ありふれた職業と人理の盾   作:やみなべ

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結局オルクスに入れなかった……全てク●●●●●のせいだ!!
まぁいいや、とりあえずオルクスに入る前にやりたいことは大体やったし。

そして、強行軍はこれにて終わり。
燃え尽きてはいませんが、もう限界……。
多分、オルクスは言ったら一気に加速……したい。切実に。


006

浮かび上がった召喚陣に魔力が注ぎ込まれ、加速度的にその輝きを増していく。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

全身を駆け抜ける魔力を原因とする異物感。

立香はそれに歯を食いしばって耐えながら、さらに魔術回路の回転を上げていく。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。 ただ、満たされる刻を破却する」

 

長い詠唱だ。この世界の魔法の常識から考えれば在り得ないほどに。

香織もその長さに目を見開き、驚きを隠せずにいる。

だが、これでもまだ半ば。

 

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 人理の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

魔法陣の輝きは最早直視することができない域に達していた。

同時に吹き荒れる風が、広いとは言えない路地を蹂躙する。

香織はもうまともに目を開けていることもできず、その場で屈んで倒れないよう踏ん張っている。

無理もない。光は閃光に、逆巻く風は暴風と化しているのだから。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

そして、最後の一節が紡がれる。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

締めの詠唱と共に、光と風が爆ぜた。

まるでそれまでの激しさが嘘のように静けさを取り戻し、光は夜に溶け、風が頬を撫でる。

香織がようやく目を開けると、そこには二つの人影が表れていた。

 

一人は赤い外套を纏い、白い髪と褐色の肌が印象的な偉丈夫。

 

一人は青い装束と血色の槍を携えた、野性味溢れる勇士。

 

どちらも、立香やマシュにとっては見知った相手であり、信頼する仲間だ。

両名はその場で立ち上がると、まっすぐ立香を見据えて告げる。

 

「サーヴァント・アーチャー」

「サーヴァント・ランサー」

「「召喚の招きに応じ参上した」」

「ふむ、今回は私か。では、精々期待に応えるとしよう」

「よぉ、まぁ気楽にいこうや、マスター」

 

口上を終えた二人は、それぞれの人柄の滲み出る挨拶を以て締め括った。

 

分かっていたはずなのに呆然とする香織。

それに対し、マシュは気色に満ちた様子で立香に小声で話しかける。

 

(やりました、マスター! 今回の召喚は大成功です!!

クー・フーリンさんは、およそランサーのサーヴァントの中でも前衛兼斥候としてトップクラスでしょう!

 エミヤ先輩も、遠・中・近距離すべてに対応できて、なおかつ支援もこなせるので大変頼りになります!

 何より、先輩に美味しい食事を食べてもらえます!)

(ああ、うん……そうだね)

(先輩?)

(いや、確かに二人ともすっごく頼りにはなるんだけど……あれ)

(あれ? …………あ゛、そういえばあのお二人は確か……)

(能力はともかく、性格的に相性が悪いんだよなぁ)

 

『あっちゃ~』とでも言いたげに天を仰ぐ立香。

彼のリアクションを責められる者はいまい。

なにしろ、今まさにその懸念が現実のものになろうとしているのだから……。

 

「むっ……また貴様か、クー・フーリン。

 どうしてこう、毎度毎度君は私が召喚された先にいるのだ! ストーカーか!」

「そりゃこっちのセリフだ赤いの! どこに召喚されてもそのツラ拝むこっちの身にもなりやがれ!

いい加減運命とか感じちまいそうだ……あぁヤダヤダ!!」

「それこそこちらのセリフだ! この腐れ縁、いい加減断ち切ってくれる!!」

「おぅ、上等だ! いい加減、てめぇの辛気臭ぇツラも見飽きたってもんだ! 白黒つけようじゃねぇか!!」

 

その瞬間、両者の間で物理的衝撃すら感じられるような凄絶な殺気が衝突した。

 

(なに、これ……!?)

 

ベヒモスを前にした時の恐怖など生温い。

立っていることはおろか、呼吸すら困難な殺意の奔流。

自身に向けられたものではなく、あくまでも“余波”に過ぎないにもかかわらず、香織は今にも意識を手放してしまいそうだった。

マシュは慌てて香織の傍に寄り添おうとするが、その手が彼女に触れる寸前で止まる。

 

(嘘……)

 

なんと、香織はギリギリのところでエミヤとクー・フーリンの殺気に耐えているのだ。

今にも飛んでしまいそうな意識を握り締め、崩れそうな脚に活を入れる。

それはひとえに、“南雲ハジメの生存”を信じる彼女の想いと、彼を助けに行く決意と覚悟のなせる業。

その強い意志が、心が、彼女にここで無様に倒れることを許さない。

今度こそ必ず、ハジメを守るのだと。そのためにも、こんなところで膝をつくわけにはいかない。

 

「はいはい、じゃれ合いはそこまで! まったく、仲が好いんだか悪いんだか……」

「じゃれてねぇよ!」

「不本意ながら全く以て同感だ。だが、マスターの意向に背いてはサーヴァント失格だ。

 君はどうかね、クー・フーリン。それとも、クランの猛犬は躾がないっていないのかな?」

「ちっ、わぁったよ。俺も異論はねぇ。というか、テメーは一々一言多いんだよ!

 嫌味言わなきゃ話もできねぇのか!」

「さて、私は単に相手に合わせているだけなのだがね……」

「おう、そりゃどういう意味だ?」

「ご想像にお任せしよう」

「けっ、つくづくいけすかねぇ野郎だ」

 

口では分が悪いと分かっているのか、クー・フーリンも仕方なく矛を収める。

実際、今はそんなことをしている場合ではないし、これで彼は忠義者だ。

まずはマスターの意向を最優先にしてくれる。

 

「それで二人とも、状況の説明はいる?」

「いや、不要だ」

「ダ・ヴィンチから一通りのことは聞いてる。

 通信こそできねぇが、こっちの状況はしっかりモニターしてたぜ」

「それじゃ、早速ホルアドってところに向かうから、よろしく!」

「おう。嬢ちゃん、荷物寄越しな」

「は、はい」

 

