり場がないわけではないが、同じ部屋の中にいて見ない振りをしろというのも無理な話。

そんな二人の『誰か助けて』という心の声が聞こえたわけではないだろうが、幸いこの場にいるのは4人と“1匹”だ。

 

「フォウフォウ! フォーウ!」

「フォウさん!? またついて来てしまったんですか?」

「フォウ!」

「フォウも心配してたんだよ」

「そうでしたか。ごめんなさい、ご心配おかけしました」

「ンキュ~」

((よしっ!!))

 

白いふわふわした小動物(分類不明)のおかげで、徐々に怪しさを増していた空気が無事ぶち壊された。

マシュには悪いが、行きつくところまでいかなくて、それを目撃しなくて割と本気で安堵する。

 

「……すみません、先輩。私のせいでこんな事に……」

「気にしないで、いつもは俺がマシュに心配させてるんだからさ。

 そもそも、召喚されたのだって別にマシュのせいじゃないんだしさ」

 

フォローは入れてみるが、ない筈の責任を感じて「シュ~ン……」と落ち込むマシュ。

 

「あ…そ、そうだ! マシュ、もしかして彼女たちが?」

「は、はい。お友達の八重樫雫さんと白崎香織さんです」

「はじめまして、藤丸立香です。こっちは……フォウ。マシュがお世話になってるみたいで」

「あ、いえ……」

「むしろ、助けてもらったのは私たちの方というか……」

 

マシュの背に回していた手を放し、二人に向き直る立香。

フォウに関して、どう説明していいかわからなかったのは秘密だ。

ただ、若干マシュが名残惜しそうにしていたのに気づいていた二人の返事はやや硬い。

 

「マシュは年の近い知り合いっていうと俺とか所長ぐらいしかいなかったから、これからも仲良くしてください」

「あ、当たり前です! ねぇ、香織!」

「うん! 嫌だって言ったって離さないよ!」

「だってさ、マシュ」

「はい。私もお二人に会えてよかったです」

 

息巻く二人に、マシュの表情も綻ぶ。

 

「ところで、どうやって来たんですか? ここ、異世界ですよね……」

「ぁ、それは……」

「あの、言えないなら別に無理には……」

 

香織の質問は至極当然のものだが、マシュが口籠るのも仕方がない。

これは、そう簡単に話していいことではないのだから。

それを察している雫がフォローを入れるが、今回に限って言えばそれは杞憂だった。

 

「いや、大丈夫。ダ・ヴィンチちゃんも無理に隠さなくていいってさ。

 そもそも、異世界召喚なんてされてる時点で今更だって」

「なるほど、確かに……」

「それは、聞いても大丈夫という事でしょうか?」

「うん。それと、別にそんな畏まらなくてもいいんだけど……」

「いえ、流石にそういうわけには」

 

二人とも、年上の男性相手に馴れ馴れしい言葉遣いができるような性格の持ち主ではないのである。

 

「というか、さっきからちょこちょこ出てくるダ・ヴィンチちゃんって……」

「レオナルド・ダ・ヴィンチ……なわけないですしね」

「いや、そうだけど」

「はい。ダ・ヴィンチちゃんはその人です」

「「はい?」」

 

そうして、今度は香織と雫に事情を説明する番になった。

立香とマシュが「人理継続保証機関フィニス・カルデア」という組織に属していること。

ただし彼らは、トータスとも違う異世界から流れてきた者たちであること。

その異世界は彼女たちの地球と酷似しているが、魔術や神秘が公ではないにしろ存在していること。

そんな魔術を用いて過去の偉人・英雄……総称して英霊と呼ばれる存在を召喚することができ、現在カルデアの所長代理を務めるレオナルド・ダ・ヴィンチもその一人であること。

マシュはそんな英霊の一人から戦闘能力を譲りうける契約を交わしており、ベヒモス戦の力はその一端であること。

立香は英霊たちと契約し、彼らを現世にとどめる要石の役目を担っており、マシュの力も彼がいてこそ安定すること。

これらのことからもわかる通り立香たちはそちら側の人間で、紆余曲折あって存在が不確定になり、漂流生活の末に彼女たちの世界に流れ着いたことなど。

あまり詳しい説明ではないにしろ、概要位は包み隠さず二人に教えてしまった。

 

