後半部分がバグって消えた……orz
「シールダーの名に懸け誓いを受けます、あなたが……あなただけが私のマスターです、先輩」
デミ・サーヴァントであるからか、それとも別の理由からか。
契約が成った瞬間、刹那の間瞬いた光。それを以て、二人の契約は結ばれた。
マシュは二・三度手を握っては開きを繰り返して具合を確かめると、勢いよくベッドから飛び降りる。
「マシュ!?」
「マシュちゃん!?」
「大丈夫です、二人とも」
「どうやら、上手くいったみたいだね」
「はい、マスター。シールダー、マシュ・キリエライト、霊基の安定を確認。
それに伴い、体調も回復したようです」
「そっか、良かった。できれば、ちゃんと休んで回復してからにしたかったんだけど……」
「善は急げですよ、先輩」
驚く二人を尻目に、二人はさも当たり前のように会話している。
二人にとっては、むしろこの状態の方が自然なのだ。
「さて、それじゃあその南雲君を探しに行くわけだけど……オルクス大迷宮だっけ?」
「はい。八日前に、サーヴァントの力を使った場所なのですが」
「ああ、やっぱりそこなんだ。なら、好都合か……」
「どうかしましたか、先輩」
「いや、なんでもその辺りで聖杯に似た反応があったらしいんだ」
「聖杯がこの世界に?」
「あくまでも“似た反応”だけどね。能力がなのか、魔力の質がなのか、それとも別の理由なのかはよくわからないけど、何かの手掛かりになるかもしれないから探してみるといいってダ・ヴィンチちゃんがね」
聖杯というにはやや反応が小さく異質なこともあり、彼らの知る「聖杯そのもの」ではないと思われる。
とはいえ、帰還方法の当てが「戦争に参加して勝利すること」だけというのは困りものだ。
別の可能性がありそうなら、それを調査することも必要だろう。
「もしかして先輩、初めからそのつもりだったんですか?」
「調査には行く必要があると思ってたよ。できれば自由に動きたかったし、ここの人たちにはあまり知られたくなかったから、抜け出すつもりではいたんだ」
「―――――――――――――――」
「そ、そんな目で見ないで。別に、意地悪とかそういうんじゃなくて……」
「わかってます。私が望んだことでもありますし、何も問題ありません」
「フォ~ゥ?」
(いやぁ、「不満です」って思いっきり顔に書いてあるし……)
単に言い出すタイミングがなかっただけなのだが、仕方がないとも思う。
実際、マシュは相当な勇気を振り絞って「我儘」とやらを口にしたのだろうし。
「あ、あの!」
「ん?」
「香織さん」
「私も…私も連れて行ってください!」
「香織、あなた……」
二人のやり取りをそれまで驚いた様子で見守っていた香織だったが、ここにきて痛切な声で訴えた。
その気持ちはマシュも雫も理解している。
間違いなく、彼女こそが最も南雲ハジメの生存を信じ、願っている。
そして、生命を賭してでも助けに行きたいと望んでいるのだから。
「………………………………あの、私からもお願いできませんか」
「雫ちゃん? えっと、いいの?」
「ダメって言ったって聞かないでしょ。だったら、まだマシュたちと一緒の方が安心だもの」
「ごめんね、ありがとう」
雫が同行を願い出ないのは、これ以上足手纏いが増えてはいけないと考えたからだ。
サーヴァントの力の程を雫は上手く想像できないが、それでも今呼べるのはあと二人だけ。
マシュも数に入れるなら、戦力と呼べるのは三人限り。
立香の実力は未知数だが、それほど強そうには見えない。
香織も治癒師というだけあって、戦闘ではなくサポートがメインだ。
そこへ雫まで同行しては、一対一でガードしなくてはならなくなる。
これでは、いざという時の選択の幅が狭まってしまう。
彼女としても、できれば幼馴染の親友を守るために同行したいが、邪魔をしてしまっては本末転倒。
それがわかるくらいには、彼女はこの状況でも冷静さを保っていた。
「いやぁ、それは……」
とはいえ、立香としてはそう簡単に頷くわけにもいかない。
生半可な実力では、サーヴァントたちの足手纏いになってしまう。