立香の指示を受け、それぞれが自らの役目に沿って動き出す。

クー・フーリンは三人の荷物をまとめて担ぎ、エミヤは立香を背中におぶる。

立香としては「恥ずかしいなぁ」「でも仕方ないんだよなぁ」と言わんばかりのなんとも言い難い表情。

何が悲しくて、二十歳目前にしてムサイ野郎の背中に乗っからねばならないのか。

だが、今はそんなことを言っていられる状況ではないので、何も言わないが。

 

「マシュ、彼女のことは任せるぞ」

「私が、ですか?」

「ああ。初対面の男より、同性であり友人である君の方が安心だろう。

 悪いが、今回は私がマスターを運ばせてもらう」

「なるほど、了解しました。さすがエミヤ先輩、見事な気配りです!」

 

尊敬の眼差しを向けるマシュに肩を竦めて応える。

マシュも、急ぎ香織の元へと駆けていく。

 

「え? え? ど、どういうこと?」

「すみません。どうやら、あまり穏やかではない手段で向かう事になりそうです。

 香織さん、くれぐれも舌を噛まないように。失礼します。

それとフォウさんも、しっかりつかまっていてください」

「わひゃっ!?」

「フォ~ウ!」

 

一言謝って、フォウを肩に乗せたマシュは香織をお姫様抱っこで抱き上げる。

 

「マシュ方向は?」

「三時の方角に王都内外を繋ぐ門があります。周辺は結界が張られているそうなので、そこから出ましょう!」

「確かに、わざわざ結界を破って事を大きくする必要はないな」

「おっし、じゃあいくぜ!!」

 

クー・フーリン、エミヤ、マシュの三人は一足飛びで壁を駆け上がり屋上へと昇る。

そのまま指示された方向へと風を置き去りにする速度で走り出した。

体感速度としては既に新幹線にも劣らない。風が乱暴に肌を叩き、凄まじい速度で暗い景色が流れていく。

 

つまり、最短距離を突っ走って王都を抜けるつもりなのだ。

何と無茶な…と言いたいところだが、軽々と壁を駆け上がり、屋根から屋根へ道路を飛び越えて渡っていくことができるなら、確かにその限りではないのだろう。

 

間もなく王都内外を繋ぐ門が見えてきた。

本来なら夜間は門は閉じられているのだが、王都ほどの大都市の流通を維持するにはいくつかの門は開けておかなければならない。これは、その一つだ。

その分警備は厳重だが、抜け道はいくらでもある。

 

「おい、あの馬車に紛れるぞ!」

「承知した。マシュ、遅れるな」

「はい!」

 

三人はエミヤが出した黒い外套を被り、門の警備を務める兵から死角になる影に身を潜めた。

隠密行動の苦手なマシュだが、他の二名はそれなりに心得がある。

彼らに先導され、無事見つかることなく王都を抜け出すことに成功。

 

平野に出たところで、再度スピードを上げて走り出す。

それも、速度は先ほどよりさらに上がっている。

平坦な道な分、速度が出しやすいのは当然のことだった。

 

「嬢ちゃん、どっちだ!」

「もう少し右へ……はい、その方角です! この先に中規模の街があるはず、そこで準備を整えます!」

「クー・フーリン、少しペースを落とせ! 我々にはそれでは早い!」

「あん? ちっ、しゃーねーか」

 

英霊の中でも屈指の敏捷性を誇るクー・フーリンが本気で走れば、二人では追いつけない。

特にマシュは敏捷のステータスが低い上に、デミ・サーヴァントという事もあって不利になりがちなのだ。

エミヤの苦言は、根本的にはマシュへの配慮から来ている。

 

「あ、あと夜とはいえ極力人目につかないよう気を付けて! ばれたら面倒だから」

「わぁってるよ! 安心しな、夜目は効く方だ。他の奴らがいたら適当に迂回すっからよ」

 

黒い外套を纏って闇夜に紛れている分、見つかり難くはあるだろうが絶対ではない。

残す痕跡・情報は少ないに越したことはないのだ。

 

「わわわ……」

「大丈夫ですか、香織さん?」

「な、なんとか……」

 

思いのほか激しい揺れに動揺しながらも、香織はヒシッとマシュにしがみつき姿勢を保持。

同時に夜空や暗い地平線など、出来るだけ遠くへ視線を向ける。

 

これは地面が近くなったことで尚更体感速度が上がったことも理由の一つだ。

最早、いったい何と比較すればいいのかわからないほどのスピードで走っている。

これで前の二人はペースを落としている方という事実に、最早言葉もない。

 

「マスター、君の方はどうかね? できれば頑張って欲しいのだが」

「う、うん、なんとか……うっぷ! 頑張る……」

「期待しよう。まぁ、無理はせんことだ。無茶なのはわかり切っている。むしろ、耐えている彼女に私は感心するよ……おっと、これは失言だった。忘れてくれ」

「聞く、余裕、ない……」

「……そのようだ!」

 

速いことは速いのだが、とにかく揺れるのがこの移動手段の難点。

短距離ならまだしも、長距離の移動には死ぬほど向かない。

何がダメかというと……………………「酔う」のだ。それも激しく。

 

緊急時にはこの移動手段を何度かとった立香でさえ、未だに“慣れる”という事のない激しい振動。

舌を噛む程度ならまだ可愛いもの。次第に気分が悪くなり、最悪担がれたまま……という事もあり得る。

香織が夜空や地平線と言った遠くのものを見る様にしているのも、そういう事だ。

少しでも気を紛らわせようとしているのである。

 

そして、エミヤも立香も紳士だ。

そんな乙女の尊厳にかかわることには、当然気付いていない。

もしかしたら背後からちょっと優雅ではない音が聞こえたりするかもしれないが、これだけ風がうるさいのだ、聞き間違いか何かだろう。そうに違いない。

 

やがて、そんな強行軍も終わりが近づいてくる。

王都周辺という事で、このあたりにはそれなりに街や村もある。

一行が目指していたのは、そんな中でも中堅程度の大きさの街。

ここで、馬車をはじめとした今後必要になるものなどを買い揃え、ホルアドに向かうのだ。

 

なにしろ、この移動手段は早いことには早いのだが快適性が致命的に欠けている。

目的地はホルアドではなく、その先の大迷宮。より正確には、その遥か底にいるであろう南雲ハジメの捜索と救出だ。道中で体力を使い果たしてしまっては、それこそ本末転倒である。

