夏の終わり、少しずつ涼しくなってくる。縁側で汗を流しながら先輩から借りた本を読んでいたが、今じゃいいぐらいの気温でより本の内容が頭の中に入ってきやすい。
早く先輩が帰ってこないかとソワソワしていると酔っ払いが庭で何かしているのが見えた。
「つーかーれーたー!」
黙っていれば美人でスレンダーな体型が目立つ女性なのに性格と男運の悪さで未だに独身の麻弓さん…絡まれたら面倒なのでひっそりと自分の部屋に向かおうしたが、足が襖に当たり音を立ててしまった。
「…何処へ行くつもりだ?うさ?」
振り向くと一升瓶片手に涙目の麻弓さんが立っていた。
「えーと…ちょっと本を置きに行こうかなーって…」
「嘘つけ、逃げようとしただろこの野郎…」
必死に言い訳を探したがすぐにバレてしまった。それが余計に反感を買ってしまったのだろうか、麻弓さんの負のオーラがさらに濃くなって行く。
「こんのクソ童貞が…りっちゃんから借りた本で自分の子供とよろしくしてんのか!残念でした、その本が官能小説じゃない限りいくら匂いを嗅いでも本屋の匂いしかしないからな」
「残念なのはアンタの思考だろ!」
酷い下ネタをぶち込んでくるのもこの人の性格の悪さがあってだろう。
「もー麻弓さんったら、いくら会社のお局さんの結婚報告があったらってうさ君にあたっちゃ余計に惨めさが増すよ〜?」
「んっだと彩花テメェ⁉︎」
麻弓さんを挑発するように喋るのが彩花さん。男性を手玉にとるのが上手すぎる大学生なのだが、彼女は色々と外でやっているらしく真弓さんから聞いた話じゃ既に両手で数えきれない程のサークルを潰してしまったらしい。
いつも麻弓さんや俺を弄っていて、つい最近まで弱点らしい弱点もなかった。しかし、俺はひょんなことがきっかけで彩花さんの弱みを握ることができたのだが、その逆に、俺の弱みも握られてしまった…
「だってぇ麻弓さんさっきから一升瓶片手に未来ある若者にちょっかいかけてる酔っ払った中年オヤジとやってること一緒なんだもん…彩花、見てるだけで涙が溢れちゃう(笑)」
「その涙で分厚い彩花マスクが全部洗い流されろ!」
彩花さんは実は相当メイクをしており、一度だけ素顔を見たことがあるが…それを見たとき俺は、日本が世界で一番進んでいる技術はメイクだと知った。
「マスク言うなし」
「おいうさ、ヤスリと漂白剤もってこい。こいつのマスク改め彩花仮面を削り取るぞ」
二人はそんなことを言いながらいつものように追いかけっこを始めた。
俺は本に夢中のフリをして聞かなかったことにする。するとニョロっと横から顔が飛び出してきた。
「何読んでるのうさ君?」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「おおうっ、姿を現しただけなのにドン引きされるのって結構興奮するね!」
気持ち悪い登場をしてきたのがシロさん。
この河合荘で確実に一番の変態であり変人で、俺とは襖一枚向かいの同居人だ。
「いきなり現れないで下さい!」
「だからゆっくりニョロっと現れたのに…ダメだった?」
「わざとか⁉︎」
「それにしても麻弓さん荒れてるなね…なんかあったの?」
「それが…お局さんが結婚したらしくて」
「あぁそれで…」
つい俺もシロさんも哀れみの視線を麻弓さんに向ける。すると一升瓶がシロさんの顔面に突き刺さった。
「重い一撃ありがとうございますっ!」
シロさんは幸せそうに倒れた。
「お前ら二人して私に哀れみの視線向けやがって…初体験経験してる分お前みたいな売れ残り確定のチェリーよりはいい思い出あるんだからな!」
「勝手に売れ残り決定しないで下さい!俺にはまだ未来があるんです!」
「りっちゃんとの?」
「そそそそそれはっ」
「ただいまー」
彩花さんが茶化しに入った瞬間先輩の声が玄関から聞こえてさらに焦ってしまった。その様子を見て彩花さんはニヤニヤと笑い、麻弓さんは怨霊になり、シロさんは…麻弓さんの肘置きになっていた。
「お、おかえりっす先輩」
「ん、ただいまうさ君」
河合律、高校二年生で俺と同じ学校に通っている。一目見たときからこの人には惚れていて、変人集まる河合荘に入る理由も先輩がいたからだ。
本が好きで友達がほとんどおらず、大人しいのだが、時に頑固で顔を真っ赤にした時はとてつもなく可愛い。
この河合荘は先輩の祖父がもともと管理していたが、今はその妹である住子さんが管理している。
「りっちゃん聞いてくれよ〜」
「うっ、麻弓さんまた飲んでる」
「うさの奴がいじめるんだ〜」
「なっ⁉︎麻弓さん!」
事実無根だと言おうと身を乗り出したが、先輩は可愛く首を傾げた。
「?麻弓さんがうさ君を、じゃなくて?」
日頃の麻弓さんの行動が原因で俺は疑われることがなかった。ありがとう!麻弓さん!
