魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~   作:エルン

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第14話 『かぎしっぽ』

 

 

 

 

 コタロウは自分のほうからしゃべりかける人間ではないことを自覚していたし、自分が相手の感情を読み取ることが苦手であることも自覚していた。

 彼が少年ケンタに話しかけたのは泣いていたところから困っていることが明らかで、きょろきょろと辺りを見回してところから何かを探していたのも明らかであったためだ。

 そこから瞬時に迷子と予想をつけたのは、とある2人の親友のおかげであることは彼自身疑う余地が無かった。

 しかし、自分を今見下ろしている2人の女性に対しては、たとえ一方が威嚇(いかく)をあらわにした表情であっても、たとえ警戒をあらわにした表情であっても、それを予想することは出来なかったし、

 

 

(……誰?)

 

 

 という疑問のほうが彼の思考の大部分を占めていた。

 

 

「アンタ、なにしてんの?」

 

 

 黙っていると、金髪の女性がもう一度同じ言葉を繰り返した。

 

 

(え、えーと。僕は2人のことを知らないし……あ)

 

 

 彼は女性たちからケンタへ視線を移す。

 

 

「南さんのお知り合いの方ですか?」

 

 

 だったら安心だ。と、思いながら聞いてみたが、

 

 

「ううん。知らない人」

 

 

 彼は一度アリサとすずかの顔を見比べた後、ふるふると首を振る。

 

 

(……ということは)

 

「ふむ」

 

 

 コタロウは少し視線を落として考え、結論付ける。

 

 

「失礼ですが、人違いではありませんか?」

『…………』

 

 

 2人の女性は黙り込み、金髪の女性の片眉がぴくりとつりあがるのを彼は確認したが、特に気にはしなかった。

 少年に視線を戻し、

 

 

「あの、南さんの――」

「アタシはアンタに聞いてるのよ」

 

 

 保護者、例えばお母さんやお父さんはどこに? と、聞こうとするが遮られ、さらに女性の発言が自分に向けられていることを知った。

 

 

「……私に、ですか?」

 

 

 もう一度、見上げると金髪の女性は大きく、濡烏(ぬれからす)の女性は小さく頷く。

 

 

(僕が何をしているか? 進行形という意味で捉えていいのかな。南さんには質問できていないし、お菓子のことは過去形。それなら……)

 

 

 彼は視線を落として、自分の足元を見た後、

 

 

「しゃがんでいます」

『…………』

 

 

 濡烏の女性は自分の頬をぽりぽり掻いている間、金髪の女性は目を(つむ)って組んでいた腕を解いて隣の女性の方を向き、一方の手で彼女の肩にポンと、もう一方の手でコタロウを指差してから目を開き、

 

 

「すずか、コイツ、投げてよし」

「えぇ!?」

 

 

 すずかという女性は驚く。

 一方、コタロウは

 

 

(いろんな現場の出向先で力を振るわれたことあるけど、知らない人から投げられるのは初めてかもしれない)

 

 

 と、出向先に時々見られる、不条理な叱り方――本人は自覚なし――をする人間がいること知っていたため、そのようなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第14話 『かぎしっぽ』

 

 

 

 

 

 

 アリサ・バニングスと月村すずかが大学に進学したとき、高校のときからささやかれていた人気はさらに高まり、広がりをみせた。

 大学に在学する学生たちは彼女たち2人のことをお金持ちである親の七光りのお嬢様程度にしか知らないでいたが、入学して1月もたたないうちに、2人はそのような人物ではなく、上級生顔負けの知性を持ち、しっかりとした意志、思考を持ち合わせていることを知った。

 もし、そのような人物が1人であれば、多くの場合一匹狼になってしまいがちであるが、彼女たちは2人で、かつ互いが親友であることは誰の目にも明らかであり、持ち合わせの社交性から、男女関係無く人気が高かった。

 アリサは小学生の頃の気が強い性格は幾分か落ち着きを見せてはいるが、真っ直ぐなところは変わること無く、彼女の瞳は常に自信と英気に満ち溢れ、容姿端麗さも相まって、異性からの告白が後を絶たなかった。