本当は宿で一泊できればいいのだが、それで捜索の手が及んではせっかく稼いだ距離と時間が無駄になる。

というわけで、ある程度の距離を稼いだ後は体調の回復を図りながら移動できる馬車が望ましい。

出来れば幌付き、最低でも荷台が必須だ。

 

そんなわけで、街の手前についた立香たちは、近くの林に一度身を隠す。

何故そんなことをしているかというと……

 

「では、行ってくる」

「マシュ、クー・フーリン。香織さんのことは任せたよ」

「はい、お任せください先輩。お気をつけて」

「おぅよ。ま、土産に酒でも頼むわ」

「うぅ~~~~~~~~~……」

「香織さん、お水です。ゆっくりどうぞ」

 

香織がいい加減限界だったから……ではない。いや、確かに限界だったのだが、そこではないのだ。

二人ともタイプこそ違えど掛け値なしの美少女。当然目立つ、ものすごく目立つ。

たぶん、一度顔を見れば男女問わず忘れないくらいに。

そんな二人がのこのこ街に入るのは大変危険だ。顔を隠すことはできるが、万が一にも見られれば足がついてしまう。

この街とて、王都からそう離れてはいない。捜索の手が及んだ時、顔を見られていれば進行方向が予測されてしまう。

 

しかし、逆に言えば街に入らなければ問題はない。

なので、顔どころか存在すら知られていない立香とエミヤで街に入り、持ち込んだ貴金属や宝石を売って資金を得て、必要な物品を調達する。そうすればあら不思議、謎の美少女二人の影も形もない、まさに完全犯罪。プロフェッサーMもビックリだ!?

 

ちなみに、何でクー・フーリンを残していくかと言えば、立香の過保護と心配性の表れだ。

名目は香織の護衛だが、その実ようやく再会できた後輩から目を離すのが心配で仕方ないだけである。

エミヤもクー・フーリンも察しているが、敢えて何も言わない。

経験豊富な人生のヴェテランの余裕だった。

 

そんなわけで、二人は街の門へと向かっていく。

既に明け方も近く、門前は早くも人の賑わいの兆しを見せている。

買わなければならないものも少なくないので、それなりに時間がかかるだろう……というマシュの予想は、あっさり覆された。所要時間なんと驚きの5分、驚異の早業である。

 

「マシュ――――――――――――っ!?」

「先輩? 随分早いですが、どうかされたんで……」

「なんか、前に並んでた人がカードみたいの見せてから入ってたんだけど!? あれなに!? もしかして、俺も持ってなきゃ不味い!?」

「カード……あっ!? す、すみません先輩! すっかり失念していました、マシュ・キリエライト一生の不覚です!」

「あん、うっせぇな。どうした?」

「そのカードはステータスプレートと言って、この世界で言うところの身分証のようなものです。それなり以上の街では、これを提示しないと街に入れないんだそうです!」

「ええっ!? 俺そんなの持ってない!」

「わ、私が一緒に行けば……」

「いや、それじゃ本末転倒だろうが。だいたいんなもんなくても、黒んぼにでも担がせて壁超えりゃいいだろうが。この街には見たところ、結界の類はなさそうだしよ。

 それに、この手の街は入るのは厳しくても出るのは緩いもんだぜ?」

 

気配遮断のスキル持ちのアサシンではないので、もう明るくなり始めた今、王都を出た時のような手段は使えない。エミヤたちだけなら霊体化していけるが、立香も伴ってとなると無理だ。

だが、クー・フーリンの言う通り、飛び越えてしまえば問題はない。

ただしそれも、この場に限っての話だ。

 

「いえ、大迷宮へ入るのにもステータスプレートは必要です。ホルアドもかなり大きな街ですから、結界はなくても警備は厳しいでしょう。毎回非正規の手段で侵入するのは望ましくないかと……」

「なんだよ、結局それがいるってことは、足がついちまうじゃねぇか」

 

そう、結局ホルアドについてしまえば、霊体化できない香織とマシュはステータスプレートを提示しなければならない。そうなれば当然、足がついてしまう。

そのため、できれば捜索の手が届く前にホルアドについてしまいたい。

だからこそ、徹底して足跡や痕跡が残らないように動いてきたのだ。

 

暗示にかかった雫は、おそらく当然のように香織たちの捜索を願い出るだろう。同時に、香織の目的地が大迷宮であろうことも察するはずだ。とはいえ、彼女たちの認識では歩くので精一杯のマシュを連れていれば、その歩みは遅くなる。また、人や物の出入りを調べる限り、不審な様子もない。

生活の全てを王宮が見てくれていたマシュたちは、ほぼ現金を持っていないのも周知の事実。そのため、馬車などに乗ろうとすれば、所持品を売って金銭を工面するか、不正な手段で乗り込むしかない。

当然、それをすればこれまたどこかに痕跡が残る。

 

つまり、普通に考えれば一切の痕跡を残さずに王都から出ることは不可能なのだ。

特にマシュも香織も隠密行動に長けた天職ではない。影の薄さ生涯世界一位「遠藤浩介」なら歩いて、正面から、誰にも声をかけられずに、素通りできるだろうが。

そんなわけで、恐らく捜索はまず王都内及び念のためにその近隣で行われるはず。もしかしたらホルアドにも伝令が届くかもしれないが、それこそ保険程度のものだろう。

 

故に、ホルアドまでなんとか痕跡を残さず辿り着ければ、大迷宮への侵入もできると踏んでいたのだ。

最悪、迷宮には力づくで乗り込んでしまえばいい。一度は行ってしまえば、あとはどうとでもなるのだから。

とまぁ、そんなプランとも呼べないプランだったのだが、まさかこんな形で躓くとは……。

 

「確かにホルアドでは痕跡が残ってしまいます。最悪それは仕方ないとしても、痕跡を残す機会は少ない方が良いでしょう。折角ですし、先輩にはこの機にステータスプレートを調達していただくのが無難かと。

 上手くすれば、私たちの分は紛失したという事で誤魔化せるかもしれませんし。できなくても、なんとか時間ギリギリまで対策を考えるつもりです」

「でも、そう簡単に再発行とかできるの」

「割と小さなものなので十分紛失の可能性はありますから……確か、冒険者ギルドで再発行してもらえると聞いた覚えがあります」

「わかった。なら、エミヤに中に入れてもらって、そこでステータスプレートを発行してもらおう。

 あとは当初の予定通り。ちなみにそれって、盗んだとして使える?」

「いえ、登録した人でないと表示できないそうです」

「意外にセキュリティがしっかりしてるなぁ……」

 

