ママライブ!   作:ゆいろう

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第5話

 

 新入生歓迎会でのライブが終わった翌日、Lyraの3人は今日も神田明神男坂で早朝の練習をしていた。

 それぞれ石段を駆け上がると、乱れた呼吸を整えようとその場にへたり込んで休憩をとる。

 

「昨日のライブ、楽しかったね」

 

 興奮がいまだ冷めやらないといった様子で輝穂は言った。

 

「そうだね、上手くできたと思う」

「まあ欲をいえば、もう少し見に来てくれる人がいればもっと盛り上がると思うわ」

 

 それに答える飛鳥と瑞姫の様子も、少し興奮気味だった。

 

「じゃあ次は、もっとたくさんの人に見に来てもらうために頑張らないとね!」

 

 輝穂はこぶしを握り締めて強く言った。その言葉に、飛鳥と瑞姫も強く頷いた。

 

 

 ふと、建物の陰から強い視線を感じて飛鳥が振り向いた。

 しかし、視線の先には誰もいなかった。

 

「どうしたの飛鳥?」

 

 そんな飛鳥の行動を不思議に思って瑞姫が尋ねる。

 

「テル、瑞姫。さっき後ろに誰かいなかった?」

 

 飛鳥の言葉に首をかしげる輝穂と瑞姫。3人は輪のように座っていて、輝穂と瑞姫からは飛鳥の背後が良く見えるのだ。

 

 再び視線を感じて、飛鳥は素早く振り向いた。しかし、またしても誰もいない。

 

「誰かいた? ストーカーとかだったらどうしよう……」

 

 そんな想像をして飛鳥はだんだん不安になってくる。

 ニュースでたまに耳にするストーカーという言葉だが、自分が被害に遭うと考えると女子高生にとっては恐ろしいものだ。

 

「私見てくるよ!」

 

 そう言って輝穂は立ち上がった。困っている友人がいると放っておけない性格なのだ。

 

「ダメだよテル、危ないよ……」

 

 弱気なところはあるが思いやりのある飛鳥が輝穂を止めようとする。

 

「なら、3人で見に行けばいいわ」

「そ、それなら……」

 

 正義感の強い瑞姫の言葉に、飛鳥はうなずいた。

 付き合いの長い輝穂がいて、まだ付き合いは短いが良い関係を築けている瑞姫が一緒にいるなら飛鳥も安心できる。

 

 3人は立ち上がって、慎重に飛鳥の言っていた建物のところまで歩いていく。

 

 飛鳥の右手を輝穂が、左手を瑞姫が握っていて、飛鳥の不安な気持ちを少しでも和らげていた。

 

 

 

 建物の角まで来た3人はそこで一旦立ち止まる。そしてタイミングを合わせて一気に飛び出た。

 

 しかし、そこに人の姿はなかった。

 

「誰もいないね」

「そうね」

「やっぱり私の勘違いだったのかな……きゃっ!」

 

 すると突然、飛鳥の両膝に後ろから押されるような力が入って、飛鳥がその場に崩れ落ちた。

 手を繋いでいた輝穂と瑞姫も一緒になって崩れ落ちる。

 

 飛鳥が受けたのは膝カックンだった。

 

「いたたた……」

「いったい、なにが起こったの?」

 

 ふと、背後に人影を感じて3人は倒れこんだ姿勢のまま振りかえった。

 

 するとそこには、サングラスをかけてマスクで口元を隠し、コートに身を包んだ人物がいた。

 

「あんたたち!」

 

 聞こえたのは女性の声。どうやらコートの人物は女性だった。

 状況がのみ込めない3人は戸惑いを浮かべたままコートの女性を見上げた。

 

 するとコートの女性が衝撃的な一言を放った。

 

 

 

「あんたたち、解散しなさい!!」

 

 

 そう吐き捨てるように言って、コートの女性は足早に去って行った。

 

 

 

 

 

 朝練を終えて登校したLyraの3人は、校門を抜けて歩みを進めていた。

 

「まったく、今朝はひどい目に遭ったわ」

 

 先ほどの出来事を思い出して、瑞姫は少しきつい口調で愚痴をこぼした。

 

「ごめんね瑞姫……」

「飛鳥は悪くないでしょ? 悪いのはどう考えてもあの女よ」

「解散しなさい、か」

 

 輝穂から出たコートの女性に言われた言葉に、3人は押し黙ってしまう。

 そんな空気を紛らわそうと輝穂が何気ない話題を振った。

 

「そういえば、天気予報だと午後から雨だったよね。2人は傘持ってきた?」

「うん、鞄に折り畳み傘入れてるの」

「私もよ。予報だと午後からかなり降るらしいわね」

 

 梅雨の近づいたこの時期になると、天気予報は連日の雨模様だった。

 

「そうなんだよねー。今日は屋上で練習しようと思ってたのに!」

「放課後も晴れてるといいわね」

 

 そんな会話をしながら3人は教室にたどり着いた。

 

「みんな、おっはよー!」

 