そんなのは自分ひとりで十分だし、香織を危険に晒すのにも抵抗があった。
しかし、香織の決意は固い。彼女は「護身用」にという事で扱いを習っていたナイフを取り出す。
何をするのかと思っていると、片手で長く艶やかな黒髪を束ね、一思いに……切ってしまった。
「「「…………」」」
「どうか、お願いします!!」
彼女なりの目に見える形での決意表明。
あれだけ伸ばすには相当な時間がかかったことだろう。
日々の手入れを欠かしてこなかったからこその、艶と
それを、一切の躊躇もなく断ち切る。女の命とまで称される髪を、だ。
さらにそこへ、思わぬところから援護射撃が飛んでくる。
「マスター、私からもお願いします」
「マシュまで……」
「香織さんの回復魔法は貴重です。呼べるサーヴァントが限られている以上、後方支援ではなく、直接戦力だけを呼べることにはメリットがあります」
香織の同行には確かにデメリットも多いが、メリットがあることをマシュは強調する。
実際、サーヴァントを二騎しか呼べない中では、回復をはじめとした後方支援タイプを呼ぶ余裕はない。
かといって、不測の事態を考慮するなら、色々なタイプがいて欲しいのも事実。
特に回復役は、いざという時に必要不可欠な人材だ。
それでも、メリットとデメリットを秤にかければ、デメリットに傾く。
サーヴァントの戦闘能力とマシュが交戦した65層の魔物から推測できる最下層クラスの力を比べれば、回復役はまず必要ない。
立香もそれはわかっている。わかった上で……彼は折れた。
「わかった。まぁ、一人くらいなら大丈夫か」
「先輩!」
「あ、ありがとうございます!!」
「立香さん。香織のこと、よろしくお願いします」
「任せて……って、別に俺が守るわけじゃないんだけどね」
こうして、南雲ハジメ及び聖杯と思しき“何か”の探索に、白崎香織の同行が決まった。
とはいえ、問題が全くないわけではない。
「でも雫ちゃん、私たちが突然いなくなったら……」
「まぁ、当然大騒ぎになるわよね。マシュは病人扱い、香織は貴重な回復役ですもの。
やっぱり、王国や教会には伝えないんですか?」
「エヒト神っていうのが、どの程度信用していいかわからないからね。
万が一に備えて、別のアプローチも必要だと思う。幸い、俺はそっちからすればイレギュラーだろうし。自由に動くには好都合だ」
「聖杯らしき“何か”のこともありますから、行動を縛られるのは望ましくありませんしね」
どういった性能・性質のものかはまだ不明だが、ものによっては迂闊に他者の手には委ねられない。
そういう意味でも、王国や教会から干渉されることは避けたいのだ。
つまり、今が夜なのをいいことに、こっそり抜け出してしまうに限る。
「そう、ですね……わかりました。私が上手く誤魔化しておきます」
「いや、それには及ばないよ」
「え?」
「君さえよければなんだけど、暗示をかけて今夜のことは忘れてもらうこともできる。
あんまり得意じゃないんだけど、本人が受け入れてくれれば、それなりにはなるだろうし」
その場合、マシュと香織は置手紙だけを残して失踪した、という形になる。
雫とて嘘や誤魔化しが上手い方ではないが、そもそも覚えていないのなら不自然さもない。
まぁ、忘れている間は憔悴も狼狽もするだろうが、それは勘弁してもらうしかないだろう。
一応暗示が解けるキーワードを「藤丸立香」と設定。本来知らないはずの人物の名前に設定すれば、まず解けることはないだろうし、逆にこちらから解くのは簡単になる。
「そんなこともできるんですね……」
「先輩は神代の魔術師にも師事していらっしゃいますから」
「才能なさ過ぎて微妙な顔されるけどね。いっそ笑うなり怒るなりしてくれた方が傷が浅いよ」
こう、何とも言い難い表情で「ガンバレ」「成長してるよ、うん」とか優しく言われても困るのである。
「先輩。できれば、せめてパーティの皆さんにはご挨拶したいのですが」
「そうだね、私たちの勝手な理由でみんなに迷惑かけるんだし……」
自分勝手なことだとはわかっているが、それでもこれだけは譲れない。
ならば、ちゃんと自分たちの想いや考えを伝えて、頭を下げるのが筋だろう。