そう呟きながら、立香は侵入できそうな場所を探していたエミヤと合流しに行く。

元より不法侵入するつもりなあたり、良い性格をしている。

 

「ステータスプレート……あっ、そういえば……」

 

一つ確かめておきたいことがあったことに、気付くマシュ。

早速、暇を持て余しているクー・フーリンに相談してみることに。

 

「あの、一つお願いがあるのですが?」

「あん?」

「実は――――――――――」

 

マシュたちがそんなやり取りをしている間に、立香とエミヤは無事街への侵入に成功。

警備の緩さを嗤うようなことはしない。

どこの世界に、垂直の壁を人ひとり担いで駆け上がるようなビックリ人間がいると思うだろうか。

そんなものどこの誰も想定していないのだから、防ぎようがない。

 

「さて、多少のトラブルはあったが無事入れたな。で、まずはやはり質屋かね?」

「うん。とにかく俺たちいま無一文だし」

 

というわけで、マシュに教えてもらった質屋…コインと袋が描かれた看板が目印の店を探す。

それ自体はあっさり見つかったのだが、立香はふと思う。

 

(あれが質屋なら、銀行ってどんなマークなんだ?

 それとも、この世界に銀行はまだない?)

 

まぁ、割とどうでもいい疑問だ。

そんなことよりも、この時重大な問題が発生していたことに立香たちは気付いていなかった。

街の中を歩く中でヒントはあったのだが、物珍しさが先だって気付かなかったのが悔やまれる。

その問題とは、この世界に来て二度目となるカルチャーショック(?)。

 

「**************************」

(何言ってるかわっかんねぇ~~~~~~っ!?)

 

召喚された者たちは共通で所有する技能「言語理解」。

しかしそれは、自分の意志でやってきた立香には与えられなかったらしい。

今まで同郷の者たちとしか話していなかったので、全く気付かなかったのだ。

言葉が通じなければ、コミュニケーションも何もあったものではない……普通なら。

 

「***? *******、*******。**********!」

(なめるな! 言葉が通じない? その程度日常茶飯事だぁ!! 話が通じない連中に比べればなんぼのもんじゃい!! 真なる異文化コミュニケーションの神髄、見せてやる!!)

 

コミュニケーション関連になるとテンションが上がるのか、立香の何かに火が付き、キャラがぶれている。

 

まぁ実際、彼にとってみれば言葉が通じない程度は問題にもならない。

バーサーカー連中には割とそういうサーヴァントが多い。むしろ、言葉が通じるのに話が通じない連中のほうが厄介だ。なにしろ、どうやったら伝えたいことが伝わるのか、創意工夫しなければならないのだから。

言葉が通じない“だけ”なら何とでもなる。

 

「******! *******、***! **********」

「これで200? 安い! せめて900! え? こっちとセットで1700? …………よし、売った!!」

「********? **********。***!? ********!」

「これとこれのセット? ダメダメ、そっち800、こっちが1050。これ以上はビタイチまからないぞ!

 ……あっそ、じゃいいや。別の所にもっていくから」

「****! *************!!」

「初めからそうしてればいいんですよ。よし、セットで2000、毎度!」

(なぜ、言葉が通じないのに商談が成立しているんだ?

 最近、ますますマスターのコミュニケーション力が突き抜けてきた気がする。彼はいったい何になろうとしているんだ? 神か? コミュ神にでもなろうというのか?)

 

『やだなぁ、そんなマスター』などと思いながら、目前の謎の光景にエミヤは頭を抱えたい衝動にかられていた。

まったく会話が成立していないのに、なぜか意思疎通は問題なく図れている。

謎だ、激しく謎だ。

 

いや、特異点を巡る旅を経て、更なる艱難辛苦を乗り越え立香も逞しく成長したのだろう。

それ自体は喜ばしいのだが、方向性が間違っている気がするのは気のせいか。

 

ちなみに、妙に商魂たくましいのはダビデやどこぞの女王と言った、守銭奴共の影響だろう。

なにしろ個性の塊揃いなのがサーヴァントという存在だ。

朱に交わって紅くなるどころか、“黒”を“白”に染め上げるくらいはしかねない。

 

「ふぅ、熱い交渉だった! やっぱり現地の人との魂の交流こそが旅の醍醐味だよ。そう思うだろ、エミヤも」

「……アア、ソウダナ」

 

良い汗かいて爽やかな笑顔を浮かべる主に、アーチャーはどこか遠い目で答える。

なんか良い事言っている気はするのだが、素直に賛同したくなかった。

ちなみに、背後では「また来いよ! 今度はもっと値切ってやるからな!」と伝わらない言語で、店のおっちゃんが手を振っていた。

 

「それで、次はどうするのかね? 馬車か、それとも物資の調達か、あるいは……」

「ステータスプレートかな。身分証がないと買えないとかだと二度手間だし、他のは馬車に積んだ方が手間が減る」

「了解した。では、冒険者ギルドだったか。確か、目印は一本の大剣が描かれた看板だったな」

「うん。え~っと、さっきのおじさんの話だと……」

「待て、価格交渉ならまだ数字だけでなんとかなるだろう。だが、店の場所などどうやって……!?」

「ノリと勢い」

(それで伝わるのか?)