「今考えると、こういう事になるから年単位でいられたのかな?」

「わかりませんが、可能性としては在り得るかと……」

「なんというか、色々理解が及ばないんですが……」

「大丈夫、実は俺もよくわかってない!」

「胸を張らないでください、先輩。まぁ、先輩はカルデアに来るまではごく普通の生活を送っていらしたそうですし、無理もないのですが」

「待って! さっき残るとか言ってたけど、戻れるのにマシュちゃんは残ったの!?」

「はい。私は、皆さんを置いていくことなんてできません」

「一緒に戻るってわけには、いかない理由があるのよね」

「残念ながら、カルデアの有する技術による移動は、対象にも高い適正が求められるんです。

 私や先輩には適性がありますが、皆さんの場合は未知数。

 当然、検査しなければわかりませんし、そのためにはそれなりの設備が必要になります」

「そうだね。適性の有無を調べることは、現状無理だろうし」

「そもそもレイシフト適正自体が希少なんです。一万人に一人でもいれば良い方、高適正ともなればさらに確率は下がりますから」

「えっと、もし適性がない人がその移動をしたらどうなるの?」

「移動できないならまだマシ。最悪、どこかの隙間に落ちて行方不明、なんてこともあるって聞いた覚えが」

「はい、その通りです」

 

さすがに、それを聞いて試そうとは思わない。

まぁ二人の場合、帰れたとしても今はまだ帰ろうとは思わなかっただろうが。

 

「じゃあ、もう一つ。さっきの話だと、いつかはまた別の世界に行ってしまうってことよね?」

「そう、なります。カルデアの計算では、卒業までは何とかもつはずだったのですが……こんなことがあってしまったので、はっきりとしたことは……」

「そっか、ずっといられたらいいのに」

「私も、そう思います。ですが、現状私たちを世界に固定する方法はありません。

 ならせめて、皆さんとの時間を、思い出を大切にしたい。それが私の願いです」

 

万感を込めたマシュの言葉に、二人は静かに「ありがとう」と告げる。

自分たちとの時間をそんなにも大切に思ってくれる友人には、感謝しかない。

 

「あぁそうだ。ダ・ヴィンチちゃんから霊基グラフのコピーを預かってるんだ。これを使って応援を呼べってさ」

「みなさんを……できるんですか?」

「魔力とか通信状況の都合でここだと二人が限度らしい。どこか一級の霊地があれば、最大七人呼ぶこともできるらしいけど……」

 

ちなみにその場合、基本七クラスを呼ぶのが望ましいとも。

これはクラスが重複していたりすると霊基が安定しなくなる為で、バランスよく召喚した方が良いのだ。

霊基が不安定だと、いつどのタイミングで不具合が出るかわからない。

エクストラクラスでも構わないのだが、イレギュラーな分不確定要素も多く推奨はされない。

通信もままならない以上、まずは安定性を優先すべきなのである。

 

「どんな方を召喚するかは選べるんですか?」

「いや、精々クラスを絞るのが限度らしい。それでも、稀にエクストラクラスが割り込んだりするらしいけど」

「それは……賭けですね」

「うん」

「静謐さんはまだマシとして、頼光さんや清姫さんが来たときは、私が先輩を守ります!!」

「ぁ、うん。静謐も静謐で不安だけど、積極的じゃないだけまぁ確かに。

あとは黒ひげとかも不安だ。ケモミミとかいるらしいし、絶対暴走する……」

「アタランテさんたちなら返り討ちにしてくれますが、この世界の亜人と言う方々はあまり強くないそうですからね。それに不安と言えば、ヒトヅマニアの御二人もです」

「イスカンダルもなぁ……征服だぁとか言いだしそうだし」

「神嫌いのギルガメッシュ王も危険かと……」

「奴隷制もあるんだっけ? だとすると、コロンブスなんて来た日にはどうなることやら……」

「…………」

「まぁ、みんな個性の塊みたいなものだからなぁ」

「はい。エミヤ先輩ではありませんが、頼りになる方々の反面、暴走力も尋常ではありませんから」

「「はぁ~……」」

((なんかよくわからないけど、大変そう……))

 