 今日も午前中に一人の男性から告白を受け、断ってきたことは余談である。

 対してすずかは小学生の頃の物静かで温厚な性格はそのままに、大和撫子という雰囲気にふさわしい女性に成長していた。彼女もアリサに負けない容姿をもち、同様に異性からの告白が後を絶たないが、見た目からアリサとは違い、食い下がって強引に付き合おうとする男性も多い。しかし、そのときは高校生のときから習い始めた護身術を駆使して、やんわりとあしらっっていた。

 昨日の夜、車に乗る前に数人の男性に言い寄られたが、何事も無く「ただいま」と、家のベルを鳴らしたのは余談である。

 

 

「――つまり、私の風体(ふうてい)が周りにそぐわず、南さんに対し危害を加えるかもしれない怪しい人物と思ったわけですか?」

「そうよ」

「えと、はい」

 

 

 2人は今、とあるデパートの2階で『キィ』という男性と向き合っていた。

 

 

「ふむ」

 

 

 彼は少年にマシュマロの次に飴をあげた後、立ち上がって少し考えてこちらに視線を向ける。

 

 

「偏見です」

「そうね。で、アンタはこの子が迷子かどうか確かめていたわけ?」

「はい」

 

 

 こくりとキィは頷く。

 

 

「えと、迷子だと思いますよ?」

 

 

 迷子センターって何階だっけ? と、幾分威嚇を抑えたアリサはエレベータの各階紹介をみて確かめに行く。

 

 

「それは聞いてみないと分かりません」

 

 

 彼はしゃがみこみ、

 

 

「南さんの保護者、例えばお母さんやお父さんはどこに?」

「お母さん、いなくなっちゃった」

 

 

 またぐすりとぐずつく。

 

 

「ふむ。『いなくなっちゃった』ですか」

 

 

 5階だってさ。と、アリサは戻ってきた。

 

 

「なにしてんの?」

「え、迷子かどうか確かめてる?」

 

 

 すずかは彼の行動を疑問符つきで答え、アリサは(いぶか)しむ。

 

 

「別にそんなの――」

「ということは、お母さんが迷子なのですか?」

『…………』

 

 

 アリサとすずかはぱちくりと数回(まばた)きをすると、キィは立ち上がり、

 

 

「南さんのお母さんが迷子だそうです」

 

 

 少年の頷きのもと、彼はそう答えた。

 

 

「……はぁ」

「ま、まぁ、どちらでも連れて行くことは変わらないからいいんじゃない?」

 

 

 心情としては探してあげたいが、それよりも5階にある迷子センターへ連れて行くことを優先させる。

 

 

「じゃあ、それは私たちがやるわ。アンタはここまで」

「わかりました」

 

 

 キィが特に執着無く答えたことにアリサはすこし肩透かしを覚え、さらに自分が彼に対し偏見を持っていたことにもすこし後ろめたさを感じていた。

 

 

「……悪かったわね、疑ったりして」

「いえ、構いません」

 

 

 すずかもぺこりと頭を下げた後、

 

 

「じゃあ、行きましょうか、ケンタ君?」

 

 

 少年の手を引こうとするが、彼は立ち去ろうとするキィを追いかけつなぎを掴み、

 

 

「ん?」

「知らない人にはついて行っちゃダメってお母さんが言ってた」

『う……』

 

 

 自分を心配してくれる人がいるためか幾分か元気になったケンタの言うことはもっともである。

 

「私はアリサ、アリサ・バニングス」

「私は月村すずか」

 

 

 先程、彼女たちの親友の教え子とあわせて2度目の自己紹介をすると、

 

 

「僕はケンタ、南ケンタ。で、きーちゃん」

 

 

 少年の紹介に、キィはこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ケンタがキィの左腕を話さなかったこともあり、アリサとすずかは一緒に5階の迷子センターに向かい、エスカレータを使って3階へ上がったとき、キィはそのまま4階へ上がろうとせず、フロアをある程度見渡せる位置に立って、

 

 

「南ケンタさんのお母さんはいらっしゃいませんかーーー!」

 