「ボディランゲージは万国共通だよ。バーサーカーにだって通じる、異世界で通じない理由があるの?」

 

正直、「当たり前でしょ」みたいに言い切られても困る。

少なくとも、それで通じる自信がない。いや、ある程度は通じるだろうが、それにしたって限度があるだろう……。話の通じない系バーサーカーや天之河光輝と意思疎通を図れるコミュ力は伊達ではない。

 

「あ、ここだ」

(本当に迷わず着いてしまうとは……)

「う~ん、まさにって感じだなぁ」

「確かに、あまり行儀は良くなさそうだ。マスター、私から離れるなよ」

「もちろん! 話が通じない位なら何とかなるけど、いきなり暴力振るわれたら俺何もできないし。ペンは剣より強いけど、剣はペンより早いからなぁ」

 

身の程を弁えている、と言えばその通りではあるのだが……なんだか釈然としないエミヤであった。

 

年季の入った木製の扉を開ければ、まず目に飛び込んできたのはカウンター。ただし、人が多すぎて隙間から一瞬そんな感じのものが見えただけだ。

左手側に視線を向ければ、食事処があり酒も置いている様子。そちらも人でいっぱいで、食欲をそそる大味な匂いと、僅かなアルコール臭からの推測だ。

上下左右に視線を巡らせれば、壁や床には破損と修復が繰り返されたらしい痕跡が見られ、天井には血痕。

不衛生だったり整備が行き届いていなかったりと言いたいことは色々あるが、敢えて何も言うまい。

どうせ、カードを発行してもらって、そのまま「はい、さようなら」なのだから。

 

「***、***********?」

「*******************。***********」

「**********、********。**************」

「**。*******、************」

「ほぉ、存外冷静じゃないか。何を言っているかはわからんが、警戒してくれているらしいな。

てっきり、早々に難癖付けられるかと思っていたのだが」

「期待してた?」

「まさか。私は平和主義だぞ、余計なトラブルはゴメン被る」

「嘘じゃないのは知ってるけど、素直に頷きたくないなぁ」

「君にだけは言われたくないと、今私は思っているよ」

 

不躾に周囲の冒険者たちから向けられる視線に、二人は特に動じた様子も見せない。

当然だ。エミヤは色々訳ありな特殊例の英霊とはいえ、それでも英霊は英霊。

それも戦う事を得手とするタイプの。もっと得意なもの(家事全般)もあるが、戦闘能力は人間レベルでは足元にも及ばない。

立香は立香で自身の腕っぷしはほどほどだが、とにかく強面・強者への耐性が異常だ。迫力という面で言えば、ここの冒険者たちなど子猫に等しい。勝てる勝てないはともかく、特に気圧されたりはしない。

 

が、なにもみんながみんな荒くれながら分別のある者たちばかりではない。

特に経験の浅い若手の中には、気ばかりが大きく、何にでも噛み付く野犬のような者も稀にいる。

 

「**、********! ****、***! *********!! ******、**!」

 

もうこれでもかと言わんばかりのチンピラ風の男が、エミヤに向けて吠え掛かる。

しかし、そもそもこの世界の言語を知らない彼には、文字通り「遠吠え」以上の意味はない。

一応自分に向けて吠え掛かっているのは理解できるが、かと言って応じてやるつもりもなし。

なので、丁重に無視させてもらっていたのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。

 

(まぁ、そうだろうとは思っていたが……)

 

無視以外の選択肢を取らなかったのは、立香のように意思疎通できる自信がないからだ。

伝わらない言葉をいくら重ねたところで、この男が引き下がるとは思えない。

その後ろには仲間と思しき、これまたチンピラ風の男が3名と、化粧の濃い女が2名。

ある者は槍を、またある者は杖を、手甲を付けた者やナイフを腰に下げている者もいる。

まぁ、大凡オーソドックスな武器ばかりで、武器の質も……目を引くものはなし。

物珍しさには欠けるが、案外堅実なのかもしれない。

今まさに難癖をつけている男も、得物は幅広の長剣だ。

 

「*****。**********。**、****。**************、***?」

(さて、どうしたものか……)

 

わざわざ相手をしてやる気はないが、いい加減鬱陶しくなってくる。

自分から仕掛けてこないのは、吠えるばかりで度胸がないのか。それとも、賢しくも正当防衛を主張するための仕込みなのか。

 

(いずれにせよ、放っておけばそのうち飽きるだろう)

 

別にどちらでも構わなかったので、エミヤは無視を決め込む。

立香は立香で荒事にならないのなら放置の方針なのか、何も言ってこない。

基本、各サーヴァントの方針を尊重するのが彼のスタイルなので有難いと思っているのだが、こういう時はその訳が分からないレベルに突入しつつあるコミュ力を発揮してほしいとも思う。

とはいえ、サーヴァント(召使)として主に頼るのも格好がつかない。

 

結果、そのままチンピラは放置することに。

 

「できればさっさと要件を済ませたいのだがね」

「朝だからかな? 結構人が多くてなかなか進めない……」

 

依頼者が殺到しているのか、それとも依頼を受けるために冒険者が集まっているのか。

どちらかは知らないが、とにかく人が多い。

強引に人込みをかき分けて進もうかと思うが、変な人にぶつかるとトラブルの元になりそう。

急いでいるからと言って、トラブルになれば返って時間を食ってしまう。

大人しく人がはけるのを待つべきか……などと思っていたら、どうやらチンピラの方がもう限界らしい。

 

「****!! ***********!!」

「はぁ、それを抜けばこちらも応戦せざるを得ないのだがね」

 

腰の長剣を抜き、切っ先を向けてきた。

しかも、ゆらゆら揺れる切っ先はエミヤだけでなく立香にも向いている。

流石にそこまでされては無視するわけにもいかない。万が一にもマスターである立香が傷を負えば、サーヴァントの沽券にかかわるし、マシュに合わせる顔がない。一応、彼もまたマシュの「先輩」なのだから。

 

(止めようとする者もいないわけではないが、これではな)

 

仲間たちはチンピラを囃し立てているので論外。

周りの冒険者連中の内大半が静観を決め込み、煽りも宥めもしない。

自分から火中の栗を拾いにはいかないが、せっかく火に飛び込むバカがいるのだから、その火の質を見極めようというのだろう。中には、チンピラを案じて制止の声をかける者もいるが……あれでは望み薄だ。善良なのは良いが、“強気”とは言えないので押し切れずにいる。

 

(腕は悪くなさそうだが、色々と貧乏くじを引きそうだな。同情するよ)

 

刃を向けられているエミヤや立香のためか、あるいは返り討ちになるとわかり切っているチンピラのためか。

いずれにせよ、彼の善意には感謝している。ならばせめて、彼が自責にかられないよう、丁重に制圧することを決める。

誰のためでもなく、他者のために面倒な役回りを引き受けたお人好しのために。

 

(彼に感謝することだ。でなければ、相応に痛い目を見てもらうところだった)

「お手柔らかにね」

「無論だ」

 

エミヤの内心などお見通しとばかりに一言入れる立香に応え、最速で無力化すべく動き出す…………寸前、巨大な影が落ちた。

 

(殺気はないが、なん…だ?)