「おいうさ、今私が腹立つこと考えただろ?」
「くっ、間に合えシロさんバリアー!」
麻弓さんが飛ばしてくる負のオーラをシロさんを盾にして防ぐ。ここ数日で俺が身を守るために覚えた新技だ。
俺は身を守れてシロさんは折檻を受ける。両者win-winの技だ。
「はぁ…住子さんにお水もらってくる」
先輩が呆れたようにその場を立ち去ろうとすると、住子さんの方からコップ一杯のお水をもってやってきた。
「はい麻弓ちゃん、お水」
「住子さ〜ん、やっぱり私の味方は住子さんだけだよー」
麻弓さんが変なテンションに入って住子さんに抱きついていく。それを住子さんが優しく撫でながらゆっくりと剥がしていく。
「ほら麻弓ちゃん、今日はお客さんが来るからしっかりしなさい」
「え?お客さんがくるんすか?」
そんなことは一言も聞いてなかったのでつい驚いてしまった。何よりこの河合荘にお客さんを呼んで大丈夫なのか、という心配がある。
「ええ、ほら今日うさ君達の隣の学校の文化祭行ったでしょ?そこで知り合ったの」
今日知り合ったばかりの人をお客さんとしてもてなすのは心配だったが住子さんが言うならきっと大丈夫なのだろう。
「どうやらシロ君見て寄ってきたらしくて…とても明るい子だったわ」
「俺の安心を返して下さい!」
今日のシロさんは麻弓さんが見た目がイライラするという理不尽な理由で紙袋を頭に被った状態で文化祭に行っていた筈だ。そんなシロさんに話しかけるなんて警察か先生、または同じ変人しかありえない。
ピンポーン
河合荘の玄関からチャイムが鳴った。
住子さんとシロさん以外がゴクリと唾を飲む。
「お、おいうさ、行ってこいよ」
「ま、麻弓さんこそ。いい男性がいるかもしれませんよ…」
「私は嫌だぞ…シロに話しかけたやつとつるんでる時点でそいつは危ないやつだ!」
「俺のせいで飛び火食らってる人への罪悪感でゾクゾクするね!これって新しいジャンルなんじゃないかな…」
シロさんの発言を無視して僕達はお互いに行けとアイコンタクトをする。そこで先輩と目が合ってしまった。
「うさ君…」
「い、いや行きませんよ…変処理なんてもう…」
「うぅっ…」
先輩は涙目で上目遣いで行きたくないと俺に訴えてくる。あぁズルイ、そんな目で見られたら断れない。何よりこれを計算ではなく素でやっているのだから余計にズルイ。
「や、やってやりますよ!」
俺は腹をくくって勢い任せに玄関に向かった。
扉の先には何名かのシルエットが見え扉に手をかけた時手汗でぐっしょりしていた。
そこで深く深呼吸してもう一度腹をくくり勢いよく扉を開けた。
「い、いらっしゃいぃ!!?」
「よろしくだどーん!」
思いもよらない事に、俺たちのファーストコンタクトは宇宙人のジャンピングラリアットだった。