 

 大きな声で彼は呼びかけた。

 これには少年と本人以外、びっくりしてキィのほうを向く。

 そして、しばらく彼はぼんやりとそこに立っていた。

 

 

「アンタ、なにや、ちがうわね、ケンタ君を連れて行くんじゃないの?」

 

 

 なにやってんの? などと聞くと「立っています」なんて答えが返ってきそうなので、すこし内容を変えて質問をしてみる。

 

 

「はい。ですが、もし5階へ行く前に見つかれば、そのほうが良いと思います」

『…………』

 

 

 アリサとすずかは依然としてこの男性の雰囲気を掴めずにいた。

 極論から言ってしまえば、彼女たちには付き合う男性以前に、男性の知り合いが明らかに少ない。

 しかし、口を聞いた男性は少なくなく、(むし)ろ多いが、その男性のどれにも彼は当てはまらないのだ。

 自分より年下なのは見た目から判断できたが、はたして中学生、あるいは高校生がつなぎなんてきるだろうか? と思ってしまう。

 まだ、知り合って――実際には本名は知らない――10分と経っていないため当然であれば当然であるが、大体二言三言会話をすれば雰囲気は掴めるものだ。

 だが、

 

 

『(キィ(君)ってヘン)』

 

 

 ということぐらいしか掴めない。

 付け加えるなら危険性も無いということぐらいである。

 

 

「どうやら、いらっしゃらないみたいですね」

 

 

 そういって2人の方へ戻ってくるキィの表情からは寝ぼけ目のせいか感情も読み取りづらく、何を考えているかも分からない。

 そして彼はエスカレータに乗ったところで、自分を見ていることに気付いたらしく、

 

 

「乗らないのですか?」

 

 

 と首を傾げる。

 その掴みどころの無さがアリサをジト目にし、すずかの瞬きの数を増やした

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「本当に、ご迷惑おかけしました」

「いえ、見つかって何よりです」

「ケンタ君、お母さん見つかってよかったわね」

「うん!」

 

 

 程なくして、というより、4階でキィが同様に声を張り上げたとき、5階のエスカレータ降り口からケンタを呼ぶ声が聞こえ、母親を見つけることが出来た。

 少年の母親は迷子センターに伝えたあと、自力で探しに行こうとしていたらしい。

 

 

「ほら、ケンタ。お兄さんとお姉さんにお礼を言って」

 

 

 ケンタはぺこりと礼儀正しく「ありがとうございます」とお辞儀をする。

 

 

「御礼も何も出来ずに申し訳ありません」

 

 

 分かれる際に、お母さんは何度のお辞儀をし、ケンタはぶんぶんと手を振っていた。

 キィがそっと左腕を撫でたことに2人は気付くことはなく、

 

 

「それでは私はこれで」

 

 

 彼はぺこりとお辞儀をして、次階へのエレベータへ向かう。

 

 

「時間、余ってるわね。7階でお茶でも飲む?」

「そうしよっか」

「……あ、キィもどう?」

 

 

 それが自分の社交性からなのか、単なる興味からなのかわからないが、気付いたときには声が出ていた。

 

 

「お断りします」

 

 

 だが、申し訳なさそうな顔も無く断られたことに疑問を感じたのは自覚があった。

 

 

「なによ、誰かと待ち合わせ?」

「いえ、違います」

「だったら別にいいじゃない。2、30分くらい私たちに時間を割いても、帰ることは充分にできるはずよ?」

 

(アリサちゃんも、興味があるんだ。この人に)

 

 

 男性としての興味ではなく、人として彼に興味をもったのは自分だけではないらしいとすずかは思い、

 

 

「ダメ、かな?」

 

 

 軽く押しを強くしてみる。女性に対しこの言葉を使ったことは何度かあるが、男性に対しては使ったことがなく、それに気付くのは後のことである。

 

 

「ダメです」

「…………」

 

 

 そして、無表情ににべもなく断られたのは男女ともに初めてであった。

 

 

「アンタねぇ。これでも学内じゃあ、結構人気のある2人で通ってるのよ?」

 

 

