「そんなわけでうっかり覗き見したからシリウスの機嫌が悪くて、寮でも面倒だから逃げてきた」
でも私だけ悪いってことじゃなくない?教室でチューしてたシリウスも悪くない?
定休日の昼過ぎ。僕自身が気に入っている、人気の少ない中庭の木陰のベンチ。本を読む僕の横で不満を垂れる彼女はリオ・タカノという。グリフィンドールの4年生で、あの兄の友人だ。
「だからって僕のところに来ないで下さい。」
「いいじゃんレギュたん。」
「…ふざけたあだ名で呼ぶなと言った筈ですが」
「あ、トメさんから貰ったマドレーヌあるけど食べる?」
「…………」
彼女は変人だ。
トメとはホグワーツの厨房で働くしもべ妖精。この人はトリナーメと仲が良いらしいが、敬称付けでトリナーメを呼んだりする。僕だって家のしもべ妖精、クリーチャーと仲が良い。でも敬称をつけたことなどなかった。前に何故?と聞くと年上だからと返ってきた。日本ではネンコージョレツという文化があるらしい。「あらレギュラスはクリーチャーに対してつけなくていいのよ。だって貴方達は主人と従者の関係でしょ?でも私とトメさんは友人関係。加えてトメさんは私のためにご飯やおやつを用意してくれる、それに感謝と尊敬を籠めて敬称を付けてるの。ありがとうって意味でね。だから貴方がクリーチャーに言うのは「ありがとう」でいいのよ。きっと喜ぶわ」確かにクリーチャーは僕が礼を言うと泣いて喜ぶ。…話が逸れた。
「プレーンとチョコとストロベリーがあるけど。私はストロベリーがいいな、レギュラスは?」
「…チョコレートを。」
彼女は質が悪い。
遠慮がなく図々しくズケズケと他人の領域へ侵入してくる。
初めは何故兄がこの人と友人でいられるのか不思議に思った。あの人は、こんな相手に土足で踏み込むような馬鹿は嫌いだった筈だ。兄は確かに無鉄砲で愚直な部分もあるが、勘は鋭いし神経質なところだってある。だから気になって、事あることに僕のところへ寄ってくる彼女と会話を交わす中で、気づいてしまった。
ーーーこいつ確信犯だ、と。
自分の非を認め、それを改めようともせず、けれど決してギリギリのラインを越えてこない。最後の最後でスルリと躱す確信犯。結局相手が、この場合は僕が、根負けして諦める形で収まるのだ。実に狡猾だ。グリフィンドールなんかよりよっぽどスリザリンが似合う。
そして、なにより質が悪いのは、それを楽しいと感じている僕に気づいているところだ。
「ねえ貴族って普段なに食べてるの?」
「うっわお父さん美人ー。え?オリオン座?あ、何だ名前かーあっはっは」
「え?28しか貴族っていないの?すっくなあ!」
多くの柵も、レッテルも、枠組みすらも塵ほど気にしない。非常識、無礼の文字を恐れもしない。この人にとって僕はただのレギュラス・ブラック。なんのしがらみも肩書きもない、皮肉にも僕自身ですら気づけなかった望みを、彼女はいとも簡単に暴いてしまった。
「んまぁ~。流石トメさんだなあ~」
彼女は変に鋭く、そして鈍い。
無心に菓子を頬張る彼女は、きっと兄が不機嫌になった本当の理由に勘づいてもいないのだろう。
「リオ先輩」
「ん?」
「僕、クリスマスパーティーに行ってみたいんです。でも3年生は上級生に誘われないと参加できなくて…。リオ先輩、僕をパーティーに連れていってくれませんか?」
「えっ」
僕は、彼女にこういう言い方をすれば断れないことを知っている。案の定リオ先輩は、モゴモゴと口を動かした後言いづらそうに目線をそらした。
「……あの、レギュラス。連れていってあげたいのは山々だけど…その、実は私、踊れないのよ。」
「大丈夫です。踊らなくても参加したいだけですし。万が一でも僕がリードしますから。」
「ええー。じゃあ、うん、いいケド。………レギュラスってこーゆーイベントに興味あったんだねえ…」
しみじみと呟く先輩の発言は、的を射ている。
イベント自体に興味なんてさらさらない。
ただーーー自分は断られた筈の先輩が、僕と参加しているところを見た兄がどんな反応をするのか、興味があるだけだ。あぁ、やはり彼女は存外鋭く、鈍い。
無意識に小さく笑みが零れた。