『勝手だ』と怒られるかもしれない。『無謀だ』と引き留められるかもしれない。
だが、例えそうだとしても、諦めることはできないのだ。
「とはいえ、すっかり真夜中だからなぁ……さすがに明け方になったら目立つだろうし」
「なら、今起きてる人だけでも」
「…………わかった。俺は万が一にも見つかるとまずいからここを離れられないし、呼んできてもらって良いかな? その間に、マシュと具体的なところを詰めておくから」
「わかりました。それなら、私と香織で声をかけてきます」
「あ、先に行かないでくださいよ!」
「大丈夫、マシュが許してくれないから」
「もちろんです!」
そうして、二人は手分けしてパーティメンバーである天之河光輝、坂上龍太郎、谷口鈴、中村恵里に声をかけに行く。本当は愛子にも声をかけに行きたかったのだが、生徒たちの選択の自由を確保した段階で、彼女はまた忙しなく農地改革のために動かざるを得なかった。
生徒たちの分まで働き、さらに実績を積むことで前言撤回させないために。
とはいえ、一応定期的……基本、七日に一度程度の頻度で戻って生徒たちの様子を見たり、王国と教会が約束を反故にしていないか睨みを利かせに来たりすることも認めさせたので、ずっと不在なわけではない。
ただ、今は王都周辺にはいないので声のかけようがないのだ。
数分後。
やはり、真夜中という事もあって眠りについている者もいたことから、パーティ全員集合とはいかなかった。
大声を出すなり強くノックするなりすれば起こせただろうが、それでは異変に気付かれてしまう。
まぁ、寝ているとは限らず、ないとは思うが真夜中の外出をしている者もいたかもしれないが、そこまでは流石に分からない。
結局、マシュの部屋に集まったのは光輝と鈴の二人だけ。
龍太郎は脳筋の健康優良児なので、十中八九今頃夢の中だろう。
恵里は本好きの典型的図書委員タイプなことから、夜中まで起きて読書していることを期待していたのだが、ノックしても反応はなく、どうやら早々に眠ってしまったらしい。
逆に、光輝はハジメが“知識”という形で貢献したことに思うところでもあったのか、恵里のお株を奪う形で魔物図鑑を開いていた為、呼びかけに応じることができた。
鈴もまた、自身の適性に合った結界系の魔法に関する教本を読んでいたことが幸いした形だ。
マシュの部屋に集められた彼らは、香織や雫が聞いたのとほぼ同様の説明を受けることになる。
多少の動揺や疑う様子なども見られたが、一応は納得してくれた。
このあたり、マシュの人徳と短くなった香織の髪、なにより初対面ながら妙に「話を聞く」ことと「話を聞かせる」のが上手い立香の手腕によるところが大きい。伊達に、古今東西の曲者たちとのコミュニケーションに日夜悪戦苦闘していない。
言葉が通じない
言葉は通じるが話の通じないタイプの
あるいは、下手なことを言うとその場で首が飛びかねない王様系、どれほど気に入ろうと人には理解できない唐突さで殺しに来ることがある鬼種、そもそも人間のことなど種としてはともかく個人レベルでは基本関心のない神霊等々。
まともにコミュニケーションをとることすら難しい連中がいくらでもいるのだ。
そんな連中とすら相互理解を為し、信頼関係を構築してきたのが藤丸立香である。
多少不信感を持たれているとはいえ、所詮相手は高校生。
百戦錬磨を通り越し、一部サーヴァントからすら「最近のマスターのコミュ力はバケモノ染みてきた」と言わしめる立香にかかれば、この程度は造作もない。
例え、ほぼ確実に死んだであろうクラスメイトを探すため、立香たちとオルクス大迷宮に行くと香織が宣言し、光輝などが大反対したところで問題は何もない。
どこぞの
で、どうなったかというと……
「……香織の熱意は分かった。俺としては反対なんだが、それが香織が前に進んでいくために必要なことなら……仕方がない。俺も、南雲に死んでいて欲しいなんて思っちゃいない。できるなら生きて、みんなと一緒に元の世界に帰りたいさ」
(こ、この人何者なのっ! “あの”光輝に香織の想いを理解させて、なおかつ納得させるなんて!?)