 久しぶりに気の強さが出てしまい、さらに自慢したくも無い言葉を考えなしに吐いてしまった。

 すると彼はゆっくりと首を傾げ、

 

 

「お茶を飲むことと、貴女がたの人気に何の関連性が?」

 

 

 ことさら不思議がる寝ぼけ目の彼に片眉がつりあがったのは、アリサだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「で、何で私たちは屋上の夕方に差し掛かるパラソルの下でオレンジジュースなんて飲んでるのかしら、すずか?」

「え、えーと」

 

 

 それはお互いにムキになってしまったからとは言わない約束にしていた。

 一方、視線を移した向こうのほうでは

 

 

『たすけてー、ミラクルガオンー!!』

 

 

 屋上で開催されている本日数回目の約30分ほどのヒーローショーが行われたいた。

 ミラクルガオン、正式名称『嬰獅石(えいしせき)ミラクルガオン』は今年2月から放送されているテレビ番組で、詳細は省かざるを得ないが、正義の味方シリーズの1つである。世界征服を(たくら)む悪の軍団から人々を守るといったごく単純なものだ。

 現在、彼女たちの位置からはキィの背中しか見えないが、右手を当てて子どもたちと同様に声を上げているのは後姿からでも把握できた。

 

 

「私たちの誘いを断ったのもあれが理由だと」

 

 

 もうジュースの残りも少ないことはミラクルガオンが『ガオンクロー』で敵をやっつけたことを意味していた。

 

 

「でも、じ、時間は潰せたんじゃないかなぁ」

 

 

 確かに、まだはやてからの連絡はきていない。

 

 

『…………』

 

 

 ああいうものに熱を持つ人種がいるのは知っていたが、あの場に居ないのを見ると、彼はまた別の人種のようであり、無駄に時間を潰した可能性を否定できないでいた。

 

 

『はぁ』

 

 

 ため息が肯定をしているみたいである。

 その間に会場は子どもたちの拍手に包まれ――キィはひらひらと手を振っていた――解散を始めていた。

 降り口は彼女たちのいる正面を通り過ぎたところにあるため、全員がそちらに向かって歩き始め、キィは最後尾についている。

 彼は帰り際、彼女たちに気付き、

 

 

「終わりました」

「みりゃ分かるわよ」

「見ていたのですか?」

「……すずか、私が許すわ、投げてよし」

「え、えーと?」

 

 

 キィは雰囲気のつかめない人間であるが、下手(したて)に出ることも無ければ、馴れ馴れしくすることも無いため、会話自体に不快感は感じなかった。

 

 

「で、どうだったのよ、私たちの誘いを断って観たヒーローショーは?」

「はい。大変観るに値するものでした」

 

 

 座ったら? と促された後、満足そうな光悦の表情はなく目を細くして、無表情に答える。

 

 

「そうはみえないんだけど……」

「あんなのどこがいいの?」

 

 

 子どもには楽しい催し物であるが、自分たちの年代にはそうは見えない。

 アリサはこのような熱を上げる人間の一端を知る機会が無かったため、1つの経験として聞いておくことにする。

 

 

「あの人たちは、観ている子どもたちに表情を与えてくれます」

 

 

 かさりと肩にかけている小さなバッグからチラシを出し、

 

 

「私は感情表現が苦手で、同時に相手の感情を表情から読み取ることも難としています」

 

 それに視線を落とす。

 

 

「ですが彼は、自身がピンチの時は子どもたちを不安にさせ、勝ったときは笑顔にさせます。それは私にも分かるくらい鮮明です」

 

 

 観ている最中、彼が何度か前に出て振り向いたのをアリサとすずかは思い出した。

 

 

「それに、着ているスーツは各所に(ほころ)びを修繕した跡がありました。動きが激しいのは観ていれば分かります。きっとあのショーを何回も行い、綻んだのでしょう。胸のマークもそうです、同じ構えをするために跡が出来ていました」

 

 

 キィはそのチラシのミラクルガオンの写真右下に今日の日付を記載する。

 

 