英霊……偉業を為し、人理にその名を刻んだ超越者たる彼らは、色々な意味で一筋縄ではいかない。

能力、精神、スキル、そして暴走力、すべてにおいて無駄に超一流であるが故に成し得た偉業だ。

手綱を握るのも一苦労なのである。

 

「……ごめん、ちょっと愚痴になった」

「あ、いえ……」

「なんというか、お疲れ様です」

「偶には吐き出すことも必要だと思います、先輩」

 

多少なりとも吐き出して冷静になったようで、立香もちょっと申し訳なさそうにしている。

 

「さて、いい加減これからのことを話そうか。何か意見とか聞きたいことがあれば、遠慮せずに言って欲しい。正直、俺はそれほど頭が良い方じゃないしね。みんなで考えよう」

「これからのこと……」

「最終目的は皆さんを元の世界に帰すこと。そのためにはどうすればいいか、ですね」

「やっぱり、戦争に勝って人間族を救うしかないのかな?」

「それが一つの方法だね」

「サーヴァントの力はこの世界でも絶大です。失礼ではありますが、メルド団長でトップクラスの実力なら、正直なんとでもなるかと」

 

それこそ、一軍を単騎で薙ぎ払う事も不可能ではない。

対軍・対城宝具を持つ者がいれば、戦果はさらに増すだろう。

この世界では知名度補正が働かないが、それを差し引いても過剰戦力と言って良い。

まぁ、魔人族側の戦力がどういうものかまだよくわかっていないので、人間族側を基準にしてではあるが。

 

「先輩、一つ……我儘を言ってもいいでしょうか」

「我儘?」

「マシュ?」

「これは皆さんの帰還に直接関係ないのかもしれません。

 先輩のお傍を離れるなんて、サーヴァント失格だと理解しています。

 ですが、それでも私は……南雲さんを探しに行きたいと思っています」

「マシュちゃん……」

「香織さんは生きている可能性がゼロではないのなら、生存を信じると仰いました。

 私も、彼の生存を信じたい。生きているのなら、助けに行くのは早い方がいい。

 時間が経てば経つほど、ただでさえ低い可能性が下がっていきます。

 ですが、霊基の安定した私ならより深い階層、最下層まで行ける筈です。

 だからどうか、私がオルクス大迷宮へ向かう事を許してください!」

 

香織がハジメを探すためにオルクスへ向かうと言った時、本当はマシュも行きたいと思っていた。

彼女ほどではないにしても、マシュもまたハジメの生存を信じたいと思っている。

意識のないうちに起こってしまった出来事故に、実感が持てないというのもあるのだろう。

なにより、遠からず今生の別れを迎えるとしても、かけがえのない友人の恋を大切にしたかった。

 

故に、彼女は初めて自分から立香と離れて行動することを選択する。

立香を自分の我儘に巻き込むわけにはいかないから。

だがそんなマシュの訴えは、当然受け入れられるものではない。

 

「ダメ」

「……先輩」

「俺もいっしょに行く」

「っ! で、ですがそれは!?」

「足手纏いなのはわかってるけど、俺がいた方がマシュの霊基も安定する。結果的に、その方が確実だ。

 なにより、俺はもうマシュを目の届かない所に行かせる気はないよ。少なくとも、この一件が片付くまでは」

 

それは、ともすると愛の告白にも思えるセリフ。

そう思ったのは何も香織や雫だけでなく、言われた本人であるマシュは顔を真っ赤にしている。

 

「せ、先輩。それって……」

「ああ、まぁ……そういう事だから。

ついでに、今呼べる限りのサーヴァントも連れていく。その上でなら、許可するよ」

「………………………………はい、ありがとうございます、マイマスター」

 

マシュは自身の胸元に両手を置き、今にも泣きだしそうな表情で答える。

 

「じゃ、まずは再契約しないとかな」

「はい。よろしくお願いします」

「―――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

人理のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――――」

 

それは契約の言の葉。

二人を繋ぐ、絆を結び直すための儀式。

 

「我に従え―――ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

「シールダーの名に懸け誓いを受けます、あなたが……あなただけが私のマスターです、先輩」

 




なんとか再契約まではいけた。
でも本当は、休み中にオルクスに飛び込むところまではいきたい。
今日中に行けるか? 頑張れ俺!!
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