幼馴染相手に失礼な話だが、雫が驚愕するのも無理はない。
善意と正義感の塊なのは良いのだが、自分の正しさを疑わず、不都合な事態に直面するとご都合解釈する悪癖がある彼に、自分の世界にはない事柄を理解させるのは至難の業だ。
雫も何度となく試みては上手くいかなかったそれを、初対面にしてやってのけ、さらにその先まで……。
それがどれだけのことか、散々苦労してきた雫だからこそよくわかる。
正直、立香のコミュ力には戦慄すら覚えていた。
「フォウ? フォウフォウ!」
「あ、うん。ありがとう……」
色々ショックを受けていた雫の肩に飛び乗ったフォウが、案じるように顔を覗き込む。
凛々しいながらも可愛い物好きな彼女としては、フォウの仕草一つ一つが癒しになる。
『触りたいなぁ』『モフりたいなぁ』と思っている間は来てくれなかったが、邪念がなくなると近づくどころか頬を摺り寄せたりまでしてくれた。
想像と期待を裏切らない極上の肌触りに癒されつつ、話は着々と進んでいく。
「光輝君……ありがとう」
「かおりん、気を付けてね! 鈴も応援してるから!」
「くれぐれも無茶はするなよ。香織の気持ちは分かったけど、俺は君のことが心配なんだ」
こういう誤解されそうな言い回しも光輝の特徴の一つだが、相手が香織なら大丈夫。
そもそも極めつけに鈍感な彼女には、光輝の言葉を「そういう方向」で受け取る心配がない。
加えて、彼女の「恋愛対象」は南雲ハジメただ一人。
他の男など「男性」ではあっても「異性」ではないのだ。
その意味で言えば、立香と同行することにもそういう心配がいらないので助かる。
「みんな、そこに並んで。今から暗示をかけるから」
「雫ちゃん、鈴ちゃん、光輝君。いってきます!」
「気をつけてな」
「かおりん! 絶対あきらめちゃだめだよ!」
「香織……頑張って」
「ありがとう、雫ちゃん。私、雫ちゃんがいてくれてよかった」
「お互い様よ。必ず、帰ってきなさい。南雲君も一緒に、ね」
「うん!!」
「マシュも気を付けて。香織のこと、お願い」
「はい、任せてください」
「それじゃ、いくよ……」
暗示をかけられた三人は、虚ろな表情になってそれぞれ自室へと帰っていく。
それを見送った後、マシュと香織は着替えや旅支度を済ませ、早速王宮から抜け出すために動き出した。
「でも、どうやって抜け出すんですか? この辺は先生が私たちが安心して眠れるようにって、巡回ルートから外してくれるよう頼んでくれたから大丈夫だったけど……」
本来、召喚された生徒たちは最重要人物だ。
そのため、彼らの私室が並ぶエリアは厳重な警戒態勢が敷かれている。
とはいえ、それでは生徒たちも気が休まらない。
そこで私室が並ぶエリア内は警備の巡回ルートから外し、その分周辺を手厚くしているのだ。
エリア内なら割と自由に動けるが、一歩でも出ればあっという間に見つかってしまう。
何しろ、技能「気配遮断」を有する天職「暗殺者」持ちすら見つけ出す、優秀な技能「気配感知」持ちが警備にあたっているのだ。
頭抜けた潜在能力を持つ生徒たちの中でも、ここを抜け出せるのは極めつけに影の薄い遠藤浩介位なものだろう。
アサシンのサーヴァントでもなく、隠密行動のプロでもない立香たちでは、彼らの警戒網を抜けることはできない。
まぁ、別にそれで何の問題もない。
なにしろ、通路を通って出ていかなければならないという決まりなどないのだ。
こちらには、人外の身体能力を有するデミ・サーヴァントであるマシュがいる。
やりようなど、それこそいくらでもあるのだ。
「大丈夫大丈夫。ほら、お誂え向きに大きな窓があるじゃないか」
「え? それって、まさか……」
「大丈夫ですよ、香織さん。上空200mに放り出されるより、はるかに安全ですから」
「それじゃ、まずマシュは俺を降ろして。次に香織さんね」
