チャイムが鳴り、ようやく6限が終わる。
教室の中が騒がしいが、そんな事お構い無しに俺は机に突っ伏した。
6限の時間に数学をさせるのは本当におかしいと思う。
ただでさえ昼食後で眠いのに、それに追い打ちをかけるように黒板に羅列される訳の分からない記号や数字。
それで眠くならない生徒は数学が好きか理系志望の奴だろう。
現に半数ほどの生徒は授業中に撃沈していた。
俺もいつもならそうする所なのだが、寝るとまた変な寝言を口走りそうな気がして寝るに寝れなかった。
そして、黒板の数字と睡魔との戦いが終わった今、俺は疲れ果てて、何かをやる気にはなれそうにない。
いや、元々放課後に用事なんてあってないようなものだし、奉仕部休んで帰ろうかなぁ。
「おーい、ヒッキー」
いやでも奉仕部サボると雪ノ下から何言われるか分からないからなぁ。
「ねぇ、ヒッキー聞いてる?」
とは言えこのまま部室に行って寝るって言うのもなぁ。
今日のこともあるし…。
などと考えているとバァン、と机が叩かれる。
「私のこと無視するなし!!」
顔を上げると、そこには若干キレ気味の由比ヶ浜が立っていた。
「おお由比ヶ浜、居たのか。てかいきなり人の机叩くなよ。机が可哀想だろうが」
「ヒッキーが無視するからじゃん!さっきから呼んでたのに反応しないんだもん!!」
サラッと俺の自虐を無視して由比ヶ浜は問い詰めてくる。
「え?俺の事呼んでたの??すまん気がつかなかった」
「えぇ!?ヒッキー気づいてなかったの!?」
いや本当は気がついてましたけどね。
あそこで顔を上げたら奉仕部行かなきゃいけない気がしたからステルスヒッキー使って無視したら一人で行ってくれるかなぁとか思ってた。
まぁこうなったからには話を聞かないといけない。
「で、何の用だ?」
「一緒に部室にいこう!」
やだよ、面倒臭い。
「すまん、今日はあー、アレだ、用事があるから部活行けないわ」
由比ヶ浜が怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
「えぇ??ヒッキーさっきまで机に伏せて寝てたじゃん!」
クソッ、ステルスヒッキー作戦が裏目に出たか。
てかなんでこんな時ばっかり頭が回るんだよコイツは。
「そうだ!戸塚だ!戸塚と約束あって待ってたんだ」
なんなら戸塚となら今から予定を作ってもいいまである。
いや、寧ろそうしよう。
今の俺には心の癒しが必要だ。
「彩ちゃんなら明日から群馬でテニスの試合だからって5限の前に公欠扱いで早退したじゃん」
なん…だと…。
戸塚ぁぁぁぁ。
頼むから見捨てないでくれぇぇぇぇ。
「ねぇヒッキー、さっきから嘘ついて部活サボろうとしてない?」
核心を突かれてギクリとする。
「ソ、ソンナコトナイヨー。ハチマンウソツカナイ」
「じゃあ一緒に奉仕部行こう」
おぉ神よ。
なぜ、なぜなぜなぁぜ私を見捨てるのデス!
あれほど貴方に祈りを捧げたと言うのにぃぃい!!
答えは簡単。
俺が怠惰だから。
あぁ、脳が震える!
そうこうしているうちに、俺は由比ヶ浜に連行されて奉仕部の前へとたどり着いた。
俺と由比ヶ浜は部室に入る。
雪ノ下が入り口の方を向く。
「ゆきのんやっはろー!」
由比ヶ浜がいつものように挨拶をする。
「由比ヶ浜さんこんにちは」
雪ノ下が俺の方を見る。
「こんにちは夢ヶ谷くん。今日は勝手に帰るんじゃないかと思ったわ」
おい誰だよ夢ヶ谷くん。
というか雪ノ下にすら知られてるのか?
「おい部室に来て早々罵るのはやめろ。あと誰から聞いた?お前の交友関係だと噂とかあんまり届かないと思って居たんだが」
「あら。聞きたくて聞いたんじゃないわ。ただあれだけ噂になっていたら知らない方がおかしいわよ」
そう言いながら雪ノ下は読んでいた本に目を落とす。
え、ちょっと待て雪ノ下ってJ組だよな?