「私は確かに相手の感情を読み取ることは出来ませんが、あのスーツを大事にしていることは間違いなく、それに関わる人たちはその子どもたちのために一生懸命であることを疑いません」

 

 

 またチラシを折りたたんでバッグにしまう。

 

 

「直接感情は読み取れなくても、スーツという媒体を通せばあの方たちがどのような人物であるかは考察することは出来ます」

 

 

 そこで、ふぅと嘆息をし、

 

 

「今日の観光は大変満足のいくものでした」

『…………』

 

 

 キィの無表情は変わらないが、彼女たちは彼が本当にそう思っていることを雰囲気から察知することが出来た。

 

 

「キィ君ってさぁ――」

 

 

 その時、すずかの携帯電話が振動し、通話する。

 

 

「あ、うん。終わったんだ、分かった、すぐ行くね」

「はやてから?」

「うん。終わったんだって」

 

 

 そう。とだけ言うと2人は立ち上がった。

 

 

「キィ」

「はい」

「アンタ、アドレスは?」

「アドレス?」

「携帯よ、携帯電話」

「電話、ですか? 先程の月村さんのようなものでしたら、持ち合わせておりません」

「持ってないの? じゃあ、パソコンのアドレスは」

「メールアドレスということでしょうか? でしたらあります」

 

 

 キィが教えるのかと思ったがそのような行動はせず、ぽけりとアリサを見上げるので、我慢がいかず、

 

 

「キィ、紙とペン。早く、急いでるんだから」

「はぁ」

 

 

 ごそりと胸ポケットからメモ帳とペンを取り出すと奪うようにアリサは掴み、さらさらとメモ帳の最後のページにアドレスを書いていく。

 

 

「あ、アリサちゃん、私も」

 

 

 その後、すずかもその下に記載する。

 

 

「いい? 絶対連絡するのよ」

「うん、絶対ね」

「はぁ」

 

 

 彼が首を傾げるのを気にもしないで、早足に屋上から出て行った。

 

 

「なんの連絡を?」

 

 

 ひとまず、飲み物を飲んでから次の行動に移そうと、キィはカウンターに向かった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ティアナとスバルはなのはの両親が喫茶店を営んでいることに驚いたが、その母親を見てさらに驚いた。

 

 

[お母さん若っ!」

[本当だ]

 

 

 彼女たちが唖然とするなか、なのはとリインは久しぶりの再会に声を弾ませてている。

 店内では不快にならない程度にラジオが流れる中――週に数回夕方にラジオを流し、それ以外はクラシカルなレコードを流す――奥から若い男性と女性が出てきた。

 

 

「お父さん、お姉ちゃん!」

 

 

 お父さんも大変若く見える。

 なのはは自分の後ろでどういう態度を取って良いか分からないでいる新人たちに気付き、

 

 

「この子たち、私の生徒」

 

 

 新人たちに挨拶する機会を与える。

 

 

「こんちわ。いらっしゃい」

「あ、はい!」

「こんにちわ」

 

 

 その後、なのははここに来る前に電話で話した内容に心配そうな顔をして、

 

 

「でも、本当に大丈夫なの?」

「うん。予約分は用意してるし、ピークは過ぎたからなんとか大丈夫なんだけどね」

「明日、朝一で来てもらう予定さ」

 

 

 そうなんだぁ。と依然として表情は変わらずにいた。

 

 

「ごめんね、なのは。おみやげ用意できなくて、今日はちょっと――」

「ううん。気にしないで、オーヴンが故障しちゃったんだもの仕方ないよ」

 

 

 彼女の表情の原因はまさにそれで、この喫茶店『翠屋(みどりや)』の洋菓子の仕上げを行うオーヴンが壊れてしまったらしいのだ。

 突然熱を発しなくなり、すぐに修理の連絡をしたが、来るのは朝一番に来るというものだった。

 

 

「フェイトちゃんと待ち合わせ中なんだけど、いても大丈夫かな?」

「もちろん」

「コーヒーと紅茶だけは作っておいたから持っていくといい」

「お父さん、ありがとう」

「ささ、君たちもお茶を飲んでゆっくりしていきなさい」

 

 