「はい、お任せください、マスター」
流石にあって間もない女の子を呼び捨てにするわけにもいかず、とりあえず「さん」付けで呼ぶ立香。
二人は当たり前のようにそんな会話をしているが、香織は既に信じられないものを見るような目で見ている。
その間にも、二人はさっさと窓を開け……飛び降りた。
香織は慌てて窓の下を覗き込むが、真夜中という事もあってよく見えない。
ただ、少しするとマシュが特に大変そうな様子もなく平然と壁面を駆け上がってくるではないか。
「では、次は香織さんです。口をしっかり閉じてください、舌を噛むと大変です。
それと、怖ければ目を閉じていることを推奨しますが」
「……大丈夫、開けてる」
「わかりました」
オルクス大迷宮に向かい、場合によってはあの奈落に飛び込むことになるのだ。
この程度の高さからの落下に怯えていては、お話にならない。
香織はそう自分を奮い立たせると、マシュに抱きかかえられながら人生初のノーロープバンジーを体験する。
「――――――――――――――――――――――――――っ!?」
落下の時間は僅かに数秒。しかし、その間香織は必死に悲鳴を飲み込んだ。
衛兵に気付かれるわけにはいかない以上、悲鳴など言語道断。
無理を言ってついて行くのだ、こんなところで足を引っ張ってはいられない。
ある程度落下したところで、マシュは壁面を蹴って反対側の壁へ。
それを繰り返しながら落下速度を殺していき、音もなく着地した。
そこには先に降りた立香が降り、心配そうに香織の様子をうかがっている。
「大丈夫? 少し休んだ方が……」
「大丈夫、です。早くいきましょう!」
完全無欠の強がりだが、それを指摘するほど無粋ではない。
立香もマシュもそれ以上は何も言わず、先へと進む。
本来なら脱出も侵入も困難な国家の最重要施設だが、サーヴァントのような出鱈目な身体能力の持ち主など想定していない。
マシュは立香と香織を抱え、越えられないはずの壁を越え、届かないはずの堀を跳んで行く。
結果、割とアッサリ脱出は成功した。
「こんな簡単に出られちゃうんですね」
「それがサーヴァントだよ。まぁ、マシュの場合はデミ・サーヴァントっていうのが正しいけど」
「本来のサーヴァントは私以上の能力がありますから」
なるほど、魔人族との戦争には過剰戦力かもしれないといった理由がよくわかる。
「この後はどうするんですか?」
「まずサーヴァントの召喚を済ませて、必要なら買い出しもかな」
「一応私たちも準備はしてきましたけど」
「まぁ、装備品は問題ないと思う。でも、場合によっては迷宮に長く潜ることになるし、食料をはじめ入り用なものは多い。買い出しとそのための活動資金の工面は必須だよ」
それに、立香の格好も正直この世界では少々目立つ。
ワイシャツにブレザー、そこへネクタイを締めた今の服装は、地球でならなにも違和感はない。
しかし、この世界ではありふれたものとは言い難いのだ。
書置きには行き先を書かなかったのだが、それもひとえに追いつかれる可能性を少しでも下げるため。
まずないとは思うが、それでも少しでも捜索の手が分散してくれた方が助かる。
その一環として、立香も極力目立たない格好になることが望ましい。
一度迷宮内に入ってしまえば、目立つもへったくれもない。
この服も、こう見えて立派な魔術礼装なので、最終的にはこちらに着替えることになるだろうが。
「ああ、そうですよね……」
準備や手配の全てをメルド率いる騎士団が済ませてくれたこともあり、その辺りが抜けていたらしい。
まぁ、実の所活動資金の工面や買い出しはホルアドでも問題ない。
立香の服装だけは早めになんとかする必要があるだろう。香織も髪を切っているとはいえ、念には念を入れるならマシュと共に変装する必要がある。