そんな所まで噂になってるとかやばくね??
俺が狼狽していると、雪ノ下が呆れた顔でこちらを見てくる。
「全く、目の腐った男子生徒が教室で寝ながら発狂したなんて言う噂、当事者は貴方以外に考えられないじゃない」
「いやいやいやおかしい。その噂はおかしい。たしかに大声で寝言を叫んだらしいがそこまで酷くはない。だよな由比ヶ浜!」
「どうなの、由比ヶ浜さん」
俺と雪ノ下が同時に振り向くと、由比ヶ浜は自分に話が回って来ると思っていなかったらしく、「ふぇ?わ、私!?」と言う素っ頓狂な声を出す。
「あ、あはは。あれは流石に発狂とも取れるレベル…かな」
おい由比ヶ浜。
たとえそれが事実だとしてもここで言わないで空気読んでくれ…。
雪ノ下が軽蔑する様な目線を向けてくる。
「こちらを見ないでくれるかしら発狂くん。比企谷菌がうつるわ」
「おい俺の方を見ながら若干椅子を遠ざけるのやめてくれ。あと発狂くんって誰だよそれもう既に原型とどめてないだろ」
雪ノ下はそんな俺の反論を聞き呆れ顔でため息をついた。
「全く。それで、貴方は一体授業中にどんな夢を見ていたのかしら」
「いや、それが俺も覚えてないんだ。いったいどんな夢だったのか俺にも分からない」
雪ノ下は俺の返答を聞くと「そう」と軽く返事を返すと、再び読書を始めた。
由比ヶ浜は先程から携帯電話をいじっている。
部室がいつもの静けさを取り戻したので、俺も読書をしようとラノベのページをめくる。
が、先ほどの由比ヶ浜の反応が頭をよぎり、本の内容が頭に入ってこない。
叫ぶって一体どんな夢を見たんだよ俺。やばい内容が気になって他の事が頭に入ってこない。
ふと、窓の外を見ると、そこには夕日で全てが紅に染まった世界が広がっていた。
なにか、なにかが自分の記憶から思い出される。
俺は椅子を立ち上がり、窓に近づいて外の景色を見る。
雪ノ下と由比ヶ浜がいきなり窓の外を見だした俺を見て怪訝そうな顔をする。
「ヒッキーどうしたの?」と由比ヶ浜が尋ねてきたが、俺はそれに答えずに、窓の外を見続ける。
今日の日付は9月5日。
なにか、なにか大切なことがある気がする。
その時、5時の時報が鳴った。
9月5日、午後5時。
そうだ。
思い出した。
4年前のこの日、いつも行っていた公園で、俺はアイツと…。
唐突に奉仕部のドアがガタンッと言う音とともに開けられた。
そこには真新しい総武高の制服を着た顔立ちが整っている男子生徒が立っていた。
その生徒は走ってきたらしく、制服は乱れていて、息を切らしている。
俺はその生徒の顔を見て硬直した。
いきなりドアを開けた生徒に対して雪ノ下がやや表情を曇らせる。
「ノックもせずにいきなり入ってくるなんて失礼ね。ここは奉仕部の部室よ。出て行ってもらえるかしら」
「待ってゆきのん!」
その生徒を追い出そうとした雪ノ下を由比ヶ浜が止める。
「由比ヶ浜さん、どうして止めるのかし…」
由比ヶ浜に続いて雪ノ下が俺を見て絶句するが、俺はそんなことにも気がつかず、その生徒を見ながら驚いた顔で止まっていた。
色々言いたいことはあるのだが、言葉が出てこない。
「な…んで……?」
ふと、口から出たのは疑問の言葉だ。
少年が口を開く。
「なんでって…、約束したじゃないか」
その少年は俺に笑顔を向けながらさも当然のような顔をして言う。
「4年以内に必ず戻ってくるって。そしてお前の周り全てが敵になっていたとしても、俺はずっとお前の味方だ!ってさ」
その少年は俺の方に近づいてくる。
「久しぶりだな、ハッチー。そして、遅くなってごめん」
その言葉を聞いた俺は、両目に溜まった涙が一粒だけ、ポロッと頬を伝って落ちていった。
一行でわかる次回予告。
転校生登場。そして…