 お茶うけはクッキーしかないんだ。と、なのはの父親は申し訳なさそうにいう。

 

 

「んもう、大丈夫だって、私たちは本当についでだったんだから。お父さんそんなに気を落とさないで」

 

 

 なのははそんなことは気にしなくてよいというように、落ち着かせる。

 

 

「そうよ、お父さん。定期的に検査してしても、起こるときは起こるんだから」

 

 

 ねぇ、お母さん。となのはの姉美由希(みゆき)は明るくなだめると、母桃子(ももこ)も頷く。

 そうして何とか気を取り戻した父士郎(しろう)は湯を沸かすためにカウンターに入っていった。

 

 

「えーと……」

 

 

 桃子は小首を傾げ、それがスバルとティアナに向けられていると気付き、

 

 

「えと、スバル・ナカジマです」

「ティアナ・ランスターです」

「スバルちゃんに、ティアナちゃんね」

「2人ともコーヒーとか紅茶とかいけるかい?」

 

 

 2人はどちらも大丈夫と頷いた。

 

 

「リインちゃんはアーモンドココアよね?」

「はいです~」

「じゃあ、2人には元気の出るミルクティね?」

「はい!」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 その後、全員が翠屋の出す紅茶やコーヒーに感銘を受けた後に、

 

 

「しかし、2人とも。ウチのなのはは先生としてどうだい? お父さん、向こうの仕事のことはどうもよく分からなくてなぁ」

 

 

 士郎が傍目から見て彼女はどうかと本人を前にして質問した。

 

 

「あ、その、すごくいい先生で――」

「局でも有名で若いコたちの憧れの的です」

『へぇ~』

 

 

 聞いているのは士郎だけではないらしく、桃子と美由希は感心する。

 

 

「むぅ」

 

 

 そして、それがなのはの頬をぷくりと膨らませた。

 なのはと家族のやり取りを見て、いつもの訓練のときとは違い、私たちと同じような1人の女の人に見えたことには驚いたが、スバルはふぅとため息をついた。

 

 

[でも、ちょっと残念かなぁ]

[なにが?]

[だって、紅茶でこんなに美味しいんだよ? ケーキだって絶対美味しいよぉ]

[アンタそれ、ちょっと残念どころじゃないでしょ]

[えへ。ばれた?]

 

 

 ティアナもはぁと息をつく。

 

 

[アンタねぇ]

[……コタロウさんがいればなぁ]

[いくらあの人がここ地球の日本にいるからって、そんな偶然あるわけないでしょ]

[で~も~]

 

 

 ティアナと2人しかいなければぐにゃりと背を丸めているスバルは、なんとか肩を落とすだけにとどめる。

 

 

「でも、コタロウさんがいれば、直してくれますかねぇ?」

『うん?』

 

 

 どうもそう考えていたのは、スバルだけではないらしい。

 

「リインちゃん、そのコタロウさんって?」

「うちのマシナリー、機械士です~」

『マシナリー?』

 

 

 3人は初めて聞く言葉に首を傾げる。

 

 

「それはですねぇ――」

「すみません。トラガホルン夫妻で予約したものなんですが」

 

 

 カランと扉が開き、1人の男性が入ってきたところで士郎たちはスイッチを家族の一員からスタッフに切り替える。

 

 

「あ、はーい」

『…………』

「本人たちが来られないということで、代理できました。一応こちら、代理を証明するものです」

「わかりました、すぐにお出ししますね」

「お願いします」

 

 桃子はその客に笑顔を向け、振り向いてカウンターに向かおうとしたとき、なのはたちがそのお客を注視し、リインがクッキーを落としたことに不思議がる。

 

 

「えと、お客様をそんな――」

『コタロウさん!?』

「はい」

 

 

 皆さんも御休暇中ですか? と、今日の体験で幾分か身に着けた社交性を少し垣間見せるコタロウがいた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ぱたむとオーヴンを閉め、カウンターへの立ち入りを許可したコタロウは自分より背の高い男性士郎を見上げる。

 

 

「修理は済み、動くことも確認しました。専門家が明日来るのであれば、視て頂いたほうがよろしいでしょう」

「本当かい?」

 