 

目の前のチンピラは脅威の欠片もないので、さっさと視線を上に向ける。

明かり窓からの逆光で黒いシルエットしか見えないが、チンピラの背後に身長180代後半のエミヤがなお見上げる人影がそそり立っていた。

恐らく身長2m強、全身は分厚い筋肉の鎧で覆われ、頭は禿頭。その天辺には一房の長い髪が生えており、三つ編みに結われている。ここまでであれば巨漢の冒険者だと思うだろう。

実際エミヤもそう思ったし、特徴的な髪形も辮髪(べんぱつ)(主にモンゴル周辺の男性の髪型で、頭髪を一部を残して剃りあげ、残りの毛髪を伸ばして三編みにし、後ろに垂らしたもの)だと思えば何もおかしなことはない。

 

立香ほどではないにしろ、生前は世界各国を回った彼はそれなり以上に“異文化”というものへ理解がある。

部外者から見れば奇異に映るものでも、当人たちにとっては当たり前なことなどいくらでもある。

力士が取り組みの際に“廻し”しかつけないことも、日本人なら不思議に思わないが、海外ならその限りではないのと同じ。

 

しかし、問題なのはその後だった。

その三つ編みの先端がピンクのリボンで纏められているのは……まぁ、良いだろう。個々人の趣味だ、とやかくは言うまい。

だが、刹那の時間で光に慣れた目に映った光景のインパクトは絶大だった。

まず、劇画かと思うほど濃ゆい顔!!!

 

「ぶはっ!?」

「お~」

 

動く度に全身の筋肉が「ピク♪ ピク♪」と動き、「ギシ! ミシ!」と音を立て、両手を頬の隣で組み「くね♡ くね♡」と動いている。

服装のインパクトはさらに凄まじい。女性の胴ほどもある腕は付け根まで、大樹の如き脚は太腿半ばまでむき出しになり、上半身から腰の下あたりまでを一つの巨大なハート(濃淡を使い分けたピンクを基調に白いフワフワとしたファーのようなもので縁取っている)が辛うじて隠している。

 

後ろは見たくない。

見なくても大体想像がつく。

本当は想像したくもないのだが、どう見たってこれは……

 

「裸エプロンか!?」

「わぁ~、だいた~ん!」

 

立香の感想が盛大にズレているが、今はそれどころではない。

正直、歴戦のエミヤをして視覚的インパクトだけで意識が飛びかけた。

むしろ、どうして立香は平然としているのか。

あれか? 外なる神々的な何かとつながりのあるサーヴァント、クラス:フォーリナー(降臨者)とも契約しているからか? いや確かに、これはそれに比肩するインパクトと言えなくも……。

 

とそこで、エミヤは気付いた。

さっきまで吠え立てていたチンピラもいい加減異変に気付き、今まさに振り返ろうとしていることに。

そして、彼はなんだかんだ言いつつ根っからのお人好し。

咄嗟に、そのお人好しっぷり……要は皮肉屋の仮面の下の“素”が出てしまった。

 

「**? **********……

(特別意訳:あん? いったい何見てやがん……)」

「バカ者! やめろ! 見るなぁ!!」

「**~*、*********~*。

(特別意訳:あら~ん、良い漢がいるわねぇ~ん)。

******、*・*・*、**♪

(特別意訳:おねぇさんの、こ・の・み、よん♪)

 *~*、***、*************~*

(特別意訳:あ~ん、でもぉ、そっちの子も可愛いぃぃわぁ~ん)」

「*(特別意訳:ば)」

「*?(特別意訳:ば?)」

「******~~~~~~~!?

(特別意訳:バケモノだぁ~~~~~~~!?)」

「******、*************、*****************、************、*********!!

(特別意訳:どぅぁ~れが、外なる神も泡吹いて気絶する、傍にいるだけで魂が深淵堕ち待ったなし、名状しがたき不浄なる者だ、グルァァァァァァァ!!)

 

その瞬間、名状しがたき不浄が天地を揺るがす咆哮を挙げ、ギルドが震撼した。

いや、事実としてギルドの建物そのものが揺れたのだ。割と深刻そうな軋みを上げて。

エミヤは自身に向けられたわけでもないその咆哮に、思わず一歩後退る。

周囲も酷い有様だ。ただし、彼らの言葉が分かればこう聞こえただろう。「ぎゃ~! なんだあのバケモノはぁ~!」「あ、新手の魔物か!?」「いや、オルクス最下層から這い出したボスだ!!」「ま、まさかクリスタベル!? なぜアイツがここに! とっくに冒険者業は引退して、ブルックの街に隠居したはずじゃ!?」まさに阿鼻叫喚である。

 

(なるほど、異世界トータス……このようなバケモノがいるとは、どうやら一筋縄ではいかんらしい!!)

 

エミヤは割と真剣に死を覚悟した。一命を賭してでも、マスターだけでも無事離脱させなければと。

ちなみにその足元では、先のチンピラが泡吹いて失禁しつつ気絶していた。

しかし、そちらに気を配る余裕は彼にもない。

なにしろ、守るべきマスターが自分から渦中に飛び込んでいくのだから。

 

「っ! 何をしている、マスター!」

「…………」

 

無言のまま一歩前に出て、ジッとバケモノを見上げる立香。

同じくジッと立香を見下ろすバケモノ。

下手に動けば立香が危ない。その事実が、エミヤの動きを止めていた。

ただし、いつバケモノが動いてもいいように、あらゆる事態に対応できるよう備える。

 

そして、その時は訪れた。

両者の腕がゆっくりと持ち上がり……………がっちりと握手を交わしたのである。

 

「…………………………………………は?」

「いや、ありがとうございます。おかげで助かりました」

「********、************************♪」

「荒事にはしたくなかったんで、困ってたんですよ」

「***♡ *********、**。*****************、*****************」

(通じている、のか? マスターのコミュ力は、遂にバケモノにすら届いたというのか!?)