「まぁ、その辺りは来てくれるサーヴァント次第かな。っと、ここなんか丁度いいかな」
「ですね。入り組んだ路地の奥なので、外部からは見えにくいですし、召喚にはうってつけかと」
なにぶん、王都という事もあり人は多い。
深夜なので起きている者は限られるだろうが、目撃者は少ないに越したことはない。
幸いなのは、王都というだけありそれなりの霊脈が通っていることだ。
分かっていて都を築いたのか、霊脈が通っているから都に発展したのかは定かではない。
とりあえず、そのおかげで魔力が収束するレイポイントの捜索には事欠かなかった。
この路地裏も、召喚サークルを設置するだけなら問題はない。
「さて、問題はどのクラスを呼ぶかだけど……マシュの意見は?」
「とりあえず、
オルクス大迷宮は全体で見れば広大ですが、通路そのものも点在するドーム状の空間も決して広くはありません。ライダーの方々の力を活かせる環境ではありませんし、バーサーカーの方は、その……」
常に暴走の危険を孕む以上、探索と言った繊細な任務には不向きだ。
「アステリオスを呼べるなら、考慮してもいいんだけどねぇ……」
「確かに、アステリオスさんはある意味迷宮の専門家ですから」
「まぁ、迷宮の中で待ち構える側だけど」
「ですね」
「とりあえず、回復は香織さんに任せるとして……あとは
迷宮の探索ってことを考えるなら、前衛と後衛を一人ずつかな。いざという時に俺と香織さんを守れるように、前衛はマシュを入れて二人は欲しいし」
「はい、あとは斥候ができる方がいると助かります」
「じゃあ、そっちはランサーかアサシンだけど、『百貌』を確実に呼べるならアサシン一択なんだけどなぁ」
探索を目的としている以上、数が持ち味の『百貌のハサン』は最高の人材の一人だ。
が、確実に呼べる保証はないし、アサシンだと『守る』という役目にはあまり向かない。
守る前に殺ってしまえばいいのだろうが、それでも万が一のリスクは付きまとう。
できるだけ、手堅い布陣を整えたいというのが本音だ。
「斥候と前衛か後衛を兼任できるってなると、アサシンだとちょっと不安が残るか」
「残念ながら。三騎呼べるのなら、確実にアサシンのどなたかを呼ぶのでしょうが……」
「つまり、前衛はセイバーかランサー、後衛はアーチャーかキャスターってことだね。
キャスターなら索敵もできるだろうけど……」
「万が一にも作家系の方々が来たらと考えると……」
「うん、キャスターはない。じゃ、消去法で前衛兼斥候にランサー、後衛にアーチャーで決まりかな」
「どちらにも迷宮探索に不向きな方はいますが、それがベターですね」
作家系サーヴァントは基本戦闘能力が皆無だ。その分独特な能力を有しているが、今は必要ないし使い処もない。
それに引き換え、残るクラスなら求める能力から外れても、最低限戦力にはなる。
まぁ、一部「迷宮探索」という目的そのものに向いていなかったり、そもそも一緒に来てくれなかったりするサーヴァントもいるが、それはどのクラスでも同じこと。
恐らく、この組み合わせが最も「ハズレ」を引かない可能性が高い。
こっそり、アーチャーなら「俵藤太」が来てくれるといいなぁ、とか思っていたりするのは秘密だ。
彼がいれば、食料品を運ぶ手間が省ける。間違っても、扱いに困る英雄王とかは来ないで欲しい。
神とか出張ってくるようなら、ぜひ来てほしいが……。
同様に、半ばライダーみたいなアルトリアやネタキャラ過ぎるジャガーマンは、ランサーの中でもご遠慮願いたい。前者は迷宮という空間では狭すぎるから。後者は突っ込み役がいくら居ても足りず、精神的疲労感が半端ないからだ。
能力的には不向きだが、なんだかんだで冥界の女主人、地の女神であるエレシュキガルなんかは、環境的に相性が良さそうなので有難い気もするが。
「マシュ」
「はい、先輩」