 

 そういって士郎はオーヴンを起動させ、自身でも問題ないことを確認する。

 

 

「いやはやなるほど、マシナリー、機械士とはよく言ったものだ」

「すごいわねぇ、コタロウさん」

 

 

 実際作業は見ていなかったが、士郎が30分ぐらい格闘しても直らなかったものを5分もしないで直したことに感嘆する。

 

 

「ふむ」

 

 

 コタロウはリインに促されるまま――任務中であるとだけ説明はした後――に修理をしたのはいいが、疑問が残る。

 

 

「リインフォース・ツヴァイ空曹長」

「はいです?」

「この方たちは何故、私の名前を知っているのですか?」

 

 

 そういえば、こちらは何も話して居ないことに3人は気付く。

 

 

「ごめんごめん。私はこの喫茶『翠屋』の店主高町士郎」

「私は高町桃子」

「私は高町美由希」

 

 

 それぞれ「よろしく」という言葉をつけて簡単な自己紹介を済ませた。

 

 

「ご存知でしょうが、私も紹介させていただきます。コタロウ・カギネと申します」

 

 

 彼が丁寧にお辞儀したときに士郎と桃子だけ、コタロウの左腕が右腕と違いだらりとしていることに気付いたが、何も言おうとはしなかった。

 それよりも桃子はふとあごに指を当てた後、ふふっと微笑み、

 

 

「ネコさんとお呼びしてもいいかしら?」

『…………』

 

 

 これにはコタロウも寝ぼけ目を少し大きく開き、彼のあだ名がネコであることを知っている人たちもきょとんとする。

 

 

「お母さん、なんでコタロウさんのあだ名が分かったの?」

「あら、なのはやリインちゃんなら、すぐに気付いてもいい気がするけど?」

『……え?』

 

 

 2人は考え込むが、ふいにリインがなのは、スバル、コタロウへと視線を動かした後、

「あ」と、声をあげる。

 

 

「確かに、ネコさんですぅ」

「リイン?」

 

 

 なるほど、ジャニカ二佐がにやりと秘密にするわけですぅ。と、うんうんと頷く。

 

 

[リイン曹長、今、私のこと見てたよねぇ]

[そうね]

 

 

 ふむ。と、なのはと一緒にスバルとティアナも考える。

 

 

『(リイン(曹長)は私 (なのはさん)をみてからスバル(私)をみた)』

 

 

 なのははスバルをみて、スバルとティアナはなのはを見る。

 

 

『(私 (なのはさん)の名前は高町なのは。スバル(私)の名前はスバル・ナカジマ)』

 

 

 3人はじっとコタロウを見る。

 

 

『(そしてコタロウさんは、コタロウ・カギネ)』

 

 

 次に目を閉じて、あごを引く。

 

 

『(こっち(地球の日本)では苗字が先に来るから、カギネ・コタロウ)』

 

 

 今は自分たち意外に客はおらず口を開く人間も少ないため、翠屋で流れるラジオが良く聞こえた。

 

 

――「さて、それでは次の曲紹介行きましょうか。……あ、このはがき可愛い挿絵つきですよ?」

――「どれどれ? あ、本当だねぇ、可愛い『かぎしっぽ』のネコさんだ」

――「はい。本当に可愛いネコちゃんです。あ、話が逸れてしまいましたね、すいません。それでは、ラジオネーム『かぎしっぽ』さんからのリクエストで――」

 

 

『(かぎしっぽのネコ?)』

 

 

 疑問符が1つ、普段のリインみたいにふよりと浮かんだ後、 

 

 

『あ!!』

 

 

 ばっとコタロウに注意がそそぐ。

 

 

『カギネコ・タロウ! ……さん』

 

 

 もうちょっとで完全に呼び捨てしそうになったが、なんとかそれは防ぎ、

 

 

「えーと、はい」

 

 

 六課に配属になって初めてコタロウは桜色よりもっとうすい、染まっているのかどうかも分からない色が頬に入り、ぽりぽりと頬を掻いて、こくんと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

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