 輝穂が元気よく挨拶しながら教室に入ると、それまで会話をしていたクラスメイトたちが次々と輝穂たちのもとにやって来て、あっという間に3人を取り囲んだ。

 

 

「昨日ライブしたんでしょ? 一花たちに聞いたよ!」

「とっても素敵なライブだったらしいじゃない!」

「本当は見に行きたかったんだよね! でも部活があったから行けなくて」

「ねえねえ、次はいつライブやるの!?」

「次のライブ、絶対見に行くからね!」

「応援してるわよ、Lyra!」

 

 

 クラスメイトたちは次々と思いのまま3人に言葉をかける。

 

 目の前のそんな状況に輝穂たちは戸惑いを浮かべながらも、胸の中がスッと晴れていくような感覚でいた。

 

 今朝、コートの女性に解散しろと言われたけれど、こんなに応援してくれる人たちがいる。

 

 その事実を確認すると、解散なんて考えるまでもなかった。そして、昨日ライブをしてよかったと改めて思う。

 

「みんなありがとう! 次のライブはまだ予定はないけど、決まったらすぐ伝えるね!」

 

 そうクラスメイトたちに伝えて、輝穂たちはそれぞれ自分の席に着いた。

 

 輝穂は窓際の席で、飛鳥は輝穂のすぐ隣、瑞姫は廊下側の席で輝穂と飛鳥とは席が離れている。

 

 1時間目の授業の準備をしていると、教室の扉が勢いよく開かれた。

 

「みんな、おはよう!」

 

 入ってきた生徒を見ると、クラスメイトたちは先ほどの輝穂たちのときのようにその生徒を取り囲んでキャーキャーと騒ぎ始めた。

 

「あれ? えみちゃん今日は学校来たんだ」

 

 自分の席で授業の準備をしていた輝穂は、隣の飛鳥に話しかける。

 

「そうだね。しばらく来てなかったけど、今日はお仕事休みなのかも」

 

 輝穂と飛鳥が話題に挙げた人物は七夕(たなばた)えみ。芸能事務所に所属している現役の人気アイドル。

 輝穂たちが学校でしているものとは違い、えみの場合はプロのアイドルなのだ。

 

「ねえ飛鳥。えみちゃんの声、どこかで聞いたことない?」

 

「あのねテル。えみちゃんはクラスメイトだし、テレビにも出てるんだから聞いたことあるのは当たり前だよ」

 

「そうだよね。でもなんか、う~ん」

 

「ほら先生来たよ」

 

 担任の先生が入ってきて騒ぎ立てていたクラスメイトたちはそれぞれ席に着き、担任は出席をとっていく。

 その間、輝穂はずっと頭を捻らせていた。

 

 

 

 

 

 放課後になって輝穂たちLyraの3人は、練習をするために学校の屋上へと向かった。しかし、外は天気予報の通り雨が降っていた。

 

「あぁー、雨降ってる」

 

 あいにくの天気に、輝穂はがっくり肩を落とした。

 

「予報通りの土砂降りね」

「さすがに、この雨だと屋上は使えないね」

 

 外は土砂降りで、屋上では練習できそうにない。すると、飛鳥がある提案をした。

 

「じゃあ部室に行って今後のこと決めよっか。クラスのみんなに次のライブしてってお願いされちゃったし」

「そうね、行きましょ」

「え、部室? あるの?」

 

 

 踵を返して歩き出そうとする飛鳥と瑞姫だったが、輝穂の一言で思わず立ち止まった。

 

 

「……テル。3人集まったら同好会の申請ができるはずなんだけど……」

「まさか、輝穂……」

「……わ、忘れてた」

 

 沈黙が3人の間に流れる。飛鳥と瑞姫は当然のように同好会ができていると思っていた。飛鳥は呆れたように大きくため息をついた。

 

「はぁ……。じゃあまずは同好会申請書を生徒会に提出だね」

 

 

 

 

 

 その後、輝穂の鞄の奥深くに眠っていた同好会申請書を書き上げ、生徒会に提出するとあっけなく受理された。

 

 彼女たちの同好会の名前は『アイドル研究同好会』

 

 初め輝穂はアイドル同好会にしようと提案したが飛鳥と瑞姫に学校の部活っぽくないと反対され、その結果アイドル研究同好会になった。

 

 そして今は、生徒会に使用を許可された部室のカギを職員室に取りに行っている道中である。

 

「これで同好会として認められて、部室が使えるのね」

「まったく、テルにはいっつも困らされているね」

 

 瑞姫と飛鳥は珍しく、輝穂に辛辣な言葉を投げかける。

 

「ごめんってば! でもこうして部室もらえたから良かったよね!」

「瑞姫が一緒にアイドルしてくれた時点で、申請しておくべきだったね」

「もお~、飛鳥はいつまでも根に持つんだから」

「ついさっきのことでしょ」

 

 軽く言い合いになる輝穂と飛鳥。そこに瑞姫が止めに入った。

 

「まあまあ2人とも落ち着いて、ほら職員室に着いたわよ」

 

 職員室の前までたどり着いて扉を開けようと輝穂は手をのばした。すると職員室の扉が内側から開かれた。

 

 扉が開かれて輝穂たちの前にいたのは、クラスメイトであり現役アイドルの七夕えみだった。

 

 

「あ、あんたたち……」

 

 

 えみは輝穂たちを見てそう呟く。それが輝穂たちの耳に届くと、3人は顔を見合わせた。

 

 

「今の、あんたたちって言葉」

「どこかで聞いたような」

「そうよね。それもわりと最近の……」

 

 

 輝穂、飛鳥、瑞姫の順番に言葉を繋いで、腕を組んだり顎に手をやったりして考え込む。

 

 そして、同時に思い至って大きく声をそろえて言った。

 

 

 

「「「あぁー!! 今朝神社のところでグラサンとマスクにコートを着て、私たちに解散をしろって言った人だ!!」」」

 

 

 

 3人はえみに指をさして驚きの表情を浮かべた。

 それを聞いたえみはバツが悪そうな顔をしながら一歩、二歩と後ずさったが、次の瞬間には輝穂たちの横をスルリと抜けて走り出した。

 

「あ、逃げた!」

「追いかけるわよ!」

 

 真っ先に瑞姫がえみを追いかけて走り出す。

 

「そうだね! 待てー、えみちゃーん!!」

「ちょっとテル、待ってよ!」

 

 続いて輝穂、飛鳥の順にえみを追いかけて走り出した。

 

 それからおよそ30分間、校舎内での鬼ごっこの末に輝穂たちはえみを捕まえた。

 

 部外者から見ると、人気アイドル七夕えみと3人の追っかけファンにしか見えなかったそうだ。

 

 

 

 

 

 職員室で鍵を借りた輝穂たちは、部室で3人並んで座っていた。

 長机を挟んだ反対側には鬼ごっこの末に捕まえたクラスメイトの七夕えみ。彼女は頬杖をつきながらムスッとした表情で座っている。

 

「それで、今朝どうして私たちに解散しなさいなんて言ったの?」

「そうだよえみちゃん。なんでなの!?」

 

 瑞姫と輝穂に言われて、えみは立ち上がって輝穂たちを指さした。

 

「あんたたちは、アイドルを侮辱しているのよ!!」

 

 えみから言われた思いがけない一言に、3人は言葉を失ってしまう。そこに飛鳥が尋ねた。

 

「侮辱って、どういうことなの?」

 

「歌も踊りも下手なのよ、全然なっていないわ! 昨日のライブなんかひどかったものね!!」

 

「えみちゃん、昨日のライブ見に来てくれたの?」

 

「え、ええ。それが何か?」

 

 思わぬ輝穂の切り返しにえみがうろたえていると、輝穂は唐突にえみの両手をとった。

 

 

「ライブ来てくれてありがとう! えみちゃんに見てもらえたなんて感激だよ!!」

 

「ええい離しなさい! とにかく、あんたたちとっとと解散しなさい!!」

 

 えみの口から再び解散という言葉を聞かされる。それに対し、輝穂は柔らかな笑みを浮かべた。

 

「しないよ、解散」

 

 優しい口調だがそこには確かな決意があった。

 

 

「今日、教室でみんなが次のライブを楽しみだって言ってくれて、私たちのことを応援してくれた。だから、私たちは続ける」

 

 

「……ふ、ふん! 意識だけは一人前ね! 好きにすればいいわ!」

 

 えみはそう言って部室から出ようとした。しかし、輝穂がえみを呼び止めた。

 

「待ってえみちゃん! たしかにえみちゃんの言う通り私たちは歌も踊りも下手かもしれない。でも、アイドルを続けてまたみんなに楽しんでほしいの!」

 

 えみは立ち止まって、背を向けたまま輝穂の言葉を聞いた。

 

 

 

「だから、私たちにアイドルのこと、教えてください!!」

 

 

 

 えみは振り返って輝穂たちを見た。すると3人ともえみに対して頭を下げていた。

 

「はぁ、仕方ないわね。私の指導は厳しいわよ!」

 

 えみの言葉に、3人はパッと顔をあげた。

 

「望むところよ!」

「よろしくね、えみちゃん!」

「ありがとうえみちゃん!」

 

 力強く瑞姫が言って、輝穂と飛鳥は笑顔を浮かべた。

 

「いい、アイドルはお客さんを笑顔にすることが大事なの。今からあんたたちに魔法の言葉を教えるわ」

 

 そう言ってえみは両手で動きを加えながら、言った。

 

「にっこにっこにー! はい、あんたたちも!」

「「「にっこにっこにー!」」」

 

 輝穂たちはえみの動きを真似しながら言った。

 

「恥ずかしがっちゃダメよ、もう1回!」

「「「にっこにっこにー!」」」

 

 

 

 放課後、新たにできたアイドル研究会の部室に彼女たちの声が部室に響きわたる。

 

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