マシュは十字架型の大盾のみを実体化させ、地面に設置。
すると淡い光と共に、複雑巧緻に編み込まれた魔法陣が浮かび上がった。
「召喚陣、展開完了。どうぞ、先輩」
ここにこの世界初となる、サーヴァント召喚の儀式が行われようとしていた。
とにかく話を理解させるのが難しいこの頃の勇者君ですが、立香の手にかかればこんなもの。
とはいえ、いくつかの要素が絡んだおかげでもありますが。
まず第一に、立香と光輝が良くも悪くも初対面であること。このおかげで、印象は良くもなければ悪くもありません。とりあえず「話くらいは聞こう」と思える状態だったのがあります。もしここで会わずにハジメとのアレコレがあってから説得しようとしても、そもそも「聞く耳もたず」になりどうにもなりませんでした。
うちの立香くんは言葉が通じなくてもどうにかなりますし、話が通じなくても何とかできます。ついでに、種族が違っても意思疎通できるある種の怪物です。が、致命的な弱点が一つ。相手に「話を聞く気」があることが絶対条件。話を聞く気のない相手には、どうにもならないのです。
第二に、勇者君がなんだかんだ言ったところで、根本的には善性であること。死んだと決めつけているクラスメイトがいても、「死んでるのと生きてるの、どっちがいい?」と問われれば「生きていて欲しい」と答えますし、幼馴染が恋をしていればちゃんと応援します。例外は、相手が自分の価値観的にどうやっても受け入れがたい場合でしょう。
今の段階ではハジメへの印象はややマイナス程度。そのため「香織が惹かれる要素がない」と思い、恋愛感情については懐疑的です。ただ、「気にかけていたクラスメイトの心配をする」事は理解できるので、そっち方面で切り崩した感じですね。
あとは「食べ物の好き嫌いの理由を全部説明できる?」「世の中には、手のかかる人がかわいく思える人もいるんだよ」などの言い回しも使ってそうです。
光輝は今の段階なら、理解さえできれば納得はしきれないまでも、ある程度は認めることができます。認め切れない部分については、「また会った時に確かめる」という心境ですかね。そもそも、生存についてはほぼ諦めているので、気持ち的には「香織の気持ちの区切り」「納得させる」ために同行を認めた感じですから。
香織が危険な場所に行くことに同意したのは、手も足も出なかったベヒモスを圧倒したマシュ以上の護衛がつくことが確約されているからですし。
これが檜山だと、理解できたところで納得は絶対しないので、立香でも説得は無理です。あれは香織が欲しいのであって、彼女の心情や幸せは頭にありませんから。ここが勇者君との違いですねぇ。
勇者君は香織の心情を理解できれば、一応その方向に向けて慮るでしょう。彼女の幸せを願ってもいます。なので、香織の為になるのであれば、納得できる範囲で歩み寄ることもできるかと。
立香はあくまでも「意思疎通の怪物」であって、相手の意思を捻じ曲げることはできません。お互いの意思・感情・主張・信条を理解し合うことはできても、それらを曲げさせることはできないのです。
今回で言えば、香織の頼みを聞き入れたのがある意味それです。断ることはできましたが、香織自身に撤回させることはできなかったでしょう。立香側の事情や主張、考えを伝えることはできますし、香織にとって受け入れがたい内容があったとしても理解はさせられます。しかし、香織の意思を曲げることは彼にはできません。もしそれをするとしたら、別の人間が必要になります。
要は、理解さえできればある程度自分の主張を曲げてくれる人は説得でき、これが今の勇者君。
逆に、理解したうえで自分の主張を曲げない相手には無力なのです。ハジメがドパンやった後だと、態度が頑なになるので勇者はこっち側になります。
つまり、今じゃなければ説得できなかったわけですねぇ。タイミングって大事。