 

まるで親しい友人と談笑するかのように朗らかな立香。

バケモノの方も、先の咆哮が嘘のよう輝く笑顔(?)を浮かべながらクネクネとシナを作っていた。

エミヤにはただただ不気味でしかないその動きを、立香は当たり前のように受け入れている。

どんなサーヴァントをも受け入れる懐の深さを頼もしいと思ってきたが……この日、エミヤは初めて立香を「恐ろしい」と思ったそうな。

 

その後、すっかり打ち解けたバケモノの計らいでステータスプレートの発行に始まり、馬車選び、必要な品々の購入の全てが順調にいった。半額以下まで値切れたのは、立香の手腕だけが理由ではあるまい。

むしろ、「タダでやるから帰ってくれ」と泣きつかれていたようにも見えた。

真相は、考えない方が良いだろう。知らなくていいことが世の中にはある。

 

加えて、あのバケモノ…………信じがたいことに目利きに優れるだけでなく、センスも良い。

まず馬からして上質だ。若く健康でありながら気性は穏やか、速度には長けないものの持久力に優れているので、馬車用の馬としては最適だった。

幌の仕立ても実によく、シンプルでありながら縫製はしっかりとしており、エミヤも思わず唸る職人技が光っている。さらに、所々に細やかな刺繍が縫い込まれているという、遊び心に溢れた逸品ときた。

車の方も良い木材を使い、ニスが良い味を出している。削り出しから組み上げまで、完璧な採寸で一部の隙もない仕上がりだ。

正直、ホルアドまで乗っていくだけにしては上物過ぎる。これほどの物が手に入るとは思っていなかったし、望んでもいなかった。ぶっちゃけ、ホルアドまで持てばいいか、くらいの気持ちだったのである。

それが、蓋を開けてみればこの結果。

 

オマケに、必要な品々も質だけでなく品が良く、それでいてリーズナブル。

主夫として、悔しいが敗北感すら覚える審美眼だった。

 

恐るべし、謎のバケモノ。何が謎って、どうしてそのセンスを自分に活かせないのかが一番の謎だ。

 

(結局言葉は通じていなかったようだが、いったいどうやってこちらの要望を伝えたのだ?

 男二人にもかかわらず、女性用の品まできっちり揃えている。マスターのコミュ力か? それとも、あのバケモノの洞察力か? わからん………私には全くわからん!!)

「どうしたのエミヤ、頭抱えて。前見ないと危ないぞ」

「…………………………ああ、そうだな」

 

馬車を歩かせている最中なのだから至極真っ当な指摘だが、なんだかとっても釈然としない。

 

「良い人だったなぁ、クリスタベルさん」

「ん? クリスタ……誰だ?」

「一緒に買い物してくれたあの人。面倒見良いし、大らかだし、良い人だろ?」

「色々言いたいことはあるが……どうやって名前を知った?」

「そんなの話してれば分かるじゃん」

「言葉がわかるのかね?」

「まだわからないけど、話してればいくつかの単語はわかるようになるよ」

「まぁ、それは……」

 

確かにその通りなのだろう。文法は無理でも、いくつかの単語は指差しや繰り返して出てくることで察しが付く。

名前もそうやって知ったのだろうが……やっぱり納得いかない。

 

「というか……クリスタベル? あのナリでか?」

「え、何か問題ある? 可愛いと思うけどなぁ……」

(せめて、人を見かけで判断するなと言ってくれた方が、まだ気が楽なんだが……)

 

そんなイマイチかみ合わないやり取りを続けつつ、マシュたちの待つ林へと向かう。

時刻はまだ正午にもなっていない。結果的に、クリスタベルのおかげで迅速な準備ができたのだから、感謝するのが筋なのだろう。そう、自分を納得させるエミヤだった。

 

「あ、今日は偶々こっちに仕入れで来てただけで、いつもはブルックっていう街でお店やってるんだって。

 ほら、これお店の地図。お友達価格で割引してくれるってさ。また会いたいなぁ~」

「やめろ!?」

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

クリスタベルの見立ては本当に素晴らしい。

馬車の乗り心地はよく、速度こそあまり出ないが実に快適だ。

これなら、車中で眠ってもさほど負担にはなるまい。

 

そのことは喜ぶべき事なのだが、御者を務めるエミヤはドッと疲れていた。

 

「どうしたんだ、アイツ? 妙に疲れてるけどよ……」

「えっと、どうしてでしょう? 立香さんはむしろ嬉しそうだったけど」

「なんでも、親切な人に随分良くしていただいたとか。この馬車も、その人の薦めだったそうですよ」

「ほぉ~……異世界も捨てたもんじゃねぇなぁ~」

「うん、クリスタベルさん、ホントに良い人だった。今度皆にも紹介するよ」

「はい、お願いします、先輩」

 

真相を知らないが故に幸せなのか、それとも……。

 

「そういえば先輩、ステータスプレートはどうだったんですか?」

「ん? こんな感じ」

 

藤丸立香 19歳 男 レベル:1

天職:召喚師

筋力:20

体力:30

耐性:15

敏捷:20

魔力:25

魔耐:15

技能:召喚[+使い魔契約][+英霊召喚]・魔力操作・毒耐性・■■・対話[+対象理解][+相互理解]

 

既に派生スキルが四つ出ていた。

初期値はしょぼいが……ハジメよりはマシである。

そして、やっぱり言語理解はなかった。代わりに『対話』なる技能があり、既に派生技能が出ている。恐らく、これが立香のコミュニケーション力を技能として表示しているのだろう。

 

「わっ、すご~い……」

「使い魔契約は私との再契約が理由でしょうか? 英霊召喚も恐らく……」

「うん、これってどういう基準なのかな? できるようになった、あるいはできたから出るのか、それとも出たからできるようになるのか……」

「マスターの場合は、前者っぽいけどな」

 

マシュと契約したり、サーヴァントを召喚したりしたから出現した、と見るのが確かに妥当だろう。

立香一人でははっきりとしたことは言えないが、一つの可能性としては考慮に値する。

 

「でも、この『■■』って、いったい……」

「それが説明文もこの調子でさっぱりなんだ」

 

おかげで、冒険者ギルドは一時騒然となったが、こちらもクリスタベルのおかげで事なきを得た。

どういうわけか支部長に顔が利くらしく、極一部のギルド職員しかこのことは知られていない。

つくづく謎の多いバケモノだ。『秘密を纏って女の魅力は増すのよ~ん♪』とか言ってそうだが。

 

「マシュは何か分かる?」

「いえ、私も内容不明の技能がありましたが、私の時は文字化けしていましたから」

「あ、そんなのあったんだ。あれ、もしかしてそれって……」

「はい。やはりデミ・サーヴァントの力のことを指していたようです。先ほど確認したら『憑依継承[+霊装顕現]』となっていました。おそらく先輩同様、使ったものが増えていくのではないかと……」

「ま、元々できるんだからなきゃおかしいわなぁ」

「はい」

「そういえば、クー・フーリンさんたちはステータス・プレートは良かったんですか?」

「ん? 俺らは今更成長なんぞしねぇからな、無駄無駄。

 街に入るのも、迷宮に潜るのも霊体化しとけばいいだけだしよ」

「あ、そうなんでしたっけ……こうして普通に話せるのに、幽霊みたいなものっていうのも変な感じですけど」

「ま、追々慣れろや」

 

などと、クー・フーリンの竹を割ったような性格と立香の性質もあり、香織もすっかり打ち解けた様子だ。

馬車も順調に手に入り、移動もスムーズ。

この調子なら、夜中までにはホルアドにつくだろう。

馬車内で仮眠を取り、ホルアドでも一泊したら、食料などを揃える。

そうしたらいよいよ、オルクス大迷宮へ突入だ。

 

「はぁ……打ち解けるのは結構だがマシュ、白崎嬢、それにマスター。君たちは一度眠れ。昨夜から寝ていないのだぞ」

「あ、はい」

「うん、それは確かに」

「あの、エミヤ先輩。一つ、お願いがあるのですが」

「何かね?」

「クー・フーリンさん」

「おう。どけ、交代だ」

「なに? まぁ、よかろう」

 

御者をクー・フーリンが強引に交代し、今度はエミヤが幌の中に入る。

幌の床にはカーペットが敷かれ、板の上にじかに寝るより快適だ。

因みにここでもセンスの良さが光り、落ち着いた雰囲気を演出しているのが余計腹が立つ。

 

「それで、頼みとは?」

「はい。まず、私と先輩に共通する『魔力操作』という技能についてなのですが―――――――」

 

以前メルドに言われたこと、自分なりに調べたことなどを総合して話す。

とはいえ、それ自体は大した情報ではない。

この世界では魔力を直接操作できるのは本来魔物だけなので、それがばれると少々面倒というだけ。

大迷宮内では、さして関係のない事だ。

それが、マシュと立香に限った話なら……。

 

「先ほどクー・フーリンさんに香織さんのことを調べていただいたところ、魔術回路“らしき”ものがあるそうです」

「ほぉ……まぁ不思議な話ではないな。魔力があるだけでなく、どんな形であれ使えるのだ。なら、似た様なものがあったところでおかしなことはない」

「はい。なので、もしもそれを開くことができれば、香織さんにも『魔力操作』ができるようになるのではと……」

「なるほど……危険性については?」

「私から説明はしました」

「はい。魔力操作ができる様になれば、魔法が使いやすくなるかもしれないんですよね。なら、私!」

「具体的にどう影響するかは、試してみないと分からんな。生憎、マスターもマシュもこちらの魔法とやらには適性がない。どう作用するかは現状未知数だ。それに、我々のやり方は苦痛を伴う。また、運用を誤れば命に関わるぞ」

「わかってます。それでも私は……強くなりたいんです! 今度こそ、南雲君を守らなきゃいけないんです!」

「……………………………………」

「……………………………………」

「………………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………」

 

香織とエミヤとの間で視線がぶつかり合う。

やがて、折れたのはエミヤの方だった。

 

「一つ聞く、なぜ私なのだ? 確かに魔術の心得はあるが、私は所詮三流以下の半人前だぞ。

 引き換え、そこの男はルーン魔術においても超一流だ。私よりよほど……」

「俺らの頃とは構造(つくり)がちげぇんだよ! だいたい、んな細けぇのは性に合わねぇ」

(面倒ごとを押し付けおって!)

「あの、ダメ……でしょうか」

「はぁ、よかろう。少なくともマスターやマシュよりはマシだろうさ。

ならば、私にできる限りのことは教えよう。まぁ、大したことは教えられんがね。

 まったく、こんなことならキャスターでも呼ぶべきだったのではないかな?」

「いやぁ、それ今更だし…………シェイクスピアとか来たらどうするの?」

「…………そうだな、私の失言だった」

 

劇作家としては間違いなく人類史上随一なのだが、性格はもう本当にどうしようもない。

香織の現状には喜色満面食いつくだろうが、その後が極めて不安だ。

絶対に会わせてはいけないサーヴァントの一人である。

 

「では、せっかく時間があるのだ。今のうちに回路だけでもこじ開けるが、構わんかね?」

「はい! 大迷宮に入ったら、それこそそんな暇ありませんから」

「承知した。言っておくが、私もそう上手くはやれんぞ。相当強引な手段になるが……覚悟を問うのは無粋か。だが、その前に……」

 

香織の背後に立ち、首筋あたりから魔力を通そうとしていったん手を引っ込める。

代わりに彼が呟いたのは……

 

「――――投影(トレース)開始(オン)

 

詠唱と共に手元に出現したのは、ハサミと櫛。

ついでに、香織の正面に姿見が表れていた。

 

「わぁっ、すごい……」

「馬鹿の一つ覚えだ。そう大したものではない」

「でも、なにをするんですか? 魔術回路? っていうのを開くんじゃ」

「その前にやることがある。

君は思い人に会いに行くのだろう? なら、身だしなみには気を遣うべきだ」

「あ……」

「それとも、その髪で会いに行くつもりかね? まあ、それで良いというのなら私は構わんが」

「えっと、出来るんですか?」

「本職ほどとはいかんが、美容師の真似事くらいならばな」

「お願いします」

「承知した。君は髪質も良い、毛先を整えるくらいで十分だろう」

 

その後、エミヤは香織の髪を整えた―――――――――――――――約一時間かけて。

凝り性というか面倒見が良いというか、つくづくオカンである。




香織強化イベント発生。とりあえず魔力操作はできるようになる……はず、多分。

ちなみに、召喚されたのがこの二人なのは、初め位鉄板で行こうか、という理由から。
大体いつも一緒に呼び出される名物コンビですしね。仲悪いけど。

ちなみに、一度召喚したサーヴァントを全員送還しないと次が呼べない、という裏設定があったり。つまり、一級の霊地があっても七騎呼ぶためには、二人とも送還するのが必須条件。
誰を呼ぶかはあんまり考えてません。メッセージとかいただければ考慮します。理由があるとより